第二十三話 勝利が開く道
戦いを終えたアレクたち。
それぞれの務めは、戦場の外でも続いていきます。
カルディアとの講和が成立したのは、王が条件を受け入れたという返書が届き、レオンハルトの裁可を得てからだった。
グランヴァルトが占領した城と、その領地。隣接する土地の一部と、かつてロスヴァールへ兵を進めるために築かれた砦。それらを結ぶ街道と沿道の土地が、引き渡される。
その先にある城と城下町は、カルディアに残された。
賠償は、定めた額を期限ごとに分けて納めることになった。初回の金が運び込まれ、双方の役人が確認を終えると、土地と砦の引き渡しが始まった。
アレクは、アーノルドとともに砦へ向かった。
街道を進むと、低い丘の上に石壁が見えた。
城ほど大きくはない。だが、門の前からは街道が長く見渡せ、その脇には兵と荷を集めるための広い場所があった。
ここへ食料と武器を運び込めば、国境へ兵を送り出せる。
アレクにも、マティアスがこの砦を求めた理由が分かった。
門から、カルディア兵の列が出てきた。
旗を先頭に、兵が歩いていく。荷車も続いていた。
こちらの兵は道を空け、槍を立てたまま見送っている。
引き渡しを担当するカルディアの指揮官が、門の脇でアーノルドへ礼をした。
「兵は、これですべてです」
「倉と井戸を確かめさせる」
「承知しております」
アーノルドが合図すると、役人と兵が砦へ入った。
アレクは、去っていく列へ目を向けた。
兵の一人が、肩越しに砦を振り返った。
その目が門の前に立つグランヴァルト兵を捉え、すぐに前へ戻る。
戦わずに引き渡される砦だった。
だが、そのために、国境と城で兵が戦っている。
アレクは、道の脇へ馬を寄せた。
最後の荷車が通り過ぎるのを待ってから、アーノルドとともに門をくぐった。
◇ ◇ ◇
砦の中には、兵舎と倉が並んでいた。
荷を運び出した跡が残り、土の上には車輪の溝が重なっている。
役人が書付を手に、残された物と引き渡しの記録を照らし合わせていた。
アーノルドは石段を上った。
アレクも、その後に続く。
壁の上へ出ると、風が吹きつけた。
南から来た街道が砦の下を通り、北へ延びている。その先に、グランヴァルトが奪った城があった。
アーノルドは、しばらく道を見ていた。
「ここへ兵が集まるたび、こちらも備えを変えておりました」
アレクは顔を向けた。
「ロスヴァールにおられた頃ですか」
「はい。倉へ荷が入ったと聞けば、次にどこへ兵を向けてくるか考えたものです」
アーノルドの視線は、街道から離れなかった。
今は、その砦の中に自分が立っている。
壁の上で、兵が旗を掲げ始めた。
黒地に金の獅子が、風を受けて広がる。
アーノルドは旗を見上げた後、後ろに控えていた隊長へ向き直った。
「南の街道は、昼も夜も見張りを置け。巡回は、この砦と城の間を途切れさせるな」
「承知いたしました」
「兵の交代に合わせて、倉の確認も行う。食料を運び込めるよう、荷を置く場所を空けておけ」
隊長が頷き、石段を下りていった。
アレクは、もう一度旗を見た。
掲げただけで、守れる土地になるわけではない。
アーノルドは、すでに次に必要なことへ目を向けていた。
「私は、ここを離れません」
アーノルドが言った。
「陛下から、城と砦の守備を任せるとのお達しを頂いております」
「兵も、こちらへ回していただけるのですね」
「はい。王家から兵と物資が届きます。今いる兵だけで、すべてを抱えるわけではございません」
アーノルドはアレクを見た。
「伯爵は、お帰りになれます」
その言葉を聞いて、胸の奥が少し緩んだ。
アレクは頷いた。
「後のことを、お願いいたします」
「お任せください」
アーノルドが答えた。
その声は、初めて国境の城で会った時より、幾分穏やかだった。
◇ ◇ ◇
国境の城と砦へ守備兵が入り、負傷者と捕虜の移送が進んだ。
カルディア側の兵が、取り決めに従って退いたことも確かめられた。
それから、ようやく帰還が始まった。
王家とマティアスに属する兵は、それぞれ命じられた場所へ向かう。アレクの直属兵も、ギルベルトたちに率いられて領地への道を進んだ。
王家から借り受けた三門の大砲は、点検を終えた後、護衛をつけてアレクの城へ戻すことになった。
アレク自身は、マティアスとともに王都へ向かった。
戦勝報告と、論功行賞が待っていた。
◇ ◇ ◇
王城の広間には、諸侯が集まっていた。
アレクは、マティアスの後ろで姿勢を正した。
鎧ではなく、式のための服を着ている。
城を離れた頃より、袖口が少し緩く感じられた。気のせいかもしれないと思いながら、触ろうとした手を下ろす。
前方の扉が開いた。
レオンハルトが姿を現し、玉座へ進む。
人々が礼をした。
王が席に着くと、書記官がカルディアとの戦の経過を読み上げた。
国境への侵攻を退けたこと。
敵軍を破り、城を落としたこと。
講和により、城とその領地に加え、砦と街道を確保したこと。
アレクは、読み上げられる言葉を聞いていた。
一つの報告にまとめられると、短かった。
だが、その間には、橋を守った兵も、敵を止めた歩兵も、傷ついて運ばれた者もいた。
自分が見ていない場所でも、人が働いていた。
マティアスが呼ばれた。
前へ進み、王へ礼をする。
レオンハルトは、その姿を見て口を開いた。
「一城を落とし、その勝利で次の戦を止めた。よくやった」
「陛下の命を果たすことができ、安堵しております」
「押し返すだけで終わらせるなと命じたが、無用に兵を損なえとは言っておらん。その点も、心得ていたようだな」
「次の城を攻める備えはしておりました。ですが、向こうが条件を受け入れるなら、さらに兵を失う必要はないと判断いたしました」
レオンハルトが頷いた。
書記官が、褒賞を告げる。
報奨金に加え、マティアスの本領に隣接する王家直轄地の一部が加増されることになった。
マティアスは、深く頭を下げた。
広間に並ぶ諸侯たちが、その背へ目を向けていた。
◇ ◇ ◇
続いて、アーノルドの功績が読み上げられた。
国境で敵を迎え、地形を踏まえて兵を動かしたこと。講和に際しても、土地と街道を確かめ、引き渡しを支えたことが告げられる。
本人は、この場にいなかった。
新たに王家直轄となった城と砦を守り、国境を監視している。
「アーノルドには、引き続き、この方面の守備を任せる」
レオンハルトが言った。
「必要な兵と物資は、王家からも出す。任せたからといって、一家にすべてを背負わせるつもりはない」
報奨金を与えることも告げられた。
正式な任命と褒賞の書状は、国境へ届けられる。
アレクは、砦の上で風を受けていたアーノルドを思い出した。
かつては、ロスヴァールの将だった。
今、その男へ国境を任せると、レオンハルトは諸侯の前で言い切った。
広間の端にいた者が、隣へ小さく頷く。
出自だけを理由に、働きが退けられることはない。
アレクには、そう示されたように思えた。
次に、自分の名が呼ばれた。
アレクは前へ進んだ。
膝をつき、頭を下げる。
「顔を上げろ」
レオンハルトの声に従った。
「三千人をよく率いた。城門への砲撃も、報告を受けている」
「ありがとうございます」
「数を揃えただけでは、あのようには動かん。兵を育てたことも、お前の働きだ」
アレクは、一度息を整えた。
「隊長と教官たちが、教え続けてくれました。兵たちも、訓練を重ねております。戦場では、歩兵と騎兵に支えていただきました」
「知っている」
レオンハルトが答えた。
「その者たちの働きを忘れず、なおかつ隊を率いて勝った。だから、お前をここへ呼んでいる」
アレクは言葉を止めた。
仲間の働きを伝えることと、自分の功績を認めないことは違う。
皆を率いた者として、褒賞を受けるべきなのだと分かった。
「ありがたく、お受けいたします」
深く頭を下げた。
書記官が褒賞を読み上げた。
アレクの領地に隣接する王家直轄の土地が、一部加えられる。規模は大きくなかったが、離れた場所ではなく、今の領地と続いている土地だった。
報奨金も与えられる。
王家から貸与された三門の大砲については、引き続きアレクが預かり、隊の育成と運用を続けることが認められた。
「砲は王家のものだ。扱える兵を育て、働かせよ」
「承知いたしました」
アレクは答えた。
それは、自分の城へ置いておけばよいという意味ではなかった。
必要な時に動かせるよう、兵と砲を整えておく役目だった。
◇ ◇ ◇
将兵への褒賞も告げられた。
各隊から上げられた働きを確かめ、相応の報奨を与える。
戦死者の遺族と、傷のために務めを続けられなくなった兵への手当ては、賠償金がすべて届くまで待たせない。王家と各家で支え、すでに行った支援についても記録を揃えるよう命じられた。
アレクは、領地へ戻ったら確かめるべきことを思い浮かべた。
帰れなかった兵の家へ、何が届いているか。
負傷して戻る者を、誰が迎えるか。
オスカーとギルベルトに任せて終わりにせず、自分でも会いに行かなければならなかった。
読み上げが一区切りついた。
広間の空気が、わずかに緩む。
だが、レオンハルトは立たなかった。
「もう一つ、諸侯へ伝える」
人々が顔を上げた。
アレクも、王へ目を向ける。
「今回、鉄砲隊は国境を守り、敵を退けた。その働きを、一つの軍だけに留めるつもりはない」
広間が静まった。
「今後、選んだ諸侯にも火縄銃を与える。王家の兵から教官を出し、各家に鉄砲隊を育てさせる」
誰かが、小さく息を吸った。
アレクの後ろで、衣擦れの音が重なる。
王は言葉を続けた。
「ただし、銃を渡せば、鉄砲隊ができるわけではない。兵を選び、教えられたことを守らせ、隊を養える者に任せる」
諸侯の一人が、姿勢を正した。
別の者は、隣の者へ向けかけた視線を王へ戻した。
アレクは、広間にいる者たちの関心が変わったことを感じた。
先ほどまでは、勝った軍の話だった。
今は、自分たちの兵へ渡される武器の話になっていた。
◇ ◇ ◇
「ただし、火縄銃は国家機密だ」
レオンハルトの声が響いた。
「王の許しなく他家へ渡すことも、売ることも許さん」
広間から物音が消えた。
王は、居並ぶ諸侯を見渡した。
「製法や仕組みを漏らした者、紛失したと偽って預けた火縄銃を他者へ流した者は、身分を問わず極刑とする」
アレクは、背筋を伸ばした。
自分たちが工場で守ってきた物が、これから別の家へ渡っていく。
使う者が増えるほど、秘密を守る場所も増える。
レオンハルトは、その責任を曖昧にしなかった。
「戦で失うことまで、すべて同じ罪に問うつもりはない。だが、失った時は報告せよ。経緯を調べる。隠してよいとは思うな」
諸侯たちは、黙って聞いていた。
「教官が命じられた範囲で教えることは、漏洩ではない。学んだことを、勝手に別の者へ渡すなと言っている」
王の視線が、端から端へ動いた。
「これは、お前たちへの信頼でもある。その意味を忘れるな」
誰も、軽々しく返事をしなかった。
少し間を置いてから、レオンハルトはアレクを呼んだ。
「アレク」
「はい」
「各家へ配備する鉄砲隊についても、お前が教育と運用の状況を取りまとめよ」
諸侯の視線が、一斉に動いた。
アレクは王を見たまま、返事をした。
「承知いたしました」
「兵と銃の数、教育の進み具合、どこへ置き、どのように使っているか。出陣や損失についても、各家から報告させる」
レオンハルトは、今度は諸侯へ向けて言った。
「各家の隊は、それぞれの指揮の下に置く。アレクが勝手に諸侯の兵を動かすという話ではない。だが、王家が配備を認めた鉄砲を、どこで何に使っているかは把握する」
アレクは頷いた。
自分の隊の報告だけではなくなる。
会ったことのない領主のもとで育つ隊についても、知らなければならない。
「必要な改善は、アレクから伝える。各家からの報告は、お前が取りまとめ、マティアスを通じて私へ上げよ」
「はっ」
アレクが答えると、マティアスも一礼した。
レオンハルトは、二人を見て頷いた。
「配備する家と数量、時期は、追って定める。今ここで、全員へ渡すと約束したわけではない」
浮き立ちかけていた諸侯の表情が、引き締まった。
「望む者は、兵と費用をどう用意するか考えておけ」
◇ ◇ ◇
式を終え、アレクが広間を出ると、すぐに声をかけられた。
「アレク伯爵」
振り向くと、一人の諸侯が近づいてきた。
丁寧に礼を返す。
「少し、伺ってもよろしいでしょうか」
「はい」
「兵は、どのような者を選べばよいのでしょう。弓を使う者を集めた方がよいのですか」
アレクは少し考えた。
「弓の経験だけで決まるものではありません。まずは、命令を守り、決められた扱いを繰り返せる者が必要になります」
「なるほど」
諸侯は頷いた。
「では、こちらで人を選び始めても」
「配備する家は、陛下がお決めになります。私からお約束はできません。ただ、準備をなさるのであれば、兵が訓練に専念できるよう、普段の務めを代わる者や、その間の費用についてもお考えください」
「承知しました。一度、まとめてみましょう」
その男が下がる前に、別の者が近づいてきた。
「我が領には、兵を集められる場所がございます。訓練に使うのであれば、広さはどの程度」
アレクは、相手の話を聞いた。
さらに後ろにも、こちらを見ている者がいる。
王都へ来る前は、報告と褒賞が済めば帰れると思っていた。
今は、まだ顔もよく知らない諸侯から、次々と質問を受けている。
曖昧に頷けば、約束したと思われるかもしれない。
アレクは、答えられることと、まだ決められないことを分けながら話した。
やがて、マティアスが隣へ来た。
「今日は、この辺りにしていただきたい。具体的な話は、王家の方針が整ってから伺う」
諸侯たちは礼をし、順に離れていった。
アレクは、小さく息を吐いた。
「ありがとうございます」
「まだ何も渡していないのに、忙しくなったな」
「私が決めてよいことではないので、返事に迷いました」
「それでよい。できぬ約束をしなかったのなら、困ることはない」
マティアスは廊下を歩き始めた。
アレクも隣へ並ぶ。
「これからは、兵だけでなく、その兵を預かる領主とも話すことになる。困った時は、私に相談しろ」
「はい」
「教官に選ぶ兵も、王家と相談して決める。お前の判断で、今いる隊から抜くな」
「承知しております」
アレクは答えた。
教えられる者を送り出せば、その者が担っていた仕事を引き継ぐ兵も要る。
数だけを合わせれば済むことではなかった。
マティアスは、少し声を落とした。
「今日は、帰る支度をしろ」
アレクは顔を上げた。
「もう、よいのですか」
「陛下にはお許しを頂いた。残る書類は、こちらで整える。必要なものは領地へ送る」
「ありがとうございます」
「帰ったら、まずエリーゼ様へ無事な顔を見せてこい」
アレクは、思わず口元を緩めた。
マティアスが、それを見て小さく笑う。
「ようやく、帰る気になった顔だな」
「初めから、そのつもりでした」
「そうか。ならば、待たせるな」
アレクは頷いた。
◇ ◇ ◇
宿舎へ戻ると、アレクは机へ向かった。
紙を広げ、筆を取る。
国境から出した便りには、無事でいることと、まだ帰る日が決まらないことを書いていた。
今度は、違うことが書ける。
講和が成立し、王都での報告も終えた。
帰領の許しを得たので、明日には出発する。
先に戻った兵たちの様子も、帰ってから一緒に確かめたい。
そこまで書いて、アレクは手を止めた。
領地の報告ばかりになっていた。
紙を見つめ、少し考える。
そして、続きを書いた。
エリーゼに会えるのを、楽しみにしています。
書き終えると、急に恥ずかしくなった。
誰に見せるわけでもないのに、扉の方へ目を向けてしまう。
誰もいなかった。
アレクはもう一度、最後の一文を読んだ。
消す必要はなかった。
便りを畳み、封をする。
先に届けてもらえるよう、従者へ頼んだ。
窓の外では、王都の通りを荷車が進んでいた。
領地では、兵たちと城の者たちが帰りを待っている。
そして、エリーゼも。
アレクは旅装を確かめ始めた。
明日は、帰るために馬へ乗る。
第二十三話をお読みいただき、ありがとうございました。
戦いを共にした者たちの働きと、その先へ進むアレクの姿を楽しんでいただけたなら嬉しいです。
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