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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

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第二十一話 城壁の向こうの煙

王命を受け、国境の先へ進むアレクたち。

かつてアーノルドが通った道を、今はグランヴァルトの旗が進みます。

 北の街道から、重い車輪の音が近づいてきた。

 城門の兵が道を空ける。

 馬に曳かれた大砲が、一門ずつ城内へ入ってきた。その後ろには弾薬箱を積んだ荷車が続き、護衛の歩兵が列を整えていた。

 アレクは中庭で出迎えた。

 三門とも、無事に届いている。

 王家から派遣された指導役が、そばへ来て一礼した。

「遅くなりました」

「道中、問題はありませんでしたか」

「一度、荷車を止めて車輪を確かめましたが、修理は済んでおります。砲にも異常はございません」

「ありがとうございます。まずは兵を休ませてください」

 指導役が頷き、砲兵たちへ声をかけた。

 馬を外す者と、荷を確かめる者が動き始める。

 婚礼の日には、経験者の指示を受けるだけで精いっぱいだった兵もいた。今は自分の持ち場へ進み、次に何をするかを確かめている。

 アレクは、一門のそばへ寄った。

 砲身には、輸送の間についた土埃が残っていた。

 城の庭で祝いを告げた大砲だった。

 今度は、閉ざされた門へ向けることになる。

「揃ったか」

 後ろから、マティアスの声がした。

 アレクは振り返った。

「はい。三門とも、使えます」

「ならば、出立の支度を進める」

 マティアスの隣には、アーノルドがいた。

 南へ出した斥候の報告を携えている。

「敵は城へ兵を入れております。門も閉じました」

「街道には」

「こちらの進軍を止める部隊は、見つかっておりません」

 マティアスは頷いた。

「城を頼るつもりか」

 アーノルドは、三門の大砲へ目を向けた。

「以前と同じように守れると思っているのでしょう」

 アレクは砲身から手を離した。

 その考えを変えさせる役目が、自分にはあった。

 ◇ ◇ ◇

 翌朝、グランヴァルト軍は南へ動き出した。

 戦闘可能な兵六千三百九十四人に、大砲を護衛してきた二百人が加わっていた。

 そのうち千人は、国境の城と橋、捕虜の警備に残す。

 南へ進む戦闘部隊は、五千五百九十四人となった。

 三門の大砲には砲兵と輸送要員がつき、兵糧や弾薬を運ぶ荷車も続いていた。

 捕虜の後送は、すでに始めている。

 負傷者は城で手当てを受け、動かせる者から北へ移すことになっていた。

 アレクは馬上から石橋を見た。

 取り払われていた柵の一部が、すでに組み直されている。

 橋を守る兵が、進んでいく味方へ道を空けた。

 川の南へ出る。

 この先は、先の取り決めでカルディアの領有が認められた土地だった。

 先頭を行くアーノルドが、街道の分かれ道で兵を止めた。

「右は村へ入る道だ。軍は、このまま南へ進む」

 案内を受けた騎兵が先へ出た。

 アーノルドは、道端に立つ古い石標を見ていた。

 刻まれた文字の一部は、削られている。

 以前、この道を通った時には残っていたものだった。

「変わっておりますか」

 そばへ来たアレクが尋ねた。

「少しずつは」

 アーノルドは答えた。

「だが、道も川も同じです。城も、そう変わってはいないでしょう」

 そう言って、南へ顔を向けた。

 その先で、城壁が兵を待っていた。

 ◇ ◇ ◇

 城は、低い丘の裾に広がる町の奥にあった。

 城下を通る街道から、上り道が門へ続いている。

 城壁の手前には建物のない空間があり、町の家々と城は、道と空き地を隔てていた。

 アーノルドは、その地形をマティアスへ示した。

「町を通らずとも、東から城門の前へ出られます」

 畑の脇を抜ける道が、城へ向かっている。

 マティアスは、家々の並ぶ方を見た。

 戸が閉ざされていた。

 窓の隙間から、こちらを窺う顔がある。

「城下へ勝手に入るな。食糧も、命令なく持ち出させるな」

 命令が伝わる。

 グランヴァルト軍は町の外で隊を整え、城へ向けて兵を進めた。

 城壁には、カルディアの旗が立っていた。

 弓兵が並び、その間には槍を持つ兵の姿も見える。

 捕虜の証言と斥候の報告では、城に入った兵は二千人ほどだった。

 元からいた守備兵に、野戦から退いた兵が加わっている。

 敗れた軍のすべてが、ここへ集まったわけではない。ほかの部隊は、さらに南へ退いていた。

 マティアスは使者を呼んだ。

「降伏開城を求める。武器を置く者の命は保障する」

「承知しました」

「住民を巻き込むなと、守将へ伝えろ」

 使者が一礼し、城へ向かった。

 白い布を掲げた従者が続く。

 城壁の弓兵は、すぐには弓を下ろさなかった。

 使者が門の前で名乗る。

 しばらくして、小さな通用口が開いた。

 マティアスは、使者が中へ入るところを見届けた。

「大砲を進めろ。返答を待つ間に、こちらの支度を済ませる」

 アレクは頷いた。

「はい」

 ◇ ◇ ◇

 カルディアの守将は、広間で使者の言葉を聞いた。

 降伏すれば、兵の命は取らない。

 住民や城下へも危害を加えない。

 その言葉が終わると、守将は卓へ置いた手を握った。

「この城を明け渡せと申すか」

「グランヴァルト王陛下の命を受け、開城を求めております」

「ここはカルディアの城だ」

 使者は姿勢を変えなかった。

「先の取り決めを破り、我が国へ兵を向けられたのは、そちらです」

 守将の眉が動いた。

 部屋の端には、野戦から逃れてきた隊長もいた。

 腕を吊り、青白い顔で立っている。

「野では負けた」

 守将は言った。

「だが、ここには城壁がある」

 グランヴァルト軍が城へ来たことは、すでに南へ知らせていた。

 援軍が来るまで持ちこたえればよい。

 門を閉じ、城壁から矢を射かければ、野原で戦う時とは違う。

 使者は、もう一度尋ねた。

「開城には応じられない、というお返事でよろしいのですね」

「そう伝えよ」

 守将は答えた。

「この城が欲しければ、取ってみるがよい」

 使者が深く一礼した。

 退出した後、腕を吊った隊長が口を開いた。

「あの軍には、大砲もあると聞いております」

「見張りからも聞いた。三門だそうだな」

 守将は椅子から立った。

「門の支えを増やせ。城壁の兵を持ち場へ戻せ」

 隊長は、言いかけた言葉を飲み込んだ。

 守将は広間を出ていった。

 ◇ ◇ ◇

 使者が戻った時、三門の大砲は城門へ向けて据えられていた。

 アレクはマティアスのもとへ戻り、返答を聞いた。

「拒んだか」

 マティアスが言った。

「はい。抗戦するとのことです」

「分かった。下がって休め」

 使者が退く。

 マティアスはアレクへ向き直った。

「門を開けろ」

「承知しました」

 アレクは砲兵たちのもとへ戻った。

 城壁には、弓兵が見える。

 こちらへ向かって矢が飛んでくることもあったが、大砲の置かれた場所までは届いていなかった。

 アレクは砲身へ手を添えた。

 目の前に、弾道が現れる。

 城門へ向かう線だった。

 だが、そのままでは門の脇へ逸れる。

 アレクは指導役へ向き直り、狙いを伝えた。

 砲兵たちが、指示を受けて位置を直す。

 もう一度、砲身へ触れた。

 今度は門へ届いている。

 アレクは、残る二門も確かめた。

 同じ門へ向けていても、それぞれに置かれた場所が違う。

 一門ずつ、目で見える線を確かめる。

「これでお願いします」

 指導役が頷いた。

 砲兵たちは、口数が少なかった。

 婚礼の日とは違う。

 城壁の上に、こちらを殺そうとする兵がいる。

 アレクは、その顔を見た。

「教わったとおりに。一つずつ、確かめてください」

「はい」

 返事があった。

 指導役が兵の仕事を確認し、最後にアレクへ合図を送る。

 アレクは城門へ目を向けた。

 厚い板と鉄の補強で閉ざされた門だった。

 その上で、カルディア兵が弓を構えている。

「撃て!」

 一門目が火を放った。

 轟音が響く。

 門へ何かが叩きつけられたように、木片が散った。

 城壁の兵が、一斉に下を見た。

 続く一発が、門を大きく揺らした。

 内側で支えていた木が折れたのか、片側が斜めに沈む。

 三門目の砲撃が響いた。

 裂けた板が内側へ吹き飛び、門の向こうが見えた。

 そこにいた兵が、慌てて奥へ退く。

 城壁から怒鳴り声が上がった。

 アレクは、煙の向こうを見据えた。

 門は、もう閉じていなかった。

 ◇ ◇ ◇

 守将は、城壁の階段を下りようとしていた。

 一発目の音を聞き、門へ向かっていたところだった。

 二発目で足を止める。

 三発目の後、門番の兵が走ってきた。

「門が破られました!」

 守将は、その兵を見た。

「何だと」

「支えも折れました。外から、兵が……」

 声が途切れた。

 城壁の上で、別の音が重なっていた。

 火槍の音だった。

 弓を構えていた兵が身を伏せる。

 門の上から矢を射ようとした者も、石の陰へ隠れていた。

 守将は階段を駆け下りた。

 中庭の向こうに、破れた門が見える。

 外に、盾が並んでいた。

 グランヴァルト兵が、すでに迫っていた。

「門へ集まれ!」

 守将が叫んだ。

「中へ入れるな!」

 槍兵が走る。

 だが、門の脇には壊れた木材が散乱し、倒れた兵もいた。

 持ち場へ向かう者と、門から逃れてくる者がぶつかった。

 その間に、最初の盾が門を越えた。

 ◇ ◇ ◇

 アレクは、大砲のそばから戦場を見ていた。

 突入を任された歩兵八百人が、隊を組んで門へ向かっている。

 後ろには、交代と増援に備える歩兵が続いていた。

 鉄砲隊は城外に残り、城壁の守備兵を牽制していた。

 だが、味方が門へ近づけば、その方向へ撃ち続けることはできない。

「門の上への射撃を止めてください」

 アレクは伝令へ命じた。

「味方が入ります」

 伝令が走る。

 ギルベルトと隊長たちが合図を送り、門周辺への射撃が止まった。

 城壁の別の場所を見張る兵は、持ち場を変えない。

 敵が矢を射ようと身を出せば、それを抑える。

 アレクは門を見た。

 味方の盾が中へ入り、その後ろから槍が続いていく。

 門の内側で、激しくぶつかる音がした。

 歩兵の隊長が叫んでいた。

「止まるな! 後ろへ道を空けろ!」

 負傷した兵が、仲間に引かれて外へ出てきた。

 腿から血が流れている。

 別の兵は、自分で歩いていたが、片腕が下がっていた。

 アレクは唇を結んだ。

 門は破った。

 だが、その先を進むのは兵たちだった。

 ◇ ◇ ◇

 中庭で、カルディア兵の槍が盾へ突き当たった。

 グランヴァルトの歩兵が受け止める。

 後ろから続いた兵が脇へ出て、敵の槍を押し退けた。

 中庭の右手に、住民らしい者たちが固まっていた。

 子どもを抱いた女がいる。

 城下から逃げ込んだのか、荷を抱えた老人もいた。

「武器のない者には手を出すな!」

 グランヴァルトの隊長が叫んだ。

「壁際へ寄れ! そこを動くな!」

 兵が盾を向けたまま、その前を通り過ぎる。

 中庭の奥では、守将が剣を抜いていた。

 周りに残った兵を集め、建物の前へ並べる。

「退くな! ここを守れ!」

 その声を聞き、カルディア兵が槍を構え直した。

 グランヴァルトの隊長が前へ出る。

「門は破った! 武器を置け!」

 守将は答えず、兵へ進めと命じた。

 槍が盾の隙間へ入り、グランヴァルト兵が倒れた。

 隣の兵が敵を押し返そうとしたが、その肩へ剣が振り下ろされた。

 隊長の顔が険しくなった。

「抵抗する者を討て!」

 味方の歩兵が前へ出た。

 盾がぶつかる。

 守将は近づいた兵へ斬りつけ、その盾を弾いた。

 だが、横から突き出された槍を避けきれなかった。

 身体が傾く。

 それでも剣を振ろうとしたところへ、別の兵が踏み込んだ。

 守将が倒れた。

 剣が石畳を打ち、手から離れる。

 そばにいたカルディア兵が、その姿を見下ろした。

「守将は討ち取った! 武器を捨てろ!」

 グランヴァルトの隊長が叫んだ。

 一人の兵が、槍を放した。

 その後ろでも、盾が下ろされる。

 建物の入口へ逃げようとした兵は、追ってきた味方の隊に囲まれ、剣を地面へ置いた。

 中庭の戦いが、ようやく収まり始めた。

 ◇ ◇ ◇

 門を破ってから、長い時間は経っていなかった。

 城壁に立っていたカルディアの旗が下ろされる。

 代わって、グランヴァルトの旗が掲げられた。

 城外でそれを見た兵たちから、声が上がった。

 マティアスは、戻ってきた伝令の報告を聞いていた。

「守将を討ち取りました。中庭と城壁は押さえております。建物の中を、順に確かめています」

「降伏した兵は」

「武器を集め、一か所へ移しております」

「住民と分けろ。負傷者の手当ても急がせよ」

 伝令が頷いた。

 マティアスはアーノルドへ顔を向けた。

「外へ逃れた兵の動きを確かめてくれ。南から別の部隊が来るかもしれん」

「承知しました」

 アーノルドが騎兵へ指示を出す。

 マティアスは、アレクを伴って城へ入った。

 破れた門の前では、兵が木材を退けていた。

 荷車を通すための道を作っている。

 アレクは、門の脇に残った蝶番を見た。

 厚い板が裂け、鉄の補強も曲がっていた。

 その内側には、味方の負傷兵が座っている。

 大砲で短くできた戦いでも、傷つく者がいなくなるわけではなかった。

 アレクは足を止めず、中庭へ進んだ。

 ◇ ◇ ◇

 城内の確認が終わると、住民たちが外へ案内された。

 城下に家のある者は、兵に付き添われて帰される。

 城で働いていた者たちは、町の広場へ移された。

 捕虜は武器から離された場所へ集められ、負傷者には別の建物が用意された。

 マティアスは、その報告を一つずつ聞いた。

「中庭に残っている者は」

「片づけに当たる兵だけです」

「建物の中は」

「見回りました。隠れていた者も、外へ出しております」

 マティアスは頷いた。

 中庭の端に、壊れた門の木材が積まれている。

 折れた荷車や、使えなくなった木の盾も集められていた。

「燃やせる木材を、建物から離れた場所へ集めろ」

 そばの隊長が顔を上げた。

「処分なさるのですか」

「ああ。ただし、建物は焼くな。火を見張る兵をつけ、消火の備えをさせろ」

「承知しました」

「城下の見張りも続けよ。騒ぎに紛れて、勝手をする者を出すな」

 隊長が去った。

 アレクは、積まれた木材へ目を向けた。

 門を修復するには、壊れた木材を片づけなければならない。

 使えない物を処分することも、不自然ではなかった。

 だが、マティアスの視線は、木材ではなく南の城壁へ向いていた。

「城を焼いたと思われるのではありませんか」

 アレクが尋ねた。

 マティアスは、こちらを見た。

「そう見えるだろうな」

「では……」

「使える城まで失う必要はない。だが、向こうに中を確かめさせる必要もない」

 アレクは南を見た。

 城壁の向こうには、カルディアへ続く道がある。

 まだ、こちらを窺っている敵兵もいるだろう。

 その者たちに見えるのは、グランヴァルトの旗と、城内から立ち上る煙だった。

 アーノルドが、二人のそばへ戻ってきた。

「南の丘に、敵の騎兵が残っております。こちらへ近づく様子はありません」

「追い払う必要はない」

 マティアスが答えた。

「見ているなら、見せておけ」

 ◇ ◇ ◇

 カルディアの先遣隊を率いていた将は、南の丘で馬を止めていた。

 残った騎兵と、野戦から退いた歩兵をまとめ直していたところだった。

 城へ援軍を入れるべきか。

 さらに南へ退き、次の城で兵を集めるべきか。

 迷っている間に、大砲の音が聞こえた。

 それから、まだ半日も経っていない。

 城壁の旗が変わっていた。

「落ちたのか……」

 将は呟いた。

 部下も、同じ方を見ている。

 やがて、城壁の内側から煙が上がった。

 細い煙ではなかった。

 風に流されながら、城の屋根を覆い始めている。

「火が出ております」

 部下が言った。

 将は答えられなかった。

 野戦で兵を失った。

 橋を越えて退き、今度は城まで失った。

 その城から、煙が上がっている。

 建物が燃えているのか、中庭で何かを焼いているのか。

 ここからでは、確かめられなかった。

 だが、城門の前に並ぶグランヴァルト兵へ近づき、尋ねることなどできない。

「……グランヴァルトを怒らせたのだ」

 将の口から、言葉が漏れた。

 部下が顔を向ける。

「閣下」

「陛下へ知らせる」

 将は手綱を握り直した。

「残った兵を南へ戻せ。道でばらばらにするな。次の城へ集めろ」

「ご自身で、王都へ向かわれるのですか」

「ああ」

 将は、煙の上がる城を見た。

 伝令に任せるだけでは、この敗北の重さが陛下へ十分に伝わらないかもしれなかった。

 あの鉄砲隊を見た。

 橋の北岸が崩れるところも見た。

 城壁に守られた城でさえ、わずかな時間しか持ちこたえられなかった。

 今度は、自分が王の前で話さなければならない。

 将は馬首を南へ向けた。

 背後では、煙がなおも上がっていた。

 ◇ ◇ ◇

 中庭では、兵たちが火の周りを見張っていた。

 燃えているのは、集められた木材だった。

 建物の屋根へ火が移っている様子はない。

 城下にも、煙を見て外へ出てきた者がいたが、見張りの兵が城での作業だと伝えていた。

 アレクは、城壁の上から町を見下ろした。

 家々は残っている。

 道を歩く者も、少しずつ増え始めていた。

 背後から、マティアスが上がってきた。

「大砲隊は」

「片づけを進めています。砲に異常はありません」

「兵の様子も見てやれ。初めての実戦だった者がいる」

「はい」

 アレクは頷いた。

 マティアスは南へ目を向けた。

「これ以上の進軍は、いったん止める」

 アーノルドも階段を上がってきた。

 その言葉を聞き、マティアスを見る。

「次の城へは、向かわれませんか」

「今すぐにはな」

 マティアスは答えた。

「ここを押さえ、門を直す。街道の見張りと補給は続ける。向こうが返事を寄越すまで、ただ休んで待つつもりはない」

 アレクは、その横顔を見た。

 戦いを終えるために止まるのではない。

 進める軍を、ここへ置いておく。

 カルディアの王に、その意味を考えさせるのだ。

「使者を送るのですね」

「ああ」

 マティアスは頷いた。

「城を一つ失って、何を守るべきか分かればよいがな」

 ◇ ◇ ◇

 城の広間には、まだ戦いの跡が残っていた。

 倒れていた椅子が起こされ、卓の上が片づけられる。

 マティアスはそこへ地図を広げ、書記を呼んだ。

 アレクとアーノルドも同席していた。

 書記が筆を用意する。

 マティアスは、カルディア王へ送る文面を口にした。

「先の取り決めを破り、我が国へ兵を向けたのはカルディアである。我が国だけが、貴国の領有を認めた約束に縛られる理由はない」

 筆が紙を走る。

「すでに一城を落とした。次の城へ進む用意もある」

 アレクは地図へ目を落とした。

 南の街道の先に、別の城が記されている。

 マティアスは続けた。

「ただし、貴国が侵攻の責任を認め、領地の割譲と賠償に応じるならば、ここで兵を止めることはできる」

 書記が顔を上げた。

「割譲を求める領地は」

「先のロスヴァールとの戦で、カルディアが得た地域だ。境界は別紙に記す。新たな国境を認め、再び我が国へ兵を向けぬと誓約させる」

「賠償については、いかがいたしますか」

「今回の出兵と損害に対するものとする。額と支払いの条件は、回答を受けて詰める」

 マティアスはアーノルドへ目を向けた。

「道と土地の確認を頼む。境界を曖昧にして、後で争わせるわけにはいかん」

「承知しました」

 アーノルドが答えた。

 書記が、最後の文を待っている。

 マティアスは、静かに言った。

「次の返答が届くまで、我が軍が待ち続けると思わぬことだ」

 筆が止まった。

 部屋の外から、木材を運ぶ兵の声が聞こえた。

 マティアスは書き上がった文面を受け取り、初めから読み直した。

 城を焼いたとは、どこにも書かれていなかった。

 落としたとだけ、記されている。

 アレクは、その紙を見ていた。

 城門を破るために、大砲が働いた。

 その勝利を交渉へつなげ、カルディアの王を動かすのは、マティアスの仕事だった。

「講和の条件がまとまれば、陛下へお伺いを立てる」

 マティアスが言った。

「こちらで勝手に、国境を決めることはしない」

 アレクは頷いた。

 王命を受けて戦い、その先の返答を引き出す。

 どこまでを自分で決め、何を王へ委ねるのか。

 主君は、その線を見失っていなかった。

 ◇ ◇ ◇

 使者は、夕刻前に城を出た。

 修復の始まった門を抜け、南の街道へ向かう。

 従者と護衛が、その後ろへ続いた。

 アレクは城壁から見送っていた。

 中庭の火は小さくなり、兵たちが消火を進めている。

 煙の向こうにも、城の建物は残っていた。

 この落城の知らせも、やがてカルディアの王へ届くだろう。

 あの将が、王へ何を伝えるのかは分からない。

 だが、グランヴァルトの使者が持つ書状には、求めるものがはっきりと記されている。

 領地。

 賠償。

 そして、新たな国境を守るという誓約。

 アレクは、遠ざかる使者から城内へ目を戻した。

 兵たちは、次の命令に備えて動いていた。

 この城で止まるのか。

 さらに南へ進むのか。

 今度は、カルディアの王が答える番だった。

第二十一話を読んでいただき、ありがとうございました。

アレクとマティアス、それぞれの役目と働きを楽しんでいただけたなら嬉しいです。


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