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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

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第十七話 守るべき境界

婚礼から数日。城には、少しずつ日常が戻り始めていました。

 婚礼から数日が過ぎても、アレクの城には兵の姿が多かった。

 祝宴を終えて帰った諸侯や重臣たちとは違い、鉄砲隊はまだ領内に留まっている。祝砲を務めた千五百人も、残る千五百人がいる宿営地へ戻り、各隊の指揮官のもとで過ごしていた。

 城外では荷車が並び、空になった樽や箱が片づけられている。

 三門の大砲も、王家から派遣された指導役の監督のもとで、砲兵たちが手入れを続けていた。

 人が減り、静かになったのは、城の中の方だった。

 長い卓の並んでいた広間は片づけられ、客室の窓が開けられている。

 廊下を歩くアレクへ、使用人たちが挨拶をした。

 その顔に、婚礼の支度に追われていた頃の慌ただしさはない。

 アレクも頷いて返し、庭へ続く扉を開けた。

 壁際に、新しい椅子が置かれていた。

 二人で腰を下ろせる幅がある。

 そばに立っていたエリーゼが、こちらへ顔を向けた。

「アレク。もう、運んでくださったのです」

「早かったですね」

「城で使っていなかった椅子を、直してくださったそうです」

 木の表面は滑らかに磨かれていた。

 アレクが手を置いて確かめると、エリーゼも隣へ来た。

「座ってみませんか」

「はい」

 二人で腰を下ろす。

 庭の道がよく見えた。

 壁が風を遮り、日差しも入る。前に立ち止まった時より、落ち着いて過ごせそうだった。

 エリーゼは膝に置いた本へ手を添えた。

「ここで読む最初の本は、もう決めていたのです」

「どのような本ですか」

「アレクにも読んでいただきたいと思っていたものです」

 彼女が表紙を見せる。

 アレクが覗き込むと、エリーゼは少しだけ体を寄せた。

 肩が触れる。

 どちらも、離れようとはしなかった。

「今日は、少しだけでも読めますか」

「はい。次の報告までは、時間があります」

 そう答えると、エリーゼは嬉しそうに本を開いた。

 アレクは彼女の指が示す行へ目を向けた。

 遠くで、兵の声が聞こえた。

 いつもの訓練の声だった。

 アレクは一度そちらを見たが、すぐに本へ視線を戻した。

 その日の午後は、まだ穏やかだった。

 ◇ ◇ ◇

 王都へ戻ったレオンハルトのもとへ、南部から急報が届いた。

 旧ロスヴァール領とカルディア王国の境界付近で、兵が動いている。

 知らせを持ち込んだ使者は、道中で馬を替え、休息を削って王都まで来ていた。

 レオンハルトは書状を読み、卓へ置いた。

「どこまで確かめた」

「国境へ通じる街道を、歩兵と荷車が北へ進んでおります。斥候が確認した列だけで、およそ三千。後続もあるとのことです」

「城の守備を替えるだけの動きではないのだな」

「兵糧を積んだ荷車が多く、普段の交代より規模が大きいと報告されております」

 レオンハルトは、卓に広げられた地図へ目を落とした。

 カルディアとの境界は、旧ロスヴァール領の南にある。

 長く争われてきた土地だった。

 ロスヴァールが滅びた後、カルディアが終戦時までに確保していた領土は、そのまま同国のものと認めた。それより北は、グランヴァルトの領地となった。

 その取り決めを交わしたばかりだった。

 使者が、もう一通の書状を差し出した。

「国境の城へ、カルディア側からも使者が来ております」

 レオンハルトは封を確かめ、開いた。

 城と、その南の橋を明け渡すよう求めていた。

 かつてカルディアが支配した土地であり、ロスヴァールに奪われたものである。

 そう記されている。

 レオンハルトは最後まで読み、書状を地図の脇へ置いた。

「戦が終わった時に、境界は定めた」

 声は低かった。

「それを承知した後で、兵を動かし、城を寄越せと言うか」

 そばに控えていた家臣が口を開く。

「城を明け渡せば、これ以上の対立は求めぬとも記しております」

「兵を連れて来てから言うことではない」

 レオンハルトは地図の一点を指した。

 国境に近い城だった。

 山地の間を抜ける街道が、その城の南で川を渡る。

 周囲には細い山道もある。だが、大軍と兵糧を積んだ荷車が通れる道は、そこへ集中していた。

 城を北へ抜ければ、旧ロスヴァール領の町々へ進める。

 南へ渡れば、カルディアの城へ続く街道に出る。

 この城を押さえる者は、どちらへ兵を進めるにしても、道と橋を使える。

 手放せば、敵が北へ進むための足場となる。

 レオンハルトは顔を上げた。

「アーノルドへ使者を出せ」

 書記官が筆を取った。

「兵を率いて国境の城へ入れ。守りを固め、カルディアの動きを確かめろ。城も橋も、渡すな」

「兵数はいかがいたしますか」

「現地で動かせる兵を報告させよ。ただし、数が揃うまで城を空けて待つな。先に入れる兵から進め」

 書記官の筆が動いた。

 レオンハルトは地図へ目を戻した。

「マティアスにも知らせろ」

 婚礼のために集まった鉄砲隊は、まだアレクの領内にいる。

 三千挺が揃い、教育と合同訓練を終えたことは、報告を受けていた。

 あの兵を各地へ戻してから、もう一度集める必要はない。

「アレクの鉄砲隊を動かす」

 レオンハルトは言った。

「三千人だ。マティアスを同行させ、アーノルドと合流させる」

 ◇ ◇ ◇

 旧ロスヴァール領南部で王命を受けたアーノルドは、その日のうちに支度を始めた。

 地図を広げると、そばにいた隊長が国境の城を指した。

「カルディアは、またここを求めてきましたか」

「欲しい理由は、変わらぬ」

 アーノルドは答えた。

 ロスヴァールの将として南部戦線を預かっていた頃から、何度も見てきた道だった。

 川があり、山がある。

 だが、それだけで国境を守れるわけではない。

 街道を通れば、荷車も大砲も進める。

 その道へ入る前に敵を止められるかどうかで、背後の町々が戦場になるかが決まる。

「現地の守備隊長から、報告が届いております」

 隊長が書付を差し出した。

「現在の守備兵は六百。兵糧は運び入れておりますが、周辺の修繕はまだ続いています」

 アーノルドは頷いた。

 グランヴァルトの領地となってから、城の守備は置き直されていた。

 傷んだ箇所を直し、兵糧を蓄える仕事も進んでいる。

 カルディアが気にしているのは、それだった。

 弱ったロスヴァールの城であれば、攻める機会を待てた。

 だが、今は違う。

 北には、ロスヴァールを征服したグランヴァルトがいる。

 城が整えられ、大軍を受け入れられるようになれば、今度はカルディアへ兵を送り出す拠点になる。

 隊長が尋ねた。

「こちらからは、どれほど動かしますか」

「歩兵千二百、騎兵三百。まず、それを出す」

 アーノルドは、周囲の城と街道を指で確かめた。

「ほかの守備をすべて抜くな。国境の城へ兵を集める間に、別の道を荒らされてはならぬ」

「承知しました」

「先に使者を走らせろ。守備兵六百には、持ち場を離れるなと伝えよ。私が着く」

 隊長が礼をし、部屋を出ていった。

 アーノルドは王命の書状をもう一度見た。

 かつて、南の守りから兵を抜けという命令を受けた。

 西で敗れた軍を補うために、こちらの城が危うくなることを承知で兵を送った。

 あの時とは違う。

 今度の命令は、城を守れというものだった。

 そして、後ろから兵が来る。

 三千人の鉄砲隊。

 レオンハルトが、それを送ると記している。

 アーノルドは書状を畳んだ。

「ここを渡すつもりはない」

 誰に聞かせるためでもなく言い、剣を取った。

 ◇ ◇ ◇

 カルディア王国側では、国境へ向かう軍の列が街道を北上していた。

 歩兵の後ろを、兵糧を積んだ荷車が続く。

 騎兵が列の外側を進み、道の先を確かめていた。

 カルディアの城内では、将たちが地図を囲んでいる。

 その中央に、グランヴァルトへ明け渡しを求めた城が記されていた。

「向こうは、まだ返答を寄越さぬのか」

「使者が戻るまでには、もう少しかかります」

「その間にも、城の工事は進む」

 地図の上へ、指が置かれた。

「あそこへ兵糧を蓄えられれば、北から来た軍は、そのまま南へ出られる。橋も街道も使われるのだ」

 別の将が腕を組んだ。

「それは、終戦の時にも分かっていたことだ」

「分かっていて、譲らされた」

 返事は苦かった。

 ロスヴァールとの戦では、長く同じ城を取り合ってきた。

 グランヴァルトが西から攻めれば、こちらの前面は薄くなる。

 その隙に、争ってきた土地を押さえる。

 そこまでは、考えていたとおりだった。

 だが、グランヴァルト軍は、城をいくつか取っただけでは進軍を止めなかった。

 ロスヴァールの王都まで進み、国そのものを滅ぼした。

 その速さを見て、カルディアは終戦時の境界を受け入れた。

 今、その境界のすぐ北で、城が整えられている。

「今なら、守備はまだ多くない」

 一人が言った。

「グランヴァルトは、広い領地を抱えたばかりだ。すべての城へ兵を集められるわけではない」

「城を押さえ、橋を守る。そこから先へは進まぬと伝えれば、話し合いに応じるかもしれん」

「応じなければ」

 問いに、少し沈黙が落ちた。

 やがて、地図の前に立つ将が答えた。

「だからこそ、先に城が要る。取った後で交渉するのだ」

 誰も、グランヴァルトが弱いとは言わなかった。

 強いからこそ、その軍を南へ出させたくなかった。

 しかし、そのために動かした兵が、相手に何を決断させるかについては、まだ見通せていなかった。

 ◇ ◇ ◇

 夕食には、エリーゼの好む煮込みが用意されていた。

 厨房の者たちが、彼女に付き従って来た侍女から、味の好みを聞いていたのだという。

 エリーゼは一口食べて、嬉しそうに顔を上げた。

「懐かしい味がします」

「よかったです」

 アレクが答える。

「好みの味や作り方を教えていただければ、こちらでも用意できると、料理人が申していました」

「私も、知っていることはお伝えします」

 エリーゼは、もう一度皿へ目を向けた。

「でも、こちらで初めていただくお料理も楽しみです」

「では、両方ですね」

「はい」

 二人で笑った。

 小広間の窓の外は、もう暗くなっていた。

 庭に置かれた椅子も、今は見えない。

 午後に読んだ本は、エリーゼの部屋へ戻してある。

 途中までだった。

 食事を終えたら、続きを聞いてもよいかもしれない。

 アレクがそう考えた時、扉が開いた。

 オスカーだった。

 普段の食事中であれば、足音を抑えて近づいてくる。

 今夜は入口で止まり、まっすぐにアレクを見た。

「アレク様。陛下からの急使でございます」

 アレクは匙を置いた。

「今、到着したのですか」

「はい。王命を直接お伝えするよう、申しつけられているとのことです」

 エリーゼも手を止めていた。

 アレクは一度彼女を見てから、オスカーへ頷いた。

「お通ししてください」

 オスカーが下がる。

 ほどなく、外套をまとった使者が入ってきた。

 裾には道の泥が残っている。

 食事のために整えられた床へ入ることをためらうように、使者は扉のそばで足を止めた。

「お食事中、失礼いたします」

「構いません。こちらへ」

 アレクは立ち上がった。

 エリーゼも席を立つ。

 使者は二人へ礼をし、王家の封のある書状を差し出した。

 アレクは封を確かめた。

 レオンハルトからの命令書だった。

 使者が、読み上げのために用意された写しを開いた。

「アレク・ハルトマン伯爵へ、国王陛下の御命令をお伝えいたします」

 小広間が静かになった。

 オスカーも、給仕の者たちも動きを止めている。

「カルディア王国軍が国境付近へ兵を集め、我が国の城と領地の明け渡しを要求している。これに備え、アーノルド伯爵へ国境の城の守備を固めるよう命じた」

 アレクは使者を見ていた。

 城の明け渡し。

 すでに定めた国境を、動かそうとしている。

「伯爵は、指揮下にある鉄砲隊三千人の出陣準備を直ちに整えよ。マティアス殿の指揮のもと、アーノルド伯爵と合流し、国境の守備に当たれ」

 三千人。

 アレク直属の騎馬鉄砲隊二百人と、徒歩の鉄砲隊四百人。

 それに、レオンハルトとマティアスに属する二千四百人が加わる。

 訓練場で揃えてきた兵を、今度は戦場へ連れていく。

 使者の声が続いた。

「貸与された大砲三門も進めよ。ただし、鉄砲隊の進軍を遅らせぬよう、砲兵、指導役、輸送要員及び護衛をつけ、後続として出立させること」

 アレクは頷いた。

 重い大砲と、徒歩の兵では進む速さが違う。

 同じ列に入れれば、三千人がその速さに合わせることになる。

 使者は、マティアスにも別の急使が向かっていることを伝えた。

 合流と進軍については、届き次第、マティアスから具体的な指示が来る。

 アレクは聞きながら、隣が気になった。

 エリーゼは、何も言わずに立っていた。

 城へ来て、まだ数日しか経っていない。

 ようやく二人で過ごし始めたばかりだった。

 今日、庭の椅子へ座り、続きを読もうと話していた。

 その彼女の前で、戦へ向かう命令が読み上げられている。

 心配させたくなかった。

 だが、隠して済むことでもない。

 アレクは、そっと顔を向けた。

 エリーゼは使者を見ていた。

 唇を引き結び、最後まで王命を聞いている。

 怯えてはいなかった。

 驚きがないわけでも、心配していないわけでもないはずだった。

 それでも、背筋を伸ばした姿には、何かを決めた強さがあった。

 使者が最後の一節を読み終えた。

 写しを畳み、頭を下げる。

「以上にございます」

 アレクは、受け取った命令書を持ち直した。

「承りました」

 そう答えた時、隣でエリーゼが動いた。

 ◇ ◇ ◇

 エリーゼは、アレクの前へ進んだ。

 何かを言うのだと思い、アレクは彼女へ向き直った。

 次の瞬間、エリーゼは静かに膝をついた。

「エリーゼ」

 思わず声が出た。

 彼女は顔を上げた。

 庭で隣に座り、笑い合っていた時とは違う表情だった。

 だが、見つめてくる目は、同じようにまっすぐだった。

「家と領地のことは、私にお任せください」

 小広間に、その声が通った。

 アレクは、差し伸べかけた手を止めた。

 エリーゼは続けた。

「アレクは伯爵として、王命を果たしてください」

 使者も、オスカーも、その言葉を聞いていた。

 アレクは彼女を見た。

 まだ、この城のすべてを知っているわけではない。

 領地の村々も、収穫の帳簿も、家臣たちの仕事も、これから覚えていくところだった。

 それでも、エリーゼは自分の役目から退こうとしていなかった。

 彼女は、守られるためだけに、この城へ来たのではない。

 アレクが出るなら、その帰る場所を預かる。

 そう言ってくれている。

 アレクは背筋を伸ばした。

 王命を受けた伯爵として、そして彼女の夫として、返すべき言葉を選んだ。

「エリーゼ。頼みます」

 彼女が頷いた。

「はい」

 アレクは手を差し伸べた。

 エリーゼがその手を取り、立ち上がる。

 近くで見ると、握った指に少し力が入っていた。

 アレクは一度だけ握り返し、オスカーへ向き直った。

「ギルベルトと、各隊の指揮官を呼んでください。出陣の支度を始めます」

「かしこまりました」

「兵糧と荷車の確認もお願いします。大砲隊の指導役には、後続として動くことを伝えてください」

 オスカーは礼をし、入口に控えていた者へ短く指示を出した。

 足音が廊下へ遠ざかる。

 アレクは使者へ顔を向けた。

「少し休んでください。返書を用意します」

「ありがとうございます」

 使者は深く頭を下げた。

 アレクは、まだ卓に残っている夕食へ目を向けた。

 湯気は薄くなっていた。

 つい先ほどまで、二人で味の話をしていた。

 その続きは、今はできなかった。

 ◇ ◇ ◇

 使者が案内されて出ていくと、小広間にはアレクとエリーゼが残った。

 給仕の者たちも、静かに下がっていた。

 扉の向こうでは、すでに人が動いている。

 アレクは、命令書を卓へ置いた。

「驚きました」

 エリーゼへ向き直り、言った。

 彼女は少し目を伏せた。

「私も、驚いております」

「先ほどは、そう見えませんでした」

 エリーゼは、ゆっくり顔を上げた。

「何をすればよいか、すべて分かっているわけではありません」

 アレクは黙って聞いた。

「オスカーたちに教えていただかなければ、できないことばかりです。きっと、迷うこともあると思います」

「はい」

「それでも、アレクが出なければならない時に、私まで何もできないと言いたくありませんでした」

 アレクは彼女へ一歩近づいた。

 エリーゼは、その顔を見た。

「あなたが安心して帰ってこられるように、私もできることをしたいのです」

 アレクは彼女の手を取った。

「一人で、すべてを背負わないでください」

「はい」

「私も、オスカーたちに助けてもらっています。困ったことは、相談してください」

「そういたします」

 エリーゼは頷いた。

 その返事を聞いて、アレクは少し安心した。

 だが、彼女の指はまだ強く握られていた。

 エリーゼが、もう一方の手も重ねる。

 先ほど、使者の前で王命を果たしてほしいと言った人が、今は少しだけ声を落とした。

「……必ず、帰ってきてください」

 アレクは彼女を見つめた。

 それが、最も伝えたかった言葉なのだと分かった。

「はい」

 短く答えた後、アレクは続けた。

「帰ってきます」

 エリーゼは頷いた。

 アレクは彼女をそっと抱き寄せた。

 彼女も背へ手を回した。

 昨日までのように、ただ嬉しいだけではなかった。

 それでも、離れる前にこうして気持ちを伝えられることを、アレクは大切に思った。

「庭の本が、途中でした」

 エリーゼが小さく言った。

 アレクは、少しだけ笑った。

「続きを、楽しみにしています」

「待っております」

 彼女の返事を聞いてから、アレクはゆっくりと腕を解いた。

 ◇ ◇ ◇

 ギルベルトが城へ来た時には、執務室に地図が広げられていた。

 アレクは王命を示し、要点を伝えた。

「三千人、全隊です」

 ギルベルトが確認した。

「はい。マティアス様の指揮のもと、アーノルド様と合流します」

「各隊長は、すぐに集まります」

 ギルベルトは地図へ目を落とした。

 旧ロスヴァール領の南。

 カルディアとの国境までは、幾つもの街道を進まなければならない。

「騎馬鉄砲隊も、徒歩の隊とともに進めますか」

「まずは、全体の進軍を揃えます。先行させる必要があるかは、マティアス様と相談します」

 アレクは答えた。

 馬があるからといって、二百人だけを遠くへ出せばよいわけではない。

 今回は、三千人をまとめて動かす。

 その兵を支える荷も、届かなければならなかった。

 オスカーが書付を持って入ってきた。

「現在、領内にある兵糧と荷車の確認を始めております。城の蓄えから出す分と、各隊が持っている分を分けて報告させます」

「お願いします」

 アレクは頷いた。

「大砲の運搬は」

「指導役が、砲兵とともに確認しております。王家から運んできた時の荷車と道具も、残っております」

「では、使えるかを確かめてください。護衛の兵数と出立日は、マティアス様の指示を受けて決めます」

 オスカーが書き留めた。

 ギルベルトが顔を上げる。

「大砲は、後から追うのですね」

「はい。三門を待って、全軍の足を遅らせることはしません」

 アレクは地図の街道を指でたどった。

 野戦で兵を止めることと、城の守りを崩すことでは、必要な働きが違う。

 大砲が必要になった時、届いていなければ困る。

 だから、後から呼ぶのではなく、今から動かしておく。

「輸送中も、どこまで進んだか報告してもらいます」

「承知しました」

 廊下から、複数の足音が近づいてきた。

 各隊の指揮官が揃い始めたのだった。

 アレクは顔を上げた。

 祝砲の日と同じ者たちだった。

 だが、今夜、呼び集めた理由は祝いではない。

 部屋へ入ってきた指揮官たちが、順に礼をした。

 アレクは王命の書状を手に取った。

「国境へ向かいます」

 部屋が静かになった。

「各隊は出陣の支度を整えてください。兵と装備の確認を行い、足りないものは隊ごとにまとめて報告するように」

 指揮官たちが頷く。

 アレクは一人一人の顔を見た。

「三千人を、揃えて出します」

 返事が重なった。

 扉の外へ出た者から、足早に持ち場へ戻っていく。

 城外の宿営地へ、命令が伝わり始めた。

 ◇ ◇ ◇

 夜の宿営地で、兵たちが顔を上げた。

 隊長が集まりを命じる。

 横になりかけていた者も起き上がり、上着を羽織った。

 火縄銃を手に持つ者、荷のそばへ戻る者がいる。

 号令を待つ列が、隊ごとに整っていった。

 出陣の命令が伝えられると、兵たちの表情が変わった。

 カルディアが国境で兵を動かしている。

 グランヴァルトの城を求めている。

 自分たちは、その城を守るために進む。

 隊長が、翌朝までに確かめることを告げた。

 兵たちは持ち場へ戻り、装備と荷を調べ始めた。

 祝砲を務めた隊でも、宿営地に残っていた隊でも、兵たちが銃の状態を確かめていた。

 弾薬箱が確かめられ、運ぶ荷が分けられた。

 馬のいる区画でも、人が動き始めた。

 二百騎の騎馬鉄砲隊が使う馬を、担当の兵が順に見て回る。

 その向こうでは、大砲隊の指導役が灯りを持ち、荷車の車輪へ目を向けていた。

 城の窓にも、まだ明かりがあった。

 アレクは執務室で、届き始めた報告へ目を通していた。

 扉が開き、エリーゼが入ってくる。

 そばにはオスカーがいた。

「城に残る者の仕事を、これから教えていただきます」

 エリーゼが言った。

 アレクは顔を上げた。

 先ほどの言葉だけで終わらせず、彼女も動き始めていた。

「ありがとうございます」

 エリーゼは微笑み、卓の端に温かな飲み物を置いた。

「冷めないうちに、お飲みください」

「はい」

 アレクが杯へ手を伸ばすと、彼女はオスカーとともに別の卓へ向かった。

 城の者たちの仕事を記した書付が、そこへ広げられる。

 アレクは、二人の話す声を聞きながら、報告へ目を戻した。

 国境の城へ先行するアーノルドと、合流しなければならない。

 その先では、カルディアの兵が動いている。

 アレクは命令書の脇へ、各隊の報告を並べた。

 そして、次に入ってきた指揮官へ顔を上げた。

第十七話を読んでいただき、ありがとうございました。

それぞれの立場で、果たすべき役目に向き合うアレクとエリーゼ。二人の決意を感じていただけたら嬉しいです。


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