第十七話 守るべき境界
婚礼から数日。城には、少しずつ日常が戻り始めていました。
婚礼から数日が過ぎても、アレクの城には兵の姿が多かった。
祝宴を終えて帰った諸侯や重臣たちとは違い、鉄砲隊はまだ領内に留まっている。祝砲を務めた千五百人も、残る千五百人がいる宿営地へ戻り、各隊の指揮官のもとで過ごしていた。
城外では荷車が並び、空になった樽や箱が片づけられている。
三門の大砲も、王家から派遣された指導役の監督のもとで、砲兵たちが手入れを続けていた。
人が減り、静かになったのは、城の中の方だった。
長い卓の並んでいた広間は片づけられ、客室の窓が開けられている。
廊下を歩くアレクへ、使用人たちが挨拶をした。
その顔に、婚礼の支度に追われていた頃の慌ただしさはない。
アレクも頷いて返し、庭へ続く扉を開けた。
壁際に、新しい椅子が置かれていた。
二人で腰を下ろせる幅がある。
そばに立っていたエリーゼが、こちらへ顔を向けた。
「アレク。もう、運んでくださったのです」
「早かったですね」
「城で使っていなかった椅子を、直してくださったそうです」
木の表面は滑らかに磨かれていた。
アレクが手を置いて確かめると、エリーゼも隣へ来た。
「座ってみませんか」
「はい」
二人で腰を下ろす。
庭の道がよく見えた。
壁が風を遮り、日差しも入る。前に立ち止まった時より、落ち着いて過ごせそうだった。
エリーゼは膝に置いた本へ手を添えた。
「ここで読む最初の本は、もう決めていたのです」
「どのような本ですか」
「アレクにも読んでいただきたいと思っていたものです」
彼女が表紙を見せる。
アレクが覗き込むと、エリーゼは少しだけ体を寄せた。
肩が触れる。
どちらも、離れようとはしなかった。
「今日は、少しだけでも読めますか」
「はい。次の報告までは、時間があります」
そう答えると、エリーゼは嬉しそうに本を開いた。
アレクは彼女の指が示す行へ目を向けた。
遠くで、兵の声が聞こえた。
いつもの訓練の声だった。
アレクは一度そちらを見たが、すぐに本へ視線を戻した。
その日の午後は、まだ穏やかだった。
◇ ◇ ◇
王都へ戻ったレオンハルトのもとへ、南部から急報が届いた。
旧ロスヴァール領とカルディア王国の境界付近で、兵が動いている。
知らせを持ち込んだ使者は、道中で馬を替え、休息を削って王都まで来ていた。
レオンハルトは書状を読み、卓へ置いた。
「どこまで確かめた」
「国境へ通じる街道を、歩兵と荷車が北へ進んでおります。斥候が確認した列だけで、およそ三千。後続もあるとのことです」
「城の守備を替えるだけの動きではないのだな」
「兵糧を積んだ荷車が多く、普段の交代より規模が大きいと報告されております」
レオンハルトは、卓に広げられた地図へ目を落とした。
カルディアとの境界は、旧ロスヴァール領の南にある。
長く争われてきた土地だった。
ロスヴァールが滅びた後、カルディアが終戦時までに確保していた領土は、そのまま同国のものと認めた。それより北は、グランヴァルトの領地となった。
その取り決めを交わしたばかりだった。
使者が、もう一通の書状を差し出した。
「国境の城へ、カルディア側からも使者が来ております」
レオンハルトは封を確かめ、開いた。
城と、その南の橋を明け渡すよう求めていた。
かつてカルディアが支配した土地であり、ロスヴァールに奪われたものである。
そう記されている。
レオンハルトは最後まで読み、書状を地図の脇へ置いた。
「戦が終わった時に、境界は定めた」
声は低かった。
「それを承知した後で、兵を動かし、城を寄越せと言うか」
そばに控えていた家臣が口を開く。
「城を明け渡せば、これ以上の対立は求めぬとも記しております」
「兵を連れて来てから言うことではない」
レオンハルトは地図の一点を指した。
国境に近い城だった。
山地の間を抜ける街道が、その城の南で川を渡る。
周囲には細い山道もある。だが、大軍と兵糧を積んだ荷車が通れる道は、そこへ集中していた。
城を北へ抜ければ、旧ロスヴァール領の町々へ進める。
南へ渡れば、カルディアの城へ続く街道に出る。
この城を押さえる者は、どちらへ兵を進めるにしても、道と橋を使える。
手放せば、敵が北へ進むための足場となる。
レオンハルトは顔を上げた。
「アーノルドへ使者を出せ」
書記官が筆を取った。
「兵を率いて国境の城へ入れ。守りを固め、カルディアの動きを確かめろ。城も橋も、渡すな」
「兵数はいかがいたしますか」
「現地で動かせる兵を報告させよ。ただし、数が揃うまで城を空けて待つな。先に入れる兵から進め」
書記官の筆が動いた。
レオンハルトは地図へ目を戻した。
「マティアスにも知らせろ」
婚礼のために集まった鉄砲隊は、まだアレクの領内にいる。
三千挺が揃い、教育と合同訓練を終えたことは、報告を受けていた。
あの兵を各地へ戻してから、もう一度集める必要はない。
「アレクの鉄砲隊を動かす」
レオンハルトは言った。
「三千人だ。マティアスを同行させ、アーノルドと合流させる」
◇ ◇ ◇
旧ロスヴァール領南部で王命を受けたアーノルドは、その日のうちに支度を始めた。
地図を広げると、そばにいた隊長が国境の城を指した。
「カルディアは、またここを求めてきましたか」
「欲しい理由は、変わらぬ」
アーノルドは答えた。
ロスヴァールの将として南部戦線を預かっていた頃から、何度も見てきた道だった。
川があり、山がある。
だが、それだけで国境を守れるわけではない。
街道を通れば、荷車も大砲も進める。
その道へ入る前に敵を止められるかどうかで、背後の町々が戦場になるかが決まる。
「現地の守備隊長から、報告が届いております」
隊長が書付を差し出した。
「現在の守備兵は六百。兵糧は運び入れておりますが、周辺の修繕はまだ続いています」
アーノルドは頷いた。
グランヴァルトの領地となってから、城の守備は置き直されていた。
傷んだ箇所を直し、兵糧を蓄える仕事も進んでいる。
カルディアが気にしているのは、それだった。
弱ったロスヴァールの城であれば、攻める機会を待てた。
だが、今は違う。
北には、ロスヴァールを征服したグランヴァルトがいる。
城が整えられ、大軍を受け入れられるようになれば、今度はカルディアへ兵を送り出す拠点になる。
隊長が尋ねた。
「こちらからは、どれほど動かしますか」
「歩兵千二百、騎兵三百。まず、それを出す」
アーノルドは、周囲の城と街道を指で確かめた。
「ほかの守備をすべて抜くな。国境の城へ兵を集める間に、別の道を荒らされてはならぬ」
「承知しました」
「先に使者を走らせろ。守備兵六百には、持ち場を離れるなと伝えよ。私が着く」
隊長が礼をし、部屋を出ていった。
アーノルドは王命の書状をもう一度見た。
かつて、南の守りから兵を抜けという命令を受けた。
西で敗れた軍を補うために、こちらの城が危うくなることを承知で兵を送った。
あの時とは違う。
今度の命令は、城を守れというものだった。
そして、後ろから兵が来る。
三千人の鉄砲隊。
レオンハルトが、それを送ると記している。
アーノルドは書状を畳んだ。
「ここを渡すつもりはない」
誰に聞かせるためでもなく言い、剣を取った。
◇ ◇ ◇
カルディア王国側では、国境へ向かう軍の列が街道を北上していた。
歩兵の後ろを、兵糧を積んだ荷車が続く。
騎兵が列の外側を進み、道の先を確かめていた。
カルディアの城内では、将たちが地図を囲んでいる。
その中央に、グランヴァルトへ明け渡しを求めた城が記されていた。
「向こうは、まだ返答を寄越さぬのか」
「使者が戻るまでには、もう少しかかります」
「その間にも、城の工事は進む」
地図の上へ、指が置かれた。
「あそこへ兵糧を蓄えられれば、北から来た軍は、そのまま南へ出られる。橋も街道も使われるのだ」
別の将が腕を組んだ。
「それは、終戦の時にも分かっていたことだ」
「分かっていて、譲らされた」
返事は苦かった。
ロスヴァールとの戦では、長く同じ城を取り合ってきた。
グランヴァルトが西から攻めれば、こちらの前面は薄くなる。
その隙に、争ってきた土地を押さえる。
そこまでは、考えていたとおりだった。
だが、グランヴァルト軍は、城をいくつか取っただけでは進軍を止めなかった。
ロスヴァールの王都まで進み、国そのものを滅ぼした。
その速さを見て、カルディアは終戦時の境界を受け入れた。
今、その境界のすぐ北で、城が整えられている。
「今なら、守備はまだ多くない」
一人が言った。
「グランヴァルトは、広い領地を抱えたばかりだ。すべての城へ兵を集められるわけではない」
「城を押さえ、橋を守る。そこから先へは進まぬと伝えれば、話し合いに応じるかもしれん」
「応じなければ」
問いに、少し沈黙が落ちた。
やがて、地図の前に立つ将が答えた。
「だからこそ、先に城が要る。取った後で交渉するのだ」
誰も、グランヴァルトが弱いとは言わなかった。
強いからこそ、その軍を南へ出させたくなかった。
しかし、そのために動かした兵が、相手に何を決断させるかについては、まだ見通せていなかった。
◇ ◇ ◇
夕食には、エリーゼの好む煮込みが用意されていた。
厨房の者たちが、彼女に付き従って来た侍女から、味の好みを聞いていたのだという。
エリーゼは一口食べて、嬉しそうに顔を上げた。
「懐かしい味がします」
「よかったです」
アレクが答える。
「好みの味や作り方を教えていただければ、こちらでも用意できると、料理人が申していました」
「私も、知っていることはお伝えします」
エリーゼは、もう一度皿へ目を向けた。
「でも、こちらで初めていただくお料理も楽しみです」
「では、両方ですね」
「はい」
二人で笑った。
小広間の窓の外は、もう暗くなっていた。
庭に置かれた椅子も、今は見えない。
午後に読んだ本は、エリーゼの部屋へ戻してある。
途中までだった。
食事を終えたら、続きを聞いてもよいかもしれない。
アレクがそう考えた時、扉が開いた。
オスカーだった。
普段の食事中であれば、足音を抑えて近づいてくる。
今夜は入口で止まり、まっすぐにアレクを見た。
「アレク様。陛下からの急使でございます」
アレクは匙を置いた。
「今、到着したのですか」
「はい。王命を直接お伝えするよう、申しつけられているとのことです」
エリーゼも手を止めていた。
アレクは一度彼女を見てから、オスカーへ頷いた。
「お通ししてください」
オスカーが下がる。
ほどなく、外套をまとった使者が入ってきた。
裾には道の泥が残っている。
食事のために整えられた床へ入ることをためらうように、使者は扉のそばで足を止めた。
「お食事中、失礼いたします」
「構いません。こちらへ」
アレクは立ち上がった。
エリーゼも席を立つ。
使者は二人へ礼をし、王家の封のある書状を差し出した。
アレクは封を確かめた。
レオンハルトからの命令書だった。
使者が、読み上げのために用意された写しを開いた。
「アレク・ハルトマン伯爵へ、国王陛下の御命令をお伝えいたします」
小広間が静かになった。
オスカーも、給仕の者たちも動きを止めている。
「カルディア王国軍が国境付近へ兵を集め、我が国の城と領地の明け渡しを要求している。これに備え、アーノルド伯爵へ国境の城の守備を固めるよう命じた」
アレクは使者を見ていた。
城の明け渡し。
すでに定めた国境を、動かそうとしている。
「伯爵は、指揮下にある鉄砲隊三千人の出陣準備を直ちに整えよ。マティアス殿の指揮のもと、アーノルド伯爵と合流し、国境の守備に当たれ」
三千人。
アレク直属の騎馬鉄砲隊二百人と、徒歩の鉄砲隊四百人。
それに、レオンハルトとマティアスに属する二千四百人が加わる。
訓練場で揃えてきた兵を、今度は戦場へ連れていく。
使者の声が続いた。
「貸与された大砲三門も進めよ。ただし、鉄砲隊の進軍を遅らせぬよう、砲兵、指導役、輸送要員及び護衛をつけ、後続として出立させること」
アレクは頷いた。
重い大砲と、徒歩の兵では進む速さが違う。
同じ列に入れれば、三千人がその速さに合わせることになる。
使者は、マティアスにも別の急使が向かっていることを伝えた。
合流と進軍については、届き次第、マティアスから具体的な指示が来る。
アレクは聞きながら、隣が気になった。
エリーゼは、何も言わずに立っていた。
城へ来て、まだ数日しか経っていない。
ようやく二人で過ごし始めたばかりだった。
今日、庭の椅子へ座り、続きを読もうと話していた。
その彼女の前で、戦へ向かう命令が読み上げられている。
心配させたくなかった。
だが、隠して済むことでもない。
アレクは、そっと顔を向けた。
エリーゼは使者を見ていた。
唇を引き結び、最後まで王命を聞いている。
怯えてはいなかった。
驚きがないわけでも、心配していないわけでもないはずだった。
それでも、背筋を伸ばした姿には、何かを決めた強さがあった。
使者が最後の一節を読み終えた。
写しを畳み、頭を下げる。
「以上にございます」
アレクは、受け取った命令書を持ち直した。
「承りました」
そう答えた時、隣でエリーゼが動いた。
◇ ◇ ◇
エリーゼは、アレクの前へ進んだ。
何かを言うのだと思い、アレクは彼女へ向き直った。
次の瞬間、エリーゼは静かに膝をついた。
「エリーゼ」
思わず声が出た。
彼女は顔を上げた。
庭で隣に座り、笑い合っていた時とは違う表情だった。
だが、見つめてくる目は、同じようにまっすぐだった。
「家と領地のことは、私にお任せください」
小広間に、その声が通った。
アレクは、差し伸べかけた手を止めた。
エリーゼは続けた。
「アレクは伯爵として、王命を果たしてください」
使者も、オスカーも、その言葉を聞いていた。
アレクは彼女を見た。
まだ、この城のすべてを知っているわけではない。
領地の村々も、収穫の帳簿も、家臣たちの仕事も、これから覚えていくところだった。
それでも、エリーゼは自分の役目から退こうとしていなかった。
彼女は、守られるためだけに、この城へ来たのではない。
アレクが出るなら、その帰る場所を預かる。
そう言ってくれている。
アレクは背筋を伸ばした。
王命を受けた伯爵として、そして彼女の夫として、返すべき言葉を選んだ。
「エリーゼ。頼みます」
彼女が頷いた。
「はい」
アレクは手を差し伸べた。
エリーゼがその手を取り、立ち上がる。
近くで見ると、握った指に少し力が入っていた。
アレクは一度だけ握り返し、オスカーへ向き直った。
「ギルベルトと、各隊の指揮官を呼んでください。出陣の支度を始めます」
「かしこまりました」
「兵糧と荷車の確認もお願いします。大砲隊の指導役には、後続として動くことを伝えてください」
オスカーは礼をし、入口に控えていた者へ短く指示を出した。
足音が廊下へ遠ざかる。
アレクは使者へ顔を向けた。
「少し休んでください。返書を用意します」
「ありがとうございます」
使者は深く頭を下げた。
アレクは、まだ卓に残っている夕食へ目を向けた。
湯気は薄くなっていた。
つい先ほどまで、二人で味の話をしていた。
その続きは、今はできなかった。
◇ ◇ ◇
使者が案内されて出ていくと、小広間にはアレクとエリーゼが残った。
給仕の者たちも、静かに下がっていた。
扉の向こうでは、すでに人が動いている。
アレクは、命令書を卓へ置いた。
「驚きました」
エリーゼへ向き直り、言った。
彼女は少し目を伏せた。
「私も、驚いております」
「先ほどは、そう見えませんでした」
エリーゼは、ゆっくり顔を上げた。
「何をすればよいか、すべて分かっているわけではありません」
アレクは黙って聞いた。
「オスカーたちに教えていただかなければ、できないことばかりです。きっと、迷うこともあると思います」
「はい」
「それでも、アレクが出なければならない時に、私まで何もできないと言いたくありませんでした」
アレクは彼女へ一歩近づいた。
エリーゼは、その顔を見た。
「あなたが安心して帰ってこられるように、私もできることをしたいのです」
アレクは彼女の手を取った。
「一人で、すべてを背負わないでください」
「はい」
「私も、オスカーたちに助けてもらっています。困ったことは、相談してください」
「そういたします」
エリーゼは頷いた。
その返事を聞いて、アレクは少し安心した。
だが、彼女の指はまだ強く握られていた。
エリーゼが、もう一方の手も重ねる。
先ほど、使者の前で王命を果たしてほしいと言った人が、今は少しだけ声を落とした。
「……必ず、帰ってきてください」
アレクは彼女を見つめた。
それが、最も伝えたかった言葉なのだと分かった。
「はい」
短く答えた後、アレクは続けた。
「帰ってきます」
エリーゼは頷いた。
アレクは彼女をそっと抱き寄せた。
彼女も背へ手を回した。
昨日までのように、ただ嬉しいだけではなかった。
それでも、離れる前にこうして気持ちを伝えられることを、アレクは大切に思った。
「庭の本が、途中でした」
エリーゼが小さく言った。
アレクは、少しだけ笑った。
「続きを、楽しみにしています」
「待っております」
彼女の返事を聞いてから、アレクはゆっくりと腕を解いた。
◇ ◇ ◇
ギルベルトが城へ来た時には、執務室に地図が広げられていた。
アレクは王命を示し、要点を伝えた。
「三千人、全隊です」
ギルベルトが確認した。
「はい。マティアス様の指揮のもと、アーノルド様と合流します」
「各隊長は、すぐに集まります」
ギルベルトは地図へ目を落とした。
旧ロスヴァール領の南。
カルディアとの国境までは、幾つもの街道を進まなければならない。
「騎馬鉄砲隊も、徒歩の隊とともに進めますか」
「まずは、全体の進軍を揃えます。先行させる必要があるかは、マティアス様と相談します」
アレクは答えた。
馬があるからといって、二百人だけを遠くへ出せばよいわけではない。
今回は、三千人をまとめて動かす。
その兵を支える荷も、届かなければならなかった。
オスカーが書付を持って入ってきた。
「現在、領内にある兵糧と荷車の確認を始めております。城の蓄えから出す分と、各隊が持っている分を分けて報告させます」
「お願いします」
アレクは頷いた。
「大砲の運搬は」
「指導役が、砲兵とともに確認しております。王家から運んできた時の荷車と道具も、残っております」
「では、使えるかを確かめてください。護衛の兵数と出立日は、マティアス様の指示を受けて決めます」
オスカーが書き留めた。
ギルベルトが顔を上げる。
「大砲は、後から追うのですね」
「はい。三門を待って、全軍の足を遅らせることはしません」
アレクは地図の街道を指でたどった。
野戦で兵を止めることと、城の守りを崩すことでは、必要な働きが違う。
大砲が必要になった時、届いていなければ困る。
だから、後から呼ぶのではなく、今から動かしておく。
「輸送中も、どこまで進んだか報告してもらいます」
「承知しました」
廊下から、複数の足音が近づいてきた。
各隊の指揮官が揃い始めたのだった。
アレクは顔を上げた。
祝砲の日と同じ者たちだった。
だが、今夜、呼び集めた理由は祝いではない。
部屋へ入ってきた指揮官たちが、順に礼をした。
アレクは王命の書状を手に取った。
「国境へ向かいます」
部屋が静かになった。
「各隊は出陣の支度を整えてください。兵と装備の確認を行い、足りないものは隊ごとにまとめて報告するように」
指揮官たちが頷く。
アレクは一人一人の顔を見た。
「三千人を、揃えて出します」
返事が重なった。
扉の外へ出た者から、足早に持ち場へ戻っていく。
城外の宿営地へ、命令が伝わり始めた。
◇ ◇ ◇
夜の宿営地で、兵たちが顔を上げた。
隊長が集まりを命じる。
横になりかけていた者も起き上がり、上着を羽織った。
火縄銃を手に持つ者、荷のそばへ戻る者がいる。
号令を待つ列が、隊ごとに整っていった。
出陣の命令が伝えられると、兵たちの表情が変わった。
カルディアが国境で兵を動かしている。
グランヴァルトの城を求めている。
自分たちは、その城を守るために進む。
隊長が、翌朝までに確かめることを告げた。
兵たちは持ち場へ戻り、装備と荷を調べ始めた。
祝砲を務めた隊でも、宿営地に残っていた隊でも、兵たちが銃の状態を確かめていた。
弾薬箱が確かめられ、運ぶ荷が分けられた。
馬のいる区画でも、人が動き始めた。
二百騎の騎馬鉄砲隊が使う馬を、担当の兵が順に見て回る。
その向こうでは、大砲隊の指導役が灯りを持ち、荷車の車輪へ目を向けていた。
城の窓にも、まだ明かりがあった。
アレクは執務室で、届き始めた報告へ目を通していた。
扉が開き、エリーゼが入ってくる。
そばにはオスカーがいた。
「城に残る者の仕事を、これから教えていただきます」
エリーゼが言った。
アレクは顔を上げた。
先ほどの言葉だけで終わらせず、彼女も動き始めていた。
「ありがとうございます」
エリーゼは微笑み、卓の端に温かな飲み物を置いた。
「冷めないうちに、お飲みください」
「はい」
アレクが杯へ手を伸ばすと、彼女はオスカーとともに別の卓へ向かった。
城の者たちの仕事を記した書付が、そこへ広げられる。
アレクは、二人の話す声を聞きながら、報告へ目を戻した。
国境の城へ先行するアーノルドと、合流しなければならない。
その先では、カルディアの兵が動いている。
アレクは命令書の脇へ、各隊の報告を並べた。
そして、次に入ってきた指揮官へ顔を上げた。
第十七話を読んでいただき、ありがとうございました。
それぞれの立場で、果たすべき役目に向き合うアレクとエリーゼ。二人の決意を感じていただけたら嬉しいです。
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