↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

170/194

第十二話 迎える日を、二人で

講和を経て、アルベルトが帰国しました。

その招待を受け、アレクはマティアスとともにアルヴェインへ向かいます。

 アルベルトが前線の引き継ぎを終えて帰国したという知らせは、婚礼の日取りを相談する書状とともに届いた。

 アレクの城では、オスカーが用意した部屋の一覧に、何度か書き直しが加えられていた。泊まる客の人数だけでなく、それぞれに従う者の部屋も必要になる。城内ですべてを賄うのか、城下の宿にも頼むのか。人数が定まらなければ決められないことは、まだ多かった。

 それでも、使える部屋を確かめ、傷んだ窓や扉を直す仕事は進んでいた。

 アレクは、卓に広げられた書付を見ていた。

「こちらの部屋は、直りましたか」

「はい。扉の閉まりが悪かった箇所は、昨日、手を入れております」

 オスカーが答えた。

「廊下の奥の二部屋も、お使いいただけます。ただ、寝具は揃え直した方がよいかと存じます」

「では、先に調べてください。足りないと分かってからでは、間に合わないかもしれません」

「承知いたしました」

 アレクは頷き、次の紙へ目を移した。

 領主として城に入った時には、これほど多くの部屋を何に使うのかと思った。今は、どの部屋に誰を迎えるか、一つずつ考えている。

 レオンハルトとアルベルトが来る。

 マティアスも、戦場を共にした者たちも来てくれるだろう。

 それだけ考えると、王や諸侯を迎えるための大きな仕事に思えた。

 だが、紙の端にエリーゼの名があるのを見ると、急に別の気持ちになった。

 彼女は、客として帰っていくのではない。

 ここで、一緒に暮らすのだ。

「アレク様」

 呼ばれて顔を上げると、オスカーが新しい封書を差し出していた。

「マティアス様からでございます」

 アレクは受け取り、封を開いた。

 短い書状に目を通す。

 婚礼の日取りについて話があること。

 それと、アルヴェインから招待が届いていること。

「招待……」

 思わず声に出すと、オスカーが静かに待った。

 アレクは続きを読む。

 帰国したアルベルトが、婚礼について直接話す機会を設けたいと考えている。マティアスも、同盟の協議のため同行する。

 用意する物と、出発までに済ませるべき仕事については、会った時に伝えるとあった。

 アレクは紙を畳んだ。

「また、城を留守にすることになります」

「お出かけまでに、決めていただくことをまとめておきます」

「お願いします」

 そう答えると、オスカーはわずかに微笑んだ。

「エリーゼ様にも、お会いになれるのでしょうか」

「そのことは、まだ……」

 アレクは書状へ目を落とした。

 婚礼について話すための招待なのだから、会えるのではないだろうか。

 そう思ったが、勝手に決めてはいけない。

 オスカーは、それ以上尋ねなかった。

「では、マルタにも、出発の支度が必要になると伝えておきます」

「はい。まだ日程は分かりませんので、慌てなくても大丈夫です」

「承知しております」

 落ち着いた返事だった。

 アレクは自分の方が先に立ち上がっていたことに気づき、椅子へ座り直した。

 オスカーが目を伏せる。

 笑ったのかどうかは、分からなかった。

 ◇ ◇ ◇

 マティアスのもとを訪れたアレクは、持参した部屋の一覧を卓へ広げた。

 城内で用意できる客室と、客を受け入れてもらえる城下の宿。食事を出す場所と、馬を預かる場所も書き添えてある。

 マティアスは一通り見た後、紙を脇へ置いた。

「よく調べてある。先方から来る者の数が分かれば、これで話を進められる」

「足りないところがあれば、戻ってから確かめます」

「ああ。だが、今は先にこちらだ」

 マティアスが一枚の書状を差し出した。

「式は、三か月後に行うことで話がまとまった」

 アレクは顔を上げた。

「陛下も、その日にお越しいただけるのでしょうか」

「ご予定を確かめたうえで決めている。アルベルト様も、帰国後の仕事を整えてから来られる」

「そうですか」

 アレクは書状を受け取った。

 紙には、式を行う日が記されていた。

 その前後に、両国から来る者を迎え、帰国を見送るための期間も取られている。

 手紙で結婚を認めてもらった時とは違った。

 婚約を知らせる日が決まった時とも違う。

 その日を過ぎれば、エリーゼと暮らすことになる。

「城の支度は間に合うか」

 マティアスの問いに、アレクはすぐに顔を上げた。

「はい。大きく建て直す必要のある場所はございません。客をお迎えする部屋と、エリーゼ様のお部屋を中心に整えます」

「領内の仕事まで止めるなよ。街道も鉱山も、祝いが終わるのを待ってはくれん」

「オスカーとも、そのように話しております」

「ならばよい」

 マティアスは頷いた。

 アレクは書状を卓へ置き、姿勢を正した。

「マティアス様」

「何だ」

「エリーゼ様に、直接お伝えしてもよろしいでしょうか」

 マティアスはアレクを見た。

 少し間を置いて、口元が緩む。

「そのつもりで、招待の話をしたのだが」

「婚礼のご相談と伺いましたので、アルベルト様とのお話が先かと思いまして」

「それは先だ。だが、エリーゼ様と会う時間も設けていただく」

「ありがとうございます」

 アレクの声が少し明るくなった。

 マティアスは書状を揃えながら続けた。

「先方にも、式の日は伝わっている。エリーゼ様が初めて聞くとは限らんぞ」

「はい。それでも、私からお話ししたいです」

「そうか」

 マティアスは、それ以上からかわなかった。

 代わりに、もう一通の書状を広げる。

「こちらは同盟の協議だ。滞在中、私はこちらの話にも出る」

「私も同席した方がよろしいでしょうか」

「必要になれば呼ぶ。補給街道を取り戻した時のことを、確かめられるかもしれん」

「承知しました」

「ただし、今回の訪問で新しい武器の話まで広げる必要はない。聞かれたことへ、決まっている範囲で答えればよい」

 アレクは頷いた。

 ロルフたちは、今も製造を続けている。兵の教育も止まっていない。

 婚礼の支度が始まっても、そちらの仕事を忘れるわけにはいかなかった。

「出発までに、留守中の領地の仕事と兵の訓練は、それぞれ担当する者に任せておきます」

「そうしろ。留守の間、何でもアレクの返事待ちにならぬようにな」

「はい」

 アレクは、式の日を記した書状を丁寧に畳んだ。

 今度は、眺め続けるためではなかった。

 その日を彼女へ伝えるために、持っていきたかった。

 ◇ ◇ ◇

 数日後、アレクはマティアスとともにアルヴェインへ向かった。

 国境には、先方へ送った連絡に従って案内の者が待っていた。同行する護衛の人数と名を確かめた後、一行は街道を進んだ。

 以前、エリーゼに会うため国境を越えた時には、胸の内にある願いを、まだ本人へ伝えていなかった。

 今は、彼女も同じ願いを持っていると知っている。

 それでも、緊張はなくならなかった。

 むしろ、アルベルトに会った時、何をどこまで話せばよいのかと考える時間が増えていた。

 馬車の向かいで書状を読んでいたマティアスが、顔を上げた。

「何か聞きたいことがあるなら、今のうちに聞け」

「顔に出ておりますか」

「さっきから、こちらを見ては黙っている」

 アレクは少し姿勢を直した。

「アルベルト様には、最初に何と申し上げればよいでしょうか」

「挨拶をすればよい」

「それは、そうなのですが」

 マティアスが笑った。

「戦場で会った時と、別の人間になったわけではない。まずは無事に帰国されたことを喜び、招待への礼を伝えろ」

「はい」

「結婚を認めていただいた礼も、まだ直接は言っておらんな」

「申し上げるつもりです」

「ならば、それでよい」

 アレクは頷いた。

 頭の中で言葉を整えようとすると、かえって堅い挨拶ばかり浮かんでくる。

 マティアスは書状を閉じた。

「長く話そうとするな。向こうにも聞きたいことがあるだろう」

「そうですね」

「私が隣にいても、アレクに聞かれたことはアレクが答えろよ」

「もちろんです」

 答えてから、アレクは窓の外へ目を向けた。

 街道脇の畑では、人々が手を動かしていた。荷を積んだ車とすれ違い、こちらの紋章を見た御者が道を譲る。

 あの人々の暮らす国から、エリーゼは来る。

 自分にとっては、すでに見慣れた城でも、彼女にとっては初めて暮らす場所になる。

 会えたら、式の話だけではなく、心配していることも聞きたかった。

 アレクは、用意していた挨拶を頭の中で繰り返すのをやめた。

 ◇ ◇ ◇

 アルヴェイン大公家の屋敷へ着くと、一行は客室へ案内された。

 旅の埃を落とし、着替えを済ませる。ほどなく迎えの者が来て、アレクとマティアスはアルベルトの待つ部屋へ向かった。

 扉が開かれると、窓際に立っていたアルベルトが振り返った。

「よく来た」

 二人は礼をした。

 マティアスが挨拶を述べた後、アレクも顔を上げた。

「ご無事のご帰国と、戦の終結をお慶び申し上げます。このたびは、お招きいただきありがとうございます」

「ああ。ようやく戻れた」

 アルベルトが椅子を示した。

 アレクは勧められた席へ腰を下ろしたが、すぐに続けた。

「それと、エリーゼ様との結婚をお認めいただき、ありがとうございました」

 深く頭を下げる。

 アルベルトは、しばらくその姿を見ていた。

「顔を上げよ」

 アレクが従うと、大公は穏やかな表情をしていた。

「二人の気持ちは、もう聞いている。今日は、その先の話をするために呼んだ」

「はい」

「そう堅くならずともよい」

 そう言われても、肩の力は簡単には抜けなかった。

 アルベルトはマティアスへ目を向け、わずかに笑った。

「戦場では、もう少し落ち着いておったと思うが」

「今日は、勝手が違うようです」

 マティアスが答えた。

 アレクは二人を見たが、言い返す言葉がなかった。

 使用人が飲み物を置き、静かに下がる。

 アルベルトは卓へ手を置いた。

「先に、救援の礼を改めて伝えておく。あの街道が戻らねば、我が軍は進めなかった」

「皆で果たした役目でございます」

「承知している。ほかの者たちの働きも聞いておる」

 アルベルトは頷いた。

「だから、お前一人の功として礼を言っているのではない。率いていた兵にも、伝えてほしい」

「すでに、講和の成立と合わせて知らせました。兵たちも喜んでおりました」

「そうか」

 大公の表情が少し和らいだ。

「戻った者が、働いた甲斐はあったと思えるならよい」

 アレクは、負傷した腕を膝へ置いていた兵の顔を思い出した。

 荷は役に立ったのかと尋ねた声も、覚えている。

「はい」

 アレクの答えを聞き、アルベルトは話を変えた。

「さて。式の日取りは聞いたな」

「はい。マティアス様から伺いました」

「こちらから行く者については、人数をまとめて知らせる。大勢を連れていけばよいというものでもない。城で困ることがあれば、早めに言え」

「承知しました」

「エリーゼに従う者は、婚礼の客とは別に相談する。式が終わって帰る者と、そのまま残る者を混ぜて考えぬようにな」

 マティアスが頷いた。

「その点は、こちらでも分けて準備を進めます。城で用意できる部屋については、控えを持参しております」

「後で見せてもらおう」

 アルベルトは答え、アレクへ視線を戻した。

「エリーゼの部屋は、決めたのか」

「庭に面した部屋を考えております。日当たりがよく、静かに過ごせる場所です」

「本人には話したか」

「はい。どのような部屋なら落ち着いて過ごせるか、ご希望を伺っております」

 アルベルトは、少しだけ目を細めた。

「それはよい」

 アレクは続けた。

「家具なども、私だけで決めずに整えたいと思っております。まだ、日々の暮らしについて知らないことも多いので」

「知ったふりをするよりはよいな」

 アルベルトが言った。

 叱られたのかと思い、アレクは背筋を伸ばした。

 だが、大公の声に厳しさはなかった。

「部屋のことは、本人によく聞け。だが、立派な部屋を用意しただけで満足するなよ」

「はい」

「何もかも変わるのだ。住む場所も、周りにいる者もな」

 アルベルトは手元の杯へ目を落とした。

「不満を言わぬから、困っていないとは限らん。こちらで暮らしている間にも、遠慮して後から分かったことはある」

 アレクは黙って聞いた。

 マティアスも口を挟まなかった。

「大公家の者として振る舞うことは教えてきた。だが、そのために、何でも我慢せよと送り出すつもりはない」

 アルベルトが顔を上げた。

「困った時、遠慮せずお前に話せるようにしてやってくれ」

 アレクは、すぐには答えなかった。

 何一つ困らせませんと、言い切ることはできなかった。

 自分の領地であっても、思い通りにならないことはある。仕事でそばを離れる日もあるだろう。

 けれど、彼女が何を困っているのか、聞かずに済ませるようなことはしたくなかった。

「私も、エリーゼ様に話していただきたいと思っております」

 アレクは答えた。

「大丈夫だと言われても、それだけで安心せず、私からも尋ねます。知らないままにしておきたくありません」

 アルベルトはその顔を見ていた。

「そうか」

 短く答え、杯を置いた。

「ならば、頼む」

 アレクは深く頭を下げた。

「はい」

 今度の返事は、先ほどよりも落ち着いていた。

 アルベルトはマティアスへ向き直った。

「国同士の話は、この後にしよう。アレクには、別に待っている者がおる」

 アレクが顔を上げると、大公は口元を緩めた。

「こちらの話だけで、今日を終わらせるつもりはない。行ってやれ」

 ◇ ◇ ◇

 案内されたのは、庭に面した小さな客間だった。

 扉の前で足を止めると、内側から衣擦れの音がした。

 使用人が名を告げ、扉を開ける。

 窓のそばに立っていたエリーゼが、こちらを向いた。

「アレク様」

 その声を聞いた途端、用意していた言葉が少し遠のいた。

 エリーゼは淡い色の服を着ていた。髪には、林檎の花の髪飾りがある。

 手紙で何度も名を書いていた相手が、今は目の前にいた。

「お久しぶりです、エリーゼ様」

「はい。お待ちしておりました」

 二人は向かい合って礼をした。

 エリーゼが椅子を示す。

 アレクが腰を下ろすと、彼女も向かいへ座った。侍女は飲み物を置いた後、入口に近い場所へ下がった。

 窓から入る光が、卓の上を照らしていた。

「道中、お変わりはありませんでしたか」

「はい。案内の方にも、よくしていただきました」

「それは、よかったです」

 エリーゼが微笑む。

 アレクも笑みを返した。

 以前なら、まず近況を尋ね、手紙に書いたことを話していたかもしれない。

 今日は、先に伝えたいことがあった。

「式の日が、決まりました」

 エリーゼの指が、膝の上で少し動いた。

「はい。私も伺いました」

「三か月後です」

「はい」

 知っている話なのに、彼女は静かに頷いてくれた。

 アレクは少し息を整えた。

「もうお聞きになっているとは思っておりました。でも、私からも直接お伝えしたくて」

「嬉しいです」

 返事は、迷いのないものだった。

 アレクが顔を上げると、エリーゼはまっすぐにこちらを見ていた。

「叔父様から伺った時にも、嬉しかったのです。でも、アレク様から聞くと……」

 そこで少し言葉を探した。

「本当に、その日が来るのだと思えます」

 アレクの頬が緩んだ。

「私も、同じです」

 エリーゼが小さく笑った。

「その日から、アレク様と暮らすのですね」

「はい。……私も、それを考えていました」

 答えてから、アレクは卓の杯へ目を落とした。

 戦場で命令を出す時には、これほど一言ずつに迷わない。

 だが、今は、何を言っても自分の気持ちがそのまま出てしまいそうだった。

 エリーゼも、少しだけ視線を下げている。

 短い沈黙があった。

 庭で鳥が鳴き、二人は同時に窓へ顔を向けた。

 それがおかしくて、エリーゼが先に笑った。

 アレクもつられて笑い、ようやく肩の力を抜いた。

「城の話を、してもよろしいですか」

「ぜひ、聞かせてください」

 アレクは、部屋の位置を説明するために持ってきた紙を取り出した。

 城全体の詳しい図ではない。エリーゼが使う予定の部屋と、その周囲を簡単に描いたものだった。

 卓へ広げると、エリーゼが少し身を寄せた。

「こちらが、庭ですか」

「はい。この窓から見えます。お手紙でお話しした部屋は、ここです」

 指で示すと、エリーゼが図を覗き込んだ。

「お休みになる部屋とは、こちらでつながっているのですね」

「はい。ほかの方が行き来する廊下を通らずに移れます」

「アレク様のお部屋は」

 尋ねられ、アレクの指が止まった。

「私の執務室は、この先です」

 紙に描かれていない方向を示す。

 エリーゼは頷いた後、少し口元を緩めた。

「そうではなくて……」

 アレクは、ようやく聞かれた意味に気づいた。

「ああ。はい。近くに用意しております」

「それなら、よかったです」

 エリーゼは図へ目を戻した。

 アレクも、何事もなかったように紙を押さえ直した。

 入口の方は見ないようにした。

「机は、まだ動かせます。窓の近くがよいか、少し離れた場所がよいかも、お越しになってから決めていただけます」

「窓辺は、明るそうですね」

「晴れていれば、よく光が入ります」

「では、一度そちらに座ってみたいです」

「もちろんです」

 エリーゼは、庭の描かれた場所へ指を添えた。

「ここへは、下りられるのでしょうか」

「はい。天気がよければ、歩けます。今の庭がどのようになっているかも、もっと詳しくお知らせすればよかったですね」

「来てから見る楽しみも、残しておいてください」

 アレクは顔を上げた。

 エリーゼは微笑んでいた。

「何もかも知ってから伺うより、アレク様に案内していただきたいです」

「では、その時は私が」

「お忙しくありませんか」

「その時間は、空けておきます」

 アレクが答えると、エリーゼは嬉しそうに頷いた。

 図の上に並んだ線が、ようやく二人の暮らす場所に見えてきた。

 ◇ ◇ ◇

 部屋の話が一段落すると、アレクは婚礼について尋ねた。

「式のことで、何かご希望はありますか」

 エリーゼは少し考えた。

「叔父様が来てくださることが、嬉しいです」

「先ほど、お越しになる方の人数をまとめてくださると伺いました」

「はい。私も、叔父様とお話ししました」

 エリーゼは杯へ手を添えた。

「戦が終わったと聞いた時には、まず安心しました。お帰りになった姿を見て、ようやく、いつものように話せた気がします」

「お怪我もなくて、よかったです」

「本当に」

 エリーゼは頷いた。

 それから、アレクへ目を戻した。

「アレク様も、戦からご無事に戻ってくださって」

「私たちは、補給の道を取り戻すために向かっただけです。その後の城攻めは、アルヴェインの皆様が」

「それでも、戦われたのでしょう」

 アレクは言葉を止めた。

 エリーゼの声は、責めるものではなかった。

「叔父様を助けてくださったと伺って、誇らしかったです。でも、怪我をされていないと分かるまでは、やはり心配でした」

「……はい」

 アレクは頷いた。

 彼女へ心配を掛けたくないと思うあまり、自分のしたことを小さく話そうとしていた。

 エリーゼはそれを知りたくて尋ねているわけではない。

「ご心配をお掛けしました」

「謝っていただきたいのではありません」

 エリーゼが首を振った。

「こうして、お顔を見られて嬉しいのです」

 アレクは、彼女を見た。

「私もです」

 そう答えると、エリーゼの表情が和らいだ。

 アレクは少し考え、話を続けた。

「式については、こちらでも相談を始めています。ただ、陛下や大公殿下をお迎えするための話が多くて」

「叔父様も、大勢が動くことになると仰っていました」

「はい。ですから、私たちの希望を聞く前に、何もかも決まってしまわないようにしたいと思っています」

 エリーゼは、驚いたようにアレクを見た。

「決まりに従うことも、大切ではありませんか」

「もちろんです。必要な礼を省きたいわけではありません。ただ、エリーゼ様がこうしたいと思われることまで、言えなくなるのは違うと思うのです」

 アルベルトに言われたから、そのまま伝えたのではなかった。

 客室の数や護衛の配置を考えるたび、自分たちの結婚が大勢の人に関わるものだと感じる。

 だからといって、当人が何も望んではいけないとは思わなかった。

 エリーゼはしばらく考えた後、小さく尋ねた。

「式の日ではなく、その後のことでもよろしいですか」

「はい」

「では……」

 エリーゼの指が、杯から離れた。

「お忙しい日でも、少しだけでよいので、お話しする時間が欲しいです」

 アレクは黙って聞いた。

「大切なお仕事があることは分かっております。ですから、いつでも私を優先していただきたいということではありません」

「はい」

「でも、同じ城にいるのに、今日は何をなさっていたのかも分からないままでは、寂しいと思います」

 言い終えると、エリーゼは少し目を伏せた。

「わがままでしょうか」

「いいえ」

 アレクは、すぐに答えた。

 彼女が顔を上げる。

「私も、エリーゼ様と話したいです。帰ってきた時に、まず顔を見に行ってもよろしいですか」

 エリーゼは目を丸くした。

 それから、嬉しそうに頷いた。

「はい。ぜひ」

「ただ、遅くなって、お休みになっている時には」

「その時は、起こさなくても大丈夫です」

 少しだけ笑いを含んだ声だった。

 アレクも笑った。

「では、翌朝に」

「はい」

 簡単な約束だった。

 いつも一緒にいることも、二度と戦へ行かないことも、今の自分には約束できなかった。

 だが、帰った時に顔を見に行くこと。彼女が何をしていたか尋ね、自分の一日を話すこと。

 それを、忙しいからと後回しにし続けないようにはできる。

「私ばかり話してしまうかもしれません」

 エリーゼが言った。

「知らないことが多くて、お尋ねすることも増えると思います」

「私も、まだ城のことをすべて知っているわけではありません」

「それでは、一緒に覚えられますね」

 アレクは頷いた。

 迎えるのだから、何もかも知り、何を聞かれても答えられるようにしなければと思っていた。

 そうでないところを見せてもよいのだと、彼女の言葉で少し楽になった。

「オスカーやマルタにも、よく聞いています。二人にも、早くお会いになっていただきたいです」

「お手紙で伺った方々ですね」

「はい。エリーゼ様をお迎えする支度を、手伝ってくれています」

「私からも、お礼を申し上げたいです」

 アレクは、二人がどのように応じるか思い浮かべた。

 オスカーはきっと、いつものように一礼するだろう。マルタは、部屋を見てもらう前に、何か困ったことがないか尋ねるかもしれない。

 そこにエリーゼがいる様子が、以前よりもはっきりと想像できた。

 ◇ ◇ ◇

 窓の外で風が吹き、庭の枝が揺れた。

 エリーゼがそちらへ目を向けると、アレクも庭を見た。

「少し、歩きませんか」

 彼女が尋ねた。

「お疲れでしたら、このままでも」

「大丈夫です。私も、歩きたいです」

 アレクが立つと、エリーゼも椅子を離れた。

 侍女が扉を開け、二人は廊下から庭へ出た。

 歩く道は整えられていた。建物の陰を抜けると、風が頬へ当たる。

 少し後ろを侍女がついてきたが、会話を聞き取ろうと近づくことはなかった。

 エリーゼは歩きながら、髪飾りへそっと触れた。

 アレクがそれを見ていることに気づき、手を下ろす。

「今日は、こちらをつけたいと思いました」

「よくお似合いです」

「ありがとうございます」

 エリーゼは少し頬を染めた。

 アレクも視線を前へ戻した。

 庭へ出れば話しやすくなるかと思ったが、そうでもなかった。

 彼女が隣を歩いていることが、客間で向かい合っていた時より近く感じられる。

「叔父様が、アレク様の旗のことを仰っていました」

 エリーゼが言った。

 アレクの足が少し緩んだ。

「旗、ですか」

「はい。林檎の花を入れた、よい紋章だと」

「そう仰っていただけたなら、ありがたいです」

 それ以上のことまで聞いていないだろうかと、アレクは彼女の横顔を見た。

 エリーゼは前を向いていたが、口元には笑みがあった。

「私も、実際に拝見したいです」

「城へお越しになる時には、掲げてあります」

「今度は、その旗を目印に伺うのですね」

 アレクは、城門の上で広がる旗を思い浮かべた。

 林檎の花と、その周りの五つの蕾。

 戦場で自分の隊がどこにいるかを示していた旗が、彼女に帰る場所を知らせるものにもなる。

「はい。お待ちしています」

 エリーゼは頷いた。

 道が少し狭くなり、二人は歩く間隔を変えた。

 アレクが足元を確かめて手を差し出すと、エリーゼは一瞬だけ彼の顔を見た。それから、そっと手を重ねた。

 握るというほど強くはなかった。

 それでも、アレクは自分の手に力を入れすぎないよう気をつけた。

 道が広くなっても、すぐには離さなかった。

「アレク様」

「はい」

「こちらへ来てくださって、ありがとうございます」

「私も、お会いしたかったので」

「叔父様とのお話だけで終わってしまったら、残念だと思っていました」

「私も、同じことを考えていました」

 二人は顔を見合わせ、笑った。

 アレクは、先ほどのアルベルトの言葉を思い出した。

 何でも我慢せよと送り出すつもりはない。

 その願いを、難しい約束として構える必要はないのかもしれない。

 今のように、会いたかったと言ってもらえることを、これからも大切にしたかった。

 ◇ ◇ ◇

 その頃、屋敷の一室では、アルベルトとマティアスが、同盟の取り決めについて話していた。

 卓には両国の担当者が交わした書状と、街道を記した地図が並んでいる。

 婚礼の客を迎えるための相談とは、席を分けてあった。

「今回の救援では、グランヴァルトから援軍が来ると分かっていても、前線へ到着するまでに時間がかかった」

 アルベルトが言った。

「どの道を使い、どこで案内をつけるかまで、初めから決まっておればよかった」

「こちらも、国境を越えた後に誰の報告を受ければよいか、確かめる必要がございました」

 マティアスが答えた。

「援軍を求める書状だけで、兵が滞りなく進めるわけではありません。その点は、陛下も整えるべきとお考えです」

 アルベルトが頷く。

 担当する家臣が、協議中の文面を読み上げた。

 援軍を求める時の連絡先。受け入れを認める返答の届け方。国境での案内と、兵糧を受け渡す場所。

 その一つずつを、両国の者が確かめていく。

「ただし、今回のように他領へ攻め入る戦まで、何も聞かず兵を出すという約束にはできぬな」

 アルベルトが言った。

「はい。領内へ攻め込まれた場合の助け合いと、侵攻への参加は分ける必要がございます」

「そこは、こちらも同じ考えだ」

 マティアスは、該当する箇所へ印をつけた。

「兵を出すことが決まった後の受け入れで、現地の者が迷わないようにいたします。出兵を決める前から、相手の軍が自由に入れるという意味にはしません」

「そのように書け」

 アルベルトが命じ、書記官が筆を動かした。

 話は、物資の往来へ移った。

 軍が使う時だけ街道を直せばよいわけではない。商人の荷が通れば、城や町へ必要な物が届く。どちらの領主が、どこまで道と渡し場を守るのかも確かめなければならなかった。

 長い協議だったが、すべてをその場で決め直したわけではない。

 すでに書状で一致していた部分は確かめ、残る箇所へ絞って話を進めた。

 やがて、アルベルトが椅子へ背を預けた。

「ここまで整えば、婚礼の際にレオンハルトと最後の確認ができよう」

「陛下へ、持ち帰ってお伝えいたします」

「二人の結婚だけに、両国の関係を背負わせるつもりはない」

 アルベルトは、卓の書状を見た。

「姪を嫁がせたから、困れば何でも頼めるという話にもしたくない。互いにするべきことは、先に決めておく」

「その方が、二人も安心して暮らせます」

 マティアスが答えた。

 アルベルトは頷き、窓の外へ目を向けた。

 庭の道を、二人が歩いていた。

 話しながら足を止め、エリーゼが何かを指している。アレクがそちらを見て、笑った。

 大公はしばらく眺めてから、卓へ向き直った。

「アレクは、領地ではどうだ」

「仕事はしております」

 マティアスの答えに、アルベルトが眉を上げた。

「随分と簡潔だな」

「婚約の知らせを受けてから、少し落ち着かない時はございますが」

「そうであろうな」

「ただ、分からないことを分からないままにせず、人へ聞くようにはなりました。城の支度も、家宰たちと相談して進めております」

 アルベルトは窓へ目を戻した。

「エリーゼも、そうして頼れればよい」

「はい」

 マティアスは、それ以上言葉を重ねなかった。

 庭の二人は、こちらを見上げていなかった。

 ◇ ◇ ◇

 滞在中、アレクは婚礼に関わる打ち合わせにも出た。

 エリーゼに従ってグランヴァルトへ向かう者と、式へ参列して帰る者を分け、城で用意する部屋を確かめる。

 本人の荷をいつ送り出すかについては、エリーゼ側の支度を聞いてから決めることになった。

 アレクは、答えられることには答えた。城へ戻って確かめなければならないことは、無理にその場で決めなかった。

 聞き取ったことを紙へ残していると、マティアスが横から目を向けた。

「オスカーへ渡す分か」

「はい。私が覚えているつもりでも、抜けるかもしれませんので」

「それでよい」

 マティアスは頷いた。

「帰ったら、すべて自分で抱え込まずに任せろ」

「承知しました」

 その後には、エリーゼと話す時間もあった。

 式の話ばかりではなく、城であったことや、手紙には書き切れなかったことを話した。

 エリーゼは、アレクが伯爵の城へ着いた時、使用人たちが並んで待っていたという話を聞いて笑った。

「そんなに、驚かれたのですか」

「はい。皆さんが頭を下げるので、私も下げそうになりました」

「下げなかったのですね」

「どうにか」

 アレクが答えると、エリーゼは口元へ手を添えた。

「私でしたら、下げてしまうかもしれません」

「その時は、私も一緒に」

「それでは、皆さんが困ってしまいます」

 二人で笑った。

 領地の仕事をする時のアレクも、軍を率いる時のアレクも、彼女はすべてを見たわけではない。

 アレクもまた、手紙を書いていない時のエリーゼを、まだ少しずつ知っているところだった。

 結婚が決まったからといって、急に何もかも分かるわけではない。

 けれど、知らないことを尋ねる時間は、これから増やしていける。

 そう思うと、話したいことも増えた。

 ◇ ◇ ◇

 出発の朝、屋敷の前には馬車が用意されていた。

 荷を積み終えた従者が、護衛へ声をかける。先方の案内役も馬を寄せ、一行が揃うのを待っていた。

 アレクとマティアスは、見送りに出たアルベルトへ礼をした。

「お世話になりました」

「気をつけて戻れ。レオンハルトには、書状と合わせて、こちらの意向を伝えてくれ」

「承知いたしました」

 マティアスが答えた。

 アルベルトはアレクへ目を向けた。

「城の支度で確かめたいことが出たら、こちらへ聞け。祝いの席で困ってから言われても、助けられぬぞ」

「はい。早めにご相談いたします」

「うむ」

 大公が頷いた。

 その隣にいたエリーゼが、一歩前へ出た。

 アレクは彼女へ向き直った。

 会っている間に話せたことは、たくさんあった。それでも、別れ際になると、もう少し時間が欲しくなる。

 エリーゼも、すぐには口を開かなかった。

 馬が足を踏み替え、馬具が小さく鳴った。

「道中、お気をつけて」

 彼女が言った。

「はい。着きましたら、手紙を出します」

「お待ちしております」

 いつもなら、そこで次に会える日を考えた。

 戦になるかもしれない。仕事が長引くかもしれない。会いに行きたいと伝えても、いつとは言えないことが多かった。

 今日は、違った。

「お迎えする日を、楽しみにしています」

 アレクが言うと、エリーゼの顔に笑みが広がった。

「はい。私も、楽しみにしております」

「城の庭も、ご案内します」

「約束ですよ」

「はい」

 アレクは頷いた。

 エリーゼは、先ほどより落ち着いた顔をしていた。

 寂しくないわけではないのだろう。アレクも同じだった。

 それでも、次はいつ会えるか分からないまま別れるのではなかった。

 アレクが馬車へ乗り込むと、マティアスも続いた。

 扉が閉められ、御者が声を上げる。

 ゆっくりと車輪が動き始めた。

 窓から振り返ると、エリーゼが見送っていた。隣ではアルベルトが立ち、少し後ろに使用人たちが並んでいる。

 アレクが手を上げると、エリーゼも小さく手を振った。

 門を抜けるまで、アレクはそちらを見ていた。

 屋敷が見えなくなってから、ようやく前へ向き直る。

 マティアスは、何も言わずに待っていた。

「お待たせしました」

「座っていただけだ」

 返されて、アレクは少し笑った。

 マティアスは、持ち帰る書状を確かめた。

「同盟の話も、残る点をかなり詰められた。陛下へ報告し、先方と最後の確認を進める」

「まとまりそうでしょうか」

「ああ。互いに何を引き受けるか、はっきりしてきた」

 マティアスが書状を収める。

「アレクも、聞きたいことは聞けたか」

「はい。城で何を準備すればよいかも、分かりました」

「それだけか」

 アレクは、膝に置いた紙へ目を落とした。

 客室や荷の話とは別に、エリーゼの希望を忘れないよう、短く書き留めてある。

 庭を案内する。

 窓辺の机は、座ってもらってから決める。

 そして、帰った時には、顔を見に行く。

「一緒に暮らしてからのことも、話せました」

 マティアスは頷いた。

「ならば、よい訪問だったな」

「はい」

 アレクは紙を丁寧に畳んだ。

 城へ戻れば、仕事が待っている。

 領内の報告を聞き、ロルフとギルベルトから届く知らせも確かめなければならない。婚礼の支度も、今日聞いたことをオスカーたちへ伝えるところから始まる。

 するべきことは、出発前より増えていた。

 それでも、気持ちは軽かった。

 整えた部屋へ、一人で立って想像するだけではなくなった。

 彼女は窓辺に座ってみたいと言った。庭を一緒に歩きたいとも言ってくれた。

 アレクは窓の外へ目を向けた。

 街道は、グランヴァルトへ続いていた。

 三か月後には、エリーゼもこの道を通って来る。

 その時、城門の上には林檎の花の旗を掲げておこう。

 そして、自分で迎えに出よう。

 アレクは、見送りの時に返してくれた笑顔を思い出しながら、帰りの街道を眺めていた。

第十二話を読んでいただき、ありがとうございました。

婚礼の日だけでなく、その先の暮らしについても言葉を交わした二人。次に会う日を約束できる別れとなりました。


少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や【★★★★★】での評価で応援していただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。