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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

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第十話 開かれる門、結ばれる縁

補給路が開かれ、アルヴェイン軍は再び先へ進みます。

その間にも、二人を結ぶ話は着実に動いていました。

 ベルン伯爵領の東部にある城で、城主は届いた命令書を読み返していた。

 紙の端には、道中でついた泥が残っている。使者はアルヴェイン兵の見張りを避け、夜のうちに城へ入ってきた。

 それほどの苦労をして届けられた書状だった。

 だが、城主が知りたいことは、どこにも書かれていなかった。

「援軍は」

 問いかけると、卓の向こうに立つ使者が顔を伏せた。

「伯爵様は、兵を集めておられます」

「それは読んだ。いつ来るのだ」

「そこまでは、伺っておりません」

 城主は紙を卓へ置いた。

 城を守り、敵の進軍を食い止めよ。

 命令は短かった。兵を何人送るのか、どこへ集めているのか、この城が何日耐えればよいのか。そのどれも記されていない。

 傍らにいた守備隊長が口を開いた。

「コンラート様の隊も、お戻りになったのでしょう」

「はい。ただ、失った兵や馬の補充を進めているところで……」

 使者はそこで言葉を切った。

 城主は続きを求めなかった。

 補給街道を断った時には、アルヴェイン軍の方が先に退くはずだった。二つの城を奪われても、敵を飢えさせれば取り返せる。伯爵のもとからは、そのように伝えられていた。

 ところが、街道は開かれた。

 グランヴァルトから来た軍が、宿場と渡河点を取り戻したという。

 伯爵が大金を投じた火槍隊も、その戦いで大半を失った。負傷して帰ってきた兵は、敵の火槍は自分たちのものと違ったと繰り返していた。

 城主は、その話を信じるべきか迷っていた。

 だが、兵も武器も届かないことは、疑いようがなかった。

「使者を休ませろ。食事も出してやれ」

 守備隊長が頷き、扉の外へ兵を呼んだ。

 使者が連れていかれると、部屋は静かになった。

 窓の外から、槌の音が聞こえる。城門の裏へ、補強の木材を打ちつけている音だった。

「動かせる兵は、三百六十です」

 守備隊長が言った。

「東門へ百四十、西門へ八十。城壁に百。残る四十を交代と急な備えに置いております」

「敵は」

「旗と陣から見て、二千を下りません。東の街道からは、今朝も荷車が入りました」

 城主は目を閉じた。

 敵の兵糧が尽きるのを待つ戦ではなくなった。

 こちらの城には、まだ食料がある。すぐに飢えるわけではない。門も城壁も、今は健在だった。

 だからこそ、決めなければならなかった。

 守れるうちに条件を聞くか。兵も城も傷ついてから、同じことを願い出るか。

「伯爵様に背けば、この家は終わります」

 守備隊長の声は低かった。

「分かっている」

 城主は答え、窓へ歩いた。

 城下から避難してきた者たちが、庭の片隅に集まっている。荷を積んだ手車のそばで、母親が子どもの口元を拭っていた。

 あの者たちへ、援軍は来ると言えるだろうか。

 城主は、卓に残した命令書を振り返った。

「アルヴェインへ使者を出す」

 守備隊長は動かなかった。

「条件を、お聞きになるのですか」

「ああ」

「伯爵様には」

「私が決めたことだと伝えろ」

 窓の下で、子どもが母親の袖を引いた。

 城主は、それ以上外を見なかった。

 ◇ ◇ ◇

 城の東に置かれたアルヴェイン軍の本営へ、白い布を掲げた使者が通された。

 アルベルトは地図を広げた卓の前に立っていた。

 この城の包囲に振り向けた兵は二千四百。東門と城下へ通じる街道に千二百、西門から出る道に八百を置き、残る四百を本営の近くに控えさせている。

 城壁の周囲へ隙間なく兵を並べるのではなく、兵や荷車がまとまって通れる道を押さえていた。斥候はその外側を回り、ベルン伯爵の援軍が近づいていないかを探っている。

 補給街道には、別に警備の兵を残してあった。

 一度断たれた道を、再び敵へ渡すつもりはなかった。

「城主より、お話し合いを願いたいとの申し出にございます」

 使者は膝をつき、両手で書状を差し出した。

 アルベルトは受け取った書状を読み、卓へ置いた。

「何を望んでいる」

「城の者と、避難してきた民の命をお守りいただきたく存じます」

「武器を置き、こちらの命令に従う者へ、兵を向けることはせぬ。民への略奪も禁じる」

 使者の肩から、わずかに力が抜けた。

 アルベルトは続けた。

「ただし、城は渡してもらう。門と兵糧倉を引き継ぎ、兵の武器を収めさせる。城主には、私への服属を誓ってもらう」

「領地につきましては……」

「記録を確かめてから決める。今までどおりの領地と地位を認めるとは、この場では約束できぬ」

 使者は口を閉じた。

 傍らの将が、その顔を見つめている。

 アルベルトは使者から目を離さなかった。

「城を渡さず、兵も残したまま、こちらに退けという話なら聞かぬ」

「そのようなことではございません」

「ならば、今の条件を伝えよ。明日の正午までに返事をもらう」

 使者が顔を上げた。

「それまでは、お攻めにならないと」

「城からこちらへ手を出さなければな。だが、兵や荷をひそかに通そうとすれば止める。交渉の間に援軍を入れられると思うな」

「承知いたしました」

 使者は深く頭を下げた。

 退出する背を見送ってから、将の一人がアルベルトへ尋ねた。

「開けるでしょうか」

「使者を出した以上、迷ってはいる」

「伯爵から援軍が来れば、考えを変えるかもしれません」

「ああ。見張りは緩めるな」

 アルベルトは地図の西側を指した。

「城から出た使者だけを見るな。伯爵の兵が来るなら、この城より先に知らせを受けたい」

 将が礼をして出ていく。

 アルベルトは、城主の書状へもう一度目を落とした。

 先に失った二つの城を取り返す兵も出せず、補給を断つための部隊も退けられた。それでも伯爵は、残った城へ守り続けるよう命じているのだろう。

 命じられた側が、どこまで従えるか。

 翌朝、その答えが届いた。

 ◇ ◇ ◇

 東門の上から、ベルン伯爵の旗が下ろされた。

 城壁に並んだ兵が、槍を立てたまま門前を見つめている。弓を構える者はいなかった。

 アルヴェイン軍の先頭が止まると、門の内側で木材を動かす音がした。

 重い扉が、ゆっくりと開き始めた。

 昨日まで補強のために打ちつけられていた木材が、門脇へ積み上げられている。

 その向こうに、城主と守備隊長が立っていた。

 二人の腰に剣はなかった。

 アルベルトは馬上から門の内側を確かめ、先頭の指揮官へ頷いた。

「入れ」

 百人の歩兵が、盾を持って進み出た。

「降伏した兵へ手を出すな。門を引き継げ。西門へ向かう者は、案内を離れるな」

 命令を受けた兵たちが、門をくぐる。

 城内の兵は武器を持たず、広場に集められていた。槍と剣は別の場所へ置かれ、アルヴェインの兵が数を確かめている。

 住民は建物の前から、その様子を見ていた。

 子どもを背へ隠す者もいれば、窓の隙間から顔をのぞかせる者もいる。

「家へ押し入るな。必要な物があれば、隊長を通せ」

 指揮官の声が通りに響いた。

 城内を確かめるために先行した兵が戻り、門の上と広場に抵抗する者がいないことを報告する。

 アルベルトは馬を進めた。

 門を抜けたところで下馬すると、城主が膝をついた。

「城を、お引き渡しいたします」

 差し出された鍵を、アルベルトは受け取った。

「約束は守る。兵にも民にも、命令に従うよう伝えよ」

「はっ」

「兵糧と領内の記録を出してもらう。隠さずに出せ。調べた後で違うものが見つかれば、今日の申し出まで疑わねばならなくなる」

「承知しております」

 城主は顔を伏せた。

 その後ろで、守備隊長が拳を握っている。

 アルベルトは男へ目を向けた。

「兵をまとめていたのは、お前か」

「はい」

「怪我人は」

「城壁の補修で傷を負った者が二人おります。ほかに、熱を出している者が」

「人数を知らせろ。兵と民は分けて報告するように」

 守備隊長が顔を上げた。

「よろしいのですか」

「武器を置いた者を死なせるために、門を開けさせたのではない」

 男はしばらくアルベルトを見つめていたが、やがて深く頭を下げた。

 城門の上で、アルヴェインの旗が広がった。

 外で待っていた兵の列から、声が上がる。

 三つ目の城だった。

 補給街道を取り戻したことで、ようやく侵攻を先へ進められた。

 アルベルトは旗を見上げた後、門外へ視線を戻した。

 街道には、兵糧を積んだ荷車が並んでいる。

 あの荷が来なければ、この城を囲み続けることもできなかった。

「後続を入れろ。倉を引き継いだら、今日使う分から分ける」

 指揮官たちが動き出した。

 勝ったからといって、兵を全員休ませることはできない。

 西には、まだベルン伯爵の兵がいる。

 アルベルトは城内へ歩きながら、次に斥候を向かわせる道を将へ確かめた。

 ◇ ◇ ◇

 城の一室に本営の卓が据えられた頃、本国から来た使者が通された。

 持参した書状の中には、グランヴァルトとの協議をまとめたものもあった。

 アルベルトは軍の報告を先に聞き終え、それから封を開いた。

 エリーゼとアレクの婚約について、公に知らせる文面が整っていた。

 双方の名と家。婚約を認める意向。両国で知らせる日についての確認。

 先の返書を送ってから、両国の担当者が書状を交わし、調整を進めていた。その結果が、ようやく一つの文面になっている。

 アルベルトは最初から読み、途中で一度だけ筆を取った。

 直すべき言い回しを示し、使者へ渡す。

「この内容でよい。知らせる日は、グランヴァルト側と揃えよ」

「承知いたしました」

「エリーゼにも、先に見せておけ」

 使者は書状を受け取り、別の紙へ目を落とした。

「式の日取りにつきましては、いかがいたしましょう」

 アルベルトは窓の外を見た。

 城内では、兵糧倉から運び出した荷を、アルヴェインの兵が数えている。城壁の上には見張りが立ち、西へ向かう斥候も、まだ戻っていなかった。

「今は決められぬ」

「では、婚約の公表もお待ちになりますか」

「いや。そこまで待たせる必要はない」

 アルベルトは書状へ目を戻した。

「婚約は知らせてよい。式のことは、こちらの目処が立ち次第、改めて相談すると伝えろ」

「はい」

 使者が書き留める間、アルベルトは椅子へ腰を下ろした。

 エリーゼへは、別に手紙を書かなければならない。

 正式に知らせる日が決まったことを、役人の文面だけで聞かせるつもりはなかった。

 姪がその知らせを聞いた時、どのような顔をするかは想像できる。

 アレクも、似たような顔をするのだろうか。

 そう考えて、口元が緩んだ。

 使者が顔を上げると、アルベルトは咳払いをした。

「ほかに、確認することは」

「同盟の取り決めについて、協議の途中経過がございます」

「聞こう」

 アルベルトは姿勢を戻した。

 姪の婚約を認めたことで、国同士の話がすべて片づくわけではない。

 援軍を求める時に誰へ知らせ、どこで受け入れるのか。物資を運ぶ街道を、双方がどこまで守るのか。

 今回の戦で、曖昧なままでは困ることが幾つも分かった。

 その話は、婚約とは別に進めなければならなかった。

 ◇ ◇ ◇

 それから幾日か過ぎ、アルヴェインからの書状が届くと、アレクはマティアスのもとへ呼ばれた。

 部屋へ入ると、マティアスは挨拶を受けてから、一枚の紙を差し出した。

「婚約を知らせる日が決まった」

 アレクは受け取った紙へ目を落とした。

 エリーゼの名があった。

 その隣に、自分の名がある。

 どちらも見慣れたはずの文字だった。だが、同じ文の中に並んでいると、読むのに少し時間がかかった。

「先方でも、同じ日に知らせる。城の者へ伝えるのは、その日にしろ」

「はい」

「関係する家への書状も、こちらから手配する。アレクから礼を伝える相手は、別に整理しておけ」

「承知しました」

 アレクはもう一度、文面を読んだ。

 アルベルトが結婚を認めてくれたことは、すでに知っている。

 それでも、今までは書状を受け取った者たちの間で進んでいる話だった。

 これからは違う。

 グランヴァルトでも、アルヴェインでも、自分とエリーゼが婚約したと知らされる。

「何度読んでも、名前は変わらんぞ」

 マティアスに言われ、アレクは顔を上げた。

「申し訳ありません」

「謝ることではない」

 マティアスは笑った。

「ただ、ほかにも話がある」

「はい」

 アレクは紙を丁寧に畳み、膝の上へ置いた。

 マティアスが、別の報告を手元へ寄せる。

「アルヴェインが、三つ目の城を取った」

「城が落ちたのですか」

「降伏して門を開けたそうだ。伯爵からの援軍は来なかった」

 アレクは、補給街道で見た荷車を思い出した。

 車輪を押していた兵。宿場へ運び込まれた負傷者。川を渡って前線へ進んでいった兵糧。

 あの道が、その先の城までつながった。

「アルベルト様は」

「前線に残っておられる。伯爵もコンラートも、まだ抗戦を続けるつもりらしい」

「そうですか」

「式の日取りは、もう少し待つことになる」

「承知しております」

 アレクは答えた。

 早く会いたいとは思う。

 だが、アルベルトが軍を置いて帰れるわけではないことも分かっていた。

 マティアスは、アレクが膝へ置いた紙を見た。

「婚約まで待たせる必要はないと、先方からも返事が来た」

 アレクの指が、紙の端へ触れた。

「ありがたいことです」

「ああ。今の気持ちは、エリーゼ様にも伝えておけ」

「はい」

 今度は、アレクも迷わず答えた。

 ◇ ◇ ◇

 マティアスの話は、婚約だけでは終わらなかった。

 卓へ広げられたのは、ロルフからの製造の報告と、ギルベルトがまとめた兵の教育についての書付だった。

 アレクも手元の控えを開いた。

「三千挺を揃えるまで、見通しが立ったのだな」

「はい。今の製造を続け、完成した分から順に渡します。新しく加わる兵の教育も、それを待たずに進めています」

 マティアスが、二つの書付を並べた。

「銃が揃う日と、兵を出せる日は同じではない」

「そのため、最後に全体を集めて確かめます。各隊で動けても、ほかの隊と並んだ時に命令が通らなければ困りますから」

「いつを目指す」

「三か月から四か月後です。製造と教育の両方を終え、三千挺を部隊として動かせる状態を目指します」

 マティアスは、しばらく報告へ目を落としていた。

 やがて、製造の欄を指で押さえる。

「新しい物を試す仕事は、こちらを遅らせぬようにしろ」

「ロルフとも、そのように話しております。今の火縄銃を作る者と、道具や新しい仕組みを試す者は分けます」

「よし。陛下には私から報告する。途中で見通しが変わったなら、その時に知らせろ」

「承知しました」

 アレクは、書付に次の報告日を書き込んだ。

 三千挺。

 かつて、十挺の銃を並べるために走り回っていた時には、遠い数だった。

 今は、その数を揃えるための仕事を、それぞれの場所で人が担っている。

 ロルフが作り、ギルベルトたちが教える。

 自分は、その報告を受け、軍として動かせるようにしなければならない。

「アレク」

 呼ばれて顔を上げる。

「婚約が嬉しいのは分かるが、ロルフたちへの返事も忘れるなよ」

「そこまで浮かれてはおりません」

 答えると、マティアスはアレクの膝へ目を向けた。

 婚約を知らせる紙は、まだ両手で大切に押さえられていた。

 アレクは少しだけ指の力を緩めた。

 ◇ ◇ ◇

 定められた日の朝、アレクの城では、手の空いている使用人たちが広間へ集まっていた。

 全員を一度に呼んだわけではない。門の見張りも、厨房の仕事も続いている。ここへ来られない者には、後でそれぞれの持ち場へ知らせることになっていた。

 アレクは広間の前に立ち、隣にいるオスカーへ目を向けた。

 オスカーは一礼し、書面を開いた。

 アレク・ハルトマン伯爵と、アルヴェイン大公家のエリーゼとの婚約が正式に認められたこと。

 両国で、この縁を公に知らせること。

 読み上げられる言葉を、使用人たちは静かに聞いていた。

 アレクは背筋を伸ばしていた。

 戦場で大勢の兵に見られる時とは違う緊張がある。

 オスカーが書面を閉じると、マルタが一歩進み出た。

「アレク様、おめでとうございます」

 その声に続き、広間のあちこちから祝いの言葉が上がった。

「おめでとうございます」

「エリーゼ様をお迎えする日を、楽しみにしております」

 アレクは口を開きかけ、声が重なっている間は待った。

 皆がこちらを見ている。

 庭に面した部屋を見に行った時には、まだ、誰にも言えなかったことだった。

「ありがとうございます」

 ようやく声にすると、頬が熱くなった。

「式の日取りは、まだ決まっていません。決まりましたら、改めて知らせます」

 何人かが頷く。

 アレクは続けた。

「エリーゼ様が安心して暮らせるよう、皆さんの力を貸してください」

「かしこまりました」

 オスカーが答え、マルタも頭を下げた。

 その後ろで、若い使用人が嬉しそうに隣の者を見た。

 アレクが広間を出る時にも、祝いの言葉は続いた。

 返事をするたびに、少しずつ実感が増していく。

 もう、自分たちだけの約束ではなかった。

 ◇ ◇ ◇

 同じ日、アルヴェイン大公家の屋敷でも、婚約が正式に告げられていた。

 エリーゼは大公妃の隣で、その言葉を聞いた。

 自分の名に続き、アレクの名が読み上げられる。

 膝の上で揃えていた指に、少し力が入った。

 大公妃が横から目を向け、穏やかに微笑む。

 読み上げが終わると、家臣たちが順に祝いを述べた。

 エリーゼは一人ずつ顔を見て、礼を返した。

 叔父からの手紙を受け取った時には、安心して涙が出た。

 今日は、泣かずに笑っていたかった。

 部屋へ戻った後、大公妃から、控えの書面を渡された。

「手元に置いておきなさい」

「ありがとうございます」

 エリーゼは両手で受け取った。

 書かれている内容は、先ほど聞いたばかりだった。

 それでも、自分で読むと違って感じられる。

「アレク様にも、同じものが届いているのでしょうか」

「向こうで用意した書面があるでしょうね」

「今頃、読んでおられるかもしれません」

 大公妃が笑った。

「あなたと同じように、何度も見ているのではありませんか」

 エリーゼは顔を上げた。

 否定しようとして、できなかった。

 自分も、すでに二度読んでいる。

「……そうでしたら、嬉しいです」

 書面へ目を戻すと、アレクの名があった。

 これからは、婚約者としてその名を口にできる。

 エリーゼは紙に折り目をつけないよう、両手でそっと持ち直した。

 ◇ ◇ ◇

 その夜、アレクは執務室で手紙を書いていた。

 昼間、城の者たちに婚約を知らせたこと。

 皆が祝ってくれたこと。

 エリーゼを迎える日を楽しみにしていると言ってくれた者もいたこと。

 そこまで書き、少し考えた。

 自分の気持ちが、まだ書かれていない。

 アレクは筆を動かした。

 自分たちの名前が並んだ書面を、何度も読んだ。

 マティアスに、何度読んでも名前は変わらないと言われてしまった。

 それでも、嬉しくて、また読み返している。

 書きながら、小さく笑った。

 エリーゼにまで笑われるかもしれない。

 だが、それでもよかった。

 続けて、次に会える日を楽しみにしていると記した。

 婚約者として会えるのだと思うと、今から何を話そうかと考えてしまう。

 まずは、彼女が今日をどのように過ごしたか聞きたかった。

 祝いを述べられた時、何と答えたのか。

 自分と同じように、少し困った顔をしただろうか。

 アレクは書き終えた手紙を読み返し、机の上へ置いた。

 窓の外は暗く、庭の形もはっきりしない。

 それでも、廊下の先にある部屋の窓辺は思い浮かべられた。

 今は、まだ誰も使っていない。

 いつかあそこで、届いた手紙を読むのではなく、隣にいるエリーゼの声を聞ける。

 アレクは新しい封を取り、手紙を丁寧に収めた。

第十話を読んでいただき、ありがとうございました。

離れた場所で同じ知らせを喜ぶアレクとエリーゼ。二人がようやく正式な婚約者となる日を迎えました。


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