第十話 開かれる門、結ばれる縁
補給路が開かれ、アルヴェイン軍は再び先へ進みます。
その間にも、二人を結ぶ話は着実に動いていました。
ベルン伯爵領の東部にある城で、城主は届いた命令書を読み返していた。
紙の端には、道中でついた泥が残っている。使者はアルヴェイン兵の見張りを避け、夜のうちに城へ入ってきた。
それほどの苦労をして届けられた書状だった。
だが、城主が知りたいことは、どこにも書かれていなかった。
「援軍は」
問いかけると、卓の向こうに立つ使者が顔を伏せた。
「伯爵様は、兵を集めておられます」
「それは読んだ。いつ来るのだ」
「そこまでは、伺っておりません」
城主は紙を卓へ置いた。
城を守り、敵の進軍を食い止めよ。
命令は短かった。兵を何人送るのか、どこへ集めているのか、この城が何日耐えればよいのか。そのどれも記されていない。
傍らにいた守備隊長が口を開いた。
「コンラート様の隊も、お戻りになったのでしょう」
「はい。ただ、失った兵や馬の補充を進めているところで……」
使者はそこで言葉を切った。
城主は続きを求めなかった。
補給街道を断った時には、アルヴェイン軍の方が先に退くはずだった。二つの城を奪われても、敵を飢えさせれば取り返せる。伯爵のもとからは、そのように伝えられていた。
ところが、街道は開かれた。
グランヴァルトから来た軍が、宿場と渡河点を取り戻したという。
伯爵が大金を投じた火槍隊も、その戦いで大半を失った。負傷して帰ってきた兵は、敵の火槍は自分たちのものと違ったと繰り返していた。
城主は、その話を信じるべきか迷っていた。
だが、兵も武器も届かないことは、疑いようがなかった。
「使者を休ませろ。食事も出してやれ」
守備隊長が頷き、扉の外へ兵を呼んだ。
使者が連れていかれると、部屋は静かになった。
窓の外から、槌の音が聞こえる。城門の裏へ、補強の木材を打ちつけている音だった。
「動かせる兵は、三百六十です」
守備隊長が言った。
「東門へ百四十、西門へ八十。城壁に百。残る四十を交代と急な備えに置いております」
「敵は」
「旗と陣から見て、二千を下りません。東の街道からは、今朝も荷車が入りました」
城主は目を閉じた。
敵の兵糧が尽きるのを待つ戦ではなくなった。
こちらの城には、まだ食料がある。すぐに飢えるわけではない。門も城壁も、今は健在だった。
だからこそ、決めなければならなかった。
守れるうちに条件を聞くか。兵も城も傷ついてから、同じことを願い出るか。
「伯爵様に背けば、この家は終わります」
守備隊長の声は低かった。
「分かっている」
城主は答え、窓へ歩いた。
城下から避難してきた者たちが、庭の片隅に集まっている。荷を積んだ手車のそばで、母親が子どもの口元を拭っていた。
あの者たちへ、援軍は来ると言えるだろうか。
城主は、卓に残した命令書を振り返った。
「アルヴェインへ使者を出す」
守備隊長は動かなかった。
「条件を、お聞きになるのですか」
「ああ」
「伯爵様には」
「私が決めたことだと伝えろ」
窓の下で、子どもが母親の袖を引いた。
城主は、それ以上外を見なかった。
◇ ◇ ◇
城の東に置かれたアルヴェイン軍の本営へ、白い布を掲げた使者が通された。
アルベルトは地図を広げた卓の前に立っていた。
この城の包囲に振り向けた兵は二千四百。東門と城下へ通じる街道に千二百、西門から出る道に八百を置き、残る四百を本営の近くに控えさせている。
城壁の周囲へ隙間なく兵を並べるのではなく、兵や荷車がまとまって通れる道を押さえていた。斥候はその外側を回り、ベルン伯爵の援軍が近づいていないかを探っている。
補給街道には、別に警備の兵を残してあった。
一度断たれた道を、再び敵へ渡すつもりはなかった。
「城主より、お話し合いを願いたいとの申し出にございます」
使者は膝をつき、両手で書状を差し出した。
アルベルトは受け取った書状を読み、卓へ置いた。
「何を望んでいる」
「城の者と、避難してきた民の命をお守りいただきたく存じます」
「武器を置き、こちらの命令に従う者へ、兵を向けることはせぬ。民への略奪も禁じる」
使者の肩から、わずかに力が抜けた。
アルベルトは続けた。
「ただし、城は渡してもらう。門と兵糧倉を引き継ぎ、兵の武器を収めさせる。城主には、私への服属を誓ってもらう」
「領地につきましては……」
「記録を確かめてから決める。今までどおりの領地と地位を認めるとは、この場では約束できぬ」
使者は口を閉じた。
傍らの将が、その顔を見つめている。
アルベルトは使者から目を離さなかった。
「城を渡さず、兵も残したまま、こちらに退けという話なら聞かぬ」
「そのようなことではございません」
「ならば、今の条件を伝えよ。明日の正午までに返事をもらう」
使者が顔を上げた。
「それまでは、お攻めにならないと」
「城からこちらへ手を出さなければな。だが、兵や荷をひそかに通そうとすれば止める。交渉の間に援軍を入れられると思うな」
「承知いたしました」
使者は深く頭を下げた。
退出する背を見送ってから、将の一人がアルベルトへ尋ねた。
「開けるでしょうか」
「使者を出した以上、迷ってはいる」
「伯爵から援軍が来れば、考えを変えるかもしれません」
「ああ。見張りは緩めるな」
アルベルトは地図の西側を指した。
「城から出た使者だけを見るな。伯爵の兵が来るなら、この城より先に知らせを受けたい」
将が礼をして出ていく。
アルベルトは、城主の書状へもう一度目を落とした。
先に失った二つの城を取り返す兵も出せず、補給を断つための部隊も退けられた。それでも伯爵は、残った城へ守り続けるよう命じているのだろう。
命じられた側が、どこまで従えるか。
翌朝、その答えが届いた。
◇ ◇ ◇
東門の上から、ベルン伯爵の旗が下ろされた。
城壁に並んだ兵が、槍を立てたまま門前を見つめている。弓を構える者はいなかった。
アルヴェイン軍の先頭が止まると、門の内側で木材を動かす音がした。
重い扉が、ゆっくりと開き始めた。
昨日まで補強のために打ちつけられていた木材が、門脇へ積み上げられている。
その向こうに、城主と守備隊長が立っていた。
二人の腰に剣はなかった。
アルベルトは馬上から門の内側を確かめ、先頭の指揮官へ頷いた。
「入れ」
百人の歩兵が、盾を持って進み出た。
「降伏した兵へ手を出すな。門を引き継げ。西門へ向かう者は、案内を離れるな」
命令を受けた兵たちが、門をくぐる。
城内の兵は武器を持たず、広場に集められていた。槍と剣は別の場所へ置かれ、アルヴェインの兵が数を確かめている。
住民は建物の前から、その様子を見ていた。
子どもを背へ隠す者もいれば、窓の隙間から顔をのぞかせる者もいる。
「家へ押し入るな。必要な物があれば、隊長を通せ」
指揮官の声が通りに響いた。
城内を確かめるために先行した兵が戻り、門の上と広場に抵抗する者がいないことを報告する。
アルベルトは馬を進めた。
門を抜けたところで下馬すると、城主が膝をついた。
「城を、お引き渡しいたします」
差し出された鍵を、アルベルトは受け取った。
「約束は守る。兵にも民にも、命令に従うよう伝えよ」
「はっ」
「兵糧と領内の記録を出してもらう。隠さずに出せ。調べた後で違うものが見つかれば、今日の申し出まで疑わねばならなくなる」
「承知しております」
城主は顔を伏せた。
その後ろで、守備隊長が拳を握っている。
アルベルトは男へ目を向けた。
「兵をまとめていたのは、お前か」
「はい」
「怪我人は」
「城壁の補修で傷を負った者が二人おります。ほかに、熱を出している者が」
「人数を知らせろ。兵と民は分けて報告するように」
守備隊長が顔を上げた。
「よろしいのですか」
「武器を置いた者を死なせるために、門を開けさせたのではない」
男はしばらくアルベルトを見つめていたが、やがて深く頭を下げた。
城門の上で、アルヴェインの旗が広がった。
外で待っていた兵の列から、声が上がる。
三つ目の城だった。
補給街道を取り戻したことで、ようやく侵攻を先へ進められた。
アルベルトは旗を見上げた後、門外へ視線を戻した。
街道には、兵糧を積んだ荷車が並んでいる。
あの荷が来なければ、この城を囲み続けることもできなかった。
「後続を入れろ。倉を引き継いだら、今日使う分から分ける」
指揮官たちが動き出した。
勝ったからといって、兵を全員休ませることはできない。
西には、まだベルン伯爵の兵がいる。
アルベルトは城内へ歩きながら、次に斥候を向かわせる道を将へ確かめた。
◇ ◇ ◇
城の一室に本営の卓が据えられた頃、本国から来た使者が通された。
持参した書状の中には、グランヴァルトとの協議をまとめたものもあった。
アルベルトは軍の報告を先に聞き終え、それから封を開いた。
エリーゼとアレクの婚約について、公に知らせる文面が整っていた。
双方の名と家。婚約を認める意向。両国で知らせる日についての確認。
先の返書を送ってから、両国の担当者が書状を交わし、調整を進めていた。その結果が、ようやく一つの文面になっている。
アルベルトは最初から読み、途中で一度だけ筆を取った。
直すべき言い回しを示し、使者へ渡す。
「この内容でよい。知らせる日は、グランヴァルト側と揃えよ」
「承知いたしました」
「エリーゼにも、先に見せておけ」
使者は書状を受け取り、別の紙へ目を落とした。
「式の日取りにつきましては、いかがいたしましょう」
アルベルトは窓の外を見た。
城内では、兵糧倉から運び出した荷を、アルヴェインの兵が数えている。城壁の上には見張りが立ち、西へ向かう斥候も、まだ戻っていなかった。
「今は決められぬ」
「では、婚約の公表もお待ちになりますか」
「いや。そこまで待たせる必要はない」
アルベルトは書状へ目を戻した。
「婚約は知らせてよい。式のことは、こちらの目処が立ち次第、改めて相談すると伝えろ」
「はい」
使者が書き留める間、アルベルトは椅子へ腰を下ろした。
エリーゼへは、別に手紙を書かなければならない。
正式に知らせる日が決まったことを、役人の文面だけで聞かせるつもりはなかった。
姪がその知らせを聞いた時、どのような顔をするかは想像できる。
アレクも、似たような顔をするのだろうか。
そう考えて、口元が緩んだ。
使者が顔を上げると、アルベルトは咳払いをした。
「ほかに、確認することは」
「同盟の取り決めについて、協議の途中経過がございます」
「聞こう」
アルベルトは姿勢を戻した。
姪の婚約を認めたことで、国同士の話がすべて片づくわけではない。
援軍を求める時に誰へ知らせ、どこで受け入れるのか。物資を運ぶ街道を、双方がどこまで守るのか。
今回の戦で、曖昧なままでは困ることが幾つも分かった。
その話は、婚約とは別に進めなければならなかった。
◇ ◇ ◇
それから幾日か過ぎ、アルヴェインからの書状が届くと、アレクはマティアスのもとへ呼ばれた。
部屋へ入ると、マティアスは挨拶を受けてから、一枚の紙を差し出した。
「婚約を知らせる日が決まった」
アレクは受け取った紙へ目を落とした。
エリーゼの名があった。
その隣に、自分の名がある。
どちらも見慣れたはずの文字だった。だが、同じ文の中に並んでいると、読むのに少し時間がかかった。
「先方でも、同じ日に知らせる。城の者へ伝えるのは、その日にしろ」
「はい」
「関係する家への書状も、こちらから手配する。アレクから礼を伝える相手は、別に整理しておけ」
「承知しました」
アレクはもう一度、文面を読んだ。
アルベルトが結婚を認めてくれたことは、すでに知っている。
それでも、今までは書状を受け取った者たちの間で進んでいる話だった。
これからは違う。
グランヴァルトでも、アルヴェインでも、自分とエリーゼが婚約したと知らされる。
「何度読んでも、名前は変わらんぞ」
マティアスに言われ、アレクは顔を上げた。
「申し訳ありません」
「謝ることではない」
マティアスは笑った。
「ただ、ほかにも話がある」
「はい」
アレクは紙を丁寧に畳み、膝の上へ置いた。
マティアスが、別の報告を手元へ寄せる。
「アルヴェインが、三つ目の城を取った」
「城が落ちたのですか」
「降伏して門を開けたそうだ。伯爵からの援軍は来なかった」
アレクは、補給街道で見た荷車を思い出した。
車輪を押していた兵。宿場へ運び込まれた負傷者。川を渡って前線へ進んでいった兵糧。
あの道が、その先の城までつながった。
「アルベルト様は」
「前線に残っておられる。伯爵もコンラートも、まだ抗戦を続けるつもりらしい」
「そうですか」
「式の日取りは、もう少し待つことになる」
「承知しております」
アレクは答えた。
早く会いたいとは思う。
だが、アルベルトが軍を置いて帰れるわけではないことも分かっていた。
マティアスは、アレクが膝へ置いた紙を見た。
「婚約まで待たせる必要はないと、先方からも返事が来た」
アレクの指が、紙の端へ触れた。
「ありがたいことです」
「ああ。今の気持ちは、エリーゼ様にも伝えておけ」
「はい」
今度は、アレクも迷わず答えた。
◇ ◇ ◇
マティアスの話は、婚約だけでは終わらなかった。
卓へ広げられたのは、ロルフからの製造の報告と、ギルベルトがまとめた兵の教育についての書付だった。
アレクも手元の控えを開いた。
「三千挺を揃えるまで、見通しが立ったのだな」
「はい。今の製造を続け、完成した分から順に渡します。新しく加わる兵の教育も、それを待たずに進めています」
マティアスが、二つの書付を並べた。
「銃が揃う日と、兵を出せる日は同じではない」
「そのため、最後に全体を集めて確かめます。各隊で動けても、ほかの隊と並んだ時に命令が通らなければ困りますから」
「いつを目指す」
「三か月から四か月後です。製造と教育の両方を終え、三千挺を部隊として動かせる状態を目指します」
マティアスは、しばらく報告へ目を落としていた。
やがて、製造の欄を指で押さえる。
「新しい物を試す仕事は、こちらを遅らせぬようにしろ」
「ロルフとも、そのように話しております。今の火縄銃を作る者と、道具や新しい仕組みを試す者は分けます」
「よし。陛下には私から報告する。途中で見通しが変わったなら、その時に知らせろ」
「承知しました」
アレクは、書付に次の報告日を書き込んだ。
三千挺。
かつて、十挺の銃を並べるために走り回っていた時には、遠い数だった。
今は、その数を揃えるための仕事を、それぞれの場所で人が担っている。
ロルフが作り、ギルベルトたちが教える。
自分は、その報告を受け、軍として動かせるようにしなければならない。
「アレク」
呼ばれて顔を上げる。
「婚約が嬉しいのは分かるが、ロルフたちへの返事も忘れるなよ」
「そこまで浮かれてはおりません」
答えると、マティアスはアレクの膝へ目を向けた。
婚約を知らせる紙は、まだ両手で大切に押さえられていた。
アレクは少しだけ指の力を緩めた。
◇ ◇ ◇
定められた日の朝、アレクの城では、手の空いている使用人たちが広間へ集まっていた。
全員を一度に呼んだわけではない。門の見張りも、厨房の仕事も続いている。ここへ来られない者には、後でそれぞれの持ち場へ知らせることになっていた。
アレクは広間の前に立ち、隣にいるオスカーへ目を向けた。
オスカーは一礼し、書面を開いた。
アレク・ハルトマン伯爵と、アルヴェイン大公家のエリーゼとの婚約が正式に認められたこと。
両国で、この縁を公に知らせること。
読み上げられる言葉を、使用人たちは静かに聞いていた。
アレクは背筋を伸ばしていた。
戦場で大勢の兵に見られる時とは違う緊張がある。
オスカーが書面を閉じると、マルタが一歩進み出た。
「アレク様、おめでとうございます」
その声に続き、広間のあちこちから祝いの言葉が上がった。
「おめでとうございます」
「エリーゼ様をお迎えする日を、楽しみにしております」
アレクは口を開きかけ、声が重なっている間は待った。
皆がこちらを見ている。
庭に面した部屋を見に行った時には、まだ、誰にも言えなかったことだった。
「ありがとうございます」
ようやく声にすると、頬が熱くなった。
「式の日取りは、まだ決まっていません。決まりましたら、改めて知らせます」
何人かが頷く。
アレクは続けた。
「エリーゼ様が安心して暮らせるよう、皆さんの力を貸してください」
「かしこまりました」
オスカーが答え、マルタも頭を下げた。
その後ろで、若い使用人が嬉しそうに隣の者を見た。
アレクが広間を出る時にも、祝いの言葉は続いた。
返事をするたびに、少しずつ実感が増していく。
もう、自分たちだけの約束ではなかった。
◇ ◇ ◇
同じ日、アルヴェイン大公家の屋敷でも、婚約が正式に告げられていた。
エリーゼは大公妃の隣で、その言葉を聞いた。
自分の名に続き、アレクの名が読み上げられる。
膝の上で揃えていた指に、少し力が入った。
大公妃が横から目を向け、穏やかに微笑む。
読み上げが終わると、家臣たちが順に祝いを述べた。
エリーゼは一人ずつ顔を見て、礼を返した。
叔父からの手紙を受け取った時には、安心して涙が出た。
今日は、泣かずに笑っていたかった。
部屋へ戻った後、大公妃から、控えの書面を渡された。
「手元に置いておきなさい」
「ありがとうございます」
エリーゼは両手で受け取った。
書かれている内容は、先ほど聞いたばかりだった。
それでも、自分で読むと違って感じられる。
「アレク様にも、同じものが届いているのでしょうか」
「向こうで用意した書面があるでしょうね」
「今頃、読んでおられるかもしれません」
大公妃が笑った。
「あなたと同じように、何度も見ているのではありませんか」
エリーゼは顔を上げた。
否定しようとして、できなかった。
自分も、すでに二度読んでいる。
「……そうでしたら、嬉しいです」
書面へ目を戻すと、アレクの名があった。
これからは、婚約者としてその名を口にできる。
エリーゼは紙に折り目をつけないよう、両手でそっと持ち直した。
◇ ◇ ◇
その夜、アレクは執務室で手紙を書いていた。
昼間、城の者たちに婚約を知らせたこと。
皆が祝ってくれたこと。
エリーゼを迎える日を楽しみにしていると言ってくれた者もいたこと。
そこまで書き、少し考えた。
自分の気持ちが、まだ書かれていない。
アレクは筆を動かした。
自分たちの名前が並んだ書面を、何度も読んだ。
マティアスに、何度読んでも名前は変わらないと言われてしまった。
それでも、嬉しくて、また読み返している。
書きながら、小さく笑った。
エリーゼにまで笑われるかもしれない。
だが、それでもよかった。
続けて、次に会える日を楽しみにしていると記した。
婚約者として会えるのだと思うと、今から何を話そうかと考えてしまう。
まずは、彼女が今日をどのように過ごしたか聞きたかった。
祝いを述べられた時、何と答えたのか。
自分と同じように、少し困った顔をしただろうか。
アレクは書き終えた手紙を読み返し、机の上へ置いた。
窓の外は暗く、庭の形もはっきりしない。
それでも、廊下の先にある部屋の窓辺は思い浮かべられた。
今は、まだ誰も使っていない。
いつかあそこで、届いた手紙を読むのではなく、隣にいるエリーゼの声を聞ける。
アレクは新しい封を取り、手紙を丁寧に収めた。
第十話を読んでいただき、ありがとうございました。
離れた場所で同じ知らせを喜ぶアレクとエリーゼ。二人がようやく正式な婚約者となる日を迎えました。
少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や【★★★★★】での評価で応援していただけると、執筆の励みになります!




