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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

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第九話 祝福の返書

返事を待つ間も、領主としての日々は続いていました。

アレクは城の一室で、エリーゼと暮らす日を思い描きます。

 城の廊下を歩いていたアレクは、庭に面した部屋の前で足を止めた。

 扉は開いていた。掃除を終えたばかりなのか、窓から入る風に、薄い布が揺れている。

 中には机と椅子、それに空の棚が置かれていた。誰かが暮らすための品は、まだほとんどない。

 アレクは部屋へ入り、窓辺まで歩いた。

 眼下には庭が広がっている。庭師が低い枝を整え、その少し向こうを、籠を抱えた使用人が通り過ぎた。

 日当たりはよかった。窓を閉めれば廊下の足音も遠く、落ち着いて過ごせそうだった。

 結婚が認められれば、ここがエリーゼの部屋になるのだろうか。

 アレクは窓から室内へ目を戻した。

 机はこの位置でよいのか。椅子は、もう少し座り心地のよいものがあった方がいいかもしれない。けれど、自分がよいと思ったものを、エリーゼも気に入るとは限らなかった。

 どのような部屋なら、喜んでもらえるだろう。

 考えているうちに、窓辺で手紙を読む姿が浮かんだ。

 庭で自分の申し出を受けてくれた時の笑顔まで思い出し、アレクは口元を緩めた。すぐに、誰かに見られていないかと扉へ目を向ける。

 廊下には誰もいなかった。

 まだ、アルベルトからの返事は届いていない。

 エリーゼが承諾してくれたことは、何より嬉しかった。レオンハルトも、マティアスも支えると言ってくれた。それでも、正式に決まるまでに必要なことは残っている。

 この部屋に置くものを、今から決めるのは早い。

 アレクは机の端へ置いていた手を離した。

「アレク様」

 廊下から声がした。

 振り返ると、書付を抱えたオスカーが扉の前に立っていた。

「こちらにいらしたのですね」

「何かありましたか」

「街道の補修について、ご確認いただきたいことがございます。村から人が参っております」

「ああ。今、行きます」

 返事をしてから、アレクはもう一度だけ室内を見た。

 オスカーは何も尋ねなかった。

 扉の脇へ退き、アレクが出るのを待っている。

「この部屋は、普段も空けているのですか」

「はい。今のところ、お使いになる予定はございません」

「そうですか」

 アレクは頷いた。

 続けて何か言いかけたが、やめた。

 オスカーも、それ以上は尋ねなかった。

 二人は廊下を歩き出した。

「補修が必要なのは、雨が降ると荷車が通りにくくなる場所でしたね」

「はい。ただ、以前の報告より傷みが広がっているようです」

「では、先に話を聞きましょう」

 返書を待っていても、街道は直らない。

 アレクは歩調を少し速め、客を待たせている部屋へ向かった。

 ◇ ◇ ◇

 マティアスから知らせが届いたのは、それから数日後だった。

 都合をつけ、顔を出すように。

 短い書状には、用件の詳しい説明はなかった。

 アレクは城での仕事をオスカーへ引き継ぎ、翌朝、領地を発った。

 道中、何度も書状の文面を思い返した。婚姻の話とは限らない。領地や兵について確認されるのかもしれない。それでも、別の用件かもしれないと考えるたびに、結局はアルベルトの返事が気になった。

 マティアスのもとへ着き、案内された部屋へ入る。

 机に向かっていたマティアスは、アレクを見ると、手にしていた書付を置いた。

「来たか。座れ」

「失礼いたします」

 アレクは勧められた椅子へ腰を下ろした。

 背筋を伸ばしたまま、次の言葉を待つ。

 マティアスはその顔を見て、わずかに口元を緩めた。

「陛下のもとへ、アルベルト様から返書が届いた」

 アレクの指が、膝の上で止まった。

「二人の結婚を認めるお考えだ」

 すぐには、返事ができなかった。

 聞き間違えてはいない。そう分かっていても、アレクはマティアスの顔を見つめた。

「……本当ですか」

「ああ。正式な婚約に向け、話を進めたいと仰っている」

 アレクは息を吐いた。

 椅子へ座り直すと、それまで肩に力が入っていたことに気づいた。

「そうですか……」

「もう少し喜ぶかと思っていたが」

「喜んでおります。ただ……」

 言葉を探したが、うまく続かなかった。

 アルベルトに、どう評価されているのか。エリーゼを任せてもよいと思ってもらえるのか。

 考えないようにしていても、不安は消えなかった。

 エリーゼも、叔父の許しを気にしていた。

 これで、彼女も安心できる。

 そう思うと、ようやく頬が緩んだ。

「エリーゼ様も、きっと喜んでおられます」

「まず、自分が嬉しいと言えばよいだろう」

「……はい。嬉しいです」

 マティアスは笑った。

「ようやく落ち着いて眠れそうだな」

「仕事に差し支えるほどではありませんでした」

「眠れたかどうかを聞いたのだが」

 アレクは答えに詰まった。

 マティアスはそれ以上からかわず、机の上から別の書状を取った。

「陛下へも顔を出す。私も同行する」

「はい」

「向こうでは、今のように黙り込むなよ」

「気をつけます」

「まあ、無理もないか」

 マティアスが、手元の書状を畳んだ。

「よく、ここまで進めたな」

 アレクは顔を上げた。

 マティアスはもう笑っていなかった。落ち着いた表情で、まっすぐにこちらを見ている。

「自分で伝えに行ったから、返事をもらえた。これから先も、肝心なところを人任せにするな」

「はい」

 アレクは深く頷いた。

「ありがとうございました」

「まだ礼を言って終わるところではない。これから整えることがある」

「分かっております」

 そう答えながらも、笑みを抑えることはできなかった。

 ◇ ◇ ◇

 王都へ着いたアレクとマティアスは、翌日、王宮へ向かった。

 レオンハルトのもとへ通されると、アレクは礼をして顔を上げた。

 国王は二人を見渡し、アレクへ視線を戻した。

「返事は聞いたな」

「はい。マティアス様から伺いました」

「よかったな、アレク」

 短い言葉だった。

 だが、その声にからかう響きはなかった。

 アレクはもう一度、頭を下げた。

「ありがとうございます。陛下のお力添えに、心より感謝いたします」

「アルベルトも、お前の働きを見ている。俺の書状だけで決めたわけではあるまい」

 レオンハルトは、机に置かれた返書へ目を向けた。

「二人の願いを認め、正式に話を進めたいとある。先方も、協議に当たる者を決めるそうだ」

 アレクは頷いた。

 アルベルトに認めてもらえたのだと、ようやく実感が湧いてきた。

「こちらはマティアスに任せる」

「承知いたしました」

 マティアスが答えた。

「先方の担当が決まり次第、連絡を取り合います」

「ああ。まずは婚約の公表と、その後の段取りだ。式の日取りは、アルベルトの都合も聞かねばならん」

 アルベルトは、今もベルン伯爵領の前線にいる。

 祝福してもらえることと、すぐに式へ来てもらえることは別だった。

 レオンハルトはアレクへ尋ねた。

「エリーゼを迎える場所は、考えてあるか」

 庭に面した部屋が浮かんだ。

「候補はございます。ただ、エリーゼ様のお考えも伺ってから整えたいと思っております」

「まだ聞いていないのか」

「お許しをいただく前に、部屋の話を進めるのは早いかと思いまして」

「そうか」

 レオンハルトが頷く。

「では、聞いておけ。立派な部屋を用意しても、本人が落ち着かねば仕方がない」

「はい」

「一緒に来る者もいるだろう。その人数や住まいについては、先方と相談が必要になる」

 マティアスが言葉を継いだ。

「城で用意できる部屋と、手を入れる必要のある部屋を調べておけ。まだ決まっていない人数に合わせ、勝手に人を増やす必要はない」

「オスカーとマルタに相談いたします」

「それでよい」

 するべきことが、一つずつ形になっていく。

 返書を待っていた時には、考えても仕方がないと思うことが多かった。今は、確かめたうえで動ける。

 レオンハルトは書状を揃えた。

「同盟の取り決めについても、別に協議を進める。そちらは俺たちに任せておけ」

「承知いたしました」

「お前は、エリーゼへの返事を忘れるなよ」

「忘れません」

 思わず強く答え、マティアスが横を向いた。

 レオンハルトも口元を緩める。

「それならよい」

 アレクの頬が熱くなった。

 だが、今度は顔を伏せずに頷いた。

 ◇ ◇ ◇

 アルヴェイン大公家の屋敷で、エリーゼは手紙を読み終えても、そのまま机に向かっていた。

 前線にいる叔父から届いたものだった。

 忙しい中で書いたのだろう。長い手紙ではない。それでも、必要な言葉はすべてあった。

 アレクとの結婚を認めること。

 レオンハルトへも、その意向を伝えること。

 そして、自分の気持ちを偽らずに返事をしたことを、謝る必要はないという言葉。

 エリーゼは最初の行へ目を戻した。

 読む前には、どのような返事であっても、きちんと受け止めようと思っていた。もし反対されていたなら、改めて気持ちを伝えるつもりだった。

 けれど、手紙を開く指は震えていた。

 今も、紙を持つ手に少し力が入っている。

 机のそばへ、大公妃が近づいた。

「叔父様からのお返事ですか」

「はい」

「何と書いてありましたか」

 エリーゼは顔を上げた。

「祝福してくださると……」

 そこで声が震えた。

 笑おうとしたのに、目の奥が熱くなる。

 大公妃は穏やかに微笑んだ。

「よかったですね」

「はい」

 エリーゼは頷いた。

 頬へ落ちる前に涙を拭おうとして、手紙を置く。大公妃が差し出した布を受け取り、目元へそっと当てた。

「ありがとうございます」

「私にまで、改まらなくてよいのですよ」

「でも、お話を聞いていただいて……」

「聞いただけです。気持ちを伝えたのは、あなたでしょう」

 エリーゼは手紙へ視線を戻した。

 叔父はアレクの働きを知っている。それでも、自分の望みを認めてくれるかどうかは、返事を読むまで分からなかった。

 ようやく、安心して喜べる気がした。

「叔父様へ、お礼を書きます」

「ええ。きっと、お喜びになります」

「アレク様にも」

 口にしてから、少し恥ずかしくなった。

 大公妃はそれを見て笑ったが、からかいはしなかった。

「二通とも、書けたら預けなさい。出せるようにしておきます」

「はい」

 一人になると、エリーゼは新しい紙を取り出した。

 まず、叔父へ礼を書いた。許しを得られたことが、どれほど嬉しかったか。遠くにいても、自分を気に掛けてくれていることへの感謝を、一つずつ言葉にする。

 書き終えた後、アレクへ宛てた紙を広げた。

 何から伝えようかと考えたが、迷うほどのことではなかった。

 叔父から返事が届いた。

 自分たちの結婚を認め、祝福してくれると書いてあった。

 そこまで記すと、自然に次の言葉が浮かんだ。

 早く、アレクにも知らせたかった。

 本人が隣にいれば、そのまま伝えられるのに。

 エリーゼは筆を止め、窓の外を見た。

 アレクから結婚を申し込まれた庭が見える。

 あの日、嬉しさの中に残っていた心配が、今はなくなっていた。

 次に会えた時には、二人でこの手紙のことを話せる。

 そう思いながら、エリーゼは続きを書き始めた。

 ◇ ◇ ◇

 王都から領地へ戻って数日が過ぎた頃、アレクのもとへエリーゼの手紙が届いた。

 オスカーから受け取った時には、まだ仕事の途中だった。

 目の前には、確認を終えていない書付が残っている。

 アレクは封の筆跡を見てから、手紙を机の脇へ置いた。

「こちらを先に済ませます」

「承知いたしました」

 オスカーは表情を変えなかった。

 けれど、アレクが同じ行へ二度目を落としたところで、静かに口を開いた。

「お急ぎの知らせかもしれません。先にお確かめになってはいかがでしょう」

「……そうですね」

 アレクは手紙を取った。

 オスカーが退室した後、封を開く。

 最初に目へ入ったのは、アルベルトから返事が届いたという知らせだった。

 内容は、すでにマティアスとレオンハルトから聞いている。

 それでも、エリーゼの言葉で読むと、胸が温かくなった。

 叔父が祝福してくれたこと。

 手紙を読むまで、やはり少し怖かったこと。

 許してもらえたと分かり、早くアレクにも知らせたくなったこと。

 丁寧な文字を追ううちに、庭で聞いた声がよみがえった。

 アレクもまた、早く彼女へ知らせたいと思っていた。

 同じ返事を待ち、同じ知らせに喜んでいたのだ。

 読み終えると、アレクは手紙を折り直さず、机へ置いた。

 返事を書くための紙を取り出す。

 自分も、アルベルトの意向を聞いたこと。レオンハルトが祝福してくれたこと。正式な婚約に向けた協議は、マティアスが中心となって進めてくれること。

 そこまで書いた後、筆を止めた。

 これでは、ただの報告になってしまう。

 アレクは少し考え、続きを記した。

 知らせを聞いた時には、安心して、すぐには言葉が出なかった。

 エリーゼも喜んでいると知り、ますます会いたくなった。

 書いたものを読み返すと、顔が熱くなった。

 部屋には誰もいない。

 それでも、アレクは小さく咳払いをした。

 消すことはせず、次へ進む。

 城には、庭に面した明るい部屋があること。

 もし気に入ってもらえるなら、そこを使ってもらいたいと考えていること。

 ただし、自分だけで決めず、希望を聞きたいということ。

 文章の終わりに、アレクは問いを添えた。

 こちらで暮らす部屋について、何か希望はありますか。

 大きなことでも、小さなことでも、教えてほしい。

 書き終えた手紙を、最初から読み返す。

 まだ式の日取りも決まっていない。正式な婚約の公表もこれからだ。

 それでも、彼女を迎える日のことを尋ねてもよいところまで、ようやく来た。

 アレクは手紙を丁寧に畳んだ。

 ◇ ◇ ◇

 その日の午後、アレクはオスカーとマルタを伴い、庭に面した部屋を訪れた。

 窓は閉じられていたが、室内には明るい光が差し込んでいる。

「エリーゼ様をお迎えする部屋として、ここを考えています」

 二人へ告げると、マルタが室内を見渡した。

「お休みになる部屋との行き来もしやすく、日中をお過ごしになるには、よろしいかと存じます」

「ただ、家具などは、まだ決めないでください。ご希望を伺う手紙を書きました」

「承知いたしました」

 オスカーが頷く。

「では、先に窓や扉など、直すべきところがないか確かめておきましょう」

「お願いします」

 マルタは窓辺へ歩き、窓に掛けられた布へ目を向けた。

「今あるものも、一度よく見ておきます。残せるものまで、すべて新しくする必要はございませんから」

「そうですね。立派に見せようとして、落ち着かない部屋にはしたくありません」

「エリーゼ様は、普段どのようにお過ごしになるのがお好きなのですか」

 尋ねられ、アレクは考えた。

 手紙にはいろいろなことが書かれていた。実際に会い、話したこともある。

 けれど、一日のどの時間に、どのような場所で過ごすのが好きなのか。毎日の暮らしについては、まだ知らないことが多かった。

「……それも、これから聞いていきたいと思います」

 知ったふりはしなかった。

 マルタは微笑んだ。

「では、お返事をいただいてから、ご相談いたしましょう」

「はい」

 オスカーが、部屋の隅に置かれた机へ目を向けた。

「ご希望に合わせて選べるよう、使える家具を調べておきます」

「お願いします」

 二人が退室すると、アレクは窓を開けた。

 庭から風が入り、頬を撫でる。

 以前ここへ来た時と、眺めはほとんど変わらない。机と椅子は以前のままで、棚にもまだ何も置かれていない。

 けれど、今度はエリーゼへ尋ねられる。

 この部屋を気に入るだろうか。机はどこへ置きたいだろう。窓から見える庭を、どう思うだろう。

 アレクはしばらく庭を眺めてから、窓辺を離れた。

 彼女の返事が届いたら、もう一度ここへ来よう。

 今度はその手紙を持って、部屋を見渡したかった。

第九話を読んでいただき、ありがとうございました。

同じ知らせを、それぞれの場所で喜ぶアレクとエリーゼ。二人の願いが、少しずつ具体的な暮らしへとつながり始めました。


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