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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

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第六話 王に願う縁

マティアスに胸の内を明かしたアレクは、王都へ向かいます。

今度は国王の前で、自分の願いを伝える番です。

 マティアスから呼び出しを受けたのは、帰還した兵の引き渡しと、負傷者の報告を済ませた後だった。

 アレクが部屋へ入ると、マティアスは開いていた書状から目を上げた。

「陛下から返事が来た」

 アレクは足を止めた。

「お会いしていただけるのですか」

「ああ。俺と一緒に王都へ来い」

「承知しました」

 返事をしてから、アレクは握っていた手を開いた。

 兵を率いて出陣する時とは違った。

 連れていく人数も、敵の位置も、考える必要はない。それなのに、王都へ向かうと聞いただけで、胸の奥が落ち着かなくなった。

 マティアスは書状を畳んだ。

「顔が硬いな」

「何をお尋ねになるかと考えておりました」

「聞かれたことに答えればよい」

「それは、そうなのですが」

「答えを全部用意してからでなければ会えんという相手ではない。分からんことまで、分かった顔で話すな」

 アレクは頷いた。

「はい」

「領地を空ける間のことは、家宰へ伝えておけ。今回は軍を動かすわけではない。必要な護衛だけでよい」

「オスカーに申し伝えます」

 マティアスは次の書類を取った。

 話は済んだということだった。

 アレクは頭を下げ、扉へ向かった。

 帰還してから、領地へ持ち帰る報告や、工房へ確かめることが幾つもあった。城に戻れば、オスカーから判断を求められることもある。

 それらを任せられる形にしてから、王都へ向かわねばならなかった。

 自分の願いのために出かけるのだから、なおさら留守を曖昧にはできない。

 アレクは廊下を歩きながら、伝えるべきことを頭の中でまとめた。

 ただ、何度考えを戻しても、最後にはレオンハルトの前で口にする言葉へ行き着いた。

 ◇ ◇ ◇

 旅の支度を整え、マティアスとともに王都へ入った時には、軍の凱旋を迎えるような人垣はなかった。

 街道を進んできた馬と護衛が門をくぐり、荷車や商人の列の間を抜けていく。

 アレクは馬上から、通りの店先を見た。

 布を広げて客へ見せる商人がいた。籠を抱えた女が、その隣を通り過ぎる。王都の人々は、こちらが何を話しに来たのかなど知らず、それぞれの用事を続けていた。

 その当たり前の光景に、少しだけ気が楽になった。

 翌日、王宮へ向かう前に、アレクは上着の襟を整えた。

「曲がっております」

 身支度を手伝っていた者に言われ、手を下ろす。

 直してもらったところを、自分で何度も触っていたらしい。

「すみません」

「こちらで整えますので、そのままで」

 アレクは顎を上げ、動かずに待った。

 剣帯を締め、手袋を取る。

 軍装ではない服で王に会うことにも、まだ慣れたとは言えなかった。

 部屋を出ると、待っていたマティアスが一度だけアレクを見た。

「支度はよいか」

「はい」

「では、行くぞ」

 それ以上、服について何も言われなかったことに、アレクは少し安心した。

 王宮では、侍従が二人を奥へ案内した。

 大勢の諸侯が並ぶ広間へは向かわなかった。廊下を曲がり、扉の前で足を止める。

「陛下がお待ちです」

 侍従が中へ取り次いだ。

 扉が開く。

 レオンハルトは、窓に近い卓のそばにいた。卓上には数通の書状があり、広げていた一通を閉じて顔を上げた。

「来たか」

 アレクはマティアスとともに進み出て、頭を下げた。

「お時間をいただき、ありがとうございます」

「座れ。そんなところに立っていては話が遠い」

 示された椅子へ向かい、アレクは腰を下ろした。

 マティアスが隣に座る。

 侍従が飲み物を置いて退出すると、部屋には三人だけが残った。

 レオンハルトは、まずアレクへ視線を向けた。

「アルヴェインの件は聞いている。よく道を取り戻したな」

「皆の働きがあってのことです。兵糧も、無事に届けることができました」

「ああ。アルベルトからも礼が来た。あの男が、ずいぶん丁寧に書いて寄越した」

 レオンハルトが卓上の書状へ目を向ける。

「兵糧が届いた後は、兵たちも落ち着いたとあります」

 マティアスが言った。

「街道の守備は、すべて向こうへ引き継いでおります」

「分かった。負傷した者の手当ては続けろ」

「手配しております」

 短いやり取りの後、レオンハルトは椅子へ座り直した。

「さて」

 アレクの背が伸びた。

 マティアスは口を開かなかった。

 前に言われた通り、自分の願いは、自分で話すことになっていた。

 アレクは一度息を吸った。

「陛下。私は、アルヴェイン大公家のエリーゼ様との結婚を望んでおります」

 言い終えても、目を伏せなかった。

 レオンハルトはアレクの顔を見て、それからマティアスへ一度だけ視線を移した。

「マティアスに言わせず、自分で話しに来たか」

「私からお願いするべきことですので」

「そうだな」

 口元に浮かんだ笑みは、からかうようなものではなかった。

 レオンハルトは、アレクへ向き直った。

「エリーゼには伝えたのか」

「まだです。まず、マティアス様と陛下にご相談したいと思いました」

「アルベルトにも、まだ話しておらんのだな」

「はい。結婚を望んでいるとは、申し上げておりません」

「では、今日ここで聞いたことを、向こうがすでに知っていると思わずに話を進めねばならんな」

 レオンハルトは頷いた。

 アレクは膝の上の手を緩めた。

 少なくとも、願いを口にすることはできた。

 だが、王の返事はまだだった。

「なぜ今、結婚を望むと話しに来た」

 レオンハルトが尋ねた。

 アレクは少し考えてから答えた。

「この先も、エリーゼ様と一緒にいたいという気持ちが変わらないからです」

 王は黙って聞いていた。

「お会いするたびに、次はいつ会えるかを考えてきました。ですが、これからもずっと、それだけでよいとは思えなくなりました」

「伯爵になり、城を持ったからか」

「それも、あります」

 アレクは否定しなかった。

「以前より、エリーゼ様をお迎えした後の暮らしを考えられるようになりました。ただ、伯爵になったから、この縁談が認められると思っているわけではありません」

 レオンハルトの指が、椅子の肘掛けから離れた。

「何が気になる」

「大公家との家柄の違いです。私が望んでも、それだけでは……」

 言いかけて、アレクは言葉を切った。

 できない理由から話し始めないと決めていた。

 だが、聞かれたことを隠すのも違う。

「私との縁談を、大公家の方々が受け入れてくださるか、不安はあります」

 正直に答えた。

 レオンハルトは、すぐには何も言わなかった。

 その沈黙の間、アレクは視線を動かさずに待った。

「家柄の違いはある」

 王が言った。

「だが、俺が伯爵にした男を、釣り合わぬという一言で片づけられては困るな」

 アレクは顔を上げた。

 レオンハルトは、冗談で言っているのではなかった。

「領地を治め、兵を率い、命じた役目を果たしている。アルヴェインへ向かった時もそうだ。助けたい者がいるからと、勝手に兵を連れ出したわけではない。俺の命を受けて行き、道を開き、兵を連れて戻った」

「はい」

「その働きに対して与えた地位だ。伯爵という名だけを借りているような顔をするな」

 アレクは、返す言葉を失った。

 領地も城も、まだ自分には大きすぎると感じることがある。

 城の者に頭を下げられることにも、伯爵として遇されることにも、完全には慣れていなかった。

 だが、レオンハルトは、その地位を与えた王だった。

 自分に何を任せられるかを見極めたうえで、伯爵に取り立ててくれたのだ。

「……ありがとうございます」

 アレクは頭を下げた。

「礼を言うより、覚えておけ」

「はい」

 レオンハルトは、卓に置かれた杯を取った。

「もちろん、それで大公家が何も言わず頷くとは限らん。向こうには向こうの考えがある」

「承知しております」

「それに、俺が認めれば、エリーゼの返事まで決まるわけではない」

 アレクは、はっきりと頷いた。

「御本人のお気持ちを、確かめたいと思っています」

「望まぬと言われたら」

 胸の奥が、わずかに縮んだ。

 マティアスにも伝えたことだった。

 それでも、王の前で答える時には、同じだけの覚悟が要った。

「受け止めます。陛下やマティアス様のお力をお借りして、無理に承諾していただくつもりはありません」

 レオンハルトは杯を置いた。

「ならばよい」

 声が、少し和らいだ。

「エリーゼが望まぬなら、この話は進めん。だが、二人が望むなら、俺は後押しする」

 アレクは息を止めた。

 聞き間違いではないかと、王の顔を見た。

 レオンハルトは、まっすぐにこちらを見ていた。

「陛下が、ですか」

「その相談に来たのではないのか」

「はい。ですが……」

「嫌なら、今の言葉は取り消すぞ」

「いえ。お願いいたします」

 思わず返事が早くなった。

 隣でマティアスが、小さく息を漏らした。

 笑われたのだと分かり、アレクの頬が熱くなる。

 レオンハルトも口元を緩めた。

「ようやく、何を望んでいるかが顔にも出たな」

 アレクは背を正したまま、もう一度頭を下げた。

「ありがとうございます」

 今度は、王も礼を止めなかった。

 ◇ ◇ ◇

「陛下」

 マティアスが口を開いた。

「この縁談がまとまれば、両国の関係にも影響します。大公家へ話を通す際には、その点も考えておく必要があるかと」

「同盟のことか」

「はい」

 アレクは二人へ視線を向けた。

 自分の結婚の話だったはずなのに、国と国の話へつながっていく。

 前にマティアスから言われていたことだったが、実際に王の前で話が始まると、その重さが違った。

「今回、援軍を出すまでにも、向こうからの知らせを受け、陛下の命令を待ち、国境で案内役と合流する必要がありました」

 マティアスが続けた。

「救援そのものは間に合いました。しかし、次も同じだけの時間があるとは限りません」

 レオンハルトは頷いた。

「アレク。現地で困ったことは何だ」

 突然話を向けられ、アレクは顔を上げた。

「現地ですか」

「道を開くまでだけではない。向かう途中も含めてだ」

 アレクは、出陣前に見た地図を思い出した。

「届いている知らせが、今の状況と同じとは限らないことです。敵がどこを押さえ、荷車がどこまで進めるかは、現地で確かめ直さなければなりませんでした」

「それをなくすことはできんな」

「はい。ただ、国境で知らせを受け取る相手や、使者が立ち寄る場所が決まっていれば、途中でも新しい報告を受けやすくなると思います」

 マティアスが頷いた。

「連絡先を、その都度探さずに済むようにするということだな」

「はい。敵が街道を押さえたと分かった時に、どこへ知らせればよいかを、向こうの守備隊も知っていれば助かります」

 レオンハルトはマティアスを見た。

「国境の異変と、敵軍の動きか」

「まずは、その知らせを早く共有できるようにすることです」

 マティアスは、持参した紙へ短く書き留めた。

「次に、援軍を求める時の手順です。誰の要請を正式なものとして受け、どこを通り、誰が兵糧と飼葉を用意するのか。大枠を決めておけば、出兵が決まった後の支度を早められます」

「求められれば、必ず兵を出すという約束ではないな」

「はい。兵を出すかどうかは、双方が判断する必要があります」

 レオンハルトは頷いた。

「そこは曖昧にするな。片方が始めた戦へ、何も聞かずにもう片方まで入ることになっては困る」

 アレクは、今回の任務を思い出した。

 命じられたのは、補給街道を取り戻すことだった。

 アルヴェインの兵がその先の城へ向かうからといって、自分たちも一緒に進んでよいわけではなかった。

「援軍が何をするために来たのかも、先に伝わっていた方がよいと思います」

 アレクが言った。

「今回も、補給路の確保と引き継ぎについて、向こうの指揮官と確かめました。帰還する時にも、その役目を終えたと分かっていただけましたので」

「援軍が来たのだから、どこまでも使えると思われては困るということだな」

「はい」

 マティアスが書き加える。

 アレクは、その筆先を見た。

 戦場で困ったことが、次の取り決めを考える材料になっている。

 王と宰相が話しているからといって、自分に何も言えることがないわけではなかった。

「商人の通行も、併せて話せるでしょう」

 マティアスが言った。

「兵糧を送る道は、普段は商人が使う道です。荷を通すたびに話をつけ直さねばならん場所があれば、軍のためにも交易のためにも改める余地があります」

「双方の領主が取っているものまで、何もかも取り上げる話にはするなよ」

「承知しております。まずは現状を確かめます。商人に同じ説明を何度もさせることや、理由もなく荷を留めることを減らすだけでも、違いは出ます」

 レオンハルトは椅子へ背を預けた。

「知らせを早くし、援軍を出す時の手順を整え、荷を通しやすくする。話の柱としてはよい」

 マティアスは頷いた。

「細目は、向こうの意向を聞いてから詰めます」

「武器の扱いは別に考えろ。縁談があるからといって、何でも渡す話にはせん」

「そのように進めます」

 アレクは二人の話を聞きながら、少しずつ表情を硬くしていた。

 同盟が強くなることは、よいことだと思う。

 今回のように兵糧が届かなくなり、兵が追い詰められる事態を減らせるのであれば、なおさらだった。

 だが、エリーゼへ気持ちを伝える前から、あまりに多くのことが決まり始めているようにも感じた。

 レオンハルトが、アレクへ目を向けた。

「何か言いたそうだな」

「申し訳ありません」

「謝る前に言え」

 アレクはマティアスを見た。

 マティアスも、続きを待っていた。

「同盟の話が進んだ後では、エリーゼ様が断りにくくならないでしょうか」

 言い終えてから、喉が渇いた。

 王が後押しすると言ってくれたばかりだった。その場で、進め方に不安を口にしている。

 それでも、ここで聞かなければならないと思った。

「私との結婚を断れば、両国の関係に悪いことがあると、思わせたくはありません」

 レオンハルトは、しばらくアレクを見ていた。

 やがて、短く頷いた。

「それでよい」

 アレクが目を瞬かせる。

「その心配は、忘れるな」

 王はマティアスへ顔を向けた。

「条約と縁談を、引き換えにはしない。今の話は、同盟国として整えるべきことだ。二人の縁が結ばれるなら、その時に両国の結びつきも示せるよう考える」

「はい。まずは、それぞれの意思を確かめます」

 マティアスが答えた。

 レオンハルトは、アレクへ視線を戻した。

「エリーゼを嫁がせねば交易を止めるなどと言い出したら、縁談ではなく脅しだ」

「はい」

「俺が支持するというのは、二人が望む縁を、国の側から支えるということだ。結婚しろと命じるためではない」

 アレクは、ようやく肩の力を抜いた。

「ありがとうございます」

「ただし、二人の気持ちだけ分かれば、後は何もせずに済むということでもないぞ」

 レオンハルトは続けた。

「大公家が何を心配するかは、聞かねばならん。こちらも、領主としての役目を投げ出すわけにはいかん。双方が納得できる形に整えるのは、これからの話だ」

「承知しております」

 今度の返事は、最初より落ち着いていた。

 難しいことがなくなったわけではない。

 だが、その難しさを理由に、最初から願いを引っ込める必要はないと分かった。

 マティアスは、書き留めた紙を卓へ置いた。

「まずは、アレクからエリーゼ様へ気持ちを伝えさせてはいかがでしょう。大公家への申し入れは、お二人の意思を確かめてからがよいかと」

「そうだな」

 レオンハルトは頷き、アレクへ向き直った。

「エリーゼも望むなら、改めて俺に知らせろ。その時は、俺からアルベルトへ書状を送ろう」

「ありがとうございます」

 アレクは頭を下げた。

 大公家へ結婚を願い出る時には、王が力を貸してくれる。その約束は心強かった。

 だが、その前に、自分で伝えなければならない言葉がある。

 マティアスがアレクを見た。

「会いに行くにしても、先方の都合を確かめてからだ。領地を空ける支度もしておけ」

「はい。留守中のことは、オスカーと相談しておきます」

 アルベルトは、まだ前線にいる。エリーゼを訪ねるにも、大公家の受け入れを確かめ、日程を整える必要があった。

 すぐに出発できるわけではない。それでも、会えた時に何を伝えるかは、もう決まっていた。

「陛下」

 アレクは顔を上げた。

「何だ」

「エリーゼ様へ、手紙を書いてもよろしいでしょうか」

「俺に許しを求めねば、手紙も書けん仲だったか」

「いえ。そうではなく……今回のことを、どこまで書くべきかと思いまして」

 レオンハルトはマティアスを見た。

 マティアスが答える。

「陛下が支持してくださったと、先に知らせる必要はない。まずは、無事に戻ったことを伝えるとよい」

「はい」

「訪問の日取りが決まれば、その時に会って話したいと伝えられる。今から返事を急がせるような書き方はするな」

 アレクは頷いた。

 書きたいことは幾つもあった。

 アルベルトが無事だったことも、救援の役目を終えて戻ったことも伝えたい。

 だが、いちばん大切な言葉は、できるなら顔を見て伝えたかった。

「結婚のお願いは、お会いした時に、自分の口でお伝えします」

「そうしろ」

 レオンハルトが言った。

 王はアレクを見た。

「一つだけ、先に言っておく」

 アレクの背が、再び伸びた。

「俺の名を出せば、よい返事がもらえるとは思うな」

「もちろんです」

「ならばよい。エリーゼが聞きたいのは、俺が何と言ったかではなかろう」

 アレクは、ゆっくり頷いた。

 王が認めてくれた。

 マティアスが力を貸してくれる。

 そのことは、心強かった。

 だが、エリーゼへ伝える時にまで、その後ろへ隠れるわけにはいかなかった。

「私がどう思っているかを、お伝えします」

「ああ」

 レオンハルトは満足したように頷いた。

 マティアスが、同盟について書き留めた紙をまとめ、立ち上がる。

 アレクも立ち上がった。

 胸の中には、まだ落ち着かないものが残っていた。

 だが、部屋へ入った時の不安とは違っていた。

 大公家がどう答えるかは分からない。

 エリーゼが自分の言葉を聞いて、どのような表情を浮かべるのかも分からなかった。

 それでも、結婚を望んでよいのかと、一人で迷っていた時とは違う。今は、その願いを支えてくれる人がいた。

 レオンハルトへ頭を下げる。

「本日は、ありがとうございました」

「帰って、また襟をいじり続けるなよ」

 アレクは顔を上げた。

 王の視線が、上着の襟元へ向いていた。

 話をしている間にも、一度か二度、触ってしまっていたらしい。

「気づいておられたのですか」

「目の前に座っていればな」

 隣で、マティアスが笑った。

 アレクは襟へ伸ばしかけた手を止め、そのまま下ろした。

「次は、気をつけます」

「次に気をつける相手は、俺ではないぞ」

 レオンハルトの声が和らいだ。

「俺に言えたのだ。次は、本人に伝えてこい」

 アレクの頬が熱くなった。

 だが、今度は言葉に詰まらなかった。

「はい。自分の口で、お伝えします」

 レオンハルトは、ゆっくりと頷いた。

 アレクはマティアスとともに部屋を出た。

 廊下へ戻ると、先ほどまで待っていた侍従が頭を下げた。窓から差す光が、磨かれた床へ長く伸びている。

 アレクは顔を上げ、前を向いた。

 今度エリーゼに会えた時には、遠回しな言葉で済ませたくなかった。

 会いたかったという言葉の先を、伝えたい。

 アレクは王宮の廊下を、マティアスと並んで歩いていった。

第六話を読んでいただき、ありがとうございました。

伯爵として認められていても、恋の相談には緊張してしまうアレク。レオンハルトとマティアス、それぞれの立場からの支えも感じていただけたら嬉しいです。


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