↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

161/165

第三話 四百挺の代償

お読みいただき、ありがとうございます。

渡河点を巡り、両軍の戦いが続きます。

 中央の火槍隊が、また止まった。

 倒れた兵を避けようとした者が隣へ寄り、その肩に後ろの兵がぶつかる。前へ進めという声と、負傷者を下げろという声が重なっていた。

 コンラートは馬を進め、近くの歩兵隊長を呼んだ。

「中央へ寄れ。火槍隊を下げる」

「前へ出るよう命令が出ておりますが」

「このまま進ませても撃たれるだけだ。俺が話す。お前は歩兵を動かせ」

「承知しました」

 隊長が駆け出す。

 コンラートは伝令を呼び寄せた。

「火槍隊の前進を止めろ。歩兵の後ろまで下がれと伝えろ」

 伝令が頷き、馬の腹を蹴った。

 前方で、グランヴァルトの列が入れ替わっていた。

 下がる兵と前へ出る兵がぶつからない。撃ち終えた者は後方へ下がり、すでに準備を済ませた者が銃を構える。

 動きそのものは、聞いていた。

 火槍隊にも、それを取り入れようとした。

 だが、同じように列を動かせても、撃った弾が同じように当たるわけではなかった。

「盾を上げろ!」

 コンラートが叫んだ。

 中央へ寄ろうとしていた歩兵が盾を掲げる。

 直後、正面から轟音が響いた。

 盾を持っていた兵が仰向けに倒れ、その後ろの男が槍を落とした。

 列が止まる。

 コンラートは歯を食いしばった。

 火槍隊を助けるために出した兵まで、敵の射撃を受けていた。

 ◇ ◇ ◇

「中央へ歩兵が出てきます」

 ギルベルトが告げた。

 アレクにも見えていた。

 敵の火槍隊の両脇から、盾を持つ兵が寄ってくる。火槍兵を守りながら、その後ろへ退かせるつもりらしい。

 しかし、火槍隊の全員に命令が届いているわけではなかった。

 後ろを振り返る兵がいる一方で、前へ出ようとする者もいる。進路を塞がれた歩兵が、盾で仲間を押し戻していた。

 アレクは剣で敵の中央を示した。

「前へ出てくる歩兵を撃ちます。隊は分けません」

「承知しました」

 ギルベルトが指揮者たちへ伝える。

 鉄砲隊は、同じ正面へ向いたままだった。

 敵の火槍兵だけを追って銃口を動かすのではなく、その前へ立とうとする歩兵へ狙いを移す。

 銃を握る兵の後ろでは、負傷者が運ばれていた。

 腕に弾を受けた男は、歯を食いしばって歩いていた。別の兵は足に力が入らず、二人に肩を支えられている。

 敵が近づくにつれ、こちらの列にも弾が飛び込み、負傷者が出ていた。

 それでも、列の間から勝手に逃れる者はいなかった。

「装填を終えた者から、指揮者へ知らせろ!」

 ギルベルトが声を張った。

 後方で銃を扱う音が続く。

 アレクは前を見た。

 敵の歩兵が中央へ寄り、火槍隊との間を塞ごうとしている。

 その右側、グランヴァルト軍から見て左手では、隣の隊との間が広がり始めていた。

 アレクは近くの伝令を呼んだ。

「ヴィクトル様へ。敵の中央は、まだ立て直せていません。左手に隙間ができています」

 伝令が駆け出した。

「構え!」

 列の前に赤い布が上がる。

 敵の盾が並ぶ前に、銃口が揃った。

「撃て!」

 煙が前へ噴き出した。

 中央へ寄ろうとしていた歩兵の足が止まる。

 盾の後ろへ下がりかけた火槍兵が、その場に取り残された。

 ◇ ◇ ◇

「下がれ!」

 火槍隊へ来た伝令が叫んだ。

「騎士団長の命令だ! 歩兵の後ろへ下がれ!」

 隊長は剣を握ったまま振り返った。

 すぐ後ろにいたはずの兵がいない。

 何人かは倒れ、何人かは負傷者へ手を貸していた。火槍を持つ手を震わせながら、次に何をすればよいのか分からず立っている者もいた。

「列を保て!」

 隊長は叫んだ。

「歩兵の後ろへ退く! 走るな!」

 近くの兵には聞こえた。

 男たちが火槍を抱え直し、後ろへ足を向ける。

 だが、少し離れたところでは、まだ前へ出ろと叫んでいる者がいた。

 銃声のたびに、命令が途切れる。

 後ろへ動き出した兵を見て、隣の隊の兵が顔を上げた。

「退くのか」

「歩兵の後ろだ!」

 隊長が答えた時、すぐそばの男が倒れた。

 落ちた火槍が、隊長の足へ当たる。

 拾おうとした兵が膝をついた。

 そのすぐ脇で、別の男が自分の火槍を投げ出した。

 筒が地面へ落ち、乾いた音を立てた。

「捨てるな!」

 隊長は男を追おうとした。

 だが、左脚に強い衝撃を受け、地面へ崩れた。

 何が起きたのか分からないまま、剣を突いて立とうとする。

 脚が動かなかった。

「隊長!」

 兵が一人、戻ってきた。

 その肩へ手を掛けた時には、周囲の者も走り始めていた。

 火槍を持っている者もいた。

 両手を空けて逃げる者もいた。

 教えられた間隔も、隣の兵に合わせた歩調も、もう残っていなかった。

 ◇ ◇ ◇

 ヴィクトルは、中央の敵が後ろへ動くのを見た。

 整然と退いているのではない。

 後方の歩兵へぶつかり、行き場を探して左右へ流れている。

 アレクから来た伝令が、左手の隙間を伝えた。

 ヴィクトルは頷いた。

「エイドリアンへ。騎兵二百で、左手の敵の脇を突け。鉄砲隊の正面は横切るな」

 伝令が走る。

 ヴィクトルは歩兵隊長たちへ向き直った。

「前へ出る。鉄砲隊の射撃が止まるまでは、中央へ入るな」

 隊長たちが剣を上げた。

 鉄砲隊の両脇で、歩兵が進み始める。

 馬を預かった二十人を除く千三百八十人が、隊ごとに列を保ちながら前へ出た。

 ヴィクトルは別の伝令を呼んだ。

「アレクへ、歩兵が前進すると伝えろ」

 その向こうで、エイドリアンの旗が動いた。

 騎兵二百が後方から左へ回り、草地を進んでいく。

 初めから全速力ではなかった。

 隊が広がる場所を確かめ、前との間を保ちながら敵の側面へ向かう。

 中央へ歩兵を寄せたベルン軍の一隊が、その動きに気づいた。

 槍を左へ向けようとする。

 だが、正面からはグランヴァルトの歩兵が迫っていた。

 敵の隊長が叫び、兵を二つの方向へ向けようとした。

 その間にも、騎兵は近づいていた。

 ◇ ◇ ◇

「歩兵が出ます!」

 伝令の声に、アレクは左手を見た。

 ヴィクトルの兵が進んでいる。

 そのさらに外側では、エイドリアンの騎兵が速度を上げ始めていた。

 アレクは剣を下ろした。

「射撃を止めます!」

 ギルベルトが即座に命令を繰り返した。

「射撃中止! 火縄上げ!」

 各班の指揮者が声を張る。

 銃を構えかけていた兵が手を止めた。

 赤い布は上げられたまま動かなかった。

 アレクは列に沿って歩いた。

「味方が前へ出ます。合図があるまで撃たないでください」

 敵が退いている。

 今撃てば、さらに倒せるかもしれない。

 だが、その射線へ味方が入り始めていた。

 ギルベルトは、構えたままの兵がいないことを確かめると、アレクへ頷いた。

 次の瞬間、正面の歩兵が声を上げた。

 盾と槍の列が進む。

 その向こうで、逃れようとする火槍兵を押し戻していた敵歩兵が、今度は自分たちへ向けられた槍に対処しなければならなくなった。

 アレクは剣を握り締めた。

 鉄砲隊が崩した正面へ、味方が入っていく。

 その左手から、蹄の音が響いた。

 ◇ ◇ ◇

「前へ!」

 エイドリアンが剣を振った。

 二百騎が速度を上げる。

 敵の槍は揃い切っていなかった。

 正面の歩兵へ向けたままの者と、騎兵へ向き直った者が入り交じっている。

 エイドリアンは、槍の並んだところへ真っすぐ馬をぶつけなかった。

 隣の隊との間にできた隙間へ進み、横を向けた兵へ迫った。

 ベルン兵が後ろへ下がる。

 その背へ、別の兵がぶつかった。

 馬が近づく音に、さらに後ろの者が振り返る。

「盾を上げろ!」

 敵の隊長が叫んだ。

 その声を掻き消すように、グランヴァルト兵の鬨の声が上がった。

 槍の列が折れた。

 エイドリアンの後ろから騎兵が続き、敵の一隊が押し崩される。

 倒れた者を避けようとして、隊の内側へ走り込む兵がいた。

 そこには、退いてきた火槍兵がいた。

 別々に乱れていた二つの隊がぶつかり、逃れる場所を奪い合った。

 エイドリアンは剣を振り下ろし、前方の兵を退かせた。

 横で味方の馬が嘶く。

 騎兵の一人が鞍から落ち、後続の兵が馬を避けた。

「間を詰めすぎるな!」

 エイドリアンは叫んだ。

 崩れた敵を追ううちに、自分たちまで固まっては動けなくなる。

 彼は中央へ深く入り込まず、敵の隊を浅瀬へ続く街道から引き離すように進んだ。

 ◇ ◇ ◇

 ベルン軍の騎兵が動き始めたのは、その時だった。

 グランヴァルト軍から見て右手の後方にいた約二百騎が、崩れた中央を助けようと前へ出る。

 カスパルは、その旗を見た。

「来るぞ」

 自分のもとに残っている騎兵は九十四。

 正面からぶつける数ではなかった。

 カスパルは近くの伝令へ顔を向けた。

「ヴィクトルへ。敵の騎兵が右から出た。こちらは歩兵の外側を守る」

 伝令が馬を走らせる。

 カスパルは自分の兵を前へ進めた。

 敵へ突撃するのではなく、味方歩兵の右後方へ寄せる。

 敵騎兵の接近に気づいた歩兵隊長が、槍を外側へ向けさせた。

 カスパルは、その列との間を空けすぎないように馬を止めた。

「勝手に前へ出るな。槍のそばを離れるな」

 兵たちが手綱を引く。

 ベルンの騎兵は、すぐには飛び込んでこなかった。

 こちらを退かせても、その先には槍兵がいる。

 回り込もうとすれば、カスパルの隊が動く。

 敵の指揮官が後ろを振り返った。

 中央では、すでに味方の旗が下がり始めていた。

 コンラートから来た伝令が、騎兵のもとへ駆け寄る。

 指揮官は短く頷き、剣を後方へ向けた。

 騎兵の進路が変わった。

 崩れた中央へ突っ込むのではなく、川沿いへ退く兵を守る位置へ戻っていく。

 カスパルは追わなかった。

 敵が何を守ろうとしているのかを確かめ、もう一人の伝令を呼んだ。

「敵は川沿いへ退く。浅瀬を渡る動きではない。そう伝えろ」

 ◇ ◇ ◇

 ベルン伯爵は、火槍を捨てて走る兵を見た。

 一人ではなかった。

 負傷した仲間へ肩を貸すために手放す者もいたが、武器の重さに耐えられず投げ出す者もいた。

 地面へ落ちた筒が、逃げる兵の足に踏まれる。

 伯爵は、思わず前へ出た。

「拾わせろ」

 近くの従者が顔を向けた。

「火槍だ。置いていくな」

 従者は戦場へ目を向けたが、動けなかった。

 あの場所には、グランヴァルトの歩兵が迫っている。

 左手ではグランヴァルトの騎兵が歩兵の列を崩し、火槍隊の兵はもはや一つの隊として動いていなかった。

「拾わせろ!」

 伯爵は声を荒らげた。

「あれを揃えるのに、いくら払ったと思っている!」

 グランヴァルトの勝利が伝わるたび、商人は火槍の値を上げた。

 シュヴァルツ伯軍を破った。

 東部の諸侯を平定した。

 ロスヴァール王国を滅ぼした。

 その軍には、数を揃えて撃つ火槍の隊がいるという。

 周辺の国々が同じ武器を求めた。

 王も諸侯も、手に入るうちに買い集めようとした。

 グランヴァルトが使っている物の仕組みまでは、商人も語らなかった。ただ、火槍を揃えた軍が勝っていると繰り返した。

 やがて火槍一挺の値段は、兵百人を一か月養う兵糧代に匹敵するとまで言われるようになった。

 伯爵は、それでも買った。

 今買わなければ、さらに高くなる。

 敵だけが持っている武器を、自分も揃えなければならない。

 そう考えたのは、自分だけではなかったはずだ。

 四百挺を集めた。

 兵をつけ、弾薬を用意し、訓練を続けさせた。

 その四百挺が、目の前で捨てられていた。

「伯爵様」

 コンラートが馬を寄せた。

「退きます」

「火槍を回収しろ」

「今戻せば、拾いに行った兵まで失います」

「置いていけと言うのか」

 コンラートは、わずかに黙った。

 その間にも、逃れてきた兵が二人の脇を通り過ぎていく。

 片腕を押さえた男は、火槍を持っていなかった。

「はい」

 コンラートは答えた。

「兵を帰すためです」

 伯爵の頬が強張った。

 叱りつければ、コンラートは戻るかもしれない。

 命じれば、兵を連れて火槍を拾いに向かうかもしれない。

 だが、それで取り戻せるとは、伯爵にも思えなかった。

 前方で、また旗が倒れた。

 今度は拾い上げる者がいなかった。

「……どちらへ退く」

「川沿いの道です。騎兵を回しました」

 伯爵は浅瀬へ目を向けた。

 川を渡れば、街道はアルヴェイン軍に奪われた城へ続いている。崩れた兵をそこへ押し出せば、さらに行き場を失う。

 宿場側の岸を進み、ベルン領の奥へ通じる道へ入るしかなかった。

「閣下の馬を」

 コンラートが従者へ命じた。

 引かれてきた馬の手綱を、伯爵が掴む。

 鞍へ上がる前に、もう一度だけ戦場を振り返った。

 火槍は、まだそこにあった。

 手を伸ばして取り返せる距離ではなかった。

 ◇ ◇ ◇

「川へ入るな! 道を進め!」

 コンラートは、浅瀬へ向かおうとした兵を呼び戻した。

 川沿いの道へ剣を向ける。

 グランヴァルト軍から見て右手へ伸びるその道は、岸を離れた先でベルン領の奥へ続いていた。

 騎兵が道の外側へ並ぶ。

 まだ槍を持って動ける歩兵を、その内側へ集めた。

「負傷者を先へ出せ。歩ける者は肩を貸せ」

 コンラートは近くの兵を指した。

「お前たちは後ろを向け。追ってきた兵を近づけるな」

 指された男たちが顔を見合わせた。

 一人が、後方へ目を向ける。

 コンラートは馬を止めた。

「俺も残る」

 男がこちらを見た。

「伯爵様は先へ行かせた。次は、お前たちを帰す」

 兵が槍を握り直した。

 隣の者も、息を整えながら前を向く。

 追ってきたグランヴァルト兵が、槍の列を見て足を緩めた。

 その間に、負傷者が道を進んでいく。

 コンラートは彼らの姿を横目で確かめた。

 中央を立て直すことはできなかった。

 火槍隊も救えなかった。

 それでも、ここで指揮を諦めれば、退却できるはずの兵まで失う。

「少しずつ下がれ。隣を見ろ」

 兵が後ろへ一歩動く。

 コンラートも馬を下げた。

 敵の騎兵が近づいてきたが、こちらの槍へそのまま飛び込んではこなかった。

 グランヴァルト側から角笛が響く。

 追手の足が止まった。

 コンラートは、それを見ても槍を下げさせなかった。

 味方の最後尾が道へ入るまで、敵へ向き続けた。

 ◇ ◇ ◇

「追撃はここまでだ」

 ヴィクトルが命じた。

 エイドリアンは、川沿いへ退く敵を見ていた。

「まだ押せるぞ」

「敵は隊を作り直している。ここから先は、どこで道が狭くなるかも確かめていない」

 ヴィクトルは浅瀬を指した。

「俺たちの役目は、渡河点を取り戻して兵糧を届けることだ」

 エイドリアンはしばらく敵を見た後、剣を下ろした。

「分かった。兵を戻す」

 騎兵隊長たちへ命令が伝わる。

 追っていた兵が、少しずつ引き返してきた。

 アレクは鉄砲隊をまとめたまま前進し、歩兵が空けた場所へ入っていた。

 銃を持つ兵たちは、川沿いへ退く敵を見ている。

 敵騎兵が引き返してくれば、再び撃つ必要があった。

 ヴィクトルはアレクのもとへ来た。

「中央は崩れたな」

「はい。ただ、敵の騎兵と歩兵の一部は、まだまとまっています」

「見えている。しばらく備えていてくれ」

「承知しました」

 ヴィクトルが離れようとした時、アレクは浅瀬へ目を向けた。

「荷車の通る道を、先に見てもらえますか」

「カスパルに任せる」

 呼ばれたカスパルが馬を寄せた。

「向こう岸まで確かめる。敵が残っていれば知らせる」

「無理には進むな」

「ああ」

 カスパルは騎兵数人とアルヴェインの案内役を連れ、浅瀬へ向かった。

 水の中へ、馬の脚が入る。

 アレクは、その先を見た。

 敵の旗は、もう街道を塞いでいなかった。

 ◇ ◇ ◇

 戦場には、火槍が散らばっていた。

 銃を持ったまま見張りに立つ兵の前を、捕虜となったベルン兵が歩いていく。

 武器を持たぬ者は集められ、負傷者は別の場所へ運ばれていた。

 アレクは、脚に布を巻かれた男の前で足を止めた。

 火槍隊の先頭で剣を振っていた男だった。

 男はアレクを見上げ、その背後の鉄砲隊へ視線を移した。

「お前が、あの隊を」

「指揮しています」

 アレクは答えた。

 男は唇を噛んだ。

「兵は、教えた通りに動いた」

 誰へ聞かせるともつかない声だった。

「勝手に撃つなと言えば待った。並べと言えば並んだ。前へ出ろと言えば……」

 男は途中で言葉を切った。

 周囲には、その命令に従った兵が横たわっていた。

 アレクは黙っていた。

 ここで慰めても、男が失った者は戻らない。

 男はもう一度、鉄砲隊を見た。

「火槍ではないのか」

 アレクは答えなかった。

 代わりに、近くの兵へ声をかけた。

「この方の傷も見てください」

 兵が頷き、男のそばへ屈んだ。

 アレクはその場を離れた。

 少し先では、ギルベルトが兵から報告を受けていた。

 持ち主のいない銃が、布の上へ置かれている。

「こちらの損害は」

 アレクが尋ねると、ギルベルトは顔を上げた。

「鉄砲隊は二人が亡くなりました。負傷して戦列を離れた者が十一人です」

 アレクは、置かれた銃を見た。

 宿場の戦いで負傷した二人とは別だった。

 今日ここへ出てきた五百九十八人のうち、すぐに戦える者は五百八十五人になっていた。

「名は」

 ギルベルトが書付を差し出した。

 アレクは受け取り、一人ずつ目を通した。

 読み終えると、書付を丁寧に畳んだ。

「負傷者は宿場へ運びます。護衛をつけてください」

「承知しました」

「弾薬の残りも確かめて、補充を。見張りは交代させます」

 ギルベルトが頷く。

 兵たちは銃を持ち直し、それぞれの持ち場へ戻っていった。

 ◇ ◇ ◇

 日が傾く頃、ヴィクトルのもとへ各隊の報告が集まった。

 今回の戦いで、グランヴァルト軍の戦死者は二十一人。

 負傷して戦列を離れた者は六十八人だった。

 鉄砲隊の二人と十一人に加え、歩兵は十七人が戦死し、四十九人が負傷。騎兵は二人が戦死し、八人が負傷していた。

 出撃した二千二百九十二人のうち、戦闘を続けられる兵は二千二百三人となった。

 宿場に残した百人は、この数には含めない。

 ヴィクトルは報告を聞き終えると、負傷者を運ぶ兵を増やすよう命じた。

 敵の確認も進んでいた。

 ベルン軍の火槍兵は、戦場で確認できた死者が八十人。捕虜となった者は、負傷者を含めて百四十人だった。

 回収された火槍は三百挺に上った。

 その中には、木台が割れた物や、踏まれて傷んだ物もある。すべてがそのまま使えるわけではなかった。

 だが、使えるかどうかにかかわらず、ベルン軍の手から失われた物だった。

 兵が火槍を並べているところへ、エイドリアンが来た。

「よく、これだけ集めたものだ」

 一本を見下ろしながら言う。

 アレクは頷いた。

 集めるだけではない。

 持たせる兵を選び、命令を教え、隊として動かすまでに時間がかかる。

 自分たちも、それを続けてきた。

 ギルベルトが近づいてきた。

「回収した物は、銃と分けて置かせています」

「お願いします。勝手に触らせないでください」

 アレクは答えた。

 その時、浅瀬の方から騎兵が戻ってきた。

 カスパルだった。

「向こう岸に、まとまった敵はいない。街道も、荷車を通せる」

 ヴィクトルが顔を上げる。

「川の中は」

「案内役と歩兵に見てもらった。車輪を通す場所も分かる。岸へ上がるところは、少し直せばよい」

「よし。ロベルトへ使者を出せ」

 ヴィクトルは、その場にいた騎兵を呼んだ。

「渡河点を確保した。荷車を進めるよう伝えろ。負傷者を運ぶ車とは、道を譲り合うようにな」

 騎兵が頷き、宿場へ向かって走り出した。

 ◇ ◇ ◇

 ベルン伯爵のもとへ戻った火槍兵は、その日の点呼では九十人しかいなかった。

 負傷して座り込んでいる者もいる。

 仲間から預かった物なのか、二挺の火槍を抱えて戻った兵もいた。

 持ち帰れた火槍を集めても、百挺ほどだった。

 伯爵は、並べられた筒を見ていた。

「まだ戻る者はおります」

 報告した騎士が言った。

 伯爵は答えなかった。

 四百人いた隊が、九十人。

 四百挺あった火槍が、百挺。

 死んだのか、捕らえられたのか、逃げたのか。戻らぬ兵のすべてを、ここで確かめることはできなかった。

 戦死した八十人、捕らえられた百四十人とは別に、隊を離れて逃れた九十人も、その日の点呼には戻らなかった。

 伯爵の前に残ったのは、もう一度並べれば同じように戦える隊ではなかった。

「買い直せばよいとは言うな」

 伯爵は低く告げた。

 騎士が口を閉じる。

 二つの城を失った。

 その周辺から入るはずの収入も、今は当てにできない。

 火槍を買う金は、すでに払っていた。兵に食わせ、訓練させ、弾薬を揃えるためにも使った。

 失った三百挺をもう一度揃えれば済む話ではなかった。

 それを持つ兵を集め、逃げずに列へ立たせるところから、やり直さなければならない。

 その間も、敵は待たない。

 コンラートが戻ってきた。

「追撃は止まりました。見張りは置いてあります」

「渡河点は」

「グランヴァルト軍が押さえています」

 伯爵は目を閉じた。

 アルヴェイン軍を飢えさせるために塞いだ道が開く。

 城へ兵糧が届けば、敵はまた動けるようになる。

 その軍を止めるために揃えた四百挺のうち、手元に残ったのは百挺ほどだった。

 伯爵は並んだ火槍の前へ腰を下ろした。

 何も言わずに、筒の一本へ手を置いた。

 冷えた鉄の感触が、掌へ伝わった。

 ◇ ◇ ◇

 宿場で知らせを受けたロベルトは、すぐに荷車の持ち主たちを集めた。

「道が開いた。先頭から出すぞ」

 御者たちが顔を上げる。

 一人が、宿の方を振り返った。

「本当に、前線へ行けるのでしょうか」

「渡河点までは味方が押さえた。そこから先も、兵をつけて進ませる」

 ロベルトは荷車を指した。

「積み荷を確かめろ。出てから戻るなよ」

 男たちが動き始めた。

 車輪を直していた者が工具を片づけ、手綱を持つ者が馬を引き出す。

 宿場を守る百人は全員を出さず、残る荷と負傷者の警護を続けた。

 ロベルトはその中から荷車の護衛に出す兵を選び、宿場に残る兵の隊長へ警備の持ち場を確認させた。

 十六台の荷車が、順に街道へ入る。

 二日前には、敵から逃れるために運び出そうとしていた荷だった。

 運び出せなければ、火をつけるはずだった。

 今は、前線へ向かって車輪が回っていた。

 ◇ ◇ ◇

 渡河点では、歩兵が岸の道を直していた。

 削れた場所へ土を入れ、荷車が傾かぬように均していく。

 アレクはギルベルトと見張りの交代を確かめた後、浅瀬の入口へ向かった。

 宿場の方から、荷車の列が近づいていた。

 先頭にはロベルトがいる。

「待たせたな」

 馬を止めるなり、ロベルトが言った。

「早かったですね」

「道が開いたらすぐ出せるよう、支度は済ませてあったからな」

 アレクは笑いかけ、すぐに先頭の荷車へ目を向けた。

 荷台には穀物の袋が積まれている。

 端の裂けた袋は、布を当てて縫い直されていた。

 宿場で見た荷だった。

 御者が馬を進ませる。

 浅瀬の脇に立った兵が、通る場所を手で示した。

 車輪が水へ入る。

 一度大きく揺れたが、荷車は止まらずに進んだ。

 アレクは、対岸へ向かうその姿を見送った。

 荷を守っただけでは届かなかった。

 敵を退かせただけでも、まだ足りなかった。

 ようやく、待っている者の方へ進み始めた。

 背後からヴィクトルが来た。

「アルベルト殿下へ使者を出す」

 アレクは振り返った。

「渡河点を取り戻し、兵糧を送ると伝える。アレクも、書き添えることはあるか」

 アレクは少し考えた。

 会って話したいことは、幾つもあった。

 だが、今伝えるべきことは長くなかった。

「私も救援軍に加わっていると、お伝えください」

「分かった」

 ヴィクトルが頷く。

 使者となる騎兵が、アルヴェインの案内役とともに浅瀬へ入った。

 荷車の通る場所を避け、二騎が先へ進んでいく。

 対岸へ上がると、前線の城へ続く街道を駆け始めた。

 アレクはその背を見送った。

 すぐそばで、次の荷車の車輪が水を跳ねた。

第三話を読んでいただき、ありがとうございました。

ようやく前線へ向かい始めた兵糧。アレクたちの救援が、この先の戦況にもつながっていきます。


少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や【★★★★★】での評価で応援していただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。