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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第八篇 乱世に結ぶ絆

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第一話 間に合うための百騎

お読みいただき、ありがとうございます。

今回から第八篇「乱世を駆ける五つの旗」が始まります。

 国境を越えて二日目の昼前、先行隊の前方から、一騎の馬が戻ってきた。

 カスパルが先へ出した斥候だった。

 エイドリアンは片手を上げ、列を止めた。アレクも馬を寄せる。

「宿場の方で戦っております」

 斥候は息を整える間もなく告げた。

「ベルンの旗を確認しました。歩兵を中心に、およそ三百。街道から宿場へ押し寄せています」

 同行していたアルヴェインの案内役が、顔色を変えた。

「荷車を退かせた宿場です」

「守る兵は」

 エイドリアンが尋ねる。

「私が宿場を出た時には、八十人ほどおりました。荷車の護衛と、後方から集めた兵です」

 アレクは街道の先へ目を向けた。

 緩やかな丘が続き、宿場そのものは見えない。

 だが、風に乗って、かすかに鐘の音が聞こえてきた。

「荷を奪いに来たか」

 エイドリアンが言った。

 前線へ運べなくなった兵糧が、宿場へ集まっている。

 ベルン軍にとっては、それを押さえるだけでも、アルヴェイン軍をさらに苦しめられる。

 案内役が馬を進めようとした。

 エイドリアンが止める。

「道を聞く。宿場の正面だけ見て入るわけにはいかん」

「はい」

 男は慌てて手綱を引いた。

「街道をこのまま進めば、宿場の裏手へ出ます。敵は、その反対側から来ているはずです」

「ほかに入れる道は」

「畑の脇を通る道がございます。林を回って、この先の分岐へ繋がっています」

 カスパルが顔を上げた。

「その道を確かめる」

 エイドリアンが頷く。

「二十騎を連れていけ。敵を見つけたら、まず知らせろ。勝手に戦い始めるな」

「分かっている」

 カスパルは騎兵へ声をかけ、案内役に示された方へ馬を向けた。

 エイドリアンは斥候を振り返った。

「宿場へ入れるか」

「裏手の道には、まだ敵がおりません」

「ならば、こちらの使者を案内しろ。グランヴァルトの援軍が来たと伝える。守備の指揮官からも、今の様子を聞いてこい」

 二騎が走り出した。

 アレクは後ろを振り返った。

 騎馬鉄砲隊の兵たちは、馬上で待っていた。

 百人をここまで連れてきた。

 銃だけを持って徒歩で進んでいたなら、まだ後続の軍と共に街道を歩いていたはずだった。

「アレク」

 エイドリアンが呼んだ。

「まず、荷車を逃がす道を守る。正面へ出るかは、カスパルの報告を聞いてからだ」

「はい」

 アレクは隊へ向き直った。

「すぐ動きます。前との間を空けすぎないでください」

 兵たちが手綱を握り直した。

 鐘は、まだ鳴っていた。

 ◇ ◇ ◇

 宿場は、街道沿いに建つ二軒の宿と、厩、荷を置く倉を中心に広がっていた。

 前線へ向かう道は、宿場の正面から川の渡河点へ続く。

 アレクたちが進んできた後方の街道は、宿場の裏手へ通じていた。

 その途中に、林を回ってくる細い道との分岐がある。

 宿場へ近づくにつれ、鐘の音に怒鳴り声が混じり始めた。

 アレクが畑越しに目を向けると、建物の間で槍が動いていた。

 荷車を横に置き、その隙間を盾で埋めたアルヴェイン兵が、正面から来る敵を防いでいる。

 ベルン兵は一度に押し寄せず、弓を射かけながら、守りの薄い場所を探していた。

 すでに荷車の一台が傾き、片輪が地面から浮いている。

 裏手では、荷を積んだままの馬車が動こうとしていた。

 先頭の荷車が止まり、後ろの荷車も動けなくなっていた。

 馬を引く者と、車輪を押す者が言い争っている。

 そこへ、宿場へ送った使者が戻ってきた。

「守備の指揮官は、これ以上持ちこたえるのは難しいと申しております。荷を捨てても、負傷者だけは運び出したいと」

「荷車は何台ある」

「十六台です。ほかに、宿場の者の荷もございます」

 エイドリアンは、敵が押している正面を見た。

 その時、林の方からカスパルが戻った。

「百ほど、回ってきている」

 馬を止めながら言う。

「正面に残っているのは二百ほどだ。別の百が林の道を通っている。この先の分岐へ出るつもりだろう」

 アレクは裏手の荷車を見た。

 敵に分岐を取られれば、逃げる荷車が正面からぶつかる。

 前にも後ろにも進めなくなる。

「どれくらいで来る」

「長くはかからん。歩兵だが、こちらへ向かっている」

 エイドリアンはすぐにアレクへ顔を向けた。

「分岐を押さえられるか」

「鉄砲隊を先に入れます」

「任せる。俺は正面の敵を引きつける」

 カスパルが林の方を指した。

「道の出口は狭いが、その先は畑だ。出てから広がられると面倒になる」

「分岐のこちら側で迎えます」

 アレクは答えた。

 エイドリアンがカスパルへ命じる。

「二十騎で、ほかの道を見張れ。さらに兵が回ってくるなら知らせろ」

「分かった」

 三人は、それぞれの隊へ戻った。

 アレクは声を上げた。

「騎馬鉄砲隊、私に続いてください!」

 林檎の花の旗が動いた。

 百騎が、宿場へ向かう道から離れる。

 荷車の列を避け、畑の縁を走った。

 土を蹴る音が重なり、肩に掛けた銃が揺れた。

 前方に、二本の道が交わる場所が見えてきた。

 まだ、ベルン兵はいなかった。

 ◇ ◇ ◇

「ここで下ります!」

 アレクは馬を止め、地面へ下りた。

 続いた兵たちも次々に下馬する。

 二十人を馬の世話と見張りに残し、八十人を銃を持って並ばせた。馬は射撃する列の後ろへ下げ、後方へ退く道を空けておく。

 アレク自身も手綱を預け、兵の列へ戻った。

 林から来る道は、分岐の手前で少し曲がっている。

 その向こうから、足音が近づいていた。

 先に現れたのは、盾を持つベルン兵だった。

 二人、三人と道から出てくる。

 こちらの旗を見つけた男が足を止めた。

「敵だ!」

 後ろの兵がぶつかりかけた。

 その間から、兜を被った男が前へ出る。

「止まるな! 畑へ広がれ!」

 退路を塞ぐつもりで来たのだ。

 分岐へ出さえすれば、荷車の前へ立てると思っていたのだろう。

 男は剣で道の脇を示した。

 ベルン兵が盾を上げ、畑へ踏み出す。

 アレクは銃を構える兵の並びを確かめた。

 味方の荷車は背後にある。

 敵の向こうには林があり、射線を横切る者もいない。

「構え!」

 八十挺の銃口が上がった。

 ベルン兵の足が、わずかに鈍った。

 それでも指揮官は、前へ出ろと怒鳴っていた。

 アレクは剣を上げた。

「撃て!」

 轟音が分岐を埋めた。

 道から畑へ出かけた兵が倒れ、後ろの者が足を止める。

 盾を落とした男が膝をつき、隣の兵へ手を伸ばした。

 白い煙が列の前へ広がる。

 その向こうで、ベルンの指揮官が声を張った。

「林へ戻れ! 道に固まるな!」

 敵は、銃声が途切れたところへ飛び込んではこなかった。

 畑へ広がることを諦め、道脇の木々へ身を寄せる。

 こちらへ弓が向けられた。

「前を見てください!」

 アレクは列に沿って動いた。

 矢が地面へ刺さった。

 一人の兵が肩を押さえ、隣の者に支えられて後ろへ下がる。

 別の兵も、頬を切られて顔を背けた。

 アレクはそちらへ目を向けかけたが、すぐに林へ視線を戻した。

 敵の何人かが、木の陰からこちらの横へ回ろうとしていた。

 だが、後ろの兵は続かなかった。

 最初の射撃で道の出口が乱れ、指揮官の声が届いても、兵が揃って動けなくなっていた。

 銃を扱う音が、アレクの後ろで続く。

 準備を終えた兵から、再び前を向く。

 アレクは敵が隠れた林を見た。

 追って入る必要はない。

 ここを通さなければ、荷車の道は残る。

「持ち場を離れないでください。林へ追いません」

 兵たちへ伝える。

 ベルンの指揮官は、畑を横切る別の道へ目を向けていた。

 そこから、蹄の音が近づいてきた。

 ◇ ◇ ◇

 宿場の正面では、エイドリアンの騎兵百八十人が姿を現していた。

 街道へ一列に並ぶのではなく、宿場の脇の畑へ出る。

 正面の荷車を攻めていたベルン兵が、次々にそちらを向いた。

 槍を揃えようとする声が上がる。

 その分だけ、宿場へ向かう攻撃が鈍った。

「グランヴァルトの援軍だ!」

 守備兵の中から声がした。

 傾いた荷車の後ろで戦っていた男が、顔を上げる。

 エイドリアンは、守備兵が外へ飛び出そうとするのを見て叫んだ。

「持ち場を守れ! そこを空けるな!」

 馬を進める。

 騎兵が続いた。

 ベルン兵は、宿場と騎兵の両方へ槍を向けようとしていた。

 だが、どちらを正面にするのか決まらないうちに、分岐の方から銃声が響いた。

 荷車の退路へ回したはずの兵が、戻り始める。

 畑の向こうに見えたのは、勝って合流してくる列ではなかった。

 負傷者へ肩を貸す者。

 後ろを振り返りながら走る者。

 その姿を見て、正面のベルン兵の足も動いた。

「退け!」

 誰かが叫んだ。

 エイドリアンは、その動きに合わせて騎兵を進めた。

 宿場への攻撃を続ける兵と、退き始めた兵との間が開いた。

 そこへ騎兵が迫ると、残っていた者も盾を背へ回し、逃れ始めた。

 敵の全隊が崩れたわけではなかった。

 槍を揃えて騎兵を近づけまいとする一団もいた。

 エイドリアンは、そこへ無理に馬をぶつけなかった。

 宿場から敵を離し、荷車との間へ自分の兵を入れる。

 やがて、林の道を見張っていたカスパルの使者が来た。

「奥へ退く兵を確認しました。さらに追えば、林の中へ入ります」

 エイドリアンは手を上げた。

「ここまで!」

 騎兵が止まる。

 勢いのついた馬を落ち着かせながら、隊長たちが兵を呼び戻した。

 宿場の鐘が、ようやく止んだ。

 ◇ ◇ ◇

 アレクが宿場へ戻ると、荷車の間に負傷者が寝かされていた。

 鎧を外す者のそばで、湯を運ぶ者が走っている。

 宿の戸口から出てきた女が、布を抱えたまま立ち止まった。

 アレクの後ろの銃を見て、それから旗へ目を上げる。

「もう、逃げなくてよいのですか」

「今は、敵を退かせました。兵の指示に従ってください」

 女は何度も頷き、負傷者の方へ駆けていった。

 守備の指揮官が近づいてきた。

 兜を脱いだ額に、血が流れていた。

「救援、感謝いたします」

「傷を見てもらってください」

「後ほど。まず、こちらの状況を」

 男は宿場の裏手を指した。

 荷を積んだ十六台の車が、道の脇へ寄せられている。

 そのうち一台のそばに、火の入った鉢と松明が置かれていた。

「運び出せぬ荷は、焼くつもりでした」

 アレクは足を止めた。

「敵に渡せば、あちらの兵糧になります。ですが、これを失えば、城で待つ兵にも届けられません」

 男は声を落とした。

「まだ動かせる物まで焼くわけにはいかず……判断が遅れました」

 アレクは荷車を見た。

 積まれた袋の端が裂け、穀物が少しこぼれている。

 荷台の下では、若い兵が両手を震わせながら水を飲んでいた。

 煙の臭いを思い出した。

 ルーカスの町へ着いた時には、すでに家が焼けていた。

 ここには、まだ人がいる。

 荷も残っている。

 アレクは指揮官へ向き直った。

「後続の軍が来ます。荷を運ぶための支度もしています」

「街道を、取り戻していただけるのですか」

「そのために来ました」

 男は口を結び、深く頭を下げた。

 アレクは、置かれた松明から目を離した。

「火は、消してください」

 近くにいた兵が動いた。

 松明が水へ沈められ、小さく音を立てた。

 ◇ ◇ ◇

 戦いの後、宿場の倉の前で兵の数が確かめられた。

 グランヴァルト側は、騎兵一人が戦死し、七人が負傷していた。

 負傷者のうち二人は、アレクの鉄砲隊だった。

 肩に矢を受けた兵は、腕を動かせずにいた。頬を切られた兵は歩けたが、止血を受ける間、何度も痛みに顔をしかめた。

 すぐに戦える兵は、二百九十二人。

 エイドリアンは報告を聞くと、書記を務める兵へ記させた。

「負傷した者を、無理に馬へ乗せるな。後続へ引き渡すまで、ここで手当てを受けさせる」

 アルヴェイン側は、救援が来る前の戦いも含めて、八十人のうち六人が死亡し、十八人が負傷していた。

 守備の指揮官が名を読み上げるたび、そばの兵が返事をした。

 返事のない名もあった。

 アレクは、荷車の脇へ横たえられたグランヴァルト兵の前で足を止めた。

 顔には布が掛けられていた。

 そばにいた騎兵が、男の外套を畳んでいる。

「同じ隊の方ですか」

「はい」

 騎兵は手を止めた。

「あいつの馬だけは、戻ってきました」

 それだけ言って、外套へ目を落とした。

 アレクは頷いた。

 間に合った。

 だが、誰も死なずに済んだわけではなかった。

 宿場の入口では、エイドリアンが新たな見張りを置いていた。

 カスパルも戻り、敵が退いた道を報告している。

「渡河点の方へ戻った。少なくとも、今追い払った兵で全部ではないな」

「ここから先へは、まだ荷車を出さない」

 エイドリアンが決めた。

「ヴィクトルへ使者を出す。宿場を確保したことと、敵が渡河点へ退いたことを伝えろ」

 アレクは、ギルベルトへ渡す書状を受け取った。

 自分の隊の負傷者と、使った弾薬について書き添える。

 最後に、宿場までの道は通れると記した。

 使者が馬へ乗った。

 前線とは反対へ走り出す。

 アレクは、その背を見送った。

 ここまでは来られる。

 次は、この先だった。

 ◇ ◇ ◇

 同じ日の夕刻、ベルン伯爵領の渡河点近くに置かれた陣へ、宿場から退いた指揮官が戻ってきた。

 ベルン伯爵は、天幕の中で報告を聞いた。

「荷は」

「奪えておりません」

「焼いたか」

 指揮官は答えなかった。

 伯爵の指が、卓の上で止まった。

「兵を失い、荷も残して戻ったのか」

「グランヴァルトの援軍が現れました」

 指揮官が顔を上げる。

「騎兵と、火槍を持つ兵です。裏へ回した隊より先に、分岐を押さえられました」

「火槍を持つ兵が、先にいたと?」

「馬で来たと、退いてきた者が申しております」

 天幕にいた者たちが顔を見合わせた。

 伯爵は椅子へ背を預けた。

 グランヴァルトが動く可能性は考えていた。

 アルヴェインとの同盟を結び、ロスヴァールを滅ぼした国だ。こちらが街道を押さえれば、手を貸すこともあるだろう。

 だが、補給の荷を奪う前に現れたことは、都合が悪かった。

「数は」

「宿場へ来たのは、三百ほどです」

「それだけとは限らん」

 伯爵は立ち上がった。

「後ろを調べろ。騎兵なら、本隊より先に来たのだろう」

「承知しました」

 指揮官が下がる。

 伯爵は天幕を出た。

 陣の一角では、火槍を持つ兵が並んでいた。

 四百人。

 各地から買い集めた四百挺を持たせ、隊として動かすために時間をかけてきた。

 兵が勝手な時に撃つのではなく、命令を待ち、隣の者と歩調を揃える。

 遠くから伝わってくるグランヴァルト軍の戦い方を聞き、使えそうなところを取り入れさせた。

 そのために払った金は、火槍の代金だけではなかった。

 兵を集め、食わせ、訓練させる間にも、支払いは続いた。

「隊長を呼べ」

 伯爵が告げると、一人の男が駆け寄った。

「御用でしょうか」

「グランヴァルトの兵が来た」

 男の顔が引き締まった。

「火槍を持つ隊もいる。お前たちには、それを相手にしてもらう」

「承知しました」

 返事は迷いなく出た。

 伯爵は並んだ兵を見た。

 ロスヴァールを破った軍も、火槍を揃えたことで勝ったのだと聞いていた。

 ならば、こちらも揃えればよい。

 数を集めるだけでなく、兵を動かすところから教えた。

 そのための金と時間を、使ってきた。

 隊長が振り返り、号令をかける。

 四百人の列が動いた。

 揃って前へ進み、命令に従って止まる。

 伯爵は、その様子を黙って見ていた。

「渡河点は渡さん」

 低く告げた。

 街道を塞いでから、前線のアルヴェイン軍へ向かう補給は止まったままだった。

 宿場を守っても、この渡河点を越えなければ、兵糧は前線へ届かない。

 伯爵の前で、火槍の筒先が一斉に上がった。

第一話を読んでいただき、ありがとうございました。

新たな戦場へ向かうアレクたちを、今篇も見守っていただけましたら幸いです。


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