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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第七篇 乱世を越える黒獅子

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第二十六話 任せる力

お読みいただき、ありがとうございます。

新たな領地での支度が進む中、アレクはマティアスのもとを訪れます。

 マティアスの居城へ向かう朝、アレクのもとにロルフからの返事が届いた。

 すでに馬は庭へ出されていた。アレクは外套を羽織ったまま、執務室の卓で封を切った。

 最初に書かれていたのは、工場で進めている仕事だった。

 新たな火縄銃の製造。戦から戻った銃の点検と修繕。それぞれに必要な日数と費用が、分けて記されている。

 注文を増やすこと自体はできる。

 ただし、その分だけ早く仕上げられるとは書かれていなかった。

 アレクは、途中の一文で目を止めた。

 人を増やしても、任せられる仕事が増えるまでには時間がかかる。

 その下には、ロルフが手を止めて確かめなければならない仕事が、幾つも並んでいた。

「何か、問題がございましたか」

 書類を抱えたオスカーが尋ねた。

「ロルフ一人に、仕事が集まりすぎているようです」

 アレクは手紙を卓へ置いた。

「銃を作るだけではありません。直す物を調べ、新しい職人へ教え、仕上がった物を確かめる。それをしながら増産まで頼めば、どこかで手が足りなくなります」

「製造を待つ必要がございますか」

「増やす順番を、相談した方がよさそうです」

 アレクは手紙の続きを読んだ。

 部品の出来を揃えるために、道具から手を入れたいという。

 腕のよい職人が時間をかければ仕上がる仕事も、同じことを何十、何百と繰り返すなら、それだけでは追いつかない。

 最後には、少し大きな文字で書き添えられていた。

 先に人と道具を揃えたい。銃だけ増やせと言われても、俺の腕は二本しかない。

 アレクは小さく笑った。

「兵を増やす時と、同じですね」

 オスカーが顔を上げる。

「兵だけ先に集めても、教える者や兵舎が足りない。工場も同じです」

「では、そのお手紙もお持ちください」

 オスカーは、用意していた書類を分け、手紙を挟めるようにした。

 アレクは手紙を渡しかけ、もう一度、自分で読み返した。

 道具を作る。

 そのための人を、今の仕事とは別に用意する。

 以前から頭にあった構想が、ようやく、どこから始めればよいのかという形になりかけていた。

「紙を一枚、もらえますか」

 オスカーは何も尋ねず、卓へ紙を置いた。

 アレクは立ったまま、短く書きつけた。

 銃を増やすための仕事。

 次の銃を作るための仕事。

 二つを分けてから、筆を置く。

「お待たせしました。行きましょう」

 ◇ ◇ ◇

 マティアスの部屋には、アレクより先に四人が集まっていた。

 ヴィクトルとエイドリアンが窓際に立ち、ロベルトは卓に広げられた地図を見ている。椅子へ腰を下ろしていたカスパルが、アレクに気づいて顔を上げた。

「新しい城は、どうだ」

「まだ、使用人の方が私より城に詳しいです」

「それは当然だろう」

「自分の部屋へ戻るつもりで、違う廊下へ入ったことはあります」

 カスパルが笑った。

 ロベルトも地図から目を上げる。

「倉と金庫の場所は覚えたか」

「そちらは、先に案内してもらいました」

「なら、当面は困らんな」

「寝室も覚えた方がよいと思うが」

 ヴィクトルが言うと、エイドリアンが口元を緩めた。

 アレクは空いている席へ向かった。

 五人で同じ卓につくのは、久しぶりだった。

 戦場では顔を合わせていても、鎧を脱ぎ、武器を脇へ置いて話す時とは違う。

 マティアスが書類を揃え、五人を見渡した。

「それぞれ、加増された領地の引き継ぎは進んでいるな」

 順に返事があった。

 まだ確かめるべき境や収入はある。それでも、役人を置き、領民から訴えを聞き、新しい領地を治める仕事は動き始めていた。

「今日は、兵の増員について話す。アレクから相談が来ているが、ここにいる全員に関わることだ」

 マティアスは、アレクへ目を向けた。

「まず、考えていることを話せ」

「はい」

 アレクは持参した紙を広げた。

「私の直轄兵を、段階を踏んで千人規模まで増やしたいと考えています」

 カスパルが、わずかに眉を上げた。

「千人か。ずいぶん大きく出たな」

「全員を鉄砲隊にするわけではありません。騎馬鉄砲隊と徒歩の鉄砲隊に加え、守備や輸送を担う兵も必要です。大砲を扱う隊も設けたいと思っています」

「城をもらったと思ったら、次は大砲か」

 カスパルは背もたれから身体を起こした。

「こちらも、のんびりしていられんな」

「銃が増えれば、それで済むわけではありません」

 アレクは地図を自分たちの方へ寄せた。

 街道が川を渡る場所を指す。

「ここで荷車が止まれば、弾も食料も前へ届きません。橋を守る兵が要ります。敵が横へ回れば、それを防ぐ兵も必要です」

 指を、街道脇の森へ動かした。

「鉄砲隊を増やした分だけ、周りを守る役目まで鉄砲隊にさせれば、肝心の場所へ集められなくなります」

 ヴィクトルが頷いた。

「銃を持たせる者と、ほかの役目を担う者を、最初から分けて考えるわけだな」

「はい。私の兵だけで、何もかもできるようにするつもりはありません」

 アレクは四人を見た。

「皆さんの隊と一緒に動く時、何を任せられるかが分かっていた方が、私も鉄砲隊を動かしやすくなります」

 エイドリアンが地図へ手を伸ばした。

「では、こちらの騎兵を増やすにしても、数だけを揃える話ではないな。先を探るのか、敵を追うのかで、教えることも変わる」

「そういうことだ」

 マティアスが答えた。

「全員が同じ兵を揃える必要はない。ただし、自分の領地を守る兵まで、ほかの者を当てにするな。出陣できる兵と、残さねばならん兵は分けて報告しろ」

 ロベルトが、自分の紙へ書き込んだ。

「道と倉も、兵数とは別に出してよろしいでしょうか」

「出せ。兵だけ数えて、運べる荷が分からんのでは困る」

「承知しました」

 ロベルトの返事は早かった。

 アレクが横を見ると、すでに地図の街道沿いに幾つか印がつけられている。

 兵を増やす相談のはずだった。

 だが、卓の上には、兵以外の仕事も次々と並び始めていた。

 ◇ ◇ ◇

 オスカーが、アレクの隣へ書類を差し出した。

 領地から見込める収入と、最初の支度に使える金。それから、まだ確かめている途中の費用だった。

 マティアスは順に目を通した。

「一度に募るつもりではないのだな」

「はい。受け入れる場所と、教える者が揃った分からです」

「城の修繕は」

「急ぐ場所を先に直しています。軍備のために、必要な修繕を止めることはしません」

 マティアスは、オスカーへも目を向けた。

「毎年の維持費まで見られるか」

「現在、各村と町の記録を照らし合わせております。人数を増やす前に、その段階で養えるかを確かめます」

「なら、その順で進めろ」

 アレクは顔を上げた。

「千人規模を目指して、よろしいのですか」

「そのための領地を任されたのだろう。養える見込みがあり、必要な役目を果たせるなら、増やせばよい」

 マティアスは紙を戻した。

「ただし、集めた兵を使えるようにするまでが仕事だ。名簿の人数だけ増やしても、戦場では役に立たん」

「はい」

 アレクは受け取った紙を、両手で揃えた。

 城の兵舎で思い描いた千人が、ようやく、自分だけの願望ではなくなった。

 カスパルが横から覗く。

「これで、本当に千人を養う伯爵になるわけか」

「まだ、許可を頂いたところです」

「そうだな。明日から千人分の飯が出てきても困る」

「食べる者がいなければ、カスパルにお願いします」

「俺を何人分で数えている」

 ヴィクトルが吹き出し、アレクも笑った。

 マティアスは、そのやり取りが収まるのを待ってから口を開いた。

「次は、大砲だ」

 アレクは姿勢を正した。

「王家の鍛冶町へ、新たに製造を依頼できないかと考えています。代金と、隊を養う費用はこちらで負担するつもりです」

「陛下へは私から申し上げる。ただし、王家の注文もある。許しを得ても、すぐに必要な数が届くとは限らん」

「承知しています。まず、製造にかかる日数と費用を知りたいです」

「扱う者はどうする」

「経験のある者に、最初の指導を頼めないでしょうか。人選についても、御相談したいです」

 マティアスは頷いた。

「それも合わせて聞く。砲だけ買って、使える者がいないということにはするな」

「はい」

 アレクは、今朝書いた紙を取り出した。

「それから、もう一つあります」

 マティアスの目が、その紙へ移った。

 ◇ ◇ ◇

「今朝、ロルフから返事が届きました」

 アレクは手紙を差し出した。

「製造を増やすには、職人だけでなく、使う道具も整える必要があるそうです」

 マティアスが読む間、アレクは言葉を続けた。

「今の銃を作り、直す仕事は止められません。その一方で、新しい物を試すたびに同じ職人の手を借りていては、どちらも遅れます」

「別に人を置くのか」

「はい。道具と、新しい銃の開発を受け持つ者を置きたいのです」

 四人が、アレクへ顔を向けた。

 カスパルの笑みが消える。

「新しい銃というと、今の物を変えるのか」

「すぐに取り替えるという話ではありません。できるかどうか、試すところからです」

 アレクは紙を卓へ置いた。

「部品の出来を揃えるための道具や、金属を加工する機械を先に整えます。ロルフには、そうした仕事を任せられる職人を選んでもらいたいと思っています」

 旋盤という言葉が、頭に浮かんだ。

 前世なら、工場の中にあることを当然のように考えていた機械だった。

 だが、その形を思い出せることと、この世界の材料や道具で作れることは同じではない。

 アレク自身が、何もかも正しく説明できるわけでもなかった。

 だからこそ、実際に作る職人の知識と経験が必要だった。

「どのような物が必要かは、私から伝えます。ですが、作り方や、試す順番は職人と相談して決めたいと思います」

 マティアスは手紙を読み終えた。

「ロルフには、今の工場がある」

「そこを任せたまま、新しい仕事まで全部見てもらうつもりはありません。開発を直接受け持つ者を一人立て、その者から報告を上げてもらいます」

「アレクが毎日、工場へ通うわけでもないな」

「はい」

 アレクは頷いた。

「できた物と、できなかったことを報告してもらいます。私が立ち会う必要のある時に、呼んでもらう形にしたいです」

 ロベルトが、指先で紙の端を押さえた。

「出来上がるまで、収入にはならん仕事だな」

「そうなります」

「いつ出来上がるかも、決まっていない」

「はい」

 ロベルトは少し考えた。

「なら、使う金の上限は決めておいた方がよい。出来上がるまで待つというだけでは、どこまで金が出ていくか分からん」

「そのつもりです。最初から、全部に金を出すのではなく、まず道具と人を揃える分から始めます」

 アレクはオスカーを見た。

「工場の普段の支出とは、分けてもらえますか」

「承知いたしました。途中で追加が必要になった場合も、理由を添えて御判断いただく形にいたします」

 マティアスが、指を組んだ。

「試したが、できなかったという報告も来るぞ」

「はい」

「それでも、金を使ったことを責めないか」

 アレクは、すぐには答えなかった。

 自分が知っている物なら、作れるはずだと思ってしまうかもしれない。

 だが、失敗した者を責めれば、次から聞かされるのは、成功しそうだという話だけになる。

「何を試し、どこまで分かったのかは聞きます」

 アレクは答えた。

「ですが、失敗したことだけを理由に叱るつもりはありません。うまくいかなかったことほど、隠さず伝えてもらいたいです」

 マティアスは、しばらくアレクを見ていた。

 やがて、ロルフの手紙を卓へ戻す。

「なら、そのことを最初に書いておけ。職人は、伯爵になったアレクへ報告することになる。昔と同じつもりでいても、向こうが遠慮するかもしれん」

 アレクは頷いた。

「そうします」

 ◇ ◇ ◇

 人と費用の相談が一区切りつくと、マティアスは四人へ、それぞれの増員案をまとめるよう命じた。

 細かな開発の話は、別に聞くという。

 カスパルたちが席を立った後も、ロベルトだけは地図の前に残っていた。

「ロベルト」

 マティアスに呼ばれ、顔を上げる。

「何かあるのか」

「工場と兵舎へ荷を運ぶなら、私の領地の倉も使えます。必要な時だけ借りていただければ、アレクが新しい倉を建てずに済む場所もあるかと」

 アレクは地図を見直した。

 すべての荷を同じ場所へ集める必要はない。

 離れた土地から来る物なら、途中でまとめ、荷車を揃えて運ぶこともできる。

「料金は」

 マティアスが尋ねた。

「運ぶ量と期間に応じて、相談させていただきます」

「先ほどから、その計算をしていたのか」

「使われていない場所を、そのままにしておくのは惜しいと思いまして」

 ロベルトは真面目な顔で答えた。

 戸口にいたカスパルが振り返る。

「アレクが銃を増やす前に、ロベルトの収入が増えそうだな」

「荷が増えれば、道も傷む。倉番も要る。ただ貸して金を受け取るだけではない」

「断る理由まで先に潰しておくのか」

 ロベルトは答えず、アレクへ向き直った。

「場所を確かめてからでよい。必要なら、条件を書いて送る」

「お願いします。オスカーにも見てもらいます」

 マティアスが地図を指した。

「ロベルトの倉を使うと、今ここで決めるな。ほかの倉も含め、距離と費用を比べてからだ」

「承知しています」

 ロベルトの返事に、マティアスはわずかに笑った。

「それと、預ける荷は選べ。工場の中身まで知らせる話ではない」

「はい」

 アレクも頷いた。

 人の力を借りることと、何もかも話すことは違う。

 何を頼み、どこまで知らせるかも、自分で決めなければならなかった。

 ◇ ◇ ◇

 部屋に残ったアレクは、マティアスへ新しい銃の構想を話した。

 装填の手間を減らし、狙いを定めやすくすること。

 兵が持ち歩き、雨や長い行軍にも耐えられる物にすること。

 そのために、弾だけでも銃だけでもなく、両方を考え直したいということだった。

 細かな形を決めたわけではない。

 同じ仕組みを使っても、徒歩で動く兵と、馬に乗る兵では、扱いやすい長さや重さが違う。

 まずは基になる一つを作り、その出来を確かめてから用途を広げたいと伝えた。

 マティアスは、最後まで口を挟まずに聞いた。

「今使っている銃は、どうする」

「使い続けます。新しい物ができても、すぐに全隊へ渡せるとは限りません」

「今いる兵の訓練も、そのままだな」

「はい。まだない銃を待って、今の支度を止めるつもりはありません」

「それならよい」

 マティアスは椅子へ深く座り直した。

「大砲にも、考えていることがあるのだろう」

 アレクは少し驚き、それから頷いた。

「城を攻める時だけでなく、野戦でも動かしやすい物が欲しいと思っています」

 ロスヴァールで、大砲を運んだ道を思い出した。

 威力があっても、必要な時に届かなければ使えない。

 砲の後ろで馬が止まり、荷車を押す兵が泥に足を取られる光景は、何度も見た。

「遠くまで届くことや、狙った場所へ当てやすくすることも必要です。ただ、重くなりすぎれば、今度は運べなくなります」

「全部を一つで済ませようとすれば、どれも中途半端になるか」

「その可能性はあります。ですから、鍛冶町の職人にも、先に話を聞きたいのです」

 アレクは、後ろから弾を込める大砲についても触れた。

 ただ装填する場所を変えれば、飛ぶ距離まで伸びるという話ではない。求めるものを分け、それぞれ確かめる必要があった。

 さらに、着弾した場所で炸裂する砲弾の構想を告げた時、マティアスの表情が変わった。

「運んでいる途中で、味方を傷つける恐れはないのか」

「そこを確かめられなければ、兵には渡せません」

 アレクは答えた。

「威力があっても、持ち運ぶことすら危ない物では使えません。ほかの改良とは分けて、慎重に進めるべきだと思っています」

 マティアスは、すぐに返事をしなかった。

 卓へ置かれた紙を見下ろす。

「陛下には、まとめて申し上げる。ただし、今の砲を作る仕事を止めないことが条件だ。鍛冶町にも、新しい仕事を受け持つ者が要る」

「はい」

「許しが出るまでは、王家の職人へ勝手に指図するな。ロルフの工場と、どこまで技術や情報を共有するかも先に決める」

「承知しました」

 マティアスは筆を取り、書状の下書きを始めた。

 アレクは、その手が動くのを見ていた。

 頭の中にある物を口にすれば、それだけで出来上がるわけではない。

 人が選ばれ、金が用意され、試す場所が整えられる。

 そうして初めて、職人が手を動かせる。

 自分がするべきことも、以前よりはっきりしてきた。

 ◇ ◇ ◇

 昼の食事を終えた後、五人はもう一度呼び集められた。

 先ほどまで軍備の書類が並んでいた卓に、今度は西方の地図が広げられていた。

 マティアスの手元には、別の書状がある。

「アルヴェインから、報せが来ている」

 アレクは顔を上げた。

「ベルン伯爵領へ進んだ軍が、城を二つ落としたそうだ」

 カスパルが地図へ身を寄せた。

「二つとも、確保できたのですか」

「ああ。アルベルト殿も前線におられる」

 アレクは、示された場所を見た。

 城と城の間には街道がある。

 さらにその道を戻れば、アルヴェイン側の拠点へ繋がっていた。

 地図の上では、一本の線だった。

 だが、その線の上を、兵の食べる物と、使う道具が通っている。

「順調に進んでいるのですね」

 アレクが言うと、マティアスは頷いた。

「今届いている報告では、そうだ」

 その指が、落とした二つの城から後方へ動いた。

「ただ、城を取れば、そこへ兵を残さねばならん。前へ進む兵が、出陣した時と同じ数であるとは限らない」

 ヴィクトルが道を見た。

「守る場所が増える、ということですね」

「そうだ。こちらも、ロスヴァールで経験した」

 マティアスは、そこで指を止めた。

「今、我々へ出兵の要請が来ているわけではない。勝手に兵を動かす必要はないが、隣国で起きていることは知っておけ」

 五人が頷いた。

 アレクは地図から目を離せなかった。

 アルベルトは、あの先にいる。

 エリーゼから届く手紙の穏やかな言葉と、兵が進む街道が、同じ国の中にあった。

 会いに行きたいと思っても、今すぐ馬を向けられるわけではない。

 自分の領地には、これから迎える兵のための場所があり、揃えなければならない物があった。

「増員の報告には、今すぐ出せる兵も書いておけ」

 マティアスが五人へ言った。

「これから雇う者を、今いる兵に混ぜるな。支度の途中であっても、呼ばれた時に何人を動かせるかは、常に把握しておけ」

「はい」

 アレクは、ほかの四人とともに答えた。

 ◇ ◇ ◇

 城へ戻った翌日、アレクはロルフへの返事を書いた。

 増産を急がせるための手紙ではなかった。

 まず、今の製造と修繕を続けること。

 その上で、加工の道具や機械を作る仕事に、適した者を推薦してほしいと頼んだ。

 新しい銃の開発も、同じ者に何もかも背負わせるのではなく、必要に応じて仕事を分ける。

 求める性能は、アレクが伝える。

 どう試し、何が必要かは、職人から案を出してもらう。

 そこまで書いてから、筆を止めた。

 マティアスに言われた言葉を思い出す。

 アレクは続きを書いた。

 うまくいかなかったことも、そのまま知らせてほしい。

 できないものを、できると報告する必要はない。

 その一文を読み返し、付け加えた。

 私の考えに無理がある時も、遠慮なく言ってほしい。

 扉が叩かれ、オスカーが入ってきた。

「募集と兵舎について、最初に進める分をまとめました」

「ありがとうございます」

 アレクは筆を置いた。

 差し出された書類には、まだ空欄が残っていた。

 すべてが決まるのを待つ必要はない。

 決められることから進め、分からないことは確かめる。

「ギルベルトにも、募集に合わせて教える者を用意するよう伝えてください。人数は、こちらで受け入れられる分を超えないように」

「承知いたしました」

「それから、ロルフへ出す手紙はこちらです。最初に使える費用の書面を添えてもらえますか」

 オスカーは受け取り、宛名を確かめた。

「こちらも、今日の使者へ託します」

 窓の外から、木材を積んだ荷車の音が聞こえた。

 アレクが顔を向けると、城外の兵舎予定地へ向かって、ゆっくりと進んでいくところだった。

 新しい銃は、まだない。

 大砲隊も、千人の直轄兵も、これからだった。

 だが、荷車は動いていた。

 ◇ ◇ ◇

 数日後、ロルフは届いた手紙を工場の隅で読んでいた。

 近くでは、職人たちがそれぞれの持ち場で働いている。

 一度目は最後まで読み、二度目は途中で指を止めた。

 加工の道具を作る者。

 新しい物を試す者。

 普段の製造を受け持つ者。

 仕事を分けるようにという文を見て、ロルフは鼻から息を吐いた。

「今度は、こちらの仕事の分け方まで考えてきたか」

 声を聞いた職人が、顔を上げた。

「何か、御注文ですか」

「ああ。ただし、今すぐ銃を何挺作れという話じゃない」

 ロルフは添えられた書面を開いた。

 人と道具のために使える金が、別に用意されている。

 何でもよいから早く仕上げろとは、どこにも書かれていなかった。

 工房の奥に、以前から手を入れようと思っていた道具がある。

 日々の仕事に追われ、後回しにしてきた物だった。

 ロルフは立ち上がり、そちらへ歩いた。

「空いている作業台を一つ、片づけてくれ」

「新しい銃を作るのですか」

「その前に、作るための道具だ」

 ロルフは、台の上に積まれていた木片を持ち上げた。

 職人が慌てて手を貸す。

「普段の仕事を止めて集まるな。こちらへ回す者は、俺が話を聞いてから決める」

「はい」

 返事を聞き、ロルフは手紙をもう一度見た。

 私の考えに無理がある時も、遠慮なく言ってほしい。

 その一文に、口の端が上がった。

「言われなくても、言うさ」

 手紙を丁寧に畳み、懐へ収める。

 やがて、荷物に埋もれていた作業台の天板が現れた。

 ロルフはその上へ掌を置き、工房を見渡した。

 誰に任せるか。

 まずは、そこからだった。

第二十六話を読んでいただき、ありがとうございました。

それぞれの得意なことを持ち寄り、少しずつ新しい仕事が動き始めました。アレクを支える者たちの働きにも、目を向けていただければ嬉しいです。


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