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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第一篇 乱世黎明

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第十四話 乱世の始まり

ヴァイスブルクの勝利をきっかけに、各地の諸侯が動き始める。


西では新たな争いが生まれ、北と南にも不穏な兆しが広がっていく。

そして東では、これまでとは桁の違う軍勢が集まりつつあった。


小さな違和感から、この世界の歴史を見つめ始めたアレク。


一つの戦の終わりは、より大きな乱世の始まりへと繋がっていく。

 朝。

 目を覚ました俺が最初に見たのは。

 一枚の紙だった。

『次に何が起きる?』

「……」

 昨日。

 俺が書いた文字。

 ベッドから起き上がる。

 机へ。

 椅子に座る。

 紙を見る。

「次に何が起きる、か……」

 自分で書いておいて。

 随分と大きな問いだと思う。

 未来予知じゃない。

 俺にそんな能力はない。

 神から与えられたのは。

 剣。

 人と関わる力。

 そして。

 前世で得た知識。

 未来を見る力なんて。

 貰っていない。

「でも……」

 歴史を知っている。

 それが。

 もし。

 この世界でも使えるなら。

 俺は炭筆を取った。

 地図を広げる。

 アルヴェイン。

 西。

 ヴァルデン大公国。

 その中。

 ベルン伯爵領。

「フリードリヒ・ベルンが負けた」

 ヴァイスブルク。

 ベルン軍。

 敗北。

 兵を失った。

 権威も落ちる。

 ヴァルデン大公国は。

 一枚岩じゃない。

 大公の力が弱い。

 有力貴族が。

 それぞれ力を持つ。

 なら。

「……周りが動く」

 日本の戦国時代でも。

 何度もあった。

 有力大名が大敗する。

 当主が死ぬ。

 主力軍を失う。

 そうなれば。

 昨日まで従っていた国人が離反する。

 敵対勢力が国境へ兵を出す。

 同盟国ですら。

 態度を変える。

 弱った者は。

 食われる。

「ベルン伯爵を狙う奴が出る」

 紙に書く。

『ベルン家周辺の諸侯が動く』

 次。

 アルヴェイン。

 ヴァイスブルクで勝った。

 なら。

「こっちにも来る」

 何が。

 使者。

 商人。

 間者。

 同盟の話。

 敵対勢力。

「……誰かが接触してくる」

 書く。

『アルヴェインへ他国から接触』

 次。

 北。

 ノルディア王国。

 国境で兵が増えている。

「これは……」

 分からない。

 アルヴェインを狙っているのか。

 ヴァルデンを狙っているのか。

 ただの演習か。

 あるいは。

 こちらを牽制しているだけか。

「情報不足」

 書く。

『ノルディア――不明』

 そして。

 東。

 グランヴァルト。

 大陸最大級の国。

 今のところ。

 動きなし。

「……」

 こうして見ると。

 当たり前のことしか書いていない。

 弱った奴がいれば。

 周りが動く。

 勝った奴がいれば。

 周りが見る。

「戦国時代じゃなくても起こるよな」

 俺は。

 椅子にもたれる。

「やっぱり考えすぎか……」

 その時。

 コンコン。

「アレク」

 扉の外。

「はい?」

「起きているか」

「起きてます」

「殿下がお呼びだ」

「……今?」

「今だ」

「朝飯は?」

「後にしろとのことだ」

「最悪だ」

「聞こえているぞ」

「……」

 扉の向こう。

 もう一人。

「殿下?」

「早くしろ」

「何で本人が呼びに来るんですか」

「急ぎだからだ」

「着替えます!」

「五分で来い」

「無茶言わないでください!」

 足音。

 遠ざかる。

「……」

 俺は。

 机を見る。

 紙。

『アルヴェインへ他国から接触』

「まさかな」

 紙を折る。

 懐へ入れた。


 ◇ ◇ ◇


「遅い」

「四分です」

「三分で来い」

「さっき五分って言いましたよね?」

「気が変わった」

「横暴ですね」

「大公だからな」

「またそれだ」

 アルベルトの執務室。

 いつもと違う。

 人がいる。

 ゲオルク。

 軍務官。

 ローゼン伯爵。

 数人の騎士。

 そして。

 見知らぬ男。

 三十代くらい。

 黒髪。

 細身。

 濃紺の服。

 腰に細身の剣。

 胸。

 見たことのない紋章。

 銀色の鷲。

「……」

 俺。

 止まる。

 男も。

 俺を見る。

「その少年が?」

「ああ」

 アルベルト。

「アレク・ハルトマン」

「例の小姓ですか」

「噂になっているらしいな」

「ヴァイスブルクの戦いについて調べれば、嫌でも名前が出ます」

 男。

 俺に軽く頭を下げる。

「エドゥアルト・フォン・ライゼン」

「ライゼン?」

「失礼」

 俺も頭を下げる。

「アレク・ハルトマンです」

「存じています」

「……」

 怖い。

 俺。

 知られてる。

「殿下」

「何だ」

「この人は?」

「使者だ」

「どこから?」

 アルベルト。

 男を見る。

 男が答える。

「ローゼリア公国」

「……」

 知らない。

「南西の国だ」

 ゲオルクが補足する。

「アルヴェインと直接国境は接していない」

「ヴァルデンを挟んだ向こう側だ」

「なるほど」

 俺は。

 懐。

 紙。

 思い出す。

『アルヴェインへ他国から接触』

「……」

 いや。

 偶然。

 これくらい。

 普通に予測できる。

「それで」

 アルベルト。

「ローゼリア公は何の用だ」

「まずは」

 エドゥアルト。

 姿勢を正す。

「ヴァイスブルクにおける御勝利」

「我が主、カール・フォン・ローゼリアより」

「心からのお祝いを申し上げます」

「遠いところからわざわざ祝いに来たのか」

「友邦の勝利を祝うことに、距離は関係ございません」

「友邦?」

 アルベルトが笑う。

「いつからだ」

「本日からでも」

「面白い」

 エドゥアルトも笑う。

 俺。

 壁際。

 黙って見る。

 会話。

 穏やか。

 でも。

 違う。

 探っている。

 お互い。

 相手が。

 何を知っている。

 何を欲しがっている。

 どこまで言う。

 それを。

 見ている。

「祝いは受け取ろう」

「ありがとうございます」

「それで」

 アルベルト。

「本題は?」

「本題?」

「祝いだけなら書状で足りる」

「……」

 少し。

 間。

 エドゥアルト。

 笑う。

「さすがでございます」

「前置きは嫌いだ」

「では」

 使者。

 言う。

「ヴァルデン西部」

「シュヴァルツ伯爵家が兵を集めております」

 部屋。

 空気。

 変わる。

「数は」

 ゲオルク。

「現時点でおよそ千五百」

「目的は」

「ベルン領」

「……」

 俺。

 目を閉じそうになる。

 来た。

 紙。

『ベルン家周辺の諸侯が動く』

「本当か」

 ローゼン伯爵。

「我が国の商人からの情報です」

「シュヴァルツ伯は以前からベルン家と国境問題を抱えております」

「そこへ」

「フリードリヒ・ベルンがヴァイスブルクで敗れた」

「好機と見たか」

「おそらく」

 アルベルト。

 地図。

 広げる。

「ここか」

「はい」

 駒。

 コトッ。

 ベルン領。

 西。

 シュヴァルツ。

「グラーツは?」

「ベルン伯爵本人が入城しております」

「兵二千ほど」

「そのうち」

「ヴァイスブルクから戻った兵が千七百前後」

「……」

 ゲオルク。

「シュヴァルツが攻めれば」

「ベルンは西へ兵を割かなければならん」

「ああ」

 ローゼン伯爵。

「こちらへの再侵攻は難しくなる」

「好都合では?」

 騎士。

「敵同士で潰し合う」

「放っておけばよろしい」

 何人か。

 頷く。

 俺も。

 一瞬。

 そう思った。

 でも。

「……」

 違う。

 何か。

 嫌だ。

「アレク」

「え?」

「お前はどう思う」

 また。

 アルベルト。

「何で毎回俺に聞くんです?」

「顔に出ている」

「何が?」

「何か考えている顔だ」

「……」

 全員。

 俺を見る。

 やめて。

「別に」

「言え」

「でも」

「言え」

「……」

 地図を見る。

 ベルン。

 シュヴァルツ。

 アルヴェイン。

 ヴァルデン。

「潰し合ってくれるなら」

「こっちは得です」

「なら」

「でも」

 俺は。

 指。

 シュヴァルツ。

「シュヴァルツ伯が勝ちすぎたら?」

「……」

「ベルン伯爵が弱る」

「領地を取られる」

「最悪」

「ベルン家が滅びる」

「そうなったら」

 俺は。

 地図を見る。

「次に強くなるのは」

「シュヴァルツ伯ですよね」

 沈黙。

「ベルンより話が通じる奴なら問題ない」

 騎士。

「話が通じるか知ってるんですか?」

「……」

「それに」

 俺。

 続ける。

「今までベルン伯爵が西を抑えてたなら」

「ベルン家が弱くなりすぎると」

「その先の勢力が」

「東へ来やすくなる」

 エドゥアルト。

 俺を見る。

 目。

 少し細くなる。

「面白い」

「え?」

「十五歳とは思えませんな」

「……」

 まずい。

「本で読みました」

「何という本です?」

「題名は忘れました」

「便利な本ですね」

「俺もそう思います」

 アルベルト。

 笑う。

「で」

「どうする」

「俺に聞きます?」

「ああ」

「……」

 考える。

 戦国時代。

 敵の敵。

 緩衝地帯。

 勢力均衡。

 隣国が弱れば。

 必ずしも得ではない。

 敵国を完全に滅ぼさず。

 別の敵への壁として使う。

 珍しくない。

「何もしない」

「さっきと同じでは?」

「表向きは」

「……」

「ベルンとシュヴァルツ」

「両方の情報を集める」

「それで」

「片方が勝ちすぎそうなら」

「負けてる方に」

 俺。

 止まる。

 言っていいのか。

「続けろ」

「……こっそり手を貸す」

 部屋。

 静か。

 ローゼン伯爵。

 俺を見る。

「昨日まで戦っていたベルンにか?」

「必要なら」

「敵だぞ」

「昨日は」

 俺は答える。

「明日も敵とは限らないでしょう」

 自分で言って。

 少し。

 嫌になる。

 でも。

 戦国時代。

 そんなものだ。

 昨日の敵。

 今日の味方。

 今日の味方。

 明日の敵。

 生き残るためなら。

 変わる。

「逆も同じです」

「シュヴァルツが負けすぎるなら」

「シュヴァルツを助ける」

「目的は?」

 エドゥアルト。

「どっちにも」

「強くなりすぎないようにする」

 使者。

 俺を見る。

「……」

 アルベルト。

「はは」

 笑う。

「お前」

「はい?」

「十五のくせに性格が悪いな」

「殿下に言われたくないです」

「褒めている」

「絶対嘘だ」

「いや」

 ローゼン伯爵。

 地図を見る。

「理には適っております」

「伯爵?」

「ベルンを憎むことと」

「国益は別だ」

「……」

 この人。

 俺を疑っている。

 でも。

 意見は。

 意見として見るのか。

「ただし」

 ローゼン伯爵。

 俺を見る。

「実行するなら細心の注意が必要だ」

「露見すれば」

「双方から敵視される」

「はい」

「分かっているならよい」

 アルベルト。

 地図。

「今は情報だけ集める」

「はっ」

「ゲオルク」

「はい」

「西へ人を出せ」

「承知しました」

「ローゼン」

「国境の守備を」

「すぐに」

 指示。

 飛ぶ。

 俺。

 地図を見る。

 これが。

 政治。

 戦争が終わっても。

 戦いは終わらない。


 ◇ ◇ ◇


 使者との会談。

 終わり。

 俺。

 廊下。

「アレク殿」

「……」

 振り返る。

 エドゥアルト。

「殿はやめてください」

「ではアレク君」

「それで」

「何です?」

「少し話を」

「俺と?」

「ええ」

 嫌な予感。

「あなた」

 使者。

 笑う。

「本当に十五歳ですか?」

「……よく言われます」

「でしょうな」

「老けて見えます?」

「顔は少年です」

「じゃあ何で」

「考え方です」

「……」

「普通」

「十五歳の少年は」

「昨日まで殺し合っていた相手を」

「翌日に利用しようとは考えない」

「性格悪いだけです」

「それだけなら」

 エドゥアルト。

 俺の目を見る。

「もっと分かりやすい」

「……」

 この人。

 苦手だ。

 人を見る。

 俺も。

 神から与えられた能力で。

 何となく分かる。

 この人。

 ただの使者じゃない。

 情報を集める人間。

 たぶん。

 外交官。

 それ以上。

「故郷は?」

「分かりません」

「記憶喪失」

「はい」

「便利ですな」

「俺も困ってます」

「……」

 笑う。

「失礼しました」

「いえ」

「ただ」

 エドゥアルト。

「一つ忠告を」

「忠告?」

「賢さは」

「隠した方がよい時もあります」

「……」

「特に」

「偉い方の近くでは」

「どういう意味です?」

「そのままです」

 男。

 歩き出す。

「またお会いしましょう」

「また?」

「この大陸が」

 少し振り返る。

「静かなままなら」

「会わないかもしれませんが」

 去る。

「……」

 何だ。

 あの人。


 ◇ ◇ ◇


 午後。

 書庫。

「また来たか」

「来ました」

「今日は何だ」

「ローゼリア公国」

 エルンスト。

 顔。

「なぜだ」

「使者が来た」

「もう来たのか」

「知ってたんです?」

「噂だけはな」

「どんな国です?」

「南西の中規模国」

「ヴァルデンの西」

「海に面している」

「交易が盛ん」

「強い?」

「何をもって強いとする」

「軍事」

「並」

「経済」

「強い」

「外交」

「非常に強い」

「……」

「なぜ聞く」

「使者が」

「何だ」

「怖かった」

「お前が?」

「俺でも怖い人はいます」

「そうか」

 エルンスト。

 本。

「ローゼリア公」

「カール二世」

「四十二歳」

「父の代から交易を広げ」

「周辺諸国との婚姻を進めた」

「戦より外交を好む」

「ただし」

「必要なら戦う」

「……」

「また」

「誰かに似ているか?」

 エルンスト。

 俺を見る。

「分かりません」

「そうか」

「でも」

 俺。

 地図。

「今日」

「一つ当たりました」

「何が」

「昨日」

「俺」

「次に何が起きるか考えたんです」

「……」

「ベルン家の周りが動く」

「アルヴェインに他国が接触する」

「今日」

「両方起きた」

 エルンスト。

 黙る。

「それで?」

「え?」

「たった二つ当たった」

「だから何だ」

「……」

「雨雲を見て雨が降ると言い」

「雨が降った」

「それで神にでもなったつもりか?」

「なってませんよ」

「ならよい」

 老人。

 本を戻す。

「予測とは」

「当たった時より」

「外れた時の方が重要だ」

「……」

「なぜ外れたか」

「何を見落としたか」

「それを考えろ」

「当たりだけ数える人間は」

「いずれ自分を天才だと思い始める」

「……」

 俺。

 少し。

 笑う。

「耳が痛い」

「なら覚えておけ」

「はい」

 その通り。

 俺は。

 未来を知っているわけじゃない。

 日本史と。

 似ているかもしれない。

 ただ。

 それだけ。

 この世界は。

 この世界だ。

 同じになる保証なんて。

 どこにもない。

「でも」

「何だ」

「調べます」

「好きにしろ」

「次も」

「予想してみます」

「好きにしろ」

「当たったら?」

「偶然だ」

「三回なら?」

「偶然だ」

「十回なら?」

「少し考えてやる」

「覚えておいてください」

「忘れる」

「爺さん」

「誰が爺だ」

「自分で年寄りって」

「帰れ」

「はいはい」

 本。

 飛んできた。

「危なっ!」


 ◇ ◇ ◇


 三日後。

 情報が入った。

 シュヴァルツ伯。

 ベルン領西部へ侵攻。

 兵。

 約千八百。

 ベルン伯。

 グラーツから千二百を西へ。

 両軍。

 国境付近で対峙。

 まだ。

 大きな戦闘はない。

 その翌日。

 ノルディア王国。

 国境の兵。

 増加。

 さらに。

 グランヴァルト。

 国境の一部部隊が。

 配置転換。

「……」

 地図。

 駒。

 一つ。

 また一つ。

 増えていく。

 ガチャ。

 騎士。

 部屋へ。

「殿下!」

「今度は何だ」

「南部から急報です!」

 書状。

 アルベルト。

 読む。

 顔。

 変わる。

「……」

「どうしました?」

 俺。

 聞く。

 アルベルト。

 書状を机へ。

「南部の二領主が争い始めた」

「……」

「理由は?」

「国境の村だ」

「小競り合い?」

「今のところはな」

 ゲオルク。

 地図。

「殿下」

「これは」

「ああ」

「まずい」

「何がです?」

 俺。

 地図を見る。

 西。

 ベルン。

 シュヴァルツ。

 北。

 ノルディア。

 東。

 グランヴァルト。

 南。

 領主同士。

「……」

 囲まれてる?

 いや。

 違う。

 誰かが。

 アルヴェインを包囲しようとしているわけじゃない。

 それぞれ。

 別の理由で。

 動いている。

 だから。

 余計に。

「殿下」

「何だ」

「これ」

「戦が」

 俺。

 言葉。

 探す。

「増えてません?」

「ああ」

「ヴァイスブルクのせい?」

「それだけではない」

 アルベルト。

 地図を見る。

「溜まっていたものが」

「動き始めただけだ」

「溜まっていた?」

「領土」

「金」

「恨み」

「野心」

「跡継ぎ」

「宗教」

「商売」

「全部だ」

「……」

「平和だったわけではない」

「皆」

「次に動く理由を探していた」

「そこへ」

 アルベルト。

 ベルン領。

 指をさす。

「一つ」

「均衡が崩れた」

「……」

 俺。

 日本。

 思い出す。

 戦国時代。

 最初から。

 日本中が。

 一斉に燃えたわけじゃない。

 一つ。

 また一つ。

 争い。

 離反。

 相続。

 侵攻。

 それが。

 繋がっていく。

 気づけば。

 国中が。

 戦乱。

「乱世……」

 俺。

 呟く。

「何だ?」

「いや」

「こういうのを」

「乱世って言うのかなって」

 アルベルト。

 少し。

 笑う。

「そうかもしれんな」

「……」

 俺は。

 笑えなかった。


 ◇ ◇ ◇


 その夜。

 アルヴェイン城。

 城壁。

 俺。

 一人。

 夜の街。

 見る。

 灯り。

 家。

 酒場。

 人。

 遠く。

 城門。

 さらに。

 その向こう。

 暗い大地。

「……」

 ラーデン村。

 目を覚ました。

 何も分からなかった。

 十五歳。

 アレク・ハルトマン。

 神。

 剣。

 知識。

 それから。

 アルベルトに会った。

 誘われた。

 断った。

 戦った。

 人を殺した。

 怖かった。

 逃げたかった。

 でも。

 また。

 戦った。

 ヴァイスブルク。

 そして。

 俺は。

 自分から。

 アルベルトに仕えたいと言った。

「……随分遠くまで来たな」

 まだ。

 大した距離じゃない。

 でも。

 俺にとっては。

 別の人生。

 そのくらい。

 遠い。

「アレク」

 後ろ。

「殿下」

「こんなところで何をしている」

「考え事」

「またか」

「趣味なんです」

「面倒な趣味だな」

「殿下は?」

「見回り」

「大公が?」

「大公だからだ」

 アルベルト。

 隣。

 立つ。

 二人。

 街を見る。

「殿下」

「何だ」

「これから」

「戦、増えます?」

「ああ」

 即答。

「やっぱり?」

「西が崩れ始めた」

「北も動く」

「東もいつまでも黙ってはいない」

「南は元々不安定だ」

「……」

「怖いか?」

「怖いですよ」

「そうか」

「殿下は?」

「怖い」

「嘘」

「本当だ」

「見えない」

「見せないからな」

「……」

 風。

 冷たい。

「俺」

「はい」

「生きたいんです」

「知っている」

「できれば」

「平和に」

「それは難しいな」

「ですよね」

「だが」

 アルベルト。

 俺を見る。

「生き残る方法はある」

「何です?」

「強くなる」

「……」

「剣だけではない」

「兵」

「金」

「土地」

「仲間」

「知恵」

「全部だ」

「持っている者は」

「選べる」

「持たない者は」

「選ばされる」

「……」

 嫌なほど。

 分かる。

 ラーデン村で。

 俺は。

 何も持っていなかった。

 だから。

 戦に巻き込まれた。

 選べなかった。

 でも。

 今。

 少しだけ。

 違う。

「殿下」

「何だ」

「俺」

「強くなれますかね」

「知らん」

「そこは『なれる』って言うところでしょう」

「自分でなれ」

「……」

 俺。

 笑う。

「厳しいな」

「ただ」

「?」

「お前には」

「使えるものがある」

「剣?」

「それもある」

「じゃあ?」

「頭だ」

「……」

「お前は」

「人と違うところを見る」

「それが良いことか」

「悪いことかは知らん」

「だが」

「使える」

「……」

 俺。

 前を見る。

 この人は。

 知らない。

 俺が。

 別の世界から来たこと。

 俺の頭の中に。

 この世界には存在しない知識があること。

「殿下」

「何だ」

「もし」

「俺が」

「殿下の知らないことを」

「たくさん知ってたら」

「どうします?」

 アルベルト。

 少し。

 考える。

「使う」

「即答?」

「ああ」

「怖くない?」

「何が」

「知らない知識」

「使えるなら使う」

「使えないなら捨てる」

「危ない知識なら?」

「使い方を考える」

「……」

「知識そのものに」

「善悪などない」

「使う人間の問題だ」

「……」

 神。

『知識は道具だ』

 同じ。

 少し。

 似ていた。

「何だ」

「いや」

「殿下って」

「たまに良いこと言いますね」

「たまに?」

「痛っ!」

 頭。

 ゴン。

「殴らなくても!」

「手が滑った」

「絶対嘘!」

 アルベルト。

 笑う。

 俺も。

 笑った。

 そして。

 その時。

 城門。

 遠く。

 蹄。

 パカラッ。

 パカラッ。

 パカラッ!

 夜。

 一騎。

 馬。

 全速力。

「急使だ」

 アルベルト。

 表情。

 変わる。

「こんな時間に?」

「ああ」

 門。

 開く。

 ギィィィ……。

 馬。

 入る。

 兵士。

 叫ぶ。

「急報!」

「急報――!」

 声。

 城内。

 響く。

「東部国境より急報!」

「……」

 俺とアルベルト。

 顔。

 見合わせる。

「行くぞ」

「はい」

 階段。

 駆け下りる。


 ◇ ◇ ◇


 執務室。

 ドン!

 扉。

 開く。

「報告!」

 伝令。

 泥。

 汗。

 息。

 荒い。

「東部国境」

「グランヴァルト領内に」

「大軍が集結しております!」

「数」

 アルベルト。

「確認できただけで」

「およそ」

 伝令。

 息を吸う。

「一万二千!」

 部屋。

 静まる。

「一万二千……」

 俺。

 呟く。

 ヴァイスブルク。

 数千。

 それでも。

 あれだけ。

 人がいた。

 一万二千。

「目的は」

 ゲオルク。

「不明です!」

「国境を越えたか」

「まだです!」

「ただし」

「部隊は」

「西へ向けて集結中!」

 西。

 つまり。

 アルヴェイン側。

「……」

 アルベルト。

 地図を見る。

「来たか」

「殿下?」

「いつか来ると思っていた」

「グランヴァルトが?」

「ああ」

「でも」

「戦争になるとは限らん」

「演習」

「威圧」

「別の目的」

「可能性はいくらでもある」

「……」

 俺。

 地図を見る。

 東。

 大国。

 グランヴァルト。

 一万二千。

 そして。

 頭。

 日本史。

 動く。

 強国。

 大軍。

 隣国。

 西進。

「……」

 何か。

 ある。

 何だ。

 俺。

 知ってる。

 こういう。

 流れ。

 でも。

 まだ。

 分からない。

「アレク」

「はい」

「寝るぞ」

「……はい?」

 アルベルト。

 立つ。

「殿下」

「東に一万二千いるんですよ?」

「ああ」

「寝る?」

「ああ」

「何で!?」

「今夜攻めてこない」

「分かるんですか?」

「国境を越えていない」

「こちらも兵を集めるには時間がかかる」

「明日から忙しくなる」

「なら」

「今寝る」

「……」

 強い。

 この人。

「お前も寝ろ」

「眠れませんよ」

「命令だ」

「そんな命令あります?」

「今できた」

「横暴ですね」

「大公だからな」

「……」

 アルベルト。

 扉。

 出る。

「おやすみ」

「寝られるわけないだろ……」

 俺。

 一人。

 地図を見る。

 グランヴァルト。

 一万二千。

 そして。

 俺の懐。

 紙。

『次に何が起きる?』

「……」

 一つ。

 分かった。

 この世界。

 平和じゃない。

 これまで。

 俺が見ていた戦なんて。

 小さかった。

 もっと。

 大きなものが。

 動き始めている。

「……乱世」

 俺は。

 地図を見る。

 誰が。

 誰に似ている。

 まだ。

 分からない。

 歴史が。

 本当に似ているのかも。

 分からない。

 でも。

 一つだけ。

 確かなことがある。

 これから。

 戦は増える。

 人が死ぬ。

 国が滅びるかもしれない。

 俺も。

 死ぬかもしれない。

 なら。

「……生きる」

 それでいい。

 歴史を変える?

 そんなもの。

 知らない。

 この世界は。

 俺が知っている日本じゃない。

 ここで生きている人間も。

 歴史上の人物じゃない。

 アルベルトは。

 アルベルトだ。

 俺は。

 俺だ。

 だから。

 俺は。

 知っているものを使う。

 剣。

 知識。

 人を見る力。

 使えるもの。

 全部。

「生き残ってやる」

 俺は。

 地図の上。

 グランヴァルトの駒を見る。

 この時。

 俺はまだ。

 知らなかった。

 一万二千の軍勢が。

 何のために集められたのか。

 その軍を動かそうとしている男が。

 どんな人間なのか。

 そして。

 その男との出会いが。

 俺と。

 アルベルトの運命を。

 大きく変えることになることも。


 ◇ ◇ ◇


 東。

 グランヴァルト大公国。

 国境から離れた平原。

 夜。

 ザッ。

 ザッ。

 ザッ。

 無数の足音。

 ガチャ。

 ガチャガチャ……。

 鎧。

 剣。

 槍。

 馬。

 ヒヒィィン!

 松明。

 数百。

 いや。

 数千。

 闇の中。

 揺れる。

 兵。

 兵。

 兵。

 その先。

 丘。

 一人の男。

 馬上。

 軍勢を見下ろしている。

「集まったか」

「はっ」

 側近。

「現時点で一万二千」

「明朝までには一万四千に」

「遅い」

「申し訳ございません」

「謝る暇があるなら急がせろ」

「はっ!」

 男。

 地図。

 見る。

 アルヴェイン。

 西。

「ヴァイスブルクで」

「ベルンが負けたそうだな」

「はい」

「アルベルト・ヴァレンシュタインが」

「また面白い勝ち方をしたとか」

「そのようです」

「……」

 男。

 笑う。

「相変わらず」

「運のいい男だ」

「殿下」

「はい」

「それと」

 男。

 側近。

「妙な小姓がいるらしいな」

「アレク・ハルトマン」

「……」

「知っておられましたか」

「報告は読んだ」

「十五歳」

「はい」

「素性不明」

「はい」

「戦場で」

「何度かアルベルトを助けた」

「そのようです」

「面白い」

「お調べになりますか」

「必要ない」

「……」

「会えば分かる」

「会う?」

 側近。

 顔を上げる。

「殿下」

「まさか」

 男。

 地図。

 指。

 西へ。

 アルヴェイン。

「行くぞ」

「……」

「西へ」

 風。

 旗。

 バサッ!

 大きく。

 翻る。

 黒地。

 銀。

 獅子。

 男は。

 夜の向こうを見る。

 その瞳に。

 恐れはない。

 迷いもない。

 あるのは。

 異様なほどの。

 好奇心。

 そして。

 野心。

「このままでは」

「つまらん」

 男。

 笑う。

「少し」

「世界を動かす」

 その名は。

 まだ。

 アレク・ハルトマンは知らない。

 だが。

 後の歴史書は。

 この男を。

 こう記すことになる。

 古き秩序を焼き。

 諸侯を屈服させ。

 大陸の半分を戦火に包み。

 そして。

 新しい時代への扉を。

 力ずくで開いた男。

 ――グランヴァルト大公国第一王弟。

 レオンハルト・フォン・グランヴァルト。

 後世。

『黒獅子公』

 そう呼ばれる男だった。


 ◇ ◇ ◇


 こうして。

 俺の。

 異世界での最初の日々は終わった。

 ラーデン村で目覚め。

 名前を得て。

 剣を握り。

 人を殺し。

 戦を知り。

 アルベルトと出会い。

 一度は断ったその男へ。

 自分から仕える道を選んだ。

 俺は。

 まだ何者でもない。

 領地もない。

 兵もいない。

 金もない。

 身分すら。

 大公付きの小姓。

 それだけ。

 それでも。

 俺は。

 歴史の入口に立っていた。

 知らない世界。

 知らない国。

 知らない人々。

 なのに。

 どこか。

 知っている。

 そんな。

 奇妙な物語の入口に。

 そして。

 東の空が。

 ゆっくり。

 白み始める。

 新しい朝。

 新しい戦。

 新しい出会い。

 俺はまだ知らない。

 この先。

 何を得るのか。

 誰と出会うのか。

 誰を殺すのか。

 誰を失うのか。

 ただ。

 一つだけ。

 決めていた。

 生きる。

 この世界で。

 何があっても。

 生き抜く。

 それが。

 十五歳のアレク・ハルトマンが。

 乱世へ踏み出した。

 最初の一歩だった。


 第一篇 乱世黎明 完

第一篇「乱世黎明」、ここまでお読みいただきありがとうございました。


何も持たず異世界へ放り出されたアレクは、ヴァイスブルクの戦いを経験し、アルベルトと出会い、自らの意思で彼に仕える道を選びました。


そして、静かに崩れ始めた各国の均衡。

東では一万を超える大軍と、後に「黒獅子公」と呼ばれる男が動き始めます。


まだアレクは、この世界の歴史が何へ向かっているのか知りません。


第二篇からは舞台も戦もさらに大きくなり、外交、調略、同盟、裏切り、そして新たな人物たちが次々と乱世へ加わっていきます。


アレクが知る「歴史」と、この世界の「歴史」。

二つがどこまで似ていて、どこから違っているのか。


物語は、ここから本当の乱世へと入っていきます。

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