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『知らない世界の知っている物語』 ~剣と知識を授かった平凡な会社員は、異世界の乱世を生き抜く~  作者: 相田 ソウ
第一篇 乱世黎明

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第十三話 似ている歴史

アルヴェイン大公国の中心、アルヴェインブルクへと辿り着いたアレク。


そこで彼は、この世界の歴史を本格的に調べ始める。


人物も、国も、出来事も違う。

それでも、どこか似ている。


偶然だと思っていた小さな違和感は、やがて一つの疑問へと変わっていく。


似ているのは「人」ではないのでは…と

 ヴァイスブルクを発って三日。

 俺は馬上から、その城を見上げていた。

「……でか」

 最初に出た感想がそれだった。

「もう少し気の利いたことを言えんのか」

 隣を進むアルベルトが呆れたように言う。

「いや、だって大きいですよ」

「大公都だからな」

「ヴァイスブルクとは全然違う」

「比べる方がおかしい」

 アルヴェインブルク。

 アルヴェイン大公国の中心。

 人口、およそ四万。

 この世界に来てから俺が見た中では、間違いなく最大の都市だった。

 正面には巨大な城壁。

 高さは十メートル以上ある。

 一定間隔で石造りの塔。

 その外側には堀。

 城門へ続く石橋。

 そして。

 城壁の向こう。

 丘の上に。

 さらに巨大な城。

「あれが?」

「アルヴェイン城だ」

「殿下の家?」

「家という言い方は間違ってはいないが」

「掃除大変そうですね」

「お前がやるか?」

「遠慮します」

 城門が近づく。

 ガラガラガラ……。

 荷車。

 商人。

 農民。

 兵士。

 旅人。

 とにかく人が多い。

「大公殿下だ!」

 誰かが気づいた。

「殿下がお戻りだ!」

 声。

 人々が道を開ける。

 アルベルトは片手を上げる。

「おお!」

「ヴァイスブルクで勝ったって本当ですか!」

「ベルン軍を追い返した!」

「殿下!」

 歓声。

 俺は。

 少し後ろを馬で進む。

「……人気あるな」

「何か言ったか?」

「何でもありません」

 でも。

 妙だった。

 大公。

 もっと。

 近寄り難い存在だと思っていた。

 なのに。

「アルベルト様!」

「お帰りなさい!」

「怪我はありませんか!」

 名前で呼ぶ者までいる。

 アルベルトも。

「パン屋の爺さん、腰はどうだ!」

「まだ動きますわ!」

「なら働け!」

「殿下こそ休んでくだされ!」

 笑い。

「……」

 俺は。

 その光景を見る。

 また。

 何かが引っかかった。

 人との距離。

 身分を越えて話す。

 兵士にも。

 民にも。

 妙に近い。

「……いや」

 違う。

 誰かに似ている。

 そう考えること自体。

 今はやめよう。

 まず。

 調べる。


 ◇ ◇ ◇


 アルヴェイン城。

「……」

 俺は天井を見上げた。

 高い。

 石造り。

 柱。

 壁には旗。

 甲冑。

 絵画。

 歴代大公らしい肖像画。

「アレク」

「はい」

「口が開いている」

「初めてなんだから仕方ないでしょう」

「閉じろ」

「はい」

 俺は口を閉じる。

 廊下。

 騎士。

 使用人。

 役人。

 全員。

 アルベルトを見ると頭を下げる。

「お帰りなさいませ、殿下」

「ああ」

「御無事で何よりです」

「ああ」

 そして。

 その後ろ。

 俺。

「……」

「……」

 見る。

 めちゃくちゃ見る。

「殿下」

「何だ」

「俺、見られてません?」

「見られているな」

「何で?」

「知らん」

「絶対知ってるでしょう」

「十五歳」

「素性不明」

「ヴァイスブルクで戦功」

「そして私の小姓」

「噂になる要素しかない」

「殿下のせいじゃないですか」

「私が戦功を立てさせたわけではない」

「危険なところには連れていきましたよね?」

「結果として生きている」

「結果論」

 アルベルトが笑う。

「それより」

「はい」

「部屋を与える」

「部屋?」

「小姓用だ」

「城に住むんですか?」

「当然だ」

「家賃は?」

「取ってほしいのか?」

「無料でお願いします」

「なら黙って住め」

「はい」

 異世界転生。

 十五歳。

 住所不定。

 それが。

 大公の城暮らし。

「人生分からないな……」

「何だ?」

「何でもありません」


 ◇ ◇ ◇


「ここだ」

「……」

 部屋。

 小さい。

 ベッド。

 机。

 椅子。

 棚。

 窓。

 以上。

「狭いですね」

「嫌なら兵舎へ行け」

「最高の部屋です」

「そうか」

 荷物を置く。

 と言っても。

 大したものはない。

 服。

 剣。

 銀貨。

 紙。

 ヴァイスブルクで貰ったもの。

「一刻後」

 アルベルト。

「はい」

「執務室へ来い」

「もう仕事?」

「当然だ」

「今日くらい休みません?」

「三日馬に乗っていただけだろう」

「三日馬に乗るの疲れるんですよ!」

「慣れろ」

 扉。

 閉まる。

「……」

 俺はベッドを見る。

 寝たい。

 でも。

「一刻か」

 その前に。

 知りたい場所がある。


 ◇ ◇ ◇


「書庫はどこですか?」

 廊下にいた使用人へ聞く。

「書庫?」

「はい」

「何の書庫でしょう」

「何の?」

「城には三つございます」

「三つも?」

「公文書庫、蔵書庫、軍務書庫」

「……」

 すごい。

「歴史を調べたいんですけど」

「でしたら蔵書庫かと」

「どこです?」

「東棟二階です」

「ありがとうございます」

 歩く。

 東棟。

 二階。

 扉。

 中へ。

「……おお」

 本。

 本。

 本。

 現代の図書館とは比べものにならない。

 でも。

 この世界に来て。

 これだけの本を見るのは初めてだった。

「何の用だ」

「うわっ!」

 奥。

 老人。

 白髪。

 眼鏡。

 机。

「驚かさないでください」

「勝手に入ってきたのはお前だ」

「すみません」

「誰だ」

「アレク・ハルトマンです」

 老人。

 止まる。

「ほう」

「何です?」

「お前が」

「俺を知ってるんですか?」

「ヴァイスブルクの少年」

「……」

 本当に噂になってる。

「殿下の小姓になったそうだな」

「昨日からです」

「何を探している」

「歴史」

「広すぎる」

「アルヴェインの歴史」

「まだ広い」

「周辺国との戦争」

「何年前から」

「百年くらい」

「帰れ」

「何で!?」

「一刻で読める量ではない」

「一刻しかないの知ってるんですか?」

「殿下の小姓がこの時間に自由なのは一刻ほどだろう」

「……詳しいですね」

「何人見てきたと思っている」

 老人。

 本を閉じる。

「私はエルンスト・クラウゼ」

「この城の記録官だ」

「記録官?」

「ああ」

「歴史に詳しい?」

「お前よりはな」

「じゃあ聞いていいですか?」

「嫌だ」

「即答!?」

「仕事中だ」

「お願いします」

「嫌だ」

「そこを何とか」

「嫌だ」

 頑固。

「……殿下に聞けって言われました」

「嘘だな」

「何で分かるんです?」

「殿下なら『好きに調べろ』と言う」

「……」

 当たってる。

「面白い爺さんだな」

「帰れ」

「すみません」

 でも。

 この人。

 使える。

 いや。

 言い方が悪い。

 頼れそう。

「一つだけ」

「何だ」

「アルヴェイン大公国って」

 俺は聞く。

「いつできたんです?」

 老人の目が。

 少し変わった。


 ◇ ◇ ◇


「大公国として成立したのは四十八年前」

「四十八」

「現大公の祖父、ルドルフ一世の時代だ」

「その前は?」

「アルヴェイン伯爵領」

「小さかった?」

「今の半分以下だ」

 第十二話で。

 アルベルトから聞いた通り。

「どうやって広がったんです?」

「戦」

「婚姻」

「買収」

「相続」

「色々だ」

「最初に取った場所は?」

 エルンスト。

 俺を見る。

「何が知りたい」

「歴史です」

「違う」

「……」

「お前は何かを探している」

 鋭い。

「何を探している?」

「……似てるもの」

「何に」

「それは」

 言えない。

「昔読んだ物語です」

「物語?」

「はい」

「故郷の?」

「……そんなところです」

 嘘ではない。

 日本。

 もう。

 帰れない故郷。

「物語と歴史を比べてどうする」

「気になるんです」

「くだらん」

「ですよね」

「だが」

 老人。

 立つ。

「私はくだらんことが嫌いではない」

「……」

 棚。

 一冊。

 大きな本。

 ドン。

「重っ」

「『アルヴェイン諸侯史』」

「諸侯史」

「建国以前から載っている」

「読んでいいんですか?」

「ここでな」

「借りられない?」

「駄目だ」

「何で?」

「お前を信用していない」

「正直ですね」

「記録官だからな」

 俺は本を開く。

 文字。

 読める。

 神から与えられた能力。

 最初のページ。

 領主。

 家系。

 婚姻。

 戦。

 土地。

 読み進める。

 そして。

「……」

 手が。

 止まった。

「どうした」

「この人」

 指をさす。

 ルドルフ・ヴァレンシュタイン。

 アルベルトの祖父。

「何だ」

「この人が大公国を作った?」

「ああ」

「最初は?」

「伯爵」

「周りに強い国があった?」

「あった」

「どこ?」

 エルンスト。

 地図を出す。

「東」

 指。

「旧エーレンベルク公国」

「今は?」

「ない」

「滅びた?」

「二十六年前にな」

「誰に?」

「グランヴァルト」

「……」

 東。

 強国。

 周辺国を飲み込む。

「アルヴェインは?」

「エーレンベルクと争っていた」

「でもグランヴァルトが滅ぼした?」

「そうだ」

「その後」

「アルヴェインとグランヴァルトが隣国になった」

「……」

 何だ。

 この感じ。

 日本史。

 どこだ。

 尾張?

 美濃?

 三河?

 今川?

 いや。

 違う。

 位置関係が合わない。

 年代も。

 人物も。

「違う……」

「何がだ」

「何でもありません」

 似ている。

 でも。

 当てはめようとすると。

 ズレる。

 大きく。

 ズレる。

 だから。

 分からない。


 ◇ ◇ ◇


「遅い」

「すみません」

 執務室。

 アルベルト。

「何をしていた」

「書庫」

「もう見つけたのか」

「はい」

「エルンストに追い出されなかったか?」

「最初は追い出されかけましたが…」

「なら気に入られたな」

「あれで?」

「あれで」

「分かりにくい」

「年寄りだからな」

 アルベルト。

 書類。

「座れ」

「小姓が?」

「今日は書記もやれ」

「仕事増えてません?」

「気のせいだ」

「絶対増えてる」

 俺は座る。

「何を書くんです?」

「ヴァイスブルクの戦後報告」

「また?」

「中央政府向けだ」

「殿下が大公なのに?」

「大公だからといって、一人で国を動かしているわけではない」

「誰に出すんです?」

「評議会」

「評議会?」

「財務官」

「軍務官」

「法務官」

「各領の代表」

「それから有力貴族」

「……」

 なるほど。

 大公。

 絶対君主。

 ではない。

「殿下って」

「何だ」

「何でも好きにできるわけじゃないんですね」

「当たり前だ」

「ちょっと意外」

「私を何だと思っている」

「偉い人」

「間違ってはいない」

「でも」

 俺は言う。

「命令すれば全部動くのかと」

「そんな国はすぐ滅びる」

「……」

「命令して」

「誰が金を出す」

「誰が兵を出す」

「誰が食料を出す」

「誰が働く」

「人だ」

 アルベルトが言う。

「人が動かなければ、命令など紙と同じだ」

「……」

 コミュニケーション能力。

 神から与えられたもの。

 人の感情。

 交渉。

 会話。

 俺は。

 剣と同じくらい。

 それを使ってきた。

 もしかすると。

 これからは。

 そっちの方が。

 重要になるのかもしれない。


 ◇ ◇ ◇


 翌日。

 評議会。

「……」

 俺。

 壁際。

 立っている。

 アルベルト。

 中央。

 長い机。

 左右。

 十数人。

 老人。

 中年。

 騎士。

 文官。

 貴族。

 全員。

 空気が違う。

 戦場とは。

 別の意味で怖い。

「ヴァイスブルク防衛」

 男。

「まずは勝利をお祝い申し上げます」

「祝いは要らん」

 アルベルト。

「金をくれ」

「早速それですか」

「城壁修復に金がいる」

「財務官」

 初老。

 痩せている。

 顔。

 ものすごく嫌そう。

「国庫にも限界がございます」

「知っている」

「でしたら」

「だから相談している」

「相談ではなく要求に聞こえます」

「同じだ」

「違います」

 俺。

 笑いそうになる。

 我慢。

「修復費の全額は出せません」

「半分」

「三割」

「四割」

「三割」

「頑固だな」

「殿下ほどでは」

「……」

 何だこれ。

 値切り交渉?

 大公と財務官が。

 普通に言い合ってる。

「アレク」

 アルベルト。

「はい?」

「笑うな」

「笑ってません」

「顔が笑っている」

「すみません」

 全員。

 俺を見る。

 消えたい。

「その少年が?」

 貴族。

「例の?」

「……」

 来た。

「アレク・ハルトマン」

 アルベルト。

「ヴァイスブルクで働いた」

「殿下」

 別の男。

「素性は確認されたのですか」

「していない」

「していない?」

「ああ」

「それを城内へ?」

「問題が?」

「問題しかありません」

 空気。

 変わる。

 俺。

 黙る。

 当然だ。

 俺でもそう思う。

 どこの誰か分からない。

 十五歳。

 突然現れた。

 戦で功績。

 大公の小姓。

 怪しすぎる。

「少年」

 男。

「はい」

「出身は」

「……分かりません」

「家名はハルトマンだろう」

「はい」

「どこのハルトマン家だ」

「……」

 ない。

「記憶がありません」

「都合がいいな」

「そうですね」

「否定しないのか」

「俺でも怪しいと思うので」

「……」

 男。

 少し止まる。

「殿下」

「何だ」

「この少年を近くに置くのは危険です」

「ああ」

「では」

「危険だから近くに置く」

「……は?」

「遠くに置いたら何をするか分からん」

 アルベルト。

 俺を見る。

「近くなら見える」

「殿下」

「冗談ですよね?」

「半分は」

「残り半分は?」

「本気だ」

「怖いな」

 評議会。

 何人か笑う。

 でも。

 笑わない人間もいる。

 俺を見る目。

 疑い。

 警戒。

 嫌悪。

 当然。

 これも。

 俺がこれから。

 越えなければならないものなんだろう。


 ◇ ◇ ◇


 評議会後。

「疲れた……」

「何もしていないだろう」

「立ってるだけでも疲れるんですよ」

「軟弱だな」

「殿下」

「何だ」

「さっきの人」

「誰だ」

「俺を疑ってた」

「三人くらいは疑っていたぞ」

「一番強く疑っていた」

「ああ」

「ヴィルヘルム・ローゼン伯爵」

「ローゼン伯爵」

「古参貴族だ」

「殿下と仲悪い?」

「悪くはない」

「良くもない?」

「そうだ」

「面倒ですね」

「政治とはそういうものだ」

「戦場より面倒かも」

「人は剣で斬れば終わる」

「政治は斬れない相手と話さなければならん」

「怖いこと言わないでください」

 でも。

 俺は。

 少しだけ。

 面白いと思っていた。

 敵。

 味方。

 それだけじゃない。

 同じ国。

 同じ陣営。

 でも。

 考えが違う。

 利益が違う。

 立場が違う。

 それを。

 まとめる。

 戦場とは。

 違う戦い。


 ◇ ◇ ◇


 午後。

 また書庫。

「また来たのか」

「来ました」

「仕事は」

「終わらせました」

「嘘だな」

「今日は本当です」

 エルンスト。

 ため息。

「何を知りたい」

「周辺国」

「どこから」

「全部」

「帰れ」

「じゃあ」

 考える。

「今、一番強い国」

「質問が雑だ」

「軍事力」

「グランヴァルト」

「経済力」

「グランヴァルト」

「領土」

「グランヴァルト」

「……強すぎない?」

「強い」

「昔から?」

「いや」

「いつから?」

「三十年ほど前」

「誰が強くした?」

 エルンスト。

 一冊。

 薄い本。

「現大公の父」

「名前は?」

「オスカー・フォン・グランヴァルト」

「どんな人?」

「戦上手」

「冷酷」

「決断が早い」

「古い制度を嫌った」

「商人を重用した」

「……」

 俺。

 止まる。

 戦上手。

 決断。

 旧制度。

 商人。

「それから?」

「何だ」

「他には?」

「敵対した貴族を大量に処刑した」

「……」

「宗教勢力とも争った」

「……」

 心臓。

 ドクン。

 待て。

 いや。

 いる。

 歴史上。

 こういう人物は。

 いくらでもいる。

「その人」

「死んだ?」

「ああ」

「どうやって?」

「病死」

「……」

 違う。

 俺は。

 息を吐いた。

 織田信長。

 一瞬。

 そう思った。

 でも。

 病死。

 しかも。

 三十年前。

 違う。

「何だ」

「いや」

「誰かに似てると思って」

「物語か」

「はい」

「似ていたか」

「途中まで」

「では違ったな」

「そうですね」

 俺は笑う。

 そう。

 違う。

 似ているだけ。

 それだけだ。

「今のグランヴァルト大公は?」

「レオポルト二世」

「どんな人?」

「慎重」

「内政を好む」

「戦は?」

「必要ならする」

「父親と全然違う」

「ああ」

 ほら。

 違う。

 当てはまらない。


 ◇ ◇ ◇


「次」

「ノルディア王国」

「北の?」

「ああ」

「強い?」

「強い」

「何で?」

「騎兵」

「……」

「北部平原で育てた馬は大陸でも有名だ」

「騎兵国家?」

「そう呼ぶ者もいる」

「王は?」

「エドガー三世」

「どんな人?」

「信心深い」

「規律を重んじる」

「戦では?」

「強い」

「自ら前線に立つ」

「……」

 上杉謙信?

 いや。

 待て。

 王。

 騎兵。

 信仰。

 前線。

 似ている。

 でも。

「女好きだ」

「違うな」

「何が」

「何でもありません」

 危ない。

 何でも。

 当てはめるな。

 次。

「ヴァルデンは?」

「西の大公国?」

「ああ」

「一枚岩ではない」

「どういうこと?」

「大公の力が弱い」

「有力貴族がそれぞれ領地を持っている」

「その中で一番強いのは?」

「ベルン家」

「フリードリヒ?」

「ああ」

「……」

 だから。

 あいつ。

 大公国の一伯爵なのに。

 あれだけ兵を動かせたのか。

「他には?」

「シュヴァルツ伯」

「ヘルマン侯」

「ラインフェルト伯」

 名前。

 全部。

 覚える。

「南は?」

「小国ばかりだ」

「統一されてない?」

「ああ」

「都市国家」

「伯爵領」

「司教領」

「自由都市」

「入り乱れている」

「……」

 ますます。

 日本と違う。

 制度も。

 国家の形も。

 文化も。

 何もかも。

 違う。

 なのに。

 ところどころ。

 妙に似る。

 俺は。

 分からなくなってきた。


 ◇ ◇ ◇


「最後」

 俺は言う。

「何だ」

「最近」

「この辺で一番大きかった戦」

 エルンスト。

 少し考える。

「大きい、の定義による」

「歴史が動いた戦」

「なら」

 老人が。

 地図を広げる。

 指。

 東南。

「十二年前」

「ここ」

「リーデン平原」

「誰と誰?」

「アルヴェインとグランヴァルト」

「……」

「殿下も?」

「参加している」

「何歳?」

「十七」

「若っ」

「初陣だ」

「勝った?」

「負けた」

「……」

「大敗だ」

「どれくらい?」

「アルヴェイン軍七千」

「グランヴァルト軍五千」

「こちらが多かった?」

「ああ」

「なのに?」

「負けた」

「何で?」

 エルンスト。

 地図。

「川」

「川?」

「アルヴェイン軍は渡河直後に攻撃された」

「……」

「前軍と後軍が分断」

「そこをグランヴァルト軍に各個撃破された」

「……」

 俺。

 地図を見る。

 渡河。

 分断。

 少数。

 奇襲。

 何か。

 頭に浮かぶ。

 でも。

 違う。

 桶狭間?

 違う。

 長篠?

 違う。

 姉川?

 違う。

 似た戦なら。

 世界中にある。

「殿下は?」

「殿を務めた」

「十七で?」

「ああ」

「生き残った?」

「ここにいるだろう」

「そうでした」

「その戦で」

 エルンスト。

 続ける。

「アルベルト殿下は兄を失った」

「……兄?」

「知らなかったのか」

「はい」

「本来」

 老人。

 静かに言う。

「大公になるはずだったのは」

「アルベルト殿下ではない」

「……」

 俺は。

 地図から顔を上げた。


 ◇ ◇ ◇


 夜。

 アルベルトの執務室。

「殿下」

「何だ」

「兄がいたんですね」

 ペン。

 止まる。

「エルンストか」

「はい」

「あの爺」

「言っちゃ駄目でした?」

「別に」

 アルベルト。

 また書く。

「どんな人だったんです?」

「兄か」

「はい」

「真面目」

「優秀」

「人望もあった」

「殿下より?」

「ああ」

「即答」

「事実だからな」

「仲良かった?」

「……」

 少し。

 間。

「ああ」

「そうですか」

「何が聞きたい」

「リーデン平原」

「……」

 空気。

 変わる。

「知ったか」

「はい」

「俺」

「歴史を調べてて」

「殿下がどういう人なのかも」

「気になって」

 アルベルト。

 椅子にもたれる。

「兄は」

 言う。

「あの日」

「私を逃がすために死んだ」

「……」

「本来」

「殿を務めるのは私だった」

「でも?」

「兄が命令を変えた」

「なぜ」

「知らん」

「何か言われました?」

「あぁ…」

「何と?」

 アルベルト。

 窓を見る。

「生きろ」

「……」

「それだけだ」

 俺は。

 何も言えない。

「だから」

 アルベルトが言う。

「私は生きている」

「大公になったのも?」

「それだけではない」

「だが」

「兄が生きていれば」

「私はここにはいない」

「……」

 人には。

 歴史がある。

 俺が知っている。

 日本史の人物にも。

 この世界の人間にも。

 アルベルトは。

 誰かの代用品じゃない。

 この人は。

 この人だ。

「殿下」

「何だ」

「変なこと聞いてすみません」

「気にするな」

「ただ」

「はい」

「明日の仕事を増やす」

「何で!?」

「人の過去を覗いた代金だ」

「横暴!」

「大公だからな」

「そういう時だけ!」

 アルベルトが笑った。

 俺も。

 少し笑った。


 ◇ ◇ ◇


 その夜。

 俺は部屋へ戻った。

 机。

 紙。

 これまで調べたこと。

 書く。

 アルヴェイン。

 四十八年前に大公国化。

 急速に領土拡大。

 現大公アルベルト。

 十七歳で大敗を経験。

 兄を失う。

 グランヴァルト。

 三十年前から急成長。

 旧制度を破壊。

 商業重視。

 宗教勢力と対立。

 だが。

 それを行った人物は既に病死。

 現在は慎重な息子。

 ノルディア。

 騎兵。

 信仰。

 好戦的な王。

 ヴァルデン。

 大公権力が弱い。

 有力諸侯が乱立。

 南。

 小国。

 自由都市。

 宗教領。

「……」

 俺は。

 紙を見る。

 日本の戦国時代。

 似ている。

 いや。

 似ていない。

 どっちだ?

 人物だけ見ると。

 一瞬。

 知っている武将が浮かぶ。

 でも。

 必ず。

 どこか違う。

 経歴。

 性格。

 身分。

 死に方。

 年代。

 何かが。

 ズレる。

「やっぱり」

 俺は呟く。

「違う世界だ」

 当然。

 神が言った。

 ここは。

 別の世界。

 日本史とは。

 無関係。

「……考えすぎたか」

 俺は。

 紙を畳もうとした。

 その時。

 目。

 一つの文字。

 止まる。

 戦。

 戦争。

 俺。

 人物ばかり見ていた。

 誰が。

 誰に似ている。

 そればかり。

「……待て」

 俺は。

 紙を開き直す。

 アルヴェイン。

 グランヴァルト。

 ノルディア。

 ヴァルデン。

 戦。

 同盟。

 婚姻。

 領土。

「人物じゃない」

 俺は立ち上がる。

 椅子。

 ガタッ。

「流れ……?」

 小国。

 周辺の強国。

 国境争い。

 弱い中央権力。

 有力領主。

 宗教勢力。

 商人。

 戦。

 婚姻。

 裏切り。

 そして。

 急速に勢力を伸ばす者たち。

「……」

 日本史と。

 同じではない。

 人物も。

 国も。

 出来事も。

 違う。

 でも。

 もし。

 似ているのが。

 人物ではなく。

 歴史の動き方そのものだとしたら。

「いや……」

 まだ。

 証拠がない。

 そんなこと。

 あるわけがない。

 でも。

 胸の奥。

 嫌な感じ。

 消えない。

 俺は。

 紙に。

 一つだけ書いた。

『次に何が起きる?』

 炭筆を置く。

 もし。

 本当に。

 歴史の流れが似ているなら。

 過去を比べるだけでは。

 証明できない。

 なら。

 未来。

 次に起こること。

 それを。

 予想して。

 当たるか。

 見ればいい。

「……馬鹿馬鹿しい」

 そう言いながら。

 俺は。

 紙を捨てなかった。


 ◇ ◇ ◇


 同じ頃。

 アルヴェインブルクから遠く離れた場所。

 石造りの城。

 夜。

 一人の男が。

 報告書を読んでいた。

「ヴァイスブルク……」

 低い声。

 机。

 地図。

 蝋燭。

 男の指が。

 一つの名前で止まる。

「アルベルト・ヴァレンシュタイン」

 少し。

 笑う。

「相変わらずだな」

 そして。

 その下。

 小さく記された名前。

「……アレク・ハルトマン?」

「はい」

 側近。

「十五歳ほどの少年と」

「素性は」

「不明です」

「不明?」

「ヴァイスブルク周辺で突然、アルベルト殿下の軍に加わったようです」

「何をした」

「夜襲への対処」

「別働隊への欺瞞」

「騎兵運用への進言」

「現在は?」

「アルベルト殿下の小姓に」

「……」

 男。

 報告書を閉じる。

「面白い」

「調べますか?」

「いや」

「よろしいので?」

「十五の小姓一人に間者を使うほど暇ではない」

 男は立つ。

 窓。

 外。

 暗闇。

「それより」

「はい」

「西が動いた」

「……」

「フリードリヒ・ベルンが負けたことで」

 男。

 地図を見る。

「均衡が崩れる」

「兵を?」

「まだだ」

「では」

「使者を出せ」

「どちらへ?」

 男の指。

 地図。

 一つの国境。

「アルヴェインへ」

「大公殿下に?」

「ああ」

「何と?」

 男。

 笑う。

「祝いだ」

「ヴァイスブルクの勝利を祝う」

「それだけですか?」

「表向きはな」

「……」

「アルベルトが」

 男は。

 地図を見ながら言った。

「何を考えているのか見てこい」

 蝋燭。

 揺れる。

 その男の名を。

 この時の俺は。

 まだ知らない。

 けれど。

 後になって振り返れば。

 ヴァイスブルクで始まった小さな波紋が。

 この夜。

 初めて。

 大陸そのものを動かす流れへと繋がったのだと思う。

調べれば調べるほど、似ている。

そして、調べれば調べるほど違っている。


人物も、国も、起きた出来事も、アレクの知る日本史とは一致しない。


それでも消えない違和感の中で、アレクは一つの可能性に辿り着く。


似ているのは「人物」ではなく、「歴史の流れ」なのではないか。


その答えを確かめるため、アレクは次に起こる出来事を見定めようとする。


そして彼の知らないところでは、ヴァイスブルクで生まれた小さな波紋が、すでに新たな勢力を動かし始めていた。

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