第十二話 大公の小姓
アルベルトの小姓となったアレクを待っていたのは、剣でも軍議でもなく、山のような書類だった。
兵、金、食料、道、城、そして民。
戦に勝つだけでは、国は動かない。
初めて政務に触れる中で、アレクは神から与えられた知識にも、簡単には越えられない現実の壁があることを知っていく。
そして一枚の地図が、再び彼の中に小さな疑念を芽生えさせる。
小姓になって三日。
俺は早くも後悔していた。
「……眠い」
「手を動かせ」
「動かしてます」
「口ほどではない」
「口は疲れませんから」
「なら口も働かせろ。そこに書いてある数字を読め」
「はいはい……」
「返事は一度」
「はい」
日の出前。
ヴァイスブルク城館。
アルベルトの執務室。
俺の目の前には、山のような書類が積まれていた。
兵士の損害。
武器の損耗。
食料の残量。
馬の状態。
城壁の修復。
捕虜の扱い。
戦死者への補償。
周辺村落からの報告。
そして。
金。
とにかく金だった。
「……戦争って、こんなに金かかるんですね」
「知らなかったのか?」
「知識としては」
「なら同じだ」
「違いますよ」
俺は一枚の紙を持ち上げた。
「知ってるのと、実際に数字を見るのは全然違います」
ヴァイスブルクの戦い。
俺の感覚では、数日の戦だった。
でも。
そこに至るまでに兵を集め。
食料を集め。
武器を揃え。
馬を用意し。
戦えば矢が減る。
槍が折れる。
剣が欠ける。
鎧が壊れる。
馬が死ぬ。
人が死ぬ。
そして戦が終われば。
負傷者の治療。
遺族への補償。
城の修復。
軍の解散。
全部に金がかかる。
「殿下」
「何だ」
「戦争しない方が儲かりません?」
「今頃気づいたか」
「いや、でも」
俺は帳簿を見る。
「これだけ使うなら、戦わない方が絶対いいでしょう」
「だから普通は戦いたくない」
「……」
「だが」
アルベルトが書類から目を上げる。
「戦わなければ、もっと失う時がある」
「領地ですか」
「領地」
「民」
「信用」
「権威」
「場合によっては命」
アルベルトが淡々と言う。
「だから戦う」
「儲からないのに?」
「戦は商売ではない」
「なるほど」
「もっとも」
アルベルトが別の書類を取る。
「戦で儲けようとする奴もいるがな」
「いるんですか」
「山ほどいる」
「嫌な話ですね」
「乱世とはそういうものだ」
俺は書類へ視線を戻した。
乱世。
その言葉が。
妙に耳に残った。
◇ ◇ ◇
「次」
「ヴァイスブルク城壁修復費」
「いくらだ」
「銀貨換算で……」
数字を見る。
「……高くないですか?」
「だから聞いている」
「石材費、木材費、人夫への賃金……」
俺は紙をめくる。
「殿下」
「何だ」
「この木材、どこから?」
「北の森林地帯」
「運ぶ距離は?」
「馬車で一日半ほどだ」
「だから高いのか……」
頭の中。
現代知識が動く。
輸送。
道路。
荷車。
車輪。
軸受け。
重量分散。
舗装。
橋梁。
改善できるところは。
いくらでもある。
「……道を整備すれば」
「何だ?」
「いや」
考える。
「街道をもっと整備すれば、輸送費を下げられませんか?」
「下がる」
「じゃあやれば」
「金は?」
「……」
「人は?」
「……」
「整備中の道を誰が守る?」
「……」
「橋を架けるなら木材はどこから出す?」
「……」
「その森林は誰の領地だ?」
「……」
「そこを通る商人から税を取っている領主は、道が変わることを認めるか?」
「……」
「続けるか?」
「もういいです」
早い。
現実に殴られるまでが早い。
「でも道を良くすること自体は間違ってないですよね」
「間違っていない」
「なら」
「今できるかどうかは別だ」
「……」
「アレク」
「はい」
「お前は時々、面白いことを言う」
「褒めてます?」
「半分は」
「残り半分は?」
「夢物語だ」
「酷い」
「だが」
アルベルトが俺を見る。
「夢物語でも、覚えておけ」
「え?」
「今日できないからといって、十年後もできないとは限らん」
「……」
「金がなければ集めればいい」
「人がいなければ育てればいい」
「領主が邪魔なら説得する」
「説得できなければ?」
「別の方法を考える」
「怖いな」
「何か言ったか?」
「何でもありません」
でも。
なるほど。
そういう考え方なのか。
できない。
だから終わりではない。
今はできない。
なら。
できるようにする。
俺は頭の中に。
街道整備。
とだけ覚えておいた。
◇ ◇ ◇
昼前。
今度は城内の倉庫だった。
「これが小麦」
「見れば分かります」
「こっちは大麦」
「はい」
「これは燕麦」
「馬用?」
「主にはな」
倉庫管理官が袋を開ける。
ザラザラ……。
穀物。
「残量は?」
「城内だけなら二十日ほどです」
「二十日」
「ただし平時の消費量なら、です」
「兵が残れば?」
「十二、三日でしょう」
「そんなに減るんですか」
「人間が増えれば食う量も増えます」
「そりゃそうか」
当たり前。
でも。
これも数字で見ると違う。
「殿下から、好きに質問していいと言われてます」
「どうぞ」
「保存中にどれくらい駄目になります?」
「季節によりますが」
管理官が少し考える。
「多い時で一割以上」
「一割?」
「鼠、虫、湿気、黴」
「なるほど……」
頭の中。
穀物保存。
乾燥。
通風。
高床。
防鼠。
密閉。
燻蒸。
知識はある。
方法も知っている。
でも。
「……」
倉庫を見る。
石壁。
木製の床。
袋積み。
窓。
湿気。
まず。
「袋を直接床に置かない方がいいです」
「なぜです?」
「湿気が上がるから」
「板の上ですが」
「その板が地面に近い」
「ではどうするのです?」
「床から少し浮かせて……」
俺は周囲を見る。
「木枠を作れません?」
「木枠?」
「こんな感じで」
しゃがむ。
指で床の埃に図を書く。
「横に木を置いて、その上に板。その上に袋」
「ほう」
「床との間に隙間を作る」
「風を通すのですか?」
「はい」
管理官が図を見る。
「しかし木材が必要です」
「……また金?」
「当然です」
「ですよね」
「ただ」
管理官が顎に手を当てる。
「城壁修復で出た廃材なら使えるかもしれません」
「廃材?」
「折れた足場や門の木材です」
「腐ってない?」
「使える部分はあります」
「なら試してみません?」
「倉庫全部を?」
「いや」
考える。
「一角だけ」
「一角?」
「試すんです」
管理官を見る。
「普通に置いた袋と、木枠の上に置いた袋」
「同じくらいの量を置いて」
「一月後に比べる」
管理官が黙る。
「駄目です?」
「いえ」
「面白いと思います」
「本当ですか?」
「廃材なら費用もほとんどかからない」
「失敗しても損が少ない」
「そういうことです」
管理官が笑った。
「やってみましょう」
「お願いします」
小さい。
本当に。
小さなこと。
でも。
今の俺には。
これくらいがいい。
いきなり農業革命。
いきなり産業革命。
そんなこと。
できるわけがない。
知識があっても。
人がいる。
金がいる。
材料がいる。
技術がいる。
そして。
その世界で生きている人間に納得してもらわなければならない。
神の言葉。
知識は道具だ。
道具を使える人間がいなければ、何の意味もない。
「……そういうことか」
「何か?」
「いえ」
少しだけ。
分かった気がした。
◇ ◇ ◇
午後。
軍議。
「……俺も入るんですか?」
「入れ」
「小姓ですよ?」
「知っている」
「お茶とか持ってくる側じゃ?」
「持ってきたか?」
「持ってきました」
「なら仕事は終わった」
「終わりなんだ」
アルベルトの隣。
少し後ろ。
俺は立つ。
部屋には。
ヴァイス男爵。
ゲオルク。
騎士たち。
文官。
そして周辺領主。
机。
地図。
初めて見る。
かなり大きな地図だった。
「……」
俺の目が止まる。
「どうした?」
アルベルト。
「いえ」
地図。
アルヴェイン大公国。
その周辺。
東。
グランヴァルト大公国。
北。
ノルディア王国。
西。
ヴァルデン大公国。
南には。
いくつもの小領。
川。
山。
街道。
城。
「……」
何だ。
これ。
どこかで。
見たことがある。
いや。
あるわけがない。
異世界だ。
でも。
地形そのものではない。
位置関係。
勢力の広がり方。
山脈。
川。
街道。
「アレク」
「はい」
「聞いているか」
「すみません」
「後で見せてやる」
「え?」
「地図が気になるんだろう」
「……はい」
「今は軍議だ」
「はい」
俺は地図から目を離した。
でも。
頭の中には残った。
◇ ◇ ◇
「ベルン軍は西へ退却」
ゲオルクが駒を動かす。
コトッ。
「現在、フリードリヒ・ベルン伯爵は国境近くのグラーツ城へ入ったものと思われます」
「兵数は」
「二千前後」
「減ったな」
「ヴァイスブルクで約三百」
「北方で百前後」
「脱走兵も出ています」
「こちらは?」
「本隊の戦闘可能兵は約二千二百」
アルベルトが地図を見る。
「追撃はしない」
騎士の一人が口を開く。
「殿下」
「何だ」
「今ならグラーツを攻められます」
「理由は」
「ベルン軍は敗戦直後」
「士気も落ちております」
「兵数もこちらが上」
「ここで叩けば、国境を大きく西へ押し広げられます」
別の騎士も頷く。
「好機です」
アルベルトは黙っている。
「アレク」
「はい?」
突然。
「どう思う」
「俺ですか?」
「ああ」
「いや、俺、小姓」
「知っている」
「軍議ですよ?」
「だから聞いている」
視線。
集まる。
またこれだ。
「……」
地図を見る。
敵。
二千。
こちら。
二千二百。
数字なら。
勝負になる。
でも。
ヴァイスブルク。
城壁修復中。
負傷者。
食料。
矢。
武器。
馬。
そして。
さっき見た帳簿。
「……反対です」
空気が変わる。
騎士の一人。
「理由は?」
「兵が少ないから」
「こちらの方が多い」
「二百だけですよね」
「二百でも多い」
「攻める側ですよ」
「……」
「グラーツは城なんですよね?」
ゲオルク。
「ああ」
「規模は?」
「ヴァイスブルクよりやや大きい」
「だったら」
俺は地図を見る。
「二千二百で二千が守る城を攻めるのは嫌です」
「敵全軍が城にいるとは限らん」
「でも」
俺は言う。
「攻めてる間に、別の敵が来たら?」
「別の敵?」
「はい」
「ベルン伯爵だけが敵じゃないんですよね?」
部屋。
静か。
俺は周辺を見る。
西。
北。
東。
小領主。
「ヴァイスブルクで勝った」
「だから」
「周りも見てるんじゃないですか?」
アルベルトの目。
少し変わる。
「続けろ」
「アルヴェインが弱ったと思えば」
「攻めてくるかもしれない」
「逆に」
「ベルン伯爵が弱ったと思えば」
「ベルン領を狙う奴もいる」
「だったら」
「今、俺たちがグラーツに攻め込んだら」
地図。
「誰かが」
別の場所を。
「取るかもしれない」
沈黙。
俺。
何か変なこと言った?
やがて。
「誰に教わった」
騎士。
「え?」
「その考え方だ」
「……本?」
「何の本だ」
「色々です」
困る。
戦国史です。
とは言えない。
戦国時代。
ある勢力が戦っている隙に。
別の勢力が動く。
敵の敵と結ぶ。
国境が空けば攻める。
当たり前のようにあった。
「殿下」
ゲオルク。
「私も今回は少年に賛成です」
「理由は」
「北です」
地図。
指。
「ノルディア王国が国境付近で兵を増やしております」
「数は」
「不明」
「目的は」
「不明」
「……」
アルベルトが地図を見る。
「東は?」
「グランヴァルトに大きな動きはありません」
「西」
「ベルン以外は?」
「ヴァルデン側の諸侯が動いております」
「やはりな」
アルベルト。
「今回は止める」
騎士たち。
少し不満そう。
「殿下」
「勝った直後に欲を出すな」
「しかし」
「アレクの言った通りだ」
アルベルトが地図を叩く。
トン。
「我々だけが戦場を見ているのではない」
「周囲も我々を見ている」
騎士たちが黙る。
「ヴァイスブルクを直す」
「軍を休ませる」
「兵糧を集める」
「そして」
北を見る。
「次に誰が動くかを見る」
「はっ」
軍議。
続く。
俺は。
地図を見る。
やっぱり。
何か。
引っかかる。
◇ ◇ ◇
軍議後。
「殿下」
「何だ」
「さっきの地図」
「ああ」
「見せてもらえます?」
「好きにしろ」
「ありがとうございます」
部屋。
俺だけ。
いや。
アルベルトもいる。
「殿下は?」
「仕事だ」
「自分の部屋でやればいいのに」
「ここも私の部屋だ」
「そうでした」
俺は地図を広げる。
ガサッ。
「……」
改めて。
見る。
アルヴェイン。
中央より少し東。
南に海。
北に山地。
東に大国。
西にも複数の勢力。
街道。
河川。
平野。
「……違う」
日本じゃない。
形は。
全然違う。
海岸線も。
山も。
川も。
俺の知っている日本列島とは違う。
なのに。
「なんでだ……」
勢力の位置。
交通の要衝。
国と国の関係。
それが。
妙に。
「殿下」
「何だ」
「アルヴェインって」
「ああ」
「昔からこの広さなんですか?」
「いや」
「違う?」
「祖父の代には今の半分ほどだ」
「……」
「父の代に東と南を取った」
「どうやって?」
「戦と婚姻」
「……」
「それがどうした」
「いえ」
俺は地図を見る。
「今の大公国って」
「周りからどう思われてます?」
「質問が曖昧だな」
「例えば」
「田舎とか」
「弱いとか」
「成り上がりとか」
アルベルトが笑う。
「全部言われている」
「……」
「特に古い家柄の連中にはな」
「そうですか」
心臓。
少し。
速くなる。
違う。
まだ。
何も一致していない。
ただ。
似ているだけ。
「殿下の家は」
「何だ」
「古いんですか?」
「家そのものは古い」
「でも?」
「大公になったのは祖父だ」
「……」
待て。
落ち着け。
偶然。
そんなもの。
いくらでもある。
「アレク」
「はい」
「さっきから顔がおかしいぞ」
「元からです」
「そうか」
「否定してくださいよ」
「で?」
「え?」
「何が気になっている」
「……」
言えない。
この世界。
日本の戦国時代に似てません?
なんて。
言えるわけがない。
「地図が好きなんです」
「そうなのか」
「はい」
「変わった趣味だな」
「よく言われます」
前世では。
戦国時代の勢力図を何時間でも見ていられた。
城。
街道。
川。
山。
誰がどこを取った。
どの道から攻めた。
なぜそこに城を置いた。
そういうものが好きだった。
だからこそ。
分かる。
地図の形は違う。
でも。
この世界。
どこか。
似ている。
「……気のせいだ」
「何が?」
「何でもありません」
まだ。
断定するには。
材料が少なすぎる。
◇ ◇ ◇
翌日。
俺はアルベルトについて城下へ出た。
「殿下」
「何だ」
「護衛少なくないですか?」
「十二人いる」
「大公ですよね?」
「ああ」
「もっと必要じゃ?」
「城下だぞ」
「暗殺とか」
「誰に覚えた」
「本です」
「お前の本には物騒なことしか書いていないのか」
「だいたい」
「捨てろ」
「もうありません」
城下。
戦の傷は残っている。
屋根が壊れた家。
矢が刺さった壁。
焼けた倉庫。
でも。
人は動いている。
「殿下!」
商人。
「おお」
「ご無事で!」
「ああ」
「ベルンの奴ら、もう来ませんよね?」
「しばらくはな」
「しばらく?」
「永遠にとは約束できん」
「殿下は正直ですな」
「嘘をついても仕方ない」
別の場所。
「大公様!」
女性。
子供。
「夫が……」
アルベルトが止まる。
俺も。
女性の夫。
守備兵だった。
西門で。
死んだ。
アルベルトは。
女性の話を聞いた。
長い。
ただ。
聞いた。
言い訳もしない。
戦だから仕方ないとも言わない。
最後に。
「すまなかった」
そう言った。
女性は泣いた。
アルベルトは頭を下げた。
「……」
俺は。
何も言えなかった。
◇ ◇ ◇
帰り道。
「殿下」
「何だ」
「さっき」
「ああ」
「何で謝ったんです?」
「夫を死なせたからだ」
「でも」
「殿下が殺したわけじゃない」
「私が戦わせた」
「……」
「命令を出した者は、結果から逃げられん」
「でも全部背負ってたら」
「潰れる」
「じゃあ」
「背負えるだけ背負う」
「……」
「残りは忘れない」
俺はアルベルトを見る。
この人。
何なんだろう。
豪快。
無茶。
人使いが荒い。
でも。
妙なところで。
細かい。
人を見る。
金を見る。
兵を見る。
民を見る。
そして。
失敗を認める。
俺の知っている誰かに。
似ている気がする。
でも。
誰とも。
完全には重ならない。
「殿下」
「今度は何だ」
「昔、何になりたかったんです?」
「大公」
「子供の頃から?」
「ああ」
「夢がないですね」
「大公の息子だったからな」
「そりゃそうか」
「お前は?」
「俺?」
前世。
何になりたかった?
「……覚えてません」
「そうか」
「でも今は」
少し考える。
「死にたくないです」
「それは夢か?」
「立派な夢でしょう」
「小さいな」
「殿下が大きすぎるんですよ」
アルベルトが笑う。
俺も笑った。
でも。
心の中。
少しだけ。
変わっていた。
生きる。
それだけだった。
今も。
一番はそうだ。
でも。
もし。
生きるなら。
この世界で。
何ができるのか。
少しだけ。
知りたくなっていた。
◇ ◇ ◇
その夜。
俺は与えられた小さな部屋で。
紙を広げていた。
アルヴェイン周辺の地図。
アルベルトに頼んで。
簡単な写しを作らせてもらった。
中央。
アルヴェイン大公国。
東。
グランヴァルト大公国。
北。
ノルディア王国。
西。
ヴァルデン大公国。
さらに。
小さな領主。
城。
川。
山。
俺は。
別の紙に。
記憶だけで。
日本の戦国時代の勢力図を描く。
正確ではない。
でも。
大体なら。
分かる。
「……」
二枚。
並べる。
「違う」
形は違う。
国境も違う。
海岸線も違う。
当然だ。
別世界なのだから。
でも。
「……似てる」
俺は。
鉛筆代わりの炭筆を置いた。
地形じゃない。
勢力の位置関係。
国力。
街道。
隣国との関係。
それが。
似ている。
「いや」
首を振る。
「まだ早い」
戦国時代の知識を持っているから。
何でも戦国時代に当てはめようとしているだけかもしれない。
人間は。
知っているものに似た形を探す。
そういうものだ。
「……もっと情報がいる」
歴史。
各国の成立。
領主。
同盟。
戦争。
婚姻。
全部。
調べてからだ。
俺は紙を畳んだ。
その時。
コンコン。
「はい」
「私だ」
アルベルト。
「殿下?」
扉を開ける。
「どうしたんです?」
「明日、出るぞ」
「どこへ?」
「ヴァイスブルクを発つ」
「もう?」
「ああ」
「どこに行くんです?」
「大公都」
「……」
俺は止まった。
アルヴェイン大公国。
その中心。
「アルヴェインブルクへ戻る」
「殿下の城?」
「ああ」
「俺も?」
「小姓だからな」
「そうでした」
「それと」
「?」
「お前に会わせたい人間が何人かいる」
「誰です?」
「行けば分かる」
「それ一番嫌な言い方ですよ」
「そうか?」
「はい」
アルベルトは笑う。
「なら楽しみにしておけ」
「嫌です」
「明朝出発だ」
「また日の出前?」
「当然」
「……」
扉が閉まる。
俺は。
地図を見る。
アルヴェインブルク。
大公国の中心。
政治。
貴族。
軍。
商人。
情報。
全部が集まる場所。
「……情報」
俺は。
二枚の地図を見る。
ちょうどいい。
知りたいことが。
山ほどある。
この世界の歴史。
アルヴェインの歴史。
周辺国。
そして。
アルベルト・ヴァレンシュタインという男。
偶然なのか。
それとも。
本当に。
何かが似ているのか。
「……調べてみるか」
この時の俺は。
まだ。
単なる好奇心のつもりだった。
前世で歴史を調べていた時と。
同じように。
知りたい。
ただ。
それだけだった。
けれど。
アルヴェインブルクで俺が知ることになる歴史は。
俺の中にあった小さな違和感を。
偶然という言葉では片付けられないものへと変えていくことになる。
剣を振るうだけでは、国は動かない。
兵、金、食料、道、そして民。
アルベルトの傍で政務に触れたアレクは、知識を持っていることと、それを現実に形にすることの違いを知る。
そして、何気なく見た一枚の地図。
形は違う。
国の名も違う。
それでも、どこか似ている。
その違和感を確かめるため、アレクはアルヴェイン大公国の中心――アルヴェインブルクへ向かう。




