第十五話 閉ざせなかった門
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いくつもの街道が交わる要衝へ、グランヴァルト軍が進みます。
城塞都市の西門から、槍を持たない兵の列が出ていった。
昨日まで敵だった者たちだ。隊ごとに分けられ、両側をグランヴァルトの歩兵に挟まれている。負傷して歩けない者は城内に残し、歩ける者から西の収容先へ移していた。
門の脇で名簿を確かめていたマティアスが、通り過ぎる列から顔を上げた。
「次の組は、前の組が街道を空けてから出せ。荷車と一緒に押し込むな」
「はっ」
「途中で歩けなくなった者をどうするか、護衛の隊長にも伝えておけ。置いて進むことは許さん」
家臣が一礼し、兵の列へ走っていく。
アレクは東門へ向かう途中で足を止めた。
塔の崩れた広場は、まだ片づけの途中だった。太い木を引く綱に人が並び、割れた屋根板を荷車へ積んでいる。近くの道は開けられ、兵の食料を運ぶ車が通れるようになっていた。
城塞都市が開いてから、三日が過ぎていた。
負傷者を休ませる場所を決め、武器を集め、捕虜の移送を始める。それを済ませる間にも、斥候は東へ出ていた。
その先に、次の街があった。
王都へ向かう街道へ、北からの道と南からの道が合流する場所だ。穀物や馬を運ぶ商人が立ち寄り、兵が通る時には荷を集める。ここを押さえれば東への輸送が楽になるが、敵に残せば、こちらの荷車が通るたびに兵を付けなければならない。
街の領主は、降伏の勧告を拒んだ。
使者が持ち帰った返答は短かった。
王命によって守る街を、敵へ渡すことはできない。
それだけだった。
「アレク」
マティアスが呼んだ。
「陛下のところへ行くのか」
「はい。鉄砲隊の報告を持っていきます」
「私も行く」
名簿を家臣へ渡し、マティアスは歩き出した。
通りの向こうでは、馬に荷を載せる兵が声を掛け合っている。アレクの旗も、その中に見えた。林檎の花と、その周りを囲む五つの蕾が、朝の風に揺れていた。
「次も、門を開いてくれればよいのですが」
アレクが言うと、マティアスは首を横に振った。
「周りが開いたからこそ、自分だけは守り抜くと考える者もいる」
「援軍を待っているのでしょうか」
「その可能性はある。王都へ近づけば、こちらを止める理由も増えるからな」
東門の前に立つ兵が、二人へ道を空けた。
街道の先には、すでに先発の旗が動いていた。
◇ ◇ ◇
次の街を見渡せる丘へ本陣が置かれたのは、二日後だった。
街は街道の合流点を中心に広がり、その周囲を石の壁が囲んでいた。西の門へ入った道は市の広場へ通じ、そこから北と南へ分かれる。東へ進めば王都への門に至るが、その途中から石畳の坂が北東へ延びていた。
坂の上に、領主の城があった。
四角い塔と高い屋根を持つ石造りの城で、背後の壁は街の外周の城壁へつながっている。街側にも壁と城門があり、その向こうに前庭が見えた。
街の門を抜けても、領主のいる場所へすぐ届くわけではない。
アレクは丘の上から、その道筋を目で追った。
レオンハルトの前には、進軍する兵の割り振りを記した紙が置かれていた。
一万七千三百七十六人のうち、六千人は後方の任務へ回していた。捕虜の監視と護送、負傷者の保護に三千。開城した都市の守備に二千。西へ続く街道と荷駄の警戒に千。
今回、要衝の街へ進めた兵は、一万一千三百七十六人だった。
「守備兵は」
レオンハルトが尋ねた。
「二千五百ほどと見ています」
カスパルが答えた。
「街の門と城壁、それに内側の道へ千七百ほど。領主の城には八百ほど残しています。城外へ出て戦う様子はありません」
「門の裏は」
「荷車と木材を集めています。壊された場合にも備えているのでしょう」
レオンハルトは頷いた。
「学んではいるな」
「もう一つ、報告があります」
カスパルは東へ顔を向けた。
「王都側の街道を、千八百ほどの兵が進んでいます。旗だけでなく荷車もあり、斥候を前へ出しています。この街へ向かっていると考えてよいかと」
机の周りの者が、地図へ目を落とした。
敵が街へ入れば、守備兵は四千を超える。城壁を前にしている間に背後へ回られれば、攻める兵を下げて向き直らせなければならない。
「到着は」
「荷車を連れているので、すぐではありません。ただ、明日には街へ近づきます。先頭だけ急がせれば、もっと早く来るかもしれません」
アレクは地図の東側を見た。
街から王都へ向かう道は、しばらく畑の間を通り、その先で林へ入っている。林の中では道が狭まり、荷車がすれ違える場所も限られていた。
カスパルが指したのは、その道が畑へ出るところだった。
「この出口の手前は、左右とも木が密に生えています。大勢の兵を横へ並べるのは難しいでしょう」
「出口のこちら側は」
アレクが尋ねる。
「畑と草地だ。兵を並べる場所はある。街の南を回れば、城壁へ近づかずに行ける」
アレクはレオンハルトへ向き直った。
「門は大砲で破ります。その後、私は鉄砲隊へ合流します。王都からの援軍は、街へ通しません」
レオンハルトは地図から目を上げた。
「鉄砲隊を先に置くか」
「はい。ギルベルトに指揮を預けます。敵が横へ広がれないうちに、出口で止めます」
「林へ入られたらどうする」
「歩兵を付けていただきたいです。鉄砲隊は正面にまとめ、林から出てくる敵を歩兵に防いでもらいます」
マティアスが紙へ目を落とした。
「歩兵六百、騎兵二百を付けましょう。騎兵は偵察と伝令、側道の警戒に使います。鉄砲隊九百六人と合わせて、千七百六人です」
「残りは九千六百七十か」
「はい。歩兵と弓兵、砲の警護などに当たる兵が八千四百七十。騎兵は千二百です」
レオンハルトはカスパルへ言った。
「道を知る者を付けろ。敵に先を越されるな」
「承知しました」
「アレク。門が壊れるまで、向こうが待ってくれるとは限らん」
「はい。私が着く前に敵が来た場合は、ギルベルトの判断で迎撃させます」
「よし」
レオンハルトが紙へ指を置いた。
「西門から攻める。北には兵を置いて動きを見ろ。南から逃げる兵にも備える。全員を門へ詰め込むな」
命令を聞いていたエイドリアンが、一歩進み出た。
「突破口へ入る兵は、私が率います」
「二千を預ける。門を抜けても、先頭だけで走るな。後ろを続かせろ」
「はっ」
マティアスが続けた。
「私も後続を率いて入ります。西門から広場までの道を確保し、兵と負傷者が通れるようにします」
レオンハルトは二人を見た。
「領主は、できれば捕らえろ。だが、街を取ることが先だ。一人を追って兵をばらけさせるな」
エイドリアンは胸へ手を当てた。
アレクは、もう一度地図の東側を見た。
自分が撃ち開ける門と、自分が塞がなければならない道が、同じ街を挟んで向かい合っていた。
◇ ◇ ◇
ギルベルトは、林の出口を歩いて確かめた。
道は木々の間を抜ける直前でわずかに曲がり、その先で畑へ出ている。乾いた畑には収穫後の茎が残っていたが、兵が立つには支障がなかった。
南側へ少し下がれば、街の南を回ってきた道へつながる。兵糧と弾薬を積んだ荷車はそちらへ置き、退く必要が生じた場合にも道を塞がないようにした。
「一班はここだ。二班、三班は後ろへ」
九百六人を、三百二人ずつ三班に分ける。
正面の街道だけでなく、その両脇の林の縁まで見渡せるように横幅を取った。射撃を終えた班が後ろへ抜け、次の班が前へ出る場所を、兵を歩かせて確かめる。
護衛の歩兵六百人は、二百人ずつ左右の林際へ置き、残る二百人を鉄砲隊の後ろへ控えさせた。
「鉄砲隊の前へ出る時は、必ず知らせろ。勝手に横切るな」
ギルベルトが言うと、歩兵の隊長が頷いた。
「林の中まで追わせはせん。こちらへ出てくるところを止める」
「それでよい」
騎兵は前方の偵察と周囲の警戒へ散っていた。
道を戻ってきた一人が、馬から下りずに報告した。
「敵はまだ林の東です。荷車を後ろへ下げ、兵を先へ進めています」
「こちらに気づいたか」
「先ほど、敵の斥候と鉢合わせしました。戻った者がいるので、伝わるでしょう」
ギルベルトは林の奥を見た。
隠れて一度だけ撃つつもりはなかった。
敵に気づかれても、この道を通るなら正面へ出てこなければならない。迂回するなら、道を探し、兵をまとめ直す時間がかかる。
その時間を使わせることも役目だった。
「子爵様へ知らせろ。敵はこちらを確かめた。兵を前へ出していると」
「はっ」
騎兵が南の道へ馬を向けた。
ギルベルトは一班の前を歩いた。
「相手は千八百ほどだ。多いが、一度には出てこられん。命令を聞け。隣が撃ったからと、勝手に撃つな」
兵たちが頷いた。
その向こうで、林の枝が揺れた。
◇ ◇ ◇
最初の砲弾が、西門へ当たった。
木の破片が跳ね、門の内側から怒鳴り声が上がる。
だが、門は開かなかった。
アレクは煙が流れるのを待ち、壊れた場所を確かめた。
門の表面は割れていたが、裏から当てられた木材が残っている。以前に撃った門よりも、何重にも支えられているようだった。
「次の砲へ」
アレクが移ると、砲手が場所を空けた。
城壁の上から矢が飛んできた。
前へ出ていた盾兵が盾を持ち上げる。その後ろで弓兵が射返し、胸壁の間から身を出していた敵を伏せさせた。
砲手の一人が肩をすくめた。
「目の前の仕事を続けろ」
砲手の長が言った。
「前は兵が守っている」
アレクは砲へ触れ、門を見た。
薄い弾道が視界に現れる。
壊れかけた部分へ狙いを寄せ、砲手とともに向きを確かめた。
「ここです」
手を離し、脇へ退く。
次の砲声が響いた。
門の中央が内側へ沈み、支えの木が折れた。隙間の向こうに、横倒しに置かれた荷車が見えた。
「門の裏にもあります!」
近くの兵が叫ぶ。
「見えている」
アレクは答えた。
門が破れても、その後ろの荷車が道を塞いでいる。突入する味方は、その障害物も越えなければならなかった。
四門が順に撃ち、砲手たちが次の射撃へ備える。
アレクは撃つたびに門を確かめた。煙が残っている間は待たせた。城壁の兵が顔を出せば、弓兵が射返した。
八発目で、片側の門扉が大きく傾いた。
九発目が残っていた木組みを砕くと、鉄の金具を付けた重い板が内側へ倒れた。支えに使われていた木も巻き込まれ、門の奥で土埃が上がる。
その向こうに槍が並んでいた。
「砲撃、止め!」
アレクが手を上げた。
レオンハルトの方を見る。
王は門を確かめ、剣を抜いた。
「エイドリアン。行け!」
「前へ!」
盾を持った兵が進み出た。
後ろから槍兵が続き、弓兵は門の上へ矢を送る。破れた門へ向かう列の先頭で、エイドリアンが剣を上げていた。
アレクは砲手の長へ言った。
「味方が入りました。次の命令があるまで撃たないでください」
「承知しました」
「砲の点検をお願いします。使ったのは九発です」
その時、南側から騎兵が駆けてきた。
「子爵様!」
アレクは振り返った。
「敵の先頭が林の街道へ入っています。ギルベルト隊長より、迎撃の準備を整えたと!」
レオンハルトも、その声を聞いていた。
「行け、アレク」
「はい」
「あちらを任せる」
アレクは一礼し、馬へ駆け寄った。
鞍へ上がると、専用の火縄銃が収まっていることを確かめ、手綱を取る。
背後で、門へ入った兵の叫び声が上がった。
アレクは振り返らず、南の道へ馬を走らせた。
◇ ◇ ◇
西門の内側には、横倒しの荷車が残っていた。
車輪の一つは砲弾で砕かれていたが、車体は道を塞いでいる。その後ろへ敵の槍兵が並び、壊れた門を越えてくる兵を待っていた。
先頭の盾兵が槍を受けた。
盾の縁から穂先が入り、一人が膝をつく。後ろの兵がその肩を引き、別の盾が前へ出た。
「止まるな! 前だけで押すな、右を見ろ!」
エイドリアンが声を張った。
荷車の右側には、人が通れる隙間があった。敵もそこを塞いでいるが、盾を並べられるほど広くはない。
エイドリアンは近くの隊長へ指示した。
「正面で押さえろ。右から回る」
「はっ」
盾が槍を受け止める間に、数人が右へ寄った。
折れた木を踏み越え、一人が敵の槍を盾で外へ押す。その脇から剣を持った兵が入り、荷車の横を守っていた敵へ斬りかかった。
エイドリアンも続いた。
槍の穂先が胸へ伸びる。剣で払うと、後ろの味方が盾を差し入れた。敵が引こうとしたところへ、さらに二人が入る。
荷車の横が開いた。
「回れ! 後ろから続け!」
敵の槍兵が向きを変えた。
その動きで正面の槍が乱れる。盾兵が荷車へ体を寄せ、味方が隙間を抜け始めた。
誰かが綱を掛けた。
数人で引くと、荷車が少しずつ横へ動いた。
門を通れる幅が広がる。
だが、入口の脇に残った敵は、なお槍を突き出していた。前に立つ盾兵が次々と負傷し、エイドリアンは後ろの兵と交代させながら押し進んだ。倒れた者を運び出すたびに、別の兵がその場所へ入った。
マティアスは後続の千五百人を率い、門の内側へ入った。
「ここを空けろ。負傷者は脇へ運べ。奥へ行く兵と戻る兵を、同じ側へ寄せるな」
兵が道の両側へ分かれた。
担架が一つ、門へ向かって戻ってくる。その横を、新しい盾兵が通り過ぎた。
マティアスは前方を見た。
敵は広場へ退いている。家の間へ入る者もいたが、まとまった一隊は坂の方へ走っていた。
街路の交わる場所で、突入隊の足が止まった。奥に残った敵の弓兵が矢を放ち、盾の隙間へ入り込んだ矢が兵を倒した。味方の弓兵が射返す間に、盾兵が負傷者を引きずって物陰へ運ぶ。再び進み始めた列には、後続の兵が加わっていた。
「エイドリアンへ伝えろ。広場までは後ろが続く。城へ進むなら、道を押さえる兵を残すように」
伝令が走る。
マティアスは、門の脇で震えていた少年を見つけた。
武器は持っていない。割れた桶を抱え、壁へ背を押しつけていた。
「兵の前へ出るな。家はどこだ」
少年が通りの奥を指した。
マティアスは近くの兵へ目を向けた。
「家へ戻してやれ。道を横切らせる時は、前の隊へ知らせろ」
「はっ」
兵が少年へ手を差し出した。
その向こうで、また叫び声が上がった。
「城へ逃げろ! 門が破られた!」
家の戸が開いた。
荷物を抱えた男が飛び出し、女が子どもの手を引いて続いた。
兵だけでなく、住民も坂へ向かい始めていた。
◇ ◇ ◇
城の門番は、戻ってくる兵へ怒鳴っていた。
「隊ごとに並べ! 押すな!」
誰も並ばなかった。
兜を失った兵が門へ駆け込み、その後ろから盾を捨てた男が走ってくる。負傷した仲間を二人で支える者もいた。
街へ出していた兵のうち、命令を受けて退いてきた者と、勝手に持ち場を離れた者が入り乱れていた。
門番には、その区別をつける暇がなかった。
「武器は持って入れ! 槍を門へ引っかけるな!」
横を向いた槍の柄が、石の縁へ当たった。後ろから押された兵が倒れかけ、隣の男の肩をつかむ。
そこへ市民が来た。
「入れてくれ!」
「子どもだけでも!」
荷を背負った者が、兵の列へ割り込もうとする。
門番の隊長は、城内へ振り返った。
「先に広場へ通せ! 入口で止めるな!」
前庭へ兵が走り、入ってきた者を奥へ動かそうとした。
城の方から別の命令が飛ぶ。
「負傷した兵は右へ! 戦える者は階段の前へ集まれ!」
その声に向きを変える兵と、どこへ行けばよいか分からない市民がぶつかった。
門の前で女が転んだ。
子どもが泣き、後ろの者が足を止める。
隊長が駆け寄り、女の腕をつかんで立たせた。
「荷は捨てろ! 立て!」
女は抱えていた包みを落とした。
その時、坂の下から違う叫び声が聞こえた。
「グランヴァルトだ!」
隊長が顔を上げた。
逃げてくる兵の向こうに、盾を揃えた一隊が見えた。
速い。
まだ街の広場で戦っているはずだった。
「門を閉めろ!」
隊長が叫ぶ。
門番が扉へ取りついた。
だが、門の下には兵と市民がいた。片側の扉を動かそうとすると、人が挟まれそうになって悲鳴を上げる。
「下がれ!」
「後ろから押されているんだ!」
閉まりかけた扉を、逃げてきた兵が肩で押し戻した。
その向こうで、エイドリアンが剣を上げた。
「武器を持たぬ者には手を出さん! 道を開けろ!」
城へ向かっていた市民が振り返る。
敵だと気づいた男が、子どもを抱えて壁際へ寄った。女は動けずに立ちすくんでいた。
「そちらへ! 壁際へ寄れ!」
先頭の盾兵が道の脇を示した。
槍を持つ敵兵が、市民の間からこちらを振り返った。
穂先が上がる。
「槍だ!」
味方の盾が前へ出た。
突き出された槍を受け、そのまま脇へ押す。後ろから入った兵が敵を突き倒した。
エイドリアンは、門の片側が動いているのを見た。
「右の扉を押さえろ! 閉めさせるな!」
兵が走った。
門番が剣を抜き、最初の兵へ斬りつけた。兵は盾で受けたが、足を滑らせたところへ別の敵が槍を突き出す。
味方が倒れた。
その肩を後ろの兵が引き、空いた場所へ次の盾が入った。
「押せ!」
数人が扉へ体を当てた。
閉じかけていた扉が、城内へ押し戻される。
エイドリアンはその隙間を抜けた。
前庭には、まだ市民がいた。
「壁際へ! 武器を持たない者は、そこへ寄れ!」
兵が道を示す。
老人を支えた女が、泣いている子どもを連れて横へ動いた。その背後から、城の守備兵が盾を並べて進んできた。
エイドリアンは剣を構えた。
「門を守れ! 後続を入れろ!」
背後から、グランヴァルトの兵が続いた。
◇ ◇ ◇
アレクが林の出口へ近づいた時、最初の銃声が聞こえた。
馬が耳を動かす。
手綱を引きすぎないようにしながら、アレクは道の脇へ寄った。火縄銃を持つ兵の列が見え、その前に薄い煙が流れている。
一班が下がり、二班が前へ出ていた。
「一班、火縄上げ! 後退!」
ギルベルトの声が聞こえる。
兵は手で火縄ばさみを上げ、後ろへ抜けていく。
アレクは馬を下り、近くの兵へ預けた。
「状況は」
ギルベルトが振り返った。
「敵の先頭が出てきたため、一班で撃ちました。今は道の曲がり角の向こうへ下がっています。左右の林にも動きがあります」
「味方は」
「今のところ、大きな損害はありません。敵の弓兵が前へ来ています」
アレクは列の間から正面を見た。
林の出口の向こうに、盾が見える。
敵は道いっぱいに並んではいなかった。前へ盾を出し、その後ろで弓兵が散ろうとしている。
「門は破りました。城攻めの兵が街へ入っています」
アレクが言うと、ギルベルトは頷いた。
「ならば、こちらへ来た甲斐がありましたな」
「ここを通しません」
アレクは二班の指揮者へ声をかけた。
「敵が出口へ出るまで待て。林の奥へ、見えないまま撃つな」
兵が返事をする。
後ろでは、一班が次の弾を装填していた。
九百六人が三班に分かれ、射撃と装填を交代するだけの場所は確保していた。それでも、煙が一度広がれば見通しは悪くなる。班を前へ出す順序と、射撃を止める時を間違えれば、味方の歩兵が動けなくなる。
アレクは左右を確かめた。
林際に置いた歩兵は、木の間を見ていた。正面の鉄砲隊の射線へ入らず、敵が外へ出てきたところを押さえる位置だった。
「二班、火蓋開け!」
号令が伝わった。
盾の列が進み出た。
後ろから矢が上がる。
「構え!」
味方の盾兵が盾を持ち上げる。矢が地面へ刺さり、鉄砲隊の前にも落ちた。
一人が肩を押さえて膝をついた。
隣の兵が顔を向けかける。
「前を見ろ! 負傷者は後ろが運ぶ!」
ギルベルトが叫んだ。
アレクは赤い布を上げていた。
敵の盾が林の影から出る。その後ろへ槍の穂先が続き、道の端へ弓兵が走った。
布を振り下ろす。
「撃て!」
三百二人の射撃が、出口へ集中した。
盾が揺れた。
前列の兵が倒れ、その後ろの槍が隣へ傾く。道を外れようとした弓兵が地面へ伏せ、後ろから出てきた兵がつまずいた。
それでも、敵はすべて退かなかった。
盾を前へ向けたまま、倒れた者を越えようとしている。
「二班、火縄上げ! 後退! 三班、前へ!」
アレクは声を張った。
今度は、敵の後ろから笛が鳴った。
正面の盾兵が足を止める。同時に、南側の林が大きく揺れた。
「右の林、敵!」
歩兵の隊長が叫んだ。
木の間から敵兵が出てきた。
横へ揃うことができず、数人ずつ姿を見せる。槍の柄が枝に引っかかり、後ろの者が押しのけるように進んでくる。
味方の歩兵二百が向きを変えた。
「鉄砲隊へ近づけるな!」
盾と槍がぶつかった。
アレクは後ろに控えた歩兵の隊長を呼んだ。
「百人を右へ。残る百人は、そのまま備えてください」
「承知した!」
百人が鉄砲隊の後ろを通って右へ向かった。
アレクは三班へ顔を戻した。
「正面を撃つ。右へは向けるな!」
味方が組み合っている場所へ射撃を加えるわけにはいかなかった。
正面の敵は、林から出た兵がこちらの脇を崩すのを待っている。
ならば、その正面を動かさせなければよい。
「三班、構え!」
次の射撃が響いた。
◇ ◇ ◇
敵の指揮官は、林の中で歯を食いしばった。
街から大砲の音が聞こえていた。
それが止んだ。
門を守り切ったのか、破られたのか。
確かめるためにも先へ進まなければならないが、道の出口からは銃声が続いていた。
「正面へ出した三百、これ以上は前へ進めません!」
戻ってきた兵が報告する。
「左右へ出せと言っただろう!」
「北の二百は、林の端で敵の歩兵に止められています。南の二百五十も、まだ抜けられません!」
指揮官は道の脇を見た。
木は密に生え、下には根と低い枝が張っている。少人数なら通れるが、千人を揃えて進ませられる場所ではなかった。
先頭に出した兵を下げようにも、後ろから来た者が道を詰まらせている。
千八百のうち、七百五十を正面と両脇へ向けた。残る千五十には、荷車と後方を守らせる兵も含まれている。
数が残っていても、出口へ出せなければ役に立たない。
「荷車をもっと下げろ! 前の兵を戻す場所を作れ!」
「はっ!」
正面から、また銃声が響いた。
近くの木へ弾が当たり、樹皮が飛んだ。
指揮官は顔を伏せた。
味方の兵が、盾を引きずりながら戻ってくる。その後ろでは、負傷者を運ぼうとしていた二人が、道を空けろと怒鳴っていた。
指揮官は剣を握り直した。
このまま退けば、街はどうなる。
だが、正面へ次々と兵を出しても、狭い場所から順に撃たれるだけだった。
「弓兵を残せ。前の組を下げる。次は盾をまとめて出す」
命令を出しながら、指揮官は西を見た。
木々に遮られ、街の塔さえ見えなかった。
◇ ◇ ◇
城の前庭では、エイドリアンの兵が敵の盾を押し返していた。
入口を確保した味方が、後続を中へ通す。城門の脇には市民が集まり、身を寄せ合って座っていた。
誰かが泣いている。
その声に混じって、鉄が盾を叩く音が響いた。
城の大きな入口は開いたままだった。前庭から下がる兵を入れ、代わりに新しい兵を出している。
エイドリアンはその動きを見た。
「右を押せ。中央を空けるな」
盾兵が一歩進む。
敵の列が斜めになり、入口の前へ寄った。
退こうとした兵と、出てきた兵がぶつかる。
「今だ!」
エイドリアンが進み出た。
剣を振り下ろしてきた敵を盾兵が受け、その横から味方の槍が伸びる。エイドリアンは石段を駆け上がり、入口の柱の陰へ身を寄せた。
中から槍が突き出された。
穂先を避け、剣で柄を払う。
後ろの兵が盾を差し入れた。
入口が押し広げられ、味方が城内へ入った。
中は外より暗かった。
廊下の先に階段があり、その上に武装した男が立っていた。周囲には、同じ色の上衣を着た兵が並んでいる。
城門から逃げてきた兵とは違った。
領主の直属兵だった。
「そこまでだ!」
男が叫んだ。
「援軍は来る! ここを守れば、奴らは街から出られん!」
エイドリアンは足を止め、味方を揃えた。
「領主殿か!」
「そうだ!」
「城門は押さえた。武器を捨てろ!」
男は答えず、剣を前へ突き出した。
「押し返せ!」
直属兵が階段を下りてきた。
狭い場所で盾がぶつかった。
エイドリアンは、後ろから入ろうとする兵へ怒鳴った。
「詰めすぎるな! 前が下がれる場所を空けろ!」
敵は階段の上から槍を伸ばしてくる。味方は盾で受けながら、一段ずつ足を進めた。
壁際で剣が振られ、兵が肩を押さえて倒れた。
後ろへ運び出そうとした者の盾に、別の槍が当たる。
エイドリアンは隣の隊長へ言った。
「左を見ろ。二人で押さえろ」
味方が盾を寄せ、槍の穂先を壁へ押しつけた。
その間に、一段上がる。
敵の足元へ剣が届いた。
男が倒れ、後ろの兵が半歩退く。
領主が自ら前へ出てきた。
「退くな!」
剣を振り上げた腕へ、味方の兵が盾を当てた。
領主の体が壁へ寄る。
「剣を捨てろ!」
兵が腕をつかもうとした。
領主は体をひねり、盾の脇から剣を突き込んだ。
味方の兵が、息を詰まらせた。
膝が崩れる。
助けようとした別の兵へ、領主の後ろから槍が伸びた。
「下がれ!」
エイドリアンが叫んだ。
盾兵が間へ入り、倒れた二人を後ろへ引く。
階段に血が流れた。
領主は剣を構え直した。
「来い!」
エイドリアンは、その顔を見た。
降伏するつもりはない。
捕らえようと手を伸ばせば、その隙を突いてくる。まだ助かると信じている兵たちも、その後ろで槍を構えている。
エイドリアンは剣を握り直した。
「生け捕りにこだわるな。抵抗するなら斬れ!」
盾が前へ出た。
領主の剣を受け、横へ押す。
エイドリアンはその脇から一段上がった。
領主が顔を向けた時には、味方の槍が体を捉えていた。
男の剣が下がる。
エイドリアンの刃が走った。
領主は壁へ肩をぶつけ、そのまま階段へ崩れた。
後ろの兵が動きを止めた。
「武器を捨てろ!」
エイドリアンが叫ぶ。
「捨てた者は斬るな!」
槍が一本、石の床へ落ちた。
続いて、もう一本。
奥へ逃げようとした兵を、味方が追って押さえた。剣を構え続けた者には盾を向け、武器を落とした者とは分けていく。
エイドリアンは階段の下を見た。
先ほど刺された兵が運び出されていた。
その顔を見ようとして、一歩下りかけた。
「隊長! 奥にまだ兵がいます!」
声が飛んだ。
エイドリアンは足を止め、剣を上げ直した。
「領主は討ち取った。降伏しろと伝えろ。それでも武器を向ける者は斬り捨てろ」
◇ ◇ ◇
街道の敵は、もう一度、盾を揃えて出てきた。
最初の組より多い。
倒れた兵のいる場所を避け、道の左右へ広がろうとしていた。
アレクは一班を前へ出した。
その後ろで、二班と三班が装填を進める。
右の林際では、護衛の歩兵が敵を押し返していた。木の間から出てきた敵は、三百人に増えた味方を崩せず、再び林へ戻り始めている。
北側でも、槍のぶつかる音が遠ざかっていた。
アレクは、正面から目を離さなかった。
「一班、構え!」
盾の上から弓が現れた。
矢が飛ぶ。
兵の一人が顔を伏せ、隣の者が歯を食いしばった。
アレクは赤い布を下ろした。
「撃て!」
銃声が重なった。
前列の盾が傾き、後ろから押していた兵が足を止める。
敵の指揮者らしい男が剣を振った。
進めと叫んでいる。
だが、道を出た兵が倒れるのを見た後ろの者は、前へ出られなかった。
「一班、火縄上げ! 後退!」
兵が下がる。
二班が前へ出た時、敵の列はすでに崩れ始めていた。
盾を前へ向けたまま下がる者と、背を向けて走る者がぶつかる。負傷した仲間を引く兵の横へ、槍を捨てた男が座り込んだ。
「追いますか!」
近くの歩兵の隊長が尋ねた。
「追わなくていい! ここを通さなければ、役目は果たせる!」
アレクは答えた。
林へ入れば、こちらも横に並べなくなる。
待ち構えている敵がいるかもしれない。今、敵が苦しんでいる場所へ、自分たちから入る必要はなかった。
「二班、そのまま待機!」
アレクが手を上げる。
銃声が止むと、負傷者の声が聞こえた。
ギルベルトが列の後ろへ命令を飛ばす。
「交代する者は後ろへ。銃は隣へ渡すな、まとめて預けろ!」
負傷した兵が運ばれ、後ろの者が空いた場所を埋めた。
アレクは林の奥を見た。
まだ敵はいる。
動かなくなったからといって、終わったわけではない。
その時、南の道から伝令が来た。
「子爵様! 城門を確保、領主は討ち取られました!」
アレクは振り返った。
「城内の抵抗は」
「武器を置く者が増えています。マティアス様が降伏の命令を伝えさせております!」
アレクは一度目を閉じ、それから頷いた。
「分かった。陛下へ、援軍は街へ通していないと伝えてくれ」
「はっ!」
伝令が戻っていく。
ギルベルトが近づいた。
「落ちましたか」
「ああ。ただ、こちらの敵が知ったとは限らない。もう少し備える」
林の奥で、馬のいななきが聞こえた。
◇ ◇ ◇
敵の指揮官の前へ、泥にまみれた騎兵が転がるように馬を下りた。
街を守っていた領主の色を着ている。
「城が落ちました!」
指揮官は男の腕をつかんだ。
「街の門ではなく、城か」
「はい。城門へ敵が入りました。領主様も……討ち取られたと」
「見たのか!」
「城から出てきた兵に聞きました。私は東門から出て、畑の道を回って……」
男は息を切らし、言葉を続けられなかった。
指揮官は手を離した。
街を守る旗が、まだどこかに残っているかもしれない。
城内にも、抗っている兵はいるかもしれない。
だが、こちらが千八百人の兵を失わずに到着したとしても、落ちた街をすぐ取り返せるとは思えなかった。
実際には、千八百はもう揃っていない。
正面へ出した組は損害を受け、林へ入れた兵も戻りきっていなかった。
「退く」
指揮官が言った。
近くの隊長が顔を上げる。
「王都へ戻る。負傷者を先に動かせ。後ろに残した兵を前へ出し、退いてくる隊を守らせろ」
「救援は……」
「救う城が落ちた。ここで兵を失い続ければ、王都を守る者まで減る」
言い終えてから、指揮官は西を見た。
林の向こうには、まだ鉄砲隊がいた。
進めば撃たれる。
下がっても、追ってくるとは限らない。
相手は、最初から街を助けさせないためにここへいたのだ。
「急げ。道が詰まる前に荷車を動かせ」
撤退の命令が伝わった。
◇ ◇ ◇
敵が引いた後も、アレクはしばらく鉄砲隊を動かさなかった。
前方へ出した騎兵が戻り、敵の主力が王都側へ退いていると報告して、ようやく列の一部を休ませた。
道の出口には、武器を捨てた敵兵が残っていた。
歩けない者もいた。
護衛の歩兵を出し、武器を離して座らせる。林の中から出てきた者も同じ場所へ集め、まだ隠れている兵がいないかを確かめた。
「弾薬箱閉め!」
ギルベルトの号令が伝わる。
兵が蓋を閉じ、留め具を確かめた。
アレクは火縄銃の列を見た。
朝、城攻め側を離れた時には九百六人いた。その全員が、同じように立っているわけではなかった。
負傷者を寝かせた場所では、兵が水を飲ませている。布で覆われた者もいた。
ギルベルトが報告を持ってきた。
「鉄砲隊は、三人が戦死。八人が、このままでは戦えません。護衛の歩兵と騎兵を合わせると、この隊全体では九人が戦死、二十一人が戦列を離れます」
アレクは頷いた。
千七百六人から、動ける兵は千六百七十六人になった。鉄砲隊は八百九十五人だった。
「使った弾は」
「各班二巡。合わせて千八百十二発です」
「補充を頼む。負傷者を先に街へ運ぼう」
「承知しました」
敵の死者は、出口と林際で確かめられた者が百四十三人。捕らえた者は、負傷者を含めて二百六十八人だった。
林の奥には、まだ見つかっていない者がいるかもしれない。撤退した者の中にも負傷者はいるだろう。
アレクは、その数を敵全体の損害として言い切らず、確認できた分として伝えさせた。
街道を守る兵を残し、指揮はギルベルトへ預けた。
アレクは少数の護衛とともに、城へ戻った。
◇ ◇ ◇
城の前庭には、武器が積まれていた。
槍、剣、盾。城内の兵から集めたものが、持ち場ごとに分けられている。
城の入口からは、負傷者を載せた担架が途切れずに運び出されていた。前庭に設けた手当ての場所だけでは収まらず、兵が空いた部屋にも敷物を運び込んでいる。血に濡れた布を抱えて走る者のそばを、また一つ担架が通った。
壁際にいた市民は、兵に付き添われて街へ戻り始めていた。家族を探す声が聞こえ、子どもを抱えた男が何度も人の列を振り返っている。
アレクは城門の前で馬を下りた。
扉には、盾を押しつけたような傷が残っていた。
壊されてはいない。
閉じ切る前に、味方の突入隊に押さえられた門だった。
前庭の端に、エイドリアンがいた。
剣は鞘へ収めていたが、鎧にも袖にも血がついている。
「戻ったか」
「援軍は退いた。街には通していない」
「そうか」
エイドリアンは短く答えた。
アレクは、その顔を見た。
「怪我は」
「私の血ばかりではない」
そう言ってから、エイドリアンは城の入口へ目を向けた。
「捕らえようとした。だが、武器を捨てなかった」
「領主か」
「ああ。近づいた兵が刺された。その次も」
エイドリアンは拳を開き、もう一度握った。
「それ以上、生け捕りにこだわれとは命じられなかった」
アレクは何も言わず、頷いた。
自分は林の出口を守っていた。
その間、ここでは目の前の相手へ近づき、剣や槍を受けなければならなかった。
城を落としたという一言の中に、別々の場所で起きたことが押し込まれている。
城内へ入ると、マティアスが書状を受け取っていた。
降伏した隊の者に、まだ武器を持つ兵へ命令を伝えさせている。領主が死んだことを知らず、倉の前へ立てこもっていた兵もいたという。
「そちらの報告は届いている」
マティアスがアレクへ言った。
「陛下がお待ちだ」
広間へ入ると、レオンハルトは机の前に立っていた。
机の上には、城の鍵と、血のついた剣が置かれていた。
アレクは一礼した。
「援軍は王都側へ撤退しました。街道は押さえています」
「よく止めた」
レオンハルトは答えた。
「追わなかったか」
「はい。林の中へ追い込めば、こちらも隊を広げられなくなります。街へ通さないことを優先しました」
「それでよい」
マティアスが報告を読み上げた。
「城攻め側は、今のところ戦死百八十六人。戦列へ戻せない負傷者が四百二十七人です。アレクの隊と合わせて、戦死百九十五人、戦闘不能の負傷者四百四十八人となります」
広間が静かになった。
今回進めた一万一千三百七十六人のうち、引き続き戦える兵は一万七百三十三人だった。
城を取った後に、また守備と負傷者の保護へ兵を回さなければならない。
レオンハルトは紙へ目を落とした。
「敵は」
「数えているところです。武器を置いた兵の確認を優先しています。市民と混ざっている者もいるので、城の隊長たちに、誰がどの隊の兵か確かめさせています」
「負傷者の手当てを急げ。味方だけで場所を埋めるな。敵の負傷者にも、別に場所を用意しろ」
「はい」
レオンハルトはエイドリアンへ目を向けた。
「領主のことは聞いた」
エイドリアンが頭を下げる。
「生け捕りにできず、申し訳ございません」
「抵抗を続けたのだろう」
「はい」
「ならば、兵を守るために決めたことだ。報告は残せ。それでよい」
エイドリアンは、しばらく頭を下げたままだった。
レオンハルトは地図を広げた。
西から来た道。南北から合流する道。そして王都へ続く東の道。
その交わる場所に、今、自分たちがいる。
「ここを荷の集まる場所にする。西門から東門まで、車が通れるようにしろ。壊れた門には見張りと柵を置け」
マティアスが頷く。
「城へ残す兵と、街道へ出す兵を割り振ります」
「東は、まず偵察だ。逃げた援軍がどこへ入るかを確かめろ。疲れた兵を、そのまま王都まで追わせるな」
「承知しました」
命令が伝えられていく。
アレクは窓の外へ目を向けた。
坂の下では、道を塞いでいた荷車が脇へ動かされていた。兵が折れた木を運び、別の兵が担架を通している。
西門を破った時、敵はまだ援軍を待っていた。
林の出口で戦った敵も、まだ城を救おうとしていた。
どちらか一方だけを破っても、この街を取れたとは限らない。
アレクは、自分の手を見た。
朝は大砲へ触れていた。
昼には赤い布を握っていた。
今、その手には何もなかった。
それでも、動かした兵の数と、戻らなかった者の数が、頭から離れなかった。
城の上で、金の獅子の旗が風を受けた。
その下を、東へ向かう偵察の騎兵が通っていく。
王都へ続く街道は、グランヴァルトの手に渡っていた。
第十五話を読んでいただき、ありがとうございました。
城へ突入するエイドリアンと、援軍を阻むアレク。それぞれの持ち場での奮戦が、要衝の攻略につながりました。
勝利とともに積み重なる犠牲を背負い、レオンハルトたちは王都へ向かいます。
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