↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第七篇 乱世を越える黒獅子

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

144/163

第十五話 閉ざせなかった門

お読みいただき、ありがとうございます。

いくつもの街道が交わる要衝へ、グランヴァルト軍が進みます。

 城塞都市の西門から、槍を持たない兵の列が出ていった。

 昨日まで敵だった者たちだ。隊ごとに分けられ、両側をグランヴァルトの歩兵に挟まれている。負傷して歩けない者は城内に残し、歩ける者から西の収容先へ移していた。

 門の脇で名簿を確かめていたマティアスが、通り過ぎる列から顔を上げた。

「次の組は、前の組が街道を空けてから出せ。荷車と一緒に押し込むな」

「はっ」

「途中で歩けなくなった者をどうするか、護衛の隊長にも伝えておけ。置いて進むことは許さん」

 家臣が一礼し、兵の列へ走っていく。

 アレクは東門へ向かう途中で足を止めた。

 塔の崩れた広場は、まだ片づけの途中だった。太い木を引く綱に人が並び、割れた屋根板を荷車へ積んでいる。近くの道は開けられ、兵の食料を運ぶ車が通れるようになっていた。

 城塞都市が開いてから、三日が過ぎていた。

 負傷者を休ませる場所を決め、武器を集め、捕虜の移送を始める。それを済ませる間にも、斥候は東へ出ていた。

 その先に、次の街があった。

 王都へ向かう街道へ、北からの道と南からの道が合流する場所だ。穀物や馬を運ぶ商人が立ち寄り、兵が通る時には荷を集める。ここを押さえれば東への輸送が楽になるが、敵に残せば、こちらの荷車が通るたびに兵を付けなければならない。

 街の領主は、降伏の勧告を拒んだ。

 使者が持ち帰った返答は短かった。

 王命によって守る街を、敵へ渡すことはできない。

 それだけだった。

「アレク」

 マティアスが呼んだ。

「陛下のところへ行くのか」

「はい。鉄砲隊の報告を持っていきます」

「私も行く」

 名簿を家臣へ渡し、マティアスは歩き出した。

 通りの向こうでは、馬に荷を載せる兵が声を掛け合っている。アレクの旗も、その中に見えた。林檎の花と、その周りを囲む五つの蕾が、朝の風に揺れていた。

「次も、門を開いてくれればよいのですが」

 アレクが言うと、マティアスは首を横に振った。

「周りが開いたからこそ、自分だけは守り抜くと考える者もいる」

「援軍を待っているのでしょうか」

「その可能性はある。王都へ近づけば、こちらを止める理由も増えるからな」

 東門の前に立つ兵が、二人へ道を空けた。

 街道の先には、すでに先発の旗が動いていた。

 ◇ ◇ ◇

 次の街を見渡せる丘へ本陣が置かれたのは、二日後だった。

 街は街道の合流点を中心に広がり、その周囲を石の壁が囲んでいた。西の門へ入った道は市の広場へ通じ、そこから北と南へ分かれる。東へ進めば王都への門に至るが、その途中から石畳の坂が北東へ延びていた。

 坂の上に、領主の城があった。

 四角い塔と高い屋根を持つ石造りの城で、背後の壁は街の外周の城壁へつながっている。街側にも壁と城門があり、その向こうに前庭が見えた。

 街の門を抜けても、領主のいる場所へすぐ届くわけではない。

 アレクは丘の上から、その道筋を目で追った。

 レオンハルトの前には、進軍する兵の割り振りを記した紙が置かれていた。

 一万七千三百七十六人のうち、六千人は後方の任務へ回していた。捕虜の監視と護送、負傷者の保護に三千。開城した都市の守備に二千。西へ続く街道と荷駄の警戒に千。

 今回、要衝の街へ進めた兵は、一万一千三百七十六人だった。

「守備兵は」

 レオンハルトが尋ねた。

「二千五百ほどと見ています」

 カスパルが答えた。

「街の門と城壁、それに内側の道へ千七百ほど。領主の城には八百ほど残しています。城外へ出て戦う様子はありません」

「門の裏は」

「荷車と木材を集めています。壊された場合にも備えているのでしょう」

 レオンハルトは頷いた。

「学んではいるな」

「もう一つ、報告があります」

 カスパルは東へ顔を向けた。

「王都側の街道を、千八百ほどの兵が進んでいます。旗だけでなく荷車もあり、斥候を前へ出しています。この街へ向かっていると考えてよいかと」

 机の周りの者が、地図へ目を落とした。

 敵が街へ入れば、守備兵は四千を超える。城壁を前にしている間に背後へ回られれば、攻める兵を下げて向き直らせなければならない。

「到着は」

「荷車を連れているので、すぐではありません。ただ、明日には街へ近づきます。先頭だけ急がせれば、もっと早く来るかもしれません」

 アレクは地図の東側を見た。

 街から王都へ向かう道は、しばらく畑の間を通り、その先で林へ入っている。林の中では道が狭まり、荷車がすれ違える場所も限られていた。

 カスパルが指したのは、その道が畑へ出るところだった。

「この出口の手前は、左右とも木が密に生えています。大勢の兵を横へ並べるのは難しいでしょう」

「出口のこちら側は」

 アレクが尋ねる。

「畑と草地だ。兵を並べる場所はある。街の南を回れば、城壁へ近づかずに行ける」

 アレクはレオンハルトへ向き直った。

「門は大砲で破ります。その後、私は鉄砲隊へ合流します。王都からの援軍は、街へ通しません」

 レオンハルトは地図から目を上げた。

「鉄砲隊を先に置くか」

「はい。ギルベルトに指揮を預けます。敵が横へ広がれないうちに、出口で止めます」

「林へ入られたらどうする」

「歩兵を付けていただきたいです。鉄砲隊は正面にまとめ、林から出てくる敵を歩兵に防いでもらいます」

 マティアスが紙へ目を落とした。

「歩兵六百、騎兵二百を付けましょう。騎兵は偵察と伝令、側道の警戒に使います。鉄砲隊九百六人と合わせて、千七百六人です」

「残りは九千六百七十か」

「はい。歩兵と弓兵、砲の警護などに当たる兵が八千四百七十。騎兵は千二百です」

 レオンハルトはカスパルへ言った。

「道を知る者を付けろ。敵に先を越されるな」

「承知しました」

「アレク。門が壊れるまで、向こうが待ってくれるとは限らん」

「はい。私が着く前に敵が来た場合は、ギルベルトの判断で迎撃させます」

「よし」

 レオンハルトが紙へ指を置いた。

「西門から攻める。北には兵を置いて動きを見ろ。南から逃げる兵にも備える。全員を門へ詰め込むな」

 命令を聞いていたエイドリアンが、一歩進み出た。

「突破口へ入る兵は、私が率います」

「二千を預ける。門を抜けても、先頭だけで走るな。後ろを続かせろ」

「はっ」

 マティアスが続けた。

「私も後続を率いて入ります。西門から広場までの道を確保し、兵と負傷者が通れるようにします」

 レオンハルトは二人を見た。

「領主は、できれば捕らえろ。だが、街を取ることが先だ。一人を追って兵をばらけさせるな」

 エイドリアンは胸へ手を当てた。

 アレクは、もう一度地図の東側を見た。

 自分が撃ち開ける門と、自分が塞がなければならない道が、同じ街を挟んで向かい合っていた。

 ◇ ◇ ◇

 ギルベルトは、林の出口を歩いて確かめた。

 道は木々の間を抜ける直前でわずかに曲がり、その先で畑へ出ている。乾いた畑には収穫後の茎が残っていたが、兵が立つには支障がなかった。

 南側へ少し下がれば、街の南を回ってきた道へつながる。兵糧と弾薬を積んだ荷車はそちらへ置き、退く必要が生じた場合にも道を塞がないようにした。

「一班はここだ。二班、三班は後ろへ」

 九百六人を、三百二人ずつ三班に分ける。

 正面の街道だけでなく、その両脇の林の縁まで見渡せるように横幅を取った。射撃を終えた班が後ろへ抜け、次の班が前へ出る場所を、兵を歩かせて確かめる。

 護衛の歩兵六百人は、二百人ずつ左右の林際へ置き、残る二百人を鉄砲隊の後ろへ控えさせた。

「鉄砲隊の前へ出る時は、必ず知らせろ。勝手に横切るな」

 ギルベルトが言うと、歩兵の隊長が頷いた。

「林の中まで追わせはせん。こちらへ出てくるところを止める」

「それでよい」

 騎兵は前方の偵察と周囲の警戒へ散っていた。

 道を戻ってきた一人が、馬から下りずに報告した。

「敵はまだ林の東です。荷車を後ろへ下げ、兵を先へ進めています」

「こちらに気づいたか」

「先ほど、敵の斥候と鉢合わせしました。戻った者がいるので、伝わるでしょう」

 ギルベルトは林の奥を見た。

 隠れて一度だけ撃つつもりはなかった。

 敵に気づかれても、この道を通るなら正面へ出てこなければならない。迂回するなら、道を探し、兵をまとめ直す時間がかかる。

 その時間を使わせることも役目だった。

「子爵様へ知らせろ。敵はこちらを確かめた。兵を前へ出していると」

「はっ」

 騎兵が南の道へ馬を向けた。

 ギルベルトは一班の前を歩いた。

「相手は千八百ほどだ。多いが、一度には出てこられん。命令を聞け。隣が撃ったからと、勝手に撃つな」

 兵たちが頷いた。

 その向こうで、林の枝が揺れた。

 ◇ ◇ ◇

 最初の砲弾が、西門へ当たった。

 木の破片が跳ね、門の内側から怒鳴り声が上がる。

 だが、門は開かなかった。

 アレクは煙が流れるのを待ち、壊れた場所を確かめた。

 門の表面は割れていたが、裏から当てられた木材が残っている。以前に撃った門よりも、何重にも支えられているようだった。

「次の砲へ」

 アレクが移ると、砲手が場所を空けた。

 城壁の上から矢が飛んできた。

 前へ出ていた盾兵が盾を持ち上げる。その後ろで弓兵が射返し、胸壁の間から身を出していた敵を伏せさせた。

 砲手の一人が肩をすくめた。

「目の前の仕事を続けろ」

 砲手の長が言った。

「前は兵が守っている」

 アレクは砲へ触れ、門を見た。

 薄い弾道が視界に現れる。

 壊れかけた部分へ狙いを寄せ、砲手とともに向きを確かめた。

「ここです」

 手を離し、脇へ退く。

 次の砲声が響いた。

 門の中央が内側へ沈み、支えの木が折れた。隙間の向こうに、横倒しに置かれた荷車が見えた。

「門の裏にもあります!」

 近くの兵が叫ぶ。

「見えている」

 アレクは答えた。

 門が破れても、その後ろの荷車が道を塞いでいる。突入する味方は、その障害物も越えなければならなかった。

 四門が順に撃ち、砲手たちが次の射撃へ備える。

 アレクは撃つたびに門を確かめた。煙が残っている間は待たせた。城壁の兵が顔を出せば、弓兵が射返した。

 八発目で、片側の門扉が大きく傾いた。

 九発目が残っていた木組みを砕くと、鉄の金具を付けた重い板が内側へ倒れた。支えに使われていた木も巻き込まれ、門の奥で土埃が上がる。

 その向こうに槍が並んでいた。

「砲撃、止め!」

 アレクが手を上げた。

 レオンハルトの方を見る。

 王は門を確かめ、剣を抜いた。

「エイドリアン。行け!」

「前へ!」

 盾を持った兵が進み出た。

 後ろから槍兵が続き、弓兵は門の上へ矢を送る。破れた門へ向かう列の先頭で、エイドリアンが剣を上げていた。

 アレクは砲手の長へ言った。

「味方が入りました。次の命令があるまで撃たないでください」

「承知しました」

「砲の点検をお願いします。使ったのは九発です」

 その時、南側から騎兵が駆けてきた。

「子爵様!」

 アレクは振り返った。

「敵の先頭が林の街道へ入っています。ギルベルト隊長より、迎撃の準備を整えたと!」

 レオンハルトも、その声を聞いていた。

「行け、アレク」

「はい」

「あちらを任せる」

 アレクは一礼し、馬へ駆け寄った。

 鞍へ上がると、専用の火縄銃が収まっていることを確かめ、手綱を取る。

 背後で、門へ入った兵の叫び声が上がった。

 アレクは振り返らず、南の道へ馬を走らせた。

 ◇ ◇ ◇

 西門の内側には、横倒しの荷車が残っていた。

 車輪の一つは砲弾で砕かれていたが、車体は道を塞いでいる。その後ろへ敵の槍兵が並び、壊れた門を越えてくる兵を待っていた。

 先頭の盾兵が槍を受けた。

 盾の縁から穂先が入り、一人が膝をつく。後ろの兵がその肩を引き、別の盾が前へ出た。

「止まるな! 前だけで押すな、右を見ろ!」

 エイドリアンが声を張った。

 荷車の右側には、人が通れる隙間があった。敵もそこを塞いでいるが、盾を並べられるほど広くはない。

 エイドリアンは近くの隊長へ指示した。

「正面で押さえろ。右から回る」

「はっ」

 盾が槍を受け止める間に、数人が右へ寄った。

 折れた木を踏み越え、一人が敵の槍を盾で外へ押す。その脇から剣を持った兵が入り、荷車の横を守っていた敵へ斬りかかった。

 エイドリアンも続いた。

 槍の穂先が胸へ伸びる。剣で払うと、後ろの味方が盾を差し入れた。敵が引こうとしたところへ、さらに二人が入る。

 荷車の横が開いた。

「回れ! 後ろから続け!」

 敵の槍兵が向きを変えた。

 その動きで正面の槍が乱れる。盾兵が荷車へ体を寄せ、味方が隙間を抜け始めた。

 誰かが綱を掛けた。

 数人で引くと、荷車が少しずつ横へ動いた。

 門を通れる幅が広がる。

 だが、入口の脇に残った敵は、なお槍を突き出していた。前に立つ盾兵が次々と負傷し、エイドリアンは後ろの兵と交代させながら押し進んだ。倒れた者を運び出すたびに、別の兵がその場所へ入った。

 マティアスは後続の千五百人を率い、門の内側へ入った。

「ここを空けろ。負傷者は脇へ運べ。奥へ行く兵と戻る兵を、同じ側へ寄せるな」

 兵が道の両側へ分かれた。

 担架が一つ、門へ向かって戻ってくる。その横を、新しい盾兵が通り過ぎた。

 マティアスは前方を見た。

 敵は広場へ退いている。家の間へ入る者もいたが、まとまった一隊は坂の方へ走っていた。

 街路の交わる場所で、突入隊の足が止まった。奥に残った敵の弓兵が矢を放ち、盾の隙間へ入り込んだ矢が兵を倒した。味方の弓兵が射返す間に、盾兵が負傷者を引きずって物陰へ運ぶ。再び進み始めた列には、後続の兵が加わっていた。

「エイドリアンへ伝えろ。広場までは後ろが続く。城へ進むなら、道を押さえる兵を残すように」

 伝令が走る。

 マティアスは、門の脇で震えていた少年を見つけた。

 武器は持っていない。割れた桶を抱え、壁へ背を押しつけていた。

「兵の前へ出るな。家はどこだ」

 少年が通りの奥を指した。

 マティアスは近くの兵へ目を向けた。

「家へ戻してやれ。道を横切らせる時は、前の隊へ知らせろ」

「はっ」

 兵が少年へ手を差し出した。

 その向こうで、また叫び声が上がった。

「城へ逃げろ! 門が破られた!」

 家の戸が開いた。

 荷物を抱えた男が飛び出し、女が子どもの手を引いて続いた。

 兵だけでなく、住民も坂へ向かい始めていた。

 ◇ ◇ ◇

 城の門番は、戻ってくる兵へ怒鳴っていた。

「隊ごとに並べ! 押すな!」

 誰も並ばなかった。

 兜を失った兵が門へ駆け込み、その後ろから盾を捨てた男が走ってくる。負傷した仲間を二人で支える者もいた。

 街へ出していた兵のうち、命令を受けて退いてきた者と、勝手に持ち場を離れた者が入り乱れていた。

 門番には、その区別をつける暇がなかった。

「武器は持って入れ! 槍を門へ引っかけるな!」

 横を向いた槍の柄が、石の縁へ当たった。後ろから押された兵が倒れかけ、隣の男の肩をつかむ。

 そこへ市民が来た。

「入れてくれ!」

「子どもだけでも!」

 荷を背負った者が、兵の列へ割り込もうとする。

 門番の隊長は、城内へ振り返った。

「先に広場へ通せ! 入口で止めるな!」

 前庭へ兵が走り、入ってきた者を奥へ動かそうとした。

 城の方から別の命令が飛ぶ。

「負傷した兵は右へ! 戦える者は階段の前へ集まれ!」

 その声に向きを変える兵と、どこへ行けばよいか分からない市民がぶつかった。

 門の前で女が転んだ。

 子どもが泣き、後ろの者が足を止める。

 隊長が駆け寄り、女の腕をつかんで立たせた。

「荷は捨てろ! 立て!」

 女は抱えていた包みを落とした。

 その時、坂の下から違う叫び声が聞こえた。

「グランヴァルトだ!」

 隊長が顔を上げた。

 逃げてくる兵の向こうに、盾を揃えた一隊が見えた。

 速い。

 まだ街の広場で戦っているはずだった。

「門を閉めろ!」

 隊長が叫ぶ。

 門番が扉へ取りついた。

 だが、門の下には兵と市民がいた。片側の扉を動かそうとすると、人が挟まれそうになって悲鳴を上げる。

「下がれ!」

「後ろから押されているんだ!」

 閉まりかけた扉を、逃げてきた兵が肩で押し戻した。

 その向こうで、エイドリアンが剣を上げた。

「武器を持たぬ者には手を出さん! 道を開けろ!」

 城へ向かっていた市民が振り返る。

 敵だと気づいた男が、子どもを抱えて壁際へ寄った。女は動けずに立ちすくんでいた。

「そちらへ! 壁際へ寄れ!」

 先頭の盾兵が道の脇を示した。

 槍を持つ敵兵が、市民の間からこちらを振り返った。

 穂先が上がる。

「槍だ!」

 味方の盾が前へ出た。

 突き出された槍を受け、そのまま脇へ押す。後ろから入った兵が敵を突き倒した。

 エイドリアンは、門の片側が動いているのを見た。

「右の扉を押さえろ! 閉めさせるな!」

 兵が走った。

 門番が剣を抜き、最初の兵へ斬りつけた。兵は盾で受けたが、足を滑らせたところへ別の敵が槍を突き出す。

 味方が倒れた。

 その肩を後ろの兵が引き、空いた場所へ次の盾が入った。

「押せ!」

 数人が扉へ体を当てた。

 閉じかけていた扉が、城内へ押し戻される。

 エイドリアンはその隙間を抜けた。

 前庭には、まだ市民がいた。

「壁際へ! 武器を持たない者は、そこへ寄れ!」

 兵が道を示す。

 老人を支えた女が、泣いている子どもを連れて横へ動いた。その背後から、城の守備兵が盾を並べて進んできた。

 エイドリアンは剣を構えた。

「門を守れ! 後続を入れろ!」

 背後から、グランヴァルトの兵が続いた。

 ◇ ◇ ◇

 アレクが林の出口へ近づいた時、最初の銃声が聞こえた。

 馬が耳を動かす。

 手綱を引きすぎないようにしながら、アレクは道の脇へ寄った。火縄銃を持つ兵の列が見え、その前に薄い煙が流れている。

 一班が下がり、二班が前へ出ていた。

「一班、火縄上げ! 後退!」

 ギルベルトの声が聞こえる。

 兵は手で火縄ばさみを上げ、後ろへ抜けていく。

 アレクは馬を下り、近くの兵へ預けた。

「状況は」

 ギルベルトが振り返った。

「敵の先頭が出てきたため、一班で撃ちました。今は道の曲がり角の向こうへ下がっています。左右の林にも動きがあります」

「味方は」

「今のところ、大きな損害はありません。敵の弓兵が前へ来ています」

 アレクは列の間から正面を見た。

 林の出口の向こうに、盾が見える。

 敵は道いっぱいに並んではいなかった。前へ盾を出し、その後ろで弓兵が散ろうとしている。

「門は破りました。城攻めの兵が街へ入っています」

 アレクが言うと、ギルベルトは頷いた。

「ならば、こちらへ来た甲斐がありましたな」

「ここを通しません」

 アレクは二班の指揮者へ声をかけた。

「敵が出口へ出るまで待て。林の奥へ、見えないまま撃つな」

 兵が返事をする。

 後ろでは、一班が次の弾を装填していた。

 九百六人が三班に分かれ、射撃と装填を交代するだけの場所は確保していた。それでも、煙が一度広がれば見通しは悪くなる。班を前へ出す順序と、射撃を止める時を間違えれば、味方の歩兵が動けなくなる。

 アレクは左右を確かめた。

 林際に置いた歩兵は、木の間を見ていた。正面の鉄砲隊の射線へ入らず、敵が外へ出てきたところを押さえる位置だった。

「二班、火蓋開け!」

 号令が伝わった。

 盾の列が進み出た。

 後ろから矢が上がる。

「構え!」

 味方の盾兵が盾を持ち上げる。矢が地面へ刺さり、鉄砲隊の前にも落ちた。

 一人が肩を押さえて膝をついた。

 隣の兵が顔を向けかける。

「前を見ろ! 負傷者は後ろが運ぶ!」

 ギルベルトが叫んだ。

 アレクは赤い布を上げていた。

 敵の盾が林の影から出る。その後ろへ槍の穂先が続き、道の端へ弓兵が走った。

 布を振り下ろす。

「撃て!」

 三百二人の射撃が、出口へ集中した。

 盾が揺れた。

 前列の兵が倒れ、その後ろの槍が隣へ傾く。道を外れようとした弓兵が地面へ伏せ、後ろから出てきた兵がつまずいた。

 それでも、敵はすべて退かなかった。

 盾を前へ向けたまま、倒れた者を越えようとしている。

「二班、火縄上げ! 後退! 三班、前へ!」

 アレクは声を張った。

 今度は、敵の後ろから笛が鳴った。

 正面の盾兵が足を止める。同時に、南側の林が大きく揺れた。

「右の林、敵!」

 歩兵の隊長が叫んだ。

 木の間から敵兵が出てきた。

 横へ揃うことができず、数人ずつ姿を見せる。槍の柄が枝に引っかかり、後ろの者が押しのけるように進んでくる。

 味方の歩兵二百が向きを変えた。

「鉄砲隊へ近づけるな!」

 盾と槍がぶつかった。

 アレクは後ろに控えた歩兵の隊長を呼んだ。

「百人を右へ。残る百人は、そのまま備えてください」

「承知した!」

 百人が鉄砲隊の後ろを通って右へ向かった。

 アレクは三班へ顔を戻した。

「正面を撃つ。右へは向けるな!」

 味方が組み合っている場所へ射撃を加えるわけにはいかなかった。

 正面の敵は、林から出た兵がこちらの脇を崩すのを待っている。

 ならば、その正面を動かさせなければよい。

「三班、構え!」

 次の射撃が響いた。

 ◇ ◇ ◇

 敵の指揮官は、林の中で歯を食いしばった。

 街から大砲の音が聞こえていた。

 それが止んだ。

 門を守り切ったのか、破られたのか。

 確かめるためにも先へ進まなければならないが、道の出口からは銃声が続いていた。

「正面へ出した三百、これ以上は前へ進めません!」

 戻ってきた兵が報告する。

「左右へ出せと言っただろう!」

「北の二百は、林の端で敵の歩兵に止められています。南の二百五十も、まだ抜けられません!」

 指揮官は道の脇を見た。

 木は密に生え、下には根と低い枝が張っている。少人数なら通れるが、千人を揃えて進ませられる場所ではなかった。

 先頭に出した兵を下げようにも、後ろから来た者が道を詰まらせている。

 千八百のうち、七百五十を正面と両脇へ向けた。残る千五十には、荷車と後方を守らせる兵も含まれている。

 数が残っていても、出口へ出せなければ役に立たない。

「荷車をもっと下げろ! 前の兵を戻す場所を作れ!」

「はっ!」

 正面から、また銃声が響いた。

 近くの木へ弾が当たり、樹皮が飛んだ。

 指揮官は顔を伏せた。

 味方の兵が、盾を引きずりながら戻ってくる。その後ろでは、負傷者を運ぼうとしていた二人が、道を空けろと怒鳴っていた。

 指揮官は剣を握り直した。

 このまま退けば、街はどうなる。

 だが、正面へ次々と兵を出しても、狭い場所から順に撃たれるだけだった。

「弓兵を残せ。前の組を下げる。次は盾をまとめて出す」

 命令を出しながら、指揮官は西を見た。

 木々に遮られ、街の塔さえ見えなかった。

 ◇ ◇ ◇

 城の前庭では、エイドリアンの兵が敵の盾を押し返していた。

 入口を確保した味方が、後続を中へ通す。城門の脇には市民が集まり、身を寄せ合って座っていた。

 誰かが泣いている。

 その声に混じって、鉄が盾を叩く音が響いた。

 城の大きな入口は開いたままだった。前庭から下がる兵を入れ、代わりに新しい兵を出している。

 エイドリアンはその動きを見た。

「右を押せ。中央を空けるな」

 盾兵が一歩進む。

 敵の列が斜めになり、入口の前へ寄った。

 退こうとした兵と、出てきた兵がぶつかる。

「今だ!」

 エイドリアンが進み出た。

 剣を振り下ろしてきた敵を盾兵が受け、その横から味方の槍が伸びる。エイドリアンは石段を駆け上がり、入口の柱の陰へ身を寄せた。

 中から槍が突き出された。

 穂先を避け、剣で柄を払う。

 後ろの兵が盾を差し入れた。

 入口が押し広げられ、味方が城内へ入った。

 中は外より暗かった。

 廊下の先に階段があり、その上に武装した男が立っていた。周囲には、同じ色の上衣を着た兵が並んでいる。

 城門から逃げてきた兵とは違った。

 領主の直属兵だった。

「そこまでだ!」

 男が叫んだ。

「援軍は来る! ここを守れば、奴らは街から出られん!」

 エイドリアンは足を止め、味方を揃えた。

「領主殿か!」

「そうだ!」

「城門は押さえた。武器を捨てろ!」

 男は答えず、剣を前へ突き出した。

「押し返せ!」

 直属兵が階段を下りてきた。

 狭い場所で盾がぶつかった。

 エイドリアンは、後ろから入ろうとする兵へ怒鳴った。

「詰めすぎるな! 前が下がれる場所を空けろ!」

 敵は階段の上から槍を伸ばしてくる。味方は盾で受けながら、一段ずつ足を進めた。

 壁際で剣が振られ、兵が肩を押さえて倒れた。

 後ろへ運び出そうとした者の盾に、別の槍が当たる。

 エイドリアンは隣の隊長へ言った。

「左を見ろ。二人で押さえろ」

 味方が盾を寄せ、槍の穂先を壁へ押しつけた。

 その間に、一段上がる。

 敵の足元へ剣が届いた。

 男が倒れ、後ろの兵が半歩退く。

 領主が自ら前へ出てきた。

「退くな!」

 剣を振り上げた腕へ、味方の兵が盾を当てた。

 領主の体が壁へ寄る。

「剣を捨てろ!」

 兵が腕をつかもうとした。

 領主は体をひねり、盾の脇から剣を突き込んだ。

 味方の兵が、息を詰まらせた。

 膝が崩れる。

 助けようとした別の兵へ、領主の後ろから槍が伸びた。

「下がれ!」

 エイドリアンが叫んだ。

 盾兵が間へ入り、倒れた二人を後ろへ引く。

 階段に血が流れた。

 領主は剣を構え直した。

「来い!」

 エイドリアンは、その顔を見た。

 降伏するつもりはない。

 捕らえようと手を伸ばせば、その隙を突いてくる。まだ助かると信じている兵たちも、その後ろで槍を構えている。

 エイドリアンは剣を握り直した。

「生け捕りにこだわるな。抵抗するなら斬れ!」

 盾が前へ出た。

 領主の剣を受け、横へ押す。

 エイドリアンはその脇から一段上がった。

 領主が顔を向けた時には、味方の槍が体を捉えていた。

 男の剣が下がる。

 エイドリアンの刃が走った。

 領主は壁へ肩をぶつけ、そのまま階段へ崩れた。

 後ろの兵が動きを止めた。

「武器を捨てろ!」

 エイドリアンが叫ぶ。

「捨てた者は斬るな!」

 槍が一本、石の床へ落ちた。

 続いて、もう一本。

 奥へ逃げようとした兵を、味方が追って押さえた。剣を構え続けた者には盾を向け、武器を落とした者とは分けていく。

 エイドリアンは階段の下を見た。

 先ほど刺された兵が運び出されていた。

 その顔を見ようとして、一歩下りかけた。

「隊長! 奥にまだ兵がいます!」

 声が飛んだ。

 エイドリアンは足を止め、剣を上げ直した。

「領主は討ち取った。降伏しろと伝えろ。それでも武器を向ける者は斬り捨てろ」

 ◇ ◇ ◇

 街道の敵は、もう一度、盾を揃えて出てきた。

 最初の組より多い。

 倒れた兵のいる場所を避け、道の左右へ広がろうとしていた。

 アレクは一班を前へ出した。

 その後ろで、二班と三班が装填を進める。

 右の林際では、護衛の歩兵が敵を押し返していた。木の間から出てきた敵は、三百人に増えた味方を崩せず、再び林へ戻り始めている。

 北側でも、槍のぶつかる音が遠ざかっていた。

 アレクは、正面から目を離さなかった。

「一班、構え!」

 盾の上から弓が現れた。

 矢が飛ぶ。

 兵の一人が顔を伏せ、隣の者が歯を食いしばった。

 アレクは赤い布を下ろした。

「撃て!」

 銃声が重なった。

 前列の盾が傾き、後ろから押していた兵が足を止める。

 敵の指揮者らしい男が剣を振った。

 進めと叫んでいる。

 だが、道を出た兵が倒れるのを見た後ろの者は、前へ出られなかった。

「一班、火縄上げ! 後退!」

 兵が下がる。

 二班が前へ出た時、敵の列はすでに崩れ始めていた。

 盾を前へ向けたまま下がる者と、背を向けて走る者がぶつかる。負傷した仲間を引く兵の横へ、槍を捨てた男が座り込んだ。

「追いますか!」

 近くの歩兵の隊長が尋ねた。

「追わなくていい! ここを通さなければ、役目は果たせる!」

 アレクは答えた。

 林へ入れば、こちらも横に並べなくなる。

 待ち構えている敵がいるかもしれない。今、敵が苦しんでいる場所へ、自分たちから入る必要はなかった。

「二班、そのまま待機!」

 アレクが手を上げる。

 銃声が止むと、負傷者の声が聞こえた。

 ギルベルトが列の後ろへ命令を飛ばす。

「交代する者は後ろへ。銃は隣へ渡すな、まとめて預けろ!」

 負傷した兵が運ばれ、後ろの者が空いた場所を埋めた。

 アレクは林の奥を見た。

 まだ敵はいる。

 動かなくなったからといって、終わったわけではない。

 その時、南の道から伝令が来た。

「子爵様! 城門を確保、領主は討ち取られました!」

 アレクは振り返った。

「城内の抵抗は」

「武器を置く者が増えています。マティアス様が降伏の命令を伝えさせております!」

 アレクは一度目を閉じ、それから頷いた。

「分かった。陛下へ、援軍は街へ通していないと伝えてくれ」

「はっ!」

 伝令が戻っていく。

 ギルベルトが近づいた。

「落ちましたか」

「ああ。ただ、こちらの敵が知ったとは限らない。もう少し備える」

 林の奥で、馬のいななきが聞こえた。

 ◇ ◇ ◇

 敵の指揮官の前へ、泥にまみれた騎兵が転がるように馬を下りた。

 街を守っていた領主の色を着ている。

「城が落ちました!」

 指揮官は男の腕をつかんだ。

「街の門ではなく、城か」

「はい。城門へ敵が入りました。領主様も……討ち取られたと」

「見たのか!」

「城から出てきた兵に聞きました。私は東門から出て、畑の道を回って……」

 男は息を切らし、言葉を続けられなかった。

 指揮官は手を離した。

 街を守る旗が、まだどこかに残っているかもしれない。

 城内にも、抗っている兵はいるかもしれない。

 だが、こちらが千八百人の兵を失わずに到着したとしても、落ちた街をすぐ取り返せるとは思えなかった。

 実際には、千八百はもう揃っていない。

 正面へ出した組は損害を受け、林へ入れた兵も戻りきっていなかった。

「退く」

 指揮官が言った。

 近くの隊長が顔を上げる。

「王都へ戻る。負傷者を先に動かせ。後ろに残した兵を前へ出し、退いてくる隊を守らせろ」

「救援は……」

「救う城が落ちた。ここで兵を失い続ければ、王都を守る者まで減る」

 言い終えてから、指揮官は西を見た。

 林の向こうには、まだ鉄砲隊がいた。

 進めば撃たれる。

 下がっても、追ってくるとは限らない。

 相手は、最初から街を助けさせないためにここへいたのだ。

「急げ。道が詰まる前に荷車を動かせ」

 撤退の命令が伝わった。

 ◇ ◇ ◇

 敵が引いた後も、アレクはしばらく鉄砲隊を動かさなかった。

 前方へ出した騎兵が戻り、敵の主力が王都側へ退いていると報告して、ようやく列の一部を休ませた。

 道の出口には、武器を捨てた敵兵が残っていた。

 歩けない者もいた。

 護衛の歩兵を出し、武器を離して座らせる。林の中から出てきた者も同じ場所へ集め、まだ隠れている兵がいないかを確かめた。

「弾薬箱閉め!」

 ギルベルトの号令が伝わる。

 兵が蓋を閉じ、留め具を確かめた。

 アレクは火縄銃の列を見た。

 朝、城攻め側を離れた時には九百六人いた。その全員が、同じように立っているわけではなかった。

 負傷者を寝かせた場所では、兵が水を飲ませている。布で覆われた者もいた。

 ギルベルトが報告を持ってきた。

「鉄砲隊は、三人が戦死。八人が、このままでは戦えません。護衛の歩兵と騎兵を合わせると、この隊全体では九人が戦死、二十一人が戦列を離れます」

 アレクは頷いた。

 千七百六人から、動ける兵は千六百七十六人になった。鉄砲隊は八百九十五人だった。

「使った弾は」

「各班二巡。合わせて千八百十二発です」

「補充を頼む。負傷者を先に街へ運ぼう」

「承知しました」

 敵の死者は、出口と林際で確かめられた者が百四十三人。捕らえた者は、負傷者を含めて二百六十八人だった。

 林の奥には、まだ見つかっていない者がいるかもしれない。撤退した者の中にも負傷者はいるだろう。

 アレクは、その数を敵全体の損害として言い切らず、確認できた分として伝えさせた。

 街道を守る兵を残し、指揮はギルベルトへ預けた。

 アレクは少数の護衛とともに、城へ戻った。

 ◇ ◇ ◇

 城の前庭には、武器が積まれていた。

 槍、剣、盾。城内の兵から集めたものが、持ち場ごとに分けられている。

 城の入口からは、負傷者を載せた担架が途切れずに運び出されていた。前庭に設けた手当ての場所だけでは収まらず、兵が空いた部屋にも敷物を運び込んでいる。血に濡れた布を抱えて走る者のそばを、また一つ担架が通った。

 壁際にいた市民は、兵に付き添われて街へ戻り始めていた。家族を探す声が聞こえ、子どもを抱えた男が何度も人の列を振り返っている。

 アレクは城門の前で馬を下りた。

 扉には、盾を押しつけたような傷が残っていた。

 壊されてはいない。

 閉じ切る前に、味方の突入隊に押さえられた門だった。

 前庭の端に、エイドリアンがいた。

 剣は鞘へ収めていたが、鎧にも袖にも血がついている。

「戻ったか」

「援軍は退いた。街には通していない」

「そうか」

 エイドリアンは短く答えた。

 アレクは、その顔を見た。

「怪我は」

「私の血ばかりではない」

 そう言ってから、エイドリアンは城の入口へ目を向けた。

「捕らえようとした。だが、武器を捨てなかった」

「領主か」

「ああ。近づいた兵が刺された。その次も」

 エイドリアンは拳を開き、もう一度握った。

「それ以上、生け捕りにこだわれとは命じられなかった」

 アレクは何も言わず、頷いた。

 自分は林の出口を守っていた。

 その間、ここでは目の前の相手へ近づき、剣や槍を受けなければならなかった。

 城を落としたという一言の中に、別々の場所で起きたことが押し込まれている。

 城内へ入ると、マティアスが書状を受け取っていた。

 降伏した隊の者に、まだ武器を持つ兵へ命令を伝えさせている。領主が死んだことを知らず、倉の前へ立てこもっていた兵もいたという。

「そちらの報告は届いている」

 マティアスがアレクへ言った。

「陛下がお待ちだ」

 広間へ入ると、レオンハルトは机の前に立っていた。

 机の上には、城の鍵と、血のついた剣が置かれていた。

 アレクは一礼した。

「援軍は王都側へ撤退しました。街道は押さえています」

「よく止めた」

 レオンハルトは答えた。

「追わなかったか」

「はい。林の中へ追い込めば、こちらも隊を広げられなくなります。街へ通さないことを優先しました」

「それでよい」

 マティアスが報告を読み上げた。

「城攻め側は、今のところ戦死百八十六人。戦列へ戻せない負傷者が四百二十七人です。アレクの隊と合わせて、戦死百九十五人、戦闘不能の負傷者四百四十八人となります」

 広間が静かになった。

 今回進めた一万一千三百七十六人のうち、引き続き戦える兵は一万七百三十三人だった。

 城を取った後に、また守備と負傷者の保護へ兵を回さなければならない。

 レオンハルトは紙へ目を落とした。

「敵は」

「数えているところです。武器を置いた兵の確認を優先しています。市民と混ざっている者もいるので、城の隊長たちに、誰がどの隊の兵か確かめさせています」

「負傷者の手当てを急げ。味方だけで場所を埋めるな。敵の負傷者にも、別に場所を用意しろ」

「はい」

 レオンハルトはエイドリアンへ目を向けた。

「領主のことは聞いた」

 エイドリアンが頭を下げる。

「生け捕りにできず、申し訳ございません」

「抵抗を続けたのだろう」

「はい」

「ならば、兵を守るために決めたことだ。報告は残せ。それでよい」

 エイドリアンは、しばらく頭を下げたままだった。

 レオンハルトは地図を広げた。

 西から来た道。南北から合流する道。そして王都へ続く東の道。

 その交わる場所に、今、自分たちがいる。

「ここを荷の集まる場所にする。西門から東門まで、車が通れるようにしろ。壊れた門には見張りと柵を置け」

 マティアスが頷く。

「城へ残す兵と、街道へ出す兵を割り振ります」

「東は、まず偵察だ。逃げた援軍がどこへ入るかを確かめろ。疲れた兵を、そのまま王都まで追わせるな」

「承知しました」

 命令が伝えられていく。

 アレクは窓の外へ目を向けた。

 坂の下では、道を塞いでいた荷車が脇へ動かされていた。兵が折れた木を運び、別の兵が担架を通している。

 西門を破った時、敵はまだ援軍を待っていた。

 林の出口で戦った敵も、まだ城を救おうとしていた。

 どちらか一方だけを破っても、この街を取れたとは限らない。

 アレクは、自分の手を見た。

 朝は大砲へ触れていた。

 昼には赤い布を握っていた。

 今、その手には何もなかった。

 それでも、動かした兵の数と、戻らなかった者の数が、頭から離れなかった。

 城の上で、金の獅子の旗が風を受けた。

 その下を、東へ向かう偵察の騎兵が通っていく。

 王都へ続く街道は、グランヴァルトの手に渡っていた。

第十五話を読んでいただき、ありがとうございました。

城へ突入するエイドリアンと、援軍を阻むアレク。それぞれの持ち場での奮戦が、要衝の攻略につながりました。

勝利とともに積み重なる犠牲を背負い、レオンハルトたちは王都へ向かいます。


少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や【★★★★★】での評価で応援していただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。