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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第七篇 乱世を越える黒獅子

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第十三話 王都を守る軍

お読みいただき、ありがとうございます。

王都へ通じる城塞都市に、ロスヴァールの旗が集まっています。

 城塞都市の西門から、また一つ旗が入ってきた。

 その後ろを、槍を担いだ兵が歩いている。

 靴に泥を付けた者もいれば、足へ布を巻きつけた者もいた。門を通り過ぎると、隊長が兵を広場へ集め、人数を確かめ始めた。

 城壁の上から、その様子を見下ろしている男がいた。

 川沿いの野戦で、レオンハルトの軍に敗れた将だった。

 あの時、街道を東へ逃れた兵は、同じ場所へ戻ったわけではなかった。

 途中の城へ入った者がいる。

 傷を負い、村で動けなくなった者もいる。

 領主の旗を見失い、そのまま自領へ帰った者もいた。

 使いを走らせ、名簿を集め、戦える兵を再び隊へ戻す。

 そうして、この都市へ集め直せたのは四千だった。

 男は、広場の反対側へ目を向けた。

 そこには、揃った列で槍を立てる兵がいた。

 南の係争地帯から、アーノルド・フォン・ケッセルハイムが送り出した千五百。

 長い道を歩いてきた兵だったが、隊長の声が掛かれば、一斉に顔が動いた。

 敗残兵とは、立ち方から違っていた。

「これで、揃いました」

 書記が名簿を差し出した。

「諸侯からの兵は、一万五百。合わせて一万六千です」

 王命を受けた諸侯が兵を集め、街道を歩かせるまでには日が掛かった。

 その間にも、西の城は失われていた。

 昨日まで使えた道を避け、遠回りして到着した隊もある。

 ようやく集まった一万六千だった。

 都市には、それとは別に二千の守備兵がいた。

 門と城壁、倉を守るための兵であり、城主は全員を外へ出すことには同意していなかった。

「この兵で、壁を守ればよい」

 城主が言った。

 男の隣へ来て、広場を見下ろす。

「倉には兵糧もある。井戸も使える。王都から、さらに兵を集める時間を稼げる」

「西の城も、そう考えていた」

 男は答えた。

 城主が顔を向ける。

「門を破った大砲の話か」

「ああ」

「ここの門は、一枚ではない」

「道を塞がれれば、門が何枚あっても同じだ」

 男は城壁の外を指した。

 西へ続く街道の向こうには、畑が広がっていた。

 その南側から、別の道が都市へ近づいている。

 レオンハルトの本隊は、西から来る。

 もう一つのグランヴァルト軍は、南の街道を進んでいた。

 二つの軍が揃えば、都市へ入る道を広く押さえられる。

 王都へ向かう東の街道だけを開けておける保証もなかった。

「黒獅子の軍は、一万三千を切ったと聞く」

 男が言った。

「城へ兵を残しながら来ている。こちらは一万六千だ。南の軍が来る前なら、数はこちらが上だ」

「それで、もう一度野へ出ると」

「ここで勝てば、西へ戻る道も開く」

 城主は黙った。

 男には、その沈黙が疑いに見えた。

 また負けるのではないか。

 そう思われていることは分かっていた。

 王都から届いた命令にも、退いた兵を再編し、敵の進軍を止めよとあった。

 敗戦の理由を説明するための紙は、何枚も送った。

 だが、次に必要なのは説明ではなかった。

 勝ったという報告だった。

「新型火槍の前へ、兵を重ねるつもりはない」

 男は言った。

「奴らも、火槍を持つ兵をどこへでも同時に置けるわけではない」

 広場では、南部戦線から来た千五百が、食事を受け取るために列を作っていた。

 男は、その兵を見た。

 今度こそ、使える兵がいる。

 その兵を城壁の上へ並べ、敵が囲むのを待つつもりはなかった。

 ◇ ◇ ◇

 使者を送ってきた小城は、約束した朝に門を開いた。

 アレクたちが着いた時、広場には、すでに槍と弓が並べられていた。

 城主がレオンハルトを迎え、鍵と倉の記録を渡す。

 武装解除と引き継ぎは、その日のうちに進められた。

 三百の兵を新たな守備として残し、本隊は東へ向かった。

 進む兵は、一万二千九百五十六人。

 鉄砲隊九百三十人と、四門の大砲も、その列に続いた。

 城塞都市へ敵兵が集まっていることは、斥候から聞いていた。

 レオンハルトは、数日前からユリウスへ使いを出していた。

 南側で確保した城と街道には、合わせて千五百を残している。

 残る八千五百のうち、五千を北東へ進めさせる。

 三千五百は南の街道を押さえ、後ろの城と荷駄を守る。

 ユリウス自身が率いるのは、歩兵四千と騎兵千だった。

 その軍は、南から都市へ通じる街道を目指していた。

 アレクは、天幕に広げられた地図を見た。

「ユリウス殿の兵を待たずに、進むのですか」

 マティアスへ尋ねる。

「近くまで来ている」

 マティアスは地図の南側を指した。

「だが、こちらと並んで進めば、敵も門を閉じるだろう」

 レオンハルトが、斥候の報告を机へ置いた。

「敵は外へ出るつもりだ」

 アレクは顔を上げた。

「出撃の用意をしているのですか」

「西門の外へ兵が出始めている。城壁へ上げるための矢ではなく、兵へ持たせる矢を配っているそうだ」

 マティアスが頷いた。

「こちらだけを見れば、敵の方が多い。二つの軍が揃う前に叩くつもりでしょう」

「ならば、出てきたところを受ける」

 レオンハルトは答えた。

 外へ出ていたカスパルが戻ってきた。

 靴には、乾いた土が付いていた。

「北の畑は使えません。水路が多く、馬の脚が沈みます」

「南は」

「乾いています。広さもあります。敵が大きく動くなら、そちらです」

 レオンハルトは地図の南へ目を落とした。

 アレクも、その場所を見た。

 都市は東。

 自分たちは西から向かっている。

 向かい合った時、南はグランヴァルト軍の右翼になる。

「鉄砲隊の動ける場所を、先に見ておきます」

 アレクが言った。

「畑の畝と水路を避けて、中央から右翼へ通れる場所が必要です」

 レオンハルトが頷いた。

「マティアス。歩兵の隊長にも見させよ」

「承知しました」

「大砲は、無理に前へ出すな。敵が退いた後にも使う」

 アレクは頭を下げた。

 城壁の上から見下ろすだけの敵ではない。

 今度は、大きな軍がこちらへ向かってくる。

 九百三十人を、必要な場所へ動かさなければならなかった。

 ◇ ◇ ◇

 翌朝、城塞都市の西に旗が並んだ。

 ロスヴァール軍は、都市から少し離れた農地へ出ていた。

 背後には、門へ戻る街道がある。

 北の畑には細い水路が走り、低い場所に水が残っていた。南側には刈り取られた畑が広がり、その先に南の街道が見えた。

 グランヴァルト軍は、その西へ布陣した。

 中央の歩兵は三千八百。

 北側の左翼に千五百。

 南側の右翼に四千。

 騎兵二千は後ろへ置かれ、レオンハルトが率いる。

 鉄砲隊九百三十人は中央の歩兵の前。

 残る七百二十六人が予備と荷駄、大砲の守りに割り当てられていた。

 右翼では、ヴィクトルとエイドリアンが兵を並べていた。

 二人とも、自分の直属兵だけを率いているのではない。

 レオンハルトから預けられた歩兵の隊長たちへ、持ち場と動く順を確かめていた。

 マティアスは中央の後ろにいた。

 旗を持つ兵と伝令が、その近くへ集まっている。

 アレクは馬から下りた。

 直属の兵も下馬し、ほかの鉄砲兵と共に列へ入っていた。

 馬は後ろの安全な場所へ集め、世話をする者へ預ける。

 ギルベルトが、隊の前を歩いていた。

 弾薬箱を確かめ、火縄を見て、兵の顔へ目を向ける。

「一班、三百十。二班、三百十。三班、三百十。揃っています」

 アレクは頷いた。

 城壁の上には、こちらを見ている者がいた。

 だが、アレクが見ていたのは、その手前の軍だった。

 中央に盾が並んでいる。

 後ろには弓兵がいた。

 その南側で、旗が増えていく。

 兵の列が長くなり、さらに後ろから別の隊が入っていた。

「中央は、四千ほどです」

 斥候の報告を伝える兵が言った。

「南には、八千ほど。後ろに、まだ四千ほどおります」

 アレクは南へ顔を向けた。

 こちらの右翼四千へ、敵は八千を向けようとしていた。

 正面の敵は、鉄砲隊を見ていた。

 近づいてくる。

 だが、速くはない。

 盾を揃え、弓兵を前へ出しながら、一定の距離を保っていた。

 その動きに合わせ、こちらの中央の歩兵も槍を構える。

 アレクは、銃を上げさせなかった。

 まだ、敵の主力は動き終えていない。

 中央の敵が声を上げた。

 盾を叩く音が響いた。

 その間にも、南へ向かう兵は増えていた。

 ◇ ◇ ◇

「火槍の兵は、中央におります」

 ロスヴァールの将へ報告が届いた。

 男は頷いた。

 見えていた。

 長い筒を持つ兵が、三つの列を作っている。

 あの兵の前へ進めば、次々と撃たれる。

 川沿いでは、前へ出す兵を増やすほど、倒れる者も増えた。

 だが、筒を持つ兵が千ほどなら、その全員で軍の端から端まで守れるはずがなかった。

「中央は、そのまま前へ出せ。突っ込ませるな」

「承知しました」

「弓兵に射かけさせろ。向こうの目を離すな」

 男は南側へ向き直った。

 八千が揃っていた。

 前には盾と槍。

 後ろには弓兵。

 騎兵は、さらに外側を回れる場所で待っている。

 相手の右翼を押し込めば、中央の歩兵も向きを変えなければならない。

 火槍を持つ兵が動けば、中央へ出した四千が前へ進む。

 動かなければ、右翼を崩して横から襲う。

「始めろ」

 角笛が鳴った。

 南側の八千が、前へ動いた。

 乾いた畑から、土煙が上がった。

 ◇ ◇ ◇

 右翼から声が届いた。

 盾を合わせる音が続く。

 敵の歩兵が、広い幅で近づいていた。

 その後ろにも兵がいる。

 先頭だけを止めても、次が続く厚さだった。

 中央の敵は、まだ距離を取っていた。

 弓兵が出てくる。

 矢が飛び、鉄砲隊の少し前へ落ちた。

「盾を前へ!」

 中央の歩兵の隊長が命じた。

 盾を持った兵が進み、鉄砲隊の前へ入る。

 アレクは敵の旗を見た。

 中央の旗は、大きく動いていない。

 南の旗だけが、こちらへ近づいていた。

 アレクは、レオンハルトのいる場所へ走った。

 ギルベルトには、その場で隊を保つよう伝えていた。

「陛下」

 馬上のレオンハルトが顔を向ける。

「鉄砲隊を移します。敵の主力は、こちらで崩します」

 レオンハルトは右翼を見た。

「中央は」

「敵は、こちらを留めようとしています。鉄砲隊が動けば出てくるでしょうが、今、押し切ろうとしているのは右翼です」

 マティアスが近づいた。

「中央の歩兵は崩さずに残します。鉄砲隊の通る道は空けてあります」

 レオンハルトが頷いた。

「行け」

「承知しました」

「右翼は持たせる。射つ場所を失うな」

 アレクは隊へ戻った。

「右翼へ移ります」

 ギルベルトが、すぐに顔を向けた。

「九百三十人、全員です。歩兵の後ろを通ります」

「承知しました」

 伝令が走る。

 中央の盾兵が前へ寄り、鉄砲隊の姿を覆った。

 アレクは南へ手を向けた。

「各班、列を保って移動してください。走り過ぎないように」

 兵が動いた。

 銃を持つ者。

 弾薬箱を腰に付け、隣の兵との間を確かめる者。

 後ろの列が、前の列についていく。

 右翼では、すでに槍がぶつかっていた。

 声が大きくなった。

 押される兵の足元から、乾いた土が崩れる。

 アレクは、その後ろを通った。

 傷を負った歩兵が運ばれてくる。

 片方の腕が、だらりと下がっていた。

 道を空けた鉄砲兵が、顔をしかめる。

「前を見てください」

 アレクは言った。

「ここで止まれば、後ろも止まります」

 兵は顔を戻した。

 銃の列が、さらに南へ伸びていった。

 ◇ ◇ ◇

 ヴィクトルは、盾の後ろから敵を見ていた。

 押してくる槍の数が多い。

 前の兵が退いても、すぐに別の者が出てくる。

 こちらは、一度崩れれば立て直す場所がなくなる。

「足を止めろ! 隣を離すな!」

 隊長が叫んだ。

 敵の槍が盾の間へ入り、兵の太腿を突いた。

 兵が倒れた。

 後ろの者が腕を引き、代わりの盾が前へ出た。

 ヴィクトルは、少し後ろへ目を向けた。

 林檎の花の旗が見えた。

 その下を、火縄銃の列が通っている。

「来たか」

 すぐ近くの隊長へ声を掛けた。

「合図が来たら、左へ寄せる。勝手に下がるな。隣の隊にも伝えろ」

 隊長が頷く。

 エイドリアンの隊にも、伝令が走った。

 右翼の後ろには、乾いた農道があった。

 昨日のうちに、荷車が通れるだけの幅があることを確かめていた。

 鉄砲隊は、その道を使って移動している。

 南端には、刈り取られた畑が広がっていた。

 そこへ銃を並べれば、味方の歩兵の外側から、攻め寄せる敵の列を狙える。

 ただし、味方がばらばらに退けば、その場所まで敵が入り込む。

 ヴィクトルは盾を持ち直した。

 敵の槍が、縁を叩いた。

「もう少しだ!」

 声を張る。

 自分が踏み止まらなければ、兵も踏み止まれなかった。

 ◇ ◇ ◇

 アレクは、畑の南端へ出た。

 前は開けていた。

 北側には、ヴィクトルたちの歩兵がいる。

 その東へ、敵の兵が厚く重なっていた。

 こちらへ向きを変えようとする敵もいる。

 だが、前へ押している隊の後ろから、すぐには抜けられない。

 アレクは地面を見た。

 畝は低い。

 水はない。

 兵を横へ並べられる。

「ここで展開します」

 ギルベルトへ告げた。

「狙うのは、あの旗の下です。味方の歩兵より南へ出てくる敵を狙ってください」

「承知しました」

 兵が列を広げた。

 一班、二班、三班。

 それぞれ三百十人。

 移動してきた列が、射つための列へ変わっていく。

 アレクは、旗を持つ兵を見た。

「合図を」

 赤い布が上がった。

 ギルベルトが声を張った。

「弾薬箱開放許可!」

 兵が弾薬箱を開いた。

「一発取れ!」

 手が動く。

「装填!」

 アレクは敵から目を離さなかった。

 南側へ出てくる敵の盾が増えていた。

 鉄砲隊に気づいたのだ。

 こちらへ向かって走ろうとする者を、隊長らしい男が止めている。

 後ろの兵を待ち、盾を揃え直していた。

 アレクは頷いた。

 敵も、何も考えていないわけではない。

 それでも、こちらへ向き直るためには、今の攻撃を緩めなければならなかった。

「装填状況!」

「一班、装填完了!」

 続いて二班、三班から声が届く。

 アレクは前へ手を向けた。

「一班、前へ!」

 三百十人が進んだ。

「火蓋開け!」

 兵の手が動いた。

「構え!」

 銃口が上がった。

 敵の盾が見える。

 その後ろに顔がある。

 さらに奥では、まだこちらの歩兵を押している者たちがいた。

 赤い布が下がった。

「撃て!」

 轟音が重なった。

 白い煙が、畑の上へ広がる。

 敵の先頭が崩れた。

 盾を落とす者。

 後ろへ倒れ、隣の兵を巻き込む者。

 走り出しかけた足を止め、身を縮める者。

「一班、火縄上げ! 後退!」

 ギルベルトの命令が響いた。

 兵が火縄ばさみを上げ、後ろへ下がる。

 二班が前へ出た。

 アレクは、煙の薄い側へ少し寄った。

 敵の隊長が、剣を上げている。

 逃げるなと叫んでいた。

 その後ろから、別の盾の列が来る。

 中央の将が、兵を送り込んでいるのだろう。

「二班、前へ!」

 銃口が、同じ敵の列へ向いた。

 二度目の射撃が響いた。

 敵の旗が傾いた。

 旗を持つ者が倒れたのか、その下へ兵が集まった。

 そこへ、三班が出る。

 アレクは、狙う場所を右へずらさせた。

 味方の歩兵と接している前列ではない。

 後ろから加わろうとする敵だった。

 その隊が止まれば、前で戦う敵へ次の兵が届かなくなる。

 再び、赤い布が下がった。

 ◇ ◇ ◇

「火槍が南へ移りました!」

 ロスヴァールの将は、すでに聞こえている轟音へ顔を向けた。

 煙が上がっていた。

 攻めていた八千の外側からだった。

「中央を進めろ!」

 命令が飛ぶ。

 だが、中央の四千は、すぐには突破できなかった。

 火槍の兵がいなくなった場所には、槍と盾を持つ歩兵が残っている。

 その後ろで、黒獅子の旗が動いていた。

 男は歯を食いしばった。

「南へ、二千を出せ」

 予備の隊長へ命じた。

「押し切る。火槍の兵が向きを変える前に、前の歩兵を崩せ」

 隊長が走った。

 残していた四千のうち、二千が南へ進む。

 南部戦線から来た千五百も、その中にいた。

 隊は揃っていた。

 前の兵が退いてきても、道を空けさせ、旗を保って進む。

 男は、その動きを見た。

 まだ押せる。

 前の歩兵が崩れれば、火槍を持つ兵も逃げなければならない。

 そう思った時、また轟音が響いた。

 南へ向かった増援の先頭から、土煙が上がった。

 列の一部が止まる。

 後ろの兵が、その背へぶつかった。

 先頭の隊長が、旗を横へ動かした。

 射撃を避けて、進む場所を変えようとしていた。

 だが、その先には、別の隊がいた。

 すでに攻めていた兵と、退いてくる負傷者が道を塞いでいた。

 兵を送れば、前へ届くはずだった。

 その当たり前のことが、できなくなっていた。

 ◇ ◇ ◇

 アレクは、敵の旗が横へ動くのを見た。

 増援の隊が、進路を変えようとしている。

 兵は多い。

 だが、広がる場所がない。

「正面の旗へ」

 ギルベルトへ伝えた。

「味方と戦っている列ではありません。後ろから来る隊です」

「承知しました」

 命令が各班へ届く。

 装填を終えた一班が、再び前へ出た。

 兵の顔には汗が流れていた。

 移動した後の射撃だった。

 息を整える間もなく、手を動かしている。

 アレクは、自分の火縄銃を構えた。

 ロルフが飾りを施した銃床が、頬へ触れる。

 薄い弾道が見えた。

 煙が流れ、敵の盾の間に男の上半身が現れた。

 アレクは、その姿を確かめた。

 味方はいない。

 引き金を引いた。

 肩へ衝撃が来た。

 男の姿が、盾の下へ消える。

 命中を確かめ続ける暇はなかった。

 アレクは火縄ばさみを上げ、銃を下ろした。

「撃ち過ぎないでください。敵が見えなければ、待ってください」

 近くの班長へ言った。

 兵は頷いた。

 轟音の間に、右翼から別の声が聞こえ始めた。

 敵の声ではなかった。

 ヴィクトルたちの歩兵が、押し返している。

 後ろから兵が届かなくなった敵の前列が、少しずつ下がっていた。

 アレクは、手を上げた。

「左側は射撃を止めてください。味方が前へ出ています」

 合図が送られた。

 射つ班の中でも、味方に近い側の銃口が下がる。

 残る兵は、さらに南へ出ている敵を狙った。

 鉄砲隊全体が、歩兵の前進に合わせて射つ場所を変えていく。

 ただ弾を撃ち込むだけではない。

 味方が進むための場所を、開けなければならなかった。

 ◇ ◇ ◇

 レオンハルトは、敵の旗を見ていた。

 南へ重なっていた旗のうち、二つが後ろへ動いている。

 前へ出るためではない。

 押し返され、場所を失っていた。

 騎兵の先頭へ、カスパルが来た。

「南の外側へ出られます」

「敵の騎兵は」

「火槍を避けて広がろうとしていますが、歩兵と重なっています」

 レオンハルトは剣を抜いた。

 伝令がアレクの方へ走った。

 騎兵が通る場所を伝えるためだった。

 赤い布が上がる。

 鉄砲隊の南側の射撃が止まった。

 レオンハルトは馬を進めた。

 二千の騎兵が、後ろに続く。

 鉄砲隊のさらに外側を回り、乾いた畑へ出た。

 前には、向きを変えきれない敵の騎兵と、乱れた歩兵がいた。

 槍を揃えて待っている軍ではなかった。

「続け!」

 レオンハルトが馬を駆った。

 黒獅子の旗が前へ出た。

 蹄が地面を叩く。

 敵の騎兵が慌てて馬を向ける。

 その後ろで、歩兵が道を空けようとしていた。

 間に合わなかった。

 先頭がぶつかった。

 馬が崩れ、兵が落ちる。

 レオンハルトは、横から伸びた槍を剣で払った。

 すれ違いざまに振り下ろす。

 後ろから来た騎兵が、開いた場所へ続いた。

 敵の外側が崩れた。

 その内側では、ヴィクトルとエイドリアンの歩兵が前へ進んでいる。

 前と横から押され、敵は退き始めた。

 レオンハルトは、都市の方へ目を向けた。

 まだ、後ろに旗があった。

 敵将が残した予備だった。

 それを前へ出させれば、退く兵とぶつかる。

 出さなければ、こちらが追いつく。

 レオンハルトは剣を上げた。

「散るな! 旗に続け!」

 騎兵たちは黒獅子の旗の下へ寄り、隊列を整えながら進んだ。

 ◇ ◇ ◇

 南の街道に、別の土煙が上がった。

 最初に気づいたのは、都市の見張り塔にいた兵だった。

 西の戦いを見ていた者が振り返り、声を上げる。

 旗が見えた。

 一つではない。

 南から北へ向かって、兵の列が近づいていた。

 ユリウスの五千だった。

 先頭の騎兵千が、道の脇へ広がる。

 歩兵四千は列を保ち、都市へ戻る街道の側方へ進んでいた。

 何日も前から、斥候が確かめ、使いが行き来していた道だった。

 ユリウスは、進む先を見た。

 西では、敵の軍が崩れ始めている。

 その兵が戻ろうとする街道は、こちらから見える場所にあった。

「門へ近づき過ぎるな」

 ユリウスが命じた。

「城壁の弓兵に射られる場所まで進む必要はない。街道へ向かう敵の横へ出る」

 隊長たちが応じた。

 旗が動く。

 それを見たロスヴァールの兵が、声を上げた。

「南にもいるぞ!」

「道を切られる!」

 敵将は、振り返った。

 南の軍が着くのは、まだ先だと思っていた。

 こちらが勝ってから、向き直ればよいはずだった。

 だが、その旗は、もう見えている。

 前では黒獅子の騎兵が進み、南では新たな軍が街道へ近づいていた。

「予備を南へ向けろ!」

 敵将が叫んだ。

「街道を守れ!」

 残っていた二千が動いた。

 だが、そこへ敗走する兵が流れ込んできた。

 旗の違う隊だった。

 前へ出ようとする者と、都市へ戻ろうとする者がぶつかる。

「止まれ! まだ戦える!」

 隊長が叫ぶ。

 兵は、その横を走り抜けた。

 命令を聞いていないのではなかった。

 自分の主君の旗が、すでに東へ動いていた。

 それを追わなければ、置いていかれると思ったのだった。

 ◇ ◇ ◇

 アレクは、銃口を下げさせた。

 正面の敵が、背を向けていた。

 その間へ、味方の歩兵が進んでいる。

 ここから撃てば、追う味方を傷つける恐れがあった。

「射撃を止めてください」

 ギルベルトが命令を繰り返した。

 班長たちが走り、銃口を確かめる。

 まだ装填を終えたばかりの兵もいた。

 アレクは、追って前へ出ようとした者を止めた。

「隊を保ってください。勝手に追ってはいけません」

 兵が足を止めた。

 右翼の前には、盾が落ちていた。

 槍も、弓もある。

 その間で、傷を押さえた敵兵がうずくまっていた。

 少し遠い場所では、まとまった敵の一隊が取り残されていた。

 南のユリウス軍へ向かうことも、黒獅子の騎兵を横切って都市へ戻ることもできない。

 隊長らしい男が、剣を持って周りを見ていた。

 マティアスの伝令が、その近くへ向かった。

「武器を置け! 従う者は殺さぬ!」

 声が響いた。

 敵の隊長は、しばらく立っていた。

 後ろでは、負傷した兵が仲間に支えられている。

 男は剣を下ろした。

 地面へ置く。

 それを見た兵が、槍を落とした。

 一人が置くと、その隣も置いた。

 盾が、次々と地面へ並んでいった。

 アレクは、それを見ていた。

 鉄砲隊の兵の一人が、深く息を吐いた。

 その顔から、急に力が抜けた。

 隣の兵が肩をつかむ。

「おい」

「大丈夫だ」

 そう答えた兵の腕から、血が落ちていた。

 アレクは近づいた。

「後ろへ下がって、手当てを受けてください」

「まだ立てます」

「立てるうちに行ってください」

 兵は口を閉じた。

 仲間に支えられ、後ろへ向かう。

 アレクは、その背を見送った。

 敵が退いても、こちらの傷が消えるわけではなかった。

 ◇ ◇ ◇

 ロスヴァール軍は、一つの方向へ逃げたのではなかった。

 都市へ向かう者がいる。

 城門の前が詰まっているのを見て、東の街道へ迂回する者もいる。

 畑へ散り、武器を捨てて走る者もいた。

 レオンハルトは、追撃を無制限には続けさせなかった。

 門から矢が飛び始めたところで、前の騎兵へ戻るよう命じる。

 ユリウスにも、都市の壁へ近づき過ぎず、外の街道を押さえるよう伝えた。

 敵将は、最後まで戦場に残ってはいなかった。

 側近に馬を引かれ、都市へ戻っていた。

 門の前では、兵が押し合っていた。

 槍を持ったまま入ろうとする者。

 倒れた馬から鞍を外そうとする者。

 荷車を押し、負傷者を先へ通そうとする者。

 門兵が怒鳴った。

「車を寄せろ! 道を空けろ!」

 誰も、思うようには動けなかった。

 城主は、門の内側でその様子を見ていた。

 出ていく時には、隊ごとに旗を立て、名を呼び合っていた兵だった。

 今は、違う家の兵が肩をぶつけ、同じ門へ押し寄せている。

 敵将が馬に乗ったまま入ってきた。

 城主は、その前へ立った。

「軍は」

 男は答えなかった。

「後ろの兵は、どこにいる」

「まだ戻ってくる」

「何人だ」

 男は顔を背けた。

 門の外から、また叫び声が上がった。

 城主は振り返り、兵へ命じた。

「負傷者を広場へ運べ。門の前へ寝かせるな」

 兵が動いた。

 抗戦か開城かを話す前に、運び込まれる者の場所を作らなければならなかった。

 ◇ ◇ ◇

 グランヴァルト軍が戦場の数をまとめ始めた頃、日は西へ傾いていた。

 捕虜は、一か所へ押し込まなかった。

 武器を置いた隊ごとに分け、将と一般の兵を離す。

 負傷者は別へ運び、傷の重い者から手当てを受けさせた。

 マティアスは、各隊の報告を受け取っていた。

 レオンハルトも、その場にいた。

「本隊の死者は、今のところ百二十四です」

 書記が告げた。

「傷のため戦えぬ者が三百八十六。右翼の歩兵に多く出ております」

 アレクは、机の前に立っていた。

 数字を聞きながら、右翼で運ばれていた兵の姿を思い出した。

 自分たちが動く間、あの兵が前へ立っていた。

「ユリウス殿の隊は、死者十六。戦闘不能の負傷者が五十四です」

 書記が続けた。

 街道へ出た兵は、逃げる敵を見ていただけではない。

 道を抜けようとする敵の予備兵と戦い、降伏しない隊を押し返していた。

 両軍を合わせ、死者百四十。

 当面戦えなくなった負傷者は四百四十。

 戦闘に加わった一万七千九百五十六人のうち、引き続き動かせる兵は一万七千三百七十六人となった。

 本隊は一万二千四百四十六人。

 ユリウスの隊は四千九百三十人。

 その数が、紙へ記された。

「鉄砲隊は」

 レオンハルトが尋ねた。

 アレクは答えた。

「六人が亡くなりました。十八人が、今は戦えません。動ける者は九百六人です」

「弾は」

「隊全体で、四千四百八十六発です。残りを確認し、各兵の弾薬箱へ補充を進めています」

 レオンハルトは頷いた。

「右翼へ移した判断はよかった」

 アレクは頭を下げた。

「歩兵が持たせてくれました」

「ああ」

 レオンハルトは、外へ目を向けた。

「その者たちの働きも、記録へ残せ」

 書記が返事をした。

 天幕の外には、ヴィクトルとエイドリアンがいた。

 二人とも、鎧を脱いではいなかった。

 ヴィクトルの盾には、深い傷が増えていた。

 アレクが外へ出ると、ヴィクトルが顔を上げた。

「間に合ったな」

 アレクは頷いた。

「待たせました」

「待った甲斐はあった」

 ヴィクトルは、傷の付いた盾を見下ろした。

「次は、もう少し早く頼む」

 笑っていた。

 だが、その顔にも疲れがあった。

 アレクは笑い返さず、頷いた。

「はい」

 エイドリアンが、手当てを受ける兵の方を見た。

 アレクも、そちらへ顔を向けた。

 勝った軍の陣にも、うめき声はあった。

 ◇ ◇ ◇

 翌朝までに、捕虜となったロスヴァール兵は六千九百八十人と数えられた。

 その中には、傷を負って運ばれてきた者も含まれていた。

 戦場で確認された死者は、千七百八十六。

 合わせて、八千七百六十六人。

 一万六千の野戦軍は、半分を超える兵を、死者と捕虜だけで失っていた。

 逃れた者の中にも、傷のため戦えない者がいるはずだった。

 だが、その数までは分からなかった。

 残った兵が、そっくり一つの軍として都市へ戻ったわけでもない。

 東へ逃げた隊があり、旗を失って散った者もいる。

 斥候は街道を調べ、逃げた兵が集まり直していないかを確かめていた。

 城塞都市の門は、閉じられていた。

 壁の上には弓兵が並んでいる。

 その後ろに、高い塔が見えた。

 石造りの下部の上へ木組みの楼が載り、屋根の下から、こちらを見ている者がいた。

 アレクは、そこへ目を向けた。

 城外で負けても、まだ壁がある。

 敵は、その内側で次を決めようとしている。

 レオンハルトは、四門の大砲が置かれた場所を通った。

 砲手と職人が、車輪や砲の状態を確かめていた。

 野戦の間は後ろに置かれ、まだ一発も撃っていない。

 ロベルトが、運び込まれた砲弾の数を報告していた。

 レオンハルトはそれを聞き、都市へ向き直った。

「まず、開城を求める」

 マティアスが頷いた。

「条件は、これまでと同じでよろしいでしょうか」

「ああ。武器を置く者は保護する。城と軍の倉は渡させよ」

 使者を出す用意が始まった。

 アレクは、閉ざされた門を見た。

 あの向こうへ戻った兵も、昨日の戦いを見ている。

 それでも、門を開くかどうかは、まだ分からなかった。

 ◇ ◇ ◇

 城内の広場には、戻った旗が立てられていた。

 戻った旗の数は、出撃した時の半分にも満たなかった。

 旗だけが戻り、その下へ集まる兵が僅かな隊もあった。

 負傷者を収める建物は足りず、倉の一つが空けられた。

 水を運ぶ住民の間を、家族の名を呼ぶ声が通っていく。

 城主は、その広場を横切った。

 奥の部屋では、野戦から戻った将たちが待っていた。

 中央に、軍を率いた男がいる。

 鎧の泥は落としていたが、顔色は悪かった。

「門は補強させている」

 城主が言った。

「負傷者の場所も作った。だが、倉を空ければ、そこにあった荷を別へ移さねばならん。住民も兵も、同じ広場へ集め続けるわけにはいかない」

「城壁へ出せる兵を数えている」

 男は答えた。

「まだ、守れる」

 城主は、机の上へ名簿を置いた。

 昨日の朝、一万六千を数えた紙だった。

 戻った隊には、別の筆で数が書き加えられていた。

 空白のままの場所が、いくつもある。

「これで、まだ城を守り抜けると申すのか」

 男は、名簿を見た。

 答えは出なかった。

 その時、扉の外で兵が声を上げた。

「城外から使者です。グランヴァルト国王の名で、開城を求めております」

 誰も、すぐには口を開かなかった。

 窓の向こうでは、城壁の上の鐘が鳴っていた。

第十三話を読んでいただき、ありがとうございました。

歩兵が持ちこたえ、鉄砲隊が敵の攻勢を崩し、騎兵が反撃する。それぞれの働きが重なって得た勝利でした。

一方、敗れた将たちには、閉ざした門の内側でも決断が待っています。


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