第十話 城門を貫く轟音
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援軍を待つ城を前に、四門の新型大砲が到着します。
アレクたちは、閉ざされた門を開くため、それぞれの持ち場へ向かいます。
大砲が陣へ着いた時、東の空にはまだ朝の薄い雲が残っていた。
荷車を引く馬が、鼻から白い息を吐いている。車輪の脇を歩く兵の靴には泥がこびりつき、後ろから押していた者は、陣へ入ったところでようやく手を離した。
アレクは、先頭の荷車へ歩み寄った。
覆いが外される。
朝の光の下へ現れた砲身は、火縄銃とは比べものにならない太さがあった。木の台へ据えられた姿を見ただけで、それをここまで運ぶのに、どれほど手間がかかったか分かる。
その後ろにも、同じように覆いをかけた荷車が続いていた。
四門。
王家の鍛冶町で作られ、ジークブルクで再び検査を受けた新しい大砲が、ようやく戦場へ届いたのだった。
「遅くなりました」
輸送を率いてきた男が頭を下げた。
「川で、少し手間取りました。ですが、橋板を補っていただいた場所は、そのまま通れました」
「車輪は」
ロベルトが尋ねた。
「四門とも無事です。途中で金具を締め直したものはありますが、割れた箇所はありません」
「では、先に馬を休ませてください。職人には砲を見てもらいます」
ロベルトは従者へ指示を出し、荷車を止める場所を分けていった。
砲弾を運ぶ車と、火薬を積んだ車もある。
大砲だけが着けばよいわけではない。
撃つための物をそろえ、扱う者を休ませ、ここまで運んだ後にも異常がないか確かめる必要があった。
アレクが砲身へ目を向けていると、後ろで兵が道を開けた。
レオンハルトとマティアスが歩いてくる。
「これか」
レオンハルトは荷車の前で立ち止まった。
そばにいた職人たちが慌てて頭を下げる。
「面を上げよ。手を止めさせに来たのではない」
レオンハルトはそう言い、砲身の横へ回った。
「以前の物より長いな」
「はい」
アレクが答えた。
「砲身を長くしています。それに、砲弾と筒の寸法をそろえました」
レオンハルトの視線が、荷車の脇に並べられた砲弾へ移った。
「今までは、そろっておらなんだのか」
「同じ大砲で使う弾でも、大きさにばらつきがありました。筒の内側も、作るたびに違いが出ます。新しい物は、そこを確かめながら作ってもらっています」
アレクは説明し、隣の職人へ顔を向けた。
男が頷く。
「合わぬ物は、使う弾から外しております。砲も弾も、作って終わりにはしておりません」
「弾と筒の間に隙間が多いと、火薬が燃えて生じた気体が、弾の脇から逃げます」
アレクは続けた。
「その無駄を減らし、弾へ力を伝えやすくする狙いです。ただ、隙間をなくせばよいわけではありません。装填して撃てる余裕は必要です」
マティアスが砲弾を見下ろした。
「弾も大きくしたのだな」
「はい。門や城の防御を壊すためです。その分、砲も作り直しています。以前の筒へ、大きな弾だけを入れたものではありません」
「長くして、弾の大きさをそろえ、大きな弾を使えるようにした」
レオンハルトは砲身から城へ視線を移した。
「それで、あの門を破れるのか」
城門は、西の陣からでも見えた。
石造りの塔に挟まれた、木製の両開きの門だった。表には鉄の帯が渡され、その上の張り出しには、すでに守備兵が出ている。
「試射では、以前の大砲よりも弾がまとまって当たるようになったと聞いています」
アレクは答えた。
「同じ場所を繰り返し狙いやすくなれば、門を壊せる可能性は高くなります。ただ、あの門を撃つのは初めてです」
「必ず一発で破れるとは言わぬか」
「実際に確かめていないことまでは、申し上げられません」
レオンハルトは小さく頷いた。
マティアスが、砲弾の荷車へ顔を向ける。
「威力を増した分、運ぶ手間も増える。弾薬も、鉄砲隊と同じようには補えまい」
「はい。撃てるからといって、城壁の端から撃ち続けるわけにはいきません」
「運ぶ方としても、そうしていただけると助かります」
ロベルトが口を挟んだ。
「道が悪い場所では、一門を通すだけで後ろの荷車まで止まります。弾を使い切るたびに、ここからジークブルクへ取りに戻るわけにもいきません」
「聞いたか、アレク」
マティアスが言った。
「はい。壊す場所を決めます」
「倉の者にも、何発使ったか分かるようにしておけ」
職人が砲の台を調べ終え、砲手へ声をかけた。
大砲の周りにいた男たちが動き始める。
レオンハルトは、改めて城を見た。
「では、門だ」
短く言った。
「兵を入れる場所を作れ」
◇ ◇ ◇
本隊の戦闘可能な兵は、一万四千七百人だった。
そのうち九百四十六人が、アレクの率いる鉄砲隊である。
最初の城へ残した三百人は、後ろの街道と倉を守っている。ユリウスの別働軍は、南の街道で攻略を続けていた。
レオンハルトは、目の前の城だけへ全軍を寄せなかった。
カスパルに騎兵五百と歩兵千を預け、東から援軍が近づく道を見張らせる。別に五百を城の脇の道や小さな出口の監視へ回し、荷駄と陣の守備には千を置いた。
正面では、盾を持つ歩兵六百が前へ出る。
砲を据える作業と、鉄砲隊の前進を守るための兵だった。
城の正面には平地が広がっていたが、緩い起伏と浅い窪みがある。歩兵はそこへ大きな盾を運び、露出する場所を少しずつ減らしていった。
大砲は、その後ろの固い地面へ運ばれた。
四門を一か所へ詰め込まず、砲手が動く場所を空ける。
門へ向かう道も塞がない。
職人と砲手が位置を確かめる間に、アレクはギルベルトを呼んだ。
「班の人数は」
「一班三百十五、二班三百十五、三班三百十六です」
「全隊を正面で使います。左右の塔と、門の上を狙える場所を確かめてください」
「承知しました」
「歩兵が入る時には、重なる場所への射撃を止めます。煙で見えなくなった時も、勝手には撃たせないでください」
「隊長たちへ伝えます」
ギルベルトが兵の列へ戻っていく。
アレクは、城壁の上を見た。
敵もこちらを見ている。
大砲が運ばれてきたことは、隠せない。弓兵らしい者が門の両脇へ集まり、盾の置き方を変えていた。
斥候と、城から出てきた住民の話を合わせると、守備兵は敗残兵を含めて二千ほどだという。
ただし、その全員が正面へ並んでいるわけではなかった。
別の壁や門にも守りが必要になる。城内には、敵が入った場所へ向かわせる兵も残しているはずだった。
レオンハルトがヴィクトルとエイドリアンを呼んだ。
「最初に入れる兵は、六百ずつだ」
二人が一礼する。
「門が壊れたからといって、二人で競うな。先頭はヴィクトル、エイドリアンはその後ろへ続け。入った兵で門の内側を押さえ、後ろを通せ」
「承知しました」
「さらに八百を控えさせる。通り道ができたら入れる。狭い所へ兵を詰めて、身動きを失うな」
マティアスが地図を示した。
「城壁へ上がる階段は、門の内側から左右にあります。そこを押さえなければ、通過する兵が上から狙われます」
昨日、城を外から調べた報告と、住民から聞いた話をまとめたものだった。
細部まで正しい保証はない。
それでも、何も知らずに入るよりはよい。
ヴィクトルが地図を見て頷いた。
「まず、門の中と階段ですね」
「そうだ。敵を追って奥へ走るのは、その後でよい」
レオンハルトが答えた。
アレクは、門へ続く道をもう一度見た。
砲弾が飛ぶ場所へ、味方を入れるわけにはいかない。
門を壊すことと、兵を入れること。
その二つの間には、確実に攻撃を止める時間が必要だった。
◇ ◇ ◇
一門目の大砲のそばで、砲手が城門を見ていた。
アレクが近づくと、男は姿勢を正した。
「狙いを、見せてもらえますか」
「はい」
砲手が脇へ寄る。
アレクは砲の後ろから、城門へ目を向けた。
火縄銃なら、持ち上げた時に分かる。
自分がどこを狙い、弾がどこへ向かいそうか。
神と再び会った後に得た感覚は、撃てば必ず当たるというものではなかった。それでも、手の中の銃が向く先を知る助けにはなっていた。
大砲では、どうなのだろう。
自分の腕で抱えられる大きさではない。
しかし、火薬の力で弾を飛ばすという点では、火縄銃と同じだった。
アレクは、砲身へそっと手を置いた。
冷たい感触が、掌へ伝わる。
そのまま、門を狙おうとした。
視界の中に、細い線が現れた。
アレクは息を止めた。
砲口から伸びた薄い線が、城門の上の方へ向かっている。
線が門板に重なった先は、見えなかった。
門の内側に何があるかも、どれほど厚いかも分からなかった。
ただ、今の向きで撃てば、弾がどの辺りへ進みそうかが見えていた。
アレクは一度、手を離した。
線が消える。
もう一度触れ、同じ場所を狙う。
薄い線が、再び現れた。
「アレク様?」
砲手の声で、アレクは顔を上げた。
「少し、狙いを変えたいのですが」
「どちらへ」
アレクは、門の中央寄りを示した。
「上の張り出しではなく、門板へ当てたいと思います。こちらへ合わせられますか」
砲手は城門を見てから、頷いた。
「動かしてみます」
男が仲間を呼んだ。
アレクもそばに付き、砲手と共に向きを確かめる。
わずかに砲が動くたび、見えていた線も変わった。
火縄銃を腕で動かす時とは違う。
大砲は、思った方向へすぐには向かない。砲手たちが動かし、止め、確かめる。その間、アレクは口を挟みすぎないよう、狙いたい場所だけを伝えた。
「そこです」
線が、門板へ重なった。
アレクは手を離した。
砲手が改めて狙いを見て、台と砲の状態を確かめる。
「この向きで、撃てます」
「お願いします」
アレクは一歩下がった。
胸の奥に、まだ驚きが残っていた。
大砲でも見えた。
だが、見えたことと、この門を破れることは別だった。
どれほどの力で当たるのか。
木の門が、どう壊れるのか。
そこまでは分からない。
アレクは、砲手の邪魔にならない位置へ退いた。
レオンハルトへ、準備が整ったとの報告が届く。
「最初は一門で撃つ」
レオンハルトが命じた。
「当たった場所を見よ」
兵へ合図が伝えられていく。
前へ出ていた作業の者が退き、砲の周囲が空いた。
アレクは無意識に指を握った。
城門の上では、敵兵がまだこちらを見下ろしていた。
◇ ◇ ◇
城内では、門の後ろに槍兵が集められていた。
門と塔の守りへ回された兵は、合わせて六百ほど。さらに五百が広場に控え、ほかの兵は別の壁や出口を守っている。
川から逃れてきた兵もいた。
だが、ここには石壁がある。
敵の騎兵は、門を閉じている限り入れない。新型火槍も、壁の向こうへ並ぶ兵を、野戦と同じようには撃てないはずだった。
「大砲を据えております」
城壁の上から報告が下りてきた。
城主は門を見た。
木の板には鉄の帯が渡され、内側には太い横木がかかっている。
「門の修理に使う材木を、近くへ寄せておけ」
城主が命じた。
「壊れたら塞ぐ。上の兵は、近づく者を射よ」
守備隊長が頷いた。
大砲そのものを知らないわけではない。
当たれば危険だということも分かっている。
だからこそ、門の後ろへ兵を詰めすぎず、修理のために動ける場所を残していた。
門の脇には、木造の番小屋があった。
見張りが休み、交代を待つための建物だった。今は負傷の軽い兵が数人入り、水を飲んでいる。
外で、何かが光った。
次の瞬間、腹の底へ響く轟音が城内へ押し寄せた。
門が弾けた。
鉄の帯と横木の間、補強の薄い部分へ砲弾が突き入った。
厚い板が裂け、木片が内側へ飛び散る。
槍兵が顔を背けた。
門を貫いた砲弾は止まらなかった。
斜め後ろにあった番小屋の壁へ飛び込み、柱をへし折った。
建物の片側が沈む。
屋根が傾き、梁と板が、土煙を上げて崩れ落ちた。
門のそばにいた兵は、すぐには動けなかった。
壊れた門と、崩れた番小屋を交互に見ている。
壊れたのは、門だけではなかった。
その奥にあった番小屋まで、屋根を落としていた。
「離れろ!」
誰かが叫んだ。
その声で兵が動いた。
番小屋から這い出した男が、片腕で地面を押している。近くの兵が駆け寄り、崩れた屋根の下から引きずり出した。
槍を持った者たちが、門の正面から左右へ逃れる。
「持ち場を離れるな!」
守備隊長が叫んだ。
だが、自分も門の真正面へ立つことはできなかった。
穴の向こうに、城外の明るさが見える。
次の弾も、そこから入ってくるかもしれない。
城主は、崩れた番小屋を見た。
門の後ろへ下がれば安全だと考えていた兵たちの顔から、血の気が引いていた。
◇ ◇ ◇
城外へ、歓声が広がりかけた。
「門に当たった!」
「穴が開いているぞ!」
砲煙が流れた先で、木製の門の一部が失われていた。
その奥から、別の土煙が上がっている。
アレクは目を凝らしたが、何が崩れたのかまでは見えなかった。
「抜けたのか」
レオンハルトが言った。
砲手が門を見つめたまま頷く。
「そのように、見えます」
職人の一人が、砲と門を何度も見比べていた。
試射では確かめた。
しかし、敵の城門へ撃ち込むのは初めてだったのだ。
隣の男が、その職人の肩を強く叩いた。
レオンハルトは笑わなかった。
門の上では、敵兵が動き始めている。
「残る三門も使え」
声が飛んだ。
「門を崩す。兵はまだ出すな」
砲手たちが持ち場へ戻る。
アレクも鉄砲隊の指揮位置へ急いだ。
城壁の上から、矢が飛んできた。
盾へ当たる音が続く。
一本が地面へ突き立ち、砲を守っていた歩兵が肩を押さえて膝をついた。
敵は、砲撃が止まるのを待っているだけではなかった。
門の両側の塔へ弓兵を寄せ、砲手と、その前にいる兵を狙っている。
アレクは城壁を見上げた。
石の胸壁に隠れた敵は見えない。
だが、矢を放つ時には、顔と肩が出る。門の上の張り出しでは、木の板の間から動く姿が見えた。
「ギルベルト。門の両側の塔と、門の上を押さえます」
「はっ」
「一班を前へ」
号令が伝えられた。
「一班、前へ!」
三百十五人が、盾の後ろから射撃位置へ進む。
全員を同じ一点へ狙わせるのではない。小隊を率いる者たちが、それぞれに見える城壁と塔を確かめた。
「弾薬箱開放許可!」
「一発取れ!」
「装填!」
声が列を走る。
後ろでは二班と三班も準備を進めていた。
矢が落ちてくる。
前の歩兵が盾を持ち上げ、その陰で負傷者が運ばれた。
アレクは赤い布を持つ兵を見た。
布は上がったままだった。
まだ敵の姿が少ない。
隠れている石の壁へ撃っても、弾を使うだけになる。
右の塔で、弓を持った兵が身を乗り出した。
隣でも、二人が立ち上がる。
アレクが腕を動かすと、ギルベルトが声を張った。
「火蓋開け!」
「構え!」
赤い布が振り下ろされた。
「撃て!」
城の前で、鉄砲の音が連なった。
胸壁へ土埃が上がる。
弓を構えていた兵が、後ろへ倒れた。別の兵が肩を押さえ、盾を落とす。
門の上の張り出しでは、板が割れ、そこから突き出ていた弓が引っ込んだ。
「一班、火縄上げ! 後退!」
兵たちが手で火縄ばさみを上げ、後ろへ下がる。
二班が前へ出た。
その間に、二門目の大砲が火を噴いた。
門の右側へ砲弾が当たり、木が大きく揺れる。
続く一門は門の脇の石へ当たり、欠片を散らした。
すべてが、最初と同じ場所へ当たるわけではなかった。
砲手は着弾を確かめ、次の準備へ移っていく。
アレクはそれを横目で見ながら、城壁へ視線を戻した。
今、自分が離れれば、鉄砲隊の射撃が遅れる。
大砲のすべてを自分で狙うことはできない。
門を壊す者が働けるよう、上の敵を押さえる。
こちらにも、果たす役目があった。
◇ ◇ ◇
「門の前へ荷車を入れろ!」
守備隊長が怒鳴った。
城内の広場から、荷を下ろした車が押されてくる。
門には穴が開いていたが、人が大勢で通れるほどではなかった。
まだ止められる。
板を重ね、荷車を置き、その後ろへ槍を並べればよい。
そう考えていたところへ、次の砲弾が来た。
門の下側が大きく割れた。
外れかけていた板が内側へ倒れ、押していた荷車へぶつかった。
兵が手を離す。
門の裏へ置いた材木が跳ね、男の脚を打った。
「止まるな!」
隊長は叫んだが、自分の声が小さく感じられた。
外では、あの新型火槍の音が続いている。
塔へ上げた弓兵から、負傷者が下りてきた。
「頭を出せません!」
「盾を使え!」
「盾を持つ者も撃たれています!」
隊長は階段へ向かった。
途中で、血を流した兵が壁へ寄りかかっている。後ろから来た者が脇を抱え、道を空けた。
城壁の上へ出ると、硝煙が流れる向こうに、敵の列が見えた。
撃った兵が下がる。
次の兵が進む。
こちらが射撃を受けて伏せている間に、大砲の周りでも人が動いていた。
門へ近づく歩兵の姿は、まだない。
敵は、門の前でこちらの槍と押し合うつもりではなかった。
入るための場所ができるまで、外から壊し続けている。
「右の塔へ兵を回せ」
隊長は、近くの兵へ命じた。
「同じ場所から顔を出すな。向こうの新型火槍が狙っていない所から射よ」
兵が走った。
しばらくして、右の塔の奥から矢が飛び始めた。
城の石壁がなくなったわけではない。
撃たれていない場所へ移れば、まだ戦える。
隊長はそれを見届け、門へ戻ろうとした。
その時、また砲声が響いた。
足の下で、石が震えたように感じた。
◇ ◇ ◇
右側から飛んできた矢が、鉄砲兵の首元へ当たった。
兵が銃を落とし、膝から崩れる。
隣の者が手を伸ばしかけた。
「後ろへ運べ!」
小隊を率いる兵が声を上げる。
アレクは、矢が来た場所を探した。
右の塔。
それまで射撃していた箇所より奥に、弓兵が移っている。
塔の側面に沿って、細く人の姿が見えた。
「二班、右の塔へ狙いを移してください」
アレクは命じた。
「見えている者だけです。壁の陰へ追って撃たないでください」
ギルベルトが伝える。
二班の中で、狙いを変える兵が動いた。
三班は門の上を見張ったまま待つ。
それぞれが勝手に撃ち始めれば、音と煙で次の指示が通りにくくなる。
アレクは敵の動きを待った。
右の塔から、弓を引いた男が肩を出す。
続いて、隣の兵も立つ。
「撃て!」
射撃が塔の側面へ集中した。
一人が胸壁の内側へ消え、もう一人が弓を取り落とした。
矢の数が減る。
だが、門の上では別の兵が顔を出した。
アレクはそちらへ目を向けた。
「三班」
合図が伝わる。
短い間を置いて、三班の射撃が響いた。
門の張り出しから、木片と盾が落ちた。
アレクは息を吐いた。
敵が動けば、こちらも狙いを変える。
ただ撃ち続けるだけでは、砲手も歩兵も守れなかった。
その後ろで、大砲が再び門を叩いた。
砲身の周りには煙が漂い、砲手たちの顔は煤で汚れていた。
発射のたびに状態を確かめ、職人が気になる箇所へ手を伸ばす。
急げと声をかける者はいなかった。
不具合を見落として一門を失えば、その方が遅くなる。
レオンハルトは、少し後ろから全体を見ていた。
鉄砲隊の射撃。
大砲の準備。
門の向こうへ集まる敵。
マティアスが伝令から報告を受け、近づいた。
「東の街道に、まとまった援軍は見えておりません。カスパルは、そのまま見張りを続けています」
「よい。城が破れたからといって、追撃へ走らせるな」
「承知しました」
レオンハルトは門へ視線を戻した。
左の扉が、斜めに傾いていた。
板の一部はすでに失われ、内側に押し込まれた荷車の車輪が、穴から見えている。
「もう少しだ」
誰にともなく言った。
◇ ◇ ◇
十六発目の砲弾が、傾いた門の下へ当たった。
残っていた板が裂けた。
門を内側から支えていた荷車が押しのけられ、片側の扉が大きく倒れ込む。
煙と埃の向こうに、人が通れる幅の空間ができた。
その奥で、敵兵が槍を構えている。
「砲撃を止めよ!」
レオンハルトが命じた。
伝令が走る。
四門それぞれへ命令が届き、砲手の長が手を上げた。
一門ずつ、停止の報告が返る。
アレクのところにも、歩兵を進ませるという知らせが届いた。
「門と、その上への射撃を止めます。左右の塔も、味方が重なる場所は撃たせないでください」
「はっ」
ギルベルトが隊長たちへ指示を伝えた。
煙の薄れた門へ、盾を持つ歩兵が進み始めた。
ヴィクトルは、その先頭にいた。
「足元を見ろ! 走りすぎるな!」
声を張る。
砕けた板と石が、道へ散らばっていた。
城壁から矢が落ちる。
盾へ突き立ち、一人が肩を押さえて下がった。
右の塔で弓兵が立ち上がると、まだ射線の通る鉄砲兵が狙いを合わせた。
アレクは味方の位置を確かめてから、射撃を命じた。
弓兵が伏せる。
その間に、先頭の歩兵が門へ着いた。
割れた扉の脇から、槍が突き出された。
盾へ穂先が当たる。
前の兵が踏みとどまる間に、横の兵が槍を押さえた。
ヴィクトルは剣を抜いていたが、先頭へ割り込もうとはしなかった。
兵が入る場所を見ている。
門の左側は倒れた扉と荷車で狭い。右側には通れる隙間があるが、一度に何人も進める幅ではなかった。
「右から入れ! 入った者は左へ広がれ!」
命令が前へ伝わった。
盾を押しつけた兵が、一歩、城内へ入る。
次の兵がその脇へ続く。
内側で待っていた槍兵が押し返した。
先頭の盾が傾き、兵が倒れた。
後ろの者が腕をつかんで引き戻す。その空いた場所へ、別の兵が盾を入れた。
門が壊れても、敵兵が消えたわけではない。
狭い入口で、槍と盾がぶつかり続けた。
ヴィクトルは後ろを振り返った。
「詰めるな! 負傷者を通せ!」
門へ続く列の片側が空く。
担がれた兵が運び出された。
その後ろから、エイドリアンが来た。
「左の階段へ向かう。門の前を空けてくれ」
ヴィクトルが頷く。
「先に中を広げる!」
門を越えた歩兵が、少しずつ左右へ広がっていた。
内側の荷車を押し倒し、盾を並べる場所を作る。
敵はそこへ槍を突き入れたが、城外から入ってくる兵の数が増えるにつれ、正面だけを見ていられなくなった。
エイドリアンの兵が、左側へ動いた。
城壁へ上がる階段の下で、敵兵とぶつかる。
上から降りてきた守備兵が槍を振り下ろし、下の兵が盾で受ける。
その横を、別の歩兵が押し上がった。
門の内側で、戦う場所が二つ、三つに分かれていった。
アレクは城外から、その変化を見た。
門の上へ、味方の盾が見える。
「左の城壁への射撃を止めてください!」
すぐに命じた。
赤い布が上がる。
狙いをつけていた兵が銃を下げた。
ギルベルトが、右側の隊長へも声を送る。
味方が城壁へ上がれば、鉄砲隊が撃てる場所は減る。
それは、攻撃が進んでいるということでもあった。
◇ ◇ ◇
守備隊長は、広場に控えていた兵を門へ向かわせた。
「押し戻せ! 中へ広がらせるな!」
五百人のうち、先頭の兵が走った。
しかし、門の前には倒れた扉と荷車がある。
崩れた番小屋の木材も散らばり、負傷者を運ぶ者が道を横切っていた。
まとまった隊形のまま進むことはできなかった。
そこへ、門を越えたグランヴァルトの歩兵が盾を並べる。
槍がぶつかった。
最初の一押しでは、どちらも下がらなかった。
守備隊長は後ろの兵へ、前へ出るよう命じた。
その時、左の城壁から叫び声が上がった。
振り向くと、見慣れない旗が見えた。
門の上へ、敵が上がっている。
塔へ続く通路を守っていた兵が、こちらへ逃げてきた。
「階段を取られました!」
「取り戻せ!」
「下にも敵がおります!」
隊長は門と階段を見比べた。
門を押し返すために兵を集めれば、城壁を奪われる。
城壁へ兵を回せば、門から入る敵が増える。
そのどちらにも、足りるだけの兵を置けなかった。
城主が広場へ出てきた。
「門は」
「敵が入りました。まだ押し戻せます」
隊長は答えた。
だが、その言葉の直後、外から新たな角笛が響いた。
グランヴァルトの後続だった。
門の内側が広がり、八百の歩兵が順に入ってくる。
城主にも、その列が見えた。
敵は、一万を超える兵を外に置いている。
ここで数十人を倒しても、次の兵が来る。
こちらには、次に出す兵がいなかった。
「城の奥へ退けば」
家臣が言いかけた。
城主は、その先にある建物を見た。
家族と、城へ入れた住民がいる。
門の後ろの番小屋は、すでに屋根の半分を失っていた。
あの大砲を城内へ向け直されたら、どこへ退けばよいのか。
「剣を収める」
城主が言った。
守備隊長が振り返る。
「ですが」
「もうよい。降伏を伝えよ」
城主は腰の剣を外した。
「兵にも武器を置かせる。これ以上、門の前へ送るな」
◇ ◇ ◇
門の内側から、降伏を告げる声が上がった。
ヴィクトルは、すぐには剣を収めなかった。
自分の前にいる敵が、まだ槍を持っていたからだった。
「武器を置け!」
声を張る。
「置けば攻撃は止める!」
敵兵が後ろを見た。
守備隊長が叫び、城主が剣を持たずに進み出る。
槍が一本、地面へ落ちた。
その隣の兵も武器を置いた。
ヴィクトルは自分の兵へ、前進を止めるよう命じた。
エイドリアンのいる城壁にも、降伏の報せが伝えられる。
まだ抵抗する者がいないか確かめながら、兵が持ち場を押さえていった。
アレクは門の上から合図が出るのを見た。
「全隊、射撃を止めます」
ギルベルトが命令を繰り返した。
「弾薬箱閉め!」
兵たちが銃を下げる。
倒れた者を運ぶ兵が、列の前へ出た。
アレクは、空いた場所を見た。
朝、そこにいた兵がいない。
新しい大砲が門を破っても、矢は飛んできた。城を取るためには、歩兵が敵の槍へ向かわなければならなかった。
勝ったという声が広がっていた。
アレクも、それを否定するつもりはなかった。
ただ、まず運ばなければならない者がいる。
「ギルベルト。負傷者を先にお願いします。隊長ごとに人数を確かめてください」
「承知しました」
アレクはレオンハルトの方へ歩いた。
マティアスが城内から戻った伝令の報告を聞いている。
「門と両側の階段を確保。城主は武器を置きました。奥の建物と、ほかの出口を調べております」
「見張りは続けさせろ」
マティアスが言った。
「降伏した兵を一か所へ集め、武器を持つ者と混ぜないよう伝えろ」
「はっ」
レオンハルトは、門へ向かった。
アレクも後ろへ続く。
近づくにつれ、門の壊れ方が見えてきた。
外から見ていた穴は、ただ板が抜けたものではなかった。
分厚い木が裂け、鉄の帯が曲がっている。砲弾を受けた部分から、長いささくれが内側へ突き出していた。
その向こうに、番小屋があった。
壁の一面が失われ、屋根の片側が落ちている。
折れた柱が、斜めに地面へ刺さっていた。
アレクは足を止めた。
砲弾は、門で止まっていなかった。
「最初の弾だそうです」
先に入っていた兵が言った。
「門を抜けて、あちらへ」
兵が番小屋を示した。
アレクは、門と建物を見比べた。
自分に見えたのは、門へ向かう線だった。
その先で、屋根が崩れることまでは分からなかった。
瓦礫のそばでは、敵の負傷兵が手当てを受けていた。
味方の兵が水を運び、倒れた材木を動かしている。
アレクはそこへ歩いた。
「中に、まだ人はいますか」
「呼びかけには返事がありません。ただ、奥を見られておりません」
「無理に屋根の下へ入らないでください。支えが残っているか、職人にも見てもらいます」
兵が頷いた。
アレクは従者を呼び、砲と共に来た職人のうち、手の空いている者へ声をかけるよう頼んだ。
門を破るために撃った。
その結果、門の向こうも壊れた。
見える線だけを追えばよいのではない。
アレクは、崩れた屋根から目を離し、レオンハルトの後を追った。
◇ ◇ ◇
城の主だった場所を押さえ終えた頃には、日が西へ傾いていた。
城主は広間へ連れてこられ、鍵と兵の名簿を差し出した。
レオンハルトはそれを受け取らせると、武器と兵糧の保管場所を申告させた。
降伏した者への略奪は禁じられた。
住民を閉じ込めていた建物の扉が開かれ、負傷者を運ぶ場所が整えられていく。
マティアスは、城の倉と周囲の村から集めた物を分けて記録させた。
ロベルトは、荷車が入れる門の幅を確かめ、邪魔になる材木を先に片づけさせていた。
夕方、兵数の報告がそろった。
「味方の戦死者、五十八。負傷により、今は戦列へ戻せぬ者が百八十六にございます」
書記官の声を、アレクは黙って聞いた。
合わせて二百四十四人。
一万四千七百人いた本隊の戦闘可能な兵は、一万四千四百五十六人になった。
「鉄砲隊は」
レオンハルトが尋ねた。
アレクが答える。
「戦死四人、戦列を離れる負傷者が十二人です。今の数に含まれています。戦える者は九百三十人になりました」
「弾は」
「使用したのは千八百四十発です。残った分を確かめ、補充を受けます」
すべての兵が、同じ回数だけ撃ったわけではなかった。
敵が壁の陰へ入った場所では待たせ、味方が進んだ場所では射撃を止めた。負傷して列を離れた者もいる。
隊長たちが集めた数が、ようやく一つにまとまったところだった。
砲手の長が進み出た。
「大砲は、四門で十六発を使いました。砲身に割れは見られません。台と車輪は、移動の前に職人が改めて調べます」
「四門とも、次へ運べるか」
「今のところは。ただし、点検を終えてから、ご報告いたします」
「そうせよ」
レオンハルトは頷いた。
捕虜は、負傷者を含めて千三百四十人。
敵の死者は、今のところ二百十二人が確認されていた。
小さな出口から逃れた者もおり、隠れている兵や、名簿にいるのに見つからない者の確認は続いている。
最初に聞いていた二千という数も、住民や斥候の話から出した概数だった。
書記官は、分かった数と、まだ分からない部分を分けて報告した。
「城へ六百を残す」
レオンハルトが命じた。
「捕虜と負傷者を守り、後ろから来る荷車を通せ。門は、荷車が入れる道を空けたうえで、夜の守りを作れ」
ロベルトが頭を下げた。
「運び出す物と、残す物を分けます」
「先へ進む兵は、一万三千八百五十六です」
書記官が確認した。
レオンハルトは、報告された人数を確認して頷いた。
「ユリウスへ城を取ったと知らせよ。こちらの人数と、次に進む道も伝える」
「承知しました」
伝令が出ていった。
レオンハルトは、砲手と職人たちへ顔を向けた。
「今日、門を破ったのは、この者たちの砲だ」
職人の肩が僅かに動いた。
「作った者、運んだ者、撃った者。それぞれの名を残せ」
マティアスが書記官へ頷く。
煤で汚れた職人が、深く頭を下げた。
「恐れ入ります」
「まだ働いてもらう。無理に動かして壊すな。使える状態で、次へ運べ」
「はっ」
アレクは、その横顔を見ていた。
自分は、砲弾の向かう先を見ることができた。
しかし、あの砲を作ることも、ここまで運ぶことも、一人ではできなかった。
砲が門を破り、鉄砲隊が城壁の敵を抑え、歩兵が中へ入った。
どれか一つが欠ければ、同じ結果にはならなかっただろう。
レオンハルトは広間を出た。
門の上では、ロスヴァールの旗が下ろされていた。
代わりに上がる黒地に金の獅子が、夕方の風を受けた。
◇ ◇ ◇
東の街道で、一人の騎兵が馬を止めた。
救援部隊から先に出された使者だった。
城へ入って状況を確かめ、援軍の到着まで守るよう伝える。そのための書状を、胸元に入れていた。
街道の先に、城が見えた。
いつもと違う物が、門の辺りにある。
使者は馬を道の脇へ寄せ、木の陰から目を凝らした。
城壁は残っていた。
塔も立っている。
だが、門は暗い穴のようになり、その前を見慣れない兵が歩いていた。
上にある旗も違う。
黒地に、金の獅子。
使者は胸元へ手を当てた。
援軍が来るまで守れ。
そう書かれた命令は、まだ封を切られていない。
城から続く道の先で、騎兵が動いた。
こちらを見つけたのかは分からない。
使者は手綱を引き、馬を返した。
援軍が着く前に、城が落ちた。
今度はその報せを持って、東へ走らなければならなかった。
第十話を読んでいただき、ありがとうございました。
大砲を作り、運び、撃つ者たち。鉄砲隊の援護と、門へ進む歩兵。それぞれの働きが、今回の勝利につながりました。
新たな力を確かめたアレクたちの進撃は、ロスヴァールの守りをさらに揺さぶっていきます。
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