第二話 功に報いる王
お読みいただき、ありがとうございます。
東部での働きに、新たな王が報います。
論功行賞を迎えたアレクたちのもとへ、ある町からの願いが届きます。
玉座へ続く絨毯の両側に、諸侯が並んでいた。
アレクはマティアスの後ろに立ち、広間の奥へ目を向けた。高い窓から差し込む光が、玉座の背に掲げられた金の獅子を照らしている。その下に座るレオンハルトの姿にも、少しずつ見慣れてきた。
ただ、腰に剣を下げて軍の先頭に立つ姿を知っているためか、長く座っている方が窮屈そうに見える。
左右に控えた書記官の手には、幾枚もの書状があった。
今日は裁きを受ける者の名ではない。東部の戦で、功を立てた者の名が読み上げられる。
最初に進み出たのは、王都軍の将だった。
王都から援軍を率いて東へ向かい、レオンハルトの指揮下に入った男である。アレクは軍議の席でも、街道を埋める兵の列の中でも、その顔を見ていた。
将は定められた位置で片膝をついた。
書記官が、援軍の集結と進軍、戦場での働きを読み上げる。続いて告げられた褒美に、将の肩がわずかに動いた。
アレクの位置からは、伏せた顔までは見えなかった。
「顔を上げろ」
レオンハルトに言われ、将が顔を上げた。
「不服か」
「いえ。そのようなことは」
「では、どうした」
将は一度、両脇に並ぶ諸侯へ目を向けた。
「これほどのお沙汰を賜るとは、思っておりませんでした」
声は慎重だった。
王都軍は、初めからレオンハルトと一つの軍だったわけではない。
同じ敵を前にしても、思惑は異なっていた。戦う場所も、功の立て方も、互いを信用してすべて任せられる関係ではなかった。
今、その軍を率いていた者が、新しい王の前に膝をついている。
レオンハルトは肘掛けから手を離した。
「援軍を間に合わせ、命じた場所を守った。兵をまとめ、勝つために働いた。その報いだ」
「私は、先王陛下にお仕えしてまいりました」
「ああ。知っている」
広間のどこかで、衣擦れの音がした。
レオンハルトは将から目を逸らさなかった。
「働きに報いている。以前、誰に仕えていたかを問うているのではない」
将の背が伸びた。
「これからも、同じように働け」
「はっ」
返事は、先ほどよりも大きかった。
将が深く頭を下げる。その後ろに立っていた王都軍の騎士たちも、揃って姿勢を正した。
アレクは、その様子を見ながら、先王の寝所で聞いた言葉を思い出していた。
自分に仕えてきた者たちを、冷遇しないでほしい。
衰えた体でそう頼んだ兄に、レオンハルトは約束していた。
あの場にいなかった者にも、今なら伝わる。
黒獅子に近かった者だけが、新しい王国で居場所を与えられるわけではない。
将が立ち上がると、次の名が呼ばれた。
今度はレオンハルトの軍で長く働いてきた騎士だった。敵を押し返した場所と、その際に率いていた兵の働きが告げられる。
王都軍の将と同じように、功に応じた褒美を受け取った。
立つ列によって扱いが変わることはなかった。
アレクの前で、マティアスは静かに玉座を見ていた。
その横顔に、驚きはない。
やがて書記官が、マティアス・クレーマーの名を呼んだ。
マティアスが進み出る。
東部へ向かう軍を支えた物資の手配。諸侯との折衝。戦場で兵をまとめ、進軍を維持した働き。読み上げられる内容は、剣を振るって挙げた功だけではなかった。
食わせなければ、兵は歩けない。道が詰まれば、強い軍も目的地へ着けない。
その一つ一つが、王の前で功として認められていく。
伯爵位はそのままに、所領の加増が告げられた。
新たに与えられる土地は、没収地のうち権利の確認が済んだものから選ばれていた。どこまでを治め、何を引き継ぐのかが記された書状を、侍従が差し出す。
マティアスが受け取った後、レオンハルトが口を開いた。
「東部の立て直しにも働いてもらう。復旧に必要な物と、軍へ送る物を取りまとめろ」
「承知いたしました」
「現地の領主に代わって、何もかも決めろということではない。だが、話が通らず荷が止まるようなら、俺に持ってこい」
「その際には、何がどこで止まっているのか、分かる形でお持ちします」
「金が要る話もだろう」
「要らずに済むのであれば、私もその方が助かります」
レオンハルトの口元がわずかに動いた。
「何に使うのかは聞くぞ」
「もちろんでございます」
マティアスが頭を下げる。
アレクは、手にした書状の厚さを見た。
土地だけが増えたのではない。王へ直接持ち込める仕事と、その責任も増えていた。
次に呼ばれたのは、アレクだった。
「アレク・ハルトマン」
名を聞いた瞬間、広間の広さを改めて感じた。
左右から向けられる視線の中を進み、片膝をつく。顔を伏せると、磨かれた床に窓の光が映っていた。
火槍隊を率いて街道を開いたこと。
帰還する兵を守り、敵の攻撃を退けたこと。
イグナーツの軍との決戦で正面を崩し、味方が攻め入る道を作ったこと。
書記官の声を聞いていると、目の前の床とは違う景色が浮かんだ。
煙の向こうで倒れる敵。号令を伝えるギルベルト。撃ち終えた兵が下がり、その間を抜けて前へ出る次の班。
自分一人で作った道ではなかった。
子爵位は変わらず、所領の加増と報奨金が告げられる。
侍従が書状を運んできた。
「顔を上げろ」
アレクは顔を上げた。
「よく働いた」
短い言葉だった。
戦場では、もっと多くの言葉を交わしている。次にどこへ向かうか。何人を動かすか。敵を崩せるか。
それでも、玉座から告げられたその一言は、すぐには返事が出ないほど重かった。
「ありがとうございます」
「火槍を作るだけでは、あの働きにはならん。兵を育て、連れていき、使える場所へ立たせた。その功も含めている」
「兵たちと、火槍隊長が命令を守ってくれたからです」
「それも聞いている」
レオンハルトは書記官へ視線を向けた。
続いて、火槍隊で功のあった者への報奨が読み上げられた。隊長だけではなく、各班で兵を動かした者、負傷者を助けた者の働きも含まれていた。
さらに、戦死した兵の遺族へ支給する金について告げられる。
アレクは、受け取ったばかりの書状を持つ手に力を入れた。
隣へ控えていた書記官が、一歩近づいた。
「各家に属する兵につきましては、所属先を通じて届けます。受領の確認も提出させることとなっております」
「……承知しました」
王家から出す金が、兵の家まで届く。
そのことを聞いて、ようやく胸の奥が少し緩んだ。
レオンハルトがアレクを見ていた。
「自分の褒美も読んでおけ」
「はい」
「受け取った土地がどこか分からんまま、兵の話を始めるなよ」
広間の端で、小さく笑う声がした。
アレクは耳が熱くなるのを感じながら、もう一度頭を下げた。
下がってマティアスの後ろへ戻ると、伯爵が声を落とした。
「帰ってから、一緒に確かめよう」
「お願いいたします」
「今度は、途中で別のことを思いつかずに済むといいが」
アレクは返事をしようとして、やめた。
自信を持って約束できることではなかった。
その後も名は呼ばれた。
ヴィクトルには、帰還兵を受け入れる場所を守り、乱れかけた兵をまとめた功が認められた。若い当主は書状を受け取ると、深く頭を下げた。
父から継いだ家の名を呼ばれても、以前のように肩へ力を入れすぎてはいない。
カスパルには、敵の動きを探り、退路を押さえた働きに応じた褒美が与えられた。普段の軽い笑みは引っ込め、王の言葉を聞いている。
ロベルトは恩賞の内容を聞いた後、手渡された書状へ一度だけ目を落とした。すぐに顔を戻したが、アレクには、すでに何かを数え始めているように見えた。
エイドリアンも、自分の名を呼ばれると迷いなく進み出た。兵を率いて持ち場を守った功が告げられ、静かな声で応じた。
五人がそれぞれの列へ戻った後も、論功行賞は続いた。
城へ残り、敵を防いだ者。
街道を守り、荷を通した者。
帰還の命令を届かせるために、敵の前へ出た者。
戦場の中央で旗を掲げていた者だけが、名を呼ばれるわけではなかった。
やがて書記官が、別の書状を開いた。
「ルーカス・フォン・グレンツベルク」
アレクは顔を上げた。
その名に応じて、進み出る者はいなかった。
広間に並んだ人々の視線が、玉座へ集まる。
ルーカスが盟約への服従を拒んだこと。領地と民を守るために兵を率い、最後まで抵抗したことが読み上げられた。
アレクの脳裏に、王都で見た男の笑顔が浮かんだ。
息子を紹介した時の声も、覚えている。
レオンハルトは、空いた絨毯の先を見ていた。
「グレンツベルク家の復旧には、王家からも援助を出す」
書記官の筆が動く。
「家を焼かれた者が、冬を迎える場所を失ったままにならぬようにしろ。領地へ戻る者を受け入れられるよう、現地と必要な物を確かめよ」
マティアスが一歩進んで頭を下げた。
「承知いたしました」
「この沙汰は、当主にも届ける」
レオンハルトの声は変わらなかった。
フェリックスが受け取ることになる。
父の功を記した書状と、領地を立て直すための援助を。
それで父が帰ってくるわけではない。それでも、王国の中で父がどう生きたのかを、残すことはできる。
アレクは手元の書状を見下ろした。
自分が受け取った物の重さが、先ほどとは少し違って感じられた。
◇ ◇ ◇
広間を出ると、廊下の空気は少し冷たかった。
窓の近くまで歩いたところで、カスパルが息を吐いた。
「立っているだけでも、なかなか疲れるものだな」
「余計なことを言わずにいるからだろう」
ロベルトが答える。
「俺は、必要な時には黙っている」
「今日、それは分かった」
ヴィクトルが笑い、エイドリアンも口元を緩めた。
アレクは受け取った書状を開こうとしたが、ロベルトの方が先だった。
窓の光へ紙を向け、端から端まで目を通している。
「もう何か思いついたのか」
カスパルが覗こうとすると、ロベルトは紙を少し持ち上げた。
「どこをどう使えるか、確かめているだけだ」
「褒美をもらったばかりだぞ」
「もらったから確かめるんだ。見に行ってから、思っていた物と違うでは困る」
「その慎重さを、酒を頼む時にも使えばいい」
「酒は飲めば分かる」
ヴィクトルが、とうとう声を出して笑った。
少し離れたところで足を止めていたマティアスが、五人へ振り返る。
「土地のことは、それぞれ帰ってから確かめるように。人を送り出すなら、今そこを管理している者へ話を通しておけ」
ロベルトが書状を閉じた。
「承知しました」
「それと、褒美の金をまだ受け取っていないうちから、全部使う約束はするな」
「私を見て仰るのは、なぜでしょうか」
「今、一番早く使い道を考えていたように見えたからだ」
カスパルが横を向いて笑った。
その時、侍従が廊下の向こうから近づいてきた。
「クレーマー伯爵、ハルトマン子爵。陛下がお呼びです」
アレクはマティアスを見た。
伯爵も、呼ばれる理由までは聞いていないようだった。
「分かった。すぐに伺う」
侍従が下がる。
「褒美に、まだ続きがあるのか」
カスパルが言った。
マティアスは小さく首を振った。
「その顔で期待していると、仕事を渡されるぞ」
「では、私はこれで」
「アレク、行こう」
「はい」
四人と別れ、アレクはマティアスとともに廊下を戻った。
◇ ◇ ◇
案内された部屋には、すでに客がいた。
年の頃は四十を越えたくらいだろうか。上質ではあるが飾りの少ない服を着た男が、椅子から立ち上がった。
手には、使い込まれた革の筒を抱えている。
レオンハルトは窓に近い席にいた。広間で身につけていた重い上着を脱ぎ、机の上へ置かれた書状を読んでいる。
「来たか。座れ」
アレクとマティアスが一礼して席につく。
男は二人へ頭を下げ、レオンハルトに促されて座り直した。
「王家の鍛冶町を預かっている家の者だ」
レオンハルトが言った。
「新型火槍について、願いがあるという」
男の視線がアレクへ向いた。
期待を隠しきれない目だった。
「お目にかかれて、光栄にございます」
「まず、町の話から聞かせてくれ」
レオンハルトが先を促した。
男は革の筒から書状を取り出した。
「先々代陛下の御代、王家の軍へ武器と防具を納めるため、職人を集めた町でございます。私の家は代々、その仕事と町の取りまとめを任されてまいりました」
土地は王家の直轄地であり、男の家の私領ではない。
王家から注文を受け、必要な材料を揃え、職人へ仕事を回す。出来上がった品を検め、納めるところまでを担ってきたという。
「ですが、近年はまとまった御注文が減っております」
マティアスが顔を上げた。
「戦が続いていてもか」
「はい。各家でお抱えの鍛冶職人を使われることも多く、私どもの町へ必ず仕事が来るわけではございません。王家から急ぎの修繕を仰せつかることはありますが、それだけでは、抱えている職人すべての仕事にはなりません」
男は書状を机へ置いた。
過去に納めた品と、最近の注文がまとめられていた。
マティアスが手に取り、目を通す。
「町の者は、武具しか作らないのか」
「農具や荷車に使う金具も作っております。しかし、周囲の村々にも鍛冶屋はあります。遠くまで売りに出すには運賃がかかり、値を下げれば手元に残りません」
男は膝の上で手を組んだ。
「腕の立つ者から、よその領主に呼ばれて町を出ております」
アレクは男の顔を見た。
「戻ってくる見込みはありますか」
「家族ごと移った者は、難しいでしょう。弟子を連れて出た者もおります」
単に、仕事を休んでいるのではない。
町から、人が抜けている。
炉や建物が残っていても、それを使う者がいなくなれば、以前と同じ働きはできなくなる。
「職人が散ってからでは、再び御用を仰せつかっても、お応えできません」
男の声に、初めて強さが混じった。
「私の家の務めを失いたくないという思いもございます。それは隠しません。ですが、町を残すには、職人がここにいてよいと思える仕事が必要なのです」
レオンハルトは書状を受け取り、しばらく目を落としていた。
「それで、新型火槍か」
「はい」
男が身を乗り出した。
「陛下の軍が、新たな火槍によって大きな戦果を挙げられたと聞いております。今後もお作りになるのであれば、ぜひ、私どもの町にもお命じいただきたく存じます」
アレクは、すぐには答えなかった。
職人が多ければ、その分だけ火縄銃を作れるわけではない。
作り方を伝え、同じ物を揃えられるように教え、出来上がった品を確かめる者が必要になる。
そこまで進めれば、知る者も、扱う場所も増える。
男は、その沈黙を別の意味に受け取ったらしい。
「もちろん、最初からすべてを任せていただけるとは思っておりません。まずは一部でも。御用に足ると分かれば、町の職人も励みになります」
「今の話は聞いた」
レオンハルトが男を見た。
「すぐに引き受けるとは言えん。二人と話をさせろ」
「……かしこまりました」
男は立ち上がり、深く頭を下げた。
扉へ向かう時、机に残した書状を一度だけ振り返る。
侍従が隣室へ案内し、扉が閉まった。
「どう思う」
レオンハルトが尋ねた。
マティアスは書状を机の中央へ戻した。
「町の窮状は、調べる必要があります。ただ、新型火槍を任せることには反対です」
「理由は」
「作る場所を増やせば、それだけ人も記録も動きます。今の工房から教える者を出す必要もあります。町を助けるために、現在の生産を遅らせるわけにはまいりません」
レオンハルトがアレクへ目を向けた。
「アレクは」
「私も、今、新たな町へ製造を任せることには反対です」
アレクは言った。
「王家の直轄地であっても、誰が何を知り、誰に教えるかは決めなければなりません。町ごと任せれば、それで守れるものではありません」
「アルヴェインには伝えているだろう」
「はい。あちらには、すでにお渡しした物と取り決めがあります。それを変えるということではありません」
マティアスが続けた。
「既存の約束を守りながら作らせることと、別の場所へ新しく広げることは、分けて考えるべきかと存じます」
「では、火槍の話は断る」
レオンハルトは二人の顔を見た。
「だが、町はどうする」
アレクは机の上に残された書状へ目を落とした。
剣。槍。鎧。馬具に用いる金具。
町が作ってきた物が並んでいる。
どれも軍には必要だ。だからといって、使う当てのない物を山ほど作らせれば、倉と金を失う。
アレクは書状の端へ指を置いた。
「もう少し、町でできることを聞いてもよろしいでしょうか」
「何かあるのか」
「あります。ただ、今ここに書かれていることだけでは、任せられるか判断できません」
レオンハルトが扉の方へ顎を向けた。
「呼び戻せ」
◇ ◇ ◇
戻ってきた男は、先ほどよりも硬い顔をしていた。
立ったまま言葉を待とうとしたため、レオンハルトが椅子を指す。
「座れ。まだ聞きたいことがある」
「はい」
男が腰を下ろすのを待ち、レオンハルトは告げた。
「新型火槍の製造は、任せられん」
男の唇がわずかに開いた。
何か言いかけたが、声にはならなかった。
「承知、いたしました」
「それとは別に、町の仕事を考える」
男が顔を上げた。
レオンハルトがアレクへ視線を向ける。
アレクは椅子に座り直した。
「大砲に関わる仕事をした職人は、町にいますか」
「大砲、でございますか」
「製造でも、修繕でも構いません。何を任されたことがあるか、知りたいのです」
男は少し考えた。
「砲を運ぶための車や、据える台に使う金具は納めたことがございます。砲そのものに携わった者が、今も町にどれほど残っているかまでは、私の記憶だけで申し上げることはできません」
「分からないことは、そのままで結構です。町へ戻って確かめてください」
男の肩から、わずかに力が抜けた。
「炉と作業場も、今使えるものを知りたいです。以前は使っていたというものではなく、手を入れずに仕事を始められるものを」
「直さねばならぬ場所も含めて、調べさせます」
「お願いいたします」
レオンハルトが机へ肘を置いた。
「城を攻めるためか」
「はい」
アレクは王へ向き直った。
「火槍隊は、城の外で敵を崩すことには使えます。ですが、敵が城壁の内側に籠もれば、それだけでは終わりません」
敵兵を退けることと、守られた城へ兵を入れることは違う。
街道を押さえ、周囲の土地を奪っても、城が残ればそこへ兵を置き続けなければならない。長引けば、攻める側にも食糧と人手が要る。
「今ある大砲を調べ、攻城戦で役に立つものへ改める仕事なら、任せられるかもしれません」
男はアレクを見たまま動かなかった。
「新型火槍を作らせることには反対です。ですが、頼みたい仕事はあります」
「それを、私どもの町で」
「町で何ができるか、確かめてからです」
アレクは言葉を区切った。
「必要な職人が足りないなら、集めなければなりません。今ある道具でできないなら、そこから相談することになります」
「どれほどの数をお望みでしょうか」
「まだ決められません」
男の勢いに引かれないよう、アレクは答えた。
「まず、使えるものを作れるかどうかです。作れたとしても、城の前まで運べなければ困ります。壊れた時に直せる者や、扱える兵も必要です」
マティアスが頷いた。
「町で作る費用だけでは済まないな」
「はい。強くなっても、重すぎて動かせないのであれば、使える場所が限られます」
「運ぶ道も見なければならない」
「その点は、接収した城の周囲を調べる仕事とも関わると思います」
レオンハルトが、机の上に置いた指を止めた。
「なるほど。城へ集めた後、そこから動かせんでは話にならんか」
「はい」
男は二人の会話を聞きながら、膝の上の手を開いていた。
先ほどまで、火槍の仕事を断られたことで伏せかけていた顔が、上がっている。
「陛下。町へ戻り、すぐに確かめてまいります」
「すぐに作れるとは言わんのだな」
レオンハルトが尋ねた。
男は一瞬、息を止めた。
ここでできますと言えば、王の覚えはよくなるかもしれない。
しかし、男は頭を下げた。
「できると申し上げて、後からできぬでは、町の信用を失います。仕事を頂きたいからこそ、確かめさせてください」
「それでよい」
レオンハルトは背もたれから体を起こした。
「調査を命じる。使える職人と設備、必要な修繕、仕事を始めるまでにかかる日数を出せ」
「はっ」
「その報告を見て、試作に進めるか決める。まだ、数を揃える命令ではない」
「心得ております」
「町を残したいなら、残す値打ちがあるところを見せろ。役に立つなら、仕事はある」
男が深く頭を下げた。
革の筒へ書状を戻す手が、来た時よりも忙しい。
アレクは、男が立ち上がる前に声をかけた。
「職人の方には、無理な日数を約束しないでください」
「日数、でございますか」
「王命だからと、できないことをできると言わせたくありません。早く始めたいのは私も同じですが、途中でやり直す方が遅くなります」
男は少し驚いたようだった。
それから、小さく頷いた。
「そのように伝えます」
「作る者が難しいと言うことは、理由も聞かせてください。こちらで変えられることがあるかもしれません」
「はい」
男は今度こそ立ち上がり、レオンハルトへ一礼した。
「必ず、町の実情をお持ちいたします」
扉が閉まるまで、誰も次の言葉を発しなかった。
やがてレオンハルトが、アレクを見る。
「火槍の次は、大砲か」
「今あるものが、どこまで使えるかを知るところからです」
「そう言って始めた火槍が、今ではあの働きだ」
「同じように進むとは限りません」
「分かっている」
レオンハルトは机から手を離した。
「できた物を使う側にも、仕事があるということだろう」
「はい」
城壁を破る力があっても、欲しい時にそこへなければ意味がない。
馬も人も道も要る。運び込んだ先で、誰がどう扱うかも決めなければならない。
火縄銃を作り始めた頃には、アレクも、そのすべてを見通せていたわけではなかった。
今は、銃だけが揃っても軍にはならないと知っている。
レオンハルトはマティアスへ向き直った。
「町の報告が届いたら、金と物の方は頼む」
「承知いたしました。ただ、試作を始める前に、どこまで王家で負担するのかは決めさせていただきます」
「ああ」
「それと、陛下」
「何だ」
「先ほど東部の物資を任されたばかりですので、急ぎの仕事を増やされる際には、一言いただけますと助かります」
「今、言った」
マティアスは一度、口を閉じた。
アレクは下を向いた。
「……確かに、伺いました」
レオンハルトが笑った。
「アレクが持ってきた仕事だ。二人で相談しろ」
「そのつもりでございます」
マティアスの返事を聞きながら、アレクは、自分の手元にも新たな仕事が積まれたことを理解した。
◇ ◇ ◇
部屋を出ると、廊下には昼の光が伸びていた。
アレクは手にした恩賞の書状を見下ろした。
朝、広間へ向かう時には、これを受け取った後に何をするかまでは考えていなかった。
今は、鍛冶町へ聞くことが頭の中にいくつも浮かんでいる。
「褒美を頂きに来たはずなのですが」
思わず漏らすと、隣のマティアスがこちらを見た。
「もらっただろう」
「はい」
「その後の仕事は、アレクが自分で増やしたんだ」
「それは、そうなのですが」
否定できなかった。
マティアスは歩きながら、手元の書状を持ち直した。
「断るだけで終わらなかったのは、よかったと思う」
アレクは顔を上げた。
「町のことでしょうか」
「ああ。今の工房に全部任せれば済むわけではない。あちらには、あちらで作ってもらわなければならない物がある」
「火縄銃の生産を止めるわけにはいきませんから」
「大砲の仕事ができる場所を別に持てるなら、その方がよい。ただ、町を助けたいというだけで、できることまで大きく見ないようにな」
「はい。確かめます」
マティアスは頷いた。
「報告が来る前に、こちらで知りたいことをまとめておこう。職人へ尋ねることはアレクが書くんだ。町の出入りと金のことは、私から聞く」
「分かりました」
「それが済んだら、加増された土地の話だ」
アレクは自分の書状を見た。
「……そちらも、ありました」
「忘れないうちに言っておいてよかった」
伯爵の声には、少し笑いが含まれていた。
宿舎へ戻ると、アレクは机の上を片づけた。
恩賞の書状を、汚れないよう横へ置く。
先に兵への支給について伝えたかったため、ギルベルトを呼んでもらうよう頼んだ。それから、新しい紙を広げた。
鍛冶町の職人。
今、動かせる設備。
過去に作った物と、修繕した物。
書き始めると、問いはすぐに増えた。
だが、知りたいことを何でも並べればよいわけではない。相手が読み、職人へ聞き、答えを持ち帰れる形にしなければならなかった。
アレクは一度、筆を止めた。
廊下から足音が聞こえ、扉が叩かれる。
「入ってくれ」
ギルベルトが姿を見せた。
「お呼びでしょうか」
「ああ。今日の論功行賞で、隊への報奨が決まった」
ギルベルトが背を伸ばした。
アレクは席を立ち、聞いた内容を伝えた。隊長や功を立てた兵への褒美だけでなく、遺族への支給についても省かなかった。
ギルベルトは最後まで黙って聞いていた。
「兵たちに伝えてよろしいでしょうか」
「もちろんだ。ただ、金が届く日までは、まだ言えない。分かったら知らせる」
「承知しました」
「所属する家を通して届けることになる。こちらでも、届け先に間違いがないか確かめておきたい」
「確認させます」
ギルベルトは一礼しかけて、机の上へ目を向けた。
恩賞の書状ではなく、書きかけの紙を見ている。
「そちらは」
「鍛冶町へ送るものだ」
「火槍を作らせるのでしょうか」
「いや。それは任せない。別の仕事ができないか、確かめる」
アレクは紙を少し持ち上げた。
「大砲だ」
ギルベルトはアレクの顔を見た。
「今度は、城ですか」
「籠もった敵を相手にするなら、必要になると思う」
ギルベルトは少し考え、それから頷いた。
「城の前へ行ってから、手がないと分かるよりはよろしいかと」
「ああ。私もそう思う」
「ですが、アレク様」
「何だ」
「私たちの方も、お忘れなく」
アレクは顔を上げた。
ギルベルトは真面目な顔をしていたが、その目には少しだけ笑いがあった。
「忘れない。今いる兵を育てることも、戻ってくる兵を迎えることも、先に進める」
「それを伺えれば結構です」
今度こそ、ギルベルトが頭を下げた。
扉が閉まると、アレクは再び机へ向かった。
火縄銃の数については、ロルフからの返事を待たなければならない。兵の傷が癒えるのにも時間がかかる。
待つ間に、できる仕事がある。
アレクは書きかけの紙を手元へ寄せた。
町を出ようとしている職人がいるという。
その者たちが残りたいと思える仕事にできるかどうかは、まだ分からない。
それでも、王の前で役に立ちたいと訴えた男の顔は、部屋を出る時には変わっていた。
アレクは筆先を整え、続きを書き始めた。
第二話を読んでいただき、ありがとうございました。
かつての立場ではなく、働きに報いるレオンハルト。褒美を受け取ったアレクも、鍛冶町の訴えから新たな仕事を見いだしました。
次回、ロルフからの知らせが、火槍隊のこれからを動かします。
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