第一話 裁かれる盟約
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今回から第七篇が始まります。
新たな国王となったレオンハルトの前で、東部の盟約に加わった者たちの責任が問われます。
アレクは、兵の名が並んだ紙の端へ指を置いた。
戦場で受け取った報告には、三百三十四人とある。東部で最後に列へ立てた火槍兵の数だった。
だが、王都へ戻った今、その数字だけで次の編成を決めることはできなかった。治療を続けている者がいる。歩けるようになっても、まだ銃を支えられない者がいる。領地で療養している者の知らせも、別に届いていた。
机の向こうで、ギルベルトが一人の名を指した。
「こいつは戻ると言っています。傷は塞がりました」
「銃は持てますか」
「持つだけなら。構えたまま待たせると、左腕が下がります」
「では、まだ列には戻さないでください」
ギルベルトは頷いた。本人の希望を書き留めた欄へ、短く言葉を添える。
その隣には、戻らない兵の名があった。
アレクはそこを飛ばさず、家族への知らせと、引き渡す品の記録を確かめた。本人が使っていたものを何でも次の兵へ回せばよいわけではない。軍から支給したものと、家へ返すべきものを分けなければならなかった。
マティアスが部屋へ入り、二人の机を見た。
「どこまで分かった」
「兵の所在は、ほぼ揃いました。復帰できる時期は、まだ確かめているところです」
アレクが答えると、ギルベルトがもう一束の紙を差し出した。
「銃はこちらです。兵が運べなくなり、別の者が持ち帰ったものもあります。隊ごとの数だけでは、重なっているかもしれません」
マティアスは紙を受け取った。
「では、兵の名簿とは別に、現物で数え直してくれ。直せるものまで失った数へ入れないように」
「承知しました」
「使えるか分からぬものを、使える数へ入れることもするな」
ギルベルトは、そちらにも頷いた。
アレクは椅子へ座り直した。戦場で列を保つためにしていた数え方と、もう一度隊を整えるための数え方は違う。兵が倒れても銃を拾って下がれた場所もあれば、持ち帰った銃に修理が必要な場合もあった。
「工場の方も、確かめたいです」
アレクが言った。
「ロルフのところで、今、何挺できているか」
「私も聞こうと思っていた」
マティアスは机の空いた場所へ紙を置いた。
「こちらの補充だけを考えて注文を出しても、向こうでできているものと食い違っては困る。出せる数と、まだ手を入れなければならない数を分けて知らせてもらおう」
アレクは頷いた。
東部へ向かっている間も、ベルグハーフェンの工場は動いていたはずだった。だが、アレクが戦場で待った日数を、そのまま完成した銃の数へ置き換えることはできない。
マティアスが書き始めた手紙へ、アレクは確認してほしいことを添えた。すでにこちらへ渡された分とは別に、何挺が完成しているのか。届け先の決まったものを除き、次にこちらへ送れるものはどれだけあるのか。
ロルフへ戦場で出た不具合を伝える記録も、同じ包みに入れることにした。
「返事が来れば、兵を増やせるでしょうか」
アレクが尋ねると、マティアスは筆を止めずに答えた。
「まず、どれだけ増やせるかを陛下へ申し上げる。許可をいただけば、兵を集め、養い、教える者を揃える」
「はい」
「銃ができた日に、兵までできるわけではないからな」
アレクは名簿へ目を戻した。
ギルベルトの隣へ立って列を動かせる者も、増やしていかなければならなかった。自分が王都や他領へ出ている間にも、隊が止まらないようにする必要がある。
手紙を封じる前に、マティアスはアレクへ内容を見せた。
アレクは一度読み、頷いた。
「これでお願いします」
マティアスが封をする。呼ばれた使者は宛先を確かめ、ほかの書状とは分けて革の包みへ納めた。
その背を見送ったところで、廊下から別の足音がした。
王宮の侍従だった。
「お時間でございます」
マティアスは机の上を片づけ、立ち上がった。
アレクも椅子から離れた。
今日は、王の前へ連れてこられる者たちがいた。
◇ ◇ ◇
広間の中央には、椅子が置かれていなかった。
諸侯は壁際に並び、書記たちは机の前で紙を揃えていた。玉座へ続く場所だけが空けられ、入口からその前まで、人の立つ位置が決められている。
アレクはマティアスの後ろへ立った。
向かい側には、東部で見た顔がいくつもあった。兵と旗を差し出しに来た者も、城を開いた後に初めて姿を見せた者もいる。
同じ場所に並んでいても、互いに話しかけようとはしていなかった。
先王が亡くなり、国葬が終わるまでにも、取り調べは続いていた。
城から運ばれた書状、押収した荷の記録、捕らえた者たちの証言。それらを照合し、食い違うところは改めて確かめている。今日ここで言い渡されるのは、そのうち責任の確認が済んだ者への処分だった。
レオンハルトが入ると、広間の者たちが頭を下げた。
彼は玉座へ進み、座った。
剣へ手を掛けることも、並ぶ諸侯を怒鳴りつけることもしなかった。
「始めよ」
書記が最初の紙を開いた。
呼ばれた当主が進み出る。
アレクは、その男の持ってきた旗を覚えていた。東部でレオンハルトの陣へ届けられ、敵陣に残された兵へ向けて掲げられた旗の一つだった。
当主は指定された場所で足を止め、膝をついた。
盟約へ名を連ねたこと、兵を送ったことが読み上げられる。その後に、自家の兵へ帰還を命じた日付と、レオンハルト側へ提供した物資、兵、使者の記録が続いた。
その家の命令を受けて隊列を離れた兵が、何人確認されたかも報告された。
当主は顔を伏せたまま聞いていた。
レオンハルトが尋ねた。
「帰った兵は、領地へ戻したか」
「はい。負傷した者には手当てを受けさせ、戻れる者から家へ帰しております」
「兵を出した村へ、改めて金を求めてはいないな」
「求めておりません」
書記が別の紙を確かめた。同行した家臣と、荷の受け渡しに立ち会った者の報告にも、大きな食い違いはなかった。
レオンハルトは当主へ目を戻した。
「盟約へ加わり、兵を出した責任はある。だが、兵を引かせるために自ら動いたことも認める。当主の地位と領地は、そのまま保て」
当主の肩が、わずかに下がった。
それだけでは終わらなかった。
負担すべき賠償と、返還の確認を受けるべき物資が告げられた。当主はその額を聞くと、一度唇を結んだが、異議は述べなかった。
「家の蓄えより、納めます」
「民へ押しつけるな。お前が署名したものの責任を、畑を耕していた者へ移すことは認めぬ」
「承知いたしました」
当主が深く頭を下げた。
アレクは、その背を見た。
戦場へ持ち込まれた旗は、ただ兵を惑わせるために使われたのではなかった。主君が引き返せと命じ、兵がそれを信じて隊列を離れた。その行動を、王は裁きの場でも無かったことにはしなかった。
当主が下がると、別の家の者が呼ばれた。
こちらは、最後まで盟約側へ兵を出していた。
処分は同じではなかった。
領地の一部没収と賠償が言い渡される。家は残されるが、兵の再編には王家の確認を受けることが求められた。
男は、読み上げられる途中で顔を上げた。
「お待ちください」
書記の声が止まった。
男の目が、先ほど下がった当主へ向いた。
「同じ盟約に名を連ねた者ではございませんか。なぜ、あの家は領地を保ち、我が家は削られるのです」
広間の何人かが、身じろぎした。
レオンハルトは男を見ていた。
「同じ日に兵を引いたのか」
男は、すぐには答えなかった。
「我が家も、城を開きました」
「それはいつだ」
書記が紙を探す前に、男が口を開いた。
「知らせが届くのに、時間がかかりました。混乱していたのです」
レオンハルトはユリウスへ目を向けた。
ユリウスが一通の写しを机から取り、書記へ渡す。
そこに記された日付と、兵への指示が読み上げられた。ほかの家が帰還命令を送った後にも、この男の家からは、盟約側の軍へ留まるよう命令が届いていた。
男の指が、膝の上で縮まった。
「その時は、まだ状況が分からず」
「だから、行ったことを確かめている」
レオンハルトが言った。
「あの家は、自分の兵を引かせるために使者を出した。旗を渡し、こちらの陣へ家臣を送った。お前の家は、兵を残せと命じた」
男は口を開いたが、言葉を出せなかった。
「同じ盟約にいたことだけで裁くのであれば、帰還を命じた者も、帰ろうとする兵を押し留めた者も同じになる。それでよいと言うのか」
男の目が下がった。
レオンハルトは、しばらく返事を待った。
やがて男が頭を下げると、書記へ続きを命じた。
処分は変わらなかった。
アレクのそばで、マティアスが静かに息を吐いた。
帰還命令を出した諸侯を厚く扱えば、ただ敵から味方へ移った者を優遇したようにも見える。だからこそ、何を、いつ行ったかを、ここで並べて示す必要があった。
王の好みによって領地が残り、怒りによって失われるのではない。
聞いている者たちにも、その違いが見える裁きだった。
◇ ◇ ◇
イグナーツが連れてこられると、広間の空気が変わった。
左右には見張りの兵がついていた。腰に剣はなく、手首は拘束されている。それでも、顔は下げていなかった。
アレクは、東部の城で押収された書状を運んだ時のことを思い出した。
机や箱に収まっていた紙の一枚一枚が、今はこの男の前に並べられている。
イグナーツは玉座へ目を向けた。
その視線がレオンハルトの顔から動かなくなった。
「王になったか」
低い声だった。
脇の兵が身構えたが、レオンハルトは手を上げて止めた。
「問うことに答えよ」
書記が罪状を読み始めた。
王命に背いて諸侯を結び、兵を集めたこと。王国の街道を押さえ、従わぬ家へ圧力を加えたこと。兵と物資を動かし、争いを続けさせたこと。
イグナーツは、途中まで黙っていた。
やがてグレンツベルクの名が出ると、顎が動いた。
「町を焼けと、私が命じたわけではない」
書記がレオンハルトを見た。
レオンハルトは続きを促さず、イグナーツへ尋ねた。
「町が焼かれたことは、知っていたな」
「後から聞いた」
「聞いた後、何をした」
イグナーツは答えなかった。
ユリウスが進み出た。
「グレンツベルクから持ち出された物資の受領記録がございます。押収した荷と照合し、確認できたものを分けてあります」
書記が品目と受け渡しの記録を読み上げた。
アレクには、そこに並ぶ品が戦利品とは思えなかった。
冬まで残しておくはずだった蓄えや、日々の暮らしに使うものだった。奪われた時、持ち主が生きていたかどうかさえ分からない品もある。
イグナーツは声を強めた。
「軍には物資が要る。運ばれてきたものを受け取るたび、どの家の倉から出たかまで調べるのか」
「町を焼かれたと知っていたのだろう」
レオンハルトの声は低かった。
イグナーツの口が止まった。
「知らずに受け取ったと言うのか。知った後に返そうとしたと言うのか」
ユリウスが、次の記録を示した。
グレンツベルクへ兵を向けた目的と、その後も部隊を使い続けた経緯が、日付を追って並べられていた。
それぞれの証言は、同じ文句で揃えられてはいなかった。見た場所も、聞いた命令も違っている。だからこそ、互いに重なる部分を、書状と荷の記録に照らして確かめてあった。
イグナーツは、書記の机へ顔を向けた。
「現地で何をしたかは、現地の指揮官の責任だ」
レオンハルトは、しばらく男を見ていた。
「そいつは、すでに処刑された」
「ならば、責任は取らせたのだろう」
言い終えた瞬間、広間の奥で衣の擦れる音がした。
アレクは手を握った。
グレンツベルクで待っていた少年の顔が、目の前に浮かんだ。
父は待っていたと、泣きながら告げた声だった。
町で命令を出した男を処刑しても、家が焼かれる前には戻らなかった。ルーカスも、その妻も戻らなかった。
それを、責任を取り終えたという一言で閉じようとしている。
マティアスが、わずかに顔を向けた。
アレクは息を吸い、握っていた手を開いた。
自分が前へ出る場ではなかった。
レオンハルトは椅子から立たなかった。
「その男に兵を与え、従わぬ家へ向かわせたのは誰だ」
イグナーツは唇を曲げた。
「戦であった」
「焼かれた町から運ばれたものを受け取り、その軍を使い続けたのは誰だ」
「軍を解けば、陛下の軍が攻めてきたでしょう」
「そうだ。だからお前は、続けさせた」
イグナーツの顔から、わずかに色が引いた。
レオンハルトは身を乗り出さず、言葉を続けた。
「お前が一本一本の松明へ火をつけたかを聞いているのではない。知った後も、それを自分の戦に使った責任を問うている」
返事はなかった。
書記の筆が動いた。
その音を聞きながら、アレクはレオンハルトの顔を見た。
怒りがないのではなかった。
東部の焼け跡で見た男と、別人になったわけでもない。
だが、レオンハルトは友の名を叫んで判決を下そうとはしなかった。イグナーツが何を行い、何を知り、それでも何を続けたかを、一つずつ男の前へ置いていた。
「俺に刃を向けたことと、民を焼いたことを、同じ罪として扱うつもりはない」
広間に、その声が通った。
「武器を下ろし、兵を帰した者には、そうした者としての裁きを下した。お前にも、お前が行ったことに対する裁きを下す」
レオンハルトが書記へ目を向けた。
判決が読み上げられた。
反乱を主導し、兵を動かし、領民への加害を知りながら争いを続けた責任により、イグナーツを死罪とする。爵位を剝奪し、その直轄領と城、家の資産を没収する。
イグナーツは途中で口を開かなかった。
最後まで聞いてから、玉座を見た。
そこに座る男へ何かを言おうとしたが、声にはしなかった。
レオンハルトが命じた。
「連れていけ」
見張りの兵が左右から近づく。
イグナーツは一度だけ足を止め、並ぶ諸侯へ目を向けた。
かつて同じ盟約へ名を連ねた者たちがいた。
だが、今ここで男のために前へ出る者はいなかった。
扉が閉じるまで、アレクはその背を見ていた。
何かが晴れたようには思えなかった。
それでも、あの町で起きたことが、戦の混乱という言葉に紛れて消されずに済んだ。それだけは、フェリックスへ伝えられると思った。
◇ ◇ ◇
イグナーツが下がった後も、裁きは続いた。
略奪した品を隠していた者には返還を命じ、従わぬ者を捕らえて財を奪った責任が確認された者には、別に処罰を下した。
一方で、家の命令に従って兵として集められ、個別の加害行為が確認されなかった者たちについては、帰郷を進めることになった。
家を失う当主が出ても、幼い子や関与していない家族まで、同じ罪で処刑する命令は出なかった。
処分を記した紙には、家族を誰が預かるか、住む場所をどうするかを確認する欄も設けられた。
諸侯が退出すると、広間には書記と必要な者だけが残った。
窓からの光が、先ほどイグナーツの立っていた床を照らしていた。
マティアスが机へ近づいた。
「没収するものと、返すものを分けます。城にあったからといって、すべてを王家の財産にはできません」
レオンハルトは頷いた。
「持ち主が分かるものは返せ」
「はい。家族を失い、受け取る者を確かめなければならない品もあります。そちらは現地の家宰や村の者と照合します」
「急いで売り払うな」
マティアスは書記へ指示を伝えた。
アレクは机に並べられた荷の一覧を見た。
戻ってきた品を、元の家へ届ければすべてが終わるわけではない。家そのものが残っていない場所もあった。それでも、誰のものだったかを確かめることには意味があった。
レオンハルトが別の紙を取った。
「イグナーツの城は、どうなっている」
ユリウスが答えた。
「守備は引き継いでおります。倉は封じ、出し入れを記録させています。城の建物は、大きく損なわれておりません」
城門は戦わずに開かれていた。
落とすために壁を崩したり、建物を焼いたりした城ではなかった。中に残されたものを調べ、使える状態を保つ余地があった。
レオンハルトは机の上へ図を広げさせた。
城と街道、周辺の集落を記したものだった。アレクもそばへ寄った。
「城は王家が接収する。倉と厩を調べ、兵を迎えられるよう整えろ」
マティアスが顔を上げた。
「東部の守備を支える場所になさいますか」
「それだけではない。さらに東へ兵を出す時にも使う」
アレクは図を見た。
東部で戦っている間、この城へ向かう敵の兵と、ここから出された命令を止めようとしていた。その城へ、今度はこちらの兵と物資を集めることになる。
レオンハルトの指が街道をたどった。
「国境までの道を確かめろ。兵が通れるというだけでは足りぬ。荷車がどこで止まるか、橋に手を入れる必要があるかも調べる」
「城内だけに、すべてを入れるおつもりでは」
「ない。外に兵を置く場所も要る。畑を踏み潰してから考えるな」
マティアスが頷いた。
アレクは城の脇に記された建物へ目を向けた。
以前の主が何人を収めていたかと、これからこちらが何を置くかは別だった。兵が寝る場所を増やせば、荷を置く場所が減る。馬を入れれば、飼葉と水の手配も増える。
図だけで決めてよいことではなかった。
「現地で確かめた者の報告を受けてから、火槍隊の受け入れも相談させてください」
アレクが申し出ると、レオンハルトは顔を向けた。
「何が要る」
「今ある倉の状態と、ほかの仕事に使う場所です。空いているという理由だけで、同じところへ荷を集められると困ります」
「分かった。調べたものをマティアスへ集めさせる」
アレクは頭を下げた。
レオンハルトは、城の図から周辺の集落へ目を移した。
「直すための人は、どう集める」
マティアスが答えた。
「町と周辺の村へ仕事を出します。ただ、家や畑を直している者もおります。人数を出せとだけ命じれば、そちらが止まります」
「では、賃金を決めて募れ。職人が足りなければ、ほかからも呼べ」
ユリウスが確認した。
「費用は、没収した資産から」
「使えるものを確かめてからだ。返すべき品には手をつけるな」
マティアスが紙の上へ指を置いた。
「被害を受けた側への返還と賠償、城の維持、改修の費用を分けます。最初からすべてを工事へ回すことはいたしません」
「それでよい」
アレクは二人のやり取りを聞いていた。
同じ領地に住んでいたというだけで、イグナーツに従っていた民へ罰を負わせることはしない。反対に、城を直すという理由で、焼かれた町へ戻すべきものを取り上げることもしない。
新しい拠点を作る仕事が、東部を立て直す仕事と争わないようにする必要があった。
レオンハルトが図を畳んだ。
「城代の人選も出せ。兵だけを扱える者では足りぬ」
マティアスは頷いた。
「現地を治める者と、こちらから荷を送る者の役目も、分けておきます」
「城を預けたからと、勝手に自分の領地にしたつもりになられては困る」
レオンハルトは、まだ乾いていない命令書へ目を落とした。
イグナーツの城は、王家の城として残ることになった。
そこへ何を集めるかは、すでに変わり始めていた。
◇ ◇ ◇
イグナーツへの判決は、その後、執行された。
立ち会った者の報告を受け、書記が記録へ日付を加えた。
レオンハルトはその紙を確かめた後、東部へ送る処分の知らせにも目を通した。領地の接収と、旧来の命令が効力を失ったことを、各地で曖昧にしないためだった。
町に住む者が、昨日までの主の名を持ち出されて、また荷や金を奪われることがあってはならなかった。
アレクは、グレンツベルクへ送る書状をマティアスと確かめた。
裁きが済んだことと、今後の返還について、家宰へ知らせるものだった。
フェリックスにどこまで、どのように伝えるかは、そのそばにいる者へ委ねる。処刑の細部を書き連ねる必要はなかった。
「これでよいと思います」
アレクが紙を返した。
マティアスは受け取り、アレクの顔を見た。
「言い足したいことはあるか」
アレクは少し考えた。
ルーカスの仇を取ったと書けば、フェリックスは何を思うだろうか。
安心するのかもしれない。泣くのかもしれない。父は戻らないと、改めて思い知ることになるのかもしれなかった。
「今は、ありません」
アレクは答えた。
「家のことと、町を直すことが止まらないと、伝われば」
マティアスは頷いた。
「では、そう伝えよう」
手紙が封じられた。
アレクは、それを使者へ渡した。
届く頃には、町でまた一つ、屋根が直っているかもしれなかった。
父を失った少年に、今ここからできることを、止めずに続けるしかなかった。
◇ ◇ ◇
ロスヴァールに関する書状は、処分を終えた者たちの記録と分けて、別の机に残された。
イグナーツが死んだことで、紙に書かれた相手まで消えるわけではなかった。
ユリウスは、確認できたものと、まだ裏づけの取れていないものを並べていた。
レオンハルトが部屋へ入ると、マティアスとアレクも立ち上がった。
「続きは」
「送られた物資と、受け取った側の記録は、つながるものが増えております」
ユリウスが答えた。
「ただし、ロスヴァールの誰が、どこまで命じていたかについては、まだ分けて考える必要があります」
レオンハルトは椅子へ座った。
差し出された紙へ目を通す。
国境の領主の名があっても、それだけで王国のすべての命令を受けていたとは言い切れない。運んだ商人が積荷を知っていても、その品がどの戦へ使われるかまで知っていたとは限らない。
確かめられた事実と、そうであろうという見込みを、同じ欄に書かせてはいなかった。
アレクは、机に残された一通へ目を向けた。
東部の諸侯にとっては、後ろから支えてくれる約束だったのだろう。
その約束が何人を戦わせ、どれだけの家を焼く争いへつながったかを、向こうにいる者たちは見ていたのだろうか。
レオンハルトが紙を置いた。
「東部へ金と物を入れた者は追え。だが、分からぬところを、分かったことにして書くな」
「承知しました」
「国境からの報告も、届いた順に持ってこい」
ユリウスが一礼した。
レオンハルトはマティアスへ顔を向けた。
「東へ兵を出す時、西と南まで気にしていては動けぬ」
「アルヴェインとの関係を、固められますか」
「ああ」
アレクは顔を上げた。
レオンハルトは、その動きに気づいたが、先にマティアスへ続けた。
「アルベルトへ使者を出す。これまでの取り決めを、国同士の約束にしたい」
マティアスは、机の上へ新しい紙を置いた。
「武器の取引と、技術協力は続いております。そこへ、国境と交易に関する約束を加える形でしたら、話を始めやすいかと」
「向こうにも、こちらがどこへ兵を向けるか気にする理由はある」
レオンハルトは言った。
「王国が割れている間は、こちらが一つに動くとは限らなかった。今は違う。俺が王になったという知らせだけを送って、安心しろとは言えぬ」
マティアスが頷いた。
アレクは、アルベルトの顔を思い出していた。
相手の言葉を聞くだけで、そのまま受け取る男ではなかった。何を欲し、何を差し出すのかを、必ず確かめる。
火縄銃の取り決めを交わした時も、目の前の一挺だけを見ていたわけではなかった。
「こちらの戦へ、すべて兵を出せという話にはしない」
レオンハルトが続けた。
「まず、互いの国境を乱さぬこと。商人と荷を通すこと。すでに交わした取り決めを、王が代わっても守ることだ」
「向こうから条件が出た場合は、持ち帰らせます」
「そうしろ。こちらの使者に、その場ですべてを決めさせるな」
マティアスは要点を書き留めた。
それから、アレクへ顔を向けた。
「アレク。アルベルト様との取り決めを、使者へ渡せるよう整理してくれ」
「はい」
「すでに渡したものと、これから渡すものを混ぜないこと。相手が何を知っているかも、使者が分かるようにしておきたい」
「承知しました」
アレクは返事をしてから、尋ねた。
「生産についての取り決めも、入れますか」
「入れてくれ。ただし、必要な範囲でよい。技術の記録そのものを、この書状へ全部つける必要はない」
アレクは頷いた。
試作品と開発記録を渡したことも、その後に交わした取引も、なかったことにはできない。これから新しい約束を結ぶのであれば、これまで守ってきた約束を、まず揃える必要があった。
レオンハルトがアレクを見た。
「向こうが、気にしそうなことはあるか」
アレクは少し考えた。
「こちらが大きくなったことで、今までの約束を変えるのではないかと、確かめられると思います」
「そうだろうな」
「ですから、同盟の話と引き換えに、すでに約束したものを渋るようには見えない方がよいと思います」
マティアスの筆が止まった。
レオンハルトは、しばらくアレクを見ていた。
「同盟を結ばねば、今までの約束も守らぬと思わせるな、ということか」
「はい」
「それは、使者にも伝えろ」
アレクは頭を下げた。
アルベルトのもとへ行く使者が決まっても、自分が同行する話は出なかった。
それでも、その名が出ただけで、アレクの胸には別の顔が浮かんだ。
エリーゼは、こちらの即位の知らせをもう聞いただろうか。
東部から戻ったことは、どこまで伝わっているだろうか。
会いたいと思った。
だが、今この机で尋ねるべきことではなかった。
アレクは、使者へ渡す記録を取りに行くと告げた。
レオンハルトが頷く。
「間違いのないものを用意しろ」
「はい、陛下」
アレクは一礼し、部屋を出た。
◇ ◇ ◇
王宮の廊下には、東部へ戻る者と、各地へ命令を届ける者が行き交っていた。
処分を受けた家にも、領地でなすべき仕事が残っている。王家から派遣される者は、取り上げる土地と残す土地の境を確かめ、徴収の記録を引き継がなければならなかった。
その中へ、イグナーツの城を調べるための者たちも加わった。
ロベルトは受け取った命令書へ目を通すと、荷の一覧をもう一度見た。
「倉を空けるために、持ち主の分からないものまで外へ出されては困りますね」
マティアスが答えた。
「そこも確かめてくれ。置き場所を変えるなら、何をどこへ移したか残させる」
「借りられる倉も、先に調べておきます。城の工事と聞けば、急に値を上げる者が出そうです」
「話を決める前に、条件を持ってきてくれ」
「承知しました」
ロベルトは紙を畳んだ。
アレクは、そのそばを通りながら声をかけた。
「道の状態も、分かったら教えてください」
「荷車が通れない道へ荷を送るつもりはない。分かったものから渡す」
ロベルトはそう答え、従者へ次の紙を求めた。
兵を迎える場所を整えるという命令は、もう誰かが手を動かす仕事へ変わっていた。
アレクも自分の机へ戻り、アルヴェインとの取り決めを記した紙を広げた。
渡したもの、受け取ったもの、まだ残っている約束。
それぞれを確かめながら、使者が答えられる範囲をまとめていく。
窓の外では、馬を引く者が中庭を横切っていた。
ロルフへ向かう便は、すでに王都を出ている。東部へ処分を知らせる者も、城へ新しい命令を運ぶ者も、それぞれの道へ出ていく。
数日のうちに、アルヴェインへ向かう使者も門をくぐることになる。
アレクは紙の端を押さえ、筆を動かした。
戦が終わったから、何もかもが元へ戻るのではなかった。
戻せるものを戻し、失ったものを受け止めたうえで、次に使う力を揃えていかなければならない。
夕刻、レオンハルトの前へ二通の書状が置かれた。
一通は東部へ送るものだった。
王家が接収した城を、兵と物資を受け入れる拠点として整える命令。
もう一通は、アルベルトへ送る同盟打診の書状だった。
レオンハルトは両方に目を通した。
アレクがまとめた記録も、使者のための別紙として添えられている。
「これで出せ」
封を受け取った者が、一礼した。
東部で敵の命令を送り出していた城には、王家の命令が届く。
かつてアレクを送り出した大公のもとには、今度は国王からの申し出が届く。
レオンハルトは、畳まれた東部の図へ手を置いた。
イグナーツの名で動く軍は、もうなかった。
だが、その後ろから金と物を送り込んだ者たちは、国境の向こうに残っていた。
第一話を読んでいただき、ありがとうございました。
争いを終わらせるために動いた者と、最後まで続けさせた者。それぞれの行いに、裁きが下されました。
東部の城を立て直す仕事と、アルヴェインへの働きかけも始まります。
第七篇も、どうぞよろしくお願いいたします。
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