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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第二十七話 残された書状

お読みいただき、ありがとうございます。

決戦を終えたレオンハルトたちは、東部の城と街道へ兵を向けます。

戦場で得た勝利を、各地へ届く命令に変える時が来ました。

 夜が明けても、街道を通る荷車は途切れなかった。

 負傷者を運ぶものは西へ向かい、空になったものは兵糧と水を積んで戻ってくる。道の脇では、武器を置いた敵兵が家ごとに分けられ、呼ばれた者から名を答えていた。

 アレクは、その横を歩いた。

 昨日まで向こう側で槍を構えていた男が、両手で椀を持っている。指が震え、水が膝へこぼれた。近くの見張りが何か言うと、男は椀を置きかけたが、見張りは飲み終えるよう顎で示した。

 さらに先では、味方の兵が荷車へ布を掛けていた。

 アレクは足を止めた。

 昨夜、ギルベルトから一人の名を聞いていた。銃を預けられた時の働きも、故郷に残した家族のことも、短い報告の中にあった。

 その名を記した紙は、今、アレクの懐に入っている。

 荷車の脇へ寄り、布の端が車輪へ垂れないよう持ち上げた。兵が気づいて頭を下げる。

「お願いします」

 アレクはそれだけ告げた。

 兵が布を結び直し、荷車はゆっくりと動き始めた。

 呼びに来た伝令へ頷き、アレクは本陣へ向かった。

 ◇ ◇ ◇

 地図の上には、イグナーツの城へ続く街道だけでなく、北と南へ分かれる道にも印が置かれていた。

 マティアスの前には、降伏した諸侯の名と、まだ所在の分からない者の名が並んでいる。捕らえた当主がいる家もあれば、家臣だけが残り、当主がどちらへ逃れたか分からない家もあった。

「イグナーツの城だけでは足りません」

 マティアスが言った。

「ほかの城へ兵が戻れば、そこで集め直されます。勝敗が伝わっている間に、開門を求めるべきです」

 レオンハルトは地図へ目を落とした。

「降った家の者は」

「城へ命令を届けられる家臣を選ばせています。当主の印も確かめました。ただ、本人をそのまま帰すわけにはいきません」

「家臣を行かせろ。こちらの兵をつける」

 レオンハルトは北の道を指した。

「ヴィクトル。北側を任せる。まず、ここの城だ」

「承知しました」

「南はエイドリアン。城と、その手前の街道を押さえろ。遠くまで兵を散らすな」

 エイドリアンも頷いた。

 どちらも、決戦までイグナーツに兵を出していた家の城だった。北の城の当主は捕らえられており、南の城へ戻ったとされる当主の所在は、まだ確かめられていない。

 北の城には二百人ほど、南の城には三百人ほどが残されていたという。捕虜から聞いた出陣前の数であり、敗兵の帰還や逃亡によって変わっている可能性があった。

 レオンハルトは二人へ、それぞれ歩兵八百と騎兵百を預けた。

「門が開いても、先へ急ぐな。城を押さえ、次の報告を送れ」

「抵抗を続ける場合は」

 ヴィクトルが尋ねた。

「道を押さえて知らせろ。無理に壁へ登らせる必要はない」

 勝った勢いで、各地の城へ兵を投げ込むつもりはなかった。近隣の二つを押さえれば、敗兵が集まり直す場所と、その間を結ぶ道を減らせる。

 マティアスは、別にしてあった書状を示した。

「帰還命令を出し、こちらへ物資を届けた家には、街道の警備を頼みます。自領へ戻った兵の数と、通過した敗兵についても報告を」

「それでよい。敵と同じ扱いはするな」

 レオンハルトが答えた。

「ただし、隣の領地を勝手に取ることも認めぬ。兵を出すなら、こちらの命令に従わせろ」

 マティアスは頷き、書記へ言葉を伝えた。

 レオンハルト自身は、歩兵二千四百、騎兵二百五十、火槍兵三百三十四を率いて、イグナーツの城へ向かう。

 合わせて二千九百八十四人だった。

 残る歩兵千九十と騎兵の人員四百二十七は、戦場周辺と後方の守りに置く。王都軍の指揮官がその兵をまとめ、ロベルトが捕虜、負傷者、荷の扱いを受け持った。

 騎兵のうち、馬を失った者は捕虜の見張りや荷置き場の警備へ回された。前へ出す四百五十騎には、動かせる馬と騎手を揃えてある。

 ロベルトは地図よりも、横に置かれた名簿を見ていた。

「捕らえた家臣を、城へ送るために引き取る者が来ます。名と人数を決めてから寄越してください。殿下の命令だと言われるたびに渡していたら、誰をどこへやったか分からなくなります」

「マティアスを通せ。それ以外には渡すな」

「承知しました」

 ロベルトは、ようやく名簿から顔を上げた。

「城の倉も、開ける前に数を確かめていただけると助かります」

「欲しい物があるのか」

「あります。荷車と、馬と、帳簿です」

 レオンハルトがわずかに目を細めた。

「順番が逆ではないか」

「帳簿だけ手に入っても、荷が運べませんので」

 マティアスが小さく息をつき、地図の端を押さえた。

「持ち出す物は記録させる。荷車も馬も、どの家の物か確かめてからだ」

「それなら十分です」

 ロベルトは答え、再び名簿へ目を戻した。

 レオンハルトはアレクを見た。

「火槍隊は」

「三百三十四人、出られます。銃の点検と補充も済ませました」

 兵の数は、昨日の夕方から増えていない。負傷して下がった者を、朝になったからと列へ戻すことはできなかった。

「城の前では、こちらの指示を待て」

「はい。全隊をまとめて置きます」

 レオンハルトが頷いた。

 書状が折られ、印を押すための蝋が運ばれてきた。机の周囲にいた者たちが、それぞれの兵のもとへ向かう。

 今度は、同じ敵陣へ向かう出発ではなかった。

 倒した軍が、再び城と街道を使って立ち上がれないようにするための出発だった。

 ◇ ◇ ◇

 イグナーツの城へは、軍より先に使者を出した。

 国王の命令書と、レオンハルトが示した降伏の条件を携えている。捕縛に立ち会ったイグナーツの家臣も同行させた。城側が顔を知る男であり、伯爵が生きたまま捕らえられたことを、自分の口で説明できた。

 アレクたちが東へ進むにつれ、街道脇には捨てられた物が増えた。

 折れた槍だけではなかった。無傷の盾が草の中へ投げ込まれ、軍旗を結ぶための紐が、切られたまま枝へ掛かっていた。畑へ続く細道には、大勢が通った足跡が残っている。

 カスパルの斥候は、その跡を全て追うことはしなかった。

 道の先を確かめ、武装した集団が隠れていないかを調べる。数人ずつに分かれて逃れた者を追って、城へ向かう軍の前を空けるわけにはいかなかった。

 城が見えたのは、日が高くなり始めた頃だった。

 低い尾根の先に石の壁があり、その西側へ家並みが続いている。街道は家並みの南を通ってから北へ曲がり、城門へ上がる緩い坂となっていた。城の東は斜面が急で、荷車の使える道は南東側へ回り込んでいる。

 西の家々の戸は閉まっていた。

 だが、窓の隙間には人がいる。干した布を取り込むことも忘れたまま、道を進む兵を見ていた。

 レオンハルトは、家並みへ入る手前で軍を止めた。

 歩兵を前へ出し、騎兵の一部を南東の道へ回す。火槍隊は、城門へ続く坂を見通せる西側の畑の縁で待機した。銃口の前を、使者や歩兵が横切らない位置だった。

 ギルベルトが、前へ出す班と後ろで待つ班の場所を確かめた。

「城壁へ向けますか」

「まだ構えさせないでください。門から兵が出る場合に備えます」

 アレクは答えた。

 城壁の上には弓を持つ者がいた。こちらの列を数えているのか、頭を出しては引っ込める。

 その中に、兜をかぶらず布を巻いた男がいた。

 昨日の戦場から戻った者なのかもしれなかった。

 先に出した使者が、門の脇にいる。

 横には、イグナーツの家臣が立っていた。

 門はまだ開いていなかった。

 ◇ ◇ ◇

 城内では、机の上に置かれた書状を、誰も取り上げようとしなかった。

 守備を預かる騎士は、窓から西を見た。黒地の旗の下に歩兵が並び、その後ろには、見慣れない長い筒を持つ隊がいる。

 昨夜戻った兵は、あの筒について何度も話していた。

 高所から撃たれたこと。盾を向け直す間に歩兵が入ったこと。街道を抜けた騎馬が、本陣の後ろへ回ったこと。

 同じ兵が、話の途中で何度も水を求めた。

「伯爵閣下の身柄は、まだ確かめておらぬ」

 年長の家臣が言った。

「門を開けさせるための話かもしれん」

「使者とともに来た者を、御存じでしょう」

 守備の騎士が答えた。

「閣下の馬が止められ、剣を外されるところまで見たと言っています」

「捕らえられた者の言葉だ」

「では、昨夜戻った兵の話もお聞きください」

 部屋の隅にいた兵が顔を上げた。

 肩へ巻かれた布は、赤茶色に変わっていた。背筋を伸ばそうとしたが、すぐに顔を歪めた。

「本陣へは、もう戻れませんでした。街道には殿下の騎馬が……」

「お前たちが持ち場を捨てたからだ」

 家臣が言った。

 兵は口を閉じた。

 守備の騎士が、二人の間へ立った。

「この者を責めても、兵は増えません」

 城へ残していた者は二百八十六人。昨夜から戻った敗兵は百三十七人だった。

 合わせて四百二十三人いるが、傷や疲労で武器を持たせられない者を除けば、守りに立てるのは三百十二人にすぎなかった。

 戻った兵の中には、自分の隊がどこへ行ったか分からない者も多い。城へ向かう途中で離れた者を、呼び戻す手立てもなかった。

 家臣は書状を指した。

「降れば、何をされるか分からぬ」

「条件は書かれています」

 騎士は書状を持ち上げた。

 開門。武装解除。武器庫と倉の引き渡し。書状、帳簿を焼かずに渡すこと。

 武器を置いた兵と領民への略奪は禁じる。

 ただし、町への放火や捕らえた者の殺害については、降伏をもって罪を免じるとはしていなかった。

「これで、皆が助かるとは書いておらん」

 家臣が言った。

 騎士は、しばらく男を見た。

「誰のことを心配されているのです」

 部屋が静かになった。

 傷を負った兵が、二人から目を逸らした。

 家臣は口を開きかけたが、窓の外で鳴った馬の声に顔を向けた。

 城の南東へ回った騎兵が、荷車の通る道を見ている。裏から抜けられると思っていた道にも、既に兵がいた。

「近隣の家が兵を出せば」

「その家の兵も、昨日の野にいたはずです」

 騎士は答えた。

「ここで待って、誰が来るのです」

 家臣の手が剣帯へ触れた。

 扉の脇にいた守備兵が、槍を持ち直す。家臣はその動きを見て、手を止めた。

 騎士は書状を机へ戻した。

「城を守れと命じられました。ですが、誰も来ないまま、町の者を盾にして死ねとは命じられておりません」

「勝手に決めるつもりか」

「門を開けます」

 騎士は扉へ向かった。

 家臣が後を追おうとすると、守備兵二人が進み出た。

「お待ちください」

 槍は突きつけられなかった。

 それでも、扉への道は空かなかった。

 ◇ ◇ ◇

 城門の上で、弓が下ろされた。

 最初に気づいたのは、火槍隊の指揮役だった。アレクへ知らせると、ギルベルトも門へ目を向けた。

 しばらくして、重い木の扉が内側へ動いた。

 出てきたのは十人ほどだった。

 先頭の騎士は剣を鞘ごと両手に載せ、その後ろの兵は槍を持っていなかった。使者が彼らを伴い、坂を下りてくる。

 レオンハルトは、歩兵の前で待っていた。

 騎士が膝をついた。

「城を、お引き渡しいたします」

 差し出された剣を、側の兵が受け取る。

「守備兵は」

「門の内側で武器を置いております。城壁の者も、順に下ろします」

「倉と書状は」

「そのまま残しております。鍵を持つ者も、待たせてあります」

 レオンハルトは門を見た。

 その内側では、兵が槍を地面へ並べていた。一本を置いた男が、腰の短剣へ手をやり、迷ってからそれも外す。

「武器を置いた者は斬らぬ」

 レオンハルトの声に、騎士が顔を上げた。

「だが、何をしたかまで不問にするとは言っていない」

「……承知しております」

「傷を負った者は、別に集めろ。手当てを受けさせる。抵抗を続けたい者がいるなら、今のうちに知らせよ」

 騎士は、城内に残した家臣について話した。

 レオンハルトは頷き、マティアスへ顔を向けた。

「入れ」

 マティアスが隊長を呼んだ。

「先に二百。門と城壁への階段を押さえてくれ。次の二百は、報告を受けてから入れる」

 隊長が兵を動かした。

「武器庫と倉の鍵は、それぞれ受け取るんだ。勝手に荷を持ち出す者がいたら止めろ。敵の物でも、今は触らせない」

 歩兵が坂を上がった。

 門をくぐる兵を、城壁の上に残っていた者が見下ろしている。その者たちも、味方の隊長から指示を受けた騎士に促され、階段へ向かい始めた。

 アレクは火槍隊を動かさなかった。

 門が開いたことで、兵の肩から力が抜けていくのが分かった。隣の射手へ何か話しかけた者を、指揮役が静かに前へ向かせる。

 ギルベルトが近づいた。

「このまま待機させます」

「はい。中を確かめ終えるまで、列を保ってください」

 城へ入る歩兵は、まだ門の向こうがどうなっているか知らない。ここで射手まで動けば、坂も門も混み合う。

 門楼に王国の旗が上がるまで、アレクは畑の縁に立ち続けた。

 やがて、城内から伝令が戻った。

 門、城壁、武器庫を押さえた。抵抗はなく、書状を保管する部屋にも見張りを置いたという。

 アレクは息を吐き、ギルベルトへ頷いた。

「交代で休ませてください。私は、マティアス様のところへ行きます」

 坂へ向かうと、西の家並みで戸が一つ開いた。

 小さな子を抱いた女が、門の旗を見ている。

 家の前を通った歩兵は、戸へ近づかなかった。道を空けるよう後ろの兵へ合図し、そのまま坂を上がっていく。

 女は、子を抱く腕を少し緩めた。

 ◇ ◇ ◇

 北へ向かったヴィクトルの前でも、城門は閉じられていた。

 小さな城だった。門へ続く道の左右には刈り残された畑があり、畝の間に置かれた農具が、そのままになっている。

 連れてきた家臣が、自家の旗を掲げて呼びかけた。

 城壁から返事があった。

「御当主様は、どちらにおられる」

「殿下のもとだ。御無事でおられる。門を開き、武器を置くよう命じられた」

 家臣が書状を示した。

 城壁の男は、すぐには答えなかった。

 家臣はさらに近づこうとしたが、ヴィクトルが止めた。

「そこから先は、相手の返事を待とう」

「私を知っている者です」

「それでも、弓は上がっている」

 家臣は城壁を見た。

 射るために引き絞られてはいない。だが、弓を握る兵の顔は固かった。

 ヴィクトルは、自分の歩兵を門の正面から少し外へ置いた。射られた時に使者ごと進まなくて済む位置だった。騎兵百は道の分岐を見張り、敗兵の新たな流入を防いでいる。

 城から一人が出てきた。

 書状を受け取り、印を確かめる。家臣と短く言葉を交わして戻った後、門の向こうで声が重なった。

 待っている間、ヴィクトルは城壁を見ていた。

 父を失った時、自分の領地で誰が何を守ろうとしていたかを思い出した。城壁の上にいる者も、主君が戻らないことを恐れているのかもしれない。

 だからといって、開かない門をそのままにして帰るわけにはいかなかった。

 門が動いた。

 家臣が振り向き、深く頭を下げる。

 ヴィクトルは頷いた。

「案内を頼む。最初の兵と一緒に入ってくれ」

 歩兵百が進んだ。

 残る七百は、その場を保っていた。門の中から安全を知らせる声が届いてから、次の隊が動く。

 守備の兵は百八十七人いた。

 戦場から戻った者もいたが、領外へ逃れた者の方が多いと、守備を預かる家臣は話した。

 ヴィクトルは人数を控えさせ、武器と倉を確かめるよう指示した。

「御当主様は、お戻りになれますか」

 家臣が尋ねた。

 ヴィクトルは、その顔を見た。

「私が約束できることではない」

 家臣の目が下がった。

「ただ、城を渡したことと、ここで兵を止めたことは、殿下へそのまま伝える」

 家臣は、もう一度頭を下げた。

 ヴィクトルは伝令を呼び、開城したことを知らせた。

 次の城へ進めという命令は、まだ出さなかった。

 ◇ ◇ ◇

 イグナーツの城では、倉の扉を開くたびに、違う家の印が出てきた。

 穀物の袋に押された印。荷箱へ焼きつけられた紋章。車輪の内側に刻まれた、村を示す文字。

 この城の領地から集めた物ばかりではなかった。

 アレクは、倉の入口で一つの木箱を見た。

 蓋の角が欠け、紐を掛け直した跡がある。その脇に、城の役人が帳簿を広げていた。

「こちらへ入った日は」

 マティアスが尋ねた。

 役人が頁をめくる。

「この日です。北の道から、荷車六台で」

「誰が受け取った」

「私が数を記しました。倉へ納めたのは、ここの者たちです」

 マティアスは印を見た。

「同じ印の物をまとめてくれ。先に運び出さないように」

 役人は頷き、倉番を呼んだ。

 隣の部屋では、ユリウスが書状を分けていた。

 戦場で押さえた袋の中身と、城に残されていた書状は、別々に置かれている。誰の荷から出たか、どの部屋にあったかを記し、読み終えた物も混ぜないようにしていた。

 その中に、焼かれた町についての報告があった。

 紙は汚れていなかった。

 端も焼けていない。折り目に沿って開けば、整った字が並んでいた。

 城を落としたこと。

 領主を処断したこと。

 徴発した荷を送ること。

 町の一部を焼き、従わぬ者への処置を示したこと。

 それが、兵糧の受け取りや使者の出発と同じように、順に書かれている。

 アレクは、紙の上から目を離せなかった。

 自分たちが見た炎も、道へ逃れてきた者の顔も、この紙にはなかった。

 マティアスが、静かに書状を置いた。

「これを受け取った者を呼んでくれ。伯爵の前へ連れていく前に、別に話を聞く」

 ユリウスが頷いた。

 その日の夕方までに、受領した書記と、報告を持ってきた使者を取り次いだ者が見つかった。城から軍の本陣へ送り直したことを、二人が別々に話した。

 翌朝には、イグナーツの従者からも返事があった。

 書状を読み終えた後、荷を受け取るよう命じたという。

 ルーカスの町から奪われた物の一部は、その命令に従って、この城へ運ばれていた。

 ◇ ◇ ◇

 イグナーツが通されたのは、城の広間ではなく、その隣の小さな部屋だった。

 机と椅子が置かれ、壁際には見張りが立っている。

 レオンハルトの左右にはマティアスとユリウスがいた。アレクは、ルーカスの城と町の状況を確かめるため、同席を求められていた。

 イグナーツは椅子へ座り、机の上の書状を見た。

 自分が逃げる時に持ち出した物もあった。

 城へ置いてきた物もあった。

「ルーカスへ兵を向けたな」

 レオンハルトが尋ねた。

「盟約に背いた者を、そのままにはできませんでした」

「国王の命令に従い、俺へ協力した者だ」

「殿下が東部へ手を広げられれば、諸家の取り決めは」

「何を命じた」

 レオンハルトが言葉を切った。

 イグナーツは、唇を結んだ。

「城を押さえ、抵抗をやめさせるように」

「城を落とせと命じたのか。家族まで殺せと命じたのか」

 部屋の外で、兵の足音が止まった。

 イグナーツは書状から目を上げた。

「家族を殺せとは、命じておりません」

「町を焼くことは」

「現地で、抵抗が続いたのでしょう」

 マティアスが一枚の紙を前へ出した。

 出兵に際して送った命令の控えだった。城を押さえるだけでなく、従わぬ家に対する見せしめとすることが記されている。

「この命令を認めますか」

 マティアスが尋ねた。

 イグナーツは目を通した。

「……私の命令です」

「見せしめとは、何を指しています」

「兵を取り上げ、城を押さえることです」

 マティアスは返事を書記へ記させ、次の紙を出した。

 城の陥落後に送られた報告だった。

「こちらには、領主を処断し、町を焼いたとあります。受け取った後、指揮した者を呼び戻しましたか」

 イグナーツは答えなかった。

「処罰を命じた書状は、ありますか」

「その時は、殿下の軍が迫っていました」

「荷を受け取る命令は出しています」

 マティアスの声は変わらなかった。

「命令を送れなかったわけではありませんね」

 イグナーツは椅子の肘へ指を掛けた。

 アレクには、その指が白くなるのが見えた。

 レオンハルトは紙を手に取らず、男の顔を見ていた。

「ルーカスが死に、町が焼けたことを知っていた」

「報告は受けました」

「その後も、そいつらを使った」

 イグナーツの顎が下がった。

「戦を続ける必要がありました」

 レオンハルトは、しばらく何も言わなかった。

 窓の外から、倉の荷を動かす音が聞こえた。木の擦れる音と、それを持ち上げる者の声だった。

 レオンハルトが口を開いた。

「ルーカスは、捕らえられた後に殺された」

 イグナーツの目が動いた。

「戦っている最中に、誰が倒れるかという話ではない。剣を取り上げた後で、殺している」

「現場の判断までは」

「町へ火を掛けさせた者も、同じ指揮官だったという証言がある。そいつが何を命じたかは、そいつの責任として調べる」

 レオンハルトは身を乗り出さなかった。

「お前が何を命じ、何を知って続けさせたかは、お前に聞いている」

 イグナーツは、今度は目を逸らした。

 アレクの脳裏に、フェリックスの手が浮かんだ。

 レオンハルトの外套を掴んでいた、小さな手だった。父が待っていたと訴えた声を、この部屋にいる男は聞いていない。

「奥方は、城から逃れる途中で襲われています」

 アレクが言った。

 イグナーツがこちらを見た。

「城内で戦っていたのではありません」

 アレクは膝の上で手を握った。

「その追跡を誰が命じたのかも、確かめてください」

 レオンハルトが頷いた。

 ユリウスが書記へ目を向け、言葉が記される。

 イグナーツは、机の上を見ていた。

 レオンハルトは最後に尋ねた。

「町を焼いたと知って、止める気はあったか」

 すぐには返事がなかった。

 長い沈黙の後で、イグナーツは言った。

「一つの家が従わずに済めば、ほかも続きます」

 アレクの指が、さらに強く曲がった。

 レオンハルトは目を閉じなかった。

「そうか」

 静かに答えた。

「今の言葉も、残せ」

 書記の手が動いた。

 イグナーツは、その音を聞いていた。

 ◇ ◇ ◇

 ロスヴァールの名が出たのは、それからだった。

 戦場で押さえた袋には、国境の向こうから届いた書状があった。城には、それ以前の書状と、こちらから送った返書の控えが残っていた。

 差出人は、ロスヴァールの国境を預かる貴族だった。

 一枚だけなら、その者が勝手に送った物だと言うこともできた。だが、何度も続いたやり取りには、使者の来訪日、銀貨の受領、荷の引き渡しが伴っていた。

 城の帳簿に記された日付と、書状の日付が重なっていた。

 マティアスは、書状を順に並べた。

「この者とは、いつから交渉していましたか」

「隣国の貴族と書状を交わすことが、罪になりますか」

「書状を交わしたことだけを聞いているのではありません」

 マティアスは返書の控えを示した。

「王都へ納める物資を止め、東部の兵を盟約の指揮下へ置く。そのための援助を求めています」

「東部の諸家を守るためです」

「誰からです」

 イグナーツは答える前に、レオンハルトを見た。

 レオンハルトは、何も言わなかった。

 マティアスは別の書状へ移った。

「ロスヴァール側は、こちらから国境へ通じる道を、王都の兵に使わせないよう求めています。その代わりに、銀と物資を送ると」

「実際に受け取っています」

「兵も来る約束でしたか」

 イグナーツの目が止まった。

 マティアスは、最も新しい書状を前へ置いた。

 カルディアとの戦に兵を向けているため、援兵の派遣は差し控える。

 東部の諸家は連携を保ち、今ある兵をもって情勢の変化を待つように。

 そう書かれていた。

「情勢が変われば、援助を増やすという話でした」

 イグナーツが言った。

「それまで持ちこたえるよう、求められていたのですね」

「王都の軍まで動くとは」

「王都の命令を拒んで兵を集めれば、王都の軍が来ることも考えるべきだった」

 レオンハルトが言った。

 イグナーツは口を閉じた。

 マティアスは書状を見直した。

 ロスヴァールは、兵を送る時期を明らかにしていない。だが、国境へ続く道を押さえることと、東部の兵をまとめることは繰り返し求めていた。

 銀を渡す相手は、この国の貴族だった。

 戦う場所も、この国の領地だった。

 焼かれた町も、徴発される村も、ロスヴァールにはなかった。

「殿下」

 マティアスが顔を上げた。

「彼らが欲しかったのは、東部の諸家が勝つことだけではないのでしょう」

「ああ」

「こちらの東部で争いが続けば、その間は西を気にせずに済む。そう考えたのでしょう。カルディアとの戦に兵を向けながら、グランヴァルトとの間には、こちらの命令に従わない諸侯を並べておけます」

 アレクは地図を思い浮かべた。

 東の国境の向こうにいる者は、自分の兵を出さずに、こちらの兵を止められる。

 盟約が勝てば、話の通じる諸侯が国境に残る。

 決着がつかなくても、グランヴァルトの軍は国内で戦い続ける。

 その間、ロスヴァールは別の戦場へ兵を使える。

 イグナーツは、並べられた書状を睨んでいた。

「我らを、捨てるつもりだったと」

「約束の援兵が来たかどうかは、お前が知っている」

 レオンハルトが答えた。

「そもそも、その約束のために、この国の町を焼いてよい理由にはならぬ」

 イグナーツは唇を噛んだ。

 自分も利用されたのだと言いかけた言葉は、口から出なかった。

 マティアスは、使者に応対した家臣の名を確かめた。国境で荷を受け取った者、銀を数えた者も、別に呼ぶよう指示する。

 差出人の印と、その者がどこまでロスヴァールの意向を背負っていたかについては、なお調べる必要があった。

 だが、東部諸侯の争いの外に、何もなかったとは言えなくなっていた。

 レオンハルトは、国境の向こうから届いた書状を見た。

 紙の端を押さえる指に、力が入った。

 それでも、破らなかった。

 ◇ ◇ ◇

 昼を過ぎる頃、北と南から報告が届いた。

 ヴィクトルは城を受け取り、百八十七人の武装解除を終えていた。倉と門を押さえ、近隣の村へ出ている兵を戻す命令を、城の家臣に出させている。

 南の城も、開門した。

 当主は城へ戻った後、さらに東へ逃れていた。残された家臣は、連れ去られた馬と兵糧の量まで書きつけて差し出したという。

 エイドリアンは逃亡の報告を送ったが、城を受け取る前に騎兵を遠くへ走らせることはしなかった。二百四十一人の守備兵を武装解除し、道の分岐へ見張りを置いていた。

 どちらの城でも、新たな戦いにはならなかった。

 レオンハルトは報告を読み、次の命令を口にした。

「城を渡した家の兵を、勝手に連れ出すな。名を確かめ、隊ごとに置け」

 マティアスが頷いた。

「遠方の城にも、使者は向かっています。近隣の二城が開いたことを伝えれば、返事も変わるでしょう」

「返事だけで済ませるな。門と武器を確かめるまでは、従った数へ入れぬ」

「承知しました」

 アレクは、机の上の印が動かされるのを見た。

 野で一つの軍を破っただけでは、国の道は戻らなかった。

 城門を開け、兵を止め、どの命令に従うのかを定めていく。そのたびに、地図の上で使える道が増えていた。

 倉を調べていた役人が、マティアスへ報告を持ってきた。

 穀物の一部は、近隣の村から二度にわたって取り立てられていた。通常の納め分に加えて、軍のためだと命じられた分がある。

 その中には、種として残していたものも含まれていた。

「村には、どのくらい残っている」

 レオンハルトが尋ねた。

 役人は答えられなかった。

「納めた数は記しておりますが、各家に残った分までは」

「確かめろ」

 レオンハルトは命じた。

「ここから先の徴発は止める。既に出してある取り立ての命令も取り消せ」

 役人は慌てて書記へ目を向けた。

「こちらの軍の兵糧は」

「今ある軍の荷と、この倉の物を調べて割り振る。足りぬからと、同じ村からまた取るな」

 マティアスが倉の一覧を受け取った。

「守備と捕虜に必要な分を先に計算します。出所が分かる物は、返す先も記させましょう」

「ルーカスの町から来た物もだ」

 レオンハルトが言った。

 役人が顔を上げた。

 マティアスは、倉の入口にあった木箱へ目を向けた。

 あの箱だけではなかった。同じ印のある荷が、奥にも積まれていた。

「荷車を用意させます」

 アレクが言った。

 レオンハルトはアレクを見た。

「誰の物か分からぬ荷は、勝手に配るな」

「はい。町の者に確かめてもらいます」

 アレクは答えた。

 あの町には、まだ人がいる。

 家を失っても、家族を失っても、明日の食べ物を必要とする者がいる。取り戻した物をここで眺めているだけでは、その者たちへ何も届かなかった。

 レオンハルトは、輸送を手配するよう命じた。

 ロベルトへ送る書状には、必要な荷車と護衛、倉で確かめた物資の数が加えられた。

 ◇ ◇ ◇

 イグナーツが再び部屋へ通された時、机の上には別の紙が置かれていた。

 自分の処遇を決めた物だと思ったのか、椅子の前で足を止めた。

 レオンハルトは、城の役人へ話していた。

「西へ向かう商人を止めるな。関所には命令を送れ。軍へ納める荷だというだけで取り上げることも、今後は認めぬ」

 役人が頷く。

「武器を持つ集団は、別に報告させろ。商人と同じには扱うな」

「承知しました」

 イグナーツは、椅子へ座った。

 レオンハルトは、すぐには顔を向けなかった。

 役人へ出す命令を確かめ、マティアスへ渡す。マティアスは書記を呼び、関所ごとに届ける写しを作らせた。

「殿下」

 イグナーツが言った。

「私の処遇については」

「待て」

 レオンハルトは答えた。

 扉の前にいた役人が、足を止めかける。

「お前たちは行け。今日のうちに知らせろ」

 役人たちが部屋を出た。

 廊下で呼び集められた者の声がし、やがて足音が離れていく。

 イグナーツは、机の上を見た。

 そこにあったのは、自分の領地で出されていた取り立てを止める命令だった。倉の物を調べ、街道を開き、負傷者を運ぶための指示だった。

 レオンハルトが、ようやく顔を向けた。

「お前の処遇は、罪を確かめて決める」

「私は伯爵です。諸家との取り決めもあります」

「だからこそ、お前が何を命じたかを確かめている」

 レオンハルトは答えた。

「従った兵に全てを負わせ、自分だけ取り決めの後ろへ隠れることは認めぬ」

 イグナーツは、膝の上で手を重ねた。

 縄の跡が、手首に残っていた。

 レオンハルトはユリウスへ、尋ねるべき事項を伝えた。出兵を決めた時に集まっていた者、ルーカスへの命令を取り次いだ者、ロスヴァールの使者と会った者。

 イグナーツは、一つずつ名を答え始めた。

 アレクは、その場を離れた。

 廊下へ出ると、倉から運び出された箱が並んでいた。木箱の脇に、行き先を記した札が置かれている。

 その一つに、ルーカスの領地の名があった。

 アレクはしゃがみ、緩んでいた紐を引き直した。

 蓋は、しっかり閉じた。

 運ぶ者へ渡せば、ここから先へ動かせる。

 立ち上がると、城の中庭でギルベルトが待っていた。

 火槍隊は城外の宿営地へ移り、交代で休んでいるという。銃と弾薬箱を置く場所には見張りをつけ、負傷者の様子を確かめる者も出していた。

「兵は、次も東へ進むのかと話しております」

「まだ命令は出ていません。今は休ませてください」

 アレクは答えた。

「戦いは終わったのか、とも」

 アレクは、開いた城門を見た。

 荷車が一台、坂を下りていく。空だった荷台には穀物が積まれ、その横を護衛の兵が歩いていた。

「この城では、戦わずに済みました」

 ギルベルトが頷いた。

「ほかの城も、そうなるように動いています。ですが、警戒は続けてください」

「承知しました」

 ギルベルトが兵のもとへ戻っていった。

 アレクは、城門を出ていく荷車を見送った。

 あの町へ届いても、ルーカスが迎えることはない。

 フェリックスへ返せるものも、箱の中にはなかった。

 それでも、空のまま帰すことはできなかった。

 ◇ ◇ ◇

 夕方、城の門を通る者の向きが変わっていた。

 兵だけではない。

 倉へ納めた物を確かめに来た村の者が、役人とともに外へ出ていく。閉じられていた家の戸も、昼より多く開いていた。

 レオンハルトは、窓からその様子を見ていた。

 マティアスが、書状を収めた箱を持ってくる。

「こちらは別に保管します。使者と荷の記録も、写しを作らせています」

 ロスヴァールから届いた書状だった。

 レオンハルトは箱の中へ目を落とした。

 兵を送れぬと記した紙。

 東部の諸家に、持ちこたえるよう求めた紙。

 それを信じて兵を集めた者がいる。その兵を止めるために死んだ者もいる。誰にも意見を尋ねられぬまま、家を焼かれた者は、さらに多かった。

「差出人のことは、国境の者にも確かめさせます」

 マティアスが言った。

「ロスヴァールのどこまで話が通っていたのか、調べなければなりません」

「ああ」

 レオンハルトは頷いた。

 箱の蓋へ手を置く。

 西の街道には、荷車が小さく見えていた。

 東へ続く道にも、まだ使者が走っている。開いていない城門があり、返事を待つ家があった。

 先に、この国で終わらせるべきことがある。

 レオンハルトは箱から手を離した。

「残しておけ。東部だけの話で終わらせぬ」

 マティアスは一礼し、蓋を閉じた。

 城門の上では、金の獅子を縫い取った旗が、夕方の風を受けていた。

第二十七話を読んでいただき、ありがとうございました。

城門が開いたことで、隠されていた命令と隣国とのつながりが見えてきました。

東部を治めるため、レオンハルトは罪への処分と、生き残った人々の暮らしに向き合います。


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