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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第二十六話 開かれた正面

お読みいただき、ありがとうございます。

奪った高所を足掛かりに、アレクたちは街道を塞ぐ敵へ向き直ります。

それぞれの持ち場で戦う兵たちが、突破への道をつなぎます。

 高所へ上がってきた射手は、すぐには前へ並ばなかった。

 ギルベルトが示す位置で止まり、後続へ道を空ける。斜面を下りる負傷者が通り過ぎると、次の班が銃を抱えて登ってきた。

 王都軍の歩兵は、高所の東と北へ盾を寄せていた。射手を囲んで立つのではなく、敵が近づく側を守り、銃口を向ける南東側には場所を残している。

 アレクは、その空いた場所へ立った。

 眼下には、街道を塞ぐ敵の列があった。

 西から進む歩兵を受けるため、盾も槍もこちらの正面へ向いている。下にいた時には、その盾を真正面から見ていた。今は、列の北寄りの端を斜め横から見下ろしていた。

 全てが見えるわけではない。

 奥には地形の陰へ隠れる兵がいた。南側へ寄った者は、前の隊と重なっている。

 だが、北の端にいる盾兵と、その後ろで槍を握る者の姿は見えた。

「ここまで」

 アレクは、地面を確かめる指揮役へ声を掛けた。

「あの窪みより先へ、射手を広げないでください。足の高さが変わります」

 指揮役が頷き、列の端へ兵を立たせる。

 前へ出る班が使う場所と、撃ち終えて戻る道が分けられた。補給の荷はさらに後ろへ置き、登ってきた兵がその脇で足を止めないよう、ギルベルトが手で進む先を示していた。

 一班百十二。

 二班百十四。

 三班百十二。

 三百三十八人が、高所の上へ揃った。

 アレクは、銃口の向く先をもう一度見た。

 味方の中央歩兵は、まだ街道の西側にいる。ここから南東へ撃てば、その進路とは斜めに交わる。歩兵を動かす前に射撃を終えなければならなかった。

 ギルベルトが近づいた。

「全班、装填済みです。火縄も確かめました」

「待機させてください。歩兵の位置が決まってから撃ちます」

 アレクはレオンハルトのもとへ向かった。

 レオンハルトは、高所の北側を見ていた。

 奥の敵陣から、騎馬が一騎戻ってくる。その後ろで、別の旗が動き始めていた。

「向こうも、ここを使わせたくはないようだな」

 レオンハルトが言った。

「はい。ですが、こちらから街道の端を狙えます」

 アレクは南東を示した。

「全てではありません。北寄りの隊です。盾が西を向いているので、横から撃てます」

「こちらへ向け直したら」

「マティアス様の歩兵へ、側面を見せることになります」

 レオンハルトがアレクを見た。

 アレクは言い切った。

「ここから、街道の正面を崩します。歩兵を進める支度をお願いします」

 レオンハルトは、もう一度眼下の敵へ目を向けた。

 盾の列が、その向こうで続いている。

 高所を取っただけでは、道は開かない。

 その場所を、敵の守りへ刃を入れるために使う。

「ああ。こちらを向かせろ」

 レオンハルトは答えた。

「北から来る兵には、歩兵を当てる。射手は、狙ったところを崩せ」

 ◇ ◇ ◇

 イグナーツの前へ、北側を見ていた騎士が戻った。

「筒が上がっています」

 その言葉を聞き、イグナーツは地図へ手を置いた。

「何人だ」

「次々に登っております。別の場所へ残している様子は見えません」

 イグナーツは、手前の高所へ置いていた印を見た。

 そこには今、黒獅子の歩兵がいる。

 その後ろへ、火槍まで入った。

 街道の兵を西へ向けたままにすれば、横から撃たれる。北へ盾を向ければ、西にいる歩兵へ脇を見せる。

「予備から五百を北へ」

 イグナーツが命じた。

 控えていた隊長が顔を上げる。

「奥の四百と、戻った兵に合わせろ。手前へ圧力をかける」

「取り返すのですね」

「筒をこちらへ向かせる。街道を撃たせるな」

 隊長は地図へ近づいた。

 北側の奥には、まだ守りがある。そこへ五百を加えれば、手前の高所へ向かう兵を揃えられる。

 だが、前にいた三百人を、そのまま足すことはできなかった。

 戻ってきた者は、既に傷を負い、盾や槍を失っている。奥の隊長が、まだ戦える者を分けているところだった。

「戻った兵を、先頭へ押し込むな」

 イグナーツは続けた。

「動ける隊を前へ出せ。負傷者まで並べても、押せぬ」

「承知しました」

「残る七百は、ここだ。正面も南も空けるな」

 隊長たちが動き始めた。

 イグナーツは街道へ目を向けた。

 敵の歩兵も、前へ出る支度をしている。

 高所の火槍へ気を取られている間に、正面へ来られるわけにはいかなかった。

「中央へ。北の端は、盾を斜めに置け。全員を上へ向けるな」

 別の伝令が走った。

 命令はまだ届く。

 届けば動く兵もいる。

 イグナーツは、自分の陣の中で立つ旗を一つずつ見た。

 ここに残った者まで、勝手に抜けていくとは考えたくなかった。

 ◇ ◇ ◇

 マティアスは、街道の西側で歩兵を揃えていた。

 前へ出すのは千六百人。

 これまでともに戦ってきた兵だけではない。王都軍の盾も、その列へ加わっていた。

 隊長たちは、互いの隊の端を確かめていた。進む時にどちらの旗へ合わせるか、途中で止まる場合は誰が伝えるか。前へ出てから相談せずに済むよう、伝令がそれぞれの位置へついた。

 レオンハルトは高所を下り、マティアスのもとへ来た。

「アレクが、北の端を撃つ」

「こちらは、そこへ合わせます」

 マティアスは、敵正面の北寄りを示した。

「列が乱れたところへ入ります。ですが、最初から全員を細い道へ寄せるつもりはありません。後ろの隊が押し込んで、前を動けなくしないようにします」

「射撃が終わるまでは待て」

「伝令を残しています」

 高所へ続く道に、一人の兵が立っていた。

 アレクから合図を受ければ、こちらへ走る役目だった。

 その横を、新たに北側へ向かう歩兵四百人が通った。

 王都軍の歩兵だった。高所を取った隊へ加わり、北からの反撃を受ける。

 前の戦いを終えた五百八十五人と合わせ、王都軍の歩兵は九百八十五人。その外側をヴィクトルの二百九十五人が守る。

 北側の歩兵は、合わせて千二百八十人となった。

 南側には、エイドリアンを中心に歩兵千二百人を置く。敵の南の隊が街道へ回れば、そこへ向かわせるためだった。

 後方と荷、予備には千七十三人を残した。

 マティアスが正面へ千六百人を進めても、軍の全てが同じ場所へ集まるわけではない。

 レオンハルトは、騎兵の報告を受けた。

 替えの馬を回し、馬具を確かめ、前へ出せる騎手を揃えている。兵が無事だというだけで、馬を失った者まで騎馬の列へ加えてはいなかった。

 レオンハルトのもとへ三百騎。

 カスパルには二百騎を預ける。

 残る騎兵の人員四百一人は、見張りと伝令、後方の備えに残した。まだ馬を揃えられない者も、その中に含まれていた。

 カスパルは、街道の先を見ていた。

「狭いところを抜ければ、東側は広がっています」

 レオンハルトへ告げる。

「高所から、道と畑の境も見えました。ただし、下から見えない窪みもあります。出た先で、いきなり全員を走らせるのは避けたいです」

「道が開くまでは出すな」

「はい」

「お前の隊を先へ通す。東へ出たところを確かめ、退く敵の道を見ろ。俺は、その後から入る」

 カスパルが頷いた。

「先へ抜けても、城まで追い続けるつもりはありません」

「イグナーツを見つけろ。旗だけで決めるな」

 カスパルは、二百騎の並ぶ方へ戻っていった。

 馬はまだ歩いていない。

 道を開くのは、先にいる歩兵と火槍隊だった。

 ◇ ◇ ◇

 北側の敵が動き始めた。

 奥に残っていた隊の横へ、新しい盾と槍が加わっている。高所から退いた兵を後ろへ残し、まだ列を保っている隊が前へ出た。

 ヴィクトルは、外側へ広がる敵を見た。

 正面から登る者だけではない。北を回り、高所の脇へ入り込もうとする兵もいた。

「こちらを向け」

 ヴィクトルは、盾の端へ命じた。

「追って下りるな。ここで受ける」

 敵の弓が上がる。

 矢が盾へ突き立ち、後ろの兵が身を低くした。

 高所の東寄りでは、王都軍の隊長が槍兵を前へ出していた。

 登ってくる敵を、縁で受ける。

 先ほど自分たちが奪った場所を、今度は守る番だった。

「盾を離すな!」

 隊長が叫んだ。

 敵の槍が、下から伸びた。

 盾の縁へ突き当たり、持つ兵の肘が曲がる。隣の者が盾を寄せ、その脇から味方の槍が下へ向いた。

 敵兵が身を引く。

 だが、後ろの兵がすぐに前へ来た。

 高所の北側でも、ヴィクトルの盾へ敵が近づいた。槍を突き出し、盾を押し、その隙間を探してくる。

 火槍は鳴らなかった。

 後ろに三百挺を超える銃があることを、歩兵たちは知っていた。それでも、その銃口は自分たちの正面へ向いていない。

 矢を受けた兵が肩を押さえて下がった。

 代わりの兵が前へ入る。

「火槍は、まだか」

 誰かが言った。

 王都軍の隊長は、振り返らなかった。

「こちらの敵は、こちらで止める」

 剣で前を示した。

「射手へ通すな!」

 盾が押し合った。

 高所の縁へ、敵の兜が現れる。登りかけた男の肩を槍で押し返すと、その横から別の槍が伸びてきた。

 味方の兵が倒れた。

 後ろから腕を掴む者が入り、隣の兵が穴を塞ぐ。

 隊長は、追加で来た四百人の指揮役を呼んだ。

「前の列を替える。右から二十ずつだ。一度に動かすな」

 指揮役が兵を動かした。

 槍を握る腕が疲れた者を下げ、新しい盾を前へ入れる。

 北へ回った敵には、ヴィクトルが向きを合わせた。

 どちらも、高所から追い下りることはしない。

 敵を全て倒すためではなかった。

 その後ろで、アレクが銃を並べる時間を守っていた。

 ◇ ◇ ◇

 アレクにも、北側の声は聞こえていた。

 盾を打つ音。

 負傷者を呼ぶ声。

 槍が届いた時の、短い叫び。

 だが、銃口をそちらへ向ける命令は出さなかった。

 歩兵が既に組み合っている。

 高所の縁を見れば、敵と味方の槍が重なっていた。あそこへ撃てば、守っている兵を巻き込む。

 アレクは、眼下の街道へ目を戻した。

 敵の北寄りで、盾の向きが変わっていた。

 列の端を斜めに折り、高所へ向けようとしている。

 その後ろの兵は、まだ西を見ていた。前の盾が横へ動くと、槍の柄が隣へぶつかり、持つ位置を変える者がいた。

 敵の指揮役が走ってくる。

 手を振り、列を下げようとしていた。

 だが、後ろには別の隊がいる。全員が同じ速さで下がらなければ、前の兵が後ろの盾へ押しつけられる。

「一班、前へ」

 アレクが言った。

 ギルベルトの声が続く。

「一班、前へ!」

 百十二人が進んだ。

 銃口は南東へ向いていた。

 射手の前へ味方の歩兵はいない。街道の西にいるマティアスの軍も、まだ動いていなかった。

 アレクは、北寄りの敵を指した。

「盾を向け直している隊です。奥へ隠れた兵ではありません」

 指揮役が兵へ伝えた。

 敵の弓兵が、こちらへ弓を向けた。

 矢が斜面へ届く。

 一本が射手の前へ刺さり、別の矢は高所の縁を越えて後ろへ落ちた。

「火蓋開け! 構え!」

 ギルベルトが命じた。

 赤い布が上がった。

 アレクは、敵の盾の向こうを見た。

 北へ向け直された盾の間から、槍を持つ兵の肩が見える。横へ移ろうとしていた男が、前の者に遮られて止まった。

「撃て!」

 布が下りた。

 百十二挺が鳴った。

 白煙が高所の縁から流れ、街道の北端で兵が崩れた。

 盾を横へ動かしていた男が倒れ、その盾が隣の兵の脚へ当たる。槍を抱えたまま身を折った者が、後ろの列へ倒れ込んだ。

 前を向いていた兵が、北を見た。

 それを見た西側のマティアスが、剣を上げた。

 まだ進めという合図ではない。

 歩兵たちが盾を構え、いつでも動けるよう列を詰め直す。

 敵は、その動きも見た。

 北を守るために盾を回せば、西から来る歩兵へ横腹を向ける。

 西へ戻せば、また高所から撃たれる。

「一班、火縄上げ! 後退!」

 射手が火縄ばさみを手で上げ、後ろへ下がった。

 その列へ、矢が降った。

 一人が突然、足を止めた。

 首元へ手をやり、銃を持つ腕が下がる。隣の兵が支えた時には、膝から崩れていた。

「運べ!」

 指揮役が叫んだ。

 二人が男の体を引き、別の兵が銃を受け取る。

 ギルベルトは、二班の進む道を空けさせた。

 アレクは一度だけ、運ばれる兵を見た。

 すぐに前へ顔を戻した。

 その男が撃った場所を、ここで取り戻させるわけにはいかなかった。

「二班、前へ」

 百十四人が射撃位置へ入った。

 眼下では、敵の指揮役が後ろの兵を南へ寄せていた。

 北から撃たれる場所を空けようとしている。

 だが、南にも隊があった。盾を抱えて横へ動く者と、西へ向けて槍を構える者がぶつかり、道の北側だけが曲がっていく。

 アレクは、その継ぎ目を見た。

「下がる兵の後ろではなく、今、盾を並べ直しているところへ」

 指揮役が銃口の向きを確かめた。

 ギルベルトが声を張る。

「火蓋開け! 構え!」

 敵の弓は、まだこちらを狙っていた。

 盾兵が射手の脇へ寄り、銃口を塞がない位置で盾を上げる。

 赤い布が下りた。

「撃て!」

 二度目の射撃が、敵の北端へ叩き込まれた。

 並び直そうとしていた盾が倒れ、後ろの兵がそれを避けようとする。倒れた者を跨いだ男が足を取られ、その体へ別の兵がぶつかった。

 指揮役は、旗を下げなかった。

 剣を上げ、立っている者を呼び寄せている。

 それに応じた兵もいた。

 だが、最初に並んでいた場所へ戻る者は少ない。誰もが高所を気にしていた。

 西には、盾を揃えたマティアスの歩兵がいる。

 逃れるために背を向ければ、その歩兵が来る。

 敵の列は、下がるにも向きを変えるにも、隣の隊へぶつかる形になっていた。

「二班、火縄上げ! 後退!」

 二班が下がった。

 その途中で二人が矢を受けた。一人は腕を押さえ、もう一人は脚を引きずっていた。補給の兵が銃を預かり、指揮役が二人を列の外へ導く。

 三班が前へ出た。

 百十二人だった。

 アレクは伝令を呼んだ。

「次で歩兵を入れます。終わるまで待つよう、もう一度伝えてください」

 伝令が走った。

 街道の敵は、北寄りの盾を斜めに重ねていた。

 高所へ向けた守りだった。

 そのため、西へ向ける槍は減っている。

 アレクは、その盾の端を指した。

「正面の端です。南の隊まで、銃口を広げないでください」

 ギルベルトが三班へ命じた。

「火蓋開け! 構え!」

 銃口が揃った。

 北側の歩兵から、また大きな声が上がる。

 敵の反撃は続いていた。

 アレクは赤い布を見た。

「撃て!」

 三度目の轟音が響いた。

 盾の端が崩れた。

 支えていた男が倒れ、後ろの兵が片手で盾を掴もうとして、そのまま引かれる。槍を持つ者が後ろへ下がり、空いた場所へ入ろうとした別の兵も足を止めた。

 敵の北寄りに、列として揃っていない場所ができた。

 アレクは手を下ろした。

「射撃終了。マティアス様へ、前進を」

 伝令が斜面を下りていった。

「三班、火縄上げ! 後退!」

 最後の射手たちが下がる。

 矢を受けた一人が、肩を押さえながら指揮役へ声を掛けた。銃を渡し、自分の足で後ろへ向かう。

 アレクは、次弾の装填を進める一班へ向き直った。

「撃たずに待機です。これから味方が入ります」

 眼下に、敵はまだいる。

 それでも、ここから先へ進むのは銃弾ではなかった。

 ◇ ◇ ◇

 伝令が届く前から、マティアスには敵の変化が見えていた。

 北寄りの盾が、こちらを向いていない。

 高所へ向けていた盾の一部は倒れ、立っている兵も隣の位置を確かめ直していた。

 伝令が駆け込んだ。

「射撃終了です。前進を!」

 マティアスは剣を下ろした。

「進め」

 隊長たちが繰り返す。

 千六百人の先頭が動いた。

 走ってはいなかった。

 足元には、前の戦いから倒れた者も、今の射撃で落ちた盾もある。そこへ勢いだけで入れば、先頭で転んだ兵を後ろが踏むことになる。

「左は、先へ出すぎないように」

 マティアスが命じた。

 北側へ寄った隊が歩調を抑える。

 敵の崩れた一角へ、盾の端が入った。

 正面にいた敵兵が槍を突き出す。

 味方の盾が受け、その後ろから槍が伸びた。敵が引くと、盾兵が半歩前へ進んだ。

 すぐ横では、まだ抵抗が続いていた。

 イグナーツの直属兵が、西へ盾を向け直していた。高所からの射撃が止まった今なら、歩兵へ向き合える。

 その動きは、間違っていなかった。

 だが、北の端には既にマティアスの兵が入っている。

 向き直る場所を失った盾兵が、隣へ寄ろうとしてぶつかった。

「無理に押し潰さなくていい。列を揃えて進むんだ」

 マティアスは、前の兵へ声を掛けた。

「空いたところへ、一人で入らないように」

 兵たちは、盾を離さなかった。

 敵の槍を受け、隣の兵と並び、足元を確かめて進む。

 北寄りの列が、少しずつ東へ伸びた。

 南側に残る敵は、そちらへ盾を向けざるを得なくなる。

 街道を正面から塞いでいた隊が、斜めに押され始めた。

 敵の隊長が、後ろへ兵を呼んだ。

「こちらへ寄せろ! 北を閉じろ!」

 その声へ応じ、槍を持つ兵が動く。

 だが、北へ出ようとした先には、下がってくる味方がいた。

 負傷者を抱えた者。

 盾を失った者。

 高所を見上げたまま、隣の兵へ何かを叫んでいる者。

 その流れを越えて前へ出るには、もう一度隊を分けなければならなかった。

 マティアスは、その間を逃さなかった。

「後ろの隊を、前の右へ入れてくれ」

 待っていた歩兵が進む。

 新しい盾が、先に戦っていた兵の横へ並ぶ。

 敵の中央が、一歩下がった。

 次の一歩では、街道の北側に、味方が通れる幅ができた。

 マティアスは伝令を呼んだ。

「殿下へ伝えてくれ。北寄りを押さえたが、道の東端はまだ確認中だ」

 伝令が走る。

 勝ったと知らせる言葉ではなかった。

 次の兵を通すために、どこまで開けたかを知らせる報告だった。

 ◇ ◇ ◇

 カスパルの先頭の騎兵が、歩兵の間へ入った。

 馬は歩いていた。

 片側には、盾を並べた味方がいる。その向こうでは、敵の槍を受けている。ここで馬を走らせれば、守っている歩兵まで押し倒しかねなかった。

「前を詰めるな」

 カスパルが命じた。

「抜けた者から、外へ寄れ」

 隊長が声を伝える。

 二百騎は、一つの塊で細い道へ突っ込まなかった。前の隊が抜け、道の先へ場所を作ってから、次が続いた。

 カスパルは、東側へ出た。

 街道の幅が戻り、その北には刈られた畑があった。畑と道の間には浅い段差があるが、馬を引き返せないような溝ではない。

 彼は数騎を先へ出した。

「道の先と、北の縁を見ろ。戻る場所も確かめろ」

 騎手が散った。

 南では、まだ敵が戦っている。

 その後ろに、別の隊が前へ出ようとしていた。

 イグナーツの予備だった。

 盾と槍は揃っている。

 だが、街道から下がってくる兵が、その前を横切っていた。

 予備の隊長が、道を空けろと叫んでいる。

 カスパルは、その隊へすぐ突っ込まなかった。

 味方の歩兵が、まだ狭いところを押さえている。自分だけ奥へ入り、後ろを切られれば、東へ出た二百騎が孤立する。

 彼はレオンハルトへ伝令を送った。

「道の先は広がっています。北へ隊を寄せられます。敵の予備は南東、まだ盾を揃えています」

 伝令が戻る。

 その後から、黒獅子の旗が見えた。

 レオンハルトの三百騎だった。

 先頭が道を抜け、カスパルの隊が空けた場所へ出てくる。

 レオンハルトは、目の前の地形を見てから馬を進めた。

 狭い街道の中で、槍を下ろすことはしなかった。

「前を広げろ」

 命令が伝わる。

 騎兵が、隊ごとに横へ寄った。

 歩兵が開けた道の東側で、馬の列が形を変えていく。

 敵の予備の隊長も、その動きを見た。

 こちらへ盾を向けさせる。

 だが、南側にはマティアスの歩兵が近づいていた。北を向けば、西から出てくる歩兵へ横を見せる。

 隊長は、兵を二つに分けようとした。

 その命令を伝える間に、レオンハルトは剣を抜いた。

「カスパル。東を見ろ」

「承知しました」

「こちらは、あの隊を動かす」

 カスパルは頷いた。

 レオンハルトの三百騎が前へ出る。

 一直線に、揃った槍へぶつけるのではなかった。

 敵の予備が向きを変え、列の端を作り直そうとしている方へ寄せる。

 相手が盾を回せば、その外へ。

 槍が追いつかなければ、その間へ。

 敵の隊長が剣を振った。

「北を向け!」

 前の兵が向きを変える。

 後ろの兵は、退いてくる味方に遮られて動けなかった。

 盾の端に、ずれができた。

 レオンハルトは手綱を握った。

 隣の騎兵が並んだことを確かめる。

「続け!」

 馬が駆けた。

 敵の端へ向けて、槍が下がる。

 先頭の敵兵が盾を上げたが、その横へ入る馬を見て体を捻った。隣の槍が遅れ、開いた場所へ味方の槍が伸びた。

 レオンハルトは剣を振った。

 盾の陰から出ようとした男が倒れ、その後ろの兵が退く。

 馬を止めず、開いた場所へ進む。

 後ろから次の騎兵が入った。

 敵の予備が崩れ始めた。

 全員が逃げたわけではない。

 旗の近くには、なお槍を持つ者がいる。馬へ刃を向ける者も、倒れた仲間を引き起こそうとする者もいた。

 味方の騎兵が、一人落ちた。

 別の兵が馬を寄せ、敵の槍との間へ入る。

 レオンハルトはその横を通り、前の旗を見た。

「荷へ寄るな! 兵を見ろ!」

 声を張った。

 捨てられた荷車へ向かう者はいなかった。

 騎兵は、まだ抵抗している隊を見ていた。

 その後ろから、マティアスの歩兵が狭い道を抜けてくる。

 敵は、北から来る馬と、西から来る盾を同時に受けなければならなくなっていた。

 ◇ ◇ ◇

 北側で反撃を続けていた敵の隊長は、後ろから来た声へ振り向いた。

「正面が破られた!」

 伝令の顔には土がついていた。

「街道へ、騎馬が入っている!」

 隊長は、すぐには退けと命じなかった。

 高所の上には、まだ敵の盾がある。

 あと少しで登れると思える場所もあった。

 だが、その少しを進む間に、後ろへ戻る道を塞がれれば、北へ出した兵ごと取り残される。

 彼は高所から視線を外した。

 街道の先で、黒獅子の旗が動いていた。

 見間違いではなかった。

「下がれ! 隊を保て!」

 命令が飛んだ。

 前の兵は、すぐには離れられなかった。槍を突き出したまま後ろへ歩き、盾で相手の一撃を受ける。

 その間に、後ろの者が先に向きを変えた。

 列が伸びる。

 ヴィクトルは、その動きを見た。

「追って走るな」

 兵を止めた。

「盾を進める。離れた者を一人ずつ追うな」

 王都軍の隊長も、同じように列を保たせていた。

 高所を守った兵が、今度は敵の退く場所へ圧力をかける。

 敵は振り返りながら下がった。

 前へ出るために集めた兵を、今度は戻すために並べ直さなければならなかった。

 南側でも、旗が動いていた。

 街道の正面が崩れたことは、そちらからも見えた。

 エイドリアンの千二百人は、敵が街道へ回るのを防ぐ位置にいた。敵が東へ退こうとすれば、盾と槍を向けたまま距離を詰める。

 敵の当主が、伝令へ何かを命じた。

 その伝令は、イグナーツのいるはずの方へ走りかけたが、途中で戻ってきた。

 道に騎兵がいる。

 別の場所では、味方の旗が下がっている。

 戻ってきた伝令の話を聞き、当主はしばらく動かなかった。

 やがて、剣を下ろした。

 前へ出た家臣が、盾を置くよう兵へ伝える。

 エイドリアンは、それを見て歩兵を止めた。

「武器を置いた者へ、槍を向けたまま詰めるな。見張りは残せ」

 兵が足を止める。

 その前で、敵の槍が地面へ置かれた。

 別の隊は、なお東へ退こうとしていた。

 全てが同じ判断をしたわけではない。

 だが、もう一つの命令で北も南も動く軍ではなくなっていた。

 ◇ ◇ ◇

 イグナーツのもとへ、二人の伝令が同時に来た。

 正面を支える兵が足りない。

 北の隊が退き始めた。

 先に話そうとして言葉が重なり、イグナーツが手で止める。

「予備は」

「交戦しております」

「七百を出したはずだ」

「道から戻る兵が入り、隊を広げる前に騎馬が」

 イグナーツは、天幕の外へ出た。

 西に見える旗の位置が変わっていた。

 黒獅子が、街道の先へ出ている。

 その後ろから、歩兵も続いていた。

 自分が選んだ狭い場所は、敵を止める場所ではなく、味方が退く時に詰まる場所になりつつあった。

「馬を」

 イグナーツが言った。

 従者が走った。

 騎士が近づく。

「城へ戻られますか」

「ここで全てを失うわけにはいかん。退く道を開け」

 騎士は一礼し、護衛を集め始めた。

 荷車を待つ余裕はなかった。

 机の上にあった書状が袋へ押し込まれ、別の紙はそのまま残された。従者が旗を外そうとすると、騎士が先に馬へ乗れと命じる。

 イグナーツは鞍へ上がった。

 周囲には、護衛の騎士と従者がいた。

 彼らは東へ向いた。

 その道を進めば、城へ戻れるはずだった。

 ◇ ◇ ◇

 カスパルは、東へ向かう騎馬の一団を見つけた。

 歩兵の列とは違う速さで動いている。

 荷車を伴わず、中央の騎手を囲むように護衛がついていた。

「まだ決めるな」

 カスパルは、隣の騎手へ言った。

「服だけで追う相手を選ぶな。近づいて確かめる」

 二百騎のうち、半分を街道へ先回りさせた。

 残る百騎は、自分とともに進める。

 どちらも、敵の本陣から城へ続く道を押さえるためだった。先へ出た者へは、見えない曲がり角の向こうまで追わないよう伝えてある。

 敵の一団が速度を上げた。

 前方へ味方の騎馬が出たことに気づいたのだろう。

 道を外れ、南へ寄ろうとする。

 カスパルは、その進路へ馬を向けた。

 逃げる騎手の一人が剣を抜いた。

 こちらの先頭へ向かってくる。

 カスパルは、その刃を正面から受けようとはしなかった。横へ寄り、隣の騎兵に槍を向けさせる。

 敵の馬が逸れた。

 騎手は踏みとどまったが、後ろの護衛が詰まった。

 その中で、従者が叫んだ。

「伯爵閣下、こちらへ!」

 カスパルの目が、中央の男へ向いた。

 護衛が、男の前へ馬を入れる。

 その動きが、誰を守っているかを示していた。

「囲め! 奥まで追い散らすな!」

 カスパルが命じた。

 街道を押さえた百騎が向きを変える。

 残る百騎は、道の南側から圧力をかけた。

 敵の護衛が槍を向ける。

 何人かは、なお抜けようとした。

 味方の馬へ斬りつけた騎士が、横から来た槍を避けて身を捻る。その間に、別の味方が馬の前へ出た。

 敵の騎手が手綱を引いた。

 馬が首を上げ、後ろの馬へぶつかりかける。

 全員が、一度に駆け抜ける幅はなかった。

 カスパルは伝令を呼んだ。

「殿下へ。伯爵と思われる者を囲んだ。護衛がその名で呼んでいる。まだ抵抗がある」

 伝令が走った。

 カスパルは剣を上げた。

「逃げ道を残すな。だが、勝手に近づいて刺すな!」

 兵が間隔を詰めた。

 敵の一人が、剣を落とした。

 その音に、隣の騎士が顔を向ける。

 カスパルは、中央の男を見ていた。

 男も、こちらを見返していた。

 ◇ ◇ ◇

 レオンハルトが来た時、抵抗している護衛は少なくなっていた。

 落馬した者は兵に押さえられ、剣を置いた者は馬から下ろされている。

 まだ手綱を握る者もいたが、前も横も塞がれていた。

 カスパルが馬を寄せる。

「中央の男です」

 レオンハルトは、その顔を見た。

 男は、鞍の上で背を伸ばしていた。

 外套には土がつき、片方の手袋がなかった。

「イグナーツ」

 レオンハルトが呼んだ。

 男の顎が、わずかに上がった。

「殿下」

 周囲の兵が、二人を見た。

 レオンハルトは、自分の兵へ命じた。

「生かして捕らえろ。聞かねばならんことがある」

 騎兵が進み出た。

 イグナーツの近くにいた護衛が、剣を持ち直しかける。

 レオンハルトの隣で、槍が向けられた。

「下ろせ」

 レオンハルトは言った。

「その者を守るために、ここで死ぬ必要はない」

 護衛は、イグナーツを見た。

 イグナーツは何も言わなかった。

 やがて、剣が下がった。

 兵が手綱を取り、イグナーツを馬から下ろした。

 腰の剣が外される。

 手首へ縄を掛ける兵の動きを見ながら、イグナーツが口を開いた。

「東部の秩序を守るために」

「話は、聞く」

 レオンハルトが遮った。

「誰が何を命じたか、一つずつな」

 それ以上、言葉を重ねなかった。

 町が燃えていた。

 城へ辿り着いても、ルーカスは出てこなかった。

 待っていた者の言葉も、その時の声も、忘れてはいない。

 目の前の男は、生きていた。

 剣を握れば、届く距離にいる。

 レオンハルトは、鞍の上で手を開いた。

 その手を、剣の柄へは戻さなかった。

「書状と荷を押さえろ。捨てた物も、場所を確かめて拾え」

 カスパルへ命じる。

「護衛も従者も分けて置け。話を合わせる暇を与えるな」

「承知しました」

 カスパルが兵を呼んだ。

 イグナーツは、縄を掛けられた手を下ろしていた。

 東へ続く街道は、目の前にある。

 だが、もう自分の命令でそこを進むことはできなかった。

 ◇ ◇ ◇

 イグナーツが捕らえられたという知らせは、すぐに全軍へ届いたわけではなかった。

 北側には、まだ槍を揃えて退く隊がいた。

 南では、武器を置く者の確認が続いている。

 マティアスは、敵本陣へ近づきすぎた歩兵を止め、隊を整え直させていた。

 勝ったからといって、離れた場所の敵まで武器を捨てたとは限らない。

「各隊へ知らせてくれ」

 マティアスは伝令へ言った。

「伯爵を捕らえた。ただし、見張りはそのまま続けるように。武器を置いた者と、まだ持っている者を混ぜないことも伝えろ」

 伝令が分かれて走る。

 ロベルトのもとへも、捕虜を受け入れる知らせが届いた。

 後方に残した兵が縄を張り、負傷者を運ぶ道と分ける。武器をまとめる場所へ、最初の敵兵が連れてこられた。

 泣いている者も、黙って地面を見ている者もいた。

 ロベルトは、名と所属を確かめる者を呼んだ。

 逃げた兵を数えるだけではなかった仕事が、今は、武器を置いた兵を分ける仕事に変わっていた。

 ◇ ◇ ◇

 高所へ、味方の伝令が登ってきた。

「イグナーツを捕らえました」

 アレクは、その言葉を聞いて顔を上げた。

 近くにいた射手も、伝令を見た。

「殿下は」

「御無事です。カスパル様の兵が退路を押さえ、殿下が捕縛を命じられました」

 アレクは息を吐いた。

 だが、すぐには兵を座らせなかった。

 眼下の街道には、まだ槍を持つ敵が見える。味方の歩兵がその外側に立ち、隊ごとに武器を置かせていた。

 ギルベルトが戻ってきた。

「一班百十一、二班百十二、三班百十一。三百三十四人、装填を終えて待機しております」

 アレクは頷いた。

 今回撃ったのは、三百三十八発。

 負傷した者も、倒れた者も、自分の射撃を終えてから矢を受けていた。

「下がった四人は」

「三人は手当てを受けています」

 ギルベルトは、そこで少し言葉を切った。

「一班の者は、亡くなりました」

 アレクは、兵が運ばれた方を見た。

 高所の後ろには、布を掛けられた体があった。

 先ほどまで、銃を持って立っていた場所も分かる。

 アレクは口を結んだ。

「名を、後で教えてください」

「はい」

「今は、残った兵を見てください。勝ったと聞いて、持ち場を離れる者が出ないように」

 ギルベルトが一礼した。

 アレクは銃口の向く先へ戻った。

 敵の指揮官を捕らえた。

 それでも、その知らせだけで全ての槍が下がるわけではない。

 最後に誰かが倒れることのないよう、見ていなければならなかった。

 ◇ ◇ ◇

 報告が揃い始めた頃、レオンハルトは敵本陣の跡へ戻った。

 イグナーツは別の場所へ連れていかれていた。

 見張りをつけ、護衛や従者とも離してある。

 マティアスが、損耗をまとめた紙を持ってきた。

 北側の歩兵は四人が戦死し、十七人が戦列へ戻せない傷を負った。

 正面へ進んだ歩兵は七人が戦死、二十九人が負傷して離脱。

 南側では一人が戦死し、五人が下がった。

 騎兵は六人が戦死、十八人が負傷して戦えなくなっている。

 火槍隊は一人が戦死し、三人が負傷した。

 今回の損耗は九十一人だった。

 戦える人員は六千三百一人。歩兵五千九十、騎兵の人員八百七十七、火槍兵三百三十四となっていた。

 レオンハルトは、途中で報告を止めなかった。

 最後まで聞いてから、負傷者を運ぶ順序を確かめる。

「敵の傷を見ている者も、足りなければ増やせ。武器を置いた後で、放って死なせるな」

 ユリウスが伝令を呼んだ。

 王都軍の指揮官が進み出た。

「北の隊は、持ち場を保ちました」

「ああ」

 レオンハルトは答えた。

「そのために、火槍を街道へ向けられた」

「正面の兵も、射撃の終了を待って進みました。混ざった隊で、命令が二つに分かれることはありませんでした」

 マティアスが頷いた。

「隊長たちが、隣の隊を見てくれました。あそこで誰かが走れば、後ろを止めるだけでも難しくなっていたでしょう」

 指揮官は、少し離れた場所にいるアレクへ目を向けた。

「火槍が崩した場所へ、こちらの兵が入りました」

 アレクは一礼した。

「北側を守っていただいたので、狙った場所へ撃てました」

 指揮官は頷いた。

 王都軍が来た時のように、相手が何を考えているかを探るための視線ではなかった。

 それぞれの兵が、何をしたかを知っている。

 そのうえで、相手の役目を認める言葉だった。

 レオンハルトは、三人を見た。

「兵へ伝えろ。どこから来たかではない。今日、何を守り、どこを開いたかをな」

 マティアスが答えた。

「各隊へ伝えます」

 ◇ ◇ ◇

 日が傾く頃には、街道を塞いでいた敵の旗が下ろされ始めていた。

 北から退いた隊の一部も、武器を置いた。

 逃れた者を全て捕らえたわけではない。城へ戻った兵がいるかどうかも、これから確かめなければならなかった。

 だが、イグナーツが集め、命令を送っていた本隊は、もうこの場所で戦いを続けられない。

 レオンハルトは、東へ続く道を見た。

 その先には、まだ城がある。

 門を開かせ、兵を解き、各地で何があったかを調べる必要があった。

 勝ったという知らせだけで、焼かれた町が戻るわけではない。

 アレクが近づいた。

 高所に残した火槍隊は、見張りと交代の指示を受けている。今すぐ全員を下ろさず、味方の歩兵が街道を押さえ終えるまで待たせていた。

 レオンハルトはアレクへ顔を向けた。

「兵を休ませろ。下げる順は、マティアスと合わせておけ」

「はい」

「銃も見ろ。次に使う時まで、壊れたまま抱えさせるな」

「ギルベルトと確かめます」

 アレクは答えた。

 レオンハルトの視線が、捕虜を集める方へ動いた。

 イグナーツの姿は、ここからは見えなかった。

「殿下」

 アレクは呼びかけてから、言葉を選んだ。

「ルーカス様のことを、聞かれるのですね」

 レオンハルトは、しばらく答えなかった。

 風が街道の土を動かした。

 やがて、低く言った。

「聞く」

 それだけでは終わらなかった。

「誰が命じ、誰が従い、誰が止めなかったのか。あの町で終わった者たちの名も、確かめる」

 アレクは頷いた。

 レオンハルトは剣へ触れなかった。

 その剣は、既に鞘へ戻されていた。

 目の前の男を斬るためなら、抜けば済んだ。

 だが、聞かなければならないことは、イグナーツ一人の命よりも多かった。

 西では、兵が負傷した仲間を荷車へ乗せていた。

 東では、武器を置いた敵が、自分の名を告げていた。

 レオンハルトは、その両方を見た。

「ここで終わりにはせん」

 声は、近くにいたアレクへだけ届いた。

 街道の先で、黒地の旗が風を受けた。

 金の獅子の下を、味方の伝令が東へ走っていった。

第二十六話を読んでいただき、ありがとうございました。

火槍隊が崩した正面を歩兵が押し開き、騎兵がその先へ進みました。それぞれの働きが重なり、イグナーツを捕らえるに至りました。

しかし、レオンハルトには、まだ確かめなければならないことが残っています。


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