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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第二十四話 王の軍勢

お読みいただき、ありがとうございます。

戦いを終えた陣へ、王都から知らせが届きます。

イグナーツ本隊との戦いを前に、レオンハルトたちの軍が新たな形を取り始めます。

 朝になっても、戦場から運び出される者は途切れなかった。

 荷車が一台、畑の脇へ寄せられた。兵が荷台へ布を敷き、その上へ負傷者を横たえる。歩ける者は道の端を進み、座り込んでいた者には、迎えに来た家臣が肩を貸していた。

 ロベルトは、荷車の前で御者へ行き先を伝えていた。

「その城までだ。向こうの家臣に引き渡してから戻れ。途中で別の荷を頼まれても、今は受けるな」

 御者が頷き、手綱を取った。

 少し離れた場所には、五つの家の旗が並んでいた。

 戻った兵は六百七十二人。全員がすぐ故郷まで歩けるわけではなく、まず近くの城や宿営地へ分けて運ぶことになっていた。各家の家臣が付き添い、誰をどこへ送ったかを記録する。

 まだ見つかっていない二十五人については、捜す場所を分けた。捕虜の中で名を確かめる者も、倒れた兵を一人ずつ見る者もいる。

 ロベルトは、書記から渡された紙へ目を通した。

「見つからない者を、勝手に死んだことにするな。別の家の荷車へ乗せられているかもしれん」

「引き渡した先へも、名を送っております」

「なら、その返事を待て。帰った数と、運んだ数を別々に書いて、同じ兵を二度数えることのないようにな」

 書記が紙を抱えて戻っていった。

 アレクはその横を通り、火槍隊の集まる場所へ向かった。

 兵たちは銃を抱え、指揮役の前へ並んでいた。補給の荷車から、一発筒を収めた荷が下ろされている。戻された空筒を確かめる者と、補充する分を渡す者は、別の場所に座っていた。

 ギルベルトが、アレクへ気づいて歩み寄った。

「戦列へ戻せる者は、三百四十人です」

「昨日から、具合の悪くなった者は」

「今のところ報告はありません。ただ、肩や腕を痛めている者には、荷を持たせすぎないよう伝えています」

 アレクは頷いた。

 矢傷を負った者だけが疲れているのではない。銃を抱えて進み、撃ち、後退して装填し、また前へ出た。歩兵の陰にいれば、何もせずに済むわけではなかった。

「火縄は、長さだけでなく状態も見てください。銃に気になるところがあれば、今のうちに」

「指揮役から集めております」

 ギルベルトが、一人の兵を呼んだ。

 男は銃を抱えたまま進み出て、木台の一か所を示した。アレクが顔を寄せると、擦れた跡があった。すぐに使えなくなるような割れではなかったが、運ぶ際に強くぶつけたという。

「次に同じところへ力がかかれば、傷が広がるかもしれません。見てもらいましょう」

 兵が不安そうに銃を見た。

「私の扱いが」

「隠されたまま戦場へ出る方が困ります。今、分かってよかったのです」

 アレクは銃を預かる者を呼んだ。

 その間にも、補給の列は進んでいた。弾薬箱の中を確かめ、足りない一発筒を受け取った兵が、次の者へ場所を譲る。

 勝った翌朝だった。

 だが、三百四十人が再び同じように動けるかどうかは、勝ったという事実だけでは決まらない。

 アレクが次の指揮役を呼ぼうとした時、西の街道から騎馬が来た。

 見張りの兵が前へ出る。騎手は速度を落とし、懐から書状を取り出して何かを告げた。

 やがて、ユリウスが天幕から出てきた。

 騎手の服を見たアレクは、手を止めた。

 王都で見た兵と、同じ仕立てだった。

 ◇ ◇ ◇

 先触れは、レオンハルトの前で片膝をついた。

「国王陛下の御命令により、東部へ派遣された軍より参りました」

 差し出された書状をユリウスが受け取り、印を確かめてから渡す。

 レオンハルトは紙を開いた。

 マティアスが隣へ立ち、読み終えるのを待つ。アレクも呼ばれて天幕へ入ったが、入口に近い場所で足を止めた。

「三千か」

 レオンハルトが言った。

「はい。兵と荷を分けず、こちらへ向かっております」

「今は、どこだ」

 先触れが宿営地の名を告げた。

 ユリウスが地図へ指を置く。王都から一直線に走ってきたのではなかった。西の街道を進み、補給を受ける場所を確かめながら、軍全体を東へ運んできている。

「道に大きな支障がなければ、明後日には」

「こちらの戦の結果は聞いたか」

「街道の見張りから、勝利されたと伺いました。まだ、詳しくは」

 レオンハルトはマティアスへ書状を渡した。

 派遣の日付は、昨日の戦いより前だった。

 東部の諸侯が王の退去命令に従わず、レオンハルトの軍へ兵を向けたとの報告を受けて、国王は出兵を命じていた。勝利を確かめてから寄越された軍ではない。

 マティアスが書状から顔を上げた。

「向こうが動き始めた頃には、既に王都を出ていたのですね」

「ああ」

 レオンハルトは先触れへ向き直った。

「道中、兵を減らすようなことは」

「敵との交戦はございません。詳しい人員は、指揮官より到着時に御報告いたします」

「分かった。急いで荷を捨ててこいとは言わん。進む道は、こちらから案内を出す」

 ユリウスが頷いた。

 先触れへ食事を取らせるよう兵に伝え、返書を書くため机へ戻る。

 レオンハルトは地図を見た。

 東へ逃れた敵はいる。捕らえた指揮官もいる。だが、その先にいるイグナーツは、まだ本隊を持っていた。

「カスパルへ知らせろ。見張りは続ける。だが、逃げた兵を追って、遠くまで入り込むな」

「追跡の騎兵を、いったん交代させます」

 マティアスが答えた。

「馬の具合も確かめられます」

「そうしろ。追うべき相手を間違えるな。イグナーツは、まだ兵を持っている」

 アレクは地図の東側へ目を向けた。

 昨日倒れた旗の向こうにも、戦う相手が残っている。

 その相手へ向かう前に、三千人が加わる。

 レオンハルトは、天幕の外で続いている荷車の音を聞いていた。

「来るまでに、後ろを整える。運ぶ者を運び、残す兵を決めろ」

 勝った勢いのまま、全員を走らせる命令ではなかった。

 マティアスが、手元の紙を開いた。

「今、こちらで戦える人員は三千七百十四人です。帰還した諸家の兵は、この中へ加えておりません」

「返すと言った兵だ。そのまま返せ」

「はい。城と道の守りも、分けてまとめます」

 レオンハルトは頷いた。

「王都から来る兵にも、着いてすぐ槍を持たせて走れとは言わん。休む場所と水を用意しておけ」

 ユリウスの筆が動いた。

 アレクは、自分たちの補給場所を地図で確かめた。

 新しく来る三千人を迎えれば、荷車も、馬も、食べる者も増える。火槍隊だけの場所を考えていれば済む話ではなくなっていた。

 ◇ ◇ ◇

 王都軍が姿を見せたのは、先触れの告げた日の昼を過ぎた頃だった。

 最初に見えたのは、街道を確かめる騎馬だった。

 その後ろへ、旗と槍の列が続く。

 アレクは道を空けた兵の脇に立ち、西から来る軍勢を見ていた。隊と隊の間には距離があり、前の兵が止まっても、後ろがそのまま押し寄せないようにしている。

 歩兵の盾は形が揃っていた。

 使い込まれていないわけではない。縁に傷のあるものも、革を継いだものも見える。だが、持つ位置と歩く速さが揃っているため、列全体が一つの流れに見えた。

 道を間違えて立ち止まる者はいなかった。

 ユリウスの出した案内役が分かれ道に立ち、各隊の指揮者へ行き先を示している。歩兵が宿営地へ入り始めると、後ろの荷車は別の場所で止められた。

 水場の周囲には、先に縄が張ってあった。

 人と馬を同じ場所へ一度に寄せないためだった。

 ロベルトが、荷駄を預かる者と話している。書状を見せ合い、どの荷を今日開くか、どれを次の行軍まで積んだままにするかを確かめていた。

 アレクのそばで、火槍兵の一人が小さく息を吐いた。

「まだ来ますね」

 街道の向こうには、次の旗が見えていた。

 その兵の後ろにも荷車がある。

 アレクは頷いた。

 三千という数は、軍議で聞いていた。

 それでも、実際に目の前を通る兵を見れば、紙に書かれた数字とは違った重さがあった。

 レオンハルトのいる場所へ、騎馬の一団が近づいた。

 先頭の男が馬を下りる。

 鎧の上から外套を掛け、腰の剣は外していなかった。従者へ手綱を渡した後、レオンハルトの前まで歩いて一礼する。

「陛下の命により、三千を率いて参りました」

 声は明瞭だった。

 親しげに笑いかけることも、長旅を誇ることもない。

 レオンハルトも馬を下りていた。

「道中、支障はなかったか」

「車軸を直した荷車がございますが、荷は別の車へ移しております。兵は揃っております」

「まず休ませろ」

「その前に、陛下の御命令をお伝えいたします」

 指揮官が合図すると、従者が書状を差し出した。

 周囲には、マティアスとユリウス、各隊の指揮者が集まっていた。陣へ来ている諸侯も、少し後ろに立っている。

 指揮官は印を示した後、紙を開いた。

 東部で王命に背いて兵を動かす者を鎮めること。

 命に従う諸侯と、その領内の民を保護すること。

 そして、派遣軍は現地の情勢を知るレオンハルトの作戦指揮に従い、東部平定に当たること。

 読み上げが終わると、しばらく誰も口を開かなかった。

 アレクは王都軍の指揮官を見た。

 その男は書状を畳み、レオンハルトへ向き直った。

「陛下より預かった軍です。現地の作戦について、殿下の御指揮に従います」

 レオンハルトは短く頷いた。

「受ける」

 指揮官が一礼した。

 だが、それだけで場の空気が和らいだわけではなかった。

 王都軍の後ろに控える騎士たちは、レオンハルトの配下を静かに見ている。こちらの隊長たちも、すぐに声を掛けようとはしなかった。

 以前から、ともに戦うことを待ち望んでいた者同士ではない。

 王命が届いたからといって、それまでの距離まで消えるわけではなかった。

 レオンハルトは、両側へ並ぶ者たちを見た。

「王都から来た兵も、ここまで戦ってきた兵も、王の命で戦う者だ。どちらかだけに血を流させるつもりはない」

 指揮官の目が、わずかに上がった。

「着いたばかりの兵を、疲れたまま前へ出すことはせん。こちらも昨日の戦で傷を負っている。まず互いに、何人を動かせるか確かめる」

「承知いたしました」

「軍議には、兵と荷を預かる者を連れてこい。戦場へ着いてから、食わせる物がないとは言わせん」

 指揮官は、今度ははっきりと頷いた。

 レオンハルトが身を引くと、道が開いた。

 王都軍の騎士が一人、配下の隊長へ向かって歩く。宿営地の場所を尋ねる声が聞こえ、こちらの隊長が腕で方角を示した。

 最初に交わされたのは、戦いへの誓いではなかった。

 兵をどこへ休ませるかという、今日必要な話だった。

 ◇ ◇ ◇

 軍議の机には、二つの記録が並べられた。

 マティアスがまとめた現有兵力と、王都軍の名簿だった。

「王都からは騎兵三百、歩兵二千七百です」

 指揮官が告げた。

「荷駄の御者や従者は含めておりません」

 マティアスが自分の紙と合わせる。

「こちらは歩兵二千七百七十三、騎兵の人員六百一、火槍兵三百四十です。合わせて六千七百十四人になります」

 ただし、と言って、マティアスは別の紙を示した。

「騎兵には、兵は無事でも馬を失った者がおります。人の数だけで、全員を騎馬の突撃に使えるとは考えておりません」

「替えの馬は、こちらにも連れております」

 王都軍の指揮官が答えた。

「全てを渡せるわけではありませんが、必要な頭数と状態を確かめましょう」

「お願いします。使える馬を揃えてから、騎馬で出す人数を決めます」

 レオンハルトは二人の話を聞いてから、地図へ手を置いた。

「全員は連れていかん」

 マティアスが頷く。

「捕虜と負傷者、それに、この先へ荷を送る拠点を守るため、歩兵三百を残します」

「誰を出す」

「こちらから二百。王都軍から百をお願いしたいと考えております。こちらの二百には、この周辺を見てきた者を入れます」

 指揮官は地図を見た。

「百を残すことはできます。荷駄との連絡役もつけます」

「では、合わせて三百。留守を預かる指揮役を一人に定め、双方の兵へ先に伝えておきましょう」

 マティアスは紙へ書き加えた。

 前へ向かう人員は六千四百十四人となる。

 レオンハルトは、王都軍の指揮官へ顔を向けた。

「昨日まで戦っていた相手について、聞いているか」

「リートベルク方面から退いた軍を破られたと」

「その軍と、フェルゼンから出た増援だ。イグナーツ本人ではない」

 マティアスが地図へ二つの印を置いた。

「約三千と約千八百が合流していました。合わせて四千八百ほどです。その中から五家の兵が帰還し、残る軍を崩しました」

「全て捕らえたわけではないのですね」

「はい。旗を保って退いた隊もあります。向こうの本隊へ戻った者もいるはずです」

 指揮官は地図の東側を見た。

「本隊の数は」

「増援を出した後で、四千五百ほどと聞いております」

 ユリウスが答えた。

「捕らえた指揮官と、別に確かめた兵の話です。ただし、現在の数を斥候が直接数えたものではありません。そこへ敗残兵が戻ります」

「なら、四千五百を全てと思わぬことだな」

 レオンハルトが言った。

「戻った者が何人、槍を持てるか。それを確かめる」

 地図へ新しい大きな印を足すことはしなかった。

 数が分からないからといって、逃げた者の全てを、そのまま敵本隊へ加え直してよいわけでもない。

 王都軍の指揮官は、隣に立つアレクへ目を向けた。

「新型火槍は、三百四十と伺いました」

「はい」

「左右へ分け、両側の歩兵を助ける使い方はできますか」

 アレクは地図の前へ進んだ。

「今は、まとめて使いたいと考えています」

 指揮官は返答を待った。

 アレクは、中央へ置かれた味方の印を指した。

「分ければ、それぞれへ指揮と補給をつけ、歩兵の守りも用意しなければなりません。左右で敵との距離が違えば、撃つ時も、動かす時も別になります」

「そのための兵は、今なら出せます」

「はい。ですが、今いる射手で一度に崩せる敵の厚みまで、増えるわけではありません」

 指揮官がアレクを見た。

 アレクは目を逸らさなかった。

「火槍隊はまとめて使います。正面の一か所を崩し、そこへ歩兵を進めてください」

 天幕の中で、誰かが姿勢を変えた。

 アレクは続けた。

「敵が崩れても、私たちだけではそこを押さえ続けられません。進んだ歩兵が場所を取り、残った敵を退けてくだされば、火槍隊も次の位置へ移れます」

「撃ったところへ、歩兵を入れる」

「射撃が終わってからです。敵が倒れたのを見て先に走られると、次の班が撃てません」

 指揮官は地図から目を上げた。

「三班で替わると聞きました」

「はい。今は百十三、百十四、百十三です。撃つ班が替わっても、同じ正面へ向けます」

「歩兵が進む合図は、銃声ではないのですね」

「私から連絡します。進むと決まった場所へ味方が入った後は、そこへ撃ち続けません」

 王都軍の指揮官は、しばらく地図を見ていた。

 それから、後ろにいた騎士を呼んだ。

「前へ出す歩兵の隊長を集めろ。射手の指揮役と、兵を通す場所を確かめさせる」

「はっ」

 騎士が天幕を出た。

 指揮官はアレクへ向き直る。

「火槍が鳴れば、敵が退くと聞いている兵もおります。その音だけで追わぬよう、こちらからも伝えます」

「お願いします」

「そちらも、前へ出る時は知らせてください。盾の列を閉じたまま、射手を後ろへ置くことのないようにします」

 アレクは頷いた。

 マティアスが、双方の指揮役を見た。

「それぞれの兵は、それぞれの隊長が動かしてください。戦場で別の隊へ直接声を掛けて、二つの命令を聞かせることのないようにしましょう」

 レオンハルトが地図から手を離した。

「今、確かめられることは今やれ。敵の槍の前で、どちらの命令か相談するな」

 アレクは一礼して下がった。

 三百四十人をどう動かすかという話だった。

 しかし、その三百四十人が開けた場所へ、今度は王都から来た歩兵も進む。

 自分の声が届く者だけを見ていればよい戦ではなくなっていた。

 ◇ ◇ ◇

 天幕の外へ出ると、ヴィクトルが待っていた。

「通ったようだな」

「まだ、これからです」

 アレクが答えると、ヴィクトルは王都軍の宿営地を見た。

 兵たちは食事を取っていた。兜を脇へ置き、足の布を巻き直している者もいる。

「同じ敵へ向かうのに、先にこちらの動きを覚えてもらわねばならんとはな」

「こちらも、あの方たちの動き方を知りません」

「それはそうか」

 ヴィクトルは口元を緩めた。

「盾を開けと言っても、どれだけ開けるかで違う。狭ければ射手が詰まるし、広すぎれば敵が入る」

「今日、指揮役だけでも歩いて確かめたいです」

「俺も行く。昨日まで通していた側の話ならできる」

 二人が火槍隊の場所へ向かうと、ギルベルトが王都軍の隊長と話していた。

 地面には、兵の立つ位置を示すための小石が置かれている。

 王都軍の隊長が、石と石の間へ足を入れた。

「ここを射手が通るのか」

「はい。撃ち終えた班が下がる場所は、その横へ取ります」

 ギルベルトが答えた。

「同じところへ、次の班を入れません。前へ出る者と戻る者がぶつかります」

 隊長は後ろを振り返り、連れてきた兵を呼んだ。

 数人が盾を持って並ぶ。

 ギルベルトは射手の指揮役へ、前へ出る道を歩かせた。銃声も煙もない場所で、誰がどこを通るかだけを確かめる。

 途中で一人が止まった。

 盾の端と、隣の兵の肩が近すぎた。

 王都軍の隊長が、すぐに手を上げる。

「そちらへ半歩。隣も合わせろ」

 盾が動いた。

 指揮役が抜けると、今度はヴィクトルが外側へ立った。

「開けたままにはしない。射手が下がる時には、その後ろを受けられるようにしておく」

 隊長が頷いた。

 アレクは横から見ていた。

 戦場なら、ここへ矢が来る。

 敵を見た兵が前へ寄り、負傷した者が道へ倒れることもある。小石を並べたとおりに動けるとは限らなかった。

 それでも、初めて顔を合わせた者同士が、何も知らぬまま並ぶよりはよい。

 アレクは王都軍の隊長へ声を掛けた。

「下がる射手の後ろへ、追う敵がついてきた場合は、射撃より先に盾で受けていただくことがあります」

「その時は、こちらが出る」

「はい。ですが、受けた後に追うなら、知らせてください。敵と味方が離れたと思って、次の班を前へ出させることがあります」

 隊長は一度考え、答えた。

「こちらの伝令を一人、そちらの指揮役につけよう。それなら、歩兵が動く時に伝えられる」

「助かります」

 ギルベルトがその男の顔を確かめた。

 軍を合わせるとは、兵の数を書き足すだけではなかった。

 誰が知らせ、誰が受け取り、どこまで進んで止まるのか。

 その一つずつを決める間にも、西の街道からは最後の荷車が入ってきていた。

 ◇ ◇ ◇

 夕方、諸侯の一人がレオンハルトを訪ねてきた。

 昨日、自分の旗の下で兵を迎えた男だった。

 今日は、帰還した隊長ではなく、領内の道を預かる家臣を連れている。

「殿下に、お使いいただきたい道がございます」

 男は机へ地図を広げた。

 新しく描いた山道ではなかった。ユリウスの地図にも載っている街道だったが、これまでは通る先の領主が、どちらへ従うか分からなかった。

「我が領内の、この区間です。関所と荷を置く倉がございます」

「イグナーツへ送る荷を通していた道だな」

 レオンハルトが言った。

 領主は頷いた。

「そのとおりです」

 言い訳を加えなかった。

「今後、あちらへ兵糧も飼葉も渡さぬよう命じます。殿下の軍には、関所を開きます。案内も出します」

 ロベルトが地図へ寄った。

「荷車が通れる幅は」

「普段から穀物を運んでおります。ただ、この坂では、二台が並ぶことはできません」

 同行した家臣が指を置く。

 坂を抜けた先には、道が広がる場所があるという。水を取れる場所と、荷車を止める場所も示された。

 カスパルが、家臣へ問いかけた。

「先へ出た騎馬が、そのまま戻れる道か。途中で行き違えない場所は」

 家臣は坂の曲がり角を示した。

 カスパルは頷き、別の細い道とのつながりを確かめた。

 レオンハルトは領主を見ていた。

「こちらへ兵を返せと言うだけではないのか」

 領主は、両手を体の前で揃えた。

「兵を返していただきながら、殿下だけを戦わせるわけには参りません」

「道を開けば、向こうにも知られる」

「承知しております」

「俺の軍が通り過ぎた後に、使者が来るかもしれん。閉じろと命じられれば、どうする」

 男の指が一度動いた。

 隣の家臣は、主君の返答を待っていた。

「従いません」

 領主は答えた。

「昨日、我が兵は、私の命令を信じてあちらの陣を出ました。その者たちを迎えておきながら、今度は恐ろしいからと道を閉じれば、私はもう、何を命じても信じてもらえません」

 レオンハルトはしばらく男を見た。

 それから、倉を示す印へ視線を落とす。

「中の物を、全て寄越せとは言わん」

 領主が顔を上げた。

「城の兵と民が冬を越す分まで抜くな。出せる量を調べ、ロベルトへ渡せ」

「はい」

「城を空にするな。戻った兵には、まず休む場所を与えろ。こちらへ役立つために、帰った翌日から全員を走らせる必要はない」

 男は深く頭を下げた。

 ロベルトが、同行した家臣を呼んだ。

 領内の倉と荷車の数を確かめるため、二人で別の机へ移る。

 ユリウスは関所へ送る命令書を書き始めた。領主自身の印を押し、誰が道を使い、どこまで案内するかを明記する。

 アレクは、その様子を見ていた。

 昨日は、向こうの陣にいる兵を返してほしいと願っていた男だった。

 今日は、自分の城と街道を差し出している。

 奪われたのではなかった。

 戻された兵を見た後で、自分で決めて持ってきたものだった。

 ◇ ◇ ◇

 道を確かめた騎兵が戻ると、行軍の順序が決められた。

 新しく開かれた街道へ、全軍を押し込むことはしない。正面の道も使い、荷と兵が一か所へ詰まるのを避ける。

 ただし、敵本隊の近くまで別々に進むつもりもなかった。

 マティアスは二つの道が近づく場所へ印を置いた。

「ここで合わせます。先に着いた隊も、この先へは進ませません」

 王都軍の指揮官が、距離を確かめた。

「こちらの隊へも伝えます。荷が遅れた場合は、先に知らせましょう」

 アレクは坂の出口を指した。

「火槍隊は、この道を使えます。ただ、出口を確かめる前に、射手だけを先へ入れたくありません」

「狭い場所で敵に押さえられれば、並べられんな」

 レオンハルトが言った。

「はい。前の数人しか撃てないまま、後ろが坂に残ります。荷車まで続いていれば、下がる場所もなくなります」

 カスパルが地図を引き寄せた。

「先に見てくる。出口だけでなく、横から近づける場所もな」

「その後で歩兵を入れます」

 マティアスが続けた。

「兵を並べる場所を押さえてから、火槍隊と荷を通しましょう。先行する隊の人数は、道の報告を合わせて決めます」

 レオンハルトが頷いた。

「騎馬も勝手に追い越すな。先へ出たいからと荷車を押しのければ、後ろが止まる」

 命令を受けた者が、それぞれの隊へ戻っていく。

 アレクは地図の上で、自分たちが進む道をもう一度たどった。

 兵が増えたからこそ、速く動かすだけでは済まない。

 三百四十挺が到着しても、射手が坂の中へ細長く並んでいるだけなら、その数を同時に使えなかった。

 戦う場所へ、戦える形で入れる。

 今、自分が求められているのは、そのための判断だった。

 ◇ ◇ ◇

 イグナーツの前に並べられた報告は、同じ数を示していなかった。

 ある騎士は、戻ってきた兵を全て数えていた。

 別の者は、武器を持つ者だけを報告している。負傷して座り込んだ兵も、槍を捨てて逃げてきた者も、最初の記録には一緒に書かれていた。

「戻った者の数を聞いているのではない」

 イグナーツは紙を机へ置いた。

「今、列へ入れられるのは何人だ」

「八百ほどです」

 答えた騎士の声は低かった。

「盾と槍を揃え直せる者も含めております。それ以外は、負傷者と、所属を確かめている者が」

「分けておけ」

 イグナーツは言った。

 四千八百を合わせて向かわせた軍が、そのまま戻ってきたわけではなかった。

 各家の旗へ帰った兵がいる。戦場へ残された者も、別の道へ逃れた者もいる。戻っただけで再び前へ出せると考えれば、命令を出した時に数が足りなくなる。

 増援を送り出した後、手元へ残していた本隊は約四千五百。

 そこへ、今動かせる八百ほどを加える。

「五千三百か」

 イグナーツが呟いた。

 騎士が頷いたところで、次の伝令が入ってきた。

「王都軍が到着しました」

 室内の者が顔を向けた。

「どこへ」

「レオンハルト殿下の陣へ。三千と聞いております。旗だけではありません。歩兵と騎兵、荷車も入っております」

 イグナーツは椅子の背から体を離した。

 伝令は続けた。

「西から来た者の報告です。陣が広げられ、水場にも兵が配置されています」

「国王が寄越したのか」

「そのように」

 誰もすぐには言葉を継がなかった。

 レオンハルトの軍だけが、東部へ踏み込んできたのだと言い続けることは難しくなっていた。王の名を持つ書状に続き、王都から軍そのものが来た。

 さらに、代官が別の紙を差し出した。

 届くはずだった兵糧が、関所で止められている。

 道を預かる領主が、イグナーツ側への引き渡しを認めなかったという。

 その家の名を見て、イグナーツの指が止まった。

 兵の帰還を求めていた家だった。

「黒獅子には通すのか」

 代官は答えるまでに間を置いた。

「案内の者を出したと」

 イグナーツは紙を伏せた。

 待てば兵が増えるとは、もう言えなかった。

 待つ間に、届く荷が減る。

 使える道が減る。

 手元に残る諸侯まで、戻った兵を見た隣の家へ使者を出し始めるかもしれない。

 騎士の一人が口を開いた。

「城へ集め、守りを固めては」

「城の外を、誰に渡す」

 イグナーツが尋ねた。

「ですが、野であの火槍を受ければ」

「広い野で、あの筒と正面から撃ち合う必要はない」

 地図を広げた。

 レオンハルトの軍が来る方角から、城へ至る街道を指でたどる。途中で道が狭まり、その両側へ低い起伏が続く場所があった。

 荷車が道を外れれば、すぐには戻せない。

 歩兵なら上がれる場所も、騎馬を横一列に並べて進める地形ではなかった。

「ここを押さえる」

 イグナーツは言った。

「向こうが六千を持ってきても、一度に六千を並べられねば同じではない」

 騎士たちが地図へ近づいた。

「筒を前へ出す場所を与えるな。こちらの盾も、一つの塊に寄せるな。道の両側へ兵を置き、どちらを向けても、もう一方が動けるようにする」

「先に兵を出しますか」

「ああ。道を確かめる者を出せ。置く隊は、持ち場を見てから決める。本隊も続く」

 城へ籠もるための命令ではなかった。

 増えた敵を、広い土地で迎えるための命令でもない。

 イグナーツは、もう一度、兵糧の止まった関所の名を見た。

「黒獅子に、全て選ばせるな」

 騎士が一礼して出ていった。

 その後ろから、伝令たちも走り始めた。

 ◇ ◇ ◇

 出発の朝、陣の中には、残る者と進む者の列ができていた。

 捕虜を預かる兵は武器を確かめ、負傷者を運ぶ荷車は西へ向けられる。前へ進む荷車とは、出す順序を分けてあった。

 ロベルトは留守を預かる者へ最後の紙を渡した。

「新しく来た荷を、古い帳面へそのまま足すな。どちらへ出したかを残せ。俺が戻ってから、全部どこかへ運んだと言われても困る」

 相手が頷いた。

 少し離れた場所では、王都軍の兵がこちらの兵とともに見張りを交代していた。

 残る三百人の中には、昨日まで別々の陣にいた者がいる。

 マティアスはその指揮役へ、伝令を送る場所を確かめてから馬へ向かった。

 アレクは火槍隊の前に立っていた。

 一班百十三。

 二班百十四。

 三班百十三。

 指揮役の声を聞き、ギルベルトが頷く。

 兵は所属を消されたわけではない。レオンハルトの兵も、マティアスの兵も、アレクの直属隊もいる。その者たちが、今は同じ順序で歩き、同じ合図で前へ出る。

 その隣を、王都軍の歩兵が通った。

 昨日、盾の間隔を確かめた隊長がアレクを見つけ、軽く顎を引く。

「道の先で会おう」

「はい」

 短い言葉だった。

 それでも、初めて天幕へ入った時より、相手の顔が分かるようになっていた。

 レオンハルトが馬上から軍を見た。

 西から来た兵。

 ここまで戦ってきた兵。

 諸侯が出した兵。

 同じ宿営地へ集まっただけで、全てが一つになったわけではない。

 前へ出れば、それぞれの隊長が自分の兵を守ろうとする。疲れた者が遅れ、命令を聞き違える者も出るだろう。

 だからこそ、どこで合わせ、誰の命令で動くかを決めてある。

 ユリウスが、最後の伝令を送り出した。

 カスパルの騎兵は既に先へ出ていた。道案内の家臣を伴い、坂の出口と、その外側へ回れる場所を確かめる。

 レオンハルトはマティアスへ目を向けた。

「行くぞ」

「はい。後続も、順に出します」

 旗が動いた。

 先頭の歩兵が街道へ入り、その後ろへ次の隊が続く。

 アレクも歩き始めた。

 火槍隊の列は途切れず、補給の荷がその後ろを進んだ。前を行く歩兵の盾が、朝の光を受けていた。

 昨日の敵本陣に立った旗は、今度は東へ向かっている。

 その先にいるのは、友の町へ兵を向け、諸侯の兵を返さず、なお軍を集めている男だった。

 レオンハルトは一度も西を振り返らなかった。

 王都から来た三千人も、同じ方角へ進んでいた。

第二十四話を読んでいただき、ありがとうございました。

兵が増えても、それだけで一つの軍として動けるわけではありません。アレクたちと王都軍は、次の戦いに向けて連携を確かめました。

一方、イグナーツも迎え撃つ場所を選びます。東部平定へ向けた戦いは、いよいよ本隊同士の対決へ進みます。


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