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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第二十話 黒獅子の進路

グレンツベルクに守りの兵を残し、レオンハルトたちは街道の奪還へ向かう。

その一方で、盟約へ預けた兵を取り戻したい諸侯も動き始めていた。

 翌朝、グレンツベルクの広場には、濡れた木と灰の臭いが残っていた。

 アレクが通りへ出ると、兵が焼け落ちた梁へ縄を掛けていた。昨日は火のために近づけなかった家だ。道へ倒れかけた壁の前には見張りが立ち、荷を取りに戻ろうとする者を止めている。

 広場の端では、湯気の立つ鍋を囲んで人々が並んでいた。椀を受け取っても、その場を離れない子供がいる。後ろから来た女が肩へ手を置くと、ようやく歩き出した。

 アレクは道を空け、城へ向かった。

 門の脇には、昨日までなかった板が立てられていた。手当てを受けている者の名と、家族を探している者の名が分けて書かれている。文字を読めない領民へ、家宰の手伝いをする男が一つずつ読み上げていた。

 城の広間へ入ると、マティアスが家宰と話していた。

「倉を開ける者は、引き続きそちらで決めてください。兵を置く場所はこちらからお伝えします」

「承知いたしました」

「物資を受け取る際も、記録を残してください。こちらが持ち込んだものと、町から取り戻したものを混ぜないように」

 家宰は頷いた。目の下に深い隈があったが、手にした紙を取り違えないよう、指を挟んで分けている。

 その隣に、フェリックスが座っていた。

 机には領民の名簿が広げられていた。少年は筆を持たず、書かれた名を見つめている。家宰が別の紙を重ねようとすると、小さく手を伸ばした。

「こちらは、まだ」

「後で確かめましょう」

「父上が、名前を」

 言いかけたまま、声が止まった。

 フェリックスの指が紙の端を押さえた。マティアスはその手を見てから、少年のそばへ椅子を寄せた。

「なくさないように、ここへ置いておこう」

 名簿を閉じず、机の奥へ移す。

「少し、食べられたか」

 フェリックスは首を横へ振った。

「水は」

「いただきました」

「そうか」

 マティアスは家宰へ目を向けた。

「そばに付いていられる方は」

「古くから仕える者がおります。今、食事を取りに」

「では、その方にお願いしましょう。あなたも、交代で休んでください」

 家宰は答えかけ、唇を閉じた。やがて、深く頭を下げる。

 アレクは入口の近くで立ち止まった。フェリックスがこちらを見たので、静かに会釈した。

「アレク様も、行かれるのですか」

 少年が尋ねた。

 アレクは近づき、机から少し離れた場所で足を止めた。

「殿下と一緒に、道を取り戻しに行きます」

「また、兵が来ますか」

「来させないために、こちらにも守る兵を残します」

 絶対に来ないとは言えなかった。

 フェリックスは廊下へ目を向けた。両親のいる部屋は、そちらだった。

 マティアスが少年の肩へ手を添えた。

「この城のことも、家宰と話している。そなた一人で決めなくてよい」

 少年は頷いた。

 アレクは、何かを約束しようとしてやめた。代わりに一礼し、広間を出た。

 門の外では、火槍隊の兵が並び始めていた。肩へ担いだ銃の位置を直し、隣の者と間を空けている。

 その脇を、伝令の騎馬が駆けていった。

 蹄の音が遠ざかっても、兵たちはまだ歩いていた。

◇ ◇ ◇

 ギルベルトは、兵の列を端から確かめていた。

「九十三人。出られます」

 アレクが近づくと、報告した。

「昨日、負傷した二人は」

「こちらへ残します。一人は腕、もう一人は足です。今朝も診てもらいましたが、行軍へ戻すのは早いと」

「分かりました」

 アレクは列へ目を向けた。

 百人から出発したわけではなかった。自領に四人を残し、リートベルクで一人、昨日の町で二人が戦列を離れた。

 顔を知る兵がいなくなった場所を、数字だけで埋めることはできない。

「一班から三班まで、三十一人ずつに組み直しております」

「隊長たちには」

「伝えてあります」

 ギルベルトが答えた時、荷車を引く馬が首を振った。御者が手綱を持ち直し、前の車へ近づきすぎないよう止める。

 アレクは馬を見ていた。

「ギルベルト」

「はい」

「兵の中で、馬に乗れる者が何人いるか、後で確かめておいてください」

 ギルベルトの視線が戻った。

「乗れる者を、どちらかへ出すのでしょうか」

「今すぐではありません。歩かせる程度なのか、長く乗って移動できるのかも知りたいです」

「承知しました」

 ギルベルトは、少し間を置いて尋ねた。

「火槍を持ったまま、ですか」

 アレクは頷いた。

「兵を馬へ乗せられれば、道へ着くまでの時間を縮められないかと」

 口にすると、簡単な話に聞こえた。

 だが、馬を用意するだけでは済まない。乗り慣れない兵を急がせれば、落ちる者も出る。馬を下りた後、誰が手綱を持つのか。射撃の音に驚いて逃げれば、帰る足を失うことになる。

 ギルベルトは荷車の馬へ目を向けた。

「銃声を聞いても逃げない馬が要ります」

「はい」

「兵も、馬から下りてすぐ並べるとは限りません」

「それも、確かめなければなりません」

 アレクは答えた。

 マティアスから騎馬隊の話をされた時には、百人の火槍兵を減らせないと考えていた。今も、それは変わらない。

 ただ、火槍を持つ兵と、馬に乗る兵を、初めから別々に考える必要があるのか。

 昨日から、そのことが頭を離れなかった。

「今回は、いつもどおりに動きます。兵へ急なことをさせるつもりはありません」

「分かっております」

 ギルベルトは列の方へ向き直った。

「出発の支度が済んだ者から、聞いておきます」

 アレクは礼を言い、自分の馬へ向かった。

 乗れば、一人で先へ行ける。

 だが、先へ運びたいのは自分だけではなかった。

◇ ◇ ◇

 軍議は、城外に張った天幕で開かれた。

 レオンハルトの前には、周辺の街道を記した地図がある。昨夜のうちに戻った斥候が、道の分かれ目へ小さな石を置いていた。

「こちらに、五百から六百ほどおります」

 斥候が言った。

「城と町から逃れた兵も、そこへ入ったようです。旗は、昨日まで周囲の道を押さえていた隊のものと重なります」

「新しく来た軍ではないのだな」

 マティアスが尋ねる。

「大きな軍列が北から入ったところは、見ておりません」

 レオンハルトは石の置かれた場所を見た。

 グレンツベルクから東へ進む街道と、北へ折れる道が交わっている。荷を一時置くための建物があり、井戸もあった。

 そこを敵に押さえられたままでは、リートベルクへ送る荷も、戻ってくる使者も、遠回りを強いられる。

「リートベルクの方は」

「昨夜届いた報告では、正面の敵は宿営地を保っています」

 ユリウスが答えた。

「三千ほどという見立ても、大きくは変わっておりません。こちらの留守を預かる隊長へ、追わずに道を守るよう、改めて伝えてあります」

 レオンハルトは頷いた。

 フェルゼンへ向かう道は、まだ先だった。町を焼いた指揮官を処刑しても、命じて兵を集めた者は残っている。

 だが、その者だけを目指して進めば、後ろの町がまた襲われる。

「まず、ここを取る」

 レオンハルトは分かれ道へ指を置いた。

「リートベルクとつなぎ直す。その先へ進む兵を集めるのは、道を使えるようにしてからだ」

 マティアスが手元の紙を開いた。

「こちらに残すのは二百人。歩兵百五十人と、火槍兵五十人です」

 火槍兵は、レオンハルトとマティアスに属する二百人から分ける。アレクの直属九十三人は、そのまま先へ向かわせることになっていた。

「城と負傷者、捕虜を預かる者を分けます。家宰からも、領内を案内できる者を付けていただきました」

「捕虜の武器は」

「別の建物へ移しました。負傷している者も分けております」

「町の者へ見張りを丸投げするな」

「承知しております」

 マティアスは続けた。

「進めるのは、騎兵三百九十四、歩兵千三百十三、火槍兵二百四十三。合わせて千九百五十人です」

 アレクは火槍隊の配置を確かめた。

 自分の九十三人に、残る百五十人が加わる。町へ置く五十人にも隊長を付け、弾薬と予備の火縄を分けて渡してあった。

「この人数で、フェルゼンまで押すわけではありません」

 マティアスが五人へ言った。

「目の前の敵を退かせても、勝手に先へ出ないように。取り戻した道を、後ろの兵と荷が通れる状態にする」

 ロベルトが地図を見た。

「荷置き場を焼かれると、井戸が残っても使いにくくなります」

「だから、そちらにも働いてもらう」

 マティアスが答える。

 レオンハルトは剣帯へ手を置いた。

「フェルゼンには行く」

 誰も顔を上げたまま動かなかった。

「だが、俺たちが通った後を、また荒らされては意味がない。今日は道を取る。取った道は渡さん」

 天幕の外から、出発の支度が整ったと声が掛かった。

◇ ◇ ◇

 町を出る時、道の脇に領民が立っていた。

 声を掛ける者は少なかった。兵がいなくなることを心配しているのか、ただ行き先を見ているのか、アレクには分からない。

 城門には、残留する盾兵が並んでいた。その後ろで、火槍隊の隊長が新しい見張りの位置を確かめている。

 家宰がレオンハルトの前へ進み、一礼した。

 レオンハルトは馬を止めた。

「知らせは、残した隊長へ渡せ。そちらから俺たちへ送らせる」

「ありがとうございます」

「足りぬものもだ。遠慮して、後から困るな」

 家宰は唇を引き結び、もう一度頭を下げた。

 レオンハルトは城の窓へ目を向けた。

 フェリックスの姿は見えなかった。

 そのまま手綱を動かし、東へ続く道へ馬を進めた。

 隊列は急がせなかった。先行する騎馬が曲がり角を確かめ、歩兵と荷車が続く。道端の低い所には夜露が残り、車輪の跡へ水が溜まっていた。

 昼前、カスパルの兵が戻った。

 敵は分かれ道から引いていない。荷置き場の前へ丸太を運び、道の西側に盾を並べているという。

 レオンハルトは、先頭を低い丘の陰で止めた。

 後続へも停止の知らせが送られる。

 アレクは馬を下り、ギルベルトとともに丘の脇へ出た。

 街道の先に、屋根の低い建物が三つ見えた。その前を横切るように丸太が置かれ、槍の穂先が並んでいる。

 右手は浅い溝のある畑だった。左手には草地が広がり、その端を北へ通じる道が延びていた。

 カスパルが戻ってきた。

「正面に四百ほど。後ろの建物と北の道へ、百五十ほどです」

「弓は」

 アレクが尋ねた。

「正面の盾の後ろにいる。数えられたのは六十ほどだが、建物の陰にもいるかもしれん」

 ヴィクトルは右の畑を見ていた。

「正面へ詰めれば、あの溝で足が止まる」

「左の草地なら、広がれます」

 アレクが言った。

「ただ、そちらへ出ると、北の道から寄られます」

「そこは俺が見る」

 カスパルが答えた。

 レオンハルトは三人の話を聞いてから、マティアスへ向いた。

「配置を」

 マティアスが隊長を呼んだ。

 ヴィクトルには盾兵と槍兵四百人。エイドリアンには二百五十人を付け、左へ回ってくる敵を受けさせる。

 ロベルトの百五十人は道沿いで待たせ、前が開けば荷置き場へ入る。残る歩兵五百十三人と、直属ではない火槍兵百五十人は、マティアスが後方に控えさせた。

「アレクは、ヴィクトルの左へ」

「はい」

「カスパルは百騎で北の道を見ろ。敵の後ろまで抜けようとして、見えない所へ入るな」

「承知しました」

 レオンハルトは近衛へ顔を向けた。

「俺には百二十騎。残る騎馬は、後ろと周囲の見張りを続けろ」

 兵が分かれていく。

 敵の建物の前で、角笛が鳴った。

 こちらが来るまでに、丸太を重ね終えるつもりだったのだろう。木を引いていた兵が縄を放し、盾の後ろへ走った。

 レオンハルトは、それを見ていた。

「支度の途中で悪いが、退いてもらうぞ」

◇ ◇ ◇

 敵へ使者を出した。

 国王の退去命令と、グレンツベルクから兵を引く要求を伝える。昨日、城と町で戦っていた隊が敗れ、指揮官が捕らえられたことも告げた。

 敵は使者を近づけなかった。

 丸太の向こうで旗が動き、兵が左右へ分かれる。弓を持った者たちが前へ出てきたため、護衛が使者の馬を下げさせた。

「退去するつもりは、ないようです」

 戻った騎士が報告した。

「返答は」

 マティアスが尋ねた。

「こちらこそ兵を引けと。リートベルクの軍と離れたままなら、挟まれることになると言っております」

 レオンハルトは北東へ目を向けた。

 脅しだけとは限らない。

 それでも、ここで引けば、敵はまた道を塞ぐ。

「前へ」

 短い命令が渡った。

 ヴィクトルの盾兵が歩き始めた。アレクの直属隊は、その左後ろへ続く。

 最初の矢が落ちたのは、草地へ出る手前だった。

 盾へ当たる音が重なり、一人の兵が首をすくめた。ヴィクトルは列の前を見たまま、声を掛ける。

「止まるな。上ではなく、前を見ろ」

 盾の列が進んだ。

 アレクは、その後ろで射撃位置を見定めた。敵の弓兵は丸太の手前まで出ている。だが、前にはまだ味方の盾があり、その隙間から撃つつもりはなかった。

「ここで分けます」

 ギルベルトへ伝える。

「一班を左へ。二班はその後ろ、三班は道側を見てください」

「承知しました」

 ギルベルトが兵へ向いた。

「弾薬箱開放許可! 一発取れ! 装填!」

 兵が弾薬箱を開き、一発筒を取り出した。

 アレクは前を見続けた。装填を急がせる声は出さない。射撃位置へ動く順番と、盾兵が寄る場所を確かめる。

 ヴィクトルの側へ出した伝令が戻ってきた。

「左を空けます。ただし、敵の槍兵が出てきた場合は、その場で受けると」

「分かりました」

 ギルベルトが声を上げた。

「一班、装填状況!」

「一班、装填完了!」

 二班、三班からも返答が届いた。

 敵の弓兵が、また弦を引いた。

 矢が落ちる。

 右後ろで誰かが呻いたが、アレクは振り返らなかった。運ぶ者を呼ぶ声があり、すぐに足音が続いた。

「一班、前へ!」

 三十一人が左へ出た。

 味方の盾兵は右へ寄り、アレクの前から射線を空ける。敵の弓兵の胸と、弓を持つ腕が見えた。

「火蓋開け! 構え!」

 ギルベルトの声で銃口が上がる。

 赤い布が掲げられた。

 敵の一人が、こちらを指した。隣の兵が矢を取る手を止め、盾の方へ身を引こうとする。

 アレクは前を確かめた。

 味方はいない。

「撃て!」

 赤い布が振り下ろされた。

 三十一挺の轟音が重なり、白煙が草地へ吹き出した。

 弓を引いていた兵が後ろへ倒れた。隣の男が顔を押さえ、膝をつく。さらに奥で、盾を持つ兵が肩から崩れ、後ろの者とぶつかった。

 残った弓兵が丸太へ向かって走った。

 狭い隙間へ同時に戻ろうとして、一人が転ぶ。助け起こそうとした兵まで、後ろから押されてよろめいた。

「一班、火縄上げ! 後退!」

 兵が火縄ばさみを上げ、下がり始めた。

 その向こうで、敵の隊長が剣を振った。

「今だ! 詰めろ!」

 槍兵が丸太の脇から走り出した。

 射撃の後に間があることは、向こうも知っていた。

◇ ◇ ◇

 敵の槍兵は、火槍隊だけへ真っ直ぐ向かってきたわけではなかった。

 一部がヴィクトルの盾兵へ寄り、その左を別の一団が抜けようとしていた。盾兵を動けなくし、下がる火槍兵へ横から取りつくつもりだった。

「左だ!」

 ヴィクトルが叫んだ。

 味方の槍が下ろされる。

 敵の先頭が盾へぶつかった。木が鳴り、押された兵の踵が土を削る。

 アレクは一班を止めなかった。

 決めていた後退路は、盾兵の列とは離れている。戻った兵から後ろへ回り、次の装填に移っていた。

「二班、前へ!」

 装填済みの三十一人が進んだ。

 敵の左端は、まだ味方の槍兵と触れていない。草地を回り込み、こちらへ近づいていた。

「正面ではありません。左へ出てきた兵を」

 アレクが示す。

 ギルベルトが命令を伝え、兵の向きを揃えた。

「二班、火蓋開け! 構え!」

 赤い布が上がった。

 敵の槍兵が足を緩めた。目の前に、もう別の銃口が並んでいる。

 後ろの兵は止まらなかった。

「進め!」

 声に押され、先頭が槍を突き出すようにして走った。

「撃て!」

 布が下りた。

 白煙の中へ、槍の穂先が跳ね上がった。

 先頭の男が胸を反らして倒れ、その脇を抜けようとした兵が足を取られる。盾を持っていた者が腕を下げ、後ろへよろめいた。

 走っていた列が、そこで潰れた。

 後続は倒れた仲間を避け、左右へ広がろうとした。しかし片側にはヴィクトルの槍兵がいる。もう片側にも、新たな火槍兵が出てきていた。

 三班だった。

 まだ一度も撃っていない三十一挺が並ぶのを見て、敵の足が止まった。

「二班、火縄上げ! 後退!」

 ギルベルトの号令が響く。

 アレクは三班へ、撃つ命令を出さなかった。

 敵が止まったところへ、ヴィクトルが盾兵を押し出していた。槍先の向こうに、味方の兜が見え始める。

「待ってください。前に味方が入ります」

 ギルベルトが同じ命令を繰り返した。

 敵の隊長は、なお兵を前へ出そうとしていた。だが、槍を向ける者より、後ろを振り返る者が増えていた。

 その時、左の奥で角笛が鳴った。

 北の道から、別の敵兵が出てきた。

◇ ◇ ◇

 カスパルは、百騎を街道へ並べていなかった。

 北へ折れる道を見通せる場所に一部を置き、残りは草地の起伏を使って控えさせていた。道の先へ進みすぎれば、建物の陰から槍を向けられる。

 敵の後ろにいた百五十人ほどが動いた時、すぐに伝令を出した。

「マティアス様へ。北の兵がこちらへ出ます。槍兵が主です」

 敵はカスパルの騎馬を追い払おうとしていた。

 正面の味方が火槍を受けている間に、横へ回る騎馬まで置かれては、後ろの道を使えなくなる。

 槍を揃えた一団が進んできた。

 カスパルは剣を抜いたが、突撃を命じなかった。

「少し下がる。走らせるな」

 馬を引く。

 敵の槍兵が歩みを速めた。

 こちらが退いた分だけ、建物との間が開いていく。だが、カスパルはそれ以上深く誘わなかった。

 右から、エイドリアンの隊が見えた。

 盾兵と槍兵二百五十人が、草地の端へ進んでくる。

「ここで止める!」

 エイドリアンが命じた。

 先頭の盾が並び、その後ろから槍が突き出された。

 敵兵が足を止める。

 騎馬を追っていたはずが、正面に歩兵がいた。

 戻ろうとすれば、カスパルの馬が横へ動く。だが、踏みとどまっている間にも、街道の方から味方の退く声が聞こえていた。

 カスパルは伝令へ向いた。

「殿下へ。北の兵は、こちらを向いています。建物との間が開きました」

 伝令が走った。

 カスパルは剣を下げず、敵の槍先を見た。

 自分の役目は、この兵をここへ向かせておくことだった。

◇ ◇ ◇

 レオンハルトは、報告を受ける前から草地の動きを見ていた。

 正面では、ヴィクトルが敵を丸太へ押し戻している。

 北の兵は、エイドリアンとカスパルへ向き直った。

 その二つの間に、道ができていた。

「アレクへ知らせろ。建物の西側を通る」

 近くの伝令へ命じる。

「こちら側へ撃たせるな」

 馬の向きを変えた。

 近衛百二十騎が続く。

 アレクのもとへ知らせが届くと、火槍隊は銃口を下げた。三班は撃たずに控え、一班と二班も次の命令を待つ。

 味方の伝令が戻り、腕を上げた。

 レオンハルトが剣を抜いた。

「続け」

 近衛は、敵の槍が正面へ揃っている場所を避けた。

 草地を斜めに進み、二つの敵部隊の間へ入る。馬の足が速まるにつれ、敵の声が変わった。

「横だ!」

 槍兵が振り返る。

 隣の者と向きが揃わない。

 前をヴィクトルに押されていた兵は、後ろへ動こうとして丸太へぶつかった。

 レオンハルトは、その列の端へ向かった。

 槍が一本、馬の前へ出た。

 剣で外へ払い、馬を寄せる。相手が身を引いた場所へ、続く近衛が入った。

 盾が横へ倒れた。

 敵兵が丸太を越えようとして、片脚を引っ掛ける。その背へ、後ろから逃げてきた兵がぶつかった。

「道を空けろ!」

 敵の隊長が叫んだ。

 だが、そこへ集まった者たちは、もう同じ方へ動いていなかった。

 レオンハルトの剣が、振り向いた男の剣を打った。相手の腕が開き、近衛の槍が脇から向けられる。

 男は剣を落とした。

「伏せていろ!」

 レオンハルトは止まらず、荷置き場の前へ馬を進めた。

 正面の敵が崩れたのを見て、北の槍兵も退き始める。

 カスパルは、そこへ馬を寄せた。

 敵は槍を向け直す。しかし、後ろからエイドリアンの歩兵が進んでいた。

 隊長らしい男が周囲を見回し、剣を鞘へ戻した。

 その動きを見て、近くの兵が槍を置いた。

 さらに二人、盾を落とす。

 カスパルは剣を上げたまま命じた。

「武器から離れろ! 走るな!」

 逃げた兵を、全員捕まえたわけではなかった。

 建物の裏から東の道へ抜けた者がいる。畑へ入り、低い場所を伝って姿を消した者もいた。

 レオンハルトは近衛を遠くまで追わせなかった。

 荷置き場の前で馬を止め、剣を持つ腕を下げた。

「道を押さえろ。建物の中を確かめる」

 勝った場所を、今度は守る場所へ変える命令だった。

◇ ◇ ◇

 ロベルトが荷置き場へ入った時、裏手で荷車が一台動きかけていた。

 御者が鞭を持っている。その横では、兵が袋を荷台へ投げ上げていた。

「止めろ!」

 ロベルトの槍兵が道へ出た。

 御者は手を止めた。

 兵は袋を放し、腰の剣へ触れたが、左右から来る盾を見て指を離した。

「中に、ほかの兵は」

 ロベルトが尋ねた。

 返事が遅れたので、入口へ二人を向かわせる。

「出てこい。武器は中へ置け」

 建物の奥で音がした。

 やがて、一人の男が両手を見せて出てきた。

 その後ろから、もう二人が続く。

 荷置き場には穀物と飼葉が積まれていた。空になった樽もあったが、火を掛けられた跡はない。

 ロベルトは井戸を調べる者と、荷の印を確かめる者を分けた。

「この袋は、どこから持ってきた」

 捕らえた兵へ尋ねる。

「知らん。運べと言われただけだ」

「受け取った者は」

 男が建物の中を見た。

 机の上に、紐で束ねた紙が残っていた。

 ロベルトは手を伸ばしかけ、兵へ言った。

「ユリウス殿を呼べ。紙は、このままにしておけ」

 外では、丸太を動かす作業が始まっていた。

 逃げる敵が押し倒した荷車もあり、街道はまだ広く使えない。前へ出た兵を横へ寄せ、後続の荷駄は丘の陰で待たせた。

 アレクは火槍隊を集めていた。

 一班と二班が一度ずつ撃ち、使った弾は合わせて六十二発。三班は発射していない。

 ギルベルトが各班の報告を受け、装填を終えた銃と、弾薬箱の中に残る一発筒を分けて確かめた。

「火槍隊に負傷者はおりません」

「不調の銃は」

「今のところ、ありません。もう一度見ます」

「お願いします」

 アレクは兵の顔を見た。

 汗を拭う者もいれば、まだ敵のいた方角を見ている者もいた。

 撃たずに終えた三班の兵が、一班の仲間へ水を渡していた。

 少し離れた場所では、ヴィクトルが膝をついていた。

 布を掛けられた兵が二人、横たえられている。

 アレクは近づいた。

 ヴィクトルは顔を上げた。

「矢を受けた。一人は、前へ出る途中だ」

 その声は、戦っていた時より低かった。

「ほかの怪我人は」

「運んでいる」

 ヴィクトルは立ち上がった。

 兵へ何かを命じようとして、先にアレクを見た。

「そちらは」

「全員、動けます」

「そうか」

 短く答え、盾兵の方へ向き直る。

 アレクは布の端を見た。

 見えていた靴に、まだ濡れた土が付いていた。

◇ ◇ ◇

 夕方までに、道は荷車を通せるようになった。

 マティアスのもとへ集まった報告では、歩兵二人が死に、七人が戦列へ戻せない傷を負っていた。騎兵にも一人、馬を下りて手当てを受ける者が出た。

 先へ動かせる兵は、千九百四十人になった。

 敵の死者は、その時点で四十一人が確認されていた。捕らえた者は二百八十六人。そのうち六十七人が負傷している。

 逃げた兵の数は、まだ分からない。

 カスパルは見張りを遠くへ出したが、暗くなる前には戻すと伝えていた。

「リートベルクへ、知らせを出します」

 ユリウスが言った。

「道を取り戻したことと、こちらの位置を。向こうからも見張りを進めてもらい、間を確かめます」

「敵の三千が動けば、すぐ知らせろと伝えろ」

 レオンハルトが答えた。

「こちらの勝ちを聞いて、勝手に追い始めるなともな」

「承知しました」

 ロベルトは、荷置き場で見つかった紙を並べていた。

 どこの家から穀物が来たか。馬の飼葉を何束受け取ったか。返すはずの空樽を、誰が持っているか。

 軍の命令書だけではない。

 兵を養うために、諸侯が出した荷の記録だった。

「この家は、まだ向こうへ荷を送っています」

 ロベルトが一枚を示した。

「ですが、今日来た使者は、兵を返してほしいと」

 アレクが尋ねた。

「使者が来たのですか」

「後ろの陣へ。近くの領主からです」

 マティアスが答えた。

 レオンハルトは紙を取った。

「自分の兵がいるから、食わせる荷を止められぬのだろう」

「はい。使者も、そのように申しております」

「呼べ」

 レオンハルトは紙を戻した。

「何を求めるのか、本人から聞く」

◇ ◇ ◇

 天幕へ入ってきた家臣は、剣を預けていた。

 外套の裾には泥が付いている。案内の兵に促されると、レオンハルトの前で膝をついた。

「当主の書状を、お持ちしました」

 差し出された封を、ユリウスが受け取る。

 レオンハルトは印を確かめ、開いた。

 盟約への参加を取りやめること。

 預けた兵へ帰還を命じたこと。

 しかし、隊長へ命令が届いたか確かめられず、使者も戻っていないことが記されていた。

「何人を預けた」

「百二十人です」

「手元には」

「領内の見張りと城の兵を合わせて、五十ほど」

 家臣は顔を上げた。

「主は、ご用意できるものをすべて差し出すと申しております。穀物も、馬も、荷車も。兵も、出せる者を連れて参りたいと」

「こちらへか」

「はい」

 家臣の手が、膝の上で握られた。

「自分の兵を取り戻すために、殿下だけを戦わせることはできぬと」

 レオンハルトは書状を読み直した。

 マティアスは、家臣の顔を見ていた。

「ご当主は、グレンツベルクのことをご存じですか」

「逃れてきた者から聞きました」

 家臣の声が低くなった。

「その後、殿下からの使者も。主は、城へ人を集めております」

「兵を送るためにか」

 レオンハルトが尋ねた。

「領民を守るためにです」

「なら、その兵は残せ」

 家臣が口を開きかけた。

 レオンハルトは書状を机へ置いた。

「すべて出して、次にそなたの城が空になっては困る。領地を守る兵と、食わせる分は残せ。その上で、出せるものを知らせろ」

「ですが、それではわずかな数に」

「数だけを聞いているのではない」

 レオンハルトは家臣を見た。

「預けた百二十人は、そなたの顔を知っているか」

 家臣は瞬きをした。

「存じております。私も、城の兵を預かっておりますので」

「隊長は」

「父の代から仕える者です」

「その者へ、帰れと命じたのだな」

「はい」

「なら、その命令をもう一度書かせろ。誰へ出す命令か、隊長の名も入れる。ご当主の印を押したものを持ってこい」

 ユリウスが書き留めた。

 レオンハルトは続けた。

「家の紋章を入れた旗もだ。出せる兵がいれば、その旗を持たせろ。そなたのように、向こうの兵が顔を知る者を付ける」

 家臣は黙って聞いていた。

 やがて、レオンハルトの意図を測るように、顔を上げる。

「こちらで、旗を掲げるのでしょうか」

「ああ」

 レオンハルトが答えた。

「そなたたちの兵へ見せる」

◇ ◇ ◇

 翌日、街道の先から来たのは、敵の増援だけではなかった。

 領主が一人、少数の供を連れて陣へ入った。

 その後に、別の家の使者が来た。

 取り戻された道を確かめるため、近くまで来ていた者たちだった。レオンハルトの所在を聞くと、そのまま会うことを求めた。

 申し出は、少しずつ違っていた。

 兵糧ならすぐ出せるという家。

 荷車を送るため、護衛を付けてほしいという家。

 城を守る兵しか残っていないが、自分だけでも同行したいという領主もいた。

 共通していたのは、盟約へ出した兵を戻したいということだった。

 レオンハルトは、一人ずつ話を聞いた。

 兵を帰せと命じたなら、その書状を見せる。

 これから命じるなら、今、当主の名で書く。

 誰の兵を何人預け、どの隊長が率いているのかを、曖昧にしたままにしない。

 マティアスは、その横で役目を分けていた。

 荷を集める話はロベルトへ回す。通行を求める道はユリウスが確かめる。連れてきた兵の数と装備は、エイドリアンが受け取った。

 申し出られた人数を、そのまま軍の数へ加えることはしなかった。

 城に残す兵を引けば、半分にもならない家がある。馬があると言っても、畑仕事に使うものと、騎兵が乗るものは同じではない。

 それでも、陣の外へ荷車が一台ずつ増え始めた。

 アレクが水を受け取る場所を通ると、見慣れない紋章の兵が並んでいた。

 古い盾を持つ男と、槍の柄を新しく替えた若い兵だった。二人とも、火槍隊の肩にある長い銃へ目を向けている。

 その後ろには、布で包まれた旗竿があった。

 昨日までは、敵の側へ送られていたかもしれない旗だった。

◇ ◇ ◇

 昼過ぎ、レオンハルトの前で、一人の領主が深く頭を下げた。

「百人を預けました」

 声が掠れていた。

「今、連れてこられたのは十二人です。あとは、領地の守りを抜かなければ」

「十二人でよい」

 レオンハルトが答えた。

「その十二人に、百人を取り返してもらう」

 領主が顔を上げる。

「戦わせるのでしょうか」

「そなたの兵と、いきなり槍を交えさせるつもりはない」

 レオンハルトは、机へ広げられた命令書を見た。

「まず、帰れと伝える」

「使者は出しました。ですが、向こうは」

「隊長へ会わせなかったのだろう」

「はい」

「今度は、旗も本人も見える所へ出る」

 天幕の中が静かになった。

 レオンハルトは、顔を上げた領主へ言った。

「向こうの兵が見るのは、黒獅子だけではない。自分の家の旗と、そなたが送り出した者たちだ」

 マティアスが言葉を継いだ。

「帰還命令を偽物だと言われても、顔を知る家臣がいれば確かめられます。旗だけを借りてきたのではないと、兵たちに分かってもらう必要があります」

 領主の視線が、自分の書状へ落ちた。

「兵が、こちらへ来ようとすれば」

「通す」

 レオンハルトが答えた。

「その道を、こちらで守る」

 アレクは机の横で聞いていた。

 ただ旗を掲げれば、全員が歩いてくるわけではない。向こうの指揮官が黙って返すはずもなかった。

 帰ろうとする兵を止める者が出る。

 あるいは、帰る兵へ槍を向ける。

 その時、こちらが何をするのかまで決めなければ、旗は見せただけで終わってしまう。

 マティアスが、アレクたちへ目を向けた。

「受け入れる場所は、戦う隊の後ろへ直接つなげない。各家の者に立ち会ってもらい、誰が戻ったか確かめる」

 ヴィクトルが頷いた。

「通路の両側を押さえる兵が要ります」

「その配置も考えておいてくれ。敵が近づいた時に、帰る兵ごと囲んでしまわないように」

「承知しました」

 アレクは地図を見た。

「火槍隊の正面とは、離していただきたいです」

 レオンハルトがこちらを向いた。

「戻ってくる兵の向こうへ敵が重なれば、撃てません。受け入れる道と、敵を止める場所を分ける必要があります」

「分かっている。戦場を選ぶ時に、それも見る」

 レオンハルトは領主へ視線を戻した。

「そなたにも働いてもらう。戻った兵が迷わぬよう、迎える者を決めておけ」

 領主は、しばらく答えなかった。

 やがて、机の命令書へ手を置いた。

「私が迎えます」

 レオンハルトは頷いた。

◇ ◇ ◇

 諸侯が出ていった後も、軍議は続いた。

 レオンハルトの軍へ加わった兵は、まだ少ない。申し出た援軍が揃ったわけでも、リートベルクの留守部隊が来たわけでもなかった。

 敵の三千が正面に残っている以上、そちらの守りを大きく抜くことはできない。

「旗を見せれば、全員が戻るとは考えない方がよいでしょう」

 マティアスが言った。

「フェルゼン伯の直属兵は残ります。ほかにも、主君自身が深く加わっている家があります」

「ああ」

 レオンハルトは答えた。

「戻りたくても、動けぬ隊もあるだろう」

「離反が広がる前に、こちらへ攻めてくるかもしれません」

「なら、受けて立つ」

 レオンハルトの指が、地図の街道をなぞった。

「だが、その前に兵と荷を集める。国王の命令も、各家の命令も、戦う兵へ届かなければ紙のままだ」

 ユリウスが書状をまとめた。

 国王の退去命令は、既にある。

 新しく偽の権威を作る必要はなかった。従わせるべき命令を押し隠し、諸侯の兵を返さずにいるのは、向こうだった。

 レオンハルトは椅子から立った。

「そいつらに、もう一度選ばせる」

 天幕の外へ歩く。

 アレクたちも続いた。

 新しく陣へ入った領主の兵が、旗の覆いを外していた。

 布の端が風に持ち上がる。

 旗手は一度、竿を握り直した。黒獅子の旗へ近づけるべきか、少し離れて立てるべきか、迷っているようだった。

 レオンハルトが、その前で足を止めた。

「そなたの家の兵が見つけられる場所へ立てろ」

 旗手が顔を上げた。

「はい」

 竿が持ち上がった。

 広がった布には、黒獅子とは違う紋章があった。

 アレクは、その旗を見上げた。

 敵の兵を減らすためだけの旗ではなかった。

 あの向こうに、自分の帰る場所があると知らせるための旗だった。

◇ ◇ ◇

 イグナーツのもとへ、街道の敗報が届いた。

 荷置き場を失った。

 集め直そうとしていた兵は散り、一部は捕らえられた。

 レオンハルトはグレンツベルクに留まらず、リートベルクへ通じる道を取り戻し始めている。

 代官が読み終えても、イグナーツはすぐに口を開かなかった。

 机には、兵の帰還を求める書状が重ねられていた。

 昨日まで届いていた荷について、次の発送を見合わせると知らせてきた家もある。

「正面の軍は」

「宿営地を保っております」

「そちらへ、勝手に兵を返すなと伝えろ」

 代官が頷いた。

「それから、城の兵を数え直せ。外へ出せる者と、残す者を分ける」

「レオンハルト殿下を、城でお迎えになるのでしょうか」

「門の前まで来させるつもりはない」

 イグナーツは書状を一通取った。

 帰還を命じた当主の印がある。

 その家は、盟約へ加わる時にも同じ印を押していた。

「ここへ兵を預けた時は、守ってほしいと言っていた」

 低く言った。

「今は、返せと言う」

 代官は答えなかった。

 イグナーツは書状を机へ戻した。

「離れようとする家を、これ以上増やすな。隊長を集めろ。兵へ勝手に書状を回させるな」

「承知しました」

 代官が下がりかけたところで、扉の外から声がした。

 別の使者だった。

 通された男は、埃の付いた外套のまま膝をついた。

「殿下の陣へ、諸侯が入っております」

「どこの家だ」

 男が家名を挙げた。

 一つではなかった。

 イグナーツの視線が、机の書状へ落ちる。

 名を聞いたばかりの家の印が、その中にあった。

「兵も連れているのか」

「少数ですが。それと、旗を」

 イグナーツは顔を上げた。

「旗だと」

「はい。各家の旗を、陣へ立てております」

 室内が静かになった。

 遠くで、城の兵を呼ぶ角笛が鳴っていた。

 イグナーツは、帰還命令の書状を裏返した。

「隊長たちを急がせろ」

 今度は、先ほどより強く命じた。

「黒獅子が来る前に、軍を動かす」

第二十話を読んでいただき、ありがとうございました。

街道を取り戻したレオンハルトのもとへ、各家の旗と帰還命令が集まり始めました。

敵陣にいる兵たちは、主君の旗を前に何を選ぶのか。続きもお楽しみいただけましたら幸いです。

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