第十九話 黒獅子の怒り
グレンツベルクへ到着したレオンハルトたちは、燃える町へ兵を進める。
領民の退路を守りながら、五人がそれぞれの持ち場で動き出す。
斥候の報告では、城と町に残る敵は八百ほどだった。レオンハルトはカスパルに百五十騎を預けて北を塞がせ、自らも百五十騎を手元へ集めた。残る百騎は町の外で、逃れてくる領民と後続の荷車を守る。
最初に町へ入ったのは、ヴィクトルの盾兵だった。
ヴィクトルには盾兵と槍兵四百人、エイドリアンには三百人、ロベルトには二百人が付いた。残る歩兵はマティアスが預かり、戦況に応じて送り込む。
通りの片側で、家の軒が燃えている。
煙は低く流れ、先を見通しにくくしていた。
「右を空けろ! 人を通す!」
ヴィクトルが叫んだ。
兵が左へ寄る。
建物の陰にいた女が、子供を抱いて駆け出してきた。
その後ろを、袋を背負った敵兵が追っていた。
味方の盾を見て、敵兵が止まった。
袋を落とす。
剣を抜こうとしたところへ、ヴィクトルが踏み込んだ。
盾をぶつけた。
男が戸口へ倒れ込む。
剣を抜ききる前に、味方の槍が喉元へ向けられた。
「動くな!」
ヴィクトルは、女の方を振り返った。
「西へ行け。こちらの兵がいる」
女は何度も頷き、子供を抱き直した。
道の先から、別の敵兵が現れた。
手に松明を持っている。
ヴィクトルの兵を見て、近くの家へ投げ込もうとした。
槍が飛んだ。
男の肩へ突き立ち、松明が地面へ落ちた。
味方の兵が駆け寄り、踏み消した。
「家の中を確かめろ!」
ヴィクトルは命じた。
「二人で行け。残りは前を見る!」
兵が戸を叩く。
中から、かすかな返事があった。
ヴィクトルは盾を上げ直した。
通りの奥で、敵が集まり始めていた。
◇ ◇ ◇
アレクは火槍隊を連れ、町の入口へ着いた。
直属の九十五人と、百人隊二つが続いていた。狭い通りには直属隊を出し、一班三十一人、二班と三班を三十二人ずつとして交代させる。百人隊二つは、後方と横道に備えさせた。
火の粉が流れてくる。
アレクは通りを見た。
前にはヴィクトルの盾兵がいる。
道の右側を、領民がこちらへ走ってきていた。
その向こうで、敵の槍が並ぶ。
撃てる距離だった。
だが、銃口を向ける先には味方も領民もいた。
「まだ撃ちません」
アレクは隊長へ言った。
「前の兵へ、こちらが来たと知らせてください」
伝令が走る。
アレクは左側の家を見た。
石の壁があり、その先で通りが少し広くなっている。
入口に近いこの辺りは、まだ火が回っていなかった。
「直属隊は、こちらへ」
兵を壁際へ寄せた。
弾薬箱の開放を許し、一発筒を取らせて装填を進めた。ギルベルトは火の粉を避けられる石壁側へ兵を寄せ、次の命令を待たせた。
別の隊は後ろへ残し、横道を見張らせる。
ヴィクトルが振り返った。
アレクの位置を確かめ、盾兵へ命じた。
「右の者を先に通せ! その後、左へ寄る!」
老人を支えた男が走ってきた。
アレクの前を通る時、膝が折れた。
近くの兵が老人の反対側へ回った。
「こちらです」
二人で支え、後ろへ連れていく。
最後に、小さな子供が家から出てきた。
兵が抱き上げ、盾の列の後ろへ運ぶ。
ヴィクトルが腕を上げた。
盾兵が左へ寄った。
敵が、その動きを見た。
「押せ!」
敵の隊長が叫んだ。
引いたと思ったのだろう。
槍兵が前へ出る。
アレクは通りの右側を確かめた。
人はいない。
『一班、火蓋開け! 構え!』とギルベルトが命じ、赤い布を掲げた。
前へ出た火槍隊の銃口が、敵へ並んでいた。
「撃て」
ギルベルトの声が重なった。
赤い布が振り下ろされ、三十一挺が一斉に火を噴いた。
発射音が通りに響いた。
白煙が家の壁へぶつかり、広がる。
敵の先頭が崩れた。
盾を持った男が後ろへ倒れ、続いていた兵が足を取られた。
槍が石畳へ落ちる。
「前へ!」
ヴィクトルが盾兵を進めた。
アレクは銃口を下げさせた。
一班は火縄を上げて退き、装填済みの二班が後ろへ続いた。
味方が煙の中へ入る。
敵は隊列を作り直す前に押され、通りの奥へ退いた。
アレクは次の隊長を呼んだ。
「右の横道を見てください。追い込まれた敵が出てくるかもしれません」
「承知しました」
兵が動く。
すぐ近くで、屋根瓦が落ちた。
アレクは音の方へ目を向けた。
炎が梁へ移っていた。
「その家から離れてください!」
兵が足を速める。
次の瞬間、軒の一部が崩れた。
火の粉が通りへ散った。
アレクは顔を腕で覆った。
熱かった。
あの家にも、昨日までは人が暮らしていた。
考えたところで、前から呼ぶ声がした。
「アレク殿!」
ヴィクトルだった。
「先の広場に敵がいる!」
アレクは顔を上げた。
「今、向かいます!」
◇ ◇ ◇
ロベルトは、町へ入ってすぐの横道で荷車を見つけた。
袋と箱が高く積まれている。
脇には、逃げ遅れた敵兵が二人いた。
味方の兵に剣を向けられ、両手を上げている。
「どこへ運ぶつもりだった」
ロベルトが尋ねた。
「北へ……」
「中身は」
男が答える前に、ロベルトは箱の蓋を開けた。
布が詰まっていた。
別の袋には穀物が入っている。
荷台の奥に、桶と斧が見えた。
「これを下ろせ」
兵へ命じる。
「桶は水を運ぶ。斧は、燃えた材木をどける者へ渡せ」
「荷はどうします」
「まだ燃えていない石の建物へ。どこへ置いたか控えておけ」
近くにいた町の男が顔を上げた。
「その布は、うちのものです」
ロベルトは男を見た。
「家は」
男が通りの先を指した。
煙の向こうだった。
ロベルトは箱を兵へ渡した。
「取り戻した荷を集めていると、後で知らせる。今は取りに戻るな」
「ですが」
「家族は、全員いるか」
男が口を閉じた。
「娘が、まだ」
「最後に見た場所を、あちらの兵へ伝えろ」
ロベルトは避難路の方を示した。
「探す者を出す。火の中へ一人で入るな」
男が走っていった。
ロベルトは兵を呼んだ。
「井戸を知っている者を探せ。桶を持つ者を二組に分ける。水を汲む者と、運ぶ者だ」
荷車の縄が解かれる。
袋が下ろされた。
その時、通りの奥からエイドリアンの声がした。
「止まれ!」
敵兵が三人、横道を抜けてきていた。
剣を持ったまま、避難している人々の方へ走ろうとしている。
エイドリアンの兵が間へ入った。
槍を並べる。
敵の一人が足を止めた。
もう一人は、そのまま斬りかかった。
槍の柄が剣を受ける。
横から出た兵が、敵の足を払った。
男が倒れた。
残る二人が剣を捨てた。
「縛って後ろへ! 道には置くな!」
エイドリアンが命じた。
避難していた人々が、壁際へ寄っている。
子供が泣いていた。
エイドリアンは槍を下げさせた。
「通れます。そのまま西へ進んでください」
ロベルトと目が合った。
「この道は押さえる」
エイドリアンが言った。
「頼む。水を通す」
ロベルトは桶を持った兵へ手を振った。
◇ ◇ ◇
北の道には、荷車が詰まっていた。
先頭の車が止まり、その後ろへ別の車がぶつかっている。
御者が怒鳴っていた。
だが、道の先にはカスパルの騎馬がいた。
槍を並べ、逃げてきた敵を待っていた。
「荷を捨てろ!」
敵の騎馬が叫んだ。
「車を脇へ寄せろ!」
御者が手綱を引く。
車輪が溝へ落ち、荷台が傾いた。
箱が崩れた。
その間を、騎馬が抜けようとした。
カスパルは馬を少し前へ出した。
「ずいぶん、持って帰るものが多いな」
敵の男が剣を抜いた。
返事の代わりに、馬を走らせた。
カスパルは正面で受けなかった。
馬を横へずらす。
隣の兵が槍を突き出し、敵の進む先を塞いだ。
男が手綱を引いた。
馬の首が上がる。
カスパルがその脇へ寄った。
剣が交わる。
敵の刃を外へ流し、柄頭で顔を打った。
男が馬上で傾いた。
後ろから味方の兵が取り押さえた。
「ほかにも来るぞ」
カスパルが言った。
町の方へ目を向ける。
騎馬だけではない。
盾を持った兵が、荷車の向こうへ集まり始めていた。
隊長らしい男がこちらを見て、すぐに引き返した。
カスパルは伝令を呼んだ。
「殿下へ。北の道は押さえています。まとまった兵が、町の内側へ戻ったと」
「追いますか」
「ここを空ければ、その後ろの連中が抜ける」
カスパルは槍を構える兵へ目を向けた。
「待つ。こちらから奥へ入るな」
町の中で、火槍の音が続いた。
直属隊の二班、三班も一度ずつ撃ち、盾兵とともに通りを押し広げていた。
◇ ◇ ◇
敵の指揮官は、城門の外で報告を受けていた。
「北は塞がれております」
「何騎だ」
「道の正面に一隊。脇にもおります」
「町の中は」
「西から押されております。火槍も」
指揮官は城を振り返った。
門は壊れていた。
内側の角材は外され、城壁には自分たちが掛けた梯子が残っている。
ここへ入り直しても、守りを整える時間はなかった。
兵を集める声が、何度も上がっていた。
戻ってくる者は少ない。
町へ散らした兵が、こちらまで戻れなくなっていた。
「荷を捨てろ」
指揮官が言った。
「集まった者だけで抜ける」
「どちらへ」
「北西だ。町外れの畑へ出る。正面の騎馬を避けて、道へ戻る」
護衛の兵が盾を並べた。
城に残していた兵も呼び出す。
指揮官は馬へ乗った。
「前の歩兵を崩せば抜ける。止まるな」
兵が動き始めた。
◇ ◇ ◇
マティアスは、広場へ入る道で報告を受けた。
城の方から、まとまった敵が来る。
槍兵の後ろに騎馬がいる。
見えた歩兵は二百ほど、騎馬は五十ほどだった。
北へ退く道を塞がれ、こちら側へ出ようとしているらしい。
マティアスはアレクを呼んだ。
「町外れの道へ、百人隊を二つとも」
「こちらの通りは」
「ヴィクトル殿のところへ直属の九十五人を残す。町外れには、盾兵と槍兵二百人を私から回す」
アレクは頷いた。
敵は城門前で散った兵を集め直していた。アレクたちは広場から町外れへ通じる道を使い、その先へ回ることにした。
隊長を呼び、行く場所を伝える。
レオンハルトは、少し離れたところで騎馬を集めていた。
町の外周を通れば、畑の脇へ出られる。
避難してくる者がいないことを確かめ、先へ兵を送っていた。
アレクが近づくと、レオンハルトは道の先を指した。
「敵が出てくる。正面で止めろ」
「はい」
「俺が横へ入る。騎馬が見えたら、そちらへ撃つな」
「隊長たちへ伝えます」
レオンハルトは頷き、馬を進めた。
アレクは火槍隊へ戻った。
道の両脇に石垣があった。
畑を区切る低いものだったが、そのままでは横へ広がれない。
切れ目を使い、兵を左右へ分ける。
前へ出した隊の後ろに、次の隊を置いた。
「前の隊が下がってから出てください」
アレクは言った。
「追って撃たず、ここで止めます」
「百人ずつ、一度ずつ撃ちます。二隊目が撃った後は、次の命令が出るまで撃たないでください。殿下の騎馬が横から入ります」
ギルベルトが兵の間を歩いた。
火縄を確かめる。
火皿を見て、頷いた。
敵の声が近づいてきた。
盾が見えた。
その向こうに槍が続いていた。
◇ ◇ ◇
敵は、火槍隊を見ても止まらなかった。
盾を上げ、足を速めた。
「撃たせれば、次までに間がある!」
敵の隊長が叫んだ。
「詰めろ!」
アレクは前を見ていた。
敵の後ろには騎馬がいる。
歩兵が穴を開けたところを、一気に抜けるつもりなのだろう。
こちらの盾兵が槍を構えた。
火槍隊は、その間から敵を見ていた。
隊長が『火蓋開け、構え』と命じ、赤い布を掲げた。
隊長が息を吸った。
「撃て!」
赤い布が振り下ろされた。
銃口が火を噴いた。
敵の盾が揺れた。
先頭の一人が倒れた。
隣の兵は足を止めず、その身体を越えてきた。
「進め!」
敵の声が響く。
アレクは撃ち終えた百人へ火縄を上げさせ、後ろへ下げた。
空いた場所へ、後ろの隊が入った。
新しい銃口が並ぶ。
次の百人が火蓋を開いて構えた。隊長が赤い布を掲げる。『撃て』の号令とともに、そちらの赤い布も下りる。
敵の隊長の顔が変わった。
次の射撃が響いた。
今度は、前へ出ていた隊長が倒れた。
槍兵の列が乱れる。
後ろから押された者が膝をつき、その上へ別の兵がぶつかった。
味方の盾兵が進む。
敵の足が止まった。
その時、畑の外側で馬の蹄が鳴った。
黒い旗が現れた。
レオンハルトだった。
槍兵が正面へ寄ったことで、敵の騎馬の横が空いていた。
指揮官が叫ぶ。
護衛が馬を向け直す。
間に合う前に、レオンハルトが突入した。
最初の槍を剣で払った。
次の兵へ馬を寄せ、盾ごと押し崩す。
振り向いた護衛の剣が下りてきた。
レオンハルトは受け流し、そのまま相手の首元へ刃を返した。
男が馬から落ちた。
続く近衛の騎馬が、開いた場所へ入る。
敵の列が二つに割れた。
アレクは隊長たちを振り返った。
「射撃を止めてください!」
隊長たちが声を重ねた。
銃口が下がる。
煙の向こうで、敵の指揮官が馬を返そうとしていた。
レオンハルトは真っ直ぐ、そちらへ向かった。
護衛が二騎、間へ入った。
一人が大きく剣を振る。
レオンハルトの馬が、その内側へ踏み込んだ。
剣が振り切られる前に、相手の腕を打つ。
もう一人が横から槍を突き出した。
近衛の兵が受けた。
レオンハルトは止まらなかった。
指揮官が剣を抜いた。
馬を向け直す余裕はなかった。
振り返りながら、刃を出した。
レオンハルトの剣が、それを打った。
一度目で腕が上がった。
二度目で剣が飛んだ。
レオンハルトは馬を寄せ、男の外套を掴んだ。
引き倒す。
男が地面へ落ちた。
近衛の兵が飛び下り、腕を押さえた。
レオンハルトは馬上から見下ろした。
「こいつを縛れ」
それだけ命じた。
敵の護衛が後ろへ下がった。
指揮官は捕らえられた。
前には盾兵。
横には黒獅子の旗。
北へ向かえば、カスパルの騎馬がいる。
一人が槍を捨てた。
隣の者も、盾を地面へ置いた。
「武器を捨てた者は伏せろ!」
マティアスの声がした。
「抵抗する者から離れろ!」
敵兵が地面へ膝をつく。
なお剣を振るった者へ、味方の槍が向かった。
アレクは、兵を追わせなかった。
銃口を下げたまま、畑と道の先を見張らせた。
敵の旗が倒れていた。
拾う者はいなかった。
◇ ◇ ◇
城へ戻ろうとした敵兵も、長くは持たなかった。
ヴィクトルが盾兵を率いて門へ迫ると、残っていた者は槍を捨てた。
中庭へ入った兵が、広間の戸を開ける。
隅に押し込められていた領民がいた。
負傷した守備兵もいた。
エイドリアンのもとへ知らせが送られ、担架が運ばれた。
ロベルトは消火の者を通した。
水を掛ける音が続く。
燃え残った梁を、兵が縄で引いた。
崩れた材木の下から、男が運び出された。
生きていた。
喉を鳴らし、水を求めていた。
アレクは通りの脇へ寄った。
担架が前を通る。
ギルベルトが隣へ来た。
「町の中で、まとまって抵抗する者はいなくなりました」
「兵の怪我は」
「今、確かめさせています」
アレクは頷いた。
火槍隊の兵が、壁際で火縄を確かめていた。
手が黒く汚れている。
顔にも煤が付いていた。
誰かが勝ったと言った。
小さな声だった。
返事はなかった。
すぐ先の家では、まだ火が燃えていた。
◇ ◇ ◇
捕らえた指揮官は、町外れの石塀の前へ座らされていた。
両手を後ろへ縛られている。
レオンハルトが近づくと、男は顔を上げた。
「私は、命じられた務めを果たしただけだ」
レオンハルトは足を止めた。
「誰に」
「フェルゼン伯爵だ。グレンツベルクを押さえ、橋を使わせぬようにと」
「ルーカスを殺せとも命じたか」
男の口が止まった。
マティアスが、折り畳まれた書状を持っていた。
敵の荷から見つかったものだった。
グレンツベルクの城と橋を確保し、レオンハルト軍への補給を断つ。
領主が従わなければ、武装を解かせて拘束する。
書状には、そう記されていた。
印の確認は必要だった。
だが、少なくとも町を焼く命令はなかった。
「抵抗された」
指揮官が言った。
「兵が死んだ。責任を取らせる必要があった」
レオンハルトは男を見ていた。
「捕らえた後で、殺したのだな」
「反抗を続ければ、ほかの領主も」
「町へ火を掛けたのは」
男が黙った。
近くに、敵兵が一人連れてこられていた。
荷車のそばで捕らえられた男だった。
マティアスが尋ねた。
「命令を聞いたのか」
「はい」
「何と言われた」
「運べるものを出したら、火を掛けろと」
敵兵は指揮官を見なかった。
地面へ目を落としたまま、続けた。
「領主たちへ、見せておくのだと」
城門の前を見ていた町の男も呼ばれていた。
指揮官の顔を見ると、唇を噛んだ。
「この男です」
レオンハルトへ言う。
「領主様を、門へ連れていかせたのは」
指揮官が身体を動かした。
後ろの兵が肩を押さえた。
「私は貴族だ」
男が言った。
「身代金を出せる。ここで殺すよりも」
レオンハルトが一歩、近づいた。
男の言葉が止まる。
「ルーカスは、領民に手を出すなと言ったそうだな」
男は答えなかった。
「お前は、その前で町を焼くと命じた」
「それは」
「ここで確かめた命令と証言は、記録に残せ」
レオンハルトはマティアスへ言った。
マティアスが頷く。
「書状も保管します」
レオンハルトは指揮官へ向き直った。
「捕らえた領主の殺害と、領民への殺傷、放火を命じた罪で処刑する」
男の顔から色が消えた。
「待て。伯爵が、黙っていると思うのか」
「フェルゼンにも、会いに行く」
レオンハルトは答えた。
兵へ目を向ける。
「連れていけ。町の者がいる場所ではするな」
男が立たされた。
なお何か叫んでいた。
レオンハルトは聞き返さなかった。
マティアスが一人の兵を呼び、後を追わせた。
フェリックスのいる場所とは、反対の道だった。
◇ ◇ ◇
城門の前で、兵が待っていた。
レオンハルトが近づくと、黙って道を空けた。
石畳に、血が残っていた。
その脇へ、ルーカスが横たえられていた。
町の者が掛けたのだろう。
薄い布で、身体が覆われている。
レオンハルトは足を止めた。
マティアスも隣で立ち止まった。
しばらく、誰も動かなかった。
遠くでは、まだ消火の声がしていた。
桶を渡す声。
梁から離れろと叫ぶ声。
その音だけが届いていた。
マティアスが外套の留め金へ手を掛けた。
レオンハルトが、自分のものを外した。
「これを」
差し出す。
マティアスは受け取った。
胸元が濡れていた。
フェリックスが掴んでいたところだった。
二人で、ルーカスへ掛けた。
泥の付いた靴が見えた。
腕には布が巻かれていた。
その布の端が、黒く汚れている。
レオンハルトは膝をついた。
「迎えに来たぞ、ルーカス」
返事はなかった。
以前なら、顔を上げただろう。
少し困ったように笑い、出迎えが遅れたとでも言ったかもしれない。
レオンハルトは、外套の端を直した。
風でめくれないよう、肩の下へ入れる。
マティアスが隣へ膝をついた。
何か言おうとした。
唇が動いたが、声にはならなかった。
俯き、拳を握った。
レオンハルトは立たなかった。
マティアスが顔を上げるまで、そこにいた。
◇ ◇ ◇
ルーカスの妻も、川へ下りる道で見つかった。
護衛だった兵が場所を伝え、案内に立った。
戻ってきた担架のそばへ、家宰が歩み寄った。
布の端を少し上げる。
顔を確かめると、その場で膝を折った。
マティアスが身体を支えた。
「二人を、同じ場所へ」
運んできた兵へ言う。
「静かな部屋を使わせてもらおう」
城の中で、火の回っていない部屋が空けられた。
窓が開かれた。
煤の付いた床を、領民が拭いていた。
フェリックスは、その部屋へ入る前で止まった。
アレクは少し離れたところにいた。
家宰が少年の隣へ立っている。
マティアスもいた。
「今、入らなくてもよい」
マティアスが言った。
フェリックスは首を振った。
「会います」
声は小さかった。
「父上と、母上に」
家宰が手を差し出した。
少年は、その手を握った。
二人が部屋へ入る。
マティアスは扉の外で待った。
中から、泣き声が聞こえた。
アレクは俯いた。
手袋の指先を見た。
火薬の汚れが付いていた。
今日、火槍隊は敵を止めた。
道を開き、町へ入った。
戦う場所へ着けば、できることはあった。
だが、着くまでの時間は取り戻せなかった。
アレクは手を握った。
今は、扉の向こうへ掛ける言葉さえ見つからなかった。
◇ ◇ ◇
日が傾く頃、町の大きな火は抑えられた。
まだ燻っている家へ、兵が水を運んでいた。
倒壊しそうな建物の前には、人を置いた。
広場へ集められた荷の中から、領民が自分のものを探している。
ロベルトは持ち主を確かめ、引き渡させていた。
食べ物と水は、先に配っていた。
ヴィクトルとエイドリアンは、残った敵兵の捜索と城内の警備を分担した。
各隊の報告では、こちらの死者は八人、戦列へ戻せない負傷者は二十九人だった。火槍隊では、三班までの射撃を終え、アレクが百人隊二つを率いて町外れへ向かった後、ヴィクトルのもとに残った直属の二人が負傷した。動かせる火槍兵は二百九十三人となった。使った弾は、市街地の九十五発と町外れの二百発を合わせ、二百九十五発だった。
カスパルも戻ってきた。
「北へ抜けようとした者は捕らえました。道を外れた者については、周辺を見させています」
「捕虜は四百二十人。そのうち九十人が負傷しています。確認した敵の死者は百三十人です。領外の道を押さえた隊まで、すべて捕らえたわけではありません」
レオンハルトが頷いた。
「暗くなる前に戻せ。散った兵を追って、こちらが分かれるな」
「承知しました」
マティアスは城の家宰から地図を借りていた。
机の一角には、捕らえた指揮官の所持品と書状が置かれている。
処刑が済んだという報告は、少し前に届いていた。
レオンハルトは、書状へ目を落とした。
橋を押さえる。
補給を断つ。
そのために、ルーカスの領地へ兵を入れた。
そして、城を奪った後も、殺し、焼いた。
「周辺の諸侯へ知らせる」
レオンハルトが言った。
マティアスが紙を取った。
「グレンツベルクで起きたことをですか」
「ああ。誰の兵が来たかも、確かめたものから伝えろ」
捕らえた兵は、幾つかの家に分かれていた。
全員が同じ命令を受け、同じことをしたわけではない。
どの隊がどこにいたのか。
誰が放火に加わったのか。
調べることは残っていた。
「兵を引き、使者を寄越せと伝えろ。加担した者には、何を命じたか釈明させる」
「応じぬ者は」
「討つ」
レオンハルトは答えた。
「城を取れば済むと思わせるな。誰の領地でも、同じだ」
マティアスが書き留める。
レオンハルトは窓の外を見た。
中庭へ、領民が運び込んだ毛布が並べられていた。
家を失った者が、今夜眠る場所だった。
兵が火を起こそうとしていた。
食事を作るための火だった。
その炎を怖がり、母親の後ろへ隠れた子供がいた。
レオンハルトは目を逸らさなかった。
「ここには兵と食糧を残す。負傷者を動かすのは、手当てをする者に確かめてからだ」
「手配します」
マティアスが言った。
少し間を置き、地図の先へ目を向ける。
「次は、フェルゼンへ向かわれますか」
「ああ」
レオンハルトは、町から東へ続く道へ指を置いた。
「こいつらに、次の町を選ばせん」
第十九話を読んでいただき、ありがとうございました。
グレンツベルクでの戦いを経て、レオンハルトたちは次の決断へ向かいます。
続きも見届けていただけましたら幸いです。
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