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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第十九話 黒獅子の怒り

グレンツベルクへ到着したレオンハルトたちは、燃える町へ兵を進める。

領民の退路を守りながら、五人がそれぞれの持ち場で動き出す。

 斥候の報告では、城と町に残る敵は八百ほどだった。レオンハルトはカスパルに百五十騎を預けて北を塞がせ、自らも百五十騎を手元へ集めた。残る百騎は町の外で、逃れてくる領民と後続の荷車を守る。

 最初に町へ入ったのは、ヴィクトルの盾兵だった。

 ヴィクトルには盾兵と槍兵四百人、エイドリアンには三百人、ロベルトには二百人が付いた。残る歩兵はマティアスが預かり、戦況に応じて送り込む。

 通りの片側で、家の軒が燃えている。

 煙は低く流れ、先を見通しにくくしていた。

「右を空けろ! 人を通す!」

 ヴィクトルが叫んだ。

 兵が左へ寄る。

 建物の陰にいた女が、子供を抱いて駆け出してきた。

 その後ろを、袋を背負った敵兵が追っていた。

 味方の盾を見て、敵兵が止まった。

 袋を落とす。

 剣を抜こうとしたところへ、ヴィクトルが踏み込んだ。

 盾をぶつけた。

 男が戸口へ倒れ込む。

 剣を抜ききる前に、味方の槍が喉元へ向けられた。

「動くな!」

 ヴィクトルは、女の方を振り返った。

「西へ行け。こちらの兵がいる」

 女は何度も頷き、子供を抱き直した。

 道の先から、別の敵兵が現れた。

 手に松明を持っている。

 ヴィクトルの兵を見て、近くの家へ投げ込もうとした。

 槍が飛んだ。

 男の肩へ突き立ち、松明が地面へ落ちた。

 味方の兵が駆け寄り、踏み消した。

「家の中を確かめろ!」

 ヴィクトルは命じた。

「二人で行け。残りは前を見る!」

 兵が戸を叩く。

 中から、かすかな返事があった。

 ヴィクトルは盾を上げ直した。

 通りの奥で、敵が集まり始めていた。

◇ ◇ ◇

 アレクは火槍隊を連れ、町の入口へ着いた。

 直属の九十五人と、百人隊二つが続いていた。狭い通りには直属隊を出し、一班三十一人、二班と三班を三十二人ずつとして交代させる。百人隊二つは、後方と横道に備えさせた。

 火の粉が流れてくる。

 アレクは通りを見た。

 前にはヴィクトルの盾兵がいる。

 道の右側を、領民がこちらへ走ってきていた。

 その向こうで、敵の槍が並ぶ。

 撃てる距離だった。

 だが、銃口を向ける先には味方も領民もいた。

「まだ撃ちません」

 アレクは隊長へ言った。

「前の兵へ、こちらが来たと知らせてください」

 伝令が走る。

 アレクは左側の家を見た。

 石の壁があり、その先で通りが少し広くなっている。

 入口に近いこの辺りは、まだ火が回っていなかった。

「直属隊は、こちらへ」

 兵を壁際へ寄せた。

 弾薬箱の開放を許し、一発筒を取らせて装填を進めた。ギルベルトは火の粉を避けられる石壁側へ兵を寄せ、次の命令を待たせた。

 別の隊は後ろへ残し、横道を見張らせる。

 ヴィクトルが振り返った。

 アレクの位置を確かめ、盾兵へ命じた。

「右の者を先に通せ! その後、左へ寄る!」

 老人を支えた男が走ってきた。

 アレクの前を通る時、膝が折れた。

 近くの兵が老人の反対側へ回った。

「こちらです」

 二人で支え、後ろへ連れていく。

 最後に、小さな子供が家から出てきた。

 兵が抱き上げ、盾の列の後ろへ運ぶ。

 ヴィクトルが腕を上げた。

 盾兵が左へ寄った。

 敵が、その動きを見た。

「押せ!」

 敵の隊長が叫んだ。

 引いたと思ったのだろう。

 槍兵が前へ出る。

 アレクは通りの右側を確かめた。

 人はいない。

 『一班、火蓋開け! 構え!』とギルベルトが命じ、赤い布を掲げた。

 前へ出た火槍隊の銃口が、敵へ並んでいた。

「撃て」

 ギルベルトの声が重なった。

 赤い布が振り下ろされ、三十一挺が一斉に火を噴いた。

 発射音が通りに響いた。

 白煙が家の壁へぶつかり、広がる。

 敵の先頭が崩れた。

 盾を持った男が後ろへ倒れ、続いていた兵が足を取られた。

 槍が石畳へ落ちる。

「前へ!」

 ヴィクトルが盾兵を進めた。

 アレクは銃口を下げさせた。

 一班は火縄を上げて退き、装填済みの二班が後ろへ続いた。

 味方が煙の中へ入る。

 敵は隊列を作り直す前に押され、通りの奥へ退いた。

 アレクは次の隊長を呼んだ。

「右の横道を見てください。追い込まれた敵が出てくるかもしれません」

「承知しました」

 兵が動く。

 すぐ近くで、屋根瓦が落ちた。

 アレクは音の方へ目を向けた。

 炎が梁へ移っていた。

「その家から離れてください!」

 兵が足を速める。

 次の瞬間、軒の一部が崩れた。

 火の粉が通りへ散った。

 アレクは顔を腕で覆った。

 熱かった。

 あの家にも、昨日までは人が暮らしていた。

 考えたところで、前から呼ぶ声がした。

「アレク殿!」

 ヴィクトルだった。

「先の広場に敵がいる!」

 アレクは顔を上げた。

「今、向かいます!」

◇ ◇ ◇

 ロベルトは、町へ入ってすぐの横道で荷車を見つけた。

 袋と箱が高く積まれている。

 脇には、逃げ遅れた敵兵が二人いた。

 味方の兵に剣を向けられ、両手を上げている。

「どこへ運ぶつもりだった」

 ロベルトが尋ねた。

「北へ……」

「中身は」

 男が答える前に、ロベルトは箱の蓋を開けた。

 布が詰まっていた。

 別の袋には穀物が入っている。

 荷台の奥に、桶と斧が見えた。

「これを下ろせ」

 兵へ命じる。

「桶は水を運ぶ。斧は、燃えた材木をどける者へ渡せ」

「荷はどうします」

「まだ燃えていない石の建物へ。どこへ置いたか控えておけ」

 近くにいた町の男が顔を上げた。

「その布は、うちのものです」

 ロベルトは男を見た。

「家は」

 男が通りの先を指した。

 煙の向こうだった。

 ロベルトは箱を兵へ渡した。

「取り戻した荷を集めていると、後で知らせる。今は取りに戻るな」

「ですが」

「家族は、全員いるか」

 男が口を閉じた。

「娘が、まだ」

「最後に見た場所を、あちらの兵へ伝えろ」

 ロベルトは避難路の方を示した。

「探す者を出す。火の中へ一人で入るな」

 男が走っていった。

 ロベルトは兵を呼んだ。

「井戸を知っている者を探せ。桶を持つ者を二組に分ける。水を汲む者と、運ぶ者だ」

 荷車の縄が解かれる。

 袋が下ろされた。

 その時、通りの奥からエイドリアンの声がした。

「止まれ!」

 敵兵が三人、横道を抜けてきていた。

 剣を持ったまま、避難している人々の方へ走ろうとしている。

 エイドリアンの兵が間へ入った。

 槍を並べる。

 敵の一人が足を止めた。

 もう一人は、そのまま斬りかかった。

 槍の柄が剣を受ける。

 横から出た兵が、敵の足を払った。

 男が倒れた。

 残る二人が剣を捨てた。

「縛って後ろへ! 道には置くな!」

 エイドリアンが命じた。

 避難していた人々が、壁際へ寄っている。

 子供が泣いていた。

 エイドリアンは槍を下げさせた。

「通れます。そのまま西へ進んでください」

 ロベルトと目が合った。

「この道は押さえる」

 エイドリアンが言った。

「頼む。水を通す」

 ロベルトは桶を持った兵へ手を振った。

◇ ◇ ◇

 北の道には、荷車が詰まっていた。

 先頭の車が止まり、その後ろへ別の車がぶつかっている。

 御者が怒鳴っていた。

 だが、道の先にはカスパルの騎馬がいた。

 槍を並べ、逃げてきた敵を待っていた。

「荷を捨てろ!」

 敵の騎馬が叫んだ。

「車を脇へ寄せろ!」

 御者が手綱を引く。

 車輪が溝へ落ち、荷台が傾いた。

 箱が崩れた。

 その間を、騎馬が抜けようとした。

 カスパルは馬を少し前へ出した。

「ずいぶん、持って帰るものが多いな」

 敵の男が剣を抜いた。

 返事の代わりに、馬を走らせた。

 カスパルは正面で受けなかった。

 馬を横へずらす。

 隣の兵が槍を突き出し、敵の進む先を塞いだ。

 男が手綱を引いた。

 馬の首が上がる。

 カスパルがその脇へ寄った。

 剣が交わる。

 敵の刃を外へ流し、柄頭で顔を打った。

 男が馬上で傾いた。

 後ろから味方の兵が取り押さえた。

「ほかにも来るぞ」

 カスパルが言った。

 町の方へ目を向ける。

 騎馬だけではない。

 盾を持った兵が、荷車の向こうへ集まり始めていた。

 隊長らしい男がこちらを見て、すぐに引き返した。

 カスパルは伝令を呼んだ。

「殿下へ。北の道は押さえています。まとまった兵が、町の内側へ戻ったと」

「追いますか」

「ここを空ければ、その後ろの連中が抜ける」

 カスパルは槍を構える兵へ目を向けた。

「待つ。こちらから奥へ入るな」

 町の中で、火槍の音が続いた。

 直属隊の二班、三班も一度ずつ撃ち、盾兵とともに通りを押し広げていた。

◇ ◇ ◇

 敵の指揮官は、城門の外で報告を受けていた。

「北は塞がれております」

「何騎だ」

「道の正面に一隊。脇にもおります」

「町の中は」

「西から押されております。火槍も」

 指揮官は城を振り返った。

 門は壊れていた。

 内側の角材は外され、城壁には自分たちが掛けた梯子が残っている。

 ここへ入り直しても、守りを整える時間はなかった。

 兵を集める声が、何度も上がっていた。

 戻ってくる者は少ない。

 町へ散らした兵が、こちらまで戻れなくなっていた。

「荷を捨てろ」

 指揮官が言った。

「集まった者だけで抜ける」

「どちらへ」

「北西だ。町外れの畑へ出る。正面の騎馬を避けて、道へ戻る」

 護衛の兵が盾を並べた。

 城に残していた兵も呼び出す。

 指揮官は馬へ乗った。

「前の歩兵を崩せば抜ける。止まるな」

 兵が動き始めた。

◇ ◇ ◇

 マティアスは、広場へ入る道で報告を受けた。

 城の方から、まとまった敵が来る。

 槍兵の後ろに騎馬がいる。

 見えた歩兵は二百ほど、騎馬は五十ほどだった。

 北へ退く道を塞がれ、こちら側へ出ようとしているらしい。

 マティアスはアレクを呼んだ。

「町外れの道へ、百人隊を二つとも」

「こちらの通りは」

「ヴィクトル殿のところへ直属の九十五人を残す。町外れには、盾兵と槍兵二百人を私から回す」

 アレクは頷いた。

 敵は城門前で散った兵を集め直していた。アレクたちは広場から町外れへ通じる道を使い、その先へ回ることにした。

 隊長を呼び、行く場所を伝える。

 レオンハルトは、少し離れたところで騎馬を集めていた。

 町の外周を通れば、畑の脇へ出られる。

 避難してくる者がいないことを確かめ、先へ兵を送っていた。

 アレクが近づくと、レオンハルトは道の先を指した。

「敵が出てくる。正面で止めろ」

「はい」

「俺が横へ入る。騎馬が見えたら、そちらへ撃つな」

「隊長たちへ伝えます」

 レオンハルトは頷き、馬を進めた。

 アレクは火槍隊へ戻った。

 道の両脇に石垣があった。

 畑を区切る低いものだったが、そのままでは横へ広がれない。

 切れ目を使い、兵を左右へ分ける。

 前へ出した隊の後ろに、次の隊を置いた。

「前の隊が下がってから出てください」

 アレクは言った。

「追って撃たず、ここで止めます」

「百人ずつ、一度ずつ撃ちます。二隊目が撃った後は、次の命令が出るまで撃たないでください。殿下の騎馬が横から入ります」

 ギルベルトが兵の間を歩いた。

 火縄を確かめる。

 火皿を見て、頷いた。

 敵の声が近づいてきた。

 盾が見えた。

 その向こうに槍が続いていた。

◇ ◇ ◇

 敵は、火槍隊を見ても止まらなかった。

 盾を上げ、足を速めた。

「撃たせれば、次までに間がある!」

 敵の隊長が叫んだ。

「詰めろ!」

 アレクは前を見ていた。

 敵の後ろには騎馬がいる。

 歩兵が穴を開けたところを、一気に抜けるつもりなのだろう。

 こちらの盾兵が槍を構えた。

 火槍隊は、その間から敵を見ていた。

 隊長が『火蓋開け、構え』と命じ、赤い布を掲げた。

 隊長が息を吸った。

「撃て!」

 赤い布が振り下ろされた。

 銃口が火を噴いた。

 敵の盾が揺れた。

 先頭の一人が倒れた。

 隣の兵は足を止めず、その身体を越えてきた。

「進め!」

 敵の声が響く。

 アレクは撃ち終えた百人へ火縄を上げさせ、後ろへ下げた。

 空いた場所へ、後ろの隊が入った。

 新しい銃口が並ぶ。

 次の百人が火蓋を開いて構えた。隊長が赤い布を掲げる。『撃て』の号令とともに、そちらの赤い布も下りる。

 敵の隊長の顔が変わった。

 次の射撃が響いた。

 今度は、前へ出ていた隊長が倒れた。

 槍兵の列が乱れる。

 後ろから押された者が膝をつき、その上へ別の兵がぶつかった。

 味方の盾兵が進む。

 敵の足が止まった。

 その時、畑の外側で馬の蹄が鳴った。

 黒い旗が現れた。

 レオンハルトだった。

 槍兵が正面へ寄ったことで、敵の騎馬の横が空いていた。

 指揮官が叫ぶ。

 護衛が馬を向け直す。

 間に合う前に、レオンハルトが突入した。

 最初の槍を剣で払った。

 次の兵へ馬を寄せ、盾ごと押し崩す。

 振り向いた護衛の剣が下りてきた。

 レオンハルトは受け流し、そのまま相手の首元へ刃を返した。

 男が馬から落ちた。

 続く近衛の騎馬が、開いた場所へ入る。

 敵の列が二つに割れた。

 アレクは隊長たちを振り返った。

「射撃を止めてください!」

 隊長たちが声を重ねた。

 銃口が下がる。

 煙の向こうで、敵の指揮官が馬を返そうとしていた。

 レオンハルトは真っ直ぐ、そちらへ向かった。

 護衛が二騎、間へ入った。

 一人が大きく剣を振る。

 レオンハルトの馬が、その内側へ踏み込んだ。

 剣が振り切られる前に、相手の腕を打つ。

 もう一人が横から槍を突き出した。

 近衛の兵が受けた。

 レオンハルトは止まらなかった。

 指揮官が剣を抜いた。

 馬を向け直す余裕はなかった。

 振り返りながら、刃を出した。

 レオンハルトの剣が、それを打った。

 一度目で腕が上がった。

 二度目で剣が飛んだ。

 レオンハルトは馬を寄せ、男の外套を掴んだ。

 引き倒す。

 男が地面へ落ちた。

 近衛の兵が飛び下り、腕を押さえた。

 レオンハルトは馬上から見下ろした。

「こいつを縛れ」

 それだけ命じた。

 敵の護衛が後ろへ下がった。

 指揮官は捕らえられた。

 前には盾兵。

 横には黒獅子の旗。

 北へ向かえば、カスパルの騎馬がいる。

 一人が槍を捨てた。

 隣の者も、盾を地面へ置いた。

「武器を捨てた者は伏せろ!」

 マティアスの声がした。

「抵抗する者から離れろ!」

 敵兵が地面へ膝をつく。

 なお剣を振るった者へ、味方の槍が向かった。

 アレクは、兵を追わせなかった。

 銃口を下げたまま、畑と道の先を見張らせた。

 敵の旗が倒れていた。

 拾う者はいなかった。

◇ ◇ ◇

 城へ戻ろうとした敵兵も、長くは持たなかった。

 ヴィクトルが盾兵を率いて門へ迫ると、残っていた者は槍を捨てた。

 中庭へ入った兵が、広間の戸を開ける。

 隅に押し込められていた領民がいた。

 負傷した守備兵もいた。

 エイドリアンのもとへ知らせが送られ、担架が運ばれた。

 ロベルトは消火の者を通した。

 水を掛ける音が続く。

 燃え残った梁を、兵が縄で引いた。

 崩れた材木の下から、男が運び出された。

 生きていた。

 喉を鳴らし、水を求めていた。

 アレクは通りの脇へ寄った。

 担架が前を通る。

 ギルベルトが隣へ来た。

「町の中で、まとまって抵抗する者はいなくなりました」

「兵の怪我は」

「今、確かめさせています」

 アレクは頷いた。

 火槍隊の兵が、壁際で火縄を確かめていた。

 手が黒く汚れている。

 顔にも煤が付いていた。

 誰かが勝ったと言った。

 小さな声だった。

 返事はなかった。

 すぐ先の家では、まだ火が燃えていた。

◇ ◇ ◇

 捕らえた指揮官は、町外れの石塀の前へ座らされていた。

 両手を後ろへ縛られている。

 レオンハルトが近づくと、男は顔を上げた。

「私は、命じられた務めを果たしただけだ」

 レオンハルトは足を止めた。

「誰に」

「フェルゼン伯爵だ。グレンツベルクを押さえ、橋を使わせぬようにと」

「ルーカスを殺せとも命じたか」

 男の口が止まった。

 マティアスが、折り畳まれた書状を持っていた。

 敵の荷から見つかったものだった。

 グレンツベルクの城と橋を確保し、レオンハルト軍への補給を断つ。

 領主が従わなければ、武装を解かせて拘束する。

 書状には、そう記されていた。

 印の確認は必要だった。

 だが、少なくとも町を焼く命令はなかった。

「抵抗された」

 指揮官が言った。

「兵が死んだ。責任を取らせる必要があった」

 レオンハルトは男を見ていた。

「捕らえた後で、殺したのだな」

「反抗を続ければ、ほかの領主も」

「町へ火を掛けたのは」

 男が黙った。

 近くに、敵兵が一人連れてこられていた。

 荷車のそばで捕らえられた男だった。

 マティアスが尋ねた。

「命令を聞いたのか」

「はい」

「何と言われた」

「運べるものを出したら、火を掛けろと」

 敵兵は指揮官を見なかった。

 地面へ目を落としたまま、続けた。

「領主たちへ、見せておくのだと」

 城門の前を見ていた町の男も呼ばれていた。

 指揮官の顔を見ると、唇を噛んだ。

「この男です」

 レオンハルトへ言う。

「領主様を、門へ連れていかせたのは」

 指揮官が身体を動かした。

 後ろの兵が肩を押さえた。

「私は貴族だ」

 男が言った。

「身代金を出せる。ここで殺すよりも」

 レオンハルトが一歩、近づいた。

 男の言葉が止まる。

「ルーカスは、領民に手を出すなと言ったそうだな」

 男は答えなかった。

「お前は、その前で町を焼くと命じた」

「それは」

「ここで確かめた命令と証言は、記録に残せ」

 レオンハルトはマティアスへ言った。

 マティアスが頷く。

「書状も保管します」

 レオンハルトは指揮官へ向き直った。

「捕らえた領主の殺害と、領民への殺傷、放火を命じた罪で処刑する」

 男の顔から色が消えた。

「待て。伯爵が、黙っていると思うのか」

「フェルゼンにも、会いに行く」

 レオンハルトは答えた。

 兵へ目を向ける。

「連れていけ。町の者がいる場所ではするな」

 男が立たされた。

 なお何か叫んでいた。

 レオンハルトは聞き返さなかった。

 マティアスが一人の兵を呼び、後を追わせた。

 フェリックスのいる場所とは、反対の道だった。

◇ ◇ ◇

 城門の前で、兵が待っていた。

 レオンハルトが近づくと、黙って道を空けた。

 石畳に、血が残っていた。

 その脇へ、ルーカスが横たえられていた。

 町の者が掛けたのだろう。

 薄い布で、身体が覆われている。

 レオンハルトは足を止めた。

 マティアスも隣で立ち止まった。

 しばらく、誰も動かなかった。

 遠くでは、まだ消火の声がしていた。

 桶を渡す声。

 梁から離れろと叫ぶ声。

 その音だけが届いていた。

 マティアスが外套の留め金へ手を掛けた。

 レオンハルトが、自分のものを外した。

「これを」

 差し出す。

 マティアスは受け取った。

 胸元が濡れていた。

 フェリックスが掴んでいたところだった。

 二人で、ルーカスへ掛けた。

 泥の付いた靴が見えた。

 腕には布が巻かれていた。

 その布の端が、黒く汚れている。

 レオンハルトは膝をついた。

「迎えに来たぞ、ルーカス」

 返事はなかった。

 以前なら、顔を上げただろう。

 少し困ったように笑い、出迎えが遅れたとでも言ったかもしれない。

 レオンハルトは、外套の端を直した。

 風でめくれないよう、肩の下へ入れる。

 マティアスが隣へ膝をついた。

 何か言おうとした。

 唇が動いたが、声にはならなかった。

 俯き、拳を握った。

 レオンハルトは立たなかった。

 マティアスが顔を上げるまで、そこにいた。

◇ ◇ ◇

 ルーカスの妻も、川へ下りる道で見つかった。

 護衛だった兵が場所を伝え、案内に立った。

 戻ってきた担架のそばへ、家宰が歩み寄った。

 布の端を少し上げる。

 顔を確かめると、その場で膝を折った。

 マティアスが身体を支えた。

「二人を、同じ場所へ」

 運んできた兵へ言う。

「静かな部屋を使わせてもらおう」

 城の中で、火の回っていない部屋が空けられた。

 窓が開かれた。

 煤の付いた床を、領民が拭いていた。

 フェリックスは、その部屋へ入る前で止まった。

 アレクは少し離れたところにいた。

 家宰が少年の隣へ立っている。

 マティアスもいた。

「今、入らなくてもよい」

 マティアスが言った。

 フェリックスは首を振った。

「会います」

 声は小さかった。

「父上と、母上に」

 家宰が手を差し出した。

 少年は、その手を握った。

 二人が部屋へ入る。

 マティアスは扉の外で待った。

 中から、泣き声が聞こえた。

 アレクは俯いた。

 手袋の指先を見た。

 火薬の汚れが付いていた。

 今日、火槍隊は敵を止めた。

 道を開き、町へ入った。

 戦う場所へ着けば、できることはあった。

 だが、着くまでの時間は取り戻せなかった。

 アレクは手を握った。

 今は、扉の向こうへ掛ける言葉さえ見つからなかった。

◇ ◇ ◇

 日が傾く頃、町の大きな火は抑えられた。

 まだ燻っている家へ、兵が水を運んでいた。

 倒壊しそうな建物の前には、人を置いた。

 広場へ集められた荷の中から、領民が自分のものを探している。

 ロベルトは持ち主を確かめ、引き渡させていた。

 食べ物と水は、先に配っていた。

 ヴィクトルとエイドリアンは、残った敵兵の捜索と城内の警備を分担した。

 各隊の報告では、こちらの死者は八人、戦列へ戻せない負傷者は二十九人だった。火槍隊では、三班までの射撃を終え、アレクが百人隊二つを率いて町外れへ向かった後、ヴィクトルのもとに残った直属の二人が負傷した。動かせる火槍兵は二百九十三人となった。使った弾は、市街地の九十五発と町外れの二百発を合わせ、二百九十五発だった。

 カスパルも戻ってきた。

「北へ抜けようとした者は捕らえました。道を外れた者については、周辺を見させています」

「捕虜は四百二十人。そのうち九十人が負傷しています。確認した敵の死者は百三十人です。領外の道を押さえた隊まで、すべて捕らえたわけではありません」

 レオンハルトが頷いた。

「暗くなる前に戻せ。散った兵を追って、こちらが分かれるな」

「承知しました」

 マティアスは城の家宰から地図を借りていた。

 机の一角には、捕らえた指揮官の所持品と書状が置かれている。

 処刑が済んだという報告は、少し前に届いていた。

 レオンハルトは、書状へ目を落とした。

 橋を押さえる。

 補給を断つ。

 そのために、ルーカスの領地へ兵を入れた。

 そして、城を奪った後も、殺し、焼いた。

「周辺の諸侯へ知らせる」

 レオンハルトが言った。

 マティアスが紙を取った。

「グレンツベルクで起きたことをですか」

「ああ。誰の兵が来たかも、確かめたものから伝えろ」

 捕らえた兵は、幾つかの家に分かれていた。

 全員が同じ命令を受け、同じことをしたわけではない。

 どの隊がどこにいたのか。

 誰が放火に加わったのか。

 調べることは残っていた。

「兵を引き、使者を寄越せと伝えろ。加担した者には、何を命じたか釈明させる」

「応じぬ者は」

「討つ」

 レオンハルトは答えた。

「城を取れば済むと思わせるな。誰の領地でも、同じだ」

 マティアスが書き留める。

 レオンハルトは窓の外を見た。

 中庭へ、領民が運び込んだ毛布が並べられていた。

 家を失った者が、今夜眠る場所だった。

 兵が火を起こそうとしていた。

 食事を作るための火だった。

 その炎を怖がり、母親の後ろへ隠れた子供がいた。

 レオンハルトは目を逸らさなかった。

「ここには兵と食糧を残す。負傷者を動かすのは、手当てをする者に確かめてからだ」

「手配します」

 マティアスが言った。

 少し間を置き、地図の先へ目を向ける。

「次は、フェルゼンへ向かわれますか」

「ああ」

 レオンハルトは、町から東へ続く道へ指を置いた。

「こいつらに、次の町を選ばせん」

第十九話を読んでいただき、ありがとうございました。

グレンツベルクでの戦いを経て、レオンハルトたちは次の決断へ向かいます。

続きも見届けていただけましたら幸いです。

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