↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

115/163

第十七話 友のもとへ

グレンツベルクからの知らせを受け、レオンハルトたちは夜の陣を発つ。

救援へ急ぐ一行と、城を守るルーカス。それぞれが目の前の敵と向き合う。

 夜の陣へ、馬の足音が近づいてきた。

 見張りの声が上がる。

 アレクは天幕の中で顔を上げた。外へ出ると、灯りを持った兵が陣の入口へ走っていた。

 馬が二頭、止まっている。

 一頭に乗っていた男は、自分で下りようとして膝を折った。近くの兵が腕を支える。

「グレンツベルクから……」

 男は懐へ手を入れた。

「ルーカス様の使いだ。殿下へ、お取り次ぎを」

 アレクは足を速めた。

 見覚えのある顔だった。

 六十人を迎えに行った時、城の門で言葉を交わしている。

「書状をお持ちですか」

「ここに」

 差し出された封は、汗で湿っていた。

 アレクは受け取らず、男を支えている兵へ向いた。

「殿下のところへ。歩けなければ、椅子を運んでください」

「歩けます」

 男が言った。

 だが、一歩目で足がもつれた。

 アレクは反対側の腕を取った。

「急ぎましょう。私につかまってください」

◇ ◇ ◇

 レオンハルトは、書状を読み終えると机へ置いた。

「いつ出た」

「今朝です。北から兵が入ったと知らせがあり、その後すぐに」

「ルーカスは」

「北の村の者を避難させると。ご自身も兵を率いて、坂へ向かわれるところでした」

 マティアスが地図を広げた。

 使者は、水を一口飲んでから続けた。

「私は川沿いを通りました。ですが、先で馬の声がして……案内の者に従い、上の道へ入りました」

「敵を見たのか」

 レオンハルトが尋ねる。

「林の間から、槍を持った騎馬を見ました。旗までは分かりません」

「何騎だ」

「見えたのは四騎です。ほかにもいたかは」

「よい」

 レオンハルトは使者の泥の付いた靴を見た。

「それで、ここまで回ってきたか」

「途中で馬を引かなければならず、遅くなりました」

「知らせは届いた。休め」

 使者が顔を上げた。

「殿下、どうか」

「行く」

 レオンハルトは短く答えた。

「ルーカスのもとへ行く。案内の者にも、そう伝えておけ」

 使者は頭を下げようとした。

 レオンハルトが手で止める。

「倒れる前に座れ」

 兵が椅子を寄せた。

 マティアスは、使者が通った道を地図へ記させていた。

 いつもなら、アレクへも何か尋ねるところだった。

 今は、紙から目を離さない。

「北から入った兵と、川沿いの騎馬が同じ隊かは分かりません」

 マティアスが言った。

「だが、昼間の連中は、俺たちをここへ置いておきたかった」

 レオンハルトはリートベルクの東へ指を置いた。

「こいつらを追っていれば、もっと遅れた」

 ユリウスが天幕へ入った。

 後ろから、隊長たちも続く。

「西へ出した斥候は」

「まだ戻っておりません」

「戻り次第、後を追わせろ。俺はグレンツベルクへ向かう」

 ユリウスが頷いた。

 レオンハルトは地図から顔を上げた。

「ただし、ここを空にはせん」

◇ ◇ ◇

 エドガーも呼ばれた。

 上着を羽織りながら入ってきた伯爵は、ルーカスの領地が攻められたと聞くと、机へ近づいた。

「救援へ向かわれるのですね」

「ああ。城と村の守りは残す」

 レオンハルトが答えた。

「東の敵が動けば、城から知らせろ。追い払っても、林の中へ追うな」

「承知しました」

 マティアスが隊長たちへ配置を伝える。

 三百人の火槍隊のうち、百人はリートベルクへ残す。

 城と村へ続く道の守りに歩兵も付け、エドガーの兵と交代で見張らせる。

 残る二百人は救援へ向かう。

 アレクの直属隊も同行するが、負傷して歩けない者は置いていくことになった。

 直属隊の九十五人を加え、救援へ向かう火槍兵は二百九十五人。これに歩兵千五百人と騎兵四百騎を付け、二千二百人近くを動かす。リートベルクには火槍兵百人のほか、歩兵千九十人と騎兵二百騎が残り、エドガーの守備兵とともに道と村を守る。

「傷のある者を、数に入れるためだけに連れ出すな」

 マティアスがアレクへ言った。

「はい。ギルベルトに確かめさせます」

「荷車も分ける。すぐに使う弾薬と手当ての道具を先へ。余分な荷は残せ」

 ロベルトが頷いた。

「こちらで見ます。兵が勝手に荷を取りに戻らぬよう、先にまとめさせます」

 エイドリアンには、出発する兵と残る兵を分け、道を塞がせない役目が任された。

 ヴィクトルは歩兵の隊長を呼びに出る。

 カスパルは先行する騎馬と、街道の状況を確かめていた。

 アレクが天幕を出ようとした時、エドガーが言った。

「こちらのことは、お任せください」

 レオンハルトが振り返る。

「救っていただいた城です。今度は、私が持たせます」

「救ったのは、お前の城だけではない。村もだ」

「分かっております」

 エドガーは地図の二つの道へ手を置いた。

「どちらへ敵が出ても、知らせを切らしません」

 レオンハルトは頷いた。

「頼む」

 アレクは外へ出た。

 陣のあちこちで、眠っていた兵が起こされている。

 火を囲んでいた者が立ち、馬の腹帯を締め直す。

 マティアスが後ろから出てきた。

 すでに外套を留め、手袋を着けていた。

「アレク」

「はい」

「出られる者から、道へ並べてくれ」

「承知しました」

 マティアスは一度、西へ目を向けた。

「ルーカス殿には、まだ返していない借りがある」

 アレクは、その横顔を見た。

 マティアスはそれ以上言わず、自分の馬へ向かった。

◇ ◇ ◇

 先行する騎馬が出た後、歩兵も陣を離れた。

 夜道では列が伸びやすい。

 前の兵だけを急がせれば、曲がり角を二つ越えた先で後ろが見えなくなる。

 隊長たちは声を掛け、列の間を確かめながら進ませていた。

 アレクも馬を歩かせた。

 隣では、ギルベルトが兵の足元を見ている。

「歩けると言った者でも、遅れるようなら知らせてください」

「分かっております」

「無理をして、途中で動けなくなる方が困ります」

 ギルベルトは頷いた。

 兵は黙って歩いていた。

 火槍を担ぐ位置を変える者がいる。

 肩紐を引き直す者がいる。

 アレクは前を見た。

 馬だけなら、もっと先へ行ける。

 だが、道の先にどれだけの敵がいるかは分からない。火槍隊を置き去りにして進めば、レオンハルトたちは騎馬だけで戦うことになる。

 先を急ぎたい気持ちは、誰も同じだった。

 それでも、連れていく兵を置いていくわけにはいかなかった。

 空が白み始めた頃、前から騎馬が戻ってきた。

 兵が道を空ける。

「先の切り通しに、敵がおります」

 報告を受けたレオンハルトが馬を止めた。

「どのように置いている」

「道へ木を倒し、その後ろに槍兵を。両脇の上にも、弓兵が見えました」

「道の盾兵と槍兵が百二十ほど。上の弓兵は、左右合わせて八十ほどです」

「抜ける道は」

「北側に細い道があります。ただ、馬を並べて通れる幅ではありません」

 レオンハルトはカスパルを見た。

「見てこい。回れるなら回れ。だが、奥で待たれているようなら戻れ」

「承知しました」

 カスパルが騎馬を連れて道を外れた。

 連れたのは四十騎だった。細道へ入る前に馬を預け、人だけで回り込めるかを確かめる。

 レオンハルトは、続いて到着する歩兵へ目を向けた。

「ここで止めるつもりか」

 声は低かった。

「なら、早く退いてもらう」

◇ ◇ ◇

 切り通しへ近づくと、倒された木が見えた。

 太い幹を斜めに渡し、枝を道の手前へ向けている。

 その後ろへ盾が並んでいた。

 上の斜面に、弓を持った兵がいる。

 道を急いできた騎馬へ矢を浴びせ、木の前で止まったところを槍で受けるつもりなのだろう。

 レオンハルトは射程の外で馬を止めた。

「ヴィクトル。盾を前へ」

 ヴィクトルは百二十人を前へ出し、狭い道に入れる者から盾を重ねさせた。

「はい」

「アレクは、その後ろから上を押さえろ。道の兵を撃つ時は、味方を下げさせる」

「承知しました」

 アレクは、火槍隊の隊長を呼んだ。

 先に着いた百人隊を、左右五十人ずつへ分ける。後続の百人隊は道の後ろへ置き、直属の九十五人はさらに後ろで待機させた。左右が上の弓兵を抑え、その間に後続が道へ出る。

 走ってきたまま撃たせるのではない。

 息を整え、火縄を確かめ、隊長の合図を待たせる。

 弾薬箱を開く許可を受けた兵が、一発筒を取り出して装填する。左右五十人ずつの前で、赤い布が上がった。

 ヴィクトルが盾兵の隣へ立った。

「前へ進む。止まれと言うまで、列を崩すな」

 盾が上がる。

 兵が進んだ。

 敵の弓兵が立ち上がった。

 矢が降ってくる。

 盾へ当たる音に混じり、短い悲鳴がした。

 ヴィクトルは振り返らなかった。

「負傷者は後ろへ。空いた所を詰めろ!」

 盾の列が止まる。

 アレクは右の斜面を見た。

 敵の弓兵が次の矢を取ろうとしている。

「右上。見えている者を」

 隊長が命じた。

 火槍の銃口が上がる。

 『火蓋開け! 構え! 撃て!』の号令に合わせ、右の赤い布が下りた。

 発射音が、切り通しの間で響いた。

 斜面の土が跳ねた。

 弓兵の一人が膝を折り、別の兵が後ろへ倒れる。

 残った者が身を伏せた。

 左から、また矢が来た。

 アレクはそちらへ向いた。

 左でも五十人が火蓋を開き、構えていた。隊長が『撃て』と命じ、赤い布を振り下ろした。

 白煙が上がる。

 斜面にいた敵が木の陰へ下がった。

「盾兵を止めてください」

 アレクは伝令へ言った。

「道の奥を撃ちます」

 伝令がヴィクトルのもとへ走る。

 ヴィクトルは前を確かめ、盾兵を道の片側へ寄せた。

 その間を、まだ撃っていない後続の百人隊が進んだ。

 倒木の向こうで敵の盾が重なる。

 銃口が並ぶのを見て、後ろの兵が身を屈めた。

 火蓋を開いた百挺が構えられ、掲げられた赤い布が『撃て』の号令とともに下りた。

 盾の縁が割れた。

 敵兵が倒れ、後ろの者が支えきれずに下がる。

 それでも、列は残った。

 倒木がある。

 敵も、その後ろにいれば騎馬がすぐには来られないと分かっていた。

 アレクは、再装填を終えた最初の百人隊を前へ呼んだ。

 その時、北の斜面の奥で声が上がった。

 敵の兵が、そちらを振り返る。

 木の間から槍先が見えた。

 カスパルの兵だった。

 馬を下り、細い道を回ってきた者たちが、敵の弓兵へ迫っている。

 敵の隊長が何か叫んだ。

 倒木の後ろから、兵が数人抜ける。

 そちらを支えに行こうとしていた。

 レオンハルトが剣を抜いた。

「ヴィクトル、押せ!」

 盾兵が進む。

 倒木の手前で止まり、枝の間から槍を突き出した。

 敵が押し返そうとする。

 その横へ、斧を持った兵が入った。

 細い枝が落ちる。

 ロベルトが後ろの兵へ声を飛ばした。

「縄を掛けろ! 幹を全部動かすな、端を振れ!」

 兵が縄を引いた。

 倒木の端が、土を削って動く。

 道の片側に隙間ができた。

 敵の槍兵が、そこへ向き直ろうとした。

「下がれ!」

 ヴィクトルが味方へ叫んだ。

 盾兵が隙間を空ける。

 黒い馬が、その間へ飛び込んだ。

 レオンハルトの剣が、敵の槍を払った。

 馬の肩が盾へぶつかる。

 敵兵がよろめき、後ろの者を巻き込んだ。

 続いた騎馬が隙間を広げる。

 レオンハルトは馬を止めず、隊長らしい男へ向かった。

 男が剣を抜く。

 振り上げるより先に、レオンハルトの刃がその腕を打った。

 剣が落ちた。

 馬を寄せられた男は、盾の列へ逃げ込もうとして足を取られた。

 敵の声が変わった。

 前へ出ろという声より、退けという声が増える。

 斜面の上でも、弓兵が奥へ逃げ始めていた。

「追うな! 道を開けろ!」

 レオンハルトの声が響いた。

 アレクは、銃口を下げさせた。

 煙の向こうを、味方の騎馬が横切る。

 後ろから到着したエイドリアンが、退く敵と街道の間へ兵を置いた。

 敵は道を離れ、畑の方へ逃げていった。

 レオンハルトは追わなかった。

「通せるか」

 倒木の前へ戻り、尋ねる。

 ロベルトが縄を引く兵を見た。

「もう少し広げます。馬も荷車も、通せます」

「急げ」

 アレクは隊長たちを呼んだ。

「弾薬を確かめてください。撃った後、まだ装填を終えていない隊は、済ませてから進みます」

 ギルベルトが兵へ伝える。

 ヴィクトルは盾兵の列を見ていた。

 腕を押さえて座っている者がいる。

 動かない兵の前へ、仲間が膝をついていた。

 ヴィクトルは一度、目を伏せた。

「負傷者を荷車へ。歩ける者は、道の端へ寄れ」

 アレクも、その兵を見た。

 道は開いた。

 何も失わずに開いたわけではなかった。

 盾兵二人が死に、六人が歩き続けられない傷を負っていた。火槍隊が使ったのは二百発。道を塞がれてから、すでに半時間ほどが過ぎていた。

 倒木の端が、さらに動いた。

 ロベルトが手を上げる。

「通れます!」

 レオンハルトが馬を向けた。

「進むぞ」

◇ ◇ ◇

 グレンツベルクの城へ、白い布を掲げた騎馬が近づいてきた。

 朝の光が、兜へ当たっている。

 ルーカスは城壁の上から見下ろした。

「そこで止まれ」

 弓兵は構えたまま、弦を引かずに待っていた。

 騎馬の男が手を上げる。

「フェルゼン伯爵に従う諸侯の意を伝える!」

「聞こう」

「レオンハルト殿下への援助をやめ、城と橋を明け渡せ。兵は武器を置き、門を開け。従うならば、これ以上の抵抗は問わぬ」

 ルーカスは隣の指揮官を見た。

 指揮官は黙っている。

「領民はどうなる」

 ルーカスが尋ねた。

「命令に従う者へ、無用な危害は加えぬ」

「では、先に城から出す。女と子供、老人を西へ通せ」

「開門が先だ」

「兵は出さぬ。避難する者だけだ」

「兵が混じっていないと、どう確かめる」

「そちらの立ち会いを認める」

 使者は顔を上げた。

 すぐには答えなかった。

「条件を付けられる立場だと思うな」

 ルーカスの指が、石の縁へ掛かった。

 城の中には、昨日から逃げ込んできた者がいる。

 北の坂で、荷を捨てさせた者もいる。

 家を離れれば守ってもらえると思い、ここまで歩いてきた。

 門を開けてから、その者たちを取り戻すことはできない。

「安全に通す約束はできぬということか」

「門を開ければ、話はできる」

「今、している」

 使者の顔が険しくなった。

「返事を求めている」

 ルーカスは城下を見た。

 騎馬の後ろに、槍兵が待っている。

 そのさらに奥では、長い梯子を運んでいた。

「武器は捨てない」

 ルーカスが答えた。

「領民を守る条件も聞かず、城を渡すことはできない」

「後悔するぞ」

 使者が馬を返した。

 ルーカスは、その背中が味方の列へ入るまで見ていた。

 隣で指揮官が息を吐いた。

「始まります」

「ああ」

 ルーカスは城内へ向いた。

「門の前を空けろ。水を上へ運ばせる。矢は、近づいた者へ使え」

 兵が走り出した。

◇ ◇ ◇

 最初に矢が飛んできた。

 城壁の石へ当たり、弾かれた矢が足元へ落ちる。

 ルーカスは身を低くした。

「まだだ。盾の陰へ」

 敵の歩兵が進んでくる。

 城へ寄せてきたのは四百人ほどだった。後ろには、まだ攻めていない兵が残っている。

 大きな盾の後ろへ兵が付き、その間を梯子が運ばれていた。

 城門の方には、丸太を抱えた一団がいる。

 立派な攻城具ではない。

 太い木を切り、枝を払ったものだった。

 それでも、何度も打ちつけられれば門は傷む。

「門の上、用意しろ!」

 指揮官が叫んだ。

 城の弓兵が立つ。

 矢が放たれた。

 敵の盾へ刺さる。

 盾から腕を出していた男が倒れ、丸太の前が下がった。

 後ろの兵が代わって持つ。

 進みは止まらなかった。

 ルーカスは右へ目を向けた。

 梯子が上がってくる。

「右だ!」

 近くの兵を連れて走った。

 梯子の先が石へ掛かった。

 下から、兜が見える。

 味方の兵が長い棒を差し出した。

 押そうとするが、梯子は動かない。

 敵が下で支えていた。

「登ってくる者を止めろ!」

 ルーカスは盾を前へ出した。

 敵の剣が、その縁を叩いた。

 梯子の上の男が、片手を石へ掛ける。

 ルーカスは剣を突き出した。

 男が身を引く。

 足を踏み外し、後ろの兵へぶつかった。

 梯子が大きく揺れた。

「今だ!」

 棒が押し込まれる。

 二人の兵が肩を並べて力を掛けた。

 梯子の先が、石から離れた。

 下で声が上がる。

 倒れる音を聞く前に、城門へ重い衝撃が響いた。

 一度。

 続けて、もう一度。

 ルーカスは振り返った。

 門の上の兵が、石を落としている。

 丸太を持つ者の盾が傾いた。

 だが、敵の弓兵も城壁へ矢を送り続けていた。

 味方の一人が胸を押さえ、後ろへ倒れた。

「運べ!」

 指揮官が兵を呼ぶ。

 倒れた者を引きずり、階段へ下げた。

 空いた場所へ別の兵が入る。

 ルーカスは門の上へ戻った。

「丸太の前を狙え。持つ者が減れば、下がる」

 弓兵が頷いた。

 身を起こし、弦を引く。

 矢が飛んだ。

 丸太の脇の男が倒れた。

 後ろへ下がろうとした者と、前へ進もうとした者がぶつかる。

 丸太が地面へ落ちた。

「続けろ!」

 石が落ちる。

 敵の一団が、盾を頭の上へ掲げたまま退き始めた。

 左の梯子も離れた。

 城壁へ近づいていた敵が、少しずつ外へ戻っていく。

 味方の兵が声を上げた。

「退いたぞ!」

 ルーカスは城下を見続けた。

 敵は逃げているのではない。

 矢の届きにくい場所まで下がり、そこで止まっていた。

「矢を止めろ」

 ルーカスが言った。

「追って撃つな」

 弓兵が腕を下ろした。

 息を切らした兵が、石へ背を預ける。

 指揮官が隣へ来た。

「門は持ちました」

「傷は」

「下の板が割れています。内側から当て木をします」

「頼む」

 ルーカスは城壁を見渡した。

 立っていた場所に、戻ってこない兵がいた。

 石の上へ血が流れている。

 拾える矢を集めていた兵が、折れたものを脇へ置いた。

 その数も少なくなかった。

 百四十人いた守り手のうち、十二人が死に、二十八人が城壁へ戻れない傷を負っていた。残る百人で、次も受けなければならなかった。

「次が来る前に、休ませろ。交代で水を飲ませる」

「領主様も」

 指揮官が言った。

 ルーカスは自分の腕を見た。

 昨日から腫れていたところへ、また盾の衝撃が入っていた。

 指を開こうとすると痛む。

「少しだけだ」

 剣を鞘へ戻し、階段へ向かった。

◇ ◇ ◇

 城内の広間には、横になった兵が並んでいた。

 布を裂く音がする。

 湯を運ぶ者と、水を運ぶ者が行き交っていた。

 ルーカスの妻は、空いていた机を壁へ寄せさせていた。

「ここへ寝かせてください。通り道は空けて」

 担がれてきた兵が下ろされる。

 妻は顔を覗き込み、手当てをする者を呼んだ。

 ルーカスへ気づいたのは、その後だった。

「腕を」

「打っただけだ」

「では、確かめてもらってください」

 椅子が引かれた。

 ルーカスは座った。

 袖を緩めると、腕が赤く腫れていた。

 手当てをする男が指を動かさせる。

「握れますか」

 ルーカスは拳を作った。

「痛みはありますね」

「使える」

「休ませた方がよいのですが」

「今は難しい」

 男は何も言わず、濡らした布を取った。

 フェリックスが、畳んだ布を抱えて入ってきた。

 家宰に何か言われ、棚へ置く。

 父を見つけると、今度は近づいてきた。

「父上」

「どうした」

 少年は、腫れた腕を見た。

 昨日と同じことを尋ねかけて、口を閉じた。

 ルーカスは空いている手を膝へ置いた。

「こちらへ」

 フェリックスがそばへ来る。

 広間の奥で、兵がうめいた。

 少年の肩が小さく動いた。

「殿下は、来てくださいますか」

 ルーカスは息子を見た。

 答えを待っている。

 来ると言えば、次にいつかと尋ねたいのだろう。

「知らせが届けば、必ず動いてくださる」

「もう、届いていますか」

「ここからでは、分からない」

 フェリックスが目を伏せた。

 ルーカスは続けた。

「だから、何人も出した。一人が止められても、別の者が届けられるように」

「はい」

「私たちは、それまで城を守る」

 少年が頷いた。

 ルーカスは、その手を見た。

 布を運んでいた指が、固く握られていた。

「怖ければ、母上か家宰のそばにいなさい」

 フェリックスが顔を上げた。

「でも、運ぶものが」

「一人で行かなければよい。頼まれたことも、できなければそう言いなさい」

 少年は父を見つめた。

 やがて、小さく頷いた。

 妻がフェリックスの背へ手を添えた。

「一緒に、水を取りに行きましょう」

「はい」

 二人が広間の奥へ向かう。

 ルーカスは、その姿を見送った。

 手当ての男が布を巻き終えた。

「強く握り続けないように」

 ルーカスは立った。

 言われたとおり、一度、指を開く。

 それから剣帯を直した。

◇ ◇ ◇

 切り通しを抜けた後も、救援軍は進み続けた。

 水を飲ませる時も、道を空けて順に休ませる。

 後ろの隊が追いつけば、前の隊がまた歩き始めた。

 アレクは馬の上で、火槍隊の列を見た。

 先ほど射撃した隊がいる。

 まだ撃っていない隊が、その後ろを歩いている。

 隊長が声を掛けるたびに、兵が顔を上げた。

 前から騎馬が戻ってきた。

 カスパルだった。

 馬の首に汗が浮いている。

「丘の上から、煙が見えます」

 レオンハルトが顔を上げた。

「どちらだ」

「グレンツベルクの方角です。ただ、町か村かまでは」

 アレクは西を見た。

 ここからは丘に遮られている。

 レオンハルトはカスパルを連れ、道の脇の高い所へ馬を進めた。

 マティアスとアレクも続いた。

 丘を越えた先の空へ、細い煙が上がっていた。

 一筋ではない。

 風に流され、低く伸びている。

 城は見えなかった。

 あれが炊事の煙なのか。

 道沿いの家なのか。

 ここからでは確かめられない。

 レオンハルトはしばらく黙って見ていた。

「先へ出ろ」

 斥候へ命じる。

「何が燃えている。城は持っているか。見えるところまで行って戻れ」

「承知しました」

「途中の敵と戦うな。知らせを持ち帰れ」

 騎馬が丘を下りた。

 レオンハルトは馬首を返した。

 下の街道を、兵が歩いている。

 火槍を担いだ者も、盾を背負った者も、同じ道を進んでいた。

 マティアスが隣へ来た。

「隊は続いております」

「ああ」

 レオンハルトは、もう一度だけ煙を見た。

「ルーカス。持たせろ」

 小さな声だった。

 アレクには聞こえたが、返す言葉はなかった。

 レオンハルトが丘を下りる。

 マティアスも続いた。

 アレクは火槍隊の隊長へ近づいた。

「前との間を空けないでください。ただし、走らせずに」

「承知しました」

 兵が肩へ担いだ火槍を直した。

 列が進む。

 アレクも馬を進めた。

 煙は、丘の陰へ見えなくなった。

第十七話を読んでいただき、ありがとうございました。

救援へ急ぐレオンハルトたちと、城を守るルーカス。それぞれの戦いの続きを、見届けていただけましたら幸いです。

ブックマークや評価で応援していただけると、励みになります。


少しでも面白い、続きが気になると思ってくださったら、ページ下部にある【ブックマークに追加】や【★★★★★】での評価で応援していただけると、執筆の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。