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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第十六話 北から来る兵

六十人の護送を終えたアレクたちを、新たな敵の動きが待っていた。

リートベルクの正面と、グレンツベルクの北。離れた二つの場所で、事態が動き始める。

 リートベルクの陣へ戻ると、火槍隊の隊長たちが待っていた。

 アレクは馬を下り、カスパルとともにマティアスの天幕へ向かった。

 六十人が全員、ライモントの領地へ入ったこと。

 帰還路を塞いでいた兵を退かせたこと。

 火槍は構えたが、撃たずに済んだこと。

 順に報告すると、マティアスは頷いた。

「ライモント殿からも、使者が来ている」

「では、帰還の件は」

「聞いている。ただ、道で何があったかは、そちらからも確かめたかった」

 カスパルが口を開いた。

「向こうは、命じても動かぬ兵を連れていました。全員が同じつもりで来ているわけではありません」

「その家は分かるか」

「盾の印は控えてあります」

「ユリウス殿へ渡しておいてくれ」

 マティアスは机の脇へ置いた紙を取った。

「二人とも、休ませたいところだが、先に次の話をする」

 アレクは姿勢を正した。

「敵が出てきた」

 地図の北東へ、指が置かれる。

 リートベルクから先へ続く道だった。

「前哨へ矢を射かけ、兵が出ると退く。昨日から、場所を変えて繰り返している」

「北東の宿営地には、合わせて三千ほどいると斥候が見ている。今出ている兵を退かせても、後ろの兵が消えるわけではない」

「こちらを誘っているのでしょうか」

「それもあるだろう。だが、放っておけば村へ入る」

 マティアスはアレクへ紙を渡した。

 火槍隊の配置が記されていた。

「本隊に残していた三百人も動かす。各隊長から、詳しい報告を受けろ」

「承知しました」

「兵を出す命令は、殿下と私から出す。そちらは隊長たちと、射撃の順と配置を合わせてくれ」

「一か所へ集めるのでしょうか」

「まだ決めていない。道を空ける隊と、前へ出す隊が要る。全部を一列へ並べればよいとは思うなよ」

「はい」

 マティアスは頷いた。

「カスパルは、先発が戻り次第、話を聞いてくれ。帰還路で見た兵と同じ家がいるか、確かめたい」

「分かりました」

 天幕を出ると、アレクは待っていた隊長たちを呼んだ。

 ギルベルトも隣へ立つ。

 それぞれの隊が持つ火槍と、弾薬の残り。

 兵の疲れと、休ませている者。

 報告は、隊ごとに受けた。

 集まった数が増えても、アレク一人の声が全員へ届くわけではない。

 隊長が聞き、自分の兵へ伝える。

 伝わったことを確かめてから、動かす。

「私から合図が見えなくても、勝手に隣の隊へ合わせて撃たないでください」

 アレクは言った。

「前に味方が入る場合があります。射撃を止める命令は、各隊でも徹底してください」

 隊長の一人が頷いた。

「位置を変える際は」

「動く前に知らせてください。ギルベルトにも伝えていただければ、こちらへ回ります」

「承知しました」

 アレクは地面へ棒で線を引いた。

 道と、前方にある畑。

 伝令が走る場所を、射撃する場所とは分ける。

 隊長たちが、その線を囲んだ。

◇ ◇ ◇

 翌朝、前哨から兵が戻ってきた。

 肩へ矢を受け、別の兵に支えられている。

 レオンハルトは手当てをする者へ場所を空け、同行していた兵を呼んだ。

「どこでやられた」

「北東の道です。林の手前から、弓兵が出てきました」

「追ったか」

「追っておりません。下がる途中で、槍兵も見えました」

「数は」

「木の間にもおりましたので、すべては」

「見えた分でよい」

「弓兵は左右で八十ほど。林に見えた槍兵は、百二十ほどです」

 ユリウスが地図へ書き込んだ。

 昨日、敵が出た場所とは違う。

 少し南へ寄っている。

 そこから進めば、リートベルクの村へ通じる。

「前を押さえる」

 レオンハルトが言った。

「村へ入らせるな。だが、林の奥まで追うな」

 隊長たちが動いた。

 アレクも火槍隊へ戻った。

 今日は、自分の隊だけを先頭へ置くのではない。

 本隊に残っていた三百人のうち、百人を正面へ、百人を左の畑へ向けた。残る百人は城へ戻る道を守り、護送から戻った直属の九十五人は後ろへ控えさせる。

 それぞれが、決められた位置へ向かった。

◇ ◇ ◇

 敵の弓兵は、林の外へ出ていた。

 こちらが近づくと矢を放ち、歩兵の列が進む前に下がる。

 味方の盾へ矢が当たった。

 地面に落ちた矢を、後ろの兵が踏み越える。

 アレクは、少し高い場所から前を見た。

 火槍隊の前列は、まだ止まっている。

 盾兵が敵の矢を受け、道の脇を空けるのを待っていた。

「前の隊へ。右の端から見える場所を使ってください」

 伝令が走る。

 隊長が赤い布を掲げた。

 兵が横へ広がり、銃口が並んだ。

 敵の弓兵が、こちらへ弓を引いた。

 『火蓋開け、構え』の声に続き、『撃て』の号令とともに赤い布が振り下ろされた。

 白煙が吹き出す。

 弓兵の一人が倒れ、隣の者が身を屈めた。

 敵が林の方へ退く。

 味方の槍兵が進もうとしたが、隊長の声で止まった。

「追うな!」

 アレクは左を見た。

 別の敵兵が、畑の低い所から出てきていた。

 最初の弓兵へ目を向けている間に、横へ寄ろうとしている。

「左の隊へ知らせてください」

 隣の伝令へ命じる。

 すでに、そちらの隊長も気づいていた。

 こちらの合図を確かめ、兵を向け直す。

 そちらでも赤い布が上がり、号令とともに下りた。

 発射音が重なった。

 畑へ出た敵が止まる。

 前へ伏せた者を、後ろの兵が引いて戻った。

 その間に、最初の隊が装填を進める。

 すべての隊が同じ相手へ撃っているわけではない。

 片方が敵を止め、その間に別の隊が次へ備える。

 アレクは、煙の向こうを見続けた。

 敵の槍兵は、出てこなかった。

 林の縁で穂先が動く。

 やがて、その列も後ろへ下がり始めた。

 追えば届きそうな距離だった。

 だが、そこから先は木が重なり、人の姿が見えなくなる。

 レオンハルトが馬を進めた。

「止めておけ」

 近くの隊長へ言う。

「林へ入るな」

 アレクは、前へ出ている隊へ射撃を止めるよう伝えた。

 白煙が薄くなる。

 敵がいた場所には、倒れた者と、捨てられた弓が残っていた。

 勝ったと言うには、敵の退き方が整いすぎていた。

 発射したのは二百挺が一度ずつ、計二百発だった。火槍隊に新たな負傷者はいなかったが、前哨の兵も含め、歩兵四人が戦列を離れる傷を負っていた。

◇ ◇ ◇

 昼を過ぎると、別の道で敵が見つかった。

 今度は騎馬が混じっている。

 村の手前まで来たが、こちらの見張りが増えたと知ると、離れた丘へ戻った。

 レオンハルトは二つの報告を並べた。

「こちらを崩すつもりなら、もう少し兵を合わせてくる」

 マティアスが頷いた。

「出る場所は変えていますが、一度に押してはきません」

「負けたくはない。だが、勝つために出ているとも思えん」

 レオンハルトは地図を見た。

 リートベルクから兵を抜けば、敵は村へ入れる。

 全軍で押せば、林や丘へ退く。

 こちらが動くたびに、向こうも場所を変えていた。

「俺たちを、ここへ置いておきたいのか」

 ユリウスが顔を上げた。

「ほかで兵を動かしていると」

「分からん。だから確かめる」

 レオンハルトは西へ続く道を指した。

「荷の道へも人を出せ。グレンツベルクだけではない。北から回る道も見る」

「承知しました」

「知らせが来ていないから、何もないとは思うな」

 ユリウスが伝令を呼んだ。

 マティアスはアレクへ向いた。

「火槍隊を、すべて前へ貼りつけることはしない。交代で休ませろ」

「はい」

「移動を命じることもある」

 アレクは頷いた。

 遠くで、また見張りの角笛が鳴った。

 全員が、そちらへ顔を向けた。

◇ ◇ ◇

 王宮の窓は、閉じられていた。

 外は明るい。

 それでも、国王は膝へ薄い布を掛けていた。

 ライゼンが書状を読み上げる。

 東部の混乱は、レオンハルトの軍が進出したことで広がっている。

 まず救援軍を引かせ、その上で諸侯の間の話し合いを行わせてほしい。

 国王は途中で手を上げた。

「城を攻めたのは、どちらが先だ」

 ライゼンが書状から目を上げる。

「リートベルクの領主から届いた訴えでは、殿下の到着より前です」

「では、順序を変えて書いている」

 国王は机へ手を伸ばした。

 別の報告を取ろうとして、咳き込んだ。

 一度では止まらなかった。

 布を口へ当て、身体を折る。

 ライゼンが近づいた。

「陛下」

 国王は片手を上げた。

 咳が収まるまで待ち、椅子へ身体を戻す。

 呼吸が、少し荒かった。

「続きを」

「その前に、お休みください」

 室内に控えていた侍医が言った。

「熱が続いております。昨夜も、十分にはお休みになれていません」

「今、寝れば、返事が遅れる」

「お返事は、ライゼン殿にお伝えいただけます」

 国王は不満そうに侍医を見た。

 だが、机の紙へ伸ばしかけた手を戻した。

「救援軍は引かせぬ」

 ライゼンへ言う。

「退去を命じた兵を、先に退かせよ。釈明は、その後でもできる」

「そのように」

「レオンハルトにも伝えろ。救った領地を、戻った兵に荒らさせるな」

 ライゼンが頷いた。

 国王は目を閉じた。

 少し休めば、また読める。

 そう言うつもりだったが、息を整える方が先になった。

 侍医が、寝所の支度をするよう側仕えへ合図した。

◇ ◇ ◇

 グレンツベルクの北の見張りが異変を知ったのは、朝の交代が終わった後だった。

 道の向こうに、騎馬が見えた。

 一騎ではない。

 その後ろから、槍兵が続いている。

 見張りの兵は、すぐには近づかなかった。

 丘の脇から数え、旗を確かめる。

 以前、六十人を追ってきた者たちより多かった。

 しかも、道の途中で止まらない。

 先頭の騎馬が分かれ、一方は集落へ続く道へ向かった。

「知らせろ」

 見張りの指揮官が言った。

「領主様へ。兵が入ってくる」

 伝令が馬へ乗った。

 残る兵は、道を少し下がった。

 通行を求める使者は来なかった。

◇ ◇ ◇

 ルーカスは、報告を聞くと地図を広げた。

 指で示された道を見て、顔を上げる。

「北の村へ、人を出せ。城へ避難させる」

 家宰が振り返った。

「荷も運ばせますか」

「持てるものだけだ。家の中を片づけてから出るなと伝えろ」

 別の者を呼ぶ。

「殿下とマティアス伯爵へ知らせる。兵が領内へ入った。数は確認中。北の道を押さえようとしていると」

「同じ道で参りますか」

「分けろ。一人はリートベルクへ続く道を使う。もう一人は川沿いから出ろ」

 ルーカスは剣帯を取った。

 家宰が近づく。

「どちらへ」

「北の坂だ」

「兵を向かわせます」

「向かわせろ。私も行く」

 ルーカスは窓の外を見た。

 北の集落から城へ来る道は、坂の下で街道と交わる。

 そこを先に押さえられれば、領民は道を外れて逃げなければならなくなる。

 畑を歩ける者ばかりではない。

「城の兵は残せ。門を空にするな」

「動かせる百五十人のうち、六十人を坂へ。九十人は城へ残す」

「承知しました」

 妻が広間へ入ってきた。

 報告の声を聞いていたのだろう。

 ルーカスの剣を見ても、尋ねなかった。

「こちらは、何をすればよいですか」

「避難してくる者を受け入れてくれ。水と、休ませる場所を」

「分かりました」

「フェリックスは、家宰のそばへ」

 妻が頷いた。

 ルーカスは一度、言葉を切った。

「西の道を確かめさせる。通れるなら、二人も先へ出てくれ」

 妻の表情が動いた。

「あなたは」

「兵と領民を入れてからだ」

 妻は何か言いかけた。

 だが、外で馬を呼ぶ声がした。

「必ず、知らせてください」

「ああ」

 ルーカスは外套を留め、広間を出た。

◇ ◇ ◇

 坂の上へ着いた時、最初の領民が下りてきていた。

 荷車を引く者がいる。

 籠を背負った者もいる。

 子供の手を引く女が、ルーカスを見て足を止めた。

「領主様」

「そのまま行け。城で受け入れる」

「家に、まだ」

「人は残っているか」

「いいえ。荷が」

「後だ」

 ルーカスは道を示した。

「今は、城へ」

 女が頷き、歩き出す。

 兵の一人を付けた。

 坂の下では、別の兵が街道を見ていた。

 敵の騎馬が近づいている。

 後ろには歩兵もいた。

 見えるだけで二百人ほどいた。ルーカスは狭い坂へ六十人を詰め、敵が数を並べられない場所で受けるつもりだった。

「ここで止める」

 ルーカスが言った。

 坂道は広くない。

 片側は石の出た斜面で、もう片側は浅い溝になっている。

 横へ大きく広がることはできなかった。

「盾を前へ。槍は、その後ろだ」

 兵が並ぶ。

「追うな。人が抜けるまで持たせる」

 ルーカスは後方を見た。

 まだ、荷車が来ている。

 その後ろにも、人影があった。

 敵の騎馬が坂の手前で止まった。

「道を開けろ!」

 声が届いた。

 ルーカスは剣を抜かなかった。

「ここは私の領地だ! 何の許しで入った!」

「抵抗しなければ、危害は加えぬ!」

「なら、そこで止まれ!」

 敵は止まったままではいなかった。

 騎馬が脇へ寄り、歩兵が前へ出る。

 盾を持つ者が並んだ。

 ルーカスは剣を抜いた。

「来るぞ」

 坂の上から、車輪の軋む音がした。

◇ ◇ ◇

 荷車が傾いていた。

 片方の車輪が、道の端へ落ちかけている。

 御者が手綱を引いたが、馬は進まなかった。

 荷台には袋と箱が積まれ、その脇に老人が座っている。

「押せ!」

 村の男が後ろへ回った。

 別の者も手を掛ける。

 だが、荷車は少し揺れただけだった。

 坂の下から、盾のぶつかる音がした。

 ルーカスの兵が、敵を受けていた。

 槍が突き出される。

 相手の盾へ当たり、穂先が滑った。

 ルーカスは荷車を見た。

「荷は置け。人を先へ出せ!」

 御者が顔を上げる。

「ですが、これを捨てれば」

「車をここへ置いたまま、人も残すつもりか!」

 ルーカスは近くの兵を指した。

「老人を下ろせ。後ろの者も通せ」

 兵が荷台へ手を伸ばす。

 老人がしがみついていた箱を、御者が受け取った。

「それも置け」

 ルーカスが言った。

 御者の手が止まる。

 やがて箱を地面へ下ろし、老人の身体を支えた。

 袋を二つ、道の脇へ落とす。

 軽くなった荷車を男たちが押した。

 車輪が土を削り、道へ戻った。

「進め!」

 御者が馬を引く。

 荷車が動いた。

 後ろに詰まっていた人々が、ようやく坂を下り始める。

 ルーカスは兵の列へ戻った。

 味方の盾が押されていた。

 一人が後ろへ下がり、空いた場所へ敵の槍が入る。

 ルーカスは盾の縁へ肩を当てた。

「詰めろ!」

 隣の兵が寄る。

 敵の槍が、二枚の盾の間で止まった。

 味方の槍兵が突く。

 相手が身を引き、列が少し離れた。

 ルーカスの腕へ衝撃が残った。

 剣を握った指を動かす。

 坂の上から、見張りが叫んだ。

「最後の者が下ります!」

 ルーカスは振り返った。

 兵が一人、子供を背負っていた。

 その後ろを、村の男が走ってくる。

「残っている者は!」

「見えた者は、全員です! 村の中も声を掛けました!」

 ルーカスは頷いた。

「後ろから退け! 二つ目の曲がりまで行け!」

 盾兵を一度に動かさなかった。

 前を向いている者を残し、後ろの兵から下げる。

 敵が押してくる。

 盾で受ける。

 槍を向けたまま、一歩ずつ下がった。

 追おうとした敵兵の足が、溝へ落ちた。

 隣の者が避け、列が乱れる。

 ルーカスはその間に、前の盾兵も退かせた。

「今だ。下がれ!」

 自分も後ろへ歩く。

 最後に、坂の上へ目を向けた。

 道の脇に捨てた袋が破れ、中身がこぼれていた。

 敵の兵が、そこまで上がってきている。

 だが、その向こうに領民の姿はなかった。

◇ ◇ ◇

 城へ続く道には、避難してきた者が並んでいた。

 ルーカスの妻は、門の内側で家宰と話していた。

 水を配る場所と、怪我をした者を寝かせる場所を分ける。

 家族を探している者には、名前を聞いて同じ所で待たせる。

 誰も彼もが門前へ集まれば、後から来る荷車が入れなくなる。

「こちらを空けてください。荷車が通ります」

 声を掛けると、人が脇へ寄った。

 フェリックスは家宰のそばで、受け取った名を書いていた。

 聞き取れず、顔を上げる。

「もう一度、お願いします」

 女が名を繰り返した。

 少年は一文字ずつ書いた。

「お子さんは、お二人ですね」

「そうです」

 フェリックスが頷いた。

 いつもより、筆が遅かった。

 荷の数なら、間違えても隣の帳簿を確かめられる。

 だが、目の前の女は、離れた家族が来たかどうかを知りたがっていた。

 少年は家宰へ紙を見せた。

「この方は、まだです」

「では、こちらで待っていただこう」

 家宰が女を案内した。

 フェリックスは門の外へ目を向けた。

 父は、まだ戻っていなかった。

◇ ◇ ◇

 ルーカスが城へ着いたのは、北の集落から来た最後の荷車より後だった。

 外套に土が付き、盾を持っていた腕が重い。

 門へ入る前に、兵を振り返った。

「怪我をした者は、先に手当てを受けろ」

「領主様も」

「後で診せる」

 言うと、指揮官が黙らなかった。

「後で、必ず」

 ルーカスは頷いた。

 中庭へ入る。

 フェリックスが顔を上げた。

 駆け寄ろうとして、家宰の隣で足を止める。

 ルーカスは自分から近づいた。

「よく働いているな」

「父上は、怪我を」

「大きなものではない」

 少年は外套の袖を見た。

 裂けていた。

 ルーカスはその視線に気づいた。

「あとで診てもらう」

 妻が近づいてきた。

「西の道を見に行った者が、戻りました」

 ルーカスの顔が変わった。

 兵が一人、後ろに控えていた。

「どこまで行った」

「西の分かれ道までです。先に兵がおりました」

「どこの兵だ」

「旗は、北から来た者と違います。ただ、道へ人を置き、通る者を止めていました」

「こちらを見られたか」

「近づく前に戻りました」

 ルーカスは黙った。

 北の兵だけではない。

 橋へ向かう道とは別に、西の道にも出ている。

 自分たちを追ってきた先発隊が、そこまで回ったとは思えなかった。

 妻子を乗せるための馬車は、中庭に用意されていた。

 ルーカスはそれを見た。

「今は出せない」

 妻が頷いた。

「別の道は」

「調べさせる。だが、確かめずに馬車を出すわけにはいかない」

「分かりました」

 ルーカスは家宰へ向いた。

「二人は城の奥へ。必要なものは、運べるようにしておいてくれ」

「承知しました」

 フェリックスが父を見た。

「皆さんも、ここにいるのですか」

「ああ。入れる者は入れる」

 ルーカスは少年の肩へ手を置いた。

「お前も、今は中へ」

 フェリックスは頷いた。

 妻に手を添えられ、城内へ向かう。

 ルーカスは、その背中が扉の向こうへ消えるまで見ていた。

◇ ◇ ◇

 夕方までに、報告が続いた。

 北から来た歩兵と、別の道へ回った騎兵を合わせ、敵は千五百ほどと見られていた。ルーカスの兵は坂で三人が死に、七人が戦列を離れた。城壁へ立たせられるのは、百四十人だった。

 北の坂へ、敵の歩兵が増えている。

 西の道では、荷を運んでいた者が戻されてきた。

 橋の下流でも、騎馬を見た者がいる。

 ただし、どこまで道が塞がれたかは、まだ分からない。

 ルーカスは地図へ印を置いた。

 橋へ兵を集めれば、北と西から町へ入られる。

 道へ分ければ、どこも薄くなる。

 手元の兵で、すべてを守ることはできなかった。

「橋の見張りは、合図を見たら戻せ」

 ルーカスが言った。

 指揮官が顔を上げる。

「橋を離れるのですか」

「そこで囲まれれば、城へ戻れなくなる」

 ルーカスは町の北端を指した。

「外の見張りも、夜まで残すな。避難を知らせる役目を終えた者から、中へ入れる」

「敵が進みます」

「進ませぬために、兵を外へ置いたまま失うわけにはいかない」

 指揮官は地図を見た。

 やがて、頷いた。

「城の守りへ戻します」

「町に残る者へ、もう一度知らせろ。今なら入れる。荷のために残るなと」

 家宰が走った。

 ルーカスは、使者の記録を取った。

 朝、二人を出した。

 一人は街道。

 もう一人は川沿い。

 戻ってはいない。

 抜けたのか。

 止められたのか。

 ここからは、分からなかった。

「もう一人、出す」

 ルーカスが言った。

「今の配置も知らせたい。道は、案内できる者と相談して選べ」

 兵が頭を下げた。

 ルーカスは紙を引き寄せた。

 北から兵が入り、西の道にも現れたこと。

 領民を城へ入れていること。

 橋と街道の守りを縮め、籠城に備えること。

 書き終え、封をした。

◇ ◇ ◇

 川沿いへ出た最初の使者は、その頃、グレンツベルクの外にいた。

 馬を引き、細い道を登っている。

 川岸の道をそのまま進めば早かった。

 だが、前方で馬の声を聞き、林へ入った。

 引き返したわけではない。

 土地を知る案内役が、上へ抜ける道を示した。

 日が傾いた時、ようやく別の街道へ出た。

 使者は懐へ手を入れた。

 書状はある。

 馬へ乗り、リートベルクの方角へ進む。

 後ろを振り返ると、遠くの丘に小さな人影が見えた。

 追ってきているのかは分からない。

 確かめるために、止まることはしなかった。

◇ ◇ ◇

 城門の内側で、閂を確かめる音がした。

 まだ、完全には閉めていない。

 最後の見張りが戻るのを待っていた。

 中庭には、人が増えていた。

 泣く子供をあやす声。

 水を求める声。

 家族の名を呼ぶ声。

 ルーカスは城壁へ上がった。

 北の方に、火が見えた。

 家が燃えているのではない。

 敵の宿営の火だった。

 一つだけではなかった。

 町を見下ろす丘へ、少しずつ増えている。

 指揮官が隣へ来た。

「北の見張りが戻りました」

「人は」

「連れてこられる者は、入れました」

 ルーカスは頷いた。

「門を閉めろ」

 命令が下へ伝わる。

 重い扉が動いた。

 その音を聞きながら、ルーカスはリートベルクへ続く道を見た。

 暗くなれば、ここから道は見えない。

 それでも、使者はその先へ向かっているはずだった。

「知らせは出した」

 ルーカスは言った。

 隣の指揮官が、こちらを向く。

「あとは、ここを持たせる」

 城門の閂が、深く落とされた。

第十六話を読んでいただき、ありがとうございました。

領民を城へ迎え入れ、救援を求める使者を送り出したルーカス。東部の戦いは、新たな局面を迎えます。

続きもお読みいただけましたら幸いです。

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