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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第十五話 六十人の帰る道

ルーカスに保護された六十人を、主君のもとへ。

アレクとカスパルは護送を引き受けるが、帰還路には再び反対派の兵が立ちはだかる。

 ルーカスからの書状が届いた時、レオンハルトはリートベルク周辺の道を確かめていた。

 敵が退いたからといって、荷が自由に通れるようになったわけではない。

 見張りを置き直し、近隣の領主と連絡を取り、逃げた兵が集まっている場所を調べる必要があった。

 ユリウスが広げた地図の上へ、マティアスが書状を置いた。

「グレンツベルクへ、六十人が逃れてきたそうです」

 レオンハルトが顔を上げた。

「先日、使者が来た家の兵か」

「はい。隊長のブルーノが、帰還命令を持っています。ルーカス殿はご当主へ確認の使者を出し、兵を領内で休ませています」

「追手は」

「引き渡しを求めましたが、断ったと」

 レオンハルトは書状を読んだ。

 負傷者の状態まで記されていた。

 歩ける者。

 肩を借りれば動ける者。

 今は馬から下ろして寝かせている者。

 最後に、帰路を確かめるまでは送り出せないとあった。

「受け入れた後まで、一人に背負わせるな」

 レオンハルトが言った。

 マティアスは頷いた。

「護送の兵を出します」

「本隊は、ここへ残す」

「そのつもりです。こちらが引けば、エドガー殿の周囲へまた兵を入れられます」

 レオンハルトは地図へ手を置いた。

 グレンツベルクから六十人の故郷へ向かうには、敵の集結地へ近い道を避ける必要がある。

 遠回りでも、通行を認める領主の土地をつないで進む。

「アレクとカスパルを出せ」

「アレクには、動ける火槍隊を率いさせます。負傷者は、こちらに残します」

「ああ。数を揃えるために、寝ている者を起こすな」

 マティアスは書状を畳んだ。

「途中の道と、迎えの兵を確かめてから出発させます」

「ご当主にも伝えろ」

 レオンハルトが言った。

「兵を帰せと命じたなら、帰ってくる場所を用意して待てと」

◇ ◇ ◇

 ブルーノは、使者が戻ったと聞いて立ち上がった。

 脚の傷は浅かったが、歩き始める時に痛んだ。

 それでも、寝ている兵よりは動ける。

 休息に使っている建物を出ると、見慣れた家臣が馬から下りていた。

「ご領主様は」

「待っておられる」

 家臣が答えた。

「よく兵を連れてきた」

 ブルーノは、そこで初めて息を吐いた。

 家臣の後ろには荷車が二台あった。

 寝かせて運ぶための藁と布が積まれている。

「動けぬ者がいると聞いた」

「はい」

「乗せる順番を決めてくれ。道は、こちらだけでは決められぬそうだ」

「グレンツベルクの領主様が、確かめてくださっています」

 ブルーノは答えた。

 ルーカスの館では、すでに返書が開かれていた。

 差出人はライモントだった。

 六十人へ帰還を命じたことに間違いはない。

 隊長ブルーノが持つ書状も、自分の命令で出したものである。

 その二つを、印とともに認めている。

 ルーカスは続きを読んだ。

「盟約から、離れるそうだ」

 家宰が顔を上げた。

「兵だけを戻すのではなく、ですか」

「ああ」

 ライモントは、同じ内容の書状を国王とフェルゼン伯爵へも送ると記していた。

 自家の兵を、主の許しなく他領への攻撃に使わせない。

 国王の退去命令に従い、領内の守りへ戻す。

 共同防衛の名で兵の帰還を禁じる盟約には、これ以上従えない。

 ルーカスは書状を机へ置いた。

「こちらも、送り出す支度を進める」

「追手は、まだおります」

「だから、道を選ぶ」

 ルーカスは地図を開いた。

 迎えの家臣が知る道と、商人が使っている道を重ねる。

 短い方の街道には、反対派の兵がいた。

 そこを通せば、同じことになる。

「南へ回し、こちらの領地を抜ける。通行を頼んだ返事は」

「届いております。領主の兵が、案内に付きます」

「ライモント殿の領境までは」

「その先の道も、先方の家臣が確かめてきたそうです」

 ルーカスは頷いた。

 その時、門の方から到着を知らせる声がした。

 アレクとカスパルが、護送の兵を率いて来ていた。

 火槍隊は九十五人。カスパルは騎兵八十騎と歩兵四十人を連れてきていた。帰還する六十人とは別に、二百十五人で道を守ることになる。

◇ ◇ ◇

「お世話になります」

 アレクが言うと、ルーカスは首を横へ振った。

「こちらこそ、助かります」

 中庭では、到着した兵が水を受け取っていた。

 火槍隊はすぐに荷を下ろさず、ギルベルトの指示を待っている。

 カスパルは先に迎えの家臣と話し、道の曲がり方を確かめていた。

「殿下は、こちらへ兵を寄せすぎることを案じておられました」

 ルーカスが言った。

「橋を守る兵まで抜かれたのでは、私も困ります」

「本隊はリートベルクに残っています。私たちは、帰る兵を送るために来ました」

「では、引き継いでいただきたいことがあります」

 ルーカスは紙を渡した。

 六十人の名と、その状態が書かれていた。

 ブルーノが作った名簿へ、こちらで診た者の記録を加えている。

「この者は、昨日より熱があります。荷車へ乗せるなら、日中も様子を見てください」

「分かりました」

「こちらは歩けますが、長くは続きません。本人は歩くと言っています」

 アレクは名を確かめた。

「隊長にも伝えておきます」

「伝えてあります。それでも言うでしょうから」

 ルーカスの口元が少し緩んだ。

 アレクも、小さく笑った。

 廊下の先に、フェリックスがいた。

 アレクが顔を向けると、少年は近づいてきた。

「お帰りなさいませ」

「ただいま、と言ってよいのでしょうか」

 アレクが答えると、フェリックスは父を見た。

 ルーカスが笑う。

「何度来ていただいても構いませんよ。今度は、もう少し少ない荷で」

「私の荷ではないものが、多いのですが」

「それは存じています」

 フェリックスも笑った。

 だが、手に持っていた紙へ目を落とすと、表情を戻した。

「アレク様」

「何でしょう」

「自分の領主様の命令なのに、なぜ帰れなかったのでしょう」

 アレクは少年を見た。

 すぐには答えなかった。

 フェリックスは、兵たちが休む建物へ目を向けている。

「帰ると、困る人がいたからだと思います」

「兵が少なくなるからですか」

「はい。それで、帰ってよいと命じる人より、帰さないと言う人の方が、その場所では強かった」

 フェリックスは黙っていた。

「正しい書状があっても、読んだ人が必ず従うとは限りません」

「では、書状があっても」

「必要です」

 アレクは続けた。

「それがあったから、お父上は誰へ確かめればよいか分かりました。私たちも、誰のところへ送るのか分かります」

 少年は、少し考えてから頷いた。

「帰る場所を、確かめるためですね」

「そうですね」

 アレクはルーカスから預かった名簿を見た。

「途中で守る者も必要です。今回は、その役目を引き受けに来ました」

 フェリックスは中庭を見た。

 兵たちの肩に、革で覆われた火槍が並んでいる。

 それから、負傷者を乗せる荷車へ視線を移した。

「皆さん、帰れますか」

「帰れるように、準備します」

 アレクは答えた。

 少年は、もう一度頷いた。

◇ ◇ ◇

 出発は、翌朝になった。

 急いで夕方に歩き始めるより、休ませてから明るい間に進む。

 最初に泊まる場所も、案内役と決めていた。

 ブルーノは、自分の兵を荷車の前へ集めた。

 六十人。

 寝ている者も、座っている者も含めて数えた。

 宿営地から持ってきた荷は少ない。

 失った天幕や道具は戻らなかった。

 それでも、全員がここにいた。

「ここからは、護送の指示に従う」

 ブルーノが言った。

「勝手に先へ行くな。家が近づいても、列を離れるな」

 兵たちが頷いた。

 アレクはギルベルトと、火槍隊の位置を確かめた。

 火槍隊は四十八人を荷車の前へ、四十七人を後ろへ分ける。

 カスパルは先行する兵を出し、自分も案内役のそばへ付いた。

 ライモントの家臣は、一足先に出ることになった。

 帰還先の領兵を迎えに動かすためだった。

「知らせる場所は、こちらですね」

 カスパルが地図を指す。

「ああ。こちらの見張り場へ伝えれば、待っている隊へ届く」

「道が変われば、そこへ使いを出す」

「承知した」

 家臣が馬を進めた。

 ルーカスは、最後の荷車まで見送った。

「兵を渡した数だけではなく、無事に着いたことも知らせてください」

「必ず」

 アレクが答えた。

 フェリックスが、少し後ろから頭を下げる。

 ブルーノも振り返り、深く一礼した。

 列が動き始めた。

 車輪が地面を踏み、馬具が鳴る。

 ルーカスは列が道の向こうへ消えるまで、門の前に立っていた。

◇ ◇ ◇

 最初の日は、戦わずに終わった。

 案内役の兵が先に宿営地へ入り、井戸と荷車を置く場所を示した。

 六十人は火を囲んだが、遅くまで話す者は少なかった。

 横になれば、すぐに眠る者もいた。

 ブルーノは寝る前に荷車を回り、負傷者へ声を掛けた。

 アレクは、その後ろから様子を見た。

「ご自分も、休んでください」

「一巡したら」

 ブルーノが答えた。

「途中で置いてきたものは、数えれば切りがありません」

 荷車の脇で足を止める。

「ですが、人だけは、足りぬと報告したくありません」

 アレクは何も言わなかった。

 それが、いつも叶うとは限らない。

 だが、この隊長は六十人を連れてここまで来た。

 今は、その続きを引き受けている。

「見張りはこちらで置きます」

 アレクが言った。

「今夜は、兵と一緒に休んでください」

 ブルーノは少し迷い、それから頷いた。

◇ ◇ ◇

 封鎖の報告が来たのは、翌日の昼前だった。

 ライモントの領地までは、あと少しだった。

 道は浅い谷を抜け、その先で小川を渡る。

 渡った向こうが、帰還先の領地だった。

 反対派の兵は、小川の手前にいた。

 道へ丸太を置き、その脇に槍兵を並べている。

「朝には、いなかったそうです」

 先行していた兵が言った。

「近くの見張りが戻った時には、道を塞がれていたと」

「兵は百二十人ほどです。大半が槍兵で、盾の印が幾つかに分かれています」

 案内役の騎士の顔が険しくなった。

「我が主は、この者たちの入領を認めていない」

 カスパルは前方を見た。

 低い地面の先に、槍の穂先が見える。

「こちらが通るのを知って、入ってきたか」

「そのようです」

 アレクは荷車を止めさせた。

 道の脇に、少し高くなった草地がある。

 その後ろなら、正面から荷車へ近づきにくい。

「負傷者を、あちらへ」

 ギルベルトへ指示を出す。

「火槍隊は、道と荷車の間に置きます」

「承知しました」

 ブルーノが近づいた。

「我々も前へ出ます」

「荷車を守ってください」

 アレクが答えた。

「帰る方たちを、先頭へ並べるために来たのではありません」

 ブルーノは口を閉じた。

 カスパルが、自分の兵を呼んだ。

「ライモント殿の見張り場へ行け。封鎖された場所を伝える。道を外れるなら、この者と」

 案内役の騎士が、一人を付けた。

「小川の上流から渡れる。馬は下りろ」

 二人が出た。

 カスパルはアレクへ向いた。

「話をしてくる。その間に、置く場所を決めておいてくれ」

「近づきすぎないでください」

「話が聞こえる所までだ」

 カスパルは馬を進めた。

 案内役の騎士と、数人の護衛が続いた。

◇ ◇ ◇

「この道の通行は、領主から認められている」

 案内役の騎士が言った。

「何の許しを得て、兵を入れた」

 丸太の向こうから、指揮官が出てきた。

「逃げた兵を連れ戻すためだ」

「ここは、そなたの主の領地ではない」

「必要があって通った」

「通ってはおらぬ。塞いでいる」

 カスパルが口を挟んだ。

 指揮官がこちらを見る。

「兵を渡せば、道は開ける」

「誰の兵だ」

「共同防衛の軍から、勝手に抜けた者たちだ」

「主君から帰還を命じられた兵だ」

 カスパルは書状を取り出した。

 ルーカスが確認した帰還命令の写しと、ライモントからの返書だった。

「ご当主は、盟約から離れると決めた。国王陛下の退去命令にも従うと記している」

「そのようなものは、認められていない」

「誰が認めぬ」

「フェルゼン伯爵が」

 カスパルは、相手の後ろへ視線を向けた。

 槍兵たちが聞いている。

 同じ紋章の兵ばかりではなかった。

 盾へ描かれた印が、いくつかに分かれている。

「そなたたちも、主君から帰れと命じられたら、帰れぬのか」

 カスパルが声を張った。

 指揮官の顔が変わった。

「兵へ話すな」

「先ほどから、聞こえる場所に立っている」

「書状を寄越せ」

「確かめるなら、使者へ渡す。だが、取り上げて話を終わらせることはできんぞ」

 カスパルは書状を畳んだ。

 相手を見たまま、後ろへは振り返らなかった。

 アレクの隊が、まだ動いている。

 荷車を守る盾と槍。

 その手前へ並ぶ火槍。

 自分が話をしている間にも、こちらの支度は進んでいた。

「こちらは、戦をしに来たのではない」

 カスパルが言った。

「六十人を帰す。負傷者もいる。道を開ければ、ここで誰も傷つかずに済む」

「その兵は、武器を持って出た」

「主の武器だろう」

「宿営地の兵を傷つけた」

「こちらにも傷を負った者がいる。その話は、双方の主を通して確かめればよい」

 指揮官が唇を歪めた。

「黒獅子の後ろに隠れれば、何でも許されると思うな」

 カスパルは答えなかった。

 代わりに、小川の向こうへ目を向けた。

 木立の間で、何かが動いた。

 旗だった。

◇ ◇ ◇

 ライモントの領兵は、小川の向こうへ並んだ。

 大軍ではない。

 ライモントが迎えに出したのは二十人だった。

 それでも、橋を渡る道を押さえるには足りた。

 先に出た家臣が、その前へ進む。

「我が主の兵を迎えに来た!」

 声が届いた。

 封鎖部隊の後ろで、兵が振り返る。

 前には護送隊。

 後ろには、帰還先の兵。

 ここは、自分たちの領地ではない。

 指揮官が剣を抜いた。

「前へ出ろ! 荷車を押さえろ!」

 兵たちの足が動いた。

 だが、全員ではなかった。

 盾の印が違う一隊が、その場へ残った。

 四十人ほどが動かず、指揮官に従った兵は八十人ほどへ減っていた。

「何をしている!」

 指揮官が叫ぶ。

 残った兵の前へ、一人の男が出た。

「道の見張りと聞いております」

「命令だ!」

「他家の領内で、王弟殿下の兵を攻めるとは聞いておりません」

 指揮官は剣を向けた。

 その横を、従って動いた兵が抜ける。

 数人が、荷車へ向かって走り始めた。

 アレクはその動きを見ていた。

 火槍隊は交渉の間に装填を終えていた。ギルベルトが火蓋を開くよう命じ、赤い布を掲げる。

「構え!」

 火槍が上がった。

 だが、撃つ命令は出さなかった。

 赤い布も、高く掲げられたままだった。

 手前には、戻ってくるカスパルと護衛がいる。

 敵兵の一人が、護衛の馬へ槍を向けた。

 カスパルが馬を寄せ、剣で穂先を逸らす。

 案内役の騎士が横から盾を当てた。

 敵兵がよろけた。

 その後ろの男は止まらず、道を外れて荷車へ走った。

「そこへ入れるな!」

 ブルーノが叫んだ。

 荷車の前で、帰還する兵たちが槍を下ろした。

 盾が並ぶ。

 敵兵は足を止めた。

 一人が槍を突き出す。

 盾へ当たり、穂先が横へ滑った。

 ブルーノが槍の柄を押さえ、隣の兵が相手の腕を打った。

 槍が落ちた。

 男が後ろへ下がる。

 追おうとした兵を、ブルーノが止めた。

「ここを動くな!」

 火槍隊の前が空いた。

 アレクは、銃口の向こうを見た。

 敵は十歩ほどで止まり、後ろを振り返っている。

 続くはずの兵が来ていなかった。

「武器を下ろせ!」

 アレクが声を張った。

 火槍は構えたままだ。

 敵兵の一人が、落ちた槍を拾おうとして手を止めた。

 小川の向こうで、ライモントの家臣が命じる。

 領兵が橋の入口まで進んだ。

 封鎖部隊の指揮官は、前後を見た。

 進めば、後ろを押さえられる。

 ただし、畑沿いには来た方角へ退く余地が残っていた。道を争って前後の敵と戦うか、封鎖を解いて引くか。選べる道はまだあった。

 退こうとしても、味方の一部は命令を聞いていない。

 案内役の騎士が、改めて声を上げた。

「我が主の名で命じる! この領地から退け!」

 カスパルは馬を止めた。

 剣は下げなかった。

「今なら、道を開けて帰れる」

 指揮官を見て言った。

「そなたまで、帰れぬ兵になる必要はない」

 指揮官は歯を食いしばった。

 しばらくして、剣を下げた。

「丸太を動かせ」

 誰も、すぐには動かなかった。

「動かせと言っている!」

 兵が槍を置き、丸太へ手を掛けた。

◇ ◇ ◇

 封鎖部隊は、案内役の領兵に見張られながら道を離れた。

 カスパルは追わなかった。

 攻めかかってきた者たちも、落とした武器を勝手に拾わせず、隊ごとに下がらせる。

 指揮官へ従わなかった兵の一人が、去り際にこちらを見た。

「その者たちは、本当に帰るのか」

 カスパルが振り返る。

「向こうに、迎えが来ている」

 小川の先を示した。

 兵は旗を見た。

 それから、自分の隊へ戻っていった。

 道を確かめた後、最初の荷車が動いた。

 アレクは、その横を歩いた。

 車輪が小さな石へ乗り、荷台が揺れる。

 横たわっていた兵が顔をしかめた。

「ゆっくり」

 御者へ伝える。

 馬の歩みが落ちた。

 橋の向こうで、ライモントの家臣が待っていた。

 ブルーノが近づく。

「戻りました」

 声が掠れていた。

 家臣は頷いた。

「ここからは、我が領地だ」

 ブルーノの後ろで、兵が顔を上げた。

 見慣れた道だった。

 畑の向こうにある小屋も、川沿いの柳も知っている。

 それを確かめるように、何度も周囲を見る。

 アレクはギルベルトへ向いた。

「下ろしてください」

 構えていた火槍が下がった。

 一発も撃たなかった。

 兵たちは、ゆっくり息を吐いた。

◇ ◇ ◇

 ライモントは、城の外で待っていた。

 家臣が知らせるより先に、荷車が見えたのだろう。

 門から歩いてきて、列の前で足を止めた。

 ブルーノが進み出る。

 片膝をつこうとすると、ライモントが腕を取った。

「よい。そのまま報告しろ」

「六十人、戻りました」

 ブルーノが言った。

「負傷者がおります。荷と兵装の一部は、宿営地へ残しました」

「人は」

「全員です」

 ライモントは列を見た。

 立っている兵。

 荷車から顔を上げた兵。

 額や腕に布を巻いた者。

 見送った時とは、違う姿だった。

「帰せと命じるだけでは、帰してやれなかった」

 ライモントが言った。

 ブルーノは黙っていた。

「そなたたちを出したのは、私だ。守るためだと言われ、その先を確かめ切らずに預けた」

「ご領主様」

「荷のことは、後で聞く」

 ライモントは、ブルーノの腕を離した。

「今は、兵を休ませろ」

 城の方から、人が出てきた。

 家族だった。

 勝手に列へ入らないよう止められていたが、顔を見つけると声が上がった。

 一人の兵が振り返る。

 幼い子供が走ろうとして、母親に腕を掴まれた。

 兵は主を見た。

 ライモントが頷いた。

「行け」

 その男が列を離れた。

 子供を抱き上げようとして、腕の傷で顔を歪める。

 妻が慌てて止めた。

 代わりに膝をつき、子供を抱き寄せる。

 荷車へ駆け寄った女は、乗っている兵の顔を見て口を押さえた。

「脚だけだ」

 兵が先に言った。

「帰ってきた」

 女は何度も頷いた。

 アレクは、その横を空けた。

 手当てをする者が荷車へ来る。

 兵が一人ずつ下ろされ、用意された場所へ運ばれていった。

 ライモントがアレクとカスパルの前へ来た。

「兵を送り届けていただいた」

 深く頭を下げる。

「殿下とマティアス伯爵へも、私から礼を申し上げたい」

「お伝えします」

 アレクが答えた。

「グレンツベルクでも、ルーカス殿が受け入れてくださいました」

「そちらへも、使者を出す」

 ライモントは言った。

「兵たちから、話を聞かせてもらう」

 カスパルが、封鎖の経緯を短く伝えた。

 ライモントは黙って聞いた。

「盟約から離れるというお考えは、変わりませんか」

 最後に尋ねる。

 ライモントは城の方を見た。

 家族と話す兵の姿があった。

「変わらぬ」

 それから、二人へ向き直った。

「次に兵を出す時は、どこで、誰と、何のために戦うのか、私が決める」

 カスパルは頷いた。

「そのお言葉も、お伝えします」

◇ ◇ ◇

 グレンツベルクへ帰還の知らせが届くまでには、さらに日が掛かった。

 ルーカスは書状を開き、最初の一文を読んだ。

 六十人、全員がライモントの領地へ入った。

 そこで一度、読むのを止めた。

「着いたのですね」

 家宰が言った。

「ああ」

 ルーカスは頷いた。

「途中で道を塞がれたそうだ。だが、通れた」

 机の向こうで、フェリックスが顔を上げた。

「怪我をしていた方もですか」

「全員だ」

 少年の表情が明るくなった。

 ルーカスは続きを読んだ。

 ライモントの返書も添えられている。

 兵を預かってくれたことへの礼。

 水と食料、手当てに使ったものについて、費用を知らせてほしいという申し出。

 ルーカスは家宰へ渡した。

「こちらは、確かめて返してくれ」

「すべてでしょうか」

「かかったものを隠す必要はない。払うと言っているのだから」

 フェリックスが父を見た。

 ルーカスは気づき、口元を緩めた。

「殿下にも、遠慮して損をするなと言われただろう」

 少年が笑った。

 ルーカスはもう一度、最初の一文を見た。

 六十人が帰った。

 その知らせを、今夜は妻にも話せると思った。

◇ ◇ ◇

 イグナーツのもとへ届いた報告は、同じ出来事を別の言葉で記していた。

 逃れた兵の回収に失敗。

 護送隊には火槍があり、帰還先の領兵も出てきた。

 同行させた一部の隊は、攻撃命令に従わなかった。

 イグナーツは、その箇所へ指を置いた。

「誰の兵だ」

 代官が家名を答えた。

「隊長は」

「主から、そのような戦を命じられていないと」

 イグナーツは書状を机へ置いた。

 六十人が減った。

 それだけなら、まだ補える。

 だが、命じても動かない兵が増えれば、集めた数に意味がなくなる。

 ライモントは盟約から離れた。

 兵も戻った。

 城を奪われたわけでも、領地を焼かれたわけでもない。

 ほかの家は、それを見る。

「グレンツベルクを通ったのだな」

「はい」

「そこへ入れば、黒獅子が迎えを出す」

 代官は答えなかった。

 イグナーツは地図を広げた。

 リートベルクに、レオンハルトの本隊がいる。

 西からの荷は、グレンツベルクを通る。

 盟約から離れる者も、そこを頼る。

 一つの橋だけではない。

 そこへ集まる道と、荷を置く場所と、ルーカスが取り次ぐ相手が、東部の諸侯を西へつないでいた。

「正面へ兵を集める」

 イグナーツが言った。

「リートベルクから、目を離せぬようにしろ」

「攻めるのですか」

「攻められると思わせる。だが、一度に全部をぶつけるな」

 代官が地図へ近づいた。

 イグナーツの指が、北側の道へ動く。

「別に、こちらを通す隊を用意する」

「グレンツベルクへ」

「ああ」

 指が止まった。

「橋へ正面から突っ込ませるな。先に、周囲の道を切る」

 代官は地図を見た。

 荷が入らなくなる。

 使者も、通る場所を選ばなければならなくなる。

 助けを求められても、軍がそのまま戻れるとは限らない。

「ルーカスへ、もう一度要求を出しますか」

「準備が整うまで、知らせるな」

 イグナーツは答えた。

「今度は、断られてから兵を動かすのでは遅い」

 代官が頭を下げ、部屋を出た。

 イグナーツは地図を見続けた。

 リートベルクへ向けた印は、大きく置いた。

 グレンツベルクへ回す印は、その陰へ置いた。

第十五話を読んでいただき、ありがとうございました。

六十人が故郷へ戻り、ライモントは自らの意思で盟約を離れました。

帰還を支えたグレンツベルクへ、今度はイグナーツの狙いが向けられます。

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