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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第十三話 開かれた城門

救援軍の到着を見た敵は、城への攻撃を急がせる。

城門を奪われる前に、アレクたちは包囲を破るため動き出す。

 城の鐘が鳴り続けていた。

 丘を下る途中で、アレクは梯子が持ち上がるのを見た。

 城壁へ向かっていた敵兵が足を速める。

 こちらを振り返る者もいたが、戻ってはこない。

「城を先に取るつもりです」

 マティアスが言った。

 レオンハルトは馬上から門前を見ていた。

 城へ続く道の片側には穀物倉があり、その向こうに低い建物が並んでいる。反対側は畑だった。

 敵の一隊が、城を離れてこちらへ向きを変えた。

 斥候が数えた包囲兵は六百ほど。そのうち二百ほどが救援軍へ向かい、残る四百ほどは城への攻撃を続けていた。城からの使者が伝えた守備兵は百二十人だった。

 槍の前に弓を持つ兵が出る。

「取らせん」

 レオンハルトは短く答えた。

 城壁へ、最初の梯子が掛かった。

 上から槍が突き出される。

 梯子を押さえていた兵が身を屈め、その後ろから別の兵が登り始めた。

 アレクの隣で、ギルベルトが息を吸った。

 ここで待っていれば、城の中へ敵が入る。

 だが、隊列を作らずに走れば、こちらが先に崩される。

「マティアス」

「承知しております」

 マティアスは五人を呼び寄せた。

「アレクは左の道沿いへ。城壁に向けて撃つな。こちらへ出てくる敵を止めろ」

「はい」

「ヴィクトルは盾と槍を前へ出せ。火槍隊の足元まで敵を入れるな」

 ヴィクトルが頷く。

「カスパルは畑の外縁を回れ。敵を横へ向かせたい。深く入りすぎるな」

「向こうが、こちらを無視できぬ場所へですね」

「そうだ」

 マティアスは穀物倉を指した。

「ロベルトは倉へ近づく道を確かめろ。逃げる兵が火を入れるかもしれん」

「荷を積んでいる者もいます」

 ロベルトはすでに見ていた。

「持ち出させるな。ただし、荷のために兵を潰すなよ」

「承知しました」

「エイドリアンは私の後ろへ。動かす時はこちらから知らせる」

 アレクは直属の九十六人、ヴィクトルは盾兵と槍兵三百人を前へ出す。カスパルには歩兵八十人と騎兵四十騎、ロベルトには八十人、エイドリアンには百二十人が付いた。レオンハルトの近衛百二十騎は突入を待ち、ほかの火槍隊三百人と残る兵は後方の道と荷駄を守っていた。

 五人が離れた。

 それぞれの隊へ、命令が渡っていく。

 レオンハルトは後方の近衛を見た。

「まだ出るな」

 手綱を引き、馬を留める。

 その向こうで、城壁の上から梯子が一本押し返された。

 傾いた梯子に兵がしがみついている。

 地面へ倒れるところは、土埃に隠れた。

◇ ◇ ◇

 アレクは馬を下り、火槍隊の前へ出た。

 道沿いの地面は、畑より少し高い。

 ただし、その先にある浅い土手が、敵の足元を隠していた。

 土手の向こうで、弓兵が並び始める。

「盾を前へ!」

 ヴィクトルの声が飛んだ。

 盾兵が進む。

 その後ろへ、アレクの隊が続いた。

 最初の矢が落ちてきた。

 盾へ当たる音がした。

 土へ突き立った矢の尾が震える。

 アレクの前を歩いていた兵が、思わず足を止めかけた。

「進め! 前を詰めすぎるな!」

 ギルベルトが声を掛ける。

 アレクは土手を見た。

 槍の穂先が動いていた。

 弓兵だけではない。

 身を低くした槍兵が、土手に沿ってこちらへ寄ってくる。

「右前にもいます」

 アレクが伝えると、ヴィクトルがそちらを向いた。

「見えている。こちらで受ける」

 盾の後ろで、槍が下ろされた。

 火槍隊は、まだ撃てない。

 前には味方の盾があり、敵は土手に隠れている。

 アレクは左を見た。

 道が緩く曲がり、土手の端が切れていた。

「あそこまで出ます」

 ギルベルトへ示す。

「正面へ広がれば、土手の横が見えます」

「二列ずつ動かします」

「お願いします」

 敵の弓弦が鳴った。

 矢が来る。

 アレクは肩をすくめかけ、踏みとどまった。

 後ろで、短い悲鳴が上がった。

 振り返る。

 一人が膝をつき、隣の兵が肩を支えていた。

 太腿に矢が刺さっている。

 アレクはそちらへ足を向けかけた。

「そちらは、こちらで運びます。ご命令を」

 ギルベルトが言った。

 すでに二人の兵が負傷者へ寄っている。

 銃を受け取る者と、身体を支える者が分かれた。

 アレクは口を閉じた。

 自分が行けば、何をする。

 矢を抜くことも、傷を治すこともできない。

 前へ向き直った。

「左へ進めます。射撃位置へ着いた列から、前を確かめてください」

 弾薬箱を開く許可は出ていた。ギルベルトは「一発取れ、装填」と伝え、装填を終えた兵から移動させた。

「一列目、左へ!」

 ギルベルトの命令で、兵が動く。

 ヴィクトルの盾兵も位置を変えた。

 道の曲がりへ出る。

 土手の端が見えた。

 その陰から出かけていた敵兵が、こちらに気づいて身を引く。

 だが、全員は戻れなかった。

「止まれ!」

 アレクが命じる。

 盾兵が脇へ寄った。

 開いた場所へ、火槍が並ぶ。

 一班は、矢を受けた一人を除く三十一人になっていた。二班と三班は三十二人ずつ、後ろで次の射撃を待っている。

「一班、火蓋開け! 構え!」

 ギルベルトが赤い布を掲げた。

 敵の弓兵が、こちらへ弓を向けた。

 アレクはその胸元を見た。

「撃て!」

 赤い布が振り下ろされた。

 轟音が続いた。

 煙が吹き出す。

 弓を引いていた男が後ろへ倒れた。

 隣の兵が身を屈め、その肩へ後ろの者がぶつかる。

「一班、火縄上げ! 後退!」

 一列目が退いた。

 二列目が前へ出る。

 二班の三十二人が火蓋を開き、構えた。二班を受け持つ者が赤い布を掲げた。下がった一班は、ギルベルトの指示で次の装填へ移っていた。

 敵の弓兵は、全員が逃げたわけではなかった。

 建物の角へ下がった者が、そこから矢を放つ。

 土手の向こうでも、槍が動いていた。

「右から来るぞ!」

 ヴィクトルが叫んだ。

 槍兵が土手を越えた。

 こちらの射撃を避けるように、盾兵の側へ走ってくる。

 味方の槍が突き出された。

 金属がぶつかる。

 盾を押す音がした。

 アレクは銃口をそちらへ向けさせなかった。

 味方と敵の身体が重なっている。

「前の弓兵を!」

 二列目へ命じる。

 建物の角から、弓が出た。

 兵の肩が見える。

「撃て!」

 二班を受け持つ者の赤い布が下りた。

 二度目の射撃で、敵の弓兵が角の向こうへ消えた。

 撃った後の兵が下がる。

 前へ出てきた次の列の、その向こうで、ヴィクトルの槍兵が一歩押し返した。

 敵は土手へ戻ろうとしている。

 アレクは、追って撃たせなかった。

 煙の切れ間に、別の動きが見えたからだ。

 畑の向こうを、カスパルの隊が進んでいた。

◇ ◇ ◇

 カスパルは、畑へ踏み込む前に兵を止めた。

 浅い溝が走っている。

 その先には、低い杭と縄が張られていた。

 馬を走らせる場所ではない。

「ここからは歩く。足元を見ろ」

 馬を後ろへ預け、兵とともに畑の縁を進んだ。

 正面から火槍の音が届く。

 敵兵の顔が、そちらへ向いた。

 カスパルは剣を上げた。

「見つかるところまで出るぞ」

 兵が畑の外縁へ並んだ。

 すぐに、敵の一人がこちらを指した。

 声が上がる。

 槍兵の一隊が向きを変えた。

「止まれ」

 カスパルは兵を留めた。

 敵が寄ってくる。

 自分たちを追い払うために、正面へ向けていた槍をこちらへ向け直している。

 火槍隊を受け持つ兵との間が開いた。

「もう少し、こちらを見ていろ」

 カスパルは低く言った。

 剣の切っ先を下げず、敵を待った。

◇ ◇ ◇

 城壁の上では、領主が槍を握っていた。

 梯子の先から、敵の兜が現れる。

 隣の兵が突いた。

 相手が盾で受ける。

 その盾の縁へ、領主は槍を押し当てた。

「今だ!」

 二人で押す。

 梯子が壁から離れ、再び戻ろうとした。

 下から支えられている。

 別の守備兵が長い棒を差し込み、力を込めた。

 梯子が傾いた。

 兜が視界から消える。

 領主は荒く息を吐いた。

 腕が重かった。

 広間で使者の言葉を聞いていた時には、まだ、話を断れば帰ると思っていた。

 今は、城壁の上で槍を握っている。

「殿下の兵が、戦っております!」

 見張りの声がした。

 領主は丘の下を見た。

 白煙が広がっていた。

 その横で、槍兵の列が押し合っている。

 黒獅子の旗は、まだ少し遠い。

「門を開けますか」

 兵が尋ねた。

「まだだ」

 領主は答えた。

 門前には敵がいた。

 梯子を運ぶ兵と、それを守る兵。

 ここで開ければ、援軍より先にそちらが入る。

「門の内側へ兵を集めろ。開けるのは、私が命じてからだ」

 隣の兵が走った。

 城壁へ、また梯子が掛かる。

 領主は槍を握り直した。

 助けは来た。

 だからこそ、今、門を奪われるわけにはいかなかった。

◇ ◇ ◇

 ロベルトが穀物倉の脇へ着いた時、敵兵は荷車へ袋を積んでいた。

 こちらに気づくと、袋を落として剣を抜く。

 倉の戸口にいた男が、中へ消えた。

「戸口を見ろ!」

 ロベルトが命じた。

 兵を正面へ走らせず、荷車を挟むように左右へ分ける。

 敵は荷車の陰へ寄った。

「近づくな!」

 叫ぶ男の後ろで、戸口から別の兵が出てきた。

 手に、火の付いた松明を持っている。

 ロベルトの顔が変わった。

「倉へ戻すな!」

 近くの兵が槍を伸ばした。

 松明を持った男が身を引く。

 その腕へ、別の槍の柄が当たった。

 松明が落ちた。

 地面へ転がり、袋の端へ触れる。

 ロベルトは走った。

 敵兵の剣を味方が受けた隙に、落ちた袋を蹴って離す。

 兵の一人が、松明へ土を掛けた。

「水だ! 倉の中も確かめろ!」

 戸口を守っていた敵が、裏手へ逃げる。

 ロベルトは追わせなかった。

 倉へ二人を入れ、残りで入口を押さえる。

 荷車の陰に残った敵兵へ、槍が向けられた。

「武器を置け」

 ロベルトが言った。

 男は燃え残った松明を見て、それから剣を落とした。

 倉の中から声がした。

「中は燃えておりません!」

 ロベルトは息を吐いた。

 足元の袋は、端が焦げていた。

 破れた縫い目から穀粒がこぼれている。

「拾うのは後だ。まず、火が残っていないか見ろ」

 兵へ命じ、城の方へ顔を向ける。

 また、火槍の音が響いた。

 道沿いでは、三班の三十二挺が敵を抑えていた。

◇ ◇ ◇

 マティアスは、敵の列の間を見ていた。

 カスパルへ向いた槍兵。

 アレクの火槍隊と戦う兵。

 城壁へ取りついている兵。

 初めはつながっていたその三つが、別々の方を見始めている。

 城門へ続く道の横に、空いた場所ができた。

「殿下」

 マティアスが言った。

 レオンハルトはすでに見ていた。

「分かっている」

「右の土手までは、まだ敵が残っています。門前へ抜けた後、そちらから寄せてくるでしょう」

「止めろ」

「エイドリアンを続かせます」

 レオンハルトが剣を抜いた。

 近衛の馬が動く。

「火槍隊へ知らせろ。進路へ撃たせるな」

 伝令が走った。

 アレクのもとへ届いたのは、次の列が前へ出ようとした時だった。

「殿下が、城門前へ進まれます!」

 伝令が道を示した。

 アレクはすぐにギルベルトへ向いた。

「正面の射撃を止めます。右の土手側へ向きを変えてください」

 ギルベルトが命令を繰り返す。

 兵が足を動かした。

 列が斜めに組み直される。

 アレクは敵の動きを見た。

 土手の向こうの兵が、近衛へ気づいている。

 そちらへ行かせれば、馬の横腹へ槍が届く。

「土手を越える者を止めます。味方の方へは向けないでください」

 再装填を終えた一班の三十一人が、土手へ銃口を揃えた。

「一班、火蓋開け! 構え!」

 赤い布が上がった。

 火槍が上がった。

 その左を、レオンハルトの近衛が進んだ。

 初めから全速ではない。

 隊列を保ち、空いた地面へ入る。

 敵が気づいて槍を向けた時には、距離が縮まっていた。

「続け!」

 レオンハルトの声が響いた。

 馬が速度を上げる。

 黒獅子の旗が前へ傾いた。

 迎えようとした敵兵は、隣の者と槍を揃えられなかった。

 一人が後ろへ下がる。

 その肩へ、逃げようとした別の兵がぶつかった。

 近衛が、乱れた列の端を突いた。

 レオンハルトの剣が振られる。

 槍が横へ跳ねた。

 続く騎士が、その間へ入った。

 馬の蹄が土を蹴り、敵の列が割れた。

 土手の向こうから、兵が走り出した。

 アレクはその前へ銃口が揃ったのを見た。

「撃て!」

 ギルベルトが赤い布を振り下ろした。

 白煙が吹き上がる。

 増援の先頭が倒れ、後ろの兵が足を止めた。

 近衛の進路とは、離れている。

 アレクはそれを確かめ、次の列を出した。

 レオンハルトは城門前へ達していた。

 城壁に向かっていた兵が、背後から来た近衛を見て散る。

 梯子を支えていた者まで手を離した。

 上にいた兵が叫ぶ。

 門前から、敵の一団が押し出された。

 その道へ、エイドリアンが兵を率いて入った。

「ここを空けるな!」

 槍兵が並ぶ。

 近衛が抜けた後の道を、味方の歩兵がつないだ。

 城壁の上で、領主が門前を見た。

 敵は退いている。

 代わりに、黒獅子旗がある。

 領主は振り返った。

「門を開けろ!」

 声が階段を下りていく。

「出すのは、決めた兵だけだ! 遠くへ追うな!」

 閂が持ち上げられた。

 扉が少しずつ開く。

 内側で待っていた守備兵が、槍を構えて出た。

 城壁へ取りついていた敵の側面へ向かう。

 近衛と守備兵の間で、敵兵が立ち止まった。

 梯子を捨てる。

 盾を落とす。

 そのまま地面へ膝をついた者もいた。

 城門へ戻ろうとした指揮官が、部下へ怒鳴った。

「退くな! 門へ入れ!」

 だが、その門から出てくるのは守備兵だった。

 剣を向けても、味方は戻らない。

 指揮官は周囲を見た。

 城壁の上に、まだ領主の旗がある。

 門前には黒獅子。

 奪えるはずの城が、目の前で遠くなっていた。

◇ ◇ ◇

 敵の指揮官は、馬を繋いでいた場所へ走った。

 従者が手綱を持っている。

「寄越せ!」

 手綱を奪い、鐙へ足を掛ける。

 その時、横から声がした。

「その馬を止めろ!」

 エイドリアンだった。

 城門へ続く道を確保した後、敵が抜けようとする脇道へ兵を回していた。

 槍兵が道へ出る。

 指揮官は馬を反転させようとした。

 だが、後ろには荷車があり、逃げる歩兵もいた。

 馬が人を避けて横へ動く。

 従者が手綱を掴み直した。

「放せ!」

 指揮官が叫ぶ。

 その間に、槍の穂先が馬の前へ揃った。

「下りろ」

 エイドリアンが言った。

 指揮官は剣を上げた。

 一歩近づいた兵が盾を構える。

 別の槍が、脇から向けられた。

 指揮官は動きを止めた。

 周囲を見回す。

 自分を助けに来る兵はいなかった。

「私は、フェルゼン伯爵の命令で」

「それは、後で伺う」

 エイドリアンは剣を下げなかった。

「今は、馬を下りていただく」

 指揮官の剣が、ゆっくり下がった。

◇ ◇ ◇

 アレクが射撃を止めた時、城門の前には味方の兵が立っていた。

 敵は逃げている。

 だが、どこまで逃げたかは分からない。

 マティアスは追撃を広げず、城と倉、街道の確保を優先させた。

 アレクも隊を動かさなかった。

「人数を確かめてください」

 ギルベルトへ言う。

「負傷者は、後ろへ運んでおります」

「最初に運ばれた者は」

「意識はあります。手当てを受けています」

 アレクは頷いた。

 安心してよいのかは、まだ分からなかった。

 意識があっても、傷が軽いとは限らない。

 それでも、今聞けることを聞く。

 隊の後ろへ回ると、負傷した兵が布の上に横たわっていた。

 太腿の矢は、勝手に抜かれていなかった。

 周囲を押さえられ、血の付いた布が脇へ置かれている。

 兵がアレクに気づいた。

「子爵様」

「起きなくて大丈夫です」

 上体を動かそうとするのを止めた。

「城は」

「門が開きました」

 兵の顔から、少し力が抜けた。

「そうですか」

「あなたは、手当てを受けてください」

 アレクはそれ以上、長く話さなかった。

 手当てをしている者へ場所を空ける。

 立ち上がると、自分の手が黒く汚れていた。

 火薬と土だった。

 指を曲げる。

 遠くで、馬が鳴いた。

 勝った。

 そう思うより先に、次に数えなければならないものが頭へ浮かんだ。

◇ ◇ ◇

 城門が大きく開かれたのは、周囲の敵がいなくなったことを確かめてからだった。

 内側から、鎧を着た男が出てきた。

 片方の袖が裂け、頬に土が付いている。

 後ろには家宰と、数人の家臣が続いていた。

 男はレオンハルトの前まで来ると、片膝をついた。

「エドガー・フォン・リートベルクにございます」

 息を整え、頭を下げる。

「リートベルク城と、領民をお救いいただきました。このご恩は」

「立て」

 レオンハルトが言った。

 エドガーが顔を上げる。

「傷は」

「大きなものではございません」

「では、まだ働けるな」

「はい」

 エドガーは立ち上がった。

 その顔には、疲れがはっきりと出ていた。

 後ろの門から、人々がこちらを見ている。

 子供を抱いた女。

 腕を吊った兵。

 粉の付いた服のまま、立ち尽くしている男。

 城内へ避難していた者たちだった。

「城の守備につきましては、殿下のお指図を」

 エドガーが言った。

「必要な部屋も、すぐに空けさせます」

「ここは、そなたの城だ」

 レオンハルトは答えた。

「まず、そなたが戻って民を安心させろ」

 エドガーの口が止まった。

「ですが」

「門を守る者も、倉を開ける者も、そなたが決めろ。足りぬ兵がいれば貸す。その人数と置く場所は、マティアスと相談しろ」

 レオンハルトは城門を見た。

「助けに来た。城を取りに来たのではない」

 エドガーは、しばらく何も言わなかった。

 やがて、深く頭を下げた。

「承知いたしました」

 振り返り、家宰へ命じる。

 避難している者へ、敵が退いたことを知らせる。

 負傷者を集め、手当ての場所を広げる。

 外へ戻るのは、兵が家と道を確かめてからにする。

 家宰が走った。

 エドガーの声を聞いて、門の内側にいた者たちが動き始めた。

 レオンハルトは、その様子を見ていた。

 アレクは少し後ろに立っていた。

 城を救った軍が、門の鍵まで受け取るわけではない。

 そのことを、城内の人々も見ていた。

◇ ◇ ◇

 捕らえた騎士は、城外の建物へ連れてこられた。

 剣と短剣は取り上げられ、護衛の兵が両側に立っている。

 マティアスの前には、騎士が持っていた書状が置かれていた。

「これは、いつ受け取った」

 マティアスが尋ねた。

「昨夜だ」

「誰から」

「伯爵の館から来た使者だ」

 騎士は不機嫌そうに答えた。

「私は命じられたことをした」

「どこまで命じられたのか、伺っている」

 マティアスは書状へ目を落とした。

 城を使える状態で引き渡させること。

 勝手に焼かないこと。

 短い文面だった。

 だが、街道を警備するための命令ではない。

 他家の城を、自分たちのものとして使う前提で書かれていた。

「印と筆跡は、改めて確かめる」

 マティアスは書記へ渡した。

「受け取った経緯も残せ」

 騎士が顔を上げる。

「偽物だと言うのか」

「今は、そなたの言葉だけで決めないと言っている」

 マティアスは答えた。

「陛下の退去命令は、受け取ったな」

 騎士は黙った。

「こちらの使者が届けた。返答も持ち帰っている」

「上へ確かめる必要があった」

「確かめている間に、梯子を掛けたのか」

 返事はなかった。

 マティアスは椅子から立った。

「続きは、後で聞く。負傷しているなら申し出ろ」

 部屋を出ると、レオンハルトが待っていた。

「どうだ」

「城を引き渡させる命令は持っていました。真偽を確かめる必要はありますが、単なる見張りの行き違いでは済みません」

「兄上へ送れ」

「原本は保管し、まず写しと報告を送ります」

「ああ」

 レオンハルトは窓の外を見た。

「これで、フェルゼン伯が何と答えるかだ」

「兵を退けるか。自分の命令ではないと言うか」

「どちらでも、奪わせたものは返させる」

 マティアスが頷いた。

 廊下の向こうから、ロベルトが来た。

 外套の裾が焦げている。

「倉は確保しました」

「燃えたか」

 レオンハルトが尋ねる。

「袋が少し。中は無事です。ただ、すでに持ち出された分があります」

「数は」

「こちらの領主の記録と合わせなければ分かりません」

「任せる。取り返したからといって、勝手にこちらの兵糧へ混ぜるな」

「分かっております」

 ロベルトは答えた。

「返した方が、次に売ってもらう話もできます」

 マティアスが目を向けた。

「今は、その話を急ぐな」

「今すぐとは申しておりません」

 レオンハルトが短く笑った。

 それから、ロベルトの焦げた裾を見た。

「よく守った」

 ロベルトは一度、そこへ目を落とした。

「燃やされてからでは、取り返せませんので」

◇ ◇ ◇

 日が傾く頃、リートベルク城の前へ荷が運び込まれた。

 水と、手当てに使う布。

 兵の食料。

 避難した領民へ渡すための穀物は、エドガーの家宰が受け取りを確かめた。

 城の兵も、レオンハルトの兵も、同じ場所で傷の手当てを待っていた。

 アレクはギルベルトから報告を受けた。

 直属隊は一人が負傷し、戦列へ戻せるのは九十五人だった。火槍は九十六挺を回収し、使用した弾は百二十六発。ほかの歩兵には死者一人と、戦列を離れる負傷者五人が出ていた。エドガーの守備兵も八人が死に、二十二人が負傷していた。

 それぞれを聞き、マティアスへ伝えるためにまとめる。

 城門の近くで、ヴィクトルと顔を合わせた。

 盾に矢が刺さったまま、兵が運んでいる。

「助かりました」

 アレクが言った。

「土手の方を止めていただかなければ、近づかれていました」

「そちらが弓を下げさせたから、こちらも前を見られた」

 ヴィクトルは答えた。

 自分の盾兵へ目を向ける。

「今日は、それでよい」

 アレクは頷いた。

 城の方から、エドガーが歩いてきた。

 鎧は着たままだったが、顔の土は拭われている。

 レオンハルトとマティアスの前で立ち止まった。

「領民へ、戻れる家と、今夜は城に残ってもらう家を知らせました」

「怪我人は」

 レオンハルトが尋ねた。

「手当てを続けております。殿下の方からも人をお貸しいただき、助かっています」

「足りぬものは、マティアスへ言え」

「ありがとうございます」

 エドガーは一礼した。

 だが、去らなかった。

「殿下」

「何だ」

「次に、同じように助けを求める家があれば、今度は私も兵を出します」

 レオンハルトはエドガーを見た。

「今すぐ出せるのか」

 問われ、エドガーは口を閉じた。

 城門の内側へ目を向ける。

 負傷した兵がいる。

 家へ戻れない領民もいる。

「今すぐは、難しいかと」

「なら、まずここを立て直せ」

 レオンハルトが言った。

「そなたの民を落ち着かせてからだ。守る場所を空にして来られても困る」

「はい」

「その後で、まだ同じ気持ちなら、聞こう」

 エドガーは顔を上げた。

「変わりません」

 レオンハルトはすぐには答えなかった。

 やがて、一度だけ頷いた。

「覚えておく」

 エドガーは深く頭を下げた。

 城内から、領主を呼ぶ声がした。

 彼は断りを入れ、そちらへ戻っていく。

 その背中を見ながら、マティアスが言った。

「兵を出せという書状には、応じなかった方です」

「ああ」

「今度は、ご自分から仰いました」

 レオンハルトは城門へ目を向けた。

 門の上には、エドガーの旗が残っていた。

 黒獅子の旗は、城の外にある。

「自分で決めたのだろう」

 それだけ言い、レオンハルトは兵たちの方へ歩き出した。

 アレクは二つの旗を見上げた。

 同じ風を受けながら、別々の場所ではためいていた。

第十三話を読んでいただき、ありがとうございました。

五人がそれぞれの役目を果たし、レオンハルトが切り開いた救援の道。リートベルク城には、エドガーの旗が残りました。

強いられた盟約とは異なる結びつきが、東部に生まれ始めています。

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