第十三話 開かれた城門
救援軍の到着を見た敵は、城への攻撃を急がせる。
城門を奪われる前に、アレクたちは包囲を破るため動き出す。
城の鐘が鳴り続けていた。
丘を下る途中で、アレクは梯子が持ち上がるのを見た。
城壁へ向かっていた敵兵が足を速める。
こちらを振り返る者もいたが、戻ってはこない。
「城を先に取るつもりです」
マティアスが言った。
レオンハルトは馬上から門前を見ていた。
城へ続く道の片側には穀物倉があり、その向こうに低い建物が並んでいる。反対側は畑だった。
敵の一隊が、城を離れてこちらへ向きを変えた。
斥候が数えた包囲兵は六百ほど。そのうち二百ほどが救援軍へ向かい、残る四百ほどは城への攻撃を続けていた。城からの使者が伝えた守備兵は百二十人だった。
槍の前に弓を持つ兵が出る。
「取らせん」
レオンハルトは短く答えた。
城壁へ、最初の梯子が掛かった。
上から槍が突き出される。
梯子を押さえていた兵が身を屈め、その後ろから別の兵が登り始めた。
アレクの隣で、ギルベルトが息を吸った。
ここで待っていれば、城の中へ敵が入る。
だが、隊列を作らずに走れば、こちらが先に崩される。
「マティアス」
「承知しております」
マティアスは五人を呼び寄せた。
「アレクは左の道沿いへ。城壁に向けて撃つな。こちらへ出てくる敵を止めろ」
「はい」
「ヴィクトルは盾と槍を前へ出せ。火槍隊の足元まで敵を入れるな」
ヴィクトルが頷く。
「カスパルは畑の外縁を回れ。敵を横へ向かせたい。深く入りすぎるな」
「向こうが、こちらを無視できぬ場所へですね」
「そうだ」
マティアスは穀物倉を指した。
「ロベルトは倉へ近づく道を確かめろ。逃げる兵が火を入れるかもしれん」
「荷を積んでいる者もいます」
ロベルトはすでに見ていた。
「持ち出させるな。ただし、荷のために兵を潰すなよ」
「承知しました」
「エイドリアンは私の後ろへ。動かす時はこちらから知らせる」
アレクは直属の九十六人、ヴィクトルは盾兵と槍兵三百人を前へ出す。カスパルには歩兵八十人と騎兵四十騎、ロベルトには八十人、エイドリアンには百二十人が付いた。レオンハルトの近衛百二十騎は突入を待ち、ほかの火槍隊三百人と残る兵は後方の道と荷駄を守っていた。
五人が離れた。
それぞれの隊へ、命令が渡っていく。
レオンハルトは後方の近衛を見た。
「まだ出るな」
手綱を引き、馬を留める。
その向こうで、城壁の上から梯子が一本押し返された。
傾いた梯子に兵がしがみついている。
地面へ倒れるところは、土埃に隠れた。
◇ ◇ ◇
アレクは馬を下り、火槍隊の前へ出た。
道沿いの地面は、畑より少し高い。
ただし、その先にある浅い土手が、敵の足元を隠していた。
土手の向こうで、弓兵が並び始める。
「盾を前へ!」
ヴィクトルの声が飛んだ。
盾兵が進む。
その後ろへ、アレクの隊が続いた。
最初の矢が落ちてきた。
盾へ当たる音がした。
土へ突き立った矢の尾が震える。
アレクの前を歩いていた兵が、思わず足を止めかけた。
「進め! 前を詰めすぎるな!」
ギルベルトが声を掛ける。
アレクは土手を見た。
槍の穂先が動いていた。
弓兵だけではない。
身を低くした槍兵が、土手に沿ってこちらへ寄ってくる。
「右前にもいます」
アレクが伝えると、ヴィクトルがそちらを向いた。
「見えている。こちらで受ける」
盾の後ろで、槍が下ろされた。
火槍隊は、まだ撃てない。
前には味方の盾があり、敵は土手に隠れている。
アレクは左を見た。
道が緩く曲がり、土手の端が切れていた。
「あそこまで出ます」
ギルベルトへ示す。
「正面へ広がれば、土手の横が見えます」
「二列ずつ動かします」
「お願いします」
敵の弓弦が鳴った。
矢が来る。
アレクは肩をすくめかけ、踏みとどまった。
後ろで、短い悲鳴が上がった。
振り返る。
一人が膝をつき、隣の兵が肩を支えていた。
太腿に矢が刺さっている。
アレクはそちらへ足を向けかけた。
「そちらは、こちらで運びます。ご命令を」
ギルベルトが言った。
すでに二人の兵が負傷者へ寄っている。
銃を受け取る者と、身体を支える者が分かれた。
アレクは口を閉じた。
自分が行けば、何をする。
矢を抜くことも、傷を治すこともできない。
前へ向き直った。
「左へ進めます。射撃位置へ着いた列から、前を確かめてください」
弾薬箱を開く許可は出ていた。ギルベルトは「一発取れ、装填」と伝え、装填を終えた兵から移動させた。
「一列目、左へ!」
ギルベルトの命令で、兵が動く。
ヴィクトルの盾兵も位置を変えた。
道の曲がりへ出る。
土手の端が見えた。
その陰から出かけていた敵兵が、こちらに気づいて身を引く。
だが、全員は戻れなかった。
「止まれ!」
アレクが命じる。
盾兵が脇へ寄った。
開いた場所へ、火槍が並ぶ。
一班は、矢を受けた一人を除く三十一人になっていた。二班と三班は三十二人ずつ、後ろで次の射撃を待っている。
「一班、火蓋開け! 構え!」
ギルベルトが赤い布を掲げた。
敵の弓兵が、こちらへ弓を向けた。
アレクはその胸元を見た。
「撃て!」
赤い布が振り下ろされた。
轟音が続いた。
煙が吹き出す。
弓を引いていた男が後ろへ倒れた。
隣の兵が身を屈め、その肩へ後ろの者がぶつかる。
「一班、火縄上げ! 後退!」
一列目が退いた。
二列目が前へ出る。
二班の三十二人が火蓋を開き、構えた。二班を受け持つ者が赤い布を掲げた。下がった一班は、ギルベルトの指示で次の装填へ移っていた。
敵の弓兵は、全員が逃げたわけではなかった。
建物の角へ下がった者が、そこから矢を放つ。
土手の向こうでも、槍が動いていた。
「右から来るぞ!」
ヴィクトルが叫んだ。
槍兵が土手を越えた。
こちらの射撃を避けるように、盾兵の側へ走ってくる。
味方の槍が突き出された。
金属がぶつかる。
盾を押す音がした。
アレクは銃口をそちらへ向けさせなかった。
味方と敵の身体が重なっている。
「前の弓兵を!」
二列目へ命じる。
建物の角から、弓が出た。
兵の肩が見える。
「撃て!」
二班を受け持つ者の赤い布が下りた。
二度目の射撃で、敵の弓兵が角の向こうへ消えた。
撃った後の兵が下がる。
前へ出てきた次の列の、その向こうで、ヴィクトルの槍兵が一歩押し返した。
敵は土手へ戻ろうとしている。
アレクは、追って撃たせなかった。
煙の切れ間に、別の動きが見えたからだ。
畑の向こうを、カスパルの隊が進んでいた。
◇ ◇ ◇
カスパルは、畑へ踏み込む前に兵を止めた。
浅い溝が走っている。
その先には、低い杭と縄が張られていた。
馬を走らせる場所ではない。
「ここからは歩く。足元を見ろ」
馬を後ろへ預け、兵とともに畑の縁を進んだ。
正面から火槍の音が届く。
敵兵の顔が、そちらへ向いた。
カスパルは剣を上げた。
「見つかるところまで出るぞ」
兵が畑の外縁へ並んだ。
すぐに、敵の一人がこちらを指した。
声が上がる。
槍兵の一隊が向きを変えた。
「止まれ」
カスパルは兵を留めた。
敵が寄ってくる。
自分たちを追い払うために、正面へ向けていた槍をこちらへ向け直している。
火槍隊を受け持つ兵との間が開いた。
「もう少し、こちらを見ていろ」
カスパルは低く言った。
剣の切っ先を下げず、敵を待った。
◇ ◇ ◇
城壁の上では、領主が槍を握っていた。
梯子の先から、敵の兜が現れる。
隣の兵が突いた。
相手が盾で受ける。
その盾の縁へ、領主は槍を押し当てた。
「今だ!」
二人で押す。
梯子が壁から離れ、再び戻ろうとした。
下から支えられている。
別の守備兵が長い棒を差し込み、力を込めた。
梯子が傾いた。
兜が視界から消える。
領主は荒く息を吐いた。
腕が重かった。
広間で使者の言葉を聞いていた時には、まだ、話を断れば帰ると思っていた。
今は、城壁の上で槍を握っている。
「殿下の兵が、戦っております!」
見張りの声がした。
領主は丘の下を見た。
白煙が広がっていた。
その横で、槍兵の列が押し合っている。
黒獅子の旗は、まだ少し遠い。
「門を開けますか」
兵が尋ねた。
「まだだ」
領主は答えた。
門前には敵がいた。
梯子を運ぶ兵と、それを守る兵。
ここで開ければ、援軍より先にそちらが入る。
「門の内側へ兵を集めろ。開けるのは、私が命じてからだ」
隣の兵が走った。
城壁へ、また梯子が掛かる。
領主は槍を握り直した。
助けは来た。
だからこそ、今、門を奪われるわけにはいかなかった。
◇ ◇ ◇
ロベルトが穀物倉の脇へ着いた時、敵兵は荷車へ袋を積んでいた。
こちらに気づくと、袋を落として剣を抜く。
倉の戸口にいた男が、中へ消えた。
「戸口を見ろ!」
ロベルトが命じた。
兵を正面へ走らせず、荷車を挟むように左右へ分ける。
敵は荷車の陰へ寄った。
「近づくな!」
叫ぶ男の後ろで、戸口から別の兵が出てきた。
手に、火の付いた松明を持っている。
ロベルトの顔が変わった。
「倉へ戻すな!」
近くの兵が槍を伸ばした。
松明を持った男が身を引く。
その腕へ、別の槍の柄が当たった。
松明が落ちた。
地面へ転がり、袋の端へ触れる。
ロベルトは走った。
敵兵の剣を味方が受けた隙に、落ちた袋を蹴って離す。
兵の一人が、松明へ土を掛けた。
「水だ! 倉の中も確かめろ!」
戸口を守っていた敵が、裏手へ逃げる。
ロベルトは追わせなかった。
倉へ二人を入れ、残りで入口を押さえる。
荷車の陰に残った敵兵へ、槍が向けられた。
「武器を置け」
ロベルトが言った。
男は燃え残った松明を見て、それから剣を落とした。
倉の中から声がした。
「中は燃えておりません!」
ロベルトは息を吐いた。
足元の袋は、端が焦げていた。
破れた縫い目から穀粒がこぼれている。
「拾うのは後だ。まず、火が残っていないか見ろ」
兵へ命じ、城の方へ顔を向ける。
また、火槍の音が響いた。
道沿いでは、三班の三十二挺が敵を抑えていた。
◇ ◇ ◇
マティアスは、敵の列の間を見ていた。
カスパルへ向いた槍兵。
アレクの火槍隊と戦う兵。
城壁へ取りついている兵。
初めはつながっていたその三つが、別々の方を見始めている。
城門へ続く道の横に、空いた場所ができた。
「殿下」
マティアスが言った。
レオンハルトはすでに見ていた。
「分かっている」
「右の土手までは、まだ敵が残っています。門前へ抜けた後、そちらから寄せてくるでしょう」
「止めろ」
「エイドリアンを続かせます」
レオンハルトが剣を抜いた。
近衛の馬が動く。
「火槍隊へ知らせろ。進路へ撃たせるな」
伝令が走った。
アレクのもとへ届いたのは、次の列が前へ出ようとした時だった。
「殿下が、城門前へ進まれます!」
伝令が道を示した。
アレクはすぐにギルベルトへ向いた。
「正面の射撃を止めます。右の土手側へ向きを変えてください」
ギルベルトが命令を繰り返す。
兵が足を動かした。
列が斜めに組み直される。
アレクは敵の動きを見た。
土手の向こうの兵が、近衛へ気づいている。
そちらへ行かせれば、馬の横腹へ槍が届く。
「土手を越える者を止めます。味方の方へは向けないでください」
再装填を終えた一班の三十一人が、土手へ銃口を揃えた。
「一班、火蓋開け! 構え!」
赤い布が上がった。
火槍が上がった。
その左を、レオンハルトの近衛が進んだ。
初めから全速ではない。
隊列を保ち、空いた地面へ入る。
敵が気づいて槍を向けた時には、距離が縮まっていた。
「続け!」
レオンハルトの声が響いた。
馬が速度を上げる。
黒獅子の旗が前へ傾いた。
迎えようとした敵兵は、隣の者と槍を揃えられなかった。
一人が後ろへ下がる。
その肩へ、逃げようとした別の兵がぶつかった。
近衛が、乱れた列の端を突いた。
レオンハルトの剣が振られる。
槍が横へ跳ねた。
続く騎士が、その間へ入った。
馬の蹄が土を蹴り、敵の列が割れた。
土手の向こうから、兵が走り出した。
アレクはその前へ銃口が揃ったのを見た。
「撃て!」
ギルベルトが赤い布を振り下ろした。
白煙が吹き上がる。
増援の先頭が倒れ、後ろの兵が足を止めた。
近衛の進路とは、離れている。
アレクはそれを確かめ、次の列を出した。
レオンハルトは城門前へ達していた。
城壁に向かっていた兵が、背後から来た近衛を見て散る。
梯子を支えていた者まで手を離した。
上にいた兵が叫ぶ。
門前から、敵の一団が押し出された。
その道へ、エイドリアンが兵を率いて入った。
「ここを空けるな!」
槍兵が並ぶ。
近衛が抜けた後の道を、味方の歩兵がつないだ。
城壁の上で、領主が門前を見た。
敵は退いている。
代わりに、黒獅子旗がある。
領主は振り返った。
「門を開けろ!」
声が階段を下りていく。
「出すのは、決めた兵だけだ! 遠くへ追うな!」
閂が持ち上げられた。
扉が少しずつ開く。
内側で待っていた守備兵が、槍を構えて出た。
城壁へ取りついていた敵の側面へ向かう。
近衛と守備兵の間で、敵兵が立ち止まった。
梯子を捨てる。
盾を落とす。
そのまま地面へ膝をついた者もいた。
城門へ戻ろうとした指揮官が、部下へ怒鳴った。
「退くな! 門へ入れ!」
だが、その門から出てくるのは守備兵だった。
剣を向けても、味方は戻らない。
指揮官は周囲を見た。
城壁の上に、まだ領主の旗がある。
門前には黒獅子。
奪えるはずの城が、目の前で遠くなっていた。
◇ ◇ ◇
敵の指揮官は、馬を繋いでいた場所へ走った。
従者が手綱を持っている。
「寄越せ!」
手綱を奪い、鐙へ足を掛ける。
その時、横から声がした。
「その馬を止めろ!」
エイドリアンだった。
城門へ続く道を確保した後、敵が抜けようとする脇道へ兵を回していた。
槍兵が道へ出る。
指揮官は馬を反転させようとした。
だが、後ろには荷車があり、逃げる歩兵もいた。
馬が人を避けて横へ動く。
従者が手綱を掴み直した。
「放せ!」
指揮官が叫ぶ。
その間に、槍の穂先が馬の前へ揃った。
「下りろ」
エイドリアンが言った。
指揮官は剣を上げた。
一歩近づいた兵が盾を構える。
別の槍が、脇から向けられた。
指揮官は動きを止めた。
周囲を見回す。
自分を助けに来る兵はいなかった。
「私は、フェルゼン伯爵の命令で」
「それは、後で伺う」
エイドリアンは剣を下げなかった。
「今は、馬を下りていただく」
指揮官の剣が、ゆっくり下がった。
◇ ◇ ◇
アレクが射撃を止めた時、城門の前には味方の兵が立っていた。
敵は逃げている。
だが、どこまで逃げたかは分からない。
マティアスは追撃を広げず、城と倉、街道の確保を優先させた。
アレクも隊を動かさなかった。
「人数を確かめてください」
ギルベルトへ言う。
「負傷者は、後ろへ運んでおります」
「最初に運ばれた者は」
「意識はあります。手当てを受けています」
アレクは頷いた。
安心してよいのかは、まだ分からなかった。
意識があっても、傷が軽いとは限らない。
それでも、今聞けることを聞く。
隊の後ろへ回ると、負傷した兵が布の上に横たわっていた。
太腿の矢は、勝手に抜かれていなかった。
周囲を押さえられ、血の付いた布が脇へ置かれている。
兵がアレクに気づいた。
「子爵様」
「起きなくて大丈夫です」
上体を動かそうとするのを止めた。
「城は」
「門が開きました」
兵の顔から、少し力が抜けた。
「そうですか」
「あなたは、手当てを受けてください」
アレクはそれ以上、長く話さなかった。
手当てをしている者へ場所を空ける。
立ち上がると、自分の手が黒く汚れていた。
火薬と土だった。
指を曲げる。
遠くで、馬が鳴いた。
勝った。
そう思うより先に、次に数えなければならないものが頭へ浮かんだ。
◇ ◇ ◇
城門が大きく開かれたのは、周囲の敵がいなくなったことを確かめてからだった。
内側から、鎧を着た男が出てきた。
片方の袖が裂け、頬に土が付いている。
後ろには家宰と、数人の家臣が続いていた。
男はレオンハルトの前まで来ると、片膝をついた。
「エドガー・フォン・リートベルクにございます」
息を整え、頭を下げる。
「リートベルク城と、領民をお救いいただきました。このご恩は」
「立て」
レオンハルトが言った。
エドガーが顔を上げる。
「傷は」
「大きなものではございません」
「では、まだ働けるな」
「はい」
エドガーは立ち上がった。
その顔には、疲れがはっきりと出ていた。
後ろの門から、人々がこちらを見ている。
子供を抱いた女。
腕を吊った兵。
粉の付いた服のまま、立ち尽くしている男。
城内へ避難していた者たちだった。
「城の守備につきましては、殿下のお指図を」
エドガーが言った。
「必要な部屋も、すぐに空けさせます」
「ここは、そなたの城だ」
レオンハルトは答えた。
「まず、そなたが戻って民を安心させろ」
エドガーの口が止まった。
「ですが」
「門を守る者も、倉を開ける者も、そなたが決めろ。足りぬ兵がいれば貸す。その人数と置く場所は、マティアスと相談しろ」
レオンハルトは城門を見た。
「助けに来た。城を取りに来たのではない」
エドガーは、しばらく何も言わなかった。
やがて、深く頭を下げた。
「承知いたしました」
振り返り、家宰へ命じる。
避難している者へ、敵が退いたことを知らせる。
負傷者を集め、手当ての場所を広げる。
外へ戻るのは、兵が家と道を確かめてからにする。
家宰が走った。
エドガーの声を聞いて、門の内側にいた者たちが動き始めた。
レオンハルトは、その様子を見ていた。
アレクは少し後ろに立っていた。
城を救った軍が、門の鍵まで受け取るわけではない。
そのことを、城内の人々も見ていた。
◇ ◇ ◇
捕らえた騎士は、城外の建物へ連れてこられた。
剣と短剣は取り上げられ、護衛の兵が両側に立っている。
マティアスの前には、騎士が持っていた書状が置かれていた。
「これは、いつ受け取った」
マティアスが尋ねた。
「昨夜だ」
「誰から」
「伯爵の館から来た使者だ」
騎士は不機嫌そうに答えた。
「私は命じられたことをした」
「どこまで命じられたのか、伺っている」
マティアスは書状へ目を落とした。
城を使える状態で引き渡させること。
勝手に焼かないこと。
短い文面だった。
だが、街道を警備するための命令ではない。
他家の城を、自分たちのものとして使う前提で書かれていた。
「印と筆跡は、改めて確かめる」
マティアスは書記へ渡した。
「受け取った経緯も残せ」
騎士が顔を上げる。
「偽物だと言うのか」
「今は、そなたの言葉だけで決めないと言っている」
マティアスは答えた。
「陛下の退去命令は、受け取ったな」
騎士は黙った。
「こちらの使者が届けた。返答も持ち帰っている」
「上へ確かめる必要があった」
「確かめている間に、梯子を掛けたのか」
返事はなかった。
マティアスは椅子から立った。
「続きは、後で聞く。負傷しているなら申し出ろ」
部屋を出ると、レオンハルトが待っていた。
「どうだ」
「城を引き渡させる命令は持っていました。真偽を確かめる必要はありますが、単なる見張りの行き違いでは済みません」
「兄上へ送れ」
「原本は保管し、まず写しと報告を送ります」
「ああ」
レオンハルトは窓の外を見た。
「これで、フェルゼン伯が何と答えるかだ」
「兵を退けるか。自分の命令ではないと言うか」
「どちらでも、奪わせたものは返させる」
マティアスが頷いた。
廊下の向こうから、ロベルトが来た。
外套の裾が焦げている。
「倉は確保しました」
「燃えたか」
レオンハルトが尋ねる。
「袋が少し。中は無事です。ただ、すでに持ち出された分があります」
「数は」
「こちらの領主の記録と合わせなければ分かりません」
「任せる。取り返したからといって、勝手にこちらの兵糧へ混ぜるな」
「分かっております」
ロベルトは答えた。
「返した方が、次に売ってもらう話もできます」
マティアスが目を向けた。
「今は、その話を急ぐな」
「今すぐとは申しておりません」
レオンハルトが短く笑った。
それから、ロベルトの焦げた裾を見た。
「よく守った」
ロベルトは一度、そこへ目を落とした。
「燃やされてからでは、取り返せませんので」
◇ ◇ ◇
日が傾く頃、リートベルク城の前へ荷が運び込まれた。
水と、手当てに使う布。
兵の食料。
避難した領民へ渡すための穀物は、エドガーの家宰が受け取りを確かめた。
城の兵も、レオンハルトの兵も、同じ場所で傷の手当てを待っていた。
アレクはギルベルトから報告を受けた。
直属隊は一人が負傷し、戦列へ戻せるのは九十五人だった。火槍は九十六挺を回収し、使用した弾は百二十六発。ほかの歩兵には死者一人と、戦列を離れる負傷者五人が出ていた。エドガーの守備兵も八人が死に、二十二人が負傷していた。
それぞれを聞き、マティアスへ伝えるためにまとめる。
城門の近くで、ヴィクトルと顔を合わせた。
盾に矢が刺さったまま、兵が運んでいる。
「助かりました」
アレクが言った。
「土手の方を止めていただかなければ、近づかれていました」
「そちらが弓を下げさせたから、こちらも前を見られた」
ヴィクトルは答えた。
自分の盾兵へ目を向ける。
「今日は、それでよい」
アレクは頷いた。
城の方から、エドガーが歩いてきた。
鎧は着たままだったが、顔の土は拭われている。
レオンハルトとマティアスの前で立ち止まった。
「領民へ、戻れる家と、今夜は城に残ってもらう家を知らせました」
「怪我人は」
レオンハルトが尋ねた。
「手当てを続けております。殿下の方からも人をお貸しいただき、助かっています」
「足りぬものは、マティアスへ言え」
「ありがとうございます」
エドガーは一礼した。
だが、去らなかった。
「殿下」
「何だ」
「次に、同じように助けを求める家があれば、今度は私も兵を出します」
レオンハルトはエドガーを見た。
「今すぐ出せるのか」
問われ、エドガーは口を閉じた。
城門の内側へ目を向ける。
負傷した兵がいる。
家へ戻れない領民もいる。
「今すぐは、難しいかと」
「なら、まずここを立て直せ」
レオンハルトが言った。
「そなたの民を落ち着かせてからだ。守る場所を空にして来られても困る」
「はい」
「その後で、まだ同じ気持ちなら、聞こう」
エドガーは顔を上げた。
「変わりません」
レオンハルトはすぐには答えなかった。
やがて、一度だけ頷いた。
「覚えておく」
エドガーは深く頭を下げた。
城内から、領主を呼ぶ声がした。
彼は断りを入れ、そちらへ戻っていく。
その背中を見ながら、マティアスが言った。
「兵を出せという書状には、応じなかった方です」
「ああ」
「今度は、ご自分から仰いました」
レオンハルトは城門へ目を向けた。
門の上には、エドガーの旗が残っていた。
黒獅子の旗は、城の外にある。
「自分で決めたのだろう」
それだけ言い、レオンハルトは兵たちの方へ歩き出した。
アレクは二つの旗を見上げた。
同じ風を受けながら、別々の場所ではためいていた。
第十三話を読んでいただき、ありがとうございました。
五人がそれぞれの役目を果たし、レオンハルトが切り開いた救援の道。リートベルク城には、エドガーの旗が残りました。
強いられた盟約とは異なる結びつきが、東部に生まれ始めています。
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