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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第十二話 橋の向こうへ

主君の旗の下、東へ進むアレクたち。

グレンツベルクで待っていたのは、橋を守るルーカスと、父の跡を継ぐ少年だった。

 出陣の朝、アレクは列の前から兵たちを見渡した。

 革の覆いを掛けた火槍が、肩に並んでいる。

 帰還した時と同じ顔が多い。それでも、全員ではなかった。

「九十六名。揃っております」

 ギルベルトが報告した。

 四人は残した。

 熱が下がり切らない者と、足の傷がまだ塞がっていない者だ。代わりに新しい兵を入れて百人に戻すことはしなかった。

「残る者への指示は」

「伝えてあります。回復してから、弾薬の受け取りと記録の仕事へ回します」

「無理をして追いかけてこないようにしてください」

「それも言いました」

 ギルベルトは列へ目を向けた。

「置いていかれる方が、落ち着かないようです」

「戻った時に、仕事が進んでいたと分かれば助かります」

「そう伝えておきます」

 アレクは頷いた。

 自分の隊だけではない。

 マティアスとレオンハルトに属する三百人の火槍隊も、指揮官ごとに兵を並べていた。アレクの直属隊と合わせ、出陣する火槍兵は三百九十六人となる。人数と装備の報告は、すでに別々に提出されている。

 整備を終えた筒だけを持たせた。

 工場に残したものを、使える数へ混ぜてはいない。

 広場の向こうで、馬の嘶きが上がった。

 ヴィクトルが、自家の兵を連れて入ってくる。

 続いて、カスパル、ロベルト、エイドリアンの隊が到着した。

「帰ったばかりだというのに、また顔を合わせたな」

 カスパルが馬上から言った。

「王都へ戻るよりは近い」

 ロベルトが答える。

「まだ、どこまで行くかも分からんだろう」

「だから、帰りの分まで荷を積ませている」

「その荷車で、街道を塞ぐなよ」

「そちらの馬が止まらなければよい」

 二人のやり取りを聞きながら、ヴィクトルは自分の兵を広場の端へ寄せた。

 後から来る隊のため、中央の道を空けている。

 エイドリアンも列の間隔を確かめ、遅れていた荷車へ人を回した。

 アレクは四人と顔を合わせた。

 王都で着ていた服ではない。

 それぞれが鎧を着け、腰へ剣を下げていた。

「火槍隊は、こちらへ付くのか」

 ヴィクトルが尋ねた。

「最初はマティアス様の隊と進みます。その先は、道と敵の状況を見て決めるそうです」

「分かった」

 余計なことは聞かなかった。

 ヴィクトルの視線が、一度だけ火槍の列へ向いた。

 アレクは、その目を追わなかった。

 同じ軍にいるからといって、消えるものばかりではない。

 マティアスが広場へ入ってくる。

 兵たちが姿勢を正した。

「揃ったな」

 五人を見てから、各隊の列へ目を向ける。

「この先で本隊と合流する。先発はすでに出ているが、こちらも急げばよいというものではない。前が止まったら、後ろへ知らせろ」

「はい」

「荷車が遅れたからといって、勝手に隊を割るな。助ける者と、進む者を決めて動け」

 マティアスはアレクを見た。

「兵を疲れさせて、戦う前に数を減らすなよ」

「気をつけます」

 風が吹いた。

 マティアスの旗が広がり、兵たちの頭上で鳴った。

 アレクはその下へ馬を進めた。

 自分の紋章を描いた旗は、まだない。

 今は、従う主君の旗を見失わず、自分の兵を連れていく。

 門が開かれた。

 先頭の隊が動き出す。

 石畳を踏む足音が続き、やがて荷車の車輪が軋んだ。

◇ ◇ ◇

 本隊と合流した後も、軍は一つの長い塊にはならなかった。

 東へ向かう兵は、合わせて三千六百人近くになった。騎兵六百人、槍や盾、弓を持つ歩兵二千六百人に、三百九十六人の火槍隊が加わっている。荷駄を運ぶ者たちは、その人数とは別だった。

 先発の騎兵が道を確かめ、宿営地へ人を送る。

 歩兵が続き、荷駄は間を置いて進んだ。

 狭い坂では荷車を待たせ、上り終えたことを知らせてから次を出す。

 沿道の領主から通行を認められていても、畑まで自由に踏んでよいわけではない。

 休ませる場所を決め、水を汲む者を出し、食料を受け取るたびに代金と数を確かめた。

 それを繰り返しながら、東へ進む。

 国王の返書が届いたのは、宿営地を発つ前の朝だった。

 王都から来た使者の馬は、首の下まで汗で濡れていた。

 レオンハルトは天幕の外で書状を受け取り、中へ入った。

 マティアスとユリウスが続く。

 ほどなく、アレクたちも呼ばれた。

「陛下は、占拠した兵へ退去を命じられた」

 レオンハルトが言った。

 机の上には、国王の印が押された書状がある。

「訴えは、向こうの領主からも届いている。こちらの救援も認められた」

「フェルゼン伯爵への命令は」

 マティアスが尋ねた。

「事情を説明しろと。兵を出した経緯と、他家の倉を押さえた理由をな」

「伯爵が、配下の独断だと答えれば」

「その配下を引かせればよい」

 レオンハルトは答えた。

「引かせずに言うなら、口だけだ」

 ユリウスが別の紙を広げた。

 命令の写しを、誰へ届けるか記している。

「救援先と、周辺の領主へ知らせます。現地の騎士にも、すでに出した撤退要求に加えて届けます」

「指揮官だけに握り潰させるな」

 レオンハルトが言った。

「下の兵にも、陛下が退けと命じたことを知らせろ」

 アレクは書状へ目を向けた。

 槍を持って倉の前に立つ兵が、全員、同じ考えで来ているとは限らない。

 主の命令で歩き、与えられた場所を守っているだけの者もいる。

 その者たちへ、別の命令が届いた。

「従って退く者は、追わん」

 レオンハルトは五人を見た。

「武器を捨てた者まで斬るな。だが、命令を見せる間、無防備に近づくなよ」

「承知しました」

 ヴィクトルが答えた。

 カスパルも、先ほどまでの軽い表情を消していた。

「軍は、このまま進める」

 レオンハルトは書状を畳んだ。

「紙が先に道を開ければ、それでよい。開かなければ、俺たちが行く」

◇ ◇ ◇

 リーデ川の橋が見えた時、アレクは先頭の荷車が止まるのを見た。

 三つの石のアーチが、水の上へ連なっている。

 橋の脇には足場が組まれ、石材を積んだ荷車が寄せてあった。

 兵が渡り始めているが、中央へ広がらず、案内役の示す側を歩いている。

 ルーカスは、その入口に立っていた。

 緑の外套の裾に、乾いた泥が付いている。

「一度に寄せるな! 前の荷車が向こうへ下りてからだ!」

 御者へ声を掛け、次に橋の上の兵へ腕を振る。

 レオンハルトが近づくと、ようやくこちらを向いた。

「殿下」

「橋を見に来たぞ」

「もう少し静かな時に、お迎えしたかったのですが」

「俺も、これほど連れてくるつもりではなかった」

 ルーカスが、後ろに続く軍列を見た。

「茶の用意ならできますが、全員分は少し掛かります」

「兵には水でよい。俺には座る場所を出せ」

「そちらなら、すぐに」

 ルーカスは笑い、橋の脇を示した。

 だが、自分はまだ動かなかった。

 荷車が橋へ乗るところを見ている。

「ここは直ったのではないのか」

 レオンハルトが尋ねた。

「表面を塞いだ所はあります。ただ、重い荷を同時に載せたくありません。石を替える仕事は、まだ残っています」

「渡れるのだな」

「荷を詰めず、決めた場所を通れば。調べた者も、そう言っています」

「ならば、お前の指示に従わせる」

 レオンハルトはユリウスへ顔を向けた。

 ユリウスが隊長を呼ぶ。

 ルーカスの案内役へ従うよう、後続にも伝えられた。

 一台の荷車が渡り終わる。

 向こう岸の兵が腕を上げた。

 それを見てから、次の御者が馬を進めた。

 ルーカスはようやく肩の力を抜いた。

「こちらへどうぞ」

◇ ◇ ◇

 橋の近くにある館で、短い休息が取られた。

 兵はあらかじめ決められた場所へ入り、水と食料を受け取っている。

 アレクがギルベルトへ指示を済ませて広間へ入ると、ルーカスの隣に少年が立っていた。

 背筋を伸ばしている。

 両手は身体の脇へ揃えられていたが、指先だけが服の端を握っていた。

「以前、お話しした息子です」

 ルーカスが言った。

「私の跡を継ぐ者として、殿下にご挨拶をさせたく」

 レオンハルトは、手にしていた杯を置いた。

 少年へ身体を向ける。

 ルーカスが小さく頷いた。

 少年は一歩前へ出た。

「フェリックス・フォン・グレンツベルクと、申します」

 そこで一度、息が止まった。

 続けようとして、唇が動く。

 レオンハルトは待っていた。

「父の……跡を継ぐために、学んでおります。本日は、お会いできて光栄です」

 深く頭を下げた。

 少し長く、そのままでいた。

「顔を上げろ」

 レオンハルトが言った。

 フェリックスが顔を上げる。

「ルーカスの跡継ぎだな。覚えた」

「はい」

「父親から、何を教わっている」

 少年の目が、わずかに父へ向いた。

 用意していた挨拶には、ない問いだったのだろう。

 ルーカスは答えを助けなかった。

 フェリックスは考え、レオンハルトへ向き直った。

「橋を通る荷を、数えております」

「通行税を覚えるためか」

「それもあります。でも、荷が減った時は、どこかで人が困っているからだと、父上が」

 レオンハルトは黙って聞いていた。

「荷が少なければ、書くのは楽になります。ですが、それを喜んではいけないと」

 マティアスがルーカスを見た。

 ルーカスは杯を取ろうとして、やめた。

「まずは数を間違えないところからです」

「よいことを教えているではありませんか」

 マティアスが言った。

「私も、先代から言われたことです」

「それを覚えて、次へ教えているのでしょう」

 ルーカスは返事に困ったようだった。

 レオンハルトが、フェリックスへ尋ねる。

「今日は多いな」

「はい」

「書くのが嫌になるほど来たか」

 少年は慌てて首を振った。

「兵の方々は、いつもの荷とは分けております」

「そうか」

「それと、馬の飼葉を運んだ分も、父上が後で確かめると」

「俺たちの分も、忘れずに数えろ」

 レオンハルトの口元が上がった。

「父親に、遠慮して損をするなと伝えておけ」

 フェリックスが、すぐ隣の父を見た。

 ルーカスは息を吐いた。

「今、聞いております」

 広間に笑いが起きた。

 少年の肩が、少し下がった。

 アレクも口元を緩めていた。

 ルーカスがこちらへ顔を向ける。

「アレク子爵だ。西から来た荷を運ぶ商会も、この方たちが手配してくださった」

 フェリックスが向き直った。

「ありがとうございます」

「荷が通ったのは、お父上が交渉なさったからです」

 アレクが答えると、少年は少し嬉しそうな顔をした。

 その後で、遠慮がちに尋ねた。

「アレク様も、兵を率いていらっしゃるのですか」

「はい」

「門の外にいた、長いものを担いでいる方々ですか」

「私の隊も、その中にいます」

 フェリックスは窓の方を見た。

「大勢の方へ、どうやって同じことを伝えるのですか」

 火槍の話を聞かれると思っていたアレクは、少し意外だった。

「私だけで全員へ伝えるわけではありません。隊長がいて、その下にも人をまとめる者がいます」

「伝える方によって、違ってしまいませんか」

「違わないように、確かめます。私が分かりにくく言えば、そこで間違えますから」

 フェリックスは真剣に聞いていた。

「では、命じる方も、上手に話さなければならないのですね」

「そうですね。私も、何度も聞き直されています」

 少年が驚いた顔をした。

 マティアスが横から口を挟んだ。

「アレクは、説明が長くなることがある」

「最近は、気をつけております」

「なら、続けるとよい」

 ルーカスが笑った。

 フェリックスも、ようやく笑った。

 広間の扉が開いた。

 伝令が入り、ユリウスへ耳打ちする。

 レオンハルトは、そちらへ目を向けた。

 ユリウスが近づく。

「先発からです。街道で、人の出入りを止めている兵を見つけました」

 空気が変わった。

 ルーカスが息子の肩へ手を置く。

「挨拶は、ここまでだ」

「はい」

 フェリックスはもう一度、レオンハルトへ頭を下げた。

「失礼いたします」

 扉へ向かう途中、一度だけアレクを振り返った。

 アレクが頷くと、少年も小さく頷いて出ていった。

◇ ◇ ◇

 伝令が示した場所は、救援を求めた領主の領内だった。

 街道が低い丘の間を通り、その先で城へ続く道と村へ向かう道に分かれる。

 敵兵は、その分かれ道を押さえていた。

「どれほどいる」

 レオンハルトが尋ねた。

「見えた範囲では、五十ほどです。柵はありませんが、荷車を横へ置いております」

「領民は」

「村へ戻ろうとした者が止められています。荷も調べられておりました」

 マティアスが地図へ指を置いた。

「城を囲む兵とは、離れていますね」

「はい。ただ、騎馬が行き来しております」

 ルーカスが別の道を示した。

「こちらは畑へ通う道です。荷車では難しいですが、人は通れます」

「そなたの領内か」

 レオンハルトが尋ねた。

「いえ。そこまで進めば、救援を求めた家の土地です。案内できる者を付けます」

「頼む」

「私も」

「お前は、橋を見ていろ」

 レオンハルトが遮った。

 ルーカスが口を閉じる。

「後ろの荷が止まれば、前の兵が困る。ここで、お前にしかできん仕事をしろ」

 ルーカスは地図を見た。

 やがて、頷いた。

「分かりました。荷は送ります」

「ああ」

 レオンハルトは立ち上がった。

「今度はこちらの番だ」

◇ ◇ ◇

 橋を渡ってからも、救援先までは道が続いていた。

 先発からの報告を受けながら進み、翌日、アレクたちは問題の分かれ道へ近づいた。

 丘の陰で列を止める。

 前へ出ていた偵察の兵が戻ってきた。

「人数は、大きく変わっておりません」

「こちらの軍は、見えているか」

 マティアスが尋ねた。

「先頭は見られたと思われます。兵が荷車の後ろへ集まっています」

 アレクは丘の脇から、街道を見た。

 横向きに置かれた荷車。

 その手前に、槍を持つ兵が並んでいる。

 道の端には、籠を背負った男と、布包みを抱えた女がいた。

 帰らせてもらえないのか、兵と何かを話している。

 ヴィクトルが隣へ来た。

「右の窪地なら、姿を低くして進める」

「向こうの人たちが、こちらへ来る道にもなります」

 アレクが言うと、ヴィクトルは頷いた。

 マティアスが二人へ指示を出す。

「ヴィクトルは、あの者たちを下げられる位置へ。勝手に斬り込むな。アレクは街道脇へ隊を広げろ」

「承知しました」

「まずは、使者を出す」

 国王の命令を携えた騎士が進んだ。

 護衛は少数に留め、敵の槍が届かない場所で馬を止める。

「国王陛下の命令を伝える!」

 声が街道へ響いた。

 敵兵が顔を上げる。

 騎士は書状を掲げ、退去の命令を読み上げた。

 救援を求めた領主の名も告げる。

 その領主の求めに応じ、レオンハルトが兵を率いていることを伝えた。

 荷車の後ろから、鎧を着た男が出てきた。

「我々は、街道を守っている!」

「この土地の領主は、そなたたちの駐留を認めていない! 道を開け、兵を退けよ!」

「上の命令がなければ、動けぬ!」

「陛下の命令だ!」

 敵の指揮官は書状を受け取りに来なかった。

 後ろを振り返り、兵へ何かを怒鳴る。

 アレクは、ギルベルトへ合図した。

 兵たちが革の覆いを外す。

 火槍を下ろし、隊列を広げていく。

 まだ、銃口は上げさせなかった。

 直属の九十六人は、一班、二班、三班に三十二人ずつ分けていた。一列目に一班、二列目に二班を置き、三班は後ろへ控えさせる。ヴィクトルは八十人の盾兵と槍兵を窪地へ向かわせていた。

「弾薬箱開放許可! 一発取れ! 装填!」

 ギルベルトの号令で兵が装填を進める。火蓋を閉じた三十二挺を前へ揃えても、アレクはまだ構えさせなかった。

「道の端に人がいます」

「見えております」

 ギルベルトが答えた。

 敵兵の一人が、籠を背負った男を押した。

 男がよろける。

 女が避けようとすると、今度はそちらへ槍の柄が向けられた。

 丘の右から、ヴィクトルの声が上がった。

「こちらへ来い!」

 槍兵が数人、道の脇へ出た。

 籠を背負った男が顔を向ける。

 敵兵が腕を掴もうとしたが、男は籠を捨てて走った。

 女も続く。

「止めろ!」

 敵の指揮官が叫んだ。

 数人が追いかけた。

 ヴィクトルの兵が槍を構える。

 追ってきた兵が足を緩めた隙に、男と女はその後ろへ入った。

 さらに二人、荷車の陰から飛び出してきた。

 小さな子供の手を引いている。

 アレクは息を詰めた。

 子供の足がもつれた。

 大人が抱き上げる。

 ヴィクトル自身が前へ出て、道の脇を示した。

「走れ! こちらだ!」

 敵の指揮官が剣を抜いた。

「押し返せ!」

 槍兵が荷車の横を抜けてくる。

 使者の騎士は馬を返し、味方へ下がった。

 アレクの前には、まだ逃げる親子がいた。

「待て」

 アレクが言った。

 銃口を上げかけた兵が止まる。

 敵が近づく。

 槍の穂先が揺れている。

 親子が街道を外れた。

 ヴィクトルの兵が二人を引き入れる。

 アレクは、その背中が射線から消えたのを見た。

「一班、火蓋開け! 構え!」

 火槍が上がった。

 ギルベルトが赤い布を掲げた。

 敵の先頭にいた男が、歩みを緩めた。

 後ろから来た兵と肩がぶつかる。

「撃て!」

 赤い布が振り下ろされた。

 轟音が重なった。

 白煙が街道へ広がる。

 先頭の槍が跳ね、二人が倒れた。

 その後ろで、男が肩を押さえて膝をつく。

 アレクには、すべては見えなかった。

 煙の切れ目で、槍兵の列が止まったことだけが分かった。

「一班、火縄上げ! 後退! 二班、火蓋開け! 構え!」

 ギルベルトの声が飛ぶ。

 前の兵が退き、次の銃口が並んだ。

 敵の指揮官が、立ち止まった兵を怒鳴りつけている。

 だが、道の右側へも味方の槍兵が姿を現した。

 領民を下げたヴィクトルが、窪地に沿って兵を進めていた。

 荷車へ戻る道を、横から脅かす位置だった。

 敵兵がそちらを見る。

 前には火槍。

 横には槍兵。

 後ろの荷車は、自分たちが道を塞ぐために置いたものだった。

 最初に逃げたのは、列の端の兵だった。

 槍を持ったまま、荷車の向こうへ走る。

「戻れ!」

 指揮官が叫んだ。

 続いて二人が走った。

 一人は槍を捨てた。

 別の男が両手を上げ、その場へ膝をつく。

「撃つな!」

 アレクが命じた。

 二列目の火槍が、構えられたまま止まった。

 ギルベルトが同じ命令を繰り返す。

 敵の指揮官は周囲を見回し、荷車の陰へ下がった。

 追おうとしたヴィクトルの兵を、本人が止めた。

「深追いするな! 武器を置かせろ!」

 街道の向こうへ逃げる足音が遠ざかる。

 アレクは火槍隊を進めず、煙の向こうを確かめた。

 倒れている者がいる。

 膝をついている者もいる。

 荷車の下へ潜り、こちらを見ている兵がいた。

「出てこい! 剣を置け!」

 味方の槍兵が近づく。

 荷車の下から、短剣が投げ出された。

 それから、泥の付いた両手が見えた。

 アレクは、ようやく息を吐いた。

◇ ◇ ◇

 道を塞いでいた荷車が動かされた。

 ロベルトが荷の持ち主を確かめ、壊れた車輪を道の脇へ寄せさせる。

 カスパルは、退避した者たちから話を聞いていた。

 エイドリアンの兵は街道の先へ見張りを置き、逃げた敵が戻らないか確かめている。

 アレクは自分の隊を回った。

 兵は無事だった。

 それでも、発射した筒と、撃たずに残った筒を分けて確認する必要がある。

 一班だけが一度撃ち、使った弾は三十二発だった。

 ギルベルトへ任せ、街道の脇へ向かった。

 ヴィクトルが、腕に浅い傷を負った兵へ布を巻かせていた。

「そちらは」

 アレクが尋ねる。

「一人だ。槍の先が掠った」

「人は、全員下げられましたか」

「見えていた者はな」

 ヴィクトルは少し離れた場所を見た。

 女が子供を抱き締めている。

 子供は泣いていた。

 その隣で、籠を捨てて逃げた男が、両手を何度も擦り合わせていた。

「撃つのを待ってくれて助かった」

 ヴィクトルが言った。

「前にいましたから」

「見えていても、待てるとは限らん」

 アレクは答えなかった。

 ヴィクトルの視線が、街道に残る白煙へ向いた。

 それから、アレクへ戻る。

「次も、こちらの位置を知らせる」

「お願いします。私も、撃つ前に確かめます」

 ヴィクトルは頷いた。

 それ以上は話さず、兵の方へ戻っていった。

 アレクも、自分の隊へ向き直った。

 レオンハルトが到着したのは、その後だった。

 荷車を通せるようになった道を見て、馬を止める。

「敵は」

「一部は逃走。武器を捨てた者は、こちらで預かっております」

 マティアスが答えた。

「追ってはいません」

「死者は五人、捕らえた者は十八人です。捕虜のうち七人が傷を負っています。逃げたのは二十数人と見ています」

「それでよい。城の方は」

 カスパルが進み出た。

「昨夜、村から出てきた者の話では、まだ落ちていません。ただ、兵が増えています」

「どこの兵だ」

「紋章までは分からないと。捕らえた者にも聞いておりますが、自分の隊以外は知らぬと言っています」

 レオンハルトは、捕虜の方を見た。

 兵たちは武器を離れた場所へ積まれ、道の端に座らされていた。

「無理に知っていることにさせるな。分かることから聞け」

「はい」

「倉を押さえた騎士は、まだ城の前か」

「そのようです。門を開けるよう、繰り返し求めていると」

 カスパルは、一度言葉を切った。

「梯子を運んでいるところも、見た者がおります」

 レオンハルトの顔が動いた。

「街道を守るだけでは、なくなったな」

 誰も答えなかった。

 アレクは城へ続く道を見た。

 丘に隠れて、まだ城そのものは見えない。

 ここで止まれば、敵は門へ取りつく。

 だが、急ぐだけで列を崩せば、次の場所で同じように戦えるとは限らなかった。

「道を守る兵を残す」

 レオンハルトが命じた。

「捕虜と負傷者は、そちらへ引き渡せ。先へ出る者は、水を飲ませてから動かす」

 マティアスが隊長を呼ぶ。

 命令が各隊へ渡っていく。

 アレクもギルベルトのもとへ戻った。

「撃った分は」

「補っております。もう少しで終わります」

「終えた列から、水を飲ませてください」

「承知しました」

 街道の脇では、救出された男が兵へ何度も頭を下げていた。

 アレクたちが動き始めると、顔を上げた。

「城へ、行かれるのですか」

「はい」

「領主様は、門を開けてくださいました」

 男が言った。

 声が震えている。

「倉の前で怪我をした者も、中へ入れたと聞いています。どうか」

 アレクは頷いた。

「そのために来ました」

 馬を進める。

 背後で、兵たちの足音が続いた。

◇ ◇ ◇

 丘の上へ着いた時、先行していた騎兵が手を上げた。

 アレクは馬を止めた。

 少し遅れて、レオンハルトとマティアスが並ぶ。

 丘の向こうに、城があった。

 大きな城ではない。

 石の壁に囲まれた館と、門を守る塔。

 その周囲へ、兵の集まりがいくつも見えた。

 穀物倉の近くには荷車が置かれている。

 別の一団が、長い梯子を運んでいた。

 アレクは城壁の上へ目を凝らした。

 人が動いている。

 槍が光った。

 その上で、一枚の旗が風を受けた。

「まだ、残っています」

 アレクが言った。

 レオンハルトは城を見たまま頷いた。

「ああ」

 後ろから来た兵が、黒獅子の旗を立て直した。

 風が布を広げる。

 城壁の上で、誰かがこちらを指した。

 やがて、塔の鐘が鳴り始めた。

 レオンハルトは手綱を握った。

「待たせた分は、働くぞ」

 黒獅子の旗が、丘の先へ進んだ。

第十二話を読んでいただき、ありがとうございました。

ルーカスの嫡男、フェリックスが正式に登場しました。父から学ぶ少年との出会いを経て、一行は救援先へ向かいます。

街道での戦いでは、アレクとヴィクトルが互いの動きを支えました。城には、まだ領主の旗が残っています。

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