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『知らない世界で、前世の知識が武器になる』 ~剣と銃で乱世を生き抜く転生領主の成り上がり~  作者: 相田 ソウ
第六篇 乱世を動かす火

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第九話 王宮の外で

 王都の外、同数の護衛を伴って向き合う国王とレオンハルト。約束されていた会談で、東部への関与と兵を動かす条件が話し合われます。

 ルーカスがグレンツベルクへ戻る数日前、王宮の客室では、持ち帰る荷の確認が始まっていた。

 論功行賞で与えられた書状、諸侯との会談で交わした覚え書き、王都で買い付けた品の目録。その横へ、まだ返答を終えていない面会依頼が積まれている。

 王都へ来た時より、明らかに紙が増えていた。

 アレクは長机の前へ座り、加増された土地の図面を見ていた。

 谷の入口にある二つの村。

 旧宿駅と古い関所。

 森林と牧草地。

 王都へ来る前には、自分の領地の外だった場所だ。

「いつまで見ている」

 マティアスに声を掛けられ、アレクは顔を上げた。

「帰った後、どこから確かめるか考えていました」

「村を先に見ろ。土地の広さより、何人が暮らし、誰が仕事をまとめているかを知る方が先だ」

「関所の修繕も必要です」

「壊れている場所は、留守の者に調べさせている。お前が戻ってから始める必要はない」

 マティアスは机の反対側へ座った。

 アレクの図面を引き寄せ、谷の入口から奥へ続く道を指で辿る。

「見回りに、どれだけ掛かる」

「まだ歩いていません」

「今の領地なら分かるだろう」

「一番遠い集落までは、歩けば半日ほどです。荷を積めば、もっと掛かります」

「入口の村まで加われば、さらに広くなる」

「はい」

「子爵になったのなら、騎馬隊を持たなければな」

 アレクは図面から顔を上げた。

「騎馬隊ですか」

「領境の見回りも、使者を守る役目も増える。何かあってから徒歩の兵を出していては、着く頃には終わっていることもある」

「私の直属兵は百人で、全員を火槍兵として使っています。そこから騎馬隊へ回す余裕はありません」

「十人でも二十人でも、いないよりはよい」

「その二十人を抜けば、火槍兵は八十人になります」

 アレクは机の上へ指を置いた。

「今は百人で組んだ訓練と役割があります。射撃する者だけを減らせばよいわけではありません。班の人数を変えれば、同じ動きを続けるために、もう一度編成を考え直す必要があります」

「四百人の火槍隊がいるではないか」

「あの四百人すべてが、私の直属兵ではありません」

「分かっている」

「私の判断で、マティアス様と殿下の兵を騎馬兵へ変えることもできません。新しく兵を雇うなら、その者たちを養う金と、馬と、教える者が必要です」

 マティアスは口元をわずかに上げた。

「ようやく、馬だけ買えば済む話ではないと分かったな」

「最初から分かっています」

「ならば、その続きも考えろ」

「今すぐには難しいと申し上げています」

「今すぐ百人を集めろとは言っていない」

 マティアスは、図面の牧草地を指した。

「馬を置ける土地は得た。水場と囲いを確かめ、どれだけ飼えるか調べさせろ。領内の馬も数え直す。荷車を引く馬を取り上げて兵へ渡すようなことはするな」

「農作業にも使っています」

「だからだ。騎馬兵を増やして、荷車が動かなくなっては意味がない」

 アレクは図面の端へ、馬と水場と書き加えた。

「調べるところからなら始められます」

「それでよい」

「ただ、火槍兵を減らすことには賛成できません」

「お前が何を残したいかは分かった。では、何を増やせば両方を持てるか考えろ」

「結局、仕事が増えました」

「領地が増えたのだから当然だ」

 マティアスは立ち上がり、別の書状を手に取った。

 アレクは図面へ目を戻した。

 騎馬隊が必要だという話は理解できる。

 遠い集落で火事が起きた時も、領境に見慣れない兵が現れた時も、早く人を送れた方がよい。

 しかし、馬を買っただけでは騎馬隊にはならない。

 乗れる兵を集め、訓練し、飼料を用意しなければならない。馬が病気になった時に診る者も、蹄を扱う者も必要になる。

 火縄銃を増やすためにも、すでに多くの金と人を使っていた。

 今の百人は減らせない。

 別の部隊を持つには、まだ足りないものが多すぎた。

 アレクは、書き加えた文字の下へ短い線を引いた。

 帰ったら調べる。

 今、決められるのはそこまでだった。

◇ ◇ ◇

 ライゼンが訪れたのは、その日の昼過ぎだった。

 王宮の侍従に案内されて入ってきた将軍は、レオンハルトへ一礼し、畳んだ地図を差し出した。

「会談の場所と警備について、国王陛下のご承認をいただきました」

「見せろ」

 長机へ地図が広げられる。

 示されたのは、王都の西にある修道院だった。

 王家の館でも、レオンハルトに属する諸侯の城でもない。以前から領主同士の争いを話し合う場所として使われ、今回は修道院側が双方へ同じ条件で建物を貸すことになっていた。

「街道から、どれだけ離れている」

「馬で半刻ほどです。途中に村が一つありますが、双方の兵を泊めることはいたしません」

「周囲は」

「南側は畑です。北側に林があります。会談に先立ち、双方の者で確認できます」

「王都軍だけで調べた後、安全だと言うのではないな」

「そのようにはいたしません」

 ライゼンは淡々と答えた。

 ユリウスが地図を覗き込む。

「護衛は二十人ずつで相違ありませんか」

「はい。側近は護衛と別に三人まで。会談する部屋へ入る者は、事前に互いへ知らせます」

「建物の中へ、兵は置くのか」

 レオンハルトが尋ねた。

「内側の扉前に二人ずつ。残りは外です。修道院の使用人以外は、勝手に出入りさせません」

「剣は」

「陛下も殿下も、会談の部屋へ入る前に預けます。側近も同様です」

「兄上はよく認めたな」

「殿下もお預けになると申し上げました」

「俺が嫌だと言ったらどうする」

「もう一度、条件を決め直すことになります」

 ライゼンは表情を変えなかった。

 レオンハルトはしばらく将軍を見た後、短く笑った。

「冗談だ。預ける」

「承知しました」

「日時は」

「明後日の午前です」

「よい。こちらはマティアス、ユリウス、アレクを連れていく」

 名を呼ばれ、アレクは顔を上げた。

「私もですか」

「お前が定める火槍兵の基準と、東へ送る荷の話にもなる。後から聞いていないと言われては困る」

「承知しました」

 ライゼンがアレクを見る。

「新型火槍は持ち込まない」

「持っていきません」

「護衛にもだ」

「はい」

 レオンハルトが地図へ手を置いた。

「こちらの軍は、会談の後に帰途へつく準備をさせる」

「国王陛下も、ご帰還を妨げるおつもりはありません」

「妨げられても困る」

「王都に残る面会相手は、多いと伺っています」

「全員の話を聞いていたら、領地へ帰れん」

 ライゼンは一礼した。

「では、そのように手配いたします」

 将軍が出ていくと、レオンハルトは地図を畳まずに椅子へ座った。

 しばらく誰も口を開かなかった。

 王都では、国王と何度も顔を合わせている。

 戦勝を報告し、火縄銃を見せ、論功行賞を受けた。ルーカスの橋について話し、晩餐会では同じ卓へ座った。

 それでも、今回の会談は別だった。

「護衛の数まで揃える必要が、まだあるのですね」

 アレクが言う。

「必要がなくなったと思うか」

 レオンハルトが尋ねた。

「少なくとも、宴では仲が悪いようには見えませんでした」

「兄弟の仲と、互いに兵を持つ者同士の約束は別だ」

 レオンハルトは修道院の位置を指した。

「約束した条件を、今は仲がよいから要らんと変える。次に仲が悪くなった時は、何を信じればよい」

 アレクは答えられなかった。

「同じ人数を連れて、同じ場所へ来る。それだけのことを守れない者と、東部の話などできん」

 マティアスが頷いた。

「陛下も、王宮で済ませたことにはなさいませんでした」

「ああ」

 レオンハルトは短く答えた。

「だから、俺も行く」

◇ ◇ ◇

 会談当日の朝、王都の空には薄い雲が広がっていた。

 レオンハルトの一行は、城外の宿営地から西へ向かった。

 護衛は二十人。

 アレクとマティアス、ユリウスが続く。

 火槍隊四百人は宿営地へ残り、帰還の準備を進めていた。火縄銃を包む覆いを確かめ、荷車を整え、王都で使った物の支払いを終える。

 レオンハルトたちが戻れば、軍は西へ動き出せる。

 街道を外れ、畑の間の道を進むと、低い石壁に囲まれた修道院が見えた。

 大きな城ではなかった。

 鐘楼と礼拝堂、その横に宿泊用の建物が並んでいる。門の前には、修道院の者が二人立っていた。

 王家の旗も、レオンハルトの旗も掲げられていない。

 門へ着く前に、ユリウスと護衛の指揮官が先へ出た。

 国王側からもライゼンと数人が来る。

 双方で建物と周囲を確かめ、護衛の人数を数えた。

 見張りの立つ位置も、井戸と馬繋ぎ場までの道も確認する。

 アレクは馬上でその様子を見ていた。

 兵が同じ数いるからといって、完全に同じ条件になるわけではない。

 建物へ先に入った者、地形を知っている者、出入口へ近い者。それだけでも違いは生まれる。

 だからこそ、誰が何を確かめたかを互いに見せていた。

「確認が終わりました」

 ユリウスが戻ってくる。

「国王陛下も到着しておられます」

「行くぞ」

 レオンハルトが馬を下りた。

 門の内側で、国王も馬から下りていた。

 金の飾りを多く付けた礼装ではなく、濃い色の上着を着ている。頭に王冠はない。

 それでも、周囲の者が国王へ道を空ける動きは、王宮と変わらなかった。

「待たせたか」

 レオンハルトが尋ねる。

「先ほど着いた」

「珍しく早いな」

「お前を待つために早く来たのではない」

「分かっている」

 短い会話の後、二人は並んで建物へ入った。

 案内された部屋の前で、剣を預ける。

 国王が先に剣帯を外し、側近へ渡した。

 レオンハルトも続く。

 アレクたちも武器を預け、扉をくぐった。

 部屋には長机が一つあった。

 玉座はない。

 国王とレオンハルトの椅子も、同じ高さだった。

 国王側にはライゼンと政務官、書記官。

 レオンハルト側にはマティアス、ユリウス、アレクが座る。

 修道院の者が水を置き、部屋を出た。

 扉が閉じられる。

 国王は、机の上へ両手を置いた。

「シュヴァルツ討伐後に会うという約定を、今日、ここで果たす」

「異存はない」

 レオンハルトが答えた。

 書記官の筆が動く。

「王都での戦勝報告と論功行賞を、この会談の代わりにはしない。その点も、双方で確認したと残せ」

「承知しました」

 書記官が答える。

 アレクは、同じ高さの椅子へ座った兄弟を見た。

 王と王弟であることは変わらない。

 それでも、どちらかが相手の家へ呼びつけた形ではなかった。

 決めた条件を守って、二人ともここへ来た。

 国王がレオンハルトへ尋ねる。

「今日は、褒美の話をするつもりはない」

「俺もだ」

「では聞く。東部へ、どこまで関わるつもりだ」

 レオンハルトはすぐに答えなかった。

 机へ広げられた王国の地図を見る。

 グレンツベルクの橋。

 東部の採石場。

 王都から延びる街道と、国境へ続く道。

「橋を直して終わりにするつもりはない」

「ルーカスの領地を、お前の勢力へ加えるか」

「本人が望むなら、力を貸す」

「その周囲の諸侯にも?」

「ああ」

「俺の許しを得たというだけで、東部へ手を伸ばせると思うな」

「だから、何を認めるかを今日決める」

 国王の表情が引き締まった。

 レオンハルトも笑っていなかった。

「東部には、フェルゼン伯爵らへ逆らえず、盟約へ加わろうとしている者がいる」

 レオンハルトが続けた。

「塩を止められる。鉄を売ってもらえない。道を通れなくなる。それだけで、小さな領主は兵を出す約束をさせられる」

「すべての家が、脅されて加わるわけではない」

「分かっている。自分から王都を遠ざけたい者もいるだろう。だが、選べる道が一つしかなければ、迷っている者まで同じ側へ行く」

「お前が、別の道になるつもりか」

「マティアスの荷車を通す。必要なものを買えるようにする。それで従わずに済む家があるなら、やる」

 国王はマティアスへ目を向けた。

「商会の取引だけでは済まなくなるぞ」

「すでに、倉を貸すだけで東部諸侯に睨まれると心配する者がおります」

「それでも借りるのか」

「相手が危険を理解し、条件に同意するなら」

「商人に、王国の争いを選ばせるつもりか」

「何も選ばずに済む状況ではありません。東の諸侯へ従わなければ荷を止められる。それも、商人へ選ばせていることになります」

 国王は返事をせず、地図の橋を見た。

「お前が助けた領主は、俺よりお前を頼るようになる」

 レオンハルトへ向けた言葉だった。

「ならば、兄上も助ければよい」

「王には、一つの橋だけを見て決められぬことがある」

「その間に橋が落ちれば、領民には誰が正しかったかなど関係ない」

 アレクは息を止めた。

 国王の隣で、政務官が身体を動かした。

 しかし、国王は片手で制した。

「俺が何もしていないように言うな」

 低い声だった。

「橋と採石場へ調査役を出すよう命じた。期限も縮めた。ルーカスの訴えを退けた覚えはない」

「知っている」

「ならば、調べる者を出すことと、軍を送ることを同じにするな」

 国王は机の地図を指した。

「ここへお前の軍が入れば、隣の家は何を考える。王命へ背いていない者まで、自分の城が次に囲まれると思うだろう」

「俺の兵が来なければ、安心してフェルゼンへ従う者もいる」

「だからといって、恐れている者をすべて敵へ変えるのか」

「変えないために、先に助けると言っている」

「助けるという名で兵を置くこともできる」

 レオンハルトが黙った。

 国王は弟から目を逸らさない。

「お前が、そのつもりでなくともだ。ルーカスが受け入れた兵を見て、周囲がどう考えるかは、お前が決められん」

 窓の外から、馬のいななきが聞こえた。

 部屋の中では、書記官の筆も止まっていた。

 レオンハルトは椅子の背へ身体を預けた。

「では、兵を送らず、荷だけ通せと言うのか」

「必要な護衛まで禁じるつもりはない」

「何人までだ」

「人数だけでは決められん。十人でも城門を奪えば攻撃だ。百人でも、自領で荷を守るだけなら話は違う」

「境を決めろ」

 レオンハルトが言った。

「何をすれば王命に背くのか。どこまでなら、報告を待たずに守ってよいのか。それが曖昧なままでは、現場の者が剣を抜けん」

 国王はしばらく考えた。

 やがて、ライゼンへ尋ねる。

「将軍。お前ならどうする」

「まず、荷を通す領主と、護衛がどこまで同行するかを決めます」

 ライゼンが答えた。

「その土地を治める者の了承なしに、武装した一隊を通せば、相手も兵を出します。通行の条件は先に書面へ残すべきです」

「その約束を、相手が途中で変えたら」

 レオンハルトが尋ねる。

「荷を止められただけで、関所を攻めることは認められません」

「襲われれば」

「人と荷を守るために戦う。それは当然です」

「逃げた相手を追い、城まで入るのか」

 国王が問う。

「いいえ。追撃しなければ再び襲われる状況はありますが、守るための戦いを、そのまま領地を奪う戦へ変えるべきではありません」

 ライゼンの答えを聞き、国王は頷いた。

「その線で始める」

 書記官が筆を取る。

「盟約へ名を連ねたことや、王都への不満を述べたことだけでは罰しない。今後も、何を行ったかで判断する」

 国王は一つずつ言葉を区切った。

「交易と輸送の契約は認める。協力を望む領主と、倉、船着き場、街道の使用条件を決めてよい。ただし、その契約を理由に、勝手に徴税の権限や領地を取り上げてはならん」

「異存はない」

 マティアスが答えた。

「護衛の通行と滞在は、各領主の了承を得る。荷を守るために来た兵を、別の領地へ向けて動かすな」

 今度はレオンハルトが頷く。

「襲撃を受けた場合は、その場で人命と荷を守るために対処してよい。俺の返答を待つために、兵へ剣を捨てさせる必要はない。ただし、何が起き、誰が何を命じたかを報告せよ」

「相手が盗賊を名乗った場合もか」

 ユリウスが尋ねた。

「名乗りではなく、行動を記せ。捕らえた者がいれば、所持品と証言を残せ。後から都合のよい主君の名を言わせるな」

「承知しました」

「関所や城を攻め、領地を押さえる場合は、改めて王命を出す」

 レオンハルトの指が机を一度叩いた。

「その命令を求める間に、味方の城が落ちることもある」

「救援と討伐を一つにするな」

 国王が返した。

「助けを求める領主が、自領へ軍を入れることを認めたなら、その領地へ向かうことまで禁じてはいない。だが、その道中にある城を、邪魔だからとすべて落としてよいとは言わん」

「分かった」

「本当に分かったか」

「気に入らんところはある。だが、分かった」

 国王は短く息を吐いた。

「俺も、お前がすべて気に入る裁定をするつもりはない」

 レオンハルトは地図を見た。

 道は、一本の線で描かれている。

 しかし実際には、その線の途中に別々の領主がいた。

 一人が認めても、隣の一人が拒めば兵は止まる。

 ルーカスを助けるという約束だけでは、そこまで辿り着けるとは限らなかった。

「マティアス」

「はい」

「橋までの道を、一本だけで考えるな」

「そのつもりです」

「船着き場もだ。使える場所が一つしかなければ、そこを止められる」

「すべてを同時に整える金はありません。まず、荷を通せる道を作ります。その後で増やします」

「急げ」

「急がせる相手と、急がせてはいけない仕事を分けます」

 レオンハルトが顔を上げた。

 マティアスは続けた。

「契約を急いでも、川の深さは変わりません。重い荷を載せれば舟が沈む場所なら、待てと申し上げます」

「分かっている」

 国王が、わずかに口元を緩めた。

「止める者はいるようだな」

「兄上より話が早い」

「お前が聞かなければ、同じことだ」

 笑い声は出なかった。

 それでも、先ほどまでの張り詰めた空気が少しだけ緩んだ。

◇ ◇ ◇

 水が替えられた後、国王は別の話へ移った。

「新型火槍の基準についても、確認しておく」

 アレクが姿勢を正す。

「はい」

「王国の兵へ広げるための基準を命じたが、今すぐ各家へ武器を渡せとは言っていない。その理解で相違ないな」

「はい」

「王都でも、訓練へ人を出したいと申し入れる家が増えている。お前へ直接頼んだ者もいるだろう」

「いました。ですが、私だけでは決められないと答えています」

「それでよい」

 国王はレオンハルトを見た。

「お前の下へしか渡さぬと、今ここで決めるつもりもない」

「条件を満たす者なら、話は聞く」

「その条件を、気に入らない者を除くためだけに作るな」

「好き嫌いで火薬庫の造り方を変えるつもりはない」

 国王はアレクへ向き直った。

「まず何をする」

「帰還した四百挺を点検します。王都へ来る前から、職人たちと約束しています」

「昨日まで撃てたものもか」

「はい。行軍中に傷んだ部分があるかもしれません。祝砲で撃った記録も残しています」

「その後は」

「教える者を増やします。私や火槍隊長が一人ずつ見なければ動けないままでは、兵だけ増えても扱えません」

「王都軍からも、いずれ人を出す」

 ライゼンが言った。

「その時は、訓練を終えるまで帰せないこともあります」

「日数を先に決めればよいのではないか」

「決めた日数が過ぎたからといって、覚えられるとは限りません」

 ライゼンはアレクを見た。

 やがて、小さく頷く。

「それも条件へ入れろ」

「承知しました」

 アレクは手元へ書き留めた。

 王都軍へ渡す時期も、数も、今日すべて決まったわけではない。

 それでも、何を満たせば話を進められるかは決められる。

 武器を欲しがる者へ、その都度違う返事をするよりはよかった。

 国王は机の上を見渡した。

 書状と地図が並んでいる。

 橋、交易、護衛、新型火槍。

 別々の問題に見えて、同じ場所へつながっていた。

「レオンハルト」

「ああ」

「帰領せよ」

 国王の声が変わった。

 兄弟の会話ではなく、命令を告げる声だった。

「兵を休ませ、武具と馬を整えろ。東部へ出動できるよう、兵糧と輸送の準備を進めよ」

 レオンハルトは背筋を伸ばした。

「討伐の命令か」

「まだだ」

 国王ははっきり答えた。

「調査は続ける。話を聞く相手も残っている。だが、何も起きぬと決めつけ、備えを怠るつもりはない」

「どこまで集める」

「領地の仕事を止めて、全員を城へ呼ぶ必要はない。誰が何日で動けるか、必要な馬と荷車がどれだけあるかを確かめろ。兵糧は、集めてから腐らせるな」

「マティアスに言え」

「お前へ命じている」

 レオンハルトが頷いた。

「承知した」

「ライゼンも、王都軍の準備を進める。お前たちの報告が別々に届き、互いに何をしているか分からぬことがないようにする」

 ユリウスとライゼンが目を合わせた。

 国王は続けた。

「兵を動かす時、前の戦と同じ行き違いを繰り返すな」

「こちらの命令系統は変えん」

 レオンハルトが言った。

「分かっている。お前の軍を、ライゼンの下へ置く話ではない」

「ならばよい」

「連絡を絶やさぬことと、同じ命令を受けることを混同するな」

 ライゼンが一礼した。

「こちらから連絡役を定めます」

「こちらもだ」

 ユリウスが答えた。

 書記官が最後の項目を書き終えた。

 決まった内容が読み上げられる。

 国王もレオンハルトも、途中で何度か言葉を直させた。

 曖昧な表現を残せば、実際に兵を動かす時に、違う意味へ変わる。

 アレクはそのやり取りを聞きながら、ルーカスの領地へ続く道を見ていた。

 同じ人数の護衛を連れて会う。

 決めた土地へ軍を入れる。

 誰に何を知らせるかを揃える。

 どれも、地図の線ほど簡単ではなかった。

 最後に、双方が書状を確認した。

 国王が印を押す。

 レオンハルトも続いた。

 会談が終わり、扉が開かれる。

 外では、護衛の兵たちが決められた場所へ立っていた。

 国王もレオンハルトも、預けた剣を受け取る。

 どちらか一方の兵が、相手を囲むことはなかった。

 門の前で、国王が弟を呼び止めた。

「レオンハルト」

「何だ」

「ルーカスを助けると言ったな」

「ああ」

「気に入った一人だけを守れば、それで王国が治まると思うな」

 レオンハルトは国王を見た。

「一人も守れずに、王国を守ったとは言えん」

 国王はすぐには返さなかった。

 やがて、短く頷いた。

「ならば、その一人へ続く道も守れ」

 レオンハルトの視線が、門の外へ向いた。

 王都へ戻る道と、西の宿営地へ続く道が分かれている。

「そのために帰る」

 国王はそれ以上何も言わなかった。

 兄弟は別々の馬へ乗った。

 護衛が動き、それぞれの列ができる。

 同じ場所へ来た二人は、今度は違う道を進んだ。

◇ ◇ ◇

 レオンハルトたちが宿営地へ戻った時、火槍隊の荷はすでに積み終えられていた。

 ギルベルトがアレクへ近づく。

「覆いと木箱の確認は終わっています。破れたものは交換しました」

「兵の体調は」

「熱を出した者が二人。歩かせず、荷車へ乗せます」

「無理はさせないでください」

「はい」

 ヴォルフラムは、百人隊ごとの列を確かめていた。

 王都へ入る時には、四百挺の音を一つに揃えた。

 帰る時に必要なのは、同じ音ではない。

 落伍する者を出さず、武器と兵を領地へ戻すことだった。

 レオンハルトがユリウスへ命じる。

「先触れを出せ。帰還後、各隊長を集める」

「兵糧の手配についても伝えます」

「マティアス」

「商会へは、先に知らせます。東へ出した者を呼び戻す必要はありませんな」

「ない。橋の仕事は続けろ」

「承知しました」

 アレクは、自分が持ち帰る書状を革袋へ収めた。

 ロルフへの点検の依頼。

 教官を育てるための覚え書き。

 加増された土地の確認。

 そして、牧草地と馬を調べるという、朝に増えた仕事。

 今はまだ、それぞれ別の用件だった。

 ただ、どれも次に兵を動かす時までには、何らかの答えを出さなければならない。

 王都の城壁を振り返る。

 来た時には、国王が何を考えているのか分からなかった。

 帰る今も、すべて分かったとは思わない。

 それでも、何を認め、何を認めないかは、書状に残った。

 レオンハルトが馬へ乗る。

 角笛が鳴った。

「出発する」

 軍列が動き始める。

 王都へ入る時のような歓声はなかった。

 兵の足音と、荷車の車輪が軋む音が続いている。

 その列は、東ではなく西へ向かった。

 次に東へ進むため、まず帰る。

 アレクは革に包まれた火縄銃の列とともに、王都を後にした。

◇ ◇ ◇

 それから数日後、グレンツベルクの西では、塩を積んだ荷車が街道を進んでいた。

 ルーカスが出した荷車と護衛が、西の倉で受け取った最初の荷だった。

 数は多くない。

 だが、荷を待つ者にとっては、東から来るはずだった大きな商隊より、実際に動いている数台の荷車の方が大切だった。

 商会の差配役は、先頭の荷車の横を歩いていた。

 船着き場の整備は続いている。

 今回はそこを待たず、陸路で先に通す。

 途中の領地には荷の内容と護衛の人数を伝え、通行の条件も確かめていた。

 昼を過ぎ、道が緩やかに下ると、先に小さな関所が見えた。

 普段なら、荷車が一台ずつ止まり、通行税を払って進む場所だった。

 今日は違った。

 道を横切るように丸太が置かれ、その後ろへ槍を持つ兵が並んでいる。

 差配役が片手を上げた。

 荷車が止まる。

 グレンツベルクの護衛を率いる男が前へ出た。

「荷を通したい。先に届けたとおり、塩と鉄だ」

 関所から、上着の上へ鎖帷子を着た男が歩いてきた。

「聞いている」

「では、記録を確かめてくれ」

 差配役が書面を差し出す。

 男は受け取り、印を見た。

「これは、荷の通行を認めたものだ」

「護衛の人数も書いてある」

「命令が変わった」

 護衛の指揮官が眉を寄せた。

「いつだ」

「今朝」

「誰の命令で」

「領主様の命令だ」

 男は書面を返した。

「武装した他家の兵は通せない。荷車と御者は通してよい」

「ここへ護衛を残せというのか」

「武器を預けるなら、通行を認める」

 差配役は、丸太の向こうを見た。

 兵は十人ほど見えた。

 だが、関所の建物の陰にも人がいる。弓を持つ者が、窓の近くへ動いた。

 護衛の指揮官も気づいていた。

 腰の剣には手を掛けない。

「帰りに返すという保証は」

「受取を書いてやる」

「荷が襲われた場合は」

「この領内の治安は、我々が守っている」

「では、領境まで護衛を出せるか」

 関所の男は答えなかった。

 差配役が口を開いた。

「こちらは通行税を払う。届けた数より護衛を増やしてもいない。今日から条件が変わったというなら、その命令を書面で見せてほしい」

「見せる義務はない」

「では、通せない理由を、こちらの記録へ残す。名前を聞かせてくれ」

 男の顔が険しくなった。

「脅しているのか」

「荷を待つ者へ、なぜ遅れたか伝えるためだ」

「商人が、領主の命令へ口を出すな」

「命令を変えろとは言っていない。何を命じられたか、確かめている」

 後ろの荷車で、馬が脚を動かした。

 御者が手綱を引き、宥める。

 塩俵を覆った布が、風でわずかに持ち上がった。

 そこにある荷は、武具ではない。

 それでも槍が道を塞いでいる。

 グレンツベルクの護衛の一人が、指揮官へ小声で尋ねた。

「横の畑を抜けますか」

「動くな」

 指揮官は即座に止めた。

 丸太をどければ、先へ進めるかもしれない。

 目の前の兵だけなら、押し退けられるかもしれない。

 だが、その瞬間に、塩を運ぶ一行ではなく、関所を破った兵になる。

「領主様へ確認を取る」

 指揮官が言った。

「ここで待たせてもらう」

「街道を塞ぐな」

「脇へ寄せる。荷を改めるなら、こちらも立ち会う」

 関所の男はしばらく睨んでいたが、やがて手を振った。

「好きにしろ。ただし、武装したまま先へ進むことは認めん」

 荷車は街道脇に寄せた。

 馬を外し、水を飲ませる。

 護衛は剣を抜かず、荷車の周囲へ立った。

 差配役は紙を出し、時刻と関所で告げられた言葉を書き始めた。

 一人の使者が、来た道を少し戻って脇道へ入る。

 馬なら通れるが、荷車を並べて運べる道ではなかった。

 グレンツベルクまでは、まだ距離がある。

 関所の兵は追わなかった。

 ただ、塩俵を積んだ荷車が動けないことを確かめ、丸太の後ろへ戻った。

◇ ◇ ◇

 報告がルーカスへ届いた時、彼は古い船着き場で、荷を置く場所を確かめていた。

 領主館から追ってきた家臣が、息を切らして馬を下りる。

「西からの荷が止められました」

 ルーカスは手にしていた木杭を置いた。

「塩か」

「はい。荷車は通すが、護衛は入れないと」

「通行の条件は、先に確かめたはずだ」

「今朝、命令が変わったそうです」

 家臣が書面を差し出した。

 ルーカスは最初から読み、もう一度、拒まれた理由を見た。

 荷そのものを止めているわけではない。

 そう言える形で、荷を動けなくしている。

 王都で、マティアスが言っていた。

 形の上では従う。

 そのうえで、荷車を遅らせ、道が使えないと言う。

 ルーカスは紙を畳んだ。

「どこの関所だ」

 家臣が場所を告げる。

 グレンツベルクの西隣、その領地へ入る道だった。

 ルーカスは街道の方を見た。

 橋を直す石は、まだ来ていない。

 最初の塩さえ、届いていない。

 だが、荷はすでに近くまで来ている。

 ここで止まれば、領内の者は、西からも何も来ないと思うだろう。

「馬を用意しろ」

 ルーカスが言った。

「私が行く」

「兵を集めますか」

「まず、通行を認めた書状を持ってこい。商会の者にも知らせる」

 家臣が頷いて走り出す。

 ルーカスは、作業を止めてこちらを見ている者たちへ向き直った。

「続けてくれ」

「荷は来るのでしょうか」

 船頭の一人が尋ねた。

 ルーカスは、手元の書面を外套の内側へ入れた。

「来ている。止められているだけだ」

 それから、家臣が引いてきた馬の方へ歩き出した。

 第九話を読んでいただき、ありがとうございました。

 国王との会談を終え、レオンハルトたちは次の動きに備えて帰途につきました。一方、グレンツベルクへ向かう最初の荷は、関所で足止めされます。

 自ら交渉へ向かうルーカスは、この道を開けるのでしょうか。引き続き、お楽しみいただければ幸いです。


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