Ver.0 TUTORIAL 2.2 欲しいものは、ここにはない
いつもお読みいただき、本当にありがとうございます。
誕生日は、一年に一度だけ訪れる特別な日。
けれど、その特別な日が、誰かの「始まり」と重なってしまったなら。
今回は、そんな一日のお話です。
その日、ヴァルクロア大侯爵家の屋敷は、朝から静かに揺れていた。
揺れていた、といっても地震ではない。建物そのものが動いていたわけでもない。石造りの大邸宅は、魔界の嵐に晒されてもびくともしない。黒曜石に似た外壁は重厚で、尖塔にはヴァルクロア家の紋章が掲げられ、赤黒い空を背に堂々と聳えていた。
揺れていたのは、人の気配である。
使用人たちの歩調が普段よりわずかに速い。廊下で交わされる声が、いつもより低く抑えられている。料理場ではオーガ族の料理番たちが祝宴用の支度を進め、インプ族の薬師とゴブリン族の産婆役の侍女たちが産室へ何度も出入りしていた。護衛の配置も変更され、屈強なオーク族の兵士たちが屋敷の内外を固める中、見慣れない緊張が張りつめている。
ヴァルクロア大侯爵家に、新たな子が生まれる。
それは家中にとって重要な出来事だった。大貴族の子の誕生は、単なる家族の慶事ではない。血統の継承であり、家門の未来であり、魔界貴族社会への政治的な合図でもある。祝いの品はすでに屋敷へ山のように届き、近隣の有力貴族や縁ある家門からの書状も続々と運び込まれていた。使用人たちはその一つ一つを分類し、記録し、家格に応じた扱いを間違えぬよう慎重に動いていた。
だが、その日がもう一つの誕生日でもあることを、屋敷の者たちは忘れていたわけではなかった。
エルミナ・ノクス・ヴァルクロア。ヴァルクロア大侯爵家長女。その7歳の誕生日である。
7歳。魔界貴族の子女としては、まだ幼い。けれど、ただの幼児として扱われる年齢でもない。礼法の初歩を覚え、家名の重さを理解し始め、食卓での沈黙の意味や、大人たちの微笑の裏にある計算を少しずつ読み取る年齢だった。
エルミナは、そういうことを人より早く覚えた。
いや、覚えすぎた。
父が褒める言葉をくれる時、そこに家門の期待が混じっていることを知っていた。母が優しく髪を撫でる時、その手の温かさの奥に、大侯爵夫人としての疲労が隠されていることも知っていた。使用人が笑う時、その笑みが本物か、主家への礼儀としてのものかを見分けることも、すでに少しだけできるようになっていた。
だから、エルミナは聞き分けが良かった。欲しいものを欲しいと言わない。寂しい時に寂しいと言わない。自分のための日が、自分以外の誰かのための日になっても、困らせるような顔をしない。それが良い子であると、彼女は知っていたからだ。
だが、良い子であることと、寂しくないことは同じではない。
彼女の部屋には、朝から贈り物が積み上げられていた。広い部屋だった。子供のための部屋というより、小さな貴族令嬢用の応接室に近い。天井は高く、細工の施された魔晶灯が静かな光を落としている。壁には暗色の絹布が張られ、古い家門の紋章が浮かび上がるように織り込まれていた。窓辺には重いカーテンが束ねられ、そこからはヴァルクロア家の庭園と、さらに遠く魔界の荒れた空が見える。
外は暗かった。昼であるにもかかわらず、空には厚い雲が垂れ込めている。時折、雲の奥で稲妻が淡く瞬き、遠雷が地の底から響くように遅れて届く。魔界では珍しくもない天候だったが、誕生日を祝うには少々重すぎる空だった。
部屋の中央には、贈り物の山があった。美しい箱。宝石を散りばめた髪飾り。魔力を帯びた小さな護符。高価な菓子。刺繍入りの手袋。上質な布地。名匠が作った人形。子供用とは思えないほど精巧な短剣。貴族令嬢に相応しい学術書の写本。送り主の家格も品も、どれも申し分ない。
けれど、その中心にいるべき少女は、贈り物の前にはいなかった。
エルミナは窓際に立っていた。7歳の少女としては、あまりに静かな立ち姿だった。髪は丁寧に整えられ、衣装も誕生日に相応しく華やかでありながら、子供じみた甘さは抑えられている。背筋は伸び、手は腹の前でそっと重ねられ、横顔には大侯爵家の令嬢としての落ち着きがあった。
だが、その瞳は贈り物を見ていなかった。窓の外を見ているようでいて、実際には窓硝子に映る自分の顔を見ていた。
7歳。まだ、母に抱きしめてほしい年齢だった。父に「今日はお前だけの日だ」と言ってほしい年齢だった。綺麗な箱より、豪華な宝石より、誰かが自分の隣に座って、ただ自分の話だけを聞いてくれる時間の方が欲しい年齢だった。
けれど、今日、屋敷の中心は彼女ではない。まだ生まれていない、小さな命だった。
エルミナは理解していた。理解してしまっていた。大侯爵家に子が生まれるのは大切なことだ。母の出産は命がけであり、父が落ち着かないのも当然だ。使用人たちが慌ただしいのも仕方がない。自分の誕生日を祝うより、まず母と赤子の無事を願うべきだ。
分かっている。だから、何も言わない。
それでも、胸の奥には小さな空洞があった。
部屋の隅には、二人の少女が控えていた。
一人は、ゼノヴィア。10歳。黒斑獣人族ザグレム種の少女である。今はエルミナ付きの侍女補佐としてメイド服を着ているが、その立ち方は侍女のものではなかった。背筋を伸ばして控えるというより、いつでも飛び出せるように重心を低くしている。目は鋭く、耳はわずかな音にも反応し、尻尾は不機嫌を隠しきれずに揺れていた。
ゼノヴィアにとってエルミナは、主であり、恩人であり、命そのものだった。
もう一人は、ミラベル。9歳。アルラウネ族、花人系の希少種である。淡い花の香りを纏い、細い手足と、静かな瞳を持っていた。彼女の髪には花弁のような柔らかい色が混じり、肌には植物由来の種族特有の淡い光沢がある。
ゼノヴィアが牙と爪を隠しきれない獣なら、ミラベルは毒と香を内側に秘めた花だった。ミラベルの忠誠もまた静かに深い。エルミナが傷つけば、その傷を塞ぐ香を焚く。エルミナが誰かに利用されそうになれば、柔らかい言葉で毒を混ぜる。
ゼノヴィアが刃なら、ミラベルは香炉の底に沈む毒だった。
エルミナは二人を、それぞれ短く呼んだ。ゼノ。ミラ。それは大侯爵家の長女としての呼び名ではなく、幼い少女が自分の大切な者たちに与えた、距離の近い名だった。
「エルミナ様」
ゼノヴィアが言った。口調は硬く、荒い。侍女として整えられた言葉ではない。彼女はエルミナに忠誠と敬意を持っているが、言葉を綺麗に飾ることは得意ではなかった。
「このゴミの山、どうする? 邪魔なら私が捨ててくる」
部屋の空気が、ほんの少しだけ動いた。ミラベルが視線を上げる。彼女は叱責するというより、ゼノヴィアが怒る理由を理解したうえで、それでも形だけは整えようとするように静かに息を吸った。
「ゼノ。贈答品をそのように呼ぶものではありません」
「じゃあ何て呼べばいい。箱か? 飾りか? 送り主の顔も声もない、家名だけ貼った山だ。エルミナ様の誕生日に、本人が笑わない物ならゴミでいい」
「あなたの気持ちは分かります。ですが、品には送り主があり、送り主には意図があります。捨てるにしても、記録してからです」
「ミラはそういうところが面倒だ」
「ええ。面倒を引き受けるのが私の役目ですから」
ミラベルの声は穏やかだった。ゼノヴィアは不機嫌そうに鼻を鳴らす。
エルミナは窓辺から振り返った。怒った様子はない。むしろ、二人のやり取りを少しだけ楽しんでいるようにも見えた。完璧な令嬢として整えられた表情の奥に、わずかに年相応の少女らしさが覗く。
「構わないわ、ミラ」
「エルミナ様」
「ゼノの言うことも、間違ってはいないもの。豪勢なゴミの山。そう見えなくもないわ」
ゼノヴィアは少し得意そうに顎を上げた。
「ほら」
「でも、捨てては駄目よ」
その一言で、ゼノヴィアの表情が露骨に曇る。
「なんで」
「役に立つから」
エルミナは贈り物の山へ歩み寄った。箱の一つに指先で触れる。金糸のリボンが、魔晶灯の光を受けて淡く輝いた。7歳の指先には大きすぎるほど豪奢な箱だったが、エルミナの目はその美しさではなく、送り主の家紋の刺繍を見ていた。彼女は幼くとも、貴族社会において贈り物がただの好意ではないことを知り始めていた。
「誰が何を贈ったのか。どの家が高価な品を選び、どの家が礼式だけ整えたのか。どの家が私の好みを調べ、どの家が年齢と家格だけで品を選んだのか。そういうものは、後で役に立つわ」
7歳の少女の言葉としては、あまりに冷静だった。だが、ミラベルは驚かなかった。エルミナはそういう子だった。寂しい時でさえ、情報を拾う。傷ついている時でさえ、相手の意図を考える。贈り物を喜ぶより前に、送り主の政治的な位置を測る。それが美徳なのか、危うさなのか、ミラベルにはまだ判断できない。ただ、彼女はエルミナがそれを当然のようにすることを知っていた。
「記録いたします」
「ええ。送り主、品目、添えられた書状の文面、到着時刻。全部お願い。あとでお父様に報告するわ」
「かしこまりました」
ゼノヴィアが肩を竦める。
「結局、捨てないのか」
「あとで捨てるわ。でも、捨てる前に使い道を考えるべきでしょう?」
「エルミナ様がそう言うなら」
ゼノヴィアはそう言いながらも、贈り物の山への敵意を緩めなかった。彼女はエルミナの孤独に苛立っていた。豪華な部屋。豪華な服。豪華な贈り物。大侯爵家の長女という地位。誰もが羨むものが揃っているのに、ゼノヴィアにはそれらが檻に見えた。
自分の主人は祝われている。だが、満たされてはいない。誰もエルミナの本当の寂しさを見ていない。ゼノヴィアは、それが気に入らなかった。
ミラベルは、それを知っていた。だからこそ、何も言わなかった。ゼノヴィアの怒りは粗い。だが、その粗さは忠誠の形でもある。ミラベルが静かに守るなら、ゼノヴィアは牙を剥いて守る。二人のやり方は違うが、見ているものは同じだった。
エルミナは贈り物の一つを開けた。中には、小さな宝石細工の鳥が入っていた。羽の一枚一枚まで細かく作られ、嘴には魔石が嵌め込まれている。7歳の子供なら喜んでもおかしくない。貴族令嬢の部屋に飾るには悪くない品だった。
だが、エルミナは一度見ただけで箱を閉じた。
「綺麗ね」
「お気に召しましたか?」
ミラベルが尋ねる。
「いいえ。ただ、綺麗だと思っただけ。綺麗なものと、欲しいものは違うわ」
その言葉に、ゼノヴィアの耳がわずかに動いた。ミラベルは何も言わない。
外で雷が鳴った。遠く、産室の方角から足音が増える気配がした。エルミナはそちらへ視線を向ける。幼い横顔に、一瞬だけ期待と不安が同時に浮かんだ。
「……もうすぐかしら」
声は小さかった。
ミラベルが一歩だけ近づく。
「気になりますか」
「ええ」
「ご不安ですか」
エルミナは少し考えた。そして、窓硝子に映る自分の顔をもう一度見た。
「分からないわ。弟か妹が生まれるのは嬉しいの。お母様も無事でいてほしい。お父様もきっと喜ぶわ。私も、ちゃんと姉になるつもり」
「はい」
「でも……」
そこで、言葉が止まった。
ゼノヴィアが眉をひそめる。
「でも?」
エルミナは小さく笑った。
「いいえ。何でもないわ」
「何でもなくない顔してる」
「ゼノ」
ミラベルが静かに窘める。ゼノヴィアは黙ったが、視線は逸らさなかった。
エルミナは窓の外を見た。魔界の空は重い。暗雲の奥で稲光が瞬き、庭園の黒い樹々が風に揺れている。7歳の少女は、その空を見上げながら、自分でもまだ名前を付けられない感情を胸の中で持て余していた。
「今日、私は7歳になったでしょう?」
「あぁ。誕生日おめでとう、エルミナ様」
ゼノヴィアが不器用に言った。言葉遣いは荒いが、声にははっきりとした忠誠があった。
ミラベルも一礼する。
「改めまして、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう。でも、今日生まれる子は、きっと私よりずっと小さいのに、今日からこの屋敷の中心になるのね」
その声に、嫉妬と呼ぶには淡すぎる感情が混じった。まだ悪意ではない。まだ憎しみでもない。ただ、子供らしい寂しさだった。自分の特別な日が、別の誰かの誕生に塗り替えられてしまうかもしれないという、小さな不安。
大人なら笑って流すかもしれない。けれど、7歳の少女にとっては、胸の奥に残る棘になるには十分だった。
ミラベルは穏やかに言った。
「新たな御子がお生まれになっても、エルミナ様がエルミナ様であることは変わりません。大侯爵閣下も、大侯爵夫人も、エルミナ様を大切に思っておられます」
「ええ。知っているわ」
エルミナは即答した。知っている。だからこそ、誰も責められない。愛されていないわけではない。忘れられているわけでもない。だから、寂しいと言うことすら少し贅沢に思える。
ゼノヴィアは苛立ったように床を軽く蹴った。
「なら、もっとエルミナ様を見ればいい。今日くらい、全部エルミナ様のための日でいいだろ」
「ゼノ」
「私は間違ってない」
「ええ。あなたの気持ちは間違っていません。ですが、今日は大侯爵夫人の御出産の日でもあります」
「だから何だ」
「だから、エルミナ様はそれを分かっておられるのです」
ゼノヴィアは唇を噛んだ。彼女は、分かっている。エルミナが分かってしまう子供であることも、分かってしまうから自分の寂しさを後回しにすることも。それが気に入らない。
だが、エルミナはそんなゼノヴィアを見て、少しだけ嬉しそうに笑った。
「ありがとう、ゼノ」
「別に」
「あなたが怒ってくれるから、私は怒らずに済むわ」
ゼノヴィアは一瞬言葉を失った。ミラベルが目を伏せる。エルミナのその言葉は、感謝であると同時に、7歳の少女がすでに自分の感情を他者に預ける術を覚え始めている証でもあった。
怒る役はゼノヴィアに。整える役はミラベルに。微笑む役は自分に。
その時、扉が叩かれた。控えめだが、急いでいる気配がある。
「入りなさい」
エルミナが言う。
扉が開き、リザードマン族のメイドが大きな箱を抱えて入ってきた。包装は豪華だった。箱そのものに魔力が通されており、中の品が傷まぬよう保護されている。相当な家格の者からの贈り物だと分かる。
メイドは膝をついた。
「エルミナ様。追加の贈り物が届いております」
ゼノヴィアの目が鋭くなった。
「またか」
メイドの肩が震える。
「も、申し訳ございません。到着が遅れたようで、今しがた門を通されまして……」
「お前に怒ってるんじゃない。でも、今この部屋にこれ以上くだらない箱を積む必要があるか?」
「ゼノ、よしなさい」
ミラベルが言う。
「エルミナ様の部屋だ。倉庫じゃない」
「分かっています」
「分かってるなら――」
「ゼノ」
エルミナの声が落ちた。怒鳴ったわけではない。ただ名を呼んだだけだ。それだけで、ゼノヴィアは口を閉じた。
エルミナはメイドに向き直る。
「ありがとう。そこに置いておいて」
「は、はい」
「送り主は?」
メイドが家名を告げた。エルミナは一瞬だけ考える。
「ミラ、後で記録を。添え状も確認して」
「かしこまりました」
「それから、その家の近年の婚姻関係と、財務状況も調べておいて」
メイドは目を丸くした。7歳の誕生日に届いた贈り物を見て、婚姻関係と財務状況を調べろと言う子供など普通はいない。だが、ミラベルは驚かなかった。
「承知いたしました」
ゼノヴィアが、ふんと鼻を鳴らす。
「贈り物一つでそこまで見るのか」
「見るわ。贈り物は、言葉より正直な時があるもの。それに、私が本当に欲しいものは、ここにはないし」
その言葉は、誰に向けたものでもなかった。
メイドは意味を理解できず、ただ深く頭を下げて退出しようとした。
その時である。
廊下の奥から、別の足音が近づいてきた。今度は礼儀正しい歩調ではなかった。走っている。ヴァルクロア大侯爵家の廊下で走るなど、本来なら叱責される。だが、その足音を止める声はなかった。むしろ廊下の気配が、その足音に道を開けている。
メイドが振り返る。ミラベルも扉の方を見た。ゼノヴィアは本能的にエルミナの前に半歩出た。
扉が叩かれる。返事よりも先に、向こう側の声が震えた。
「エルミナ様!」
エルミナの瞳が開いた。
「入りなさい」
扉が開いた。ハーピー族の血を引く産室付きのメイドが、息を切らしながら膝をついた。顔は上気し、目には涙すら浮かんでいる。それが凶報ではないことは、表情を見れば分かった。
「お生まれになられました!」
部屋の空気が止まった。エルミナの手が、胸元で重なる。ゼノヴィアの緊張がわずかに解ける。ミラベルは静かに頭を下げた。
エルミナは、ほんの一歩だけ前へ出た。
「お母様は?」
「ご無事です。お疲れではございますが、意識もはっきりしておられます」
エルミナの顔に安堵が広がった。
「よかった」
その言葉は本心だった。次に、彼女は少しだけ息を呑んだ。
「男の子? 女の子?」
メイドは深く頭を下げた。
「妹君でございます」
妹。その一言が、エルミナの内側に落ちた。
贈り物の山を前にしても動かなかった少女の顔が、はっきりと輝いた。それは、誰が見ても喜びだった。寂しさも、不安も、自分より優先される存在への戸惑いも、その瞬間だけはすべて押し流された。
妹。自分の妹。父と母の子。自分と同じ血を引く、小さな存在。
エルミナは微笑んだ。今までの礼儀正しい微笑みではない。7歳の少女そのものの、無防備な笑顔だった。
「妹……私に、妹ができたのね」
「はい、エルミナ様」
メイドの声も嬉しそうだった。ゼノヴィアはそんなエルミナを見て、ようやく少しだけ表情を緩めた。
ミラベルも静かに微笑んでいる。
エルミナは振り返った。
「ミラ」
「はい」
「髪は乱れていない?」
「美しく整っております」
「服は?」
「問題ございません」
「顔は?」
ミラベルは一拍置いた。
「とても嬉しそうなお顔です」
エルミナは少し恥ずかしそうに頬を染めた。
「だって、嬉しいもの」
ゼノヴィアが短く言う。
「行くのか」
「ええ。行くわ」
「私も行く」
「もちろん。ゼノも、ミラも」
「お供いたします」
エルミナは扉へ向かった。足取りは速い。だが、走らない。彼女は大侯爵家の長女であり、産室へ向かう姉だった。喜びのままに駆け出すこともできたが、そうはしない。
廊下に出る直前、エルミナは一度だけ贈り物の山を振り返った。宝石も、菓子も、魔道具も、人形も、すべてそこにある。今朝まで、自分のために届いたはずのもの。けれど、彼女はそれらを置いて行く。今、本当に欲しいものは、箱の中にはない。
「行きましょう」
エルミナは言った。その声には、期待が満ちていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
同じ誕生日。
それは、とても近い存在である証でありながら、ときに二人の人生を大きく分ける始まりにもなります。
祝福される日が同じだからこそ、見える景色も、抱く想いも、決して同じではありません。
この日が、二人にとってどのような意味を持っていくのか。
その答えは、これから少しずつ物語の中で描いていければと思います。
引き続き『パンデモニウ・リベリオン』をよろしくお願いいたします。




