Ver.3 Arrow Chapter 1-1 所有物につき、返却を要求する
Ver.3 Arrow、本格始動です。
ダークエルフ王国から届いた急報。
レザードが人間界へ連れ去られたと知ったリゼルは――。
今回もお付き合いいただけましたら幸いです。
まだ朝とも呼べぬ時刻、ヴァルクロア大侯爵邸の正門が騒がしくなった。
一人の男が、その静寂を叩き壊した。
「お願いいたします……!」
掠れた声が、石造りの門へ響く。喉が潰れかけているのか、声の輪郭すら定まらない、痛々しい叫びだった。
「ヴァルクロア大侯爵閣下へ……! 何卒……何卒、お取次ぎを……!」
男は、立っていることすら不思議な有様だった。装束は泥と血と汗にまみれ、裾は無残に裂け、革靴はほとんど原形を留めていない。尖った耳、褐色の肌――ダークエルフである。
その男が、門番に支えられながら、それでも懐から一通の書状を取り出した。
「王家より……火急の……御報告にございます……東方国境一帯が……」
言葉はそこで途切れた。だが、門番がその一言だけを聞き取り、屋敷内へ走らせるには十分だった。
東方国境一帯で、何かが起きた。
その最低限の一報だけが、まずオルディアスの耳へ届けられていた。詳しい内容も、相手が何者であるかも、まだ何一つ分かっていない。それでも、ダークエルフ王家からの直接の使者が、これほど取り乱した姿で駆け込んできたという事実だけで、事態の重さは知れた。
大魔王府を経由していない。七魔公の名もない。ダークエルフ王家から、直接。
その異常さだけで、只事ではないと分かった。
もっとも、ダークエルフ王家とヴァルクロア家の間には、古くから一つの取り決めが存在した。大規模な有事に限り、秘密裏に情報を伝達し合うことを許す、限定的な繋がり。軍事同盟でもなければ、互いの内政へ干渉できるものでもない。普段は顔を合わせることすらない、細い縁に過ぎない。それでも、こうした非常時にだけは、その糸が生きる。
◇◇◇
「――通せ」
第一報を聞いたオルディアスの判断は早かった。
「医師を呼べ。水を用意しろ。意識が保てるなら、手当てをしながら私が話を聞く。無理だと判断すれば、治療を優先しろ」
「はっ!」
「それと領境の警戒を一段階引き上げろ。詳細が判明するまでは民へ余計な不安を広げるな」
「承知いたしました!」
次々と命令が飛ぶ。屋敷の空気が、瞬く間に変わっていった。使用人たちが廊下を駆け、文官が次々と呼び集められる。地図が運び込まれ、机の上へ広げられていく。半刻前まで穏やかな眠りの中にあったはずの屋敷が、今はまるで戦の前夜のように張り詰めていた。
オルディアス自身、着替える間すら惜しみ、寝間着の上から急ぎ上着だけを羽織った姿だった。それでも、纏う気配には、いつもと変わらぬ大侯爵としての重みがある。
そして間もなく、息を整える間すら惜しむように、ダークエルフの使者は執務室へ通された。手当てだけは最低限受けたのか、腕には包帯が巻かれている。それでも、顔色は死人のように悪かった。
「失礼致します、父上」
そこへ、もう一人。いや、三人。扉を開けて入ってきた。
先頭は、六歳になったリゼル・ノクス・ヴァルクロア。その一歩後ろにはメア。さらに、メリュジーヌの姿もある。
「あら」
メリュジーヌが、室内のただならぬ空気を察して瞬きをする。緊迫した顔ぶれと、机上に広げられた地図。普段の朝とは明らかに違う気配に、令嬢らしい所作すら一瞬止まった。
昨夜はヴァルクロア邸へ泊まることになっていた。この一年で、泊まりに来ることも珍しくない程度には、メリュジーヌもヴァルクロア家へ馴染んでいた。もっとも、その滞在の実態は――。
『背筋』
『はい……』
『顎が上がっている』
『はい……』
『笑い方が下品だ』
『リゼルちゃん!?』
という、リゼルによる容赦のない悪役令嬢教育が大半を占めていたのだが。今日は、それどころではないらしい。空気だけで、それが分かった。
オルディアスが娘を見る。
「……リゼル」
「はい、父上」
「何故いる」
「廊下が随分と騒がしかったものですから」
「だからといって、大侯爵家の執務へ当然のように入ってくる六歳児がどこにいる」
「ここにおります」
「…………」
オルディアスは目を閉じた。一秒。二秒。諦めた。
「邪魔をするな」
「もちろんでございますわ」
にこり。非の打ち所のない笑顔。
オルディアスの嫌な予感が、一段階上がった。
「……その顔をしている時のお前が、一番信用ならん」
「まぁ、父上。酷いですわ」
「そこだ」
メリュジーヌは黙って視線を逸らした。メアも何も言わない。ただし、二人とも知っている。今のリゼルは――猫を被っている。
オルディアスは、そこでメリュジーヌへ向き直った。
「メリュジーヌ嬢」
「はい、閣下」
「これから話す内容は、ダークエルフ王家から直接持ち込まれた極秘の案件だ。ここで聞いたことは、他言無用と心得よ」
メリュジーヌは、姿勢を正して一礼した。
「心得ておりますわ」
ふざけた響きの一つもない、令嬢としての真面目な返答だった。
「報告を」
オルディアスが使者へ告げた。
「はい……!」
使者は膝をつく。両手を床へ置き、深く頭を下げた。全身が、僅かに震えている。
「数日前の未明。東方国境一帯が、武装勢力による大規模な襲撃を受けました」
「所属は」
「――人間界」
空気が止まった。文官たちが息を呑む音が、幾つも重なる。
リゼルの瞳が、僅かに細くなる。
「間違いないのか」
「生き残った者たちから証言を集めております。人間。そして、エルフ。少なくともその両種族を確認しております」
「規模は」
「正確には分かりません。ただ――」
使者が唇を噛んだ。
「飛空艇と呼ぶべき巨大な艦が、十隻以上」
文官たちがざわめく。人間界側が、それだけの数の飛空艇を一度に投入してきたという事実だけで、この場をざわつかせるには十分だった。
「さらに、剣兵、弓兵。白衣を纏った術者。そして……」
「そして?」
「雷鳴のような轟音と共に、遠距離から鉄を撃ち出す武器を持つ兵士が」
オルディアスの顔から感情が消えた。
「……銃器か」
「御存知なのですか?」
「記録にはある」
「だが、人間界の兵器体系は地域ごとの差があまりにも大きい。剣と弓で戦う国の隣で、火器を量産している国があるなど珍しくもないと聞く。文明水準や兵器体系が、まるで噛み合っていないことがある」
「それだけではございません」
使者が続ける。
「術者たちが使用したのは、我々の知る魔法とは異なるものだったとの報告が」
「……法術、か?」
リゼルが、小さく呟いた。
オルディアスが顔を上げる。
「リゼル?」
「……いいえ。何でもございませんわ」
すぐに笑顔へ戻る。だが、リゼルの胸の内では違った。
(法術)
リゼルは知っている。
(人間界でも用いられている、天界由来の術式――法術)
剣。銃。飛空艇。法術。文明も兵器体系もちぐはぐだった。それでいて、戦場ではそれら全てが一つの軍として高度に統率されていた。異なる体系を、これほど精緻に運用できていること自体が、人間界という場所の不気味さだった。
だが。
(そうだったな)
黒瀬真璃亜は知っている。
(人間界って、こういう無茶苦茶なところだった)
少なくとも《パンデモニウム・オンライン》では、一般兵の個体能力そのものは、天界や魔界に比べればあまりにも低かった。それでも三界のいずれとも渡り合えるだけの均衡を保っていたのは、文明と兵器技術の進歩が、他の二界とは比較にならないほど速かったからだ。飛空艇、銃火器、それに類する異質な兵器を、際限なく実戦へ投入してくる。個の強さではなく、文明そのものの発展速度で埋め合わせる――それが、ゲームの中の人間界というものだった。
この世界が、あのゲームと完全に同じだとは限らない。だが、似た理屈が働いているであろうことは、想像に難くなかった。
「被害は」
オルディアスが尋ねる。
使者が沈黙した。長い、重い沈黙だった。
「……まだ、集計できておりません」
「分かっている範囲だけでいい」
「複数の集落が焼かれました。死者も……多数」
拳が震えている。
「逃げ延びた民からの証言では、敵は交渉を求めてきた様子もなく……我々を見つけ次第、攻撃したと」
メリュジーヌの表情から笑みが消える。メアは微動だにしない。
そして。
「……さらに」
使者の声が途切れた。
「申せ」
「王族の御一方が、敵の手に落ちました」
オルディアスの眉が動く。
「誰だ」
「レザード・モル・グリムロア殿下にございます」
その瞬間。
リゼルの時間だけが、止まった。
「…………」
顔には出ない。呼吸も乱れない。視線も動かない。ただ、頭の中で、その名前だけが反響し続けていた。
レザード。レザード・モル・グリムロア。
(……待て)
黒瀬真璃亜だった頃。何度も聞いた。何度も隣で戦った。派手なことを嫌い、無駄口を嫌い、いつも必要な敵だけを射抜き、乱戦になれば誰より早く全体を把握していた。パーティでも屈指の、頼れる弓使いだった。乱戦の最中でも、決まって短い言葉が飛んできた。
『右へ』
『三歩下がってください』
『そこは危険です』
『今です』
それだけ。それだけなのに、不思議なほど信用できた。あの静かな声を、リゼルは今でもはっきりと覚えている。
(……レザード?)
リゼルの指先が、ほんの僅かに動く。
(あいつが、この世界にいるのか?)
「行方不明ではないのだな」
オルディアスの声によって、意識が現実へ引き戻された。
「はい」
使者が答える。
「複数の者が目撃しております。殿下は民を逃がすため、自ら敵の前へ出られました」
「自ら?」
「敵の攻撃が、殿下だけを避けていることに気付かれたものと思われます」
「……自分に敵を引き付けられると踏んで、か」
「恐らくは」
「殿下がそこへ滞在していたことは、公にされていたのか」
「限られた者しか知らぬはずでございました」
オルディアスの目が、僅かに鋭くなる。だが、それ以上は追及しなかった。今はまだ、詰めるべき段階ではないと判断したのだろう。
「それで」
「弓を捨てられました」
リゼルの表情が変わりそうになる。だが、寸前で抑える。
(――弓、か)
「敵兵に拘束され、そのまま飛空艇へ」
「生存は?」
「連れ去られる時点までは、間違いなく」
「殺されなかった」
「はい」
「ならば目的がある」
オルディアスは即答した。文官たちを見る。
「地図」
「こちらに」
机上へ広げられる。羊皮紙の擦れる音が、静まり返った室内に響いた。
「襲撃地点を」
使者が指を置く。震える指先が、東方の森を示した。
「ここです」
「王都から離れすぎている。たまたま王族がいた場所へ攻め込んだとは考えにくい」
一人の文官が息を呑む。
「……情報が漏れていた可能性が」
「まだ断定するな」
オルディアスが遮る。
「だが可能性からは外すな」
「はっ」
「人間界側がレザード殿下の所在を把握していたのか。あるいは現地で王族と認識して生け捕りに切り替えたのか。それによって意味が変わる」
矢継ぎ早に指示が飛ぶ。
「生存者の証言を全て文書化。飛空艇の形状、兵装、紋章、制服、使用言語。何でもいい。重複しても構わん。全て持ってこい」
「承知いたしました」
「領境の警戒は継続しろ。だが、大規模な部隊移動はするな。相手にこちらが攻勢準備へ入ったと誤認させるな」
「はっ」
リゼルは黙って見ていた。
(さすが父上)
判断が速い。感情で動かない。次々と的確な指示を組み立てていく様は、まさしく広大な領地と軍を預かる大侯爵の顔だった。
「それで」
オルディアスが使者を見る。
「王家は、私に何を求めている」
使者は、すぐには答えなかった。
「申せ」
「……レザード殿下の御所在について、ヴァルクロア家の情報網にお力添えいただきたいと。軍ではなく、密かな情報収集への御協力を、との仰せにございます」
「所在確認、か」
オルディアスの声が低くなる。
「軍事的な救出は」
「……王家として、そこまでは要請できかねると」
「――ほう」
室内が静まり返る。
「理由を申せ」
「我らは、人間界より追われ……この魔界へ逃れて十万年。大魔王陛下の御先祖より庇護を賜り、ようやく得た土地にございます。我らが大軍を率いて再び人間界へ踏み込めば、それを侵攻と受け取られる可能性がございます」
「大魔王府への報告は」
「……現時点では、正式な報告は控えたいとのことです」
「なっ……!」
文官の一人が思わず声を上げた。
「無茶を言う」
オルディアスが吐き捨てた。
「人間界から十隻を超える飛空艇が侵入しておいて、いつまでも内々で済ませられる話ではない」
「承知しております」
使者は、さらに続けた。声が、僅かに震えている。
「加えて――王家は、殿下が生きたまま連れ去られたこと自体を、危惧しております」
「……どういうことだ」
「もし敵が、殿下を殺さず生かしているとすれば、それは救出に来る者を誘き出すための罠である可能性も、捨て切れぬかと」
執務室の空気が、さらに重くなった。
王家とて、ただレザードを切り捨てたいわけではない。もし救出のために軍を送り込めば、待ち構えていた敵の術中へ、国そのものが飛び込みかねない。一人の王子を救おうとして、国全体を危険へ晒す。それだけの重みを持った判断だった。
オルディアスは、一度、言葉を選び直した。
「つまり、我々には所在の確認だけを求める。その後の判断は王家が下す――そういうことだな」
「……御意にございます」
「こちらでも最低限の確認は取る。ただし、我がヴァルクロア家が、人間界へ勝手に軍を送ることはできん」
「……はい」
「まして」
一瞬。オルディアスの視線が、リゼルへ向いた。
「余計な者が、人間界へ行くなど論外だ」
「まぁ」
リゼルが可愛らしく瞬きをした。
「何故そこで私をご覧になるのです?」
「何故だと思う」
「さっぱり」
完璧な笑顔。
「…………」
「…………」
親子の視線がぶつかる。
メリュジーヌが、小さく後ろへ下がった。メアも、ほんの僅かに視線を伏せた。
「リゼル」
「はい、父上」
「行くなよ」
「何処へでしょう」
「人間界だ」
「まさか」
にこっ。
「六歳の可憐な令嬢である私が、そのような危険な場所へ行くはずがございませんわ」
オルディアスの目が細くなる。
「……もう一度言う」
「はい」
「絶対に行くな」
「心得ておりますわ」
にこにこ。
オルディアスの嫌な予感は、確信へ変わった。
◇◇◇
しばらくして。使者は治療のため別室へ運ばれた。文官たちも、それぞれの役目を果たすため執務室を出ていく。地図の上には、まだ幾つもの疑問符が残されたままだった。
リゼルも、何食わぬ顔で一礼した。
「父上。それでは、私も失礼致します」
「ああ」
「使者の方には、くれぐれも良い治療を」
「分かっている」
「では」
優雅に。楚々として。完璧な大侯爵令嬢として。リゼルは執務室を出た。
メア。メリュジーヌ。二人も続く。
ぱたん。扉が閉じる。
一歩。二歩。三歩。廊下の石畳を踏む音だけが、規則正しく続いた。窓から差し込む朝日が、リゼルの白金の髪を淡く照らしている。誰の目にも、それはただの朝の一幕にしか映らなかっただろう。
その足が、迷いなく向かった先は――一室の扉の前だった。
『男子禁制・女子会ルーム』
リゼル自らが名付け、勝手に取り付けさせた真鍮の札が、扉に掛かっている。誰の許可も得ていない命名だったが、今のところ誰も撤去する勇気を持ち合わせていなかった。
「メア、扉を」
「はい、お嬢様」
メアが扉を開く。中は、ヴァルクロア邸の格式からすればいささか場違いなほど、寛いだ設えの小部屋だった。長椅子が一つ、一人がけのソファが一つ、そして小さな茶卓。
リゼルは中へ入るなり、大侯爵令嬢としてはあるまじき態度で、長椅子へどさりと身を投げ出した。片脚を組み、もう片方の足先をぶらぶらと揺らしている。
「メル。座れ」
「は、はい」
メリュジーヌは、勧められるまま一人がけのソファへ腰を下ろす。メアは慣れた手つきで茶器を並べ始めた。
「メア」
「この部屋の遮音術式は、既に起動しております」
メアが、備え付けの小さな魔道具へ手をかざしながら答えた。かちり、と小さな音。
その音が、まるで合図であるかのように。
「――――ッ!!」
リゼルの表情が、変わった。
整った眉が吊り上がり、紫紅の瞳がぎらつく。歯を剥き出し、口元が獣のように歪んだ。先ほどまでの淑やかな令嬢の面影は、跡形もなかった。
「レザードは私のものだ!! 王だろうが人間だろうが、勝手にあいつの生死を決めるな!!」
絶叫だった。長椅子のクッションを、両手で握り潰さんばかりの力で掴んでいる。
「王家の判断も分かる。父上が軍を動かせないのも分かる。全部、正しい」
声が、低く唸る。
「――だから何だ」
「り、リゼルちゃん、落ち着いてくださいませ……!」
メリュジーヌが、慌てて宥めにかかった。
「まずは深呼吸を。ね? 吸って、吐いて」
「…………ふぅ」
言われるがまま、リゼルは大きく息を吸い、吐いた。何度か繰り返すうちに、表情から獣じみた気配が少しずつ引いていく。だが、瞳の奥の光だけは、まだ完全には収まっていなかった。
「……メル」
「はい」
呼ばれ、メリュジーヌは居住まいを正した。それから、恐る恐る尋ねる。
「リゼルちゃんは、レザード王子とお知り合いでしたの?」
「知っている」
「お会いしたことが?」
「いや。一度もない」
「……では、なぜ?」
「私が知っている。それで十分だ」
その答えに、メリュジーヌはそれ以上追及しなかった。この一年で、リゼルという少女には、深く踏み込むべきではない領域が幾つもあることを、既に学んでいた。
「私は行く」
リゼルは、静かに、しかしはっきりと告げた。
「レザードを迎えに行く」
「承知いたしました」
メアが、湯気の立つカップを二つ、卓へ置きながら答える。
「準備を整えておきます」
「流石だな、メア」
「恐縮です」
そして、リゼルは再びメリュジーヌへ向き直った。
「メル。一つ、頼みがあるんだが」
「もちろんですわぁ!」
「まだ何も言っていないのだが」
「リゼルちゃんのお願いだものぉ」
そこで、メリュジーヌの声が、ほんの一瞬だけ翳った。
「……それで、また毒か何かを使いますの?」
毒。支配。誰かに利用される道具として使われ続けた、あの日々の記憶が、僅かに声の端へ滲む。だが、それはほんの一瞬だった。すぐに、自分の意思でここにいるのだという確信が、その翳りを塗り替えていく。
「――手伝いますわ、何なりと」
「敵なら、人間界へ行けばいくらでも出てくるだろうが、今はそれより先にやることがある」
「あら、ずいぶん物騒な前置きですこと」
「君には、父上たちが朝までぐっすり眠れる薬を作ってほしい」
「まぁ」
「できれば、身体に害がなく、朝まで起きないやつを」
「お嬢様」
メアが、静かに口を挟む。
「このような時のお嬢様から差し出された物を、お館様が無警戒に口へ運ばれるとは思えません」
「む」
リゼルの動きが止まった。
「そうか。それは困ったな」
「ならばリゼルちゃん」
メリュジーヌが、にっこりと笑った。悪戯を思いついた子供のような、あまりにも楽しげな笑みだった。
「こういうのは、どうかしらぁ――」
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
「レザードは私のものだ!!」
そう言い切ったリゼル。
次回――ダークエルフ王国へ。
Chapter 1-2 廃棄物に、所有権を主張なさるおつもりで?




