Ver.3 Arrow Chapter 0 森に残された弓
Ver.3《Arrow》、開幕です。
人間界からの侵攻を受けた、ダークエルフたちの地。
今回は、リゼルではなく――一人の少年から物語が始まります。
森に残された、一本の弓。
それがやがて、リゼルたちの運命へ繋がっていくことになります。
お時間がございましたら、Ver.3《Arrow》も最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
最初に森へ降ってきたのは――矢ではなかった。鉄の雨だった。
ダダダダダダダダダダッ――!!
轟音が、静寂を引き裂いた。夜明け前の森は、いつもなら鳥の目覚めすら憚られるほど静かなはずだった。露に濡れた葉は月明かりを弾き、獣の足音一つさえ響き渡るような、あまりにも繊細な静寂。その静寂を、金属の咆哮がまるごと塗り潰していく。空気そのものが震え、木々の梢が悲鳴のように揺れた。
深い霧に包まれていた森の上空を、巨大な影が横切る。一隻、二隻、三隻――いや、その程度ではない。十を超える巨大な飛空艇が、黒々とした船腹を森へ晒していた。日の光すらまだ届かぬ薄闇の中で、その船体は夜そのものが固まったかのように重く、禍々しかった。表面を覆う金属の鱗が、微かな月光を受けて鈍く光る。生き物のようにも、墓標のようにも見える、あまりにも異質な威容だった。
木々よりも遥か高く、雲よりも低く。その巨大な船体の側面から、無数の砲口が覗いている。まるで、森全体を見下ろす無数の目のようだった。一つ一つが、これから訪れる死の予告のように、静かにこちらを見据えている。
魔界のものではない。まして、ダークエルフのものでもない。人間界――遥か昔、まだ彼らの祖先がこの森へ逃げ込むよりも以前、自分たちを人間界から追放した者たちの末裔。その軍勢が、十万年という時を越え、再び森へやって来た。数えきれぬ世代を経てなお、追放した側の記憶がこの地まで届いていたことに、誰よりも驚いているのは、追われた側の末裔たちだったかもしれない。長い年月の中で、彼らはとうに、人間という種族そのものを、遠い伝承の中の存在としてしか語らなくなっていた。それが今、現実の重みを伴って、頭上から降り注いでいる。
「――伏せてください」
静かな声だった。少年の声。だが、その声に迷いはなかった。轟音の只中にあってなお、その声だけは不思議と鮮明に届いた。まるで、周囲の絶叫や砲声を全て素通りさせて、必要な者の耳にだけ真っ直ぐ届くかのような、奇妙な通りの良さだった。
「頭を上げないでください」
直後、ダダダダダダダッ――!! 木々が弾けた。幹が抉られ、枝が砕け、葉が宙へ舞う。土くれと木片が、雨のように降り注いだ。土埃が、伏せた者たちの背中へ容赦なく降りかかる。
少年は地面へ身体を伏せながら、周囲を見渡した。土の匂いと、焦げた木の匂いが混じり合っている。頬に張り付く泥の冷たさすら、今は意識の外にあった。黒い肌、尖った長い耳、淡い銀紫の髪、年若い顔立ち。その身体には、まだ少年らしい細さが残っている。伏せた姿勢のまま、泥に頬が触れることすら気に留めていないようだった。
けれど、その紫の瞳だけは、不自然なほど落ち着いていた。まるで、この地獄絵図のさらに先――まだ誰も見ていない何かを、既に見通しているかのような静けさだった。恐怖に見開かれるでもなく、絶望に濁るでもない。ただ、必要な情報だけを、正確に拾い上げようとする目だった。
レザード・モル・グリムロア。ダークエルフ王家に連なる、王位継承順位の低い王子の一人である。
「殿下!」
近衛の男が叫んだ。土埃と煙に咽せながら、それでも声を張り上げる。額から流れる血が、顔の半分を赤く染めていた。
「北門が突破されました!」
「人数は」
「確認できただけでも三百以上! ですが、上空の船からまだ降りてきます!」
「南は?」
「まだ無事です!」
「では、南へ流してください」
即答だった。躊躇う素振りすら見せない。声の調子は、まるで日々の見回りの指示でも出しているかのように平坦だった。
「しかし――」
「北へ兵を送らないでください」
「ですが、北門を――!」
「もう使えません」
レザードは短く告げた。切り捨てるような響きではなく、ただ事実を並べるだけの声だった。近衛が息を呑む。まだ十代半ばの少年から発せられたとは思えない、あまりにも冷静な判断だった。その顔に浮かぶのは、畏怖に近いものだったかもしれない。
「北へ増援を送れば、増援ごと囲まれます」
視線だけを上げる。土に頬を寄せたまま、瞳だけがせわしなく戦場を捉えていた。まるで、空間そのものを一枚の地図として頭の中に広げているかのようだった。飛空艇の位置、降下してくる兵、地上の銃撃、森の中へ入り込んだ騎士たち、そして敵の進路。それら全てが、瞬時に頭の中で組み上がっていく。
「敵は北門を突破したのではありません」
「……何を?」
「突破させたように見せています」
レザードは、森の奥を指差した。指先が僅かに震えていたが、声にその震えは滲んでいなかった。震えているのは、緊張ではなく、この地形と兵力とを瞬時に計算し続けている頭脳の代償であるかのようだった。
「こちらが北へ兵を集めるのを待っています」
「……!」
「南西の獣道を使ってください。老人と子供を先に。荷車は捨てて構いません」
「物資は!?」
「食料だけです」
「武器は?」
「持てる分だけ」
「ですが――!」
レザードが近衛を見る。その目に宿るのは、感情ではなく、既に固まった結論だけだった。優先順位の中で、迷う余地などとうに削ぎ落とされている。
「命より重い荷物がありますか?」
「…………」
「行ってください」
「……はっ!」
近衛が駆けていった。その背中が、木々の間へ吸い込まれるように消えていく。レザードは、その背中を一瞬だけ見送った。あの男には、確か幼い息子がいたはずだった。名前までは覚えていない。それでも、覚えておくべきだと、頭のどこかが囁いた。今この瞬間、生きて動いている一人一人が、明日には数字の中の「一」に変わってしまうかもしれない。それを、覚えている者だけが、覚えていてやれる。
レザードは再び空を見る。見たことのない兵器だった。物語の中でさえ、これほどの規模のものは語られたことがない。祖父の代から伝わる古い戦記にも、こうした鉄の船の記述は一行もなかった。巨大な船が空を飛ぶ、それだけでも異様だというのに、甲板には甲冑姿の騎士が並び、その隣には長い鉄筒を抱えた兵士、さらにその後方では白い法衣を纏った者たちが巨大な術式を展開していた。時代の違う戦の形が、一つの甲板の上に無造作に並んでいる様は、どこか悪夢めいていた。
剣、弓、法術、銃、飛空艇――何もかもが、ちぐはぐだった。異なる時代の、異なる思想の戦力が、一つの船に同居している。まるで、幾つもの時代の戦争を、一つの舞台に無理やり押し込めたかのようだった。なのに、戦場では、それら全てが一つの軍隊として機能している。その統率の見事さこそが、何よりも不気味だった。指揮系統の乱れも、連携の遅れも、どこにも見当たらない。
『第三降下部隊、着地完了』
飛空艇の上。人間の兵士が、箱のような機械へ向かって話していた。金属質な声が、その箱から短く返ってくる。声には、感情の起伏らしきものが一切感じられなかった。
『東側集落へ進攻する』
『了解。抵抗する個体は排除せよ』
『王族と思われる個体については識別を徹底しろ』
短い雑音。
『――対象は殺すな』
通信が切れた。
その言葉を、レザードはまだ知らない。
◇◇◇
「撃てぇぇぇッ!!」
号令。銃声。ダダダダダダダッ――!!
「ぐぁっ!」
「下がれ!」
「法術が来るぞ!!」
白い光が、森へ降り注いだ。地面に落ちた瞬間、まばゆい閃光とともに大地を穿つ。土が抉れ、根がむき出しになった木が音を立てて倒れる。轟音とともに地面が弾け、木々が燃えていく。木肌が焼け焦げる匂いが、湿った森の空気に混じっていく。煙は白く、それでいてどこか甘いような、嫌な匂いだった。
その中を、一本の矢が走った。ヒュン――。
「がっ……!」
一人の人間兵の喉へ突き刺さる。倒れる。その瞬間には、もう次の矢が放たれていた。淀みない、まるで一つの流れ作業のような動きだった。二人目は胸、三本目は右手。銃を落とす。
レザードは、一箇所に留まらない。射る、移動する、木々へ紛れる、また射る。その動きには、無駄がなかった。矢を番える手も、狙いを定める目も、恐怖にも興奮にも支配されていない。ただ、必要な分だけを、必要な場所へ届けているだけだった。呼吸の乱れすら、外からは窺えない。
だが、敵を何人倒したかなど、数えてはいなかった。それは今、この戦場で優先すべき数字ではなかったからだ。
「第三避難路は?」
「通りました!」
「人数」
「百二十七!」
「足りません」
「え?」
「東集落は百四十三名です」
レザードが振り返る。木の幹に背を預けたまま、矢筒へ手を伸ばす動きすら止めない。指先は既に次の矢を探り当てていた。
「十六名、残っています」
「殿下、今は――」
「探してください」
「しかし!」
「十六名です」
声を荒らげない。ただ、同じ言葉を繰り返した。感情に訴えるでもなく、ただ事実として、必要な行動として。その平坦さが、かえって命令の重みを際立たせていた。
「……探してください」
「……はっ」
兵が走る。土を蹴る足音が、遠ざかっていった。
レザードは矢筒を確認する。残り十一本。周囲の兵は二十三、負傷者は七。飛空艇から降下した敵は、おそらく五百を超えた。さらに増えている。
勝てない。その結論を、レザードはとっくに出していた。頭の中で、既に何度も同じ計算を繰り返し、同じ答えへ行き着いている。それは絶望ではなく、ただの前提として処理されていた。だから、勝とうとはしていなかった。時間を買う。民を逃がす。敵を引きつける。兵を生かす。必要な場所に、必要な人数だけを置く。それだけだった。この年若い王子にとって、戦とはもはや勝敗を競うものではなく、失うものをどれだけ少なくするかという、ただの引き算に過ぎなかった。感傷を挟む余地は、最初から用意されていない。
「殿下!」
一人の兵が駆け込んでくる。息が上がり、声が掠れていた。頬には切り傷が走り、血が伝っている。
「南西路が――!」
轟音。ドォンッ!! 遠方で、巨大な樹木が倒れた。地響きが、離れた場所にいるレザードたちの足元まで伝わってくる。地面を伝う震動は、まるでこの森そのものが悲鳴を上げているかのようだった。
レザードの表情が、初めて僅かに動いた。ほんの微かな、眉根の動き。
「……塞がれましたか」
「はい!」
「迂回路は」
「東しかありません!」
「東には敵がいます」
「では、どうすれば……!」
「…………」
レザードは森を見た。全方位から迫る危機を、一つ一つ数え上げるように。視線が、円を描くように戦場全体を巡っていく。東は敵軍、西は炎、北は突破済み、南西は封鎖。そして背後には、まだ逃げ切れていない民。短い沈黙。呼吸の間、たった一つ分の沈黙だった。
「僕が東へ出ます」
「なっ……!」
「殿下!?」
一斉に声が上がった。
「いけません!」
「殿下だけでも王都へ!」
「ここは我々が――!」
「静かにしてください」
レザードの声は小さい。それでも、皆が黙った。その小さな声には、有無を言わせぬ重みがあった。声高に叫ぶよりも、よほど強い制止だった。
「僕が東へ出れば、敵は僕を追います」
「そんな保証は――!」
「あります」
レザードは、戦場を見渡した。
「妙です」
「……?」
「敵は僕を狙っているのに、矢も銃も僕には飛んできません」
兵たちが息を呑んだ。言われて初めて、その事実に気づいたのだろう。誰もが混乱の渦中で、そこまで冷静に戦況を観察する余裕などなかった。
「最初からです」
レザードは淡々と続ける。
「近衛は撃たれる。民も撃たれる。ですが、僕を直接狙った攻撃だけがない」
「…………」
「敵は、僕を殺すつもりがありません」
だから、使う。自分自身を。
「僕が出ます」
「殿下!」
「その間に、民を東から南へ回してください」
「ですが、捕まれば……!」
「その時は、その時です」
「そんな……!」
レザードは兵を見る。ほんの少し、困ったように目を細めた。年相応の、僅かな翳りがそこにあった。それは戦場に立つ王子としてではなく、まだ少年である証のような表情だった。
「王子一人と、残された民」
一拍。
「考える必要がありますか?」
◇◇◇
森を抜けた。開けた土地。そこには、人間たちがいた。何十、何百。剣を持つ者、弓を持つ者、銃を構える者、白い光を纏う法術師。そして、その上空には巨大な飛空艇。見下ろす影が、地上に長く伸びていた。朝の光が差し始めていたが、その影の下だけは、まだ夜のように暗い。
レザードは、一人で歩いていく。足取りに、迷いはなかった。細い身体が、何百という武装した敵の前を、まるで散歩でもするかのように進んでいく。
ざっ。人間兵たちが一斉に武器を向けた。無数の切っ先と銃口が、たった一人の少年へ集中する。
「止まれ!」
レザードは止まった。
「武器を捨てろ!」
沈黙。
「聞こえないのか!」
レザードは、自分の弓を見た。使い慣れた弓。決して名のある武器ではない。王族が持つには質素すぎると、何度言われたか分からない。それでも、よく手に馴染んでいた。共に幾つもの狩りを越えてきた、唯一の道具だった。柄の握りには、幾度となく手にしてきた分だけ、彼の指の形が微かに刻まれている。
「…………」
指を離した。弓が地面へ落ちる。からん。その乾いた音だけが、やけに大きく響いた。まるで、これまでの日々の終わりを告げる鐘の音のようだった。矢筒も外し、地面へ置く。
「殿下ぁぁぁッ!!」
森の奥から叫び声。悲痛な響きが、朝の空気を裂いた。レザードは振り向かない。振り向けば、決意が揺らぐことを、自分自身が一番よく知っていたのかもしれない。
「撃つな!」
人間側から声が飛んだ。
「そいつは生かして捕らえろ!」
数人の兵士が近づいてくる。足音が、重く、確実に距離を詰めていく。拘束具。鎖。レザードは抵抗しなかった。一人の兵士が、その腕を掴む。硬い手袋越しの指が、細い腕へ食い込む。もう一人が、両手へ枷を嵌める。がちり。冷たい金属の感触が、細い手首に食い込んだ。その冷たさに、レザードは僅かに眉を動かしただけだった。
「……確認する」
人間の士官らしき男が前へ出た。鎧の下から覗く顔には、油断のない鋭さがあった。
「貴様が、グリムロア王家の者か」
レザードは、男を見上げた。
「……はい」
「名前は」
一拍。
「レザード・モル・グリムロアです」
必要なことだけを答える。声に恐怖も屈辱も滲ませない、あくまで淡々とした受け答えだった。
「王子で間違いないな?」
「はい」
士官が笑った。侮蔑と、僅かな興味とが入り混じった笑みだった。
「ずいぶん素直だな」
「…………」
「怖くないのか?」
怖い、という感覚を、レザードは久しく忘れていた気がした。もっと正確に言えば、それを感じている暇が、いつも他の何かに奪われていた。今この瞬間も同じだった。士官の問いに答える代わりに、彼の頭は既に次の計算へ移っている。この飛空艇の中に連れて行かれた後、どこに何があるのか。誰が、どんな配置で立っているのか。
レザードは答えなかった。視線だけが、男の背後を越え、森へ向いている。その頃には、東へ集まった人間兵の大半が、この場所へ引き寄せられていた。狙い通りだった。頭の中で描いた通りに、戦況は動いていた。森の南側、ほんの僅かに木々が揺れる。民が逃げている。間に合った。
「…………」
レザードは、それを確認すると、初めてほんの僅かに目を閉じた。安堵とも呼べぬ、ただの確認の一拍だった。瞼の裏に、これまでの日々の断片が、ほんの一瞬だけよぎったのかもしれない。
「連れていけ」
「はっ!」
鎖を引かれる。歩き出す。森から離れていく。一歩ごとに、故郷の匂いが遠ざかっていくのが分かった。土と、木々と、朝露の匂い。それが少しずつ、鉄と油の匂いに置き換わっていく。
やがて、飛空艇の巨大な影が少年を覆った。昇降口。鉄の床。見たこともない内部。機械、配管、魔法陣、通信機――全てを、レザードは静かに見ていた。一つずつ、記憶するように。瞳の動きだけで、素早く、しかし確実に。歩きながらでも、視線はあらゆる方向へ配られ続けていた。
「おい」
兵士が肩を押す。
「前を向け」
「……申し訳ありません」
丁寧に答え、前を向く。だが、もう見終わっていた。廊下の幅、扉の数、兵士の配置、鍵、窓、階段、武器庫らしき扉、飛空艇へ入ってから、ここまでの歩数。全部、覚えた。この身一つが拘束されようと、頭の中までは誰にも奪えない。それだけが、今のレザードにできる、唯一の反撃だった。抵抗という形を取らない抵抗が、既に静かに始まっていた。
ガコン――。背後で扉が閉じる。金属同士がぶつかる音が、狭い部屋に反響した。そして、飛空艇が、ゆっくりと浮上した。床の下から伝わる振動が、身体の奥まで響いてくる。
◇◇◇
窓の向こう、森が遠ざかる。黒い煙、炎、焼けた木々。逃げ延びた民が、まだどれほどいるのかは分からない。助からなかった者もいる。それも、分かっている。数字にできない痛みを、それでもレザードは静かに受け止めていた。感情を殺しているのではない。ただ、それを外へ出す術を、今この瞬間には選ばなかっただけだった。
レザードは、何も言わなかった。ただ両手を拘束されたまま、燃える故郷を見ていた。窓の外を流れる景色の中に、生まれてから今日までの全てが置き去りにされていく。
その紫の瞳には、涙も、怒りも、恐怖も表れていない。ただ静かに、覚えていた。人間たちの顔を。武器を。兵器を。飛空艇を。そして――今日、ここで起きた全てを。一つ残らず、心の奥深くへ刻みつけるように。まるで、それがいつか必要になる日が来ると確信しているかのようだった。
まだ、誰も知らない。この少年がやがて、一人の幼い大侯爵令嬢と出会うことを。その少女が、彼の運命を大きく変える一張の魔弓を、彼の手へもたらすことを。そして、今は地面へ捨てられた名もなき弓に代わり、彼がいつの日か、比類なき一張を手にすることを。この時のレザードは、まだ、知らなかった。
飛空艇が、雲の向こうへ消えていく。船影が小さくなり、やがて白い雲海に溶けて見えなくなった。空を覆っていた轟音も、少しずつ遠ざかり、代わりに、焼け落ちた木々の爆ぜる音だけが、いつまでも森に残り続けていた。
森の外れには、一本の弓だけが残されていた。持ち主の温もりを失った木の肌が、朝の冷たい空気の中で、ゆっくりと冷えていく。主を失ったまま、静かに、朝露に濡れていた。誰にも拾われることなく、ただそこに横たわり続けていた。




