Ver.2 Poison Chapter 3-2 蛇の姫は、まだ頷かない
出会ったからといって、すぐに仲間になってくれるとは限りません。
ましてや相手は、何やら事情を抱えていそうな蛇の姫。
それでもリゼルは、遠慮する気などないようです。
「私と、友達になってくださいませんか」
蛇の姫への、正式なお誘いです。
ノクタール侯爵家の挨拶が終わると、大広間には再び穏やかな音楽と談笑が戻っていた。磨き上げられた黒曜石の床へ魔導灯の光が映り、貴族たちは杯を手に、それぞれの輪へ散っていく。だが先ほど、リゼルが初対面であるはずのメリュジーヌの蛇髪へ触れ、涙まで流した光景を、本当に忘れた者はいなかった。
歓迎なのか、親愛なのか、それとも別の何かなのか。周囲の貴族たちはそれぞれ勝手な意味を考え始めていたが、当のリゼルはそんな視線など気にも留めていない。赤紫色の瞳は、大広間の端に立つメリュジーヌだけを追っていた。
「メア」
「はい、お嬢様」
背後に控えていたメアが、すぐに半歩前へ出る。以前のような戸惑いはなく、主人に呼ばれれば即座に動くことが、すでに身体へ染みついていた。
「何をなさるおつもりですか?」
「友達を作る」
「…………」
メアは一度だけメリュジーヌへ目を向け、それからリゼルへ戻した。驚いて止めるでもなく、ただ次に自分が何をすべきかを考えている。
「承知いたしました」
「それだけか?」
「他に何かございますか?」
「いや……もっと驚くかと思った」
「最近、驚くことにも慣れてまいりましたので」
リゼルは少し怪訝そうにメアを見上げた。以前ならもっと狼狽していたはずなのに、今は随分と落ち着いている。
「お前、最近……心境の変化でもあったのか?」
「お嬢様と、メリッサ先生のお陰様でございます」
「私も入るのか?」
「はい。優先順位というものを、考えられるようになりました」
メアはそう答えながら、給仕、出入口、人の流れ、そして主人との距離を自然に確認する。以前なら相手を怒らせたかどうかばかり気にしていたが、今は主人にとって何が必要なのかを先に考えていた。
「……優先順位?」
「はい。怖がることより、お嬢様のお傍にいること。怒らせないことより、必要なことを申し上げること。そして――」
メアの目が、ほんの少しだけ細くなる。
「敵意を向けられた時は、怯えることより先に、斬るべきかどうかを考えることです」
「…………」
リゼルは数秒黙り、それから満面の笑みを浮かべると、右手の親指を勢いよく立てた。
「素晴らしい」
「ありがとうございます」
「さすがは、私の嫁だ」
「お嬢様ぁ……!」
冷静だったメアの頬が、一瞬で赤く染まった。殺気や威圧には慣れ始めているくせに、「嫁」と呼ばれることだけは未だに耐性がないらしい。
「その調子で励め。敵意を向けられてから怯えていては遅い。斬る必要があるか、ないか。それだけ考えればいい」
「はい!」
「もっとも、私に刃を向ける者なら考える必要もないがな」
「はい。斬ります」
「うむ。よろしい」
メリッサの稽古で、メアは恐怖そのものを失ったわけではない。怖くても、その感情より先に優先すべきことを選べるようになった。それだけで、以前の彼女とは随分違っていた。
リゼルは満足そうに頷き、大広間の端へ視線を戻した。そこにはメリュジーヌが一人、壁際から少し離れた場所に立っている。近くには同年代の令嬢もいるが、不自然にならない程度に、彼女の周囲にはわずかな空間が残されていた。
それは蛇髪を嫌われているからではない。ノクタール侯爵令嬢を種族の特徴で侮辱するなど、侯爵家へ喧嘩を売るのと同じであり、そのノクタール侯爵はオルディアスの派閥に属している。この席へ招かれる家の者が、そんな愚かな真似をするはずもなかった。
理由は、メリュジーヌ自身が纏う空気だった。礼儀正しく、微笑も美しい。それでも金色の瞳は、会話する相手の手元や足元、背後の空間まで自然に拾い、まるで相手との距離を常に測っているように見える。
敵意ではない。だが、何かを間違えれば刃が喉元へ届きそうな、静かな圧があった。だから周囲は彼女を見下しているのではなく、本能的に一歩だけ距離を取っている。
(警戒している。観察している。それでいて、完全に他人を拒絶しているわけでもない。……いいな。実に良い)
リゼルは意識を集中させ、メリュジーヌの情報を読み取る。
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【メリュジーヌ・リュシエンヌ・ノクタール】
種族:メデューサ族
身分:ノクタール侯爵家令嬢
年齢:10歳
レベル:2,584
生命力:18,600
魔力量:76,800
筋力:1,720
耐久:1,940
敏捷:5,480
知力:4,860
精神:4,320
統率:720
政治:980
礼法:1,920
忠誠適性:測定不能
主要適性:毒属性魔法/毒物運用/鞭術/拘束戦闘/弱体化魔法/強化魔法/隠密歩法/気配遮断/暗器術/急所看破
危険度評価:超高
敵対意志:なし
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【特殊技能】
毒属性魔法 Lv10
毒物運用 Lv10
鞭術 Lv9
拘束戦闘 Lv9
弱体化魔法 Lv9
強化魔法 Lv8
隠密歩法 Lv9
気配遮断 Lv8
暗器術 Lv8
社交偽装 Lv7
気配読解 Lv8
痛覚制御 Lv5
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【固有技能】
蛇姫の視野 Lv8
沈黙の殺意 Lv7
絡め取る才覚 Lv9
毒蛇姫の魔力 Lv10
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表示を見た瞬間、リゼルの胸が高鳴った。鞭、隠密、拘束、強化と弱体化、そして何より突出した毒属性――真正面から殴り合う戦士ではなく、距離を操り、敵を弱らせ、毒で追い詰める戦い方だった。
(メリュジーヌだ。間違いない)
かつて黒瀬真璃亜として知っていた仲間が、今は画面の向こうではなく、確かな命を持って目の前に立っている。その事実だけで、リゼルの口元には自然と笑みが浮かんだ。
「行ってくる」
「はい。私は後ろにおります」
リゼルは迷わずメリュジーヌへ向かう。メアも一歩後ろを保ったまま、主人を邪魔せず、それでも何かあればすぐ前へ出られる位置を維持した。
「メリュジーヌ様」
「リゼル様。先ほどは、過分なお言葉をいただきありがとうございました」
「過分ではありません。本心です」
メリュジーヌは綺麗に一礼する。10歳とは思えないほど完成された礼儀だったが、その目はリゼルがどこまで近づくのか、静かに測っていた。
「ですから、もう一つだけ、私のお願いを聞いてくださいませんか?」
「私に叶えられることでございましたら」
「私と友達になりましょう」
「…………」
メリュジーヌの微笑が一瞬止まった。周囲にいた令嬢たちも、僅かに目を見開く。
「……理由をうかがっても?」
「なりたいからです」
「理由になっておりません」
「なっています。私がなりたい。ならば十分です」
メリュジーヌは、わずかに目を丸くした。大侯爵令嬢として命じているのではなく、ただ自分が望んでいるから口にしている。それが、どうにも彼女には理解しづらいらしい。
「……リゼル様は、不思議な方ですね」
「よく言われます」
「ご自覚があるのですか?」
「ありません。ですが、よく言われるので、そうなのだろうと理解しています」
メリュジーヌの口元から、作ったものではない小さな笑みが漏れた。リゼルはそれを見逃さず、嬉しそうに手を差し出す。
「では、一曲、踊ってくださいませんか?」
メリュジーヌの動きが、初めて明確に止まった。
差し出された小さな手と、リゼルの顔を交互に見る。侯爵令嬢としての礼儀作法の中に、この状況を処理する引き出しが見当たらないらしい。
「……お待ちください。踊る、とは」
「言葉通りです。私が男役を務めますので、メリュジーヌ様は女役を」
「5歳の方が、私に……?」
声が、僅かに上ずった。
「おかしいでしょうか」
「おかしいも何も……普通は、逆でございましょう。それに、私はまだ、リゼル様の――」
「友達になるかどうかは、また別の話です。これは、ただ踊りたいだけですので」
「……理屈が、よく分かりません」
「私にも、あまり分かりません」
あまりにも堂々とそう言い切るものだから、メリュジーヌは毒気を抜かれたように口を噤んだ。しばらく差し出された手を見つめ、それから小さく息を吐く。
「……私でよろしいのですか?」
「メリュジーヌ様がいいのです」
5歳のリゼルが10歳のメリュジーヌへ手を差し出し、しかも自分が男役を務めるつもりらしい。その堂々とした態度に、周囲の貴族たちまで僅かにざわめいた。
「足を踏んでしまっても、怒らないでくださいませ」
「構いません。私は強いので」
「ダンスの話をしております」
「ええ。足を踏まれても耐えます」
メリュジーヌは呆れたように息を吐き、それでも差し出された手を取った。まだ迷いは残っている。だが、断る理由を探すより先に、手が動いていた。
「……分かりました。一曲だけでございますよ」
「ありがとうございます」
「それと、私を落とさないでくださいませ」
「私は5歳ですが、そこまで非力ではありません」
「身長差の話でございます」
「ああ。それなら問題ありません」
楽団が二人の姿に気づき、曲を穏やかな舞踏曲へ切り替える。リゼルはメリュジーヌの手を取り、大広間の中央へ進んだ。
少し離れたところで、オルディアスが早くもこめかみを押さえる。
「……リゼルめ。また何を始めるつもりだ」
「あら。いいではありませんか。リゼルちゃん、楽しそうですもの」
「お前は妹に甘すぎる」
「父上もでしょう?」
「……私は父親として心配しているだけだ」
エルミナは楽しそうに妹を見守っている。その後ろでは、ゼノヴィアが面白くなさそうに腕を組み、ミラベルは冷静に様子を眺めていた。
「エルミナ様、あのちび、また目立つ気かよ。祝いの席でまで主役面しやがって」
「目立つっていうより、獲物を見つけた顔ね。ああいう子は厄介よ。周囲を巻き込んでも、自分の欲しいものを取りに行く」
「気に食わねぇな。あのメイドもだ。前はもっとびくびくしてたくせに、最近は妙に目が据わってやがる」
「リゼル様のそばにいれば、嫌でも染まるんでしょうね。あまり良い変化には見えないけど」
「二人とも、今日はお祝いの日よ」
「分かってるよ、エルミナ様。だから黙って見てるんだろ」
ゼノヴィアはふとメアへ視線を向け、軽く圧を乗せた。以前なら、それだけで怯えていた少女である。
だがメアは静かにゼノヴィアを見返した。次の瞬間、胸元で――すっ、と中指を突き立てる。
「…………あ?」
「売ったわね」
「まだ何も言ってねぇだろ、ミラ」
「顔に書いてあるもの」
ゼノヴィアの眉間へ皺が寄る。だがメアはもう興味を失い、何事もなかったように主人へ視線を戻していた。
大広間の中央では、リゼルとメリュジーヌが向かい合う。5歳と10歳では30センチ近い身長差があり、男役として踊るには少々厳しい。
(……少し届かんな。ならば、補正する)
リゼルの身体が、静かに床から浮いた。詠唱もなく《フライ》を発動し、メリュジーヌと視線の高さを合わせる。
飛ぶこと自体が驚異なのではない。数十センチという高さを正確に保ちながら、舞踏の足運びと姿勢、相手への誘導まで同時に行っている。その精密な魔力制御に、魔術へ通じる貴族たちほど目を見張った。
(……なんて、凄まじい魔力操作なの。この方、本当に5歳なの……?)
「では、行きますよ」
「……はい」
二人は曲に合わせて踊り始めた。リゼルが男役として導き、メリュジーヌがそれへ柔らかく合わせる。
だがリゼルは、ただ踊っているだけではない。手に伝わる力、呼吸、重心、足運び――その全てを、自分の記憶と照らし合わせていた。
(足音が静かすぎる。これは貴族礼法だけの歩き方じゃない。気配を殺す歩法だ)
回転しても軸が崩れず、重心は常に逃げられる位置へ残っている。正面から殴り合うためではなく、相手の間合いを外し、自分だけが攻撃できる距離を作る動きだった。
(鞭使いの足運び……やはり、私の知っているメリュジーヌと同じだ)
そして何より毒。鞭で拘束し、弱体化させ、強化を重ね、最後は毒で仕留める。黒瀬真璃亜がゲームで調整したメリュジーヌの能力構成と、あまりにも一致している。
(でも……おかしい)
喜びの中へ、小さな違和感が混じった。自分はまだ、この世界のメリュジーヌへ何も教えていない。それなのに10歳の時点で、すでに同じ方向へ進み始めている。
(私がゲームでそう育てたと思っていただけなのか? 元々、この子自身がこういう才能を持っていたのか?)
答えは出ない。だからリゼルは、もう一度だけ深く情報を探った。
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【メリュジーヌ・リュシエンヌ・ノクタール?】
種族:メデューサ族
身分:ノクタール侯爵家令嬢
年齢:10歳
レベル:2,584
生命力:18,600
魔力量:76,800
筋力:1,720
耐久:1,940
敏捷:5,480
知力:4,860
精神:4,320
統率:720
政治:980
礼法:1,920
忠誠適性:測定不能
主要適性:毒属性魔法/毒物運用/鞭術/拘束戦闘/弱体化魔法/強化魔法/隠密歩法/気配遮断/暗器術/急所看破
危険度評価:超高
敵対意志:なし
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【特殊技能】
毒属性魔法 Lv10
毒物運用 Lv10
鞭術 Lv9
拘束戦闘 Lv9
弱体化魔法 Lv9
強化魔法 Lv8
隠密歩法 Lv9
気配遮断 Lv8
暗器術 Lv8
社交偽装 Lv7
気配読解 Lv8
痛覚制御 Lv5
急所看破 Lv8
逃走経路把握 Lv8
毒耐性 Lv10
毒生成 Lv9
毒性変質 Lv9
石化眼 未覚醒
魔鞭適性 ???
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【固有技能】
蛇姫の視野 Lv8
沈黙の殺意 Lv7
絡め取る才覚 Lv9
毒蛇姫の魔力 Lv10
????? 未解放
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【称号】
冷遇された姫
暗殺者の雛
偽りの令嬢
蛇の姫
???????
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リゼルの目が僅かに揺れた。名前の末尾――《ノクタール?》。さらに《偽りの令嬢》という称号まで存在している。
(……なんだ、これは)
血統なのか、養子なのか、偽名なのか。それともまったく別の何かなのか。ゲームでは見たことのない表示であり、今のリゼルには判断できない。
(私の知らないメリュジーヌがいる……)
その時、メリュジーヌの指先が僅かに固くなった。リゼルが自分を観察していることに気づき、意識が舞踏から外れたのだ。
「駄目ですよ、メリュジーヌ様。ちゃんとダンスに集中してください」
「……私は、きちんと踊っておりますが?」
「いま、一瞬だけ別のことを考えましたね」
「…………」
「リゼル様。もしかして、心を読む魔法でもお使いになれますの?」
「いいえ。貴女の指が、ほんの少しだけ固くなりました」
「……ますます、5歳とは思えませんわ」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「褒めておりません」
メリュジーヌは呆れながらも、先ほどより柔らかく笑っていた。警戒は消えていない。それでも、この奇妙な少女との時間を少しだけ楽しみ始めている。
曲が終盤へ入り、二人の動きも最後の回転へ向かう。《フライ》で高さを合わせるリゼルと、それへ寸分違わず合わせるメリュジーヌの姿に、周囲の会話もいつの間にか止まっていた。
「堕天使の姫と……蛇の姫か」
誰かが、小さく呟いた。
最後の音が消え、二人が動きを止める。一瞬の静寂のあと、大広間に拍手が広がった。
リゼルは嬉しそうに胸を張った。一方のメリュジーヌは、隣に立つ5歳の少女を静かに見つめていた。魔法も観察力も、言葉の選び方も、何一つとして普通の子供ではない。
普通なら、得体の知れない相手として距離を取るべきなのかもしれない。それなのに不思議と嫌ではなく、むしろ一緒に踊っていた時間を少し心地良いとすら感じていた。
《フライ》を解除したリゼルは、再び本来の5歳児の高さへ戻る。そしてメリュジーヌを見上げ、満足そうに笑った。
「私は、貴女と友達になれて嬉しいです」
「まだ、正式に承諾した覚えはございません」
「では、正式にお願いします」
リゼルは、今度こそ真正面からメリュジーヌを見上げた。
「メリュジーヌ様。私と、友達になってくださいませんか」
周囲の喧騒に紛れさせず、はっきりと。一度目のように勢いだけで押し切るのではなく、返事を待つ問いとして。
「……なぜ、そこまで私に構われるのですか」
「理由が必要ですか」
「普通は」
「では、貴女が気に入ったから、とだけ申し上げておきます」
「その一言で、済ませるおつもりで?」
「済みませんか?」
メリュジーヌは、僅かに息を吐いた。呆れたような、それでいて突き放しきれないような吐息だった。
「……困った方ですね」
だが、その声に拒絶の色はなかった。
「一考、いたします」
「では、良いお返事をお待ちしております」
リゼルは満足げに笑った。「一考する」は断り文句ではない。少なくとも、目の前の少女がそう口にした時の温度くらいは、リゼルにも読み取れた。
その口元には、まだ僅かな笑みが残っていた。
少し離れたところでは、オルディアスが深いため息を吐いていた。相手は自らの派閥に属する有力侯爵家の令嬢であり、この舞踏には周囲が勝手に政治的意味を付けるだろう。
「……どうしてあの娘は、普通に友達を作るだけで政治問題になりそうなことをするのだ」
「いいではありませんか」
エルミナは、楽しそうに妹を眺める。
「リゼルちゃん、楽しそう」
それだけで彼女には十分だった。
やがて楽団が次の曲を奏で始め、給仕たちも再び広間を行き交う。舞踏に集まっていた視線も少しずつ散り、祝宴は何事もなかったかのように続いていった。
メアも主人の後ろへ戻る。その途中、まだ不機嫌そうにこちらを見ていたゼノヴィアと目が合ったが、今度は何の反応も返さなかった。斬る必要がない相手へ、これ以上時間を使う理由がない。
そんなメアを見たリゼルは、口元を満足そうに緩めた。誰にも気づかれないよう、もう一度だけ右手の親指を高く立ててみせる。
メアは一瞬だけ目を丸くし、それから嬉しそうに微笑んだ。ゼノヴィアへ向けた親指は下へ、主人から自分へ向けられた親指は上へ――それだけで、二人の間には十分だった。
返ってきた答えは――
「一考、いたします」
残念ながら、即答とはいきませんでした。
それでもリゼルにとっては、大切な一歩。
まだ頷かない蛇の姫と、すでに友達になる気満々のリゼル。
二人の関係がどう転ぶのか――その答えを待つより先に、誕生日の宴は大きく動き始めます。
次話――
Ver.2 Poison Chapter 4
『毒杯』




