表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パンデモニウム・リベリオン  作者: 鎌竹のぶみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

26/35

Ver.1 JUGGERNAUT Chapter2-1 経済牛耳る4歳児

 夕刻には少し早いが、立ち話も長くなったということで、一同は賓客をもてなすための談話の間へと案内された。武骨な屋敷には珍しく、この部屋だけは、柔らかな織物と、程よい灯りに満ちている。


 円卓には、リゼル特製のショートケーキが、すでに切り分けられて並んでいた。傍らには、湯気を立てる香り高い茶が用意されている。異国風の香辛料の匂いが、ふわりと鼻をくすぐった。


(……チャイ、みたいだ)


 黒瀬真璃亜だった頃の記憶が、ふと蘇る。遠い異世界の、遠い記憶だった。


 上座にオルディアスとリゼル。対面にカルガとマヒーシャ、その両脇にソーマとドゥルガー。円卓を囲む面々は、思い思いに寛いだ様子だった。


 メアは、リゼルの椅子のすぐ後ろに控えていた。屋敷の侍女たちに混じって茶を注ぐ手伝いをしながらも、視線だけは絶えず主の様子を追っている。慣れぬ場に萎縮しながらも、決して持ち場を離れない、忠実な影だった。


「して、リゼル嬢」


 カルガが、興味津々といった調子で切り出した。


「この菓子の材料、うちの領でも仕入れが利くものだろうか。もし差し支えなければ、流通の経路なども伺いたいのだが」


「もちろんにございます。むしろ、閣下にはぜひお伝えしておきたいと存じておりました」


 リゼルは、涼やかに微笑むと、指を折りながら語り始めた。


「まず、生地に用いる小麦は、ヴァルクロア領北部の寒冷地で採れるものが最適にございます。寒暖差の大きい土地の小麦は、糖分の蓄積が進み、生地に自然な甘みが宿ります。ただし、収穫期は年に一度。ゆえに、収穫直後に一年分をまとめて買い付け、魔導の冷蔵庫にて品質を保ちながら保管しております」


「なるほど……買い占め、というわけか」


「買い占めとまでは申しませんが、契約農家と長期の取引を結んでおります。市場が高騰する時期を避け、収穫期に定価で一括購入することで、農家側にも安定した収入をお約束できますので」


 カルガは、感心したように腕を組んだ。6本の腕が、それぞれ違う角度で組まれる様は、なかなかに壮観だった。


「果実については、少々事情が異なります。酸味の強い赤い実は、日持ちがいたしません。そのため、産地から半日以内で運べる範囲の契約農家からのみ仕入れております。遠方からの輸送は、鮮度と価格の両面で釣り合いません」


「では、我が領のように遠方の家では、同じものは作れぬということか」


「いいえ。そこはご安心を。アーシュラ領には、力強い野生の果実が多いと伺っております。赤い実の代替として、酸味の強い山果実を用いれば、遜色ない味に仕上がるかと。明日、料理長様にお会いした際、実際にお試しいただければと存じます」


「これは……ますます楽しみだ」

「価格の安定という点では、生クリームの仕入れが最も重要にございます。乳製品は天候に左右されやすく、価格の変動が激しゅうございます。ですので、複数の酪農家と分散して契約し、一箇所の不作が全体に響かぬよう調整しております。加えて、余剰が出た時期には、あえて安値で買い増しし、備蓄に回すことで、品薄の時期にも価格を崩さぬようにしております」


 それまで静かに耳を傾けていたソーマが、そこで初めて身を乗り出した。


「興味深いお話です。リゼル嬢。分散して契約するということは、酪農家同士の取り分に差が出るということでもありますね。一箇所に集中させた方が、単純な購入量としては効率が良いはずです。それでもあえて分散なさるのは、価格変動への備えだけが理由でしょうか」


 リゼルは、ほんの一瞬だけ目を見開いた。ここまでの話を、単なる感心ではなく、構造として理解しようとする問いだった。


「良いご質問にございます、ソーマ様。理由は、もう一つございます。一箇所に依存すれば、その酪農家に不測の事態――疫病、天候不順、あるいは代替わりによる混乱――が起きた際、供給そのものが止まってしまいます。分散は、価格だけでなく、供給そのものを守るための備えでもございます」


「なるほど。効率よりも、途切れないことを優先する、と」


「はい。一時的な最安値より、長く安定して仕入れられることの方が、結局は安く済みます」


 ソーマは、感心したように小さく頷いた。


「私は剣より書物を好む質ですが、こうした話は好みます。もしよろしければ、後日、書面にてお教えいただくことは可能でしょうか。当家の帳簿を見直す際の参考にしたく存じます」


「もちろんにございます。喜んで」


 一方、その隣に座るドゥルガーは、先ほどから完全に置いていかれていた。


「……えっと」


 円卓に頬杖をつき、視線をリゼルとソーマの間で行ったり来たりさせている。分散契約、価格変動、供給の途切れ――言葉の一つ一つは分かるのに、繋がった途端に何も分からなくなる、という顔だった。


「つまり、その、菓子が美味しいってこと?」


「概ね、そうなります」


 リゼルが柔らかく答えると、ドゥルガーはぱあっと表情を輝かせた。


「なら分かる! 美味しいは分かる!」


 その素直な反応に、円卓の空気が、ふっと和んだ。ソーマが小さく苦笑し、マヒーシャも口元に手を当てて笑いを堪えている。


「難しい話はとと様とかか様、ソーマ兄ぃに任せる! あたしは食べる係!」


「それも、立派な役目にございます」


 リゼルは、真顔でそう返した。皮肉ではなく、本心だった。誰もが同じ土俵で戦略を語る必要はない。食べて喜ぶ者がいるからこそ、菓子は菓子として意味を持つ。


 そこで、それまで黙って話を聞いていたオルディアスが、静かに口を開いた。


「カルガ殿。ソーマ殿。此度の話、面白がってばかりもいられん。この娘の話は、菓子の域を出ておる。契約農家との長期取引、分散仕入れによる供給の安定――これは、ヴァルクロア領内でも、他の産品に応用できる考え方だ」


「大侯爵閣下も、そこまでお考えでしたか」


「正直に言えば、この娘に教えられておる立場でな」


 オルディアスは、苦笑交じりにそう言うと、リゼルへ視線を向けた。


「リゼル。お前の話した仕組みは、菓子に限った話ではあるまい。武具の材料、魔導鉱石、毛皮――同じ発想は、他の品にも使えるのではないか」


「はい、父上。むしろ、菓子は試しやすい題材だったに過ぎません。仕組みそのものは、扱う品を選びません」


 その返答に、オルディアスは、わずかに目を細めた。当主として、娘の言葉の射程の広さを、あらためて測り直しているような顔だった。


「……4歳の童の話とは、到底思えぬな」


 カルガが、感嘆とも呆れともつかぬ声を漏らした。


「畏れ入ります。ですが、これらは全て、貴家の料理長様にもお伝えできる内容にございます。隠すつもりは、毛頭ございません」


「いや、むしろ痛み入る。ここまで詳らかに明かしていただけるとは」


 その気安いやり取りに、周囲の空気も、いっそう和んでいく。


「あの、リゼル嬢」


 マヒーシャが、控えめに手を挙げた。


「明日のご指導、私も拝見させていただければと存じますの。厨房の隅で、大人しくしておりますので」


「もちろんにございます。むしろ、マヒーシャ様にはぜひご参加いただきたいと思っておりました」


「まあ、嬉しいこと」


 マヒーシャは、花が咲くように微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ