Ver.1 JUGGERNAUT Chapter 1-2 リゼル 初めてのお使い
オルディアスが大魔王ドラコーとの謁見の翌日。
ヴァルクロア大侯爵家の執務室に、リゼル・ノクス・ヴァルクロアとメア・ナイトが呼ばれた。
そこは、幼い娘が気軽に立ち入るには少々重すぎる部屋だった。壁一面には古い書架が並び、領地台帳、血統記録、租税報告、魔導鉱山の採掘量、軍備に関する覚書が整然と収められている。中央の重厚な執務机は、幾代ものヴァルクロア家当主が手を置いてきたものだ。磨き上げられた木目には、古き大侯爵家の威厳が沈んでいた。
その机の向こうに座るオルディアス・ノクス・ヴァルクロアは、いつものように端正な顔で娘を見ていた。だが、その胸中は決して穏やかではない。
自分の次女が、ただ利発なだけの4歳児ではないことを、彼はすでに知っている。魔力制御、観察眼、判断力、礼法への異様な吸収力。年齢に不釣り合いな沈黙。そして、何より、あの菓子だ。王都で噂になり、貴族家の茶会にまで影響を及ぼし始めた白く甘い菓子。リゼルが何食わぬ顔で生み出し、周囲の認識を塗り替えた、あの白い怪物。
父としてなら、胸を張って「我が娘は聡い」と言えば済む話だった。だが、ヴァルクロア大侯爵家の当主として見た時、もう娘を無邪気な幼子としてだけ見ることはできなくなっていた。
(正直に言えば、連れて行きたくない)
アーシュラ侯爵家は武門の名家である。荒々しく、誇り高く、力を尊び、弱さを嫌う。血統の古さや宮廷作法よりも、戦場でどれほど役に立つかを重んじる家風だ。そこへ、初の外遊としてリゼルを連れて行く。
普通の4歳児なら、不安なのは礼儀や体調や移動疲れだった。だが、リゼルの場合は違う。
(この娘が、何をするか分からない)
それが父としての本音だった。だが、もはや後戻りはできない。すでに大魔王ドラコー陛下に、リゼルを伴うと答えている。あの謁見の帰り、自分自身も共に行くと決めたのは、他ならぬオルディアス自身だった。ならば今さら、父としての不安を理由に尻込みするわけにはいかない。
机の前には、リゼルが立っていた。4歳の小さな体。赤を基調とした準礼装。白銀の髪。堕天使の血を示す小さな翼。幼い顔立ちでありながら、赤い瞳は妙に冷静だった。
その隣には、メア・ナイトが控えている。夜魔族の侍女見習い。魔力の制御も、侍女としての立ち居振る舞いも未熟で、立ち姿にも緊張が滲んでいる。大侯爵家当主の執務室に呼ばれているというだけで、14歳の少女には十分な重圧だった。ただ一つ、忠誠だけは、すでに異常なほど強かった。
「リゼル」
「はい、父上」
「数日後、私と共にアーシュラ侯爵家へ赴く。初の外遊だ。正式な外交の場でもある。無礼のないようにしなさい」
「承知いたしました」
即答だった。驚きも不安もない。父から突然外遊を命じられた幼子とは思えぬほど、声にも動作にも乱れがない。以前のオルディアスなら「さすがは我が娘」と微笑ましく見ただろう。だが今は、違う。
(まるで、アーシュラ家へ赴くことを前から知っていたような反応だ)
オルディアスは、わずかに目を細める。だが、リゼルの内心では、前世の記憶が動き始めていた。
(アーシュラ侯爵家……ああ、そうか。あいつのところか)
黒瀬真璃亜だった頃、唯一の逃げ場だったDMMO-RPG『パンデモニウム・オンライン』。魔界側プレイヤーとして人間界を侵略し、大魔王ドラコー陛下の配下として戦い続けた世界。その中で、最初に本格的な仲間として迎えた前衛ユニットが、ルドラ・ザン・アーシュラだった。
(序盤では扱いづらい脳筋キャラ。指示を聞かない。すぐ突っ込む。挑発耐性が低く、決闘イベントではほぼ確実に暴走する。だが、直接戦闘ではパンデモニウム全体でもトップクラスまで伸びる。育て切れば、あいつ一人で戦場の流れを変えられる)
前世の記憶の中で、六腕の魔人が笑っていた。敵を砕くために生まれたような体。挑発的な笑み。だが、育成方針を間違えなければ、戦線そのものをこじ開ける切り札になる。
(ルドラは、絶対に手放してはいけない)
父は、娘の内心など知る由もない。ただ、何かを考えていることだけは察していた。
「アーシュラ家は武門の家だ。こちらとは気風が違う。怯えず、かといって軽んじず、相手の家風を尊重しなさい」
「はい」
「そして、余計なことはしないように」
「余計なこと、でございますか」
「そうだ。お前の言う礼儀と、世間一般の礼儀が必ずしも一致するとは限らない」
「心得ております」
即答だった。オルディアスは逆に不安になった。
(本当に心得ているのか。それとも、心得た上で何かするつもりなのか)
この娘は、恐ろしいほど物分かりがよい。だが、物分かりがよいことと、父の望む通りに振る舞うことは、必ずしも同じではない。リゼルは理解した上で、必要ならば平然と別の判断を下す。それを、オルディアスは最近、薄々理解し始めていた。
「メア」
「は、はい!」
「リゼルの世話を頼む。初の外遊だ。お前もまだ若いが、侍女としてよく支えなさい」
「はい、お館様。命に代えましても、お嬢様をお守りいたします」
誇張ではなかった。メアは本気でそう思っている。リゼルのためなら、命など惜しくない。そう信じ切っている少女の声だった。
リゼルは、メアをちらりと見た。忠誠は本物だ。だが、現実として、今のメアにリゼルを守る力はない。感情と忠誠だけで戦場に立てるほど、魔界は優しくない。
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名前:メア・ナイト
種族:夜魔族(ナイトメア種)
身分:ヴァルクロア大侯爵家 リゼル付き侍女見習い
年齢:14歳
レベル:167
生命力:980
魔力量:2450
筋力:91
耐久:84
敏捷:146
知力:120
精神:310
統率:12
政治:8
礼法:174
忠誠適性:測定不能
主要適性:夢界干渉/精神干渉/短剣術/侍女作法
危険度評価:低(現時点)
敵対意志:なし
備考:現時点では戦闘力不足だが、夢界・精神干渉方面に高い潜在値を持つ。忠誠適性が異常値。将来的成長余地あり。
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(まだ弱い。今のメアでは、アーシュラの訓練兵にも勝てない)
冷静な評価だった。14歳という年齢を考えれば、メアは決して無能ではない。夜魔族としての適性は高く、将来性がある。だが、今はまだ蕾だ。命に代えて守ると言っても、現実には命を捨てる前に敵に突破される可能性の方が高い。
だが、リゼルはその未熟さを責めるつもりはなかった。
(今はそれでいい。あの方との修練イベントのあと、メアは化ける。焦らせる必要はない)
「メア。よろしく頼む」
「はい、お嬢様!」
メアの顔がぱっと明るくなる。ただ一言、頼むと言われただけで、世界のすべてを許されたような顔だった。オルディアスは、その様子に安堵と不安を同時に覚えた。この侍女はリゼルを慕っている。それは間違いない。だが、あまりに従順な侍女がそばにいることで、リゼルの行動力に歯止めがかからないのではないかという、別種の不安が増えただけだった。
「リゼル」
「はい」
「アーシュラ侯爵家には、同家の嫡男もいる。名はルドラ・ザン・アーシュラ。お前より8つ年上、12歳だ。アスラ族らしく武勇に秀でた少年と聞いている」
「左様でございますか」
静かすぎる返答だった。オルディアスは眉を動かしかけた。
(興味を示さない? いや……知っているものを、あえて初めて聞いたように処理している。そんな気配がある)
無論、そんなことがあるはずはない。リゼルがアーシュラ家の嫡男に会ったことなどない。だが、オルディアスは最近、自分の常識を娘に当てはめることの危うさを学び始めていた。
「武門の少年だ。粗野な部分もあるだろう。だが、将来を嘱望される嫡男でもある。挑発されても、無闇に応じてはならない」
「はい、父上」
「……本当に分かっているな?」
「父上の御言葉は理解しております」
その答えは、微妙にずれていた。理解している。だが、従うとは言っていない。
「リゼル。頼むから、穏便に済ませてくれ」
当主としてではなく、父としての本音が漏れた。リゼルは数拍、父を見上げ、幼い顔にわずかな微笑を浮かべる。
「心得ております、父上。ヴァルクロア家の名を汚すような真似はいたしません」
完璧な返答だった。完璧だからこそ、オルディアスは不安になった。
(この様子だと、後は形式的な話を終わらせて下がらせるか)
そう思い、オルディアスは執務机の脇に置いていた、白い布に包まれた箱に手をかけた。ふと思い出した、という顔だった。
「ああ、それと。もう一つ、お前に渡しておかねばならぬものがある」
先の謁見の折、大魔王ドラコー陛下より賜った、あのショートケーキだった。
「陛下より、下賜品として賜ったものだ。お前が考案した、あの菓子だ。厨房で散々騒ぎになった、あれだよ。陛下がいたく気に入り、わざわざこれを持たせてくださった。傷まぬうちに、お前が食べるとよい」
オルディアスは、それを机の上に静かに置いた。
その瞬間、リゼルの表情が、初めて崩れた。完璧な礼法も、静謐な佇まいも、4歳児離れした沈着さも、すべてが一瞬で吹き飛んだ。
「――っ、陛下、が……? 陛下が、これを……?」
声が震えている。オルディアスは目を丸くした。
「リ、リゼル?」
「陛下が、わたくしの菓子を……お口になさって……わざわざこのように……」
赤い瞳が、みるみる潤んでいく。
(大魔王ドラコー陛下からの、直々の下賜品……! これは家宝だ! いや、国宝だ! 国が滅んでも守るべき至宝だ……!)
感極まったリゼルは、その場で膝から崩れ落ちるようにして箱の前にひざまずいた。
「うぅ、うええぇぇん……! 陛下……陛下ぁ……!」
号泣だった。しかも本気の号泣だった。鼻水まで垂れている。今まで見せたことのない、年齢相応以上に幼い泣き顔だった。
「お、お嬢様!?」
メアが慌てて駆け寄る。だが、どうすればよいのか分からず、両手をわたわたと宙に泳がせるだけだった。
「あ、あの、お召し物が汚れます、鼻を……お拭きしましょう、お嬢様……」
「嫌だ! これは家宝だ! 汚してはならん……!」
「い、いえ、汚れるのはお召し物でして、箱ではなく……」
オルディアスは、額に手を当てた。感動しているにしては、言っていることがどうにもずれている。
「リゼル。落ち着きなさい。それは食べ物だ」
「わ、分かってます……分かってますけど……だから、家宝にするんです……!」
「食べ物を家宝にするな」
「陛下の、御下賜品、なんですよ……? そんな、軽々しく、食べるなんて……できません……!」
「腐るぞ」
「腐らせません……! 我が家の、魔導保存庫の術式を、使えば……ずっと、ずーっと……!」
「未来永劫菓子を保存してどうする。生き物だぞ、生菓子は。言っているだろう、それは食べ物だ。食え」
「たべませんっ! 家宝にしますっ! ぜったい、国宝にしますっ……!」
鼻水を垂らしたまま、リゼルは箱を両腕で抱きかかえるようにして守った。4歳の幼子が大事なぬいぐるみを取り上げられまいとする様と、寸分違わなかった。
「お、お嬢様……その、もし食べたくないのでしたら、わたくしが代わりに……」
良かれと思っての、メアの申し出だった。リゼルの目に、瞬時に涙とは別種の光が宿る。
「だめっ! メア、おまえも、これを狙ってるのか……!?」
「ね、狙っておりません! ただ、傷む前にどなたかが……」
「だれにも渡さないっ! これは家宝! 国宝! ヴァルクロア家、えいえんの至宝……!」
「だから食べろと言っているだろう!」
オルディアスが、ついに声を荒げた。当主らしからぬ叫びが執務室に響く。
「食べ物は食べるためにあるのだ、リゼル! 陛下は、お前がまた美味しい菓子を作ることをこそお喜びになる! 今この一つを後生大事に飾ることではない!」
その一言に、リゼルの泣き声が、ふと止まった。鼻水を啜りながら、赤い瞳がゆっくりと父を見上げる。
(……一理、ある。陛下が本当に望んでおられるのは、これを崇めることではなく……次を、その次を、生み出し続けることか)
「……わかり、ました……食べます……食べますけど、箱は、箱だけは残しますから……家宝にしますから……」
「箱はいいから中身を食え」
オルディアスは、深く息を吐いた。メアは隣で、涙と鼻水にまみれたリゼルの顔をそっと布で拭った。14歳の侍女見習いには、少々刺激の強い光景だった。
しばらくして、まだしゃくり上げながら、リゼルはフォークを手に取った。震える手で一口分を切り分け、口へ運ぶ。
「……っ……おいひぃ」
涙と鼻水のせいで、語尾がひどく崩れていた。だが、次の瞬間には、その崩れた響きが、すっと消える。
「そうだな。だから、お前が作った菓子なのだから、また作ればいい」
「はい、父上」
もういつもの落ち着いた声だったが、赤く腫れた目元だけは、まだ隠しきれていなかった。
オルディアスは、机に頬杖をつきながら、密かに思う。
(この娘は、大魔王陛下のことになると、途端に箍が外れる)
答えの出ない問いを、オルディアスはまた一つ、胸の内に仕舞い込んだ。
その日から、リゼルは自室に戻るたび、奇妙な行動を取るようになった。
部屋の中で最も日の当たる、最も丁重な棚の最上段。そこに、あの白い布に包まれた箱を安置し、2度、乾いた音を立てて手のひらを打ち合わせる。それから両手を合わせ、目を閉じ、静かに頭を垂れる。
誰に教わったわけでもない所作だった。だが、その所作には迷いがなく、まるで長年繰り返してきたかのような静けさがあった。大魔王陛下から直々に賜ったものを、たとえ礼儀としてであろうと他家へ献上するなど、万死に値する。あれは家宝であり、国宝であり、ヴァルクロア家が絶やしてはならぬ聖遺物だった。
だからこそ、アーシュラ家へ持参する贈答品は、別に用意しなければならなかった。
リゼルは、ヴァルクロア家の財には一切手を付けないことにした。あの菓子――ショートケーキと名付けられたそれの販売権利金は、すでに王都の商会を通じ、リゼル個人の名義で相当な額を生み出し続けている。厨房の一角から始まった菓子は、今や貴族家の茶会に欠かせぬ品となっていた。
その私財から、リゼルは宝石と金糸をふんだんに使った箱を誂えさせた。陛下の下賜品と並べることなど万死に値するが、それでも、リゼルなりに用意できる精一杯の贈り物だった。
* * *
出立の日。
ヴァルクロア大侯爵家の正門前には、馬車と護衛が整えられていた。黒を基調とした馬車にはヴァルクロア家の家紋が刻まれ、護衛の騎士たちは整列し、侍女たちは主人たちの衣服の乱れがないかを見ていた。
リゼルは、父と共に馬車へ乗り込んだ。続いて、メアが一つの箱を抱えて乗り込む。宝石と金糸で飾られた、目を引く箱だった。
オルディアスは、その箱に見覚えがなかった。
(……あれは何だ)
ヴァルクロア家としての正式な贈答品は、すでに別の馬車に積まれている。目録も整え、先方へも事前に通してある。ならば、メアが抱えているあれは何なのか。
「リゼル。その箱は」
「わたくしが、アーシュラ侯爵家への手土産として用意したものです」
「……そのような品、目録にはなかったはずだが」
「私財にて用意いたしましたので、父上のご決裁を仰ぐには及ばぬかと」
オルディアスは、思わず言葉に詰まった。4歳の娘が、私財で、これほどの贈答品を用意する。それも家の目録を通さず、独断で。
(私財……この娘、いったいどれほどの財を動かしているのだ)
問い詰めたい気持ちはあったが、出立を前にして騒ぎ立てるのも得策ではない。オルディアスは、ただ小さく息を吐いた。
問いただす気にもなれず、オルディアスは膝の上で拳を握った。リゼルは、父の視線に気づいていたが、悪びれる様子もなく、静かに窓の外へ目を向けていた。
馬車が動き出した。ヴァルクロアの城館が遠ざかり、領都の街並みが窓の外を流れていく。整えられた石畳、陰影ある建築、静かに頭を下げる領民たち。
リゼルは静かだった。4歳児なら退屈してもおかしくない移動である。窓の外に飽き、菓子を求め、眠気に負ける――そのくらいが自然だ。だが、リゼルはそうしない。景色を見ているようで、景色の裏にあるものを読んでいる。街道の幅、護衛の配置、地形、物資の流れ。幼い瞳が拾っている情報は、幼子の旅の記憶ではなく、領地を測る者の視線に近かった。
(本当に4歳なのか)
オルディアスは、今さらな問いを胸中で呟いた。だが、その問いに意味はない。リゼルは自分の娘である。それだけは揺るがない。揺るがないからこそ、恐ろしくもあった。
* * *
ヴァルクロア領を抜け、アーシュラ領へ近づくにつれ、景色は少しずつ変わっていった。陰影ある優雅さは薄れ、かわりに土と鉄の匂いが濃くなる。街道の脇には簡素だが頑丈な見張り台。集落には必ず小さな訓練場があった。畑仕事の合間に木剣を振る者、荷車の横で槍を磨く者、泥だらけになって笑う子供たち。ここでは、武が生活の一部になっている。
「お、お嬢様……こちらの方々は、皆様、とても、その、強そうでございますね」
「そうだな」
「怖くはございませんか?」
「楽しい」
「楽しい、のでございますか?」
「ああ。戦う者が戦うことを恥じていない土地だ。良い」
その声には、幼子らしい無邪気な旅行の喜びではなく、戦力資源を見つけた者の冷静な満足があった。
(訓練場の密度が高い。鍛冶場も多い。兵站の流れはやや雑だが、戦力の熱量は高い。アーシュラ家は、序盤では単純な武闘派に見える。だが前線戦力の質は非常に高い。ここを味方につけておけば、後々の人間界侵攻で進軍速度が上がる)
(そして、その中核がルドラ)
馬車はアーシュラ領の中心へ近づいていく。遠くから、金属を打つ音、怒号、笑い声、木剣がぶつかる音が響いてくる。メアはびくりと肩を震わせたが、リゼルはむしろ目を細めた。
アーシュラ領の朝は、戦いの音で始まる。その音は、リゼルにとって懐かしかった。ゲーム画面の向こうで、何度も見た戦場の前奏に似ている。ただし、今は画面ではない。ここにいる者たちは、数値だけのユニットではない。息をし、汗を流し、誇りを持ち、怒り、笑い、死ぬ者たちだ。
そして、その中心にいる少年を、リゼルはこれから手に入れなければならない。
(ルドラ・ザン・アーシュラ。さて、ゲームと同じ程度の脳筋で済むか。それとも、この世界では少し違うのか)
馬車は、鉄と汗と闘気の土地へ進んでいく。ヴァルクロア家の静謐な影をまとった馬車が、アーシュラ家の熱の中へと入っていった。




