ベルばら部 始動
ヒューゴとのミュージカルごっこは大成功だった。
翌日になっても、私の興奮は冷めない。
昨日のお礼も兼ねて、JINさんへ連絡した。
「昨日は本当にありがとうございました。
すごく楽しかったです。
やりたいミュージカルって、まだまだあるんですよ。
『オペラ座の怪人』とかもやってみたいですし。
今度は歌だけじゃなくて、セリフもある作品もやってみたいですね」
でも……。
私が一番やりたいのはベルばらだ。
「でも、私が一番やりたいのはベルばらなんです。
オスカルをやってみたいんです。
軍服姿のオスカルです」
女の子をスマートにエスコートしたり、手を取ったりしてみたい。
「でも、オスカルって相手役の女の子が必要なんですよね。
フェルゼン役をヒューゴにお願いしても、その場面ではオスカルは女性の格好になりますし。
私がやりたいオスカルとは、ちょっと違うんです。
本当は、自分より少し小柄な女の子がもう一人いたら、ベルばら部を作って毎週遊びたいんですけど……。
まだ異世界の外へ出る勇気もありませんし」
「女性型アンドロイドをレンタルできます」
「えっ!?
本当ですか!?」
私は、どんな子がいいのか希望を伝えた。
年齢は十六歳くらい。
顔立ちは、若い頃のエマ・ワトソンを思わせる、大きな瞳の可愛らしい雰囲気。
髪は明るい金髪。
身長は百五十五センチ。
頭身は高めでスタイルが良く、顔はとても小さい。
衣装は、映画『マリー・アントワネット』(2006)のキルスティン・ダンストが着ていたような、華やかなロココ調のドレス。
「お名前はどうされますか?」
「マリー・アントワネット役だから、マリーちゃんで」
小学校六年生のとき、演劇クラブに入っていた。
毎週水曜日に一時間練習をして、全校生徒の前で『ピーターパン』の劇を上演した。
私はピーターパン役だった。
当時は『ガラスの仮面』という漫画が流行っていて、演劇クラブはすごく人気があった。
大学では英語サークルに入り、英語劇で『リア王』を演じたこともある。
そのときも私がリア王役だった。
埋没していたわりには、主役を二回もやっている。
やっぱり私は、目立ちたかったんだろうな(笑)
ああいうことが、またしたい。
「そうだ。
毎週水曜日の午後二時から一時間、活動することにしませんか。
その時間になったら、マリーちゃんをこちらへよこしてください」
「かしこまりました」
「それから、マリーちゃんにはマリー・アントワネットをインストールしないでください。
部活動なんで、一緒に練習していきたいんです」
ヒューゴは顧問だから仕方ない。
でも、マリーちゃんまで最初から何でもできたら、私だけ何もできないことになる。
そんなの、たまったもんじゃない。
こうして、
部長 理美
顧問兼部員 ヒューゴ
部員 マリーちゃん(レンタル)
による『ベルばら部』が誕生した。
初めての部活動の日。
水曜日、午後二時。
多目的部屋は、すでにベルサイユ宮殿の一室になっていた。
私は通販で購入したオスカルのかつらをかぶり、ヒューゴに作ってもらった完璧な衣装とメイクで、オスカルになりきっている。
ヒューゴもフェルゼンの姿になっていた。
午後二時。
突然、マリーちゃんが現れた。
オーダーどおり、私の理想そのままのマリー・アントワネットである。
「はじめまして。」
声までかわいい。
私は思わず見とれてしまった。
見た目は三人ともフランス人。
それなのに、話しているのは全員日本語。
おお、宝塚っぽいぞ……。
ここで読者の皆様にだけ、お伝えしておこう。
マリーちゃんは、ただの女性型アンドロイドではない。
JINは、この世界の神である。
この世界を管理するため、普段から数多くの分身を同時に動かしている。
今回レンタルされたマリーちゃんも、その分身の一体だった。
つまり──。
マリーちゃんの正体は、JINである。
もちろん、このことを理美は知らない。
知っているのは、JINと読者の皆様だけである。
「それじゃあ、今日の部活動は立ち振る舞いの練習をしましょう。」
まずは、お辞儀。
少し練習を繰り返すと、それなりに形になった。
「では、手の甲への口づけです。」
ヒューゴが説明する。
「まず、相手の手を優しく取ります。
そして、相手の目を見ながら、ゆっくりと手を持ち上げてください。
そのまま手の甲へ、そっと口づけをします。」
私はヒューゴの説明どおり、マリーちゃんの前へ立った。
そっと手を取る。
マリーちゃんの頬が、ほんのり赤くなった。
目を見つめる。
さらに顔が赤くなる。
そして、ゆっくりと手を持ち上げた。
手の甲へ、そっと口づけをする。
マリーちゃんの顔は、みるみる真っ赤になった。
これこれ。
これよ。
これがやりたかったのよ。
「マリーちゃん。照れすぎです。もっと自然に――」
何言ってくれてるんだ、ヒューゴ。
私はこれが見たくてベルばら部を作ったんだよ。
「漫画でも、マリー・アントワネットが照れている場面があったはずですよ、ヒューゴ先生。その方がリアリティがあります。」
「そうですね。」
ヒューゴは理美絶対主義である。
それ以降、ヒューゴはマリーちゃんが照れることについて指導しなくなった。
手の甲への口づけの練習は、その後もしばらく続いた。
マリーちゃんは、もうこれ以上赤くなれないというくらい顔を真っ赤にしながら、一生懸命練習を続けていた。
理美は、そんなマリーちゃんを見て、ご満悦である。
もちろん理美は知らない。
マリーちゃんの中身は、JINの分身。
つまり、JINなのである。
一時間の部活動は終了した。
「マリーちゃん、お疲れさま。
もしよかったら、三時のおやつ、食べていかない?」
マリーちゃんは、一瞬びくりと肩を震わせた。
顔を赤くしたまま、小さくうなずく。
普段、理美はJINには少し丁寧な話し方をしている。
だが今は、年下の女の子へ話しかけるような、くだけた口調で話しかけてもらえている。
マリーちゃんであるJINは、それだけでもかなり感激していた。
「……はい。」
ヒューゴがお茶とケーキを用意してくれた。
アンドロイドは食事をしなくても活動できる。
しかし、人間と同じように食事を楽しむこともできる。
私は向かいに座るマリーちゃんを見つめた。
かわいい……。
まるで本物のフランス人形だ。
見ているだけで癒やされる。
どうしても、やってみたいことがある。
「マリーちゃん。」
「はい。」
「『あーん』して。」
マリーちゃんは少し驚いたような表情を浮かべたあと、ゆっくりと口を開けた。
「あーん。」
私は自分のケーキをフォークで一口すくい、マリーちゃんの口へ運んだ。
ぱくっ。
マリーちゃんの顔が、一瞬で真っ赤になった。
かわいい。
リアルフランス人形に「あーん」できるなんて、私、なんて幸せなの?
理美は、お人形さんを抱きかかえるように、思わずマリーちゃんに抱きついた。
マリーちゃんであるJINは、完全に放心状態である。
もう、このままずっとマリーちゃんでいてもいいかも……。
そう思ってしまうJINであった。
理美も幸せ。
マリーちゃんも幸せ。
JINも幸せ。
これにて一件落着。




