異世界的ミュージカルごっこ
異世界生活五日目。
今日はヒューゴに、多目的ルームをカラオケルームにしてもらった。
私は日本にいた頃からカラオケが好きで、一人でも、子供たちともよく行っていた。
よく利用していたのは、まねきねこの朝カラオケ。
朝に行くと三時間くらい歌えて、ソフトドリンク飲み放題、ソフトクリーム食べ放題で、五百円くらいで遊べる。
あれは本当にお気に入りだった。
子供たちはパパに似て、歌はあまり上手ではない。
でも、歌うことは好きなので、よく一緒に行った。
子供たちと行く時、私はあまり歌わない。
二人が歌っているのを聞いて、最後に一、二曲だけ歌う。
すると、
「うまい、うまい!」
と絶賛してくれる。
あれは、なかなか気持ちのいい体験だった。
ただ、日本ではカラオケへ行き過ぎないようにしていた。
カラオケは音響やエコーのおかげで、誰でも気持ちよく歌える。
素人の私でも、
「私、MISIAじゃない?」
と思うくらい気持ちよく歌えてしまう。
だから、カラオケばかりで歌っていると、自宅で歌った時とのギャップが大きくなる。
そのうち家で歌うのが嫌になってしまう。
しかも、当時利用していた配信アプリでは、カラオケボックスからの配信は禁止だった。
配信では家で歌わなければならない。
だから、あまりカラオケへ行き過ぎないようにしていた。
でも、異世界では違う。
歌いたくなれば、多目的ルームをカラオケルームにもライブ会場にもできる。
だから、思う存分歌える。
私は、いろいろなジャンルの歌を歌っていた。
ミュージカルナンバーを歌っている時、ふと思った。
「そういえば異世界に来てから、ごっこ遊びしてないな。」
「久しぶりにミュージカルごっこしたいな。」
ミュージカルごっことは、日本にいた頃から昼間一人の時によくやっていた一人遊びである。
自宅の階段の踊り場を舞台に見立てる。
クイックルワイパーをスタンドマイク代わりに持つ。
歌いながら階段を下りたり、妄想の観客へ手を振ったりしながら、一人ミュージカルスターになりきって遊ぶのである。
五十三歳になった今でも続けている、痛い専業主婦なのである。
せっかく異世界へ来た。
どうせなら、本格的にミュージカルごっこをやろう。
必要なのは、
・衣装
・カツラ
・メイク
カツラはAmazon。
舞台メイク用品もAmazon。
衣装は、せっかくだからオーダーメイド。
裁縫をインストール済みのヒューゴに作ってもらう。
舞台メイクもヒューゴにインストールしてもらう。
舞台は帝国劇場風がいい。
ステージといえば、そういえばJINさん、のど自慢のステージなら再現できるんだよね。
この間、教えてくれた。
半年前、私はNHKのど自慢の予選へ出場した。
予選は土曜日。
本選は日曜日だが、予選は必ず土曜日に行われる。
そして土曜日は、JINさんが日本へ来られる日でもある。
だから、あの日JINさんは、こっそり予選会場まで見に来ていたらしい。
実際に見ているので、のど自慢のステージなら、そのまま再現できるそうだ。
私は配信で、
「ゲスト歌手と同じ曲を歌ったから落ちたんだ。」
と笑い話にしていた。
リスナーさんたちも、
「ソフィーさんの方が絶対上手でした。」
「ゲスト曲だったからですよ。」
などと盛り上がっていた。
すると、その時の話を振り返りながらJINさんは、
「私は地球ではあまり力は使えませんが、この時ばかりは、ゲストの曲を少し違う曲に変えようかと思いました。」
と言っていた。
あの時JINさんが異世界の神だと知っていたら、本選へ出られていたかもしれない(笑)。
話は戻る。
私は帝国劇場のステージが分かるURLと、衣装に使いたい生地のURLを探した。
その二つをJINさんへInstagramのDMで送る。
続けて、
「今からお電話よろしいですか?」
と送ると、いつものようにすぐ電話がかかってきた。
私は、
「日曜日は、ミュージカルのワンシーンを再現してみようと思うんです。」
「そのために、この生地をすぐコピーして、ヒューゴに渡してください。」
「それと、リハーサルをする予定なので、日曜の朝までに帝国劇場風の舞台も用意してください。」
とお願いする。
本当なら、
「本物のミュージカルを見に行ってきてください。」
と言えば、一番再現度は高くなる。
でも、それは言わない。
さすがに私は、一流のミュージカルスターと、私のミュージカルごっこではレベルが全然違うことくらい分かっている。
本物を見られてしまったら、私のミュージカルごっこなんて張りぼてだと、すぐに気付かれてしまう。
JINさんの貧乏舌は、私の食生活改善のために少しずつ本物を知ってもらった。
でも、私のミュージカルごっこを少しでも長く「すごい」と思ってもらうためには話は別である。
JINさんの貧乏耳だけは、私が絶対守る!
電話に戻る。
「あと、日曜日の本番なんですけど、コメントのお返事ができないと思うので、その日の配信はお休みにします。」
「その代わり、JINさんは観客席へ来てください。」
「ヒューゴの分と二人分、立派な花束を持って来てくださいね。」
そして最後に、
「精一杯頑張りますので、楽しみにしていてくださいね。」
と言って電話を切った。
***
――日曜日当日。
ヒューゴは朝から大忙しである。
理美に衣装を着せる。
舞台メイクをする。
髪型を整える。
さらに、照明や音響などの舞台技術も担当するため、その技術もインストール済みである。
リハーサルから本番の準備まで、ヒューゴが一人でこなしていく。
そして、本番。
ステージは真っ暗。
静かな会場に、理美がこの日のために自ら台本を書き、自らナレーションを吹き込み、録音した音声が流れ始めた。
「──レ・ミゼラブル。
貧しい工場で働くファンティーヌは、幼い娘コゼットを育てるため、必死に働いていました。
しかし、娘がいることを知られたファンティーヌは仕事を失い、生活は少しずつ追い詰められていきます。
髪を売り、歯を売り、それでも娘のために生きようとしますが、現実はあまりにも厳しいものでした。
これは、幸せを夢見ていた一人の女性が、現実に打ちのめされながらも生き抜こうとした物語です。
それでは、お聴きください。
『夢破れて』」
ナレーションが終わる。
ステージ中央に立つ理美へスポットライトが当たる。
音楽が流れ始める。
理美は完全になりきって『夢破れて』を歌い始める。
普段から本気でミュージカルごっこをしている理美である。
そのなりきりぶりは、一般的な「ごっこ遊び」という言葉から想像するレベルを、はるかに超えている。
何年も伊達にミュージカルごっこを続けてきたわけではない。
歌い終わる。
スポットライトがゆっくりと消えていく。
会場は、一瞬、静寂に包まれた。
その静けさを破るように、事前に録音しておいたスタンディングオベーションと歓声が会場中に鳴り響いた。
客席にいるJINさんも立ち上がり、本気で拍手を送ってくれている。
やがて会場全体が明るくなり、カーテンコールが始まった。
理美は舞台中央で手を振ったり、お辞儀をしたりしながら観客へ応える。
すると、どこからともなくヒューゴがJINの前に現れた。
「JINさん、参りましょう。」
二人は花束を持ってステージへ向かう。
まず、ヒューゴが花束を渡す。
続いて、JINが花束を渡す。
理美は花束を受け取り、感謝を込めてJINと両手で握手した。
幕が閉じる。
幕の中では、理美は感極まっていた。
長年一人で続けてきたミュージカルごっこ。
それが、まるで本物の舞台のような環境で実現できたのである。
「やった!」
「最高!」
もう大興奮である。
まるで長年の夢が一つ叶ったような気分だった。
一方、その頃のJINである。
皆さん、お気づきであろうか。
理美とJINが直接対面したのは、日本の快活CLUBの個室で会った時と、今回で二回目である。
そして今日が、理美とJINが初めて触れ合った日であった。
JINは、先ほど理美と握手した自分の手を、じっと見つめていた。
「……もう一生、この手は洗いません。」
そんなことを本気で思っている、異世界の神JINなのであった。
【日曜日 JINの日記】
今日は、神生で一番幸せな一日だった。
理美さんが、私のためにミュージカルを披露してくださいました。
舞台も、衣装も、演技も、本当に素晴らしかったです。
最後に花束をお渡しした時のことです。
理美さんが、私の方へ手を差し出してくださいました。
一瞬、何が起きたのか分かりませんでした。
夢でも見ているのかと思いました。
あの瞬間の感動は、神生忘れることはないでしょう。
……もちろん、今日理美さんと握手したこの手は、一生洗いません。




