断捨離
異世界の家で暮らし始めてから、私は少しずつ家の中を整理していた。
日本の家をそのまま再現してもらったので、当然、日本の家にあった物もそのままある。
必要な物もある。
いらない物もある。
寝室にはエアロバイク
使い古したスーツケース
リビングには、ぶら下がり健康器
「これ、どうやって捨てよう」
異世界では、ゴミ箱に入れた物は一日後に消える。
でも、こんな大きな物はゴミ箱には入らない。
JINさんに聞いてみようと思った。
InstagramのDMで長々とポチポチ打つのは面倒くさい。
『今よろしいですか? 電話よろしいですか?』
そう送ると、すぐにJINさんから電話がかかってきた。
「はい、理美さん。大丈夫ですよ」
「ちょっと聞きたいんですけど、ゴミ箱に入らない大きな物って、どうやって捨てればいいんですか?」
JINさんによると、捨てたい物をヒューゴに伝えれば、ヒューゴを通して消去できる仕組みにできるらしい。
「すぐ消えちゃうんですか?」
「はい。すぐに消去することもできます」
「それ、一日置いといてもらえません?」
「一日ですか?」
「捨てようと思ったけど、やっぱりいるってなるかもしれないし。ゴミ箱の中の物と同じで、一日経ってから消えるようにしてほしいです」
「かしこまりました」
でも、一日置いておくなら、どれが捨てる物なのか分かるようにしておかなければならない。
ヒューゴのためだけではない。
私自身が、
「あれ? これ捨てるんだったっけ?」
となるかもしれない。
何か目印がいる。
そこで思いついた。
「サイン書こう」
私は、ソフィーのサインを持っている。
数年前、同世代のリスナーたちと、自分のハンドルネームのサインを作ったことがある。
私たちの世代が小学生だった頃、アイドルのサインというものは、一見しただけでは何と書いてあるのか分からないような、凝ったものが多かった。
それに憧れて、自分の名前で芸能人みたいなサインを考えたことがある人も結構いた。
そんな思い出を共有できる同世代のリスナーたちと、配信で自分たちのハンドルネームのサインを作った。
私も「ソフィー」のサインを作った。
でも、使うところがない。
私は芸能人ではない。
誰かにサインを書く機会もない。
ソフィーは配信の中だけの名前なので、現実生活で署名として使うこともない。
せっかく作ったのに、まったく使い道がなかった。
「これから粗大ゴミに書けばいいやん」
サインが付いている物は、私が捨てると決めた物。
その状態で一日置く。
一日経っても気が変わらなければ消去する。
これなら分かりやすい。
今までまったく使う機会のなかったソフィーのサインを、これからは粗大ゴミが出るたびに書ける。
なんだか、急にサインの使い道ができて嬉しい。
そうして私は、家全体の断捨離を始めた。
普段着など、大した価値もなく、もう着ない服はどうにでもなる。
掃除に使ってもいい。
油を吸わせてもいい。
そうやって別の用途に使ってから捨てればいい。
余っていた45Lのゴミ袋もそうだった。
本来の使い道はなくなっても、別の使い道を考えることはできる。
でも、スーツケースはスーツケース以外の使い道を思いつかない。
エアロバイクもエアロバイク
ぶら下がり健康器もぶら下がり健康器
比較的新しくて、まだ使える物でも、私がもう使わず、ほかの使い道も思いつかなければ、意外と簡単に捨てようと思える。
なのに、古い服やゴミ袋みたいな、金銭的には大した価値のない物でも、別の使い道を思いつくと、その使い道を試さずに捨てるのがもったいなく感じる。
「……よく考えたら、私、物を大切にするから捨てられないんじゃないんやな」
別の使い道を思いついた物を、その使い道を試さずに捨てるのがもったいないのかもしれない。
比較的新しくて価値のある物は捨てようとするのに、古い服やゴミ袋には別の使い道を考える。
物の値段や新しさで、もったいないかどうかを決めているわけでもないらしい。
「なんか私って変な奴だな」
自分で自分のことを考えてみると、物の価値に対する感覚というか、何をもったいないと思うかの基準が、少しずれているのかもしれない。
「私もJINさんのこと言えないな」
そんなことを思った。
しかし、断捨離を進めていくと、また別の問題が出てきた。
きれいめの服である。
私はおしゃれが好きなので、外出用の服をかなり持っていた。
最近は安い服も買っていたけれど、数年前までは一着一万円くらいの服や、数万円するスーツ、ワンピースなども買っていた。
でも、今の私は二十二歳の頃の身体に戻っている。
細くなったので、今までの服はサイズ的に着られない。
しかも異世界では、そういう服を着て外出する機会もほとんどない。
自分ではもう使わない。
でも、品質が良すぎて、そのまま捨てるのはもったいない。
かといって、掃除に使ったり、油を吸わせたりしてから捨てるには、今度は品質が良すぎて抵抗がある。
さらに、パパが仕事で着ていたスーツもある。
クリーニングから戻ってきた状態のまま、大量に掛かっている。
パパ本人は異世界にはいない。
「これ、どうしよう」
日本にいた頃も、同じようなことはあった。
若い頃に着ていて、サイズアウトした品質の良い服。
なかなか手放せず、実家に置きっぱなしにしていたり、自宅に置いていたりした。
でも、結局は使わない。
最終的には処分することもあった。
服を買い取ってくれる店へ持っていく方法もある。
でも、持っていっても二束三文になることが多い。
自分が高いお金を出して買った服が、二束三文のお金に変わる。
それも、なんとなく嫌だった。
私として一番よかったのは、誰かが実際に着てくれることだった。
娘が着られる物や、気に入った物は娘にあげた。
でも、娘も着ない。
ほかにもらってくれる人もいない。
そんな服は、二束三文で売るくらいなら、
「今までありがとう」
と思って、自分で処分していた。
でも、ここは異世界である。
直接、誰かにもらってもらうことはできない。
「……ヤフオクで売ればいいんじゃない?」
二束三文になるかもしれない。
でも、ヤフオクなら思ったより高く売れる物もあるかもしれない。
実際、パパは背が高くて、足も大きい。
以前、特別な高級ブランドでもない、使いかけの中古シューズをヤフオクに出したことがある。
それが売れた。
大きいサイズは、新品でなくても欲しい人がいるのかもしれない。
サイズがなくて困っている人もいるのかもしれない。
それなら、パパの大きいサイズのスーツなんかも売れるかもしれない。
「久しぶりに やってみようかな」
子供がまだいなかった頃、かなり使っていた。
パパは、中高一貫校から日本で一番いい大学へ進んだ人である。
すでに亡くなっている著者の、名著とされる大学受験用の現代文関係の参考書を二冊持っていた。
それをヤフオクに出したところ、一冊が七万円ほどで売れたことがある。
パパはそれなりに名前のある人なので、自分がヤフオクで物を売っていることを知られたくなかった。
だから、私の名義でいろいろな物を出品していた。
売れたお金は、
「君にあげるよ」
と言われていたので、私はそれで結構お小遣い稼ぎをしていた。
パパは断捨離反対派で、何でも持っている人だった。
ただし、散らかしているわけではない。
自分の物をきちんと整理して保管している。
その中には、当時は価値がなかったのに、年月が経って価値が出た本や、大学受験関係の資料なども結構あった。
最初は、そういうパパの手持ちの物をヤフオクに出していた。
そのうち、売る物が少なくなってきた。
すると今度は、パパが本の価値を分かることを利用して、安く売られている価値のある本を見つけて買い、それを一冊ずつきちんとヤフオクに出すようになった。
近所のブックオフを夫婦で回る。
百円程度で売られている本の中から、本当は価値のある本を探す。
旅行がてら少し遠い県まで遠征して、本を探して回ることもあった。
いわゆる、せどりのようなことを、夫婦の趣味として楽しんでいた。
異世界の不要品をヤフオクで売れば、日本円も手に入る。
今の私は、日本円を持っていない。
今後、JINさんが普段は一週間分の力を貯めて地球へ行っているところを、たとえば二週間分の力を貯めることで、私も一緒に日本へ行ける可能性がある。
本当に行けるかどうかは、まだ分からない。
でも、もし日本へ行けた時。
何か欲しくなるたびに、
「JINさん、これ買ってください」
となるのは、なんか違う。
日本で専業主婦をしていた時も、似たようなことを思ったことがある。
パパの誕生日
バレンタイン
プレゼントを買う。
でも、そのお金の出どころは、結局パパが稼いだお金である。
「これって、プレゼントとしてどうなんだろう?」
前から、そんなことを思っていた。
だから、もし自分が日本へ行ける日が来たなら、JINさんのお金をねだって使うのではなく、自分で自由に使える日本円を持っていたい。
もちろん、異世界の家にある物は、もともと日本の家から再現されたコピー品ではある。
でも、
何を処分するか決めるのは私
出品するのも私
梱包するのも私
発送するのも私
そこまで自分で手間をかけて得た売上なら、
「これは自分のお金って言っていいんじゃない?」
と思う。
不要品を必要な人に使ってもらえる。
捨てずに済む。
将来、日本へ行けた時に自分で使える日本円も作れる。
別に急いで日本円を作る必要はない。
将来、本当に日本へ行けるかどうかもまだ分からない。
でも、異世界では暇な時間がある。
家事もやめた。
暇つぶしの一環として、ぼちぼち出品していけばいい。
ヤフオクは、ただ物を売るだけではない。
きれいに写真を撮る。
どう撮れば魅力的に見えるか考える。
商品説明を考える。
どうすれば売れるか工夫する。
そういう作業そのものも楽しい。
昔はパパと一緒に、ヤフオクやせどりを趣味のように楽しんでいた。
異世界の断捨離も、一気に終わらせなくていい。
暇つぶしでもある。
趣味でもある。
不要品を必要な人に使ってもらう方法でもある。
将来使える日本円を作る方法でもある。
趣味と実益を兼ねている。
数か月後
異世界の家は、ずいぶんすっきりしていた。
断捨離が進み、クローゼットも空いてきた。
ヤフオクも順調だった。
いろいろな物が売れている。
ただ、一つだけ不思議なことがある。
思っていたより、いろいろな物が高値で売れるのだ。
「おかしいな」
「こんな物まで高く売れるんだ」
パパの物はまだ分かる。
大きいサイズを探している人がいるのだろう。
でも、私のちょっといい服まで、なぜか予想以上の高値で売れている。
「意外と需要あるんだな」
私は、それくらいに思っていた。
一方、その頃
JINの家では、まったく別のことが起きていた。
実は、理美がヤフオクに出品した物を高値で落札していたのは、JINだったのである。
JINは、理美と同じ家をコピーした家に住んでいる。
当然、理美が出品した物と同じコピー品も、すでに自分の家にある。
それでも買う。
JINが欲しいのは、単にその商品ではない。
理美自身が売る物を選び
きれいに畳み
きれいに梱包し
パッキングして
発送した
その品物が欲しいのである。
理美が自分の手で梱包して送った物だから欲しい。
そのためJINは、理美がヤフオクに出した物を次々と落札していた。
匿名配送である。
理美は、落札者がJINだとは知らない。
理美の家では、断捨離が進んでいた。
クローゼットは、どんどん空いていく。
一方、JINの家では、理美がヤフオクに出した物が次々と届いていた。
神棚には、もう置くスペースがない。
そのためJINは、理美が自分で畳み、梱包して送った品物を、クローゼットに大切に保管していた。
ただし、同じ物を二つ持っているわけではない。
理美から落札した物が届くと、自分の家に最初からあった同じコピー品を処分する。
そして、
元からあったコピー品から、理美が実際に畳み、梱包して発送した物へ入れ替える。
数としては増えていない。
しかし、一向に物は減らない。
それだけではない。
理美が粗大ゴミとして捨てる物には、ソフィーのサインが書かれている。
JINの家には、同じエアロバイクや、ぶら下がり健康器がすでにある。
しかし、ソフィーのサインが書かれた物となれば話は別である。
JINは、自分の家に元からあった同じコピー品を処分する。
そして、理美がソフィーのサインを書いた方と入れ替える。
元と同じ場所に置く。
「一応、元からあったコピー品はきちんと処分していますので、ゴミを漁っているのとは違いますよね」
誰にも聞かれていない。
JINは、自分なりに理屈をつけていた。
同じ物はきちんと処分している。
二つに増やしているわけではない。
ゴミを漁っているわけでもない。
JINとしては、そういう認識なのである。
理美の家は、どんどんすっきりしていく。
クローゼットも空いていく。
ヤフオクの売上で、日本円も貯まっていく。
一方、JINの家は、元からあったコピー品を理美由来の品物へ入れ替えているだけなので、一向にすっきりしない。
理美は、誰が自分の物を高値で買っているのか知らない。
自分が売った物や捨てた物を、JINが大切に集めていることも知らない。
知らぬが仏である。
相手は仏ではなく、神様であるが(笑)
ゴミを漁る変態でした(笑)。グレーな行為であると自覚があるのか、話題にはしません。




