赤いボタン
「ストップ!」
日本のソフィーの配信を止めた。
異世界生活二日目
私は、ソフィーの配信をJINさんと一緒に聞きながら、自分も異世界で配信をしている。
ソフィーの配信を聞いていて、何か気になる話や、JINさんに説明したいことが出てくると、
「ストップ!」
と言って配信を止める。
さっきのチーコちゃんの話の時も、こうやって止めた。
でも、これ
何回も何回もやっていると、いちいち「ストップ!」と言うのが何気に面倒くさい。
そこで思いついた。
「JINさん、『相席食堂』って知ってます?」
JIN:知りません
いつものことである。
私はJINさんに『相席食堂』の仕組みを説明した。
千鳥がVTRを見ていて、何か気になるところがあるとボタンを押す。
するとVTRが止まって、
「ちょっと待てぃ!」
とツッコミを入れる。
「私も、あれが欲しいんですよ。とにかく、画面の真ん中に十円玉くらいの大きさの赤いボタンを作ってください」
ところが、JINさんは嫌がった。
「それはちょっと嫌です。画像が見えなくなってしまいますので」
JINさんは、ソフィーがラジオ配信の画面に毎回いろいろな画像を用意しているのを楽しみにしている。
今日はどんな画像だろう
毎回、それを見るのを楽しみにしているらしい。
画面の真ん中に赤いボタンがあったら、画像が見えにくくなる。
「でも、配信を止めるのは私ですよね。JINさんは止めないんだから、JINさんの画面には付けなくていいんじゃないですか? 私の画面にだけ付けてください」
私の画面にだけ、十円玉くらいの大きさの赤いボタンを付けてもらうことになった。
せっかく『相席食堂』を真似するなら、ただ配信が止まるだけでは面白くない。
ボタンを押したら、
「ちょっと待てぃ!」
と流れるようにしたい。
気分は千鳥である。
もちろん、使うのは私の声だ。
ただ
ノブのモノマネなんかしたことがない。
こんなことなら、もっとノブを見ておけばよかった。
そもそも、私とノブでは声が全然違う。
それでも、やるからには全力を尽くす。
私は配信中に、言い方を変えながら何種類もの「ちょっと待てぃ!」を試してみた。
「ちょっと待てぃ!」
「ちょっと待てぃ!」
「ちょっと待てぃ!!」
「待てぃ!」を強くしてみたり
呆れたように小さめの声で言ってみたり
全部を全力で言ってみたり
最終的に、五種類の「ちょっと待てぃ!」ができた。
「JINさん、どの『ちょっと待てぃ!』が一番良かったですか?」
JIN:全部すごくいいです。決められません
理美は、一つ選んでほしかった。
理美は気分だけは千鳥なのである。
しかし、JINの気分は少し違った。
理美は普段、JINに対して基本的に丁寧な言葉遣いで話している。
そんな理美から突然、
「ちょっと待てぃ!」
である。
若い人には分からないかもしれないが、若かりし頃の木村拓哉が、トレンディドラマ『あすなろ白書』で「ちょ、待てよ」と言ったのを初めて聞いた時くらいの衝撃だったのかもしれない。
理美は千鳥のつもりだったが、JINはあすなろ白書寄りだったのである。
「いや、JINさん、一つ選んでもらわないと。今、JINさん一人だけのための配信なんですから、JINさんが一番いいと思うやつ、決めてくださいよ」
少しして、JINさんからコメントが来た。
JIN:では、毎回違うものが流れるようにするのはどうですか? 全部、順番に流すというのはどうでしょう
結局、一つを選ばない。
でも、私が試した「ちょっと待てぃ!」は、ちょうど五種類
そして私は、ソフィーの配信を止めるのは、一回の配信につき五回までと決めている。
五種類
五回まで
それなら、全部一回ずつ使える。
「じゃあ、それでいいです。それでお願いします」
私の画面の真ん中に、赤いボタンができた。
これからは、このボタンを押せばソフィーの配信が止まり、私の五種類の「ちょっと待てぃ!」が順番に流れる。
「じゃあ、今日の配信終わります。JINさん、また明日」
私は、その日の異世界配信を終了した。
一方、JINは異世界の自宅で、理美の配信を見ていた。
配信が終了すると、JINの画面はいったん赤い終了画面になった。
JINは、その画面の×印を押して閉じる。
いつもなら、そこで画面は黒くなる。
しかし、その日は違った。
黒くなるはずの画面に、赤い丸いボタンが五つ並んでいる。
その画面の前に、異世界の神JINが座っていた。
JINは、一番左のボタンを指で押した。
理美の声が流れる。
「ちょっと待てぃ!」
「はい、待ちます」
と返事をするJIN。
しばらくして、今度は左から二番目のボタンを押す。
また理美の声が聞こえる。
「ちょっと待てぃ!!」
「待ちます、待ちます」
とまた返事をするJIN。
どうやらJINは、理美の五種類の「ちょっと待てぃ!」を本当に全部気に入っていたらしい。
「全部すごくいいです。決められません」
あれは、本当に全部よかったのである。
二つ目まで押したところで、JINは椅子から立ち上がり、その場を離れようとした。
そして、指をシュッと動かす。
神の力を使い、離れた場所から三番目のボタンを押したらしい。
またまた理美の声が聞こえる。
「ちょっと待てぃ!」
「え?」
JINが振り返った。
自分で押したのに。
もはや寸劇である。
理美の「ちょっと待てぃ!」が木村拓哉なら、振り返る異世界の神JINは石田ひかりである。
もし理美がここで、
「俺じゃダメか」
と言ったなら、JINはきっと天にも昇る気持ちになるだろう。
そして、
「あなたがいいんです」
と、石田ひかりとは違う答えを返すに違いない。
異世界の神JINに、睡眠は必要ない。
この逆あすなろ白書ごっこは、かなり長い間続いたようである(笑)
JINさんに『あすなろ白書』のDVD全巻を送ってあげたい。by 作者




