ジャンクフード
異世界に来てしばらくたつが、ふと気づいた。
そういえば、こちらに来てから、コンソメパンチやプリングルズ サワークリーム&オニオンのようなジャンキーな食べ物を食べていない。
というか、「食べたい」という気持ち自体を忘れていた。
もちろん、嫌いになったわけではない。
日本にいた頃は、五十三歳の体でも、発作的に「ポテチ食べたい!」と思うことがしばしばあった。
では、なぜ異世界の私は、それを忘れてしまったのだろう。
まず、ここで考えてみよう。
人はなぜコンソメパンチを食べるのか。
① おいしいから
濃厚な塩味とうま味。
パリパリの食感。
そして油。
やめられないのである。
② 手軽さその一
夜中、小腹が空いた時でも、袋を開ければすぐ食べられる。
③ 手軽さその二
どこにでも売っている。
普段の料理の買い物に行くスーパーで買えてしまうので、「お腹が空いた時用に買っておこう。」となる。
で、私の場合はというと、全部当てはまる(笑)
そのうえ私は、前にも言ったと思うが、「迷うくらいなら両方買ってしまえ。」な人なのである。
食べ物に関しても、「食べずに後悔するくらいなら、食べて後悔したい。」タイプだ。
小腹が空く。
目につく。
「ああ、発作的に味の濃い脂っこいポテチが食べたい!」
となる。
そして袋を開けて、「いただきます。」なのである。
だが、異世界に来て、その条件が変わってしまった。
まず、私は異世界の家からほとんど一歩も出ない。
買い物に行かない。
欲しいものはAmazonで買うけれど、コンソメパンチが目につかない。
目につくチャンスそのものが、ほとんどないのである。
そして、おいしい料理をすぐ提供してくれるヒューゴがいる。
たまに「あれが食べたい。」と思いつけばリクエストすることもあるが、基本は、
「私に必要な栄養素を考えて、おいしいものを作ってください。」
と丸投げ状態である。
ヒューゴに言えば、最高においしい料理をすぐ準備してくれる。
まさかの、コンソメパンチより手軽に、おいしいものが食べられるのである。
条件がそろってしまえば、コンソメパンチは必要ない。
たぶん、これから私がコンソメパンチを望むとしたら、それは「食べたい。」ではなく、
「ああ、懐かしい。この味だ。」
という懐古の気持ちなのではなかろうか。
ここまで考えて、私は日本でやっていたレコーディングダイエットのことを思い出した。
私は食べることが大好きだ。
しかも、欲望の赴くままに、おいしいものを食べる傾向がある。
食べ過ぎてはゲーリーになる。
頭はそこそこいいはずなのに、なぜ学習しないのか。
そこで、食べ過ぎを可視化するため、レコーディングダイエットを始めた。
数か月で食べる量は自然と減り、体重も少し落ちてきた。
たぶん、何もなければ、そのまま続けていたと思う。
ところが、下の親知らずが虫歯で痛み始めた。
痛み止めなしでは生活できないほどになり、横に生えていたもう一本の親知らずも一緒に、口腔外科で抜くことになった。
穴も大きく、洗浄も必要となり、三週間ほどほぼ食欲ゼロ。
レコーディングダイエットどころではなくなってしまった。
そして、ようやく完全に治ると、今までの反動なのか、食欲が爆発。
体重もみるみる増えていった。
結局、もう一度レコーディングダイエットを再開し、健康維持を始めた。
つまり私は、レコーディングダイエットをしていると太らないが、やめると太るのである(笑)
何度も言うが、私はそこそこ頭がいい。
これがどれくらいカロリーがあるか。
だいたい何キロカロリーか。
そのくらいは頭の中で計算できるはずなのである。
なのに、なぜレコーディングしなくなると太るのか。
謎なのである。
一般的に、レコーディングダイエットで食べる量が減る理由は二つあると言われている。
一つ目は、食べたものを記録することで、食べる量が可視化されること。
「今日はこれだけ食べた。」
「思ったよりカロリーが高い。」
そうやって、自分がどれだけ食べたかを目で確認することで、食べ過ぎに気づき、自然と食べる量が減る。
もう一つは、記録すること自体が面倒だから。
食べるたびに量を量り、カロリーを調べ、記録する。
その作業が面倒なので、
「これを食べたら、また量って記録しなきゃ。」
となり、食べる量が減るのである。
私自身、その二つの効果はあると思う。
食べる時はアドレナリン全開状態であるが、量って、カロリーを調べて、記録するという作業が入ることで、一度冷静になる自分がいる。
だが、私の場合、それだけではない気がする。
先ほども述べたが、私は見れば、だいたい何キロカロリーくらいあるかは分かる。
なのに、レコーディングダイエットをやめると、その知識を使おうという気持ちそのものがなくなるのである。
なぜなのか。
私は、レコーディングダイエットをしている自分に酔いしれているんだと思う(笑)
レコーディングダイエットをしていると、私は体に良いものを食べる傾向が強くなる。
「これは体に良い。」
「今日はちゃんと栄養を考えている。」
「私は自分の体のことを考えている。」
そんな自分に酔いしれているのである。
すると、どこへ行ってもコンソメパンチに目がいかない。
スーパーへ行っても、
「何かおいしいものないかな。」
ではなく、
「今日も体に良いものを食べよう。」
というモードになっている。
意識がコンソメパンチへ向かわないのである。
記録そのものが、注意の向き先を変えているのかもしれない。
面倒だと言われる、量を量る、カロリーを調べる、記録するという作業が、私にとってはゲーム攻略のような感覚になっている。
そういう作業をして、自分の健康を管理していること自体に酔いしれているのである。
私にとってレコーディングダイエットとは、食べたものを可視化して食欲を抑えるものだけではない。
健康モードの自分に酔いしれ、その状態をキープするためのスイッチみたいなものではなかろうか。
記録をやめても、知識がなくなるわけではない。
ただ、健康モードのスイッチが切れる。
だから、知っているはずのカロリーにも意識が向かなくなり、スーパーで目についたものを買ってしまうのである。
異世界では、レコーディングダイエットをしなくても、毎日が最初から健康モードなのである。
ヒューゴが私に必要な栄養素を考え、おいしい食事を提供してくれる。
私は何もしなくていい。
食べるだけである。
健康モードの生活を自然に送っている自分に酔いしれているのである。
だから、ジャンキーな食べ物を我慢しているわけでもない。
嫌いになったわけでもない。
酔いしれているのである。
酒も弱いが、健康モードにはもっと弱い。
完全に酔っ払い中なのである(笑)
そう考えると、私の大好きなごっこ遊びも、レコーディングダイエットも、根っこの部分は同じなのかもしれない。
健康的な生活を送っている自分。
自分の体をきちんと管理している自分。
つまり、そういう自分になりきっていることに酔いしれているのである。
レコーディングダイエット。
それは私にとって、「健康的な自分」という役になりきることだったのかもしれない。
ミュージカルごっこ。
アイドルごっこ。
ベルばらごっこ。
そして、健康生活ごっこ。
……あれ?
私の人生、ごっこ遊びなんだわ(笑)
持論を語り始めると止まらない理美と作者なのでした(笑)




