親衛隊隊長 JIN
ある日の深夜。
異世界にあるJINの家の多目的ホールにヒューゴが現れた。
多目的ホールは、事前に理美からInstagramのDMで要望されていたとおり、昭和の郵便貯金ホールをモデルにしたコンサート会場へと姿を変えていた。
大規模なコンサート会場ではなく、親衛隊の活動を行うのにふさわしい小規模なホールである。
理美は、JINに昭和アイドルごっこのハリボテ感がばれないよう、本物の昭和アイドルや親衛隊に関する情報は一切伝えないつもりである。
そのため、事前にヒューゴへ、昭和アイドルの親衛隊として必要な、ありとあらゆる知識や技術をすべてインストールさせてある。
また、ヒューゴはアンドロイド、JINは異世界の神であり、どちらも睡眠を必要としない。
理美に迷惑をかけないよう、親衛隊の活動は理美が眠っている深夜に行われることになった。
ヒューゴは口を開いた。
「ただいまより、第1回異世界理美親衛隊、略してISGの活動を始めます」
ヒューゴは、これから行うISGの活動について説明した。
「まずはこちらをお付けいただく前に、スーツの上着とネクタイをお外しください」
「承知しました」
JINはスーツの上着を脱ぎ、ネクタイを外した。
ヒューゴは、光沢のあるサテン生地のピンク色の法被とハチマキをJINへ差し出した。
JINは法被とハチマキを身に着けた。
法被の背中には「理美命」、前の襟には「異世界理美親衛隊」と書かれている。
ハチマキの額の部分には「ISG」と書かれていた。
ヒューゴも同じ法被とハチマキを身に着けた。
「それでは、まず最初に任命式を行います」
ヒューゴは一つの腕章を取り出した。
赤い腕章には「ISG隊長」と白い文字で書かれている。
「こちらが隊長の証です」
ヒューゴは、JINへ腕章を差し出した。
JINは、勲章を授かったかのように、うやうやしくその腕章を受け取った。
左腕に腕章を装着すると、真剣な表情でヒューゴを見つめる。
「隊長の名に恥じぬよう、全力を尽くします!」
JINは力強く宣言した。
異世界理美親衛隊、略してISG
親衛隊隊長、JIN
顧問兼隊員、ヒューゴ
JINは、一つ気になることがあった。
「ヒューゴ隊員。一つ、お聞きしてもよろしいでしょうか」
「はい、隊長」
「理美さんは、私たちの親衛隊活動について、後ほど活動内容をご報告するよう、おっしゃっていましたか」
理美は、親衛隊の応援を事前に知ってしまうと、当日の感動が薄れてしまうと考えていた。
そのため、親衛隊に必要な情報や活動については、すべてヒューゴへ任せてあるので、活動報告は当日まで一切必要ないと伝えてあった。
「いいえ、隊長。
理美様は、私たちの親衛隊活動を信頼していらっしゃいます。
そのため、親衛隊に必要な情報や活動については、すべて私へ任せてあるので、活動報告は当日まで一切必要ないとのことです。
ただ、『私を驚かせるような、感動を与える応援を期待しています』と、おっしゃっていました」
JINは、使命感に燃えると同時に、胸をなで下ろしていた。
理美へ活動内容を報告する必要がないと分かったからである。
理美が断捨離のためにサインを入れて処分した粗大ゴミや、オークションへ出品した品々は、読者もご存じのとおり、すべてJINが密かに自分のものとしている。
もちろん、JINは理美との約束を破っているつもりはない。
しかし、その行為がかなりグレーであるという自覚はあった。
もし活動報告の中で、そのことが理美へ伝わってしまえば、大変なことになる。
活動報告が不要だと分かったJINは、内心ほっと胸をなで下ろしたのである。
「それでは、まずはコールの練習を始めます」
ヒューゴはそう言うと、JINへスマートフォンを差し出した。
「事前に理美様へご協力いただき、昭和アイドルの代表的な楽曲を五曲、レコーディングしていただきました。
データは、すでにJIN様のスマートフォンへ送信済みです」
JINは嬉しそうにスマートフォンを受け取った。
ヒューゴは自分のスマートフォンを取り出すと、ホールの音響設備へBluetoothで接続した。
まもなく、ホールいっぱいに理美が歌う昭和アイドルの楽曲が流れ始める。
ヒューゴは曲を途中で停止した。
「ここです。
このピアノの音で『L・O・V・E 理美!』を入れてください」
「承知しました」
曲がもう一度流れる。
「L・O・V・E 理美!」
「少し早いです。
もう一度いきます」
再び曲が流れる。
「L・O・V・E 理美!」
「今度は完璧です」
次の場面でヒューゴは再び曲を止めた。
「ここは『Kiss me please!』です」
「Kiss me please!」
「いいですね。
続いて『行けー! 理美!』です」
「行けー! 理美!」
「声は喉で怒鳴るのではありません。
腹から前へ飛ばしてください。
もっと遠くの理美様まで届くように」
JINは大きく息を吸った。
「行けぇぇぇーー! 理美ぃぃーー!」
「素晴らしいです。
その調子です」
曲は最後の練習へ進んだ。
「最後のコールは長いですが、最後まで集中してください」
ヒューゴは曲を流した。
JINは曲に合わせながら、一つひとつのコールを力強く叫んでいく。
「天使の口づけ エンジェルキッス!」
「理美ワールド ブルーヘブン!」
「俺たちみんな 大好き理美!」
「Kiss me please!」
「ウー! レッツゴー!」
「行けー! 理美!」
「L・O・V・E 理美!」
「理美ちゃーん!」
「S・A・T・O・M・I!」
「理美ーーー!!」
ホールいっぱいに、JINの気迫あふれるコールが響き渡った。
JINは、ふと思いついた。
「ヒューゴ隊員」
「はい、隊長」
「残念ながら、我ら親衛隊は少数精鋭です。
この二人だけの声では、コールの迫力にも限界があります。
そこで、私の神の力を使い、私たち二人の声をそれぞれ十倍に増やします。
さらに、同じタイミングで、ステージの全方向から聞こえるようにしたいと思います。
理美さんは感動してくださいますかね」
「それは素晴らしい考えです、隊長。
間違いなく、理美様は驚かれ、感動されることでしょう。
さすが隊長です」
理美至上主義のヒューゴと、理美推しに全力を注ぐJIN。
さすがの二人なのであった。
「それでは、次は紙テープの練習を始めます」
ヒューゴはそう言うと、段ボール箱を机の上へ置いた。
「こちらは、事前に理美様が日本のAmazonで購入してくださった紙テープ一式です」
JINは箱の中を覗き込み、色とりどりの紙テープを手に取った。
「本来であれば、紙テープは親衛隊員が自ら購入し、準備するものです。
しかし今回は、私どもでは何を用意すればよいか分からないだろうということで、理美様があらかじめご用意くださいました」
JINは紙テープを大切そうに眺めた。
「理美さんらしい、お気遣いですね」
「はい。
ですが、隊長には神の力があります。
一度実物があれば、同じ物をコピーして増産することも可能でしょう」
「ええ、その程度であれば容易です」
「しかし、日本には紙テープにも様々な種類があります。
今後、日本へ行かれた際は、大きな文房具店などをご覧になり、より美しく飛ぶ紙テープや、同じように使用できる素材がないかも確認してください」
「承知しました。
今後の親衛隊活動のため、必ず調査いたします」
ヒューゴは一本の紙テープを手に取った。
「では、準備を始めます。
まず、紙テープの芯を外してください」
JINは言われた通りに芯を抜いた。
「芯が入ったままでは、綺麗に伸びません。
必ず事前に取り外します」
JINは真剣な表情で頷いた。
「次に、空中で美しく伸びるよう、巻き具合を整えます。
投げる前の準備も親衛隊員の大切な仕事です」
二人は並んで紙テープを一本ずつ整えていく。
やがてヒューゴはステージ中央へ歩いた。
「隊長。
紙テープは理美様へ当てるものではありません。
頭上を美しく通過させ、放物線を描きながらステージいっぱいへ広げるのです」
「なるほど。
美しさも応援の一部なのですね」
「その通りです。
親衛隊は投げるタイミングまで何度も練習します」
ヒューゴはステージへ向かって手を伸ばした。
「それでは実践します。
まずは高く、美しい放物線を意識してください」
JINは大きく頷き、紙テープを構えた。
「はい、隊長。
今はまだ投げないでください。
サビまで待ちます」
ホールへ理美が歌う昭和アイドルの楽曲が流れ始める。
JINはタイミングを見極めながら、じっと紙テープを握りしめていた。
やがてヒューゴが力強く声を上げる。
「今です! 投げてください!」
JINが紙テープを放つ。
紙テープは美しい放物線を描きながら、ステージ上空を越えて大きく広がった。
「素晴らしいです。
もう少し高く飛ばせれば、さらに美しくなります。
もう一度やります」
再び練習を終えたところで、JINが口を開いた。
「ヒューゴ隊員」
「はい、隊長」
「紙テープも、私の神の力で十倍に増やしたいと思います。
その方が、ステージいっぱいに紙テープが広がり、より美しく華やかになるのではないでしょうか」
「そうですね、隊長。
大量の紙テープが同時に美しい放物線を描けば、理美様にも、より感動していただけることでしょう」
二人は散乱した紙テープを手際よく回収していく。
JINは床へ落ちた紙テープを一本残らず拾い集めた。
「これでよろしいでしょうか」
「はい。
応援が終わった後は、紙テープを素早く片付けることも親衛隊の大切な仕事です。
次の公演や、他のお客様のご迷惑にならないよう、最後まで責任を持って片付けます」
「なるほど。
応援だけではなく、後片付けまでが親衛隊の仕事なのですね」
「その通りです。
これで紙テープの練習を終了します」
「それでは、最後はペンライトの練習を始めます」
ヒューゴは箱の中からペンライトを取り出し、一本をJINへ手渡した。
「こちらも、事前に理美様が日本のAmazonで購入してくださったペンライトです。
まずは、このペンライトで練習を行います」
JINはペンライトを受け取り、興味深そうに眺めた。
「日本には、ペンライトにも様々な種類があります。
こちらも紙テープと同様、今後、日本へ行かれた際は、文房具店などをご覧になり、より応援に適したペンライトや、同じように使用できる物がないか確認してください」
「もちろんです」
ヒューゴはペンライトのスイッチを入れた。
「まずは、曲のリズムに合わせます。
拳を上げるように、ペンライトも力強く上下へ振ってください」
理美が歌う昭和アイドルの楽曲が流れ始める。
「はい! はい! はい! はい!」
JINはリズムに合わせ、力強くペンライトを上下へ振った。
「いいですね。
次は、しっとりとした曲です。
このような曲では、左右へゆっくり振ります」
曲調が変わる。
JINはペンライトを優しく左右へ揺らした。
「その調子です。
曲調に合わせて応援の仕方を変えることも、親衛隊には大切な技術です」
練習が進むにつれ、ホールの熱気は次第に高まっていった。
いつの間にか、JINの周囲には無数のペンライトが空中へ浮かんでいた。
それらはJINが振る動きに合わせ、
「はい! はい! はい! はい!」
同じリズムで一斉に上下へ動き始める。
しっとりとした曲になると、今度はすべてのペンライトが美しく左右へ揺れた。
まるで大勢の親衛隊が応援しているかのような光景が、ホールいっぱいに広がっていた。
「素晴らしいです、隊長。
理美様も、きっと驚かれることでしょう。
これでペンライトの練習を終了します」
「以上で、第一回異世界理美親衛隊の活動を終了します。
お疲れ様でした」
「お疲れ様でした」
「それでは私は、一週間後の同じ時間に参ります」
ヒューゴは一礼すると、その場から静かに姿を消した。
JINは一人、静まり返ったホールに立っていた。
今日一日の親衛隊活動を思い返し、胸が熱くなる。
昭和アイドルの親衛隊。
これほどまでに、自分の推しへの想いを全身で表現できる応援があったことに、JINは深く感動していた。
理美を応援したい。
その想いを、声にし、紙テープに込め、ペンライトに託す。
そのすべてが、JINの心にこれ以上ないほどしっくりときていたのである。
誰に言われるでもなく、JINは毎晩、深夜になると自主練に励むのであった。
最後に登場した長いコールですが、実は昭和アイドルのある楽曲を参考にしています。
元ネタが何の曲か分かる方、いらっしゃいますか?
分かった方は、ぜひ答え合わせしましょう。By 作者




