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UN-KNOWN:チームQの潜入記録  作者: やた
File03.カスピアン・ラッシュ

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5.情報の整理と甘い火花

 アクタウ港での「失敗」から48時間が経過していた。


 ステルス潜水艇アヴァロンのブリーフィング・ルームには、カザフスタン全域を網羅するホログラム・マップが浮かび上がっている。中心で赤く点滅しているのは、アクタウ港から数十キロ内陸に入った地点にある旧ソ連時代の補給基地「サイト22」だ。


「想定通り、イヴァンの列車は『サイト22』に逃げ込んだ。港での後尾車両爆破は、奴らの足を止めるための時間稼ぎだ。あそこで直接奪還を試みれば、東西の部隊を巻き込んだ大乱戦は避けられなかったからね」


 レンが冷徹な口調で解説する。彼の手元では、クラウディアが解析した最新の偵察衛星データが次々と更新されていた。


「現在、マフィアたちは基地内で列車の装備を改めている。損傷した連結器の補強、そして東側製の対空機関砲の増設だ。彼らは自分たちが『透明な敵』に狙われていることを自覚した。次は、より強固な動く要塞として出発するだろう」


「で、エヴァンスの親父さんはなんて言ってるんだ?」


 ガウスが重厚なタクティカル・ベストのストラップを締めながら尋ねる。


「エヴァンス事務次長は、裏で完璧な『掃除』を終えたよ。彼はクラウディアが掴んだヴォルコフの裏金データと、西側高官がマフィアから受け取っていた賄賂のリストを武器に、両陣営を交渉の席に引きずり出した。結果、非公開の合意が形成された」


 レンが皮肉な笑みを浮かべた。


「西側は今回の件から完全に手を引く。そして東側は『自国の管理責任』を認め、責任を持って処理にあたる。つまり、東側が公式に軍を動かして列車を証拠隠滅――爆破、あるいは制圧――する権利を得たということだ」


 ここでガウスが鼻を鳴らし、疑問を口にした。


「なあレン、一つ聞かせろ。親父さんがそれだけのネタを握ってたんなら、最初からそれを使って西側や東側の介入を止めさせておけば良かったんじゃねえのか?そうすりゃアクタウでのあの面倒な三つ巴なんて起きなかったはずだぜ」


 レンは一瞬、作業の手を止め、モニターに映るエヴァンスの冷徹な眼差しを思い出した。


「僕も同じことをエヴァンス次長に尋ねた。彼の答えはこうだ。『ただ言葉で脅すだけでは、大国という怪物は納得しない。彼らには、自分たちの力が及ばない理不尽なまでの圧倒的優位性を見せつける必要がある』と」


レンの声には、エヴァンスの冷酷なリアリズムが宿っていた。


「アクタウ港での一件で、東西の精鋭部隊は思い知ったはずだ。自分たちの通信が赤子の手をひねるようにジャックされ、闇の中から一方的に狙撃される。レーダーにも映らず、正体すら掴めない『得体の知れない存在』が自分たちの生死を握っているという恐怖をね。その絶望的な無力感があったからこそ、エヴァンスの交渉(脅迫)は100%の効果を発揮した。チームQという『絶対的な抑止力』の存在を彼らの骨の髄まで刻み込むこと。それも今回の任務の重要な側面だったんだ」


「ハッ、要するに俺たちは、連中に一生消えないトラウマを植え付けるための幽霊役ってわけか。悪趣味だが、嫌いじゃねえぜ」


 ガウスが不敵に笑った。


「……でも、東側が本気で証拠隠滅(爆破)に来たら、核弾頭が飛散してカスピ海が死ぬわよ。恐怖を植え付けたのはいいけど、肝心の『落とし物』を回収しなきゃ意味ないじゃない」


 アイリスが、自身の装備をチェックしながら眉をひそめた。彼女は今回、いつものような「潜入用の変装」はしていない。代わりに、軽量でしなやかな最新の防弾ボディスーツに身を包み、太腿のホルスターには麻酔銃ではなく、実戦用のHK416Cをセットしていた。


「そう。だから、東側の抹殺部隊が列車に追いつく前に、僕たちが核を抜き取る必要がある。これが最後のチャンスだ」


 レンの言葉に、クラウディアが柔らかな声で補足を入れた。


『レン様、衛星データによる予測が出ました。装甲列車は明朝05:00に『サイト22』を出発します。ルートはカザフスタン北部の荒野を縦断。東側のハインド攻撃ヘリが捕捉するまで、猶予は出発から120分です』


「よし。作戦を伝える。ガウスと僕は、アヴァロンから高高度降下(HAHO)で列車の屋根へエントリー。マヤは上空からドローンで援護。アイリスは……」


「わかってるわよ。増員された戦闘員として、警備チームに紛れ込む。イヴァンが雇った傭兵の中には、あたしの『偽造身分』に疑問を持つような知能の持ち主はいないわ」


 アイリスがそう言って、レンの隣にふわりと寄り添った。彼女はQ-Linkの音量設定を、レンにしか聞こえないプライベート・チャンネルに切り替える。


「ねえ、レン。今度の任務、もしあたしがピンチになったら……。いつもみたいなドレスじゃないから、守りがいがないかもしれないけど?」


 彼女の潤んだ瞳が、レンの横顔を見つめる。任務前の極限状態が生む、微かな高揚感が彼女の声に混じっていた。


『レン様、アイリス様のバイタルを分析しました。心拍数、アドレナリン、およびオキシトシンの数値が基準値を超えています。これは任務への不安ではなく、あなたに対する『戦闘前の求愛行動』である確率が88%です。円滑なチーム運営のため、何らかの肯定的、あるいは身体的なリアクションを推奨します』


 クラウディアが無機質な声で、レンの脳内に余計なアドバイスを流し込む。


「……クラウディア、演算リソースをすべて気象予測に回せ。アイリス、君は現地でマフィアの動向を監視し、僕たちの降下ポイントを誘導してくれ。以上だ」


 レンは一切の表情を変えず、淡々と指示を続けた。その冷淡さに、アイリスは「チェッ」と唇を尖らせる。


「相変わらずね。でも、その鉄仮面が崩れるのを見るのが、あたしの楽しみなんだから」


「……脉が速い、レン。アイリスに当てられている」


 部屋の隅でライフルを磨いていたマヤが、ボソリと呟いた。彼女の言葉は短いが、Q-Linkで共有されている仲間のバイタルデータは嘘をつけない。レンの心拍数も、わずかに上昇していた。


「うるせえな、青春ごっこは後だ。俺はあの中世みたいな装甲列車をぶっ壊したくてウズウズしてんだよ」


 ガウスがガハハと笑い、レンの肩を強く叩いた。


「準備はいいな、野郎ども。次が本番だ。核を回収し、イヴァンの鼻を明かしてやる。世界がまた平和になるために、俺たちが一番汚い泥を被ってやろうじゃねえか」


 アヴァロンのメインモニターには、荒野を疾走するはずの死神の鉄路が、どこまでも長く、冷たく表示されていた。チームQのメンバーは、それぞれの想いを胸に、最終決戦の地、カザフスタンの空へと目を向けた。

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