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UN-KNOWN:チームQの潜入記録  作者: やた
File03.カスピアン・ラッシュ

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3.アクタウ港の迷宮

 カザフスタン、アクタウ港。カスピ海に面したこの巨大な港湾施設は、夜の闇の中で不気味な青白い水銀灯に照らされていた。潮風には錆びた鉄と重油の匂いが混じり、巨大なガントリークレーンが、獲物を狙うクモの足のように天を突いている。


「……こちら、デルタ・ワン。配置に就いた。ターゲットはコンテナヤード奥、第4区画。視認した」


 港の北側に位置する資材置き場の陰。最新の暗視ゴーグルを装着した西側の精鋭、デルタフォースの分隊長は、耳元の無線に低く呟いた。彼の視線の先では、数台の大型トレーラーと、それを取り囲む重武装の男たちがいた。イヴァンの私設軍隊だ。彼らは隠れる素振りも見せず、剥き出しのライトで作業エリアを照らし出している。


『デルタ・ワン、こちら指揮所(コマンド)。交戦許可はまだかという問いへの回答は『否』だ。繰り返す、射撃は厳禁だ。相手に『西側の先制攻撃』という口実を与えるな。状況を監視し、核が移動を開始するまで待機せよ』


 分隊長は歯噛みした。目前で、かつての敵将軍が堂々と核弾頭を運び出そうとしている。その気になれば、今この瞬間にスナイパーの狙撃一発でイヴァンの頭を吹き飛ばし、事態を終結させることもできる。しかし、ワシントンからの命令は非情だった。米軍が直接関与した証拠を残せば、東側諸国との全面戦争の引き金になりかねない。


「……了解した。引き続き監視する」


 一方で、港の南側。放置された倉庫の2階窓からは、東側の抹殺部隊、ロシア対外情報庁(SVR)の工作員たちが、同じ光景を憎々しげに凝視していた。


「ヴォルコフの裏切り者め。祖国の遺産を売るなど、万死に値する」


 指揮官は冷徹に告げた。彼らの手元には、サイレンサーを装着したVSS特殊狙撃銃が握られている。だが、彼らもまた引き金を引くことは許されていなかった。


「上層部からの通達だ。この件に我が国が関与していることを西側に悟られてはならない。もし我々が発砲し、それが露見すれば、西側は『東側の核管理不備と独断専行』を理由に大規模な制裁と介入を開始するだろう。ヴォルコフはそれを狙っている。奴を撃てば、それが戦争の号砲になるのだ」


 東西両陣営は、互いに核を突きつけ合い、軍隊を動かす力を持っていながら、国際政治という名の複雑な結び目に縛り上げられていた。一歩間違えれば、このアクタウ港が人類滅亡の起点になる。その恐怖が、最強の兵士たちの指を硬直させていた。


 そして、その両陣営の苦悩を嘲笑うかのように、ヤードの中心ではイヴァン元将軍が傲岸不遜に振る舞っていた。


「おい、もっと慎重に扱え!それはただの鉛の塊じゃない、新しい時代の種火だぞ!」


 イヴァンの怒鳴り声が、静まり返った港に響き渡る。彼の部下たちは、自動小銃を肩にかけ、鼻歌混じりに作業を続けていた。彼らは知っている。自分たちがどれほど無防備にライトを浴びようと、周囲の闇に潜む「鼠ども」は何もできないということを。


「将軍、西側も東側も、我々の眉間に照準を合わせているはずですが」


 側近の男がニヤリと笑いながら尋ねる。イヴァンは、コートのポケットから葉巻を取り出し、堂々と火をつけた。


「いいさ、撃たせておけ。もし一発でも飛んでくれば、ヴォルコフがすぐに世界中に発信する。『カザフの民間輸送隊が、正体不明の武装集団に襲撃された』とな。そうなれば、東西の非難合戦はピークに達し、小競り合いはたちまち国境を越えた紛争に発展する。戦争になれば武器の価値は暴騰し、俺たちの取り分も増える。奴らにとって平和は守るべきものだが、俺たちにとっては邪魔なだけの停滞だ」


 イヴァンにとって、この状況は完璧な「チェックメイト」だった。攻撃されればビジネスチャンスが増え、攻撃されなければ核を国外へ持ち出せる。どちらに転んでも、彼に損はない。


「クレーンを動かせ!列車はすぐそこまで来ている。この『RA-45』が装甲列車に載れば、もう誰にも手出しはできん。カザフの荒野を爆撃する度胸がある政治家がどこにいるか、見ものだな」


 巨大なディーゼルエンジンの咆哮と共に、クレーンがゆっくりと旋回を始めた。鉛の防護ケースに収められた核弾頭が、吊り上げられて宙を舞う。


 暗闇の中で、デルタフォースの分隊長は照準器越しにその様子を眺め、怒りに拳を震わせた。SVRの指揮官は、無言でヴォルコフへの呪詛を飲み込んだ。


 最強の軍隊が、無力な観客へと成り下がっている。アクタウ港を支配しているのは、正義でも国家でもなく、ただ「戦争を恐れない」という狂気と、それを利用する悪意だけだった。


 コンテナヤードの奥、錆びついた鉄路に、鈍い銀色に輝く装甲列車の影が滑り込んできた。その巨体は、まるで時代の終わりを告げる鉄の棺桶のように見えた。

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