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UN-KNOWN:チームQの潜入記録  作者: やた
File03.カスピアン・ラッシュ

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2.Qの招集

 ニューヨーク、イースト・リバーのほとりにそびえ立つ国際連合本部ビル。そのガラス張りの外観は、世界の叡智と平和の象徴として陽光を反射しているが、内部は各国の利害が複雑に絡み合う、底なしの沼地と化していた。


 安全保障理事会の議場では、西側と東側の代表が顔を真っ赤にして怒号を飛ばし合っている。議題は「カスピ海周辺における軍事的緊張の即時緩和」。しかし、マイクを通した演説の裏で、各国はすでに自国の特殊部隊へ「実力行使」のサインを送っていた。


 その喧騒から遠く離れた地下深く。一般の職員はおろか、事務総長ですら立ち入りを制限された一画に、「特別室」事務次官ハリー・エヴァンスの執務室はある。


 エヴァンスは、デスクの上に浮かび上がったホログラムの地図を凝視していた。カザフスタン、アクタウ港。そこには熱源感知によって赤く染まった「点」がいくつか点在している。西側のデルタ、東側のSVR、そして武装マフィア。


「……世界は、自分たちがどれほど薄い氷の上を歩いているか分かっていないらしいな」


 エヴァンスは溜息をつき、デスクの端にある旧式のタイプライターに手を触れた。特定のキーを複雑な順序で叩くと、壁一面の書棚が音もなくスライドし、厳重にシールドされた通信コンソールが現れる。


「クラウディア、回線を開け。Q-Linkだ」


『了解いたしました、エヴァンス様。神経直接接続通信、確立。暗号化プロトコル『アヴァロン』、正常に動作中。チームQへのパスを繋ぎます』


 耳の裏に埋め込まれた極小のデバイスが熱を帯びる。次の瞬間、エヴァンスの意識は数千キロ離れた深海、ステルス潜水艇「アヴァロン」の作戦会議室へと飛んだ。



 アヴァロン内部。柔らかな暖色系の照明に包まれたラウンジでは、4人の若者と、空中に投影された美しい女性のホログラム――支援AIのクラウディアが待機していた。


『エヴァンス次長より入電です』


 クラウディアの鈴を転がすような声が響くと、それまでリラックスしていたメンバーの空気が一変した。レンが、手にしていたタブレットを置き、居住まいを正す。


『諸君、休暇の邪魔をしてすまないが、カスピ海が沸騰しかけている』


 エヴァンスの声が、Q-Linkを通じて直接脳内に響く。


『ターゲットは、ボリス・ヴォルコフとイヴァン元将軍。彼らがアクタウ港で戦術核弾頭「RA-45」の受け渡しを行うという確かな情報を掴んだ。問題は、米露の両陣営がすでにこれを察知し、現地に潜入を開始していることだ』


「核の回収がメインですか?」


 レンが短く問う。その声には、彼の若さに似合わない冷徹な響きがあった。


『いや、第一目標は「東西の紛争の火種を鎮火すること」だ。もしアクタウ港で西側と東側の部隊が本格的な衝突を起こせば、それはもはや代理戦争では済まない。核の回収は、あくまで付随的な目標だ。可能であれば奪還しろ。だが、最優先は「誰がやったか悟られずに、双方を現場から追い払うこと」だ』


「ハッ、要するに泥棒の仲裁をしろってのか。割に合わねえ仕事だぜ」


 ガウスが、愛銃のボルトアクションライフルを肩に担ぎながら吐き捨てた。粗野な口調だが、その瞳にはすでに戦場を求める獣のような光が宿っている。


『ガウス、君の腕力は頼りにしているが、今回は引き際を誤るなよ。もし核がマフィアの手によって装甲列車に運び込まれてしまった場合は、追跡に切り替えろ。深追いは禁物だ。まずは「戦争」を止めろ。いいな?』


「了解しました、事務次長」


 レンが断定的に答える。通信が切れると、室内に沈黙が流れた。それを破ったのは、アイリスだった。


「ねえ、レン。今回は『夫婦役』での潜入はなし? あたし、カザフスタンの民族衣装、結構楽しみにしてたんだけど」


 アイリスがレンの隣に座り、その細い指先で彼の肩をなぞる。社交的で明るい彼女の態度は、死線に赴く直前とは思えないほど軽快だ。


「……今回は隠密機動が主だ。アイリス、君は現地で別のルートから潜入してもらう。遊びじゃないんだ」


「冷たいなあ。でも、そんなレンも素敵だけどね」


 アイリスが不敵に微笑むと、空中のクラウディアがすかさず口を挟んだ。


『レン様。アイリス様の心拍数が微増しています。これは任務への緊張ではなく、レン様に対する親愛情動、あるいは性的示唆であると推測されます。必要であれば、レン様の神経系にリラックス効果のある微弱電流を流しましょうか?』


「余計なことはしなくていい、クラウディア」


 レンが眉間を押さえる。その様子を、部屋の隅で黙々とナイフを研いでいたスナイパーのマヤが、感情の読めない瞳で見つめていた。


「……マヤ、状況は?」


「……アヴァロン、アクタウ港まで残り300km。潜行速度を維持。ドローンの接続、オールグリーン。いつでもいける」


 マヤの言葉は最小限だった。しかし、その一言でチームの空気は完全に戦闘モードへと切り替わる。


「よし、ブリーフィングを終える」


 レンが立ち上がり、ホログラムの地図を指先でなぞった。


「作戦名は『サイレント・ベール』。アクタウ港に潜入後、まずはSVRとデルタの通信網をジャミング。互いを「マフィアの増援」だと誤認させ、膠着状態を作り出す。その隙に核を確保する。いいか、僕たちの正体は絶対に知られてはならない。国連の影として、美しく仕事を片付けよう」


『皆様、Q-Linkの設定を戦闘モードへ移行します。バイタル共有、開始』


 クラウディアの宣言と共に、4人の意識がネットワークで繋がる。コンマ数秒の遅滞もなく、仲間の鼓動と呼吸が共有される。


 アヴァロンは海水を切り裂き、加速した。世界が核の脅威に怯え、大国がメンツのために引き金に指をかける中、たった4人と1体のAIが、記録に残らない戦いへと向かっていた。

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