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UN-KNOWN:チームQの潜入記録  作者: やた
File03.カスピアン・ラッシュ

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1.影の会合

 カザフスタン、マンギスタウ州。カスピ海の東岸に広がるこの地は、神が創造を途中で放棄したかのような、荒涼とした石灰岩の断崖と塩の平原が延々と続いている。


 4月の風は、まだ冬の鋭い冷気を孕んでいた。地平線の彼方から吹き付ける突風が、白茶けた砂塵を巻き上げ、放棄されて久しい旧ソ連時代の気象観測塔を容赦なく叩いている。錆びついた鉄骨が、まるで見捨てられた巨人の骨格のように、夕闇を背にして不気味なシルエットを晒していた。


 その観測塔の最上階。割れた窓ガラスから吹き込む風を避け、2人の男が即席のテーブルを挟んで向かい合っていた。


 1人は、東側諸国の高官、ボリス・ヴォルコフ。仕立ての良いウールのコートに身を包んでいるが、その眼光はシベリアの凍土のように鋭く、感情を一切排している。

 もう1人は、元カザフスタン軍将軍、現在は武装マフィアの首領としてその名を知られるイヴァン。野戦服の上に無造作にライダースジャケットを羽織り、革のグローブをはめた手で、安物のライターを弄んでいる。


 2人の間には、1枚の古い地形図と、数枚の衛星写真が広げられている。そこには、廃棄予定の戦術核弾頭「RA-45」が保管されている軍事施設の座標が記されていた。


「鼠どもが、騒がしいな」


 イヴァンが短く刈り込んだ頭を窓の方へ向け、嘲笑を浮かべた。


 観測塔から2km先、砂丘の陰。そこには最新の光学観測機器を備えたCIA(中央情報局)の偵察チームが潜伏している。さらに反対側の廃村には、SVR(ロシア対外情報庁)の狙撃班が、ボルトアクションライフルの引き金に指をかけて待機しているはずだった。


「気にするな。彼らは見ることはできても、触れることはできない」


 ヴォルコフは、手元のスキットルからウォッカを一口煽り、淡々と答えた。


「ここはカザフの荒野だ。公式には誰もいない場所だ。ここで我々が茶を飲もうが、昔話に花を咲かせようが、彼らに止める権利も名分もない。実物の『荷物』がここにない限り、西側も東側も、国際法という名の鎖に繋がれた飼い犬に過ぎんよ」


 国際政治のリアリズム――それは、どれほど強力な軍隊を持っていようとも、明確な「大義」と「証拠」がなければ引き金を引けないという、滑稽なまでの膠着状態を指す。今、この瞬間、米露の精鋭たちがレンズ越しに2人を凝視しているが、2人がただ会話を楽しんでいる限り、彼らは指をくわえて見守るしかないのだ。


「アクタウ港での受け渡し、準備は整っているんだろうな?」


 イヴァンの問いに、ヴォルコフは冷徹な笑みを返した。


「ああ。東側の抹殺部隊も、西側のデルタも動くだろう。だが、奴らも馬鹿ではない。全面衝突になれば第三次大戦の引き金になりかねん。せいぜい小規模な小競り合いで終わらせるはずだ。彼らにとって、核の流出は防ぎたい事態だが、自国の存亡を賭けてまで戦う勇気はない」


「ハッ、臆病者どもめ。戦争になったらなったで、俺たちのビジネスチャンスが広がるだけだ。兵器の需要は跳ね上がり、混乱の中でさらに大きな『荷物』を動かせる。むしろ歓迎したいくらいだな」


 イヴァンは、ライターの火を見つめながら、悦に入ったように語った。彼らにとって、平和とは単なる停滞であり、紛争こそが最も収益性の高い市場なのだ。


ヴォルコフは手元の写真を指先で叩いた。


「RA-45は、予定通り装甲列車に積み込む。西側が介入してきても、カザフスタンの広大な荒野を走る列車を止めるのは容易ではない。空からの爆撃?できないさ。核を積んだ車両を爆破すれば、カスピ海周辺は数世紀にわたって人の住めぬ死の地となる。そんなリスクを負える政治家はワシントンにもモスクワにもいない」


「すべては計算通りか」


「計算通りだ。……だが、一つだけ懸念がある」


 ヴォルコフの目が、わずかに細められた。


「……国連か?」


「表向きの組織ではない。事務次長直属の『掃除屋』がいるという噂がある。特定の陣営に属さず、影のように現れては、歴史の綻びを縫い合わせて消える連中だ」


 イヴァンは鼻で笑い、腰のホルスターに収まった大口径の拳銃を叩いた。


「国連の飼い犬が、俺の軍隊に勝てるとでも?冗談はやめてくれ。俺たちが相手にするのは、国家という巨大で鈍重なシステムだ。個人や小規模なチームがどうにかできる段階は、とうに過ぎている」


「そうだな。失礼した、老人の取り越し苦労だ」


 ヴォルコフは立ち上がり、コートの襟を正した。


「では、次はアクタウで。……ああ、忘れていた。潜伏している鼠どもに、少しばかりプレゼントを置いていこう。奴らの報告書に、何かしら書くべき内容を与えてやるのも慈悲というものだ」


 ヴォルコフが合図を送ると、塔の階下に控えていた部下が、1台の大型無線機を起動させた。直後、砂丘の向こう側と廃村の両方で、観測機器が激しいノイズを上げ、通信が遮断された。電子的な目潰し。それは、2人が余裕を持ってこの場を去るための、ささやかな嘲笑だった。


 2人はそれぞれ、待機させていた漆黒のSUVに乗り込み、別々の方向へと走り去った。


 後に残されたのは、風に吹かれて舞い上がる地形図の破片と、冷え切った観測塔だけだ。2km先で、慌てて無線を復旧させようとするCIAの工作員たちの罵声が、荒野の静寂に虚しく響いていた。


 大国同士が互いに核を突きつけ合い、膠着する世界。その隙間を縫うようにして、巨額の金と死の灰が動き出そうとしていた。誰も知らないところで、平和の代償が支払われる準備が整いつつあった。

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