第六十八話 礎の広場
終盤です。
積み上げてきた道路・物流・人の流れが、ここで効いてきます。
翌朝、街の中央の旧空き地に出ると——人がいた。
思っていたより、ずっと多かった。農夫たちがいる。職人がいる。子どもが数人、大人の後ろに隠れている。老人も来ていた。ノルトクロイツの領民の、ほとんど全員が集まっているのではないかと思えるくらいの数だった。
クルトが姿を現すと、波が引くように静かになった。
フリッツが前に出た。
ノルトクロイツに来た最初の年、道路の測量をしていたクルトの横で「俺にもやらせてください!」と叫んでいたあの若者が、今は真っ直ぐに立っていた。顔が大人の顔になっていた。
「領主様。お願いがあります」
声は緊張していたが、揺れていなかった。
「ここに広場を作りたいんです。領主様のために——というか、皆で使える場所を。設計していただけますか」
クルトは一瞬、「広場の設計などは領民たちで決めていい」と言いかけた。
しかしフリッツが続けた。
「領主様が設計した道を、俺たちが作りました。なら、この広場も——一緒に作りたいんです」
クルトは口を閉じた。
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ランベルトが腕を組んで横に来た。
「石畳の仕上げは俺がやる」
そう言って、小さく付け加えた。
「素人が作った広場なんて見ちゃいられない」
口角が上がっていた。
エルドリックが後ろから歩いてきた。
「基礎の掘削は兵士たちに手伝わせる。……こういう仕事も、悪くはないですな」
珍しくにこやかな顔だった。
ヴィオラが隣に立った。
「費用の記録は私が」
クルトは全員を順番に見た。それから、広場の地面を見た。
旧空き地。長年、何も使われていなかった場所だ。地盤は均一ではない。排水の方向を確認しないといけない。石畳を敷く前に基礎の深さを決める必要がある。水飲み場を作るなら、水路からの引き込みルートを——
「……分かった」
クルトは膝をついた。
地面に、近くに落ちていた枝を拾って、下書きを描き始めた。前世の習慣がそのまま出た。現場で地べたに線を引いて設計する。事務所の図面より、地面の設計図の方が正確だ。
ざわめきがあった。領民たちが前に出てきた。子どもが覗き込んでいる。
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「ここを何に使いたいか、聞かせてくれ」
クルトが地面に線を引きながら言った。
「集まる場所です。お祭りとか、子どもたちが遊ぶとか」
「水が飲める場所があるといい」
「木陰が欲しい。夏は暑いから」
「老人でも来やすいように。段差は作らないでください」
クルトは聞きながら、枝を動かし続けた。中央に平らな広い空間。端に植樹のスペース。水路から引いた水飲み場。出入り口は三方向に取る——どの道からも自然に入ってこられるように。段差は排水のために最小限の傾斜で処理する。
ランベルトが横から覗き込んで、口を出した。
「排水はどうする。中央は低くなるな」
「南東に二パーセントの勾配を取る。排水口をここに——」
「それなら石畳の目地の方向も合わせないとな」
「そうだ。最初から合わせて施工する」
ランベルトが「なるほどな」と低く言った。こういう時のランベルトの「なるほどな」は、設計を認めた時の言葉だとクルトは知っていた。
一時間かけて、地面の下書きが形になった。
コンラートが帰る前にこの場に立ち寄り、しばらく黙って見ていた。クルトが膝をついて、領民たちに「何を置きたいか」と問いかけながら地面に線を引き続けている光景を。
「……これが、ノルトクロイツです」と、コンラートは小さく呟いた。
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「名前をつけるとしたら」とフリッツが言った。「この広場に」
クルトは手を止めた。
名前。インフラに名前をつけることは、前世ではほとんどなかった。道路番号があって、路線名があって、それだけだ。誰かの名前がついていることは稀で、ついていても誰も覚えていない。
「……礎広場でいい」
「いしずえ、ですか」
「礎は基礎のことだ。建物の一番底にある石。名前を残さない。でも、全部を支える。ここが出発点になる、という意味だ」
フリッツが繰り返した。「礎広場」。
周りの領民たちが声に出し始めた。「礎広場」「礎広場」。子どもたちが面白そうに言っている。
クルトは地面の設計図に最後の線を引いた。
設計したのは俺だ。でも作るのは皆だ。この広場に「クルト・ヴァイス設計」という銘板は作らない。礎というのは、そういうものだ。
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夜、執務室で正式な設計図を紙に起こした。
ヴィオラが「完成形を確認します」と言って、隣で材料のリストを作り始めた。費用の概算、石材の量、植樹する木の種類と本数——ヴィオラの仕事は、クルトが何かを作ると決めた瞬間から始まる。
「この設計、シンプルで実用的ですね」とヴィオラが言った。「でも……温かみがある」
「そうか」
「私の感想ですが、記録として残していいですか」
「好きにしろ」
ヴィオラが小さく笑った。
クルトは設計図を見た。
前世では、「誰かのために設計する」という感覚がなかった。仕様書と基準と予算の中で、正しい設計をする。それだけだった。今日は違った。「何を置きたいか」「誰が使うか」「どう歩くか」——それを聞きながら線を引いた。俺は今日、自分のために設計していなかった。
それが、初めて違和感なく受け入れられた。
翌朝。
広場の工事が始まった。クルトが「これは早い。十日もあれば基礎が入る」と言っていると、王都からの使者が来た。
「王国正式認定式典の日程が確定しました。来月の初め、王都にて」
クルトは工事現場を見た。エルドリックの兵士たちが基礎を掘っている。フリッツが材料を運んでいる。子どもたちが脇でじっと見ていた。
「……分かった」
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
続きもよろしくお願いします。




