第六十六話 血縁という名の決着
終盤です。
積み上げてきた道路・物流・人の流れが、ここで効いてきます。
夜明けに、ダリウスがノルトクロイツを発った。
クルトは見送らなかった。
朝の早い時刻から、普通に執務をした。前夜の決着は、昨夜ついた。見送りという行為がそれに何かを加えるとは思わなかった。水路の記録を確認して、今週の補修計画を見直して、ランベルトへの材料発注の指示書を書いた。窓の外で馬のひづめの音がして、遠ざかっていった。
クルトは書類から目を上げなかった。
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数日が過ぎた。
昼前に、ヴィオラが執務室に入ってきた。書類の束と一緒に、二通の封書を持っている。
「届きました。一通はヴァイス辺境伯家長男、カール・ヴァイス様名義の公式書簡。もう一通は——」
ヴィオラが少し間を置いた。
「ゲルハルト・ヴァイス辺境伯、個人名義です」
クルトは羽ペンを置いた。立ち上がって、二通を受け取った。
まずカールからの書簡を開いた。
文章は形式的だった。ヴァイス辺境伯家の公式書簡として書かれた、整然とした文体。内容を読み下す。
「ダリウスの行為はヴァイス家の名誉を傷つけた——彼を家督から除名し、辺境伯家の公務から外す——ノルトクロイツの自立は認める——以上、通知する」
クルトはもう一度、最後の一文を読んだ。「ノルトクロイツの自立は認める」。
複雑な感情があった。認めてもらいたかったわけではない。しかし記録として残ることには、意味がある。これで名義上の問題が消える。ヴァイス家からの干渉の根拠が、法的に消える。そういう事実として受け取った。
次に、父の手紙を開いた。
書いてあるのは、三行だけだった。
「報告は受けた。ノルトクロイツの件、よくやった。健康に気をつけろ。——父より」
クルトはその三行を、長い時間見ていた。
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ヴィオラが心配そうな目でこちらを見ているのが、視界の端でわかった。
クルトがどのくらいそうしていたのか、自分でもわからなかった。
「……どうでしたか」
ヴィオラが静かに聞いた。
「短い手紙だった」
「それが、あの方らしいのでしょうか」
クルトは少し考えた。父がどういう人間か、正直なところ分からない部分の方が多い。冷徹な現実主義者だということは分かる。感情を表に出さない。評価するとしたら結果だけを見る。
「……ああ、多分そうだ」
初めてそう思った。「分かる」という感覚だった。
父が三行で書いたのは、手を抜いたからではない。あの男にとって、三行が全部だったのだ。「よくやった」という言葉が、あの人間が使える中で最大限の言葉だったのかもしれない。
そう思ったら——奇妙なことに、それで十分だった。
「カールへの返書を書く。ノルトクロイツは引き続き独立した運営を続ける。支援は要らない、と伝えてくれ」
「記録は正確に。……文面を確認してから発送します」
「ああ。それから父への返書も書く」
クルトは紙を一枚取り出して、ペンを取った。
「了解しました。——クルト」
一行だけ書いた。
それで十分だと思った。あの三行に対しては、この一行が適切な返答だった。
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夕方、鍛冶場にランベルトの顔を見に行った。
老職人は何かの金具を叩いていた。クルトが入ってきても手を止めなかった。しばらくして、視線だけ向けてきた。
「今日は顔色が違うな」
「そうか」
「何かあったか」
「家族から手紙が来た」
ランベルトは一回だけ金具を叩いて、工具を置いた。
「……そうか」
それだけ言って、また作業に戻った。
クルトはしばらくそこに立っていた。ランベルトがいつもと変わらず金属を叩く音が、鍛冶場に響いている。この音は、クルトがノルトクロイツに来た頃から変わっていない。こういう変わらないものが、今は不思議と落ち着く。
「邪魔した」
「……来週、新しい工具の図面が要る。持ってきてくれ」
「分かった」
クルトは鍛冶場を出た。
夕暮れのノルトクロイツを歩いた。道路は補修済みで、排水溝は詰まっていない。水路は流れている。城壁は——まだ工事が続いているが、先週よりも確実に積み上がっている。
前世でも、こういう時間があった。現場が片付いた後に、出来上がったものを一人で歩いて確認する時間。誰にも言わない時間。
でも前世で感じたのは、空虚だった。完成しても、誰も見ていない。道路が出来ても、使われるのが当たり前で、誰も振り返らない。
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夜、一人で執務室の窓を開けた。
星が出ていた。冬に向かう空気は冷たい。
前世でも、誰かに三行の手紙をもらいたかったのかもしれない。
思わず、そう思った。
「よくやった」という三文字が欲しかったのか、クルトには分からない。欲しかった言葉かどうかも、今もはっきりとは分からない。しかし無視できない重さが、あの三行にはあった。父がくれたものの重さを、クルトは初めて正面から受け取った気がした。
翌朝。
使いが来た。差出人の名前は、コンラート・シュルツだった。ただし肩書きが変わっている。
「王国財務省・親王殿下付き官僚室」。
フォーゲル一派の失墜で、財務省内の力関係が動いたのだろう。コンラートが親王派の直属に移った——そういう意味だ。
クルトは手紙を見て、隣に立っていたヴィオラに言った。
「これは……公式な話になる」
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
続きもよろしくお願いします。




