第五十八話 記録を、武器にする日
辺境領地改革、毎日5話ずつ更新予定です。
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「今日、腐敗の証拠を正式に提出します」
クルトが開口一番に言うと、コンラート・ハルトが表情を引き締めた。
今日のコンラートの顔には、「好意的な視察者」ではなく「有能な行政官」の顔があった。クルトはそれを確認してから続けた。
「親王派の立場として、これを王国の然るべき機関に届けていただけますか」
「……はい」コンラートが答えた。「聞かせてください」
ヴィオラが証拠書類の目録を整理した封筒を、机の上に置いた。管理番号が振られ、各書類の証明内容が注釈として添えられている。
「順番に提出します」とクルトが言った。「まずF-07から」
施工の検査と同じやり方で進めた。書類を一枚置く。証明力と文脈を説明する。コンラートの質問に答える。次の書類を置く。
感情的な演説はなかった。怒りの吐露もなかった。ただ「これが事実です」という積み上げだった。
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F-07:フォーゲル管理官とダリウス・ヴァイスの封蜡書類。原本および複写。
「このやり取りに『三男の扱いは予定通り』という文言があります。ノルトクロイツの整理計画がヴァイス家との協力のもとで進められていたことを示す記録です」
コンラートが書類を手に取った。文面を読む間、表情が変わっていった。
「続けてください」
F-05:ダリウスの手帳の複写と照合記録。
「技術の盗用計画と、失敗工作の両方が記録されています。照合記録はヴィオラが作成したものです」
「この記録の整理は誰が?」とコンラートが聞いた。
「私です」とヴィオラが答えた。「管理番号と証明の注釈は全て私が担当しました」
「……信頼できる証人ですね」
「記録は正確に。それが私の仕事です」
F-01:先代領主の死に関する日付不整合書類と、老番士の証言を文書化したもの。
「先代の死亡届出から七日後、財務省が『予定通り着手』という通達を出しています。この前には、財務省前任管理官による視察があった。老番士の証言は文書化して添付してあります」
コンラートが三つ目の書類を読み終えた時、「……これは、重い。非常に重い案件です」と言った。
F-02:道路の人工崩壊に関する記録。
「インフラの意図的な放置を示す記録です。単なる管理不足ではなく、構造的な妨害があったことを示しています」
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四つの書類が机に並んだ。
コンラートが腕を組んで、全体を見渡した。しばらく沈黙が続いた。
「ダリウス・ヴァイス氏とフォーゲル管理官の両名が対象ですね」とコンラートが言った。「これを動かすには、私の権限では足りない部分がある」
「足りない部分は何ですか。俺は用意できるものを全て用意した」
「先代領主の遺言書。あれは私文書ですが、王国に正式に届け出ていれば効力を持ちます。また……フォーゲル管理官の上位にいる人物の関与も確認したい。書類が示す構造から見て、フォーゲル個人だけの計画ではない可能性がある」
「遺言書は別途提出できます」とヴィオラが答えた。「ただし本書類と同時ではなく、法的な整理をしてから」
「分かりました」コンラートがうなずいた。「私はこれを持って王都に戻り、信頼できる上官に渡します。動きが出るまで、あなた方は記録の保全を続けてください。複数の場所に分散させることをお勧めします」
「既にしています」とヴィオラが言った。「目録は二部作成し、一部は別の場所に保管します。先代様の警告に従った形です」
コンラートが少し目を見開いた。
「先代様は記録を残しなさい、と遺言書に書いていました」とヴィオラが続けた。「その通りにしてきただけです」
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「よくここまで集められた」コンラートが書類を封筒に収めながら言った。
「一人で集めたわけじゃない」クルトが答えた。「ヴィオラが記録を守り続けた。エルドリックが証人を探した。ランベルトが現場を証明した。俺は設計しただけだ」
「設計、というのは」
「証拠の構造を組み立てることです。何をどの順番で提出するか。どの証拠が何を示すか。前後関係をどう説明するか。設計図の作成と変わらない」
コンラートが立ち上がった。
「動きます」と彼は言った。「ただしどこまで動けるかは、私からは保証できません。相手も動いている。これを届ければ、ダリウス様もフォーゲル管理官も察知する可能性がある」
「わかっています」
「ダリウス様は近日中にまた動いてくるかもしれません。あなたに直接話すつもりだと思います」
「そうなったら、そうなった時の話をします」
コンラートが封筒を内側の鞄に収めて、礼をした。廊下を出て行く足音が遠ざかった。
エルドリックが外から戻ってきた。館の外で警備を担っていた。コンラートが去るのを確認してから、クルトのところへ来て、一度だけ肩を叩いた。
「動いたな」
「ランベルトは?」
「朝、あんたに『うまくやれよ』と言っていた。今は工房にいる」
クルトがヴィオラを見た。ヴィオラが机の上の書類を整理しながら、小さくうなずいた。
「記録が、武器として機能しました」と彼女が言った。「先代様が正しかった」
クルトは答えなかった。窓の外を見た。コンラートの馬が領地の外に出て行くのが見えた。
これで終わりではない。相手は動いてくる。しかしやっと、動かせた。
翌朝、またダリウスからの使者が来た。
書状は短かった。「昨日の話し合いは知っている。会いに来る。受け取ってもらえるか」
クルトが「知っている?」と眉を顰めた。
「コンラート様の動きが、早くもダリウス様に伝わったということでしょう」ヴィオラが静かに言った。「どこかに……目がある」
クルトが書状を折った。
「会う。今度は俺から話す」
次話では、今回の判断が現場でどう返ってくるかが見えてきます。
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