第一章 弔い写真 第九話
「ね、これって本物の怪異に会ったってことだよね?凄くない?」
そんな昨日の体験を、神楽はピエロに扮した不審者との遭遇ではなく本物の怪異との邂逅だと捉えたらしい。数日前までの疲れた雰囲気は消し飛んで、とても楽しそうだ。
思い悩んでいるよりも楽しそうにしているほうがいいことではあるのだが、一通りの話を聞いて一つの疑問が浮かんだ嘉月は本人にそれをぶつけることにした。
「それ、お前が誘拐のターゲットなんじゃなくて?」
「俺を誘拐してどうするんだよ。お前ならともかく」
「いやお前も十分危ないだろ」
一応まだピエロのことを怪しい奴だと認識した上での疑問だった。
本人はああ言っているが神楽の家だって大昔から続く由緒ある旧家だ。一応、嘉月の家を本家とし、神楽の一族が分家筋になるとはいえ、狙われる理由にはなり得るだろう。
それに今時は身代金目的だけではなく人身売買などを目的とした誘拐もあると聞くので、それかもしれない。
とはいえ、わざわざターゲットはお前だと知らせるかのように風船を配る意味は分からないが、愉快犯という線もある。注意するに越したことはない。
「あれは本物だったんだよ。俺は昨日本当に“ピエロの風船”に会ったんだ」
けれどいくら気をつけろと言っても、本人はこの調子で軽く興奮してしまっている。風船も気味が悪いから処分してはどうかと言ってはみたものの、萎むまで取っておくと聞かない。
全く困ったものだ。けれどこの幼馴染はオカルト話が好きだったということを再認識し、説得は諦めた。
風船だっていつかは萎む。それと同じように神楽の興味もそのうち薄れていくだろう。今は自分の創作が上手く進まない期間だから、他人の創作を楽しむことで刺激を得ているのだ。
「俺も連れてってくれるのかな。どっか遠くに」
「ただの噂話だろ」
そうして“ピエロの風船”という噂話の話題は終わり、再び何でもない日常の会話に戻っていった。
しばらくしてお互いに次の講義の教室に移動するために別れる際、おかしなことがあったら警察に連絡するようにと念の為に注意してみたものの、本人は「大丈夫」だと笑うばかり。
「心配性だなぁ、嘉月は。そういうのは俺の役目なのに」
「今は家がどうとか関係ないだろ。僕はただ、神楽が大切だから言ってるだけで……」
「分かってるよ。優しいね、嘉月は」
神楽は昔から、嘉月に嘘を吐いたりしない。だからこの時も、嘉月に言葉に決して頷くことはないまま、いつも通りの笑顔で手を振って去っていった。
そしてその翌日。神楽は忽然と姿を消した。ピエロから貰った風船と共に。




