第一章 弔い写真 第五話
「なるほど。よく分かりました」
話に一区切りがつくと、翠恋は氷が半分ほど溶けてしまったアイスコーヒーを飲んで喉を潤した。
噂に聞いていた喫茶店に足を運び、実際にこうして叶えたい想いを語っているという緊張からか、すっかり喉はカラカラだった。
でもとにかくまずは話し終えたという安堵感で一息を吐く。それはいつも通りの光景だった。
カウンター席に座った人はみんな、どんな想いを叶えてほしいのか、それを語るときに一番緊張した様子を見せる。自分の心の柔らかい部分を初対面の人間に話すのだから、それも当然かもしれない。
極度の緊張から解放されたことで気が抜けたようで、グラスを持つ翠恋の手が震えていた。その様子を眺めながら、啓嗣は頭に一つの名前を思い浮かべる。翠恋の想いに添ってくれる、怪異の名前を。
同時に、奥の席に座っていた二人組がこちらに向かってくるのが見えた。まずはそちらの会計を済ませてしまおうと、啓嗣は翠恋に一言断ってから一度カウンターを出て、入り口脇のレジへ向かう。
最初の店舗ではカウンターから直結にしていたものの、会計のタイミングは読めない。
“必要なお客さん”たちは誰もが、関係のない人に話を聞かれることを厭う傾向にあり、話の途中でレジに近付く人の気配がすると言葉を濁したり誤魔化したりして大事な部分に靄がかかってしまう。それに気付いた啓嗣はこの場所に店舗を移すにあたって、カウンター席とレジの位置関係も調節したのだ。
「ありがとうございました」
二人組の会計を終えてその背中を見送り、再びカウンター内へと戻る。その間手持無沙汰だったらしい翠恋はスマホを操作し、さっきの話に出てきたスミレの写真を眺めていた。
「その子がスミレちゃんですか」
「はい。この時は確か五歳くらいですかね。いつも写真ばっかり撮ってて……動画とかも撮っておけばよかったなぁって。今更ですけど」
写真の中の真っ白い小さな犬は、どんぐりのような大きな目をこちらに向けていた。撮るときに名前を呼ばれたのだろう。カメラ目線の可愛らしい写真だった。今にも尻尾を振りだしそうな様子だけれど、動画ではないそれは決して動くことはない。
「さて、お話の続きですが……あなたの想いに添う怪異の名前を一つ、お伝えすることができます。ですがその代わりに、あなたが知る噂話を一つお話ししてもらわないといけません」
「はい。お話しできそうな噂話なら、一つだけ。でも、その……もし、今までの方と内容が被っていたら、どうなるのでしょうか」
これは翠恋だけではなく、怪異の名前を求めてやってきた全員が気にする部分だった。
噂話なんてものはどこからともなく無限に湧いてくるものだが、生活圏が被っていれば自ずと聞こえてくる内容も被る。今はネットでそういったネタを仕入れることも可能だが、噂話を蒐集したい人は誰もが同じ手段を取るだろう。
とすると、目新しい噂話を仕入れてくるまで自分は怪異の名前を教えてもらえないのだろうか、と。
啓嗣としては勿論、新しいものを聞くことができたならそれはとてもありがたいことだが、ズルをしてでも想いを叶えようとここまでやって来た人にそこまで求めることはしない。
「それについてはご心配なく。全く同じ内容でも一部分だけ差があったとしても、世の中に流布している噂話であるのなら一向に問題はありません」
「そうですか。でしたら私からお伝えできる噂話は、“ピエロの風船”です」
啓嗣の答えに安心した様子でアイスコーヒーに口をつけると、翠恋はその噂話を語り始めた。




